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755 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 12:21:22.12 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、魔王の天幕

バサッ!!

火竜大公「魔王殿が倒れたというのは真実かっ!」

東の砦将「……」
鬼呼族の姫巫女「そうだ」

火竜大公「何が起きたというのだ。説明せんかっ!」

副官「あの会議の後、わたし達は魔王様の天幕へと
 短い距離を談笑しながら移動していました……。
 何者かが、無防備な魔王様を弓矢による狙撃で……」

火竜大公「魔王殿は、魔王殿は無事なのであろうなっ」

紋様の長「今は遅延の紋様を施した奥の部屋にて」

火竜大公「遅延……とは?」
紋様の長「毒をお受けです。その効果をゆるめるために」

東の砦将「弓矢は、肺を貫いた。どうあっても相当な重傷だ。
 いや、本来即死でもおかしくはねぇ。
 それを黒騎士が尽きっきりで食い止めようとしている」

副官「……」

紋様の長「紋様の唱え師と鬼呼族の癒し手に
 祈呪をさせてはいますが、あまりにも傷が深すぎ
 毒性も強すぎる……」

元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1253172466/

756 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 12:22:48.45 0Bi87sEP

鬼呼族の姫巫女「なにゆえ……」

火竜大公「どこの誰がやったのだっ。
 このような時に、このような場所で。
 かつて忽鄰塔において魔王が討たれたことなど一度たりとて無いっ」

東の砦将「……っ」

鬼呼族の姫巫女「このようなやり方で魔王を討ってなんとする。
 そのような卑劣なやり口、
 我らが魔族において受け入れられると思うているのか。
 ――痴れ者がっ。
 卑劣な暗殺などで意を通そうとしても八大、
 いや九大氏族ことごとく背くことがなぜ判らぬ」

紋様の長「人間、ですか……」

副官「何を仰るんですっ!?」

紋様の長「このような方法で魔王を討ったとしても
 それは汚名になりこそすれ、武名とはなりません。
 魔族においてそれは判りきったこと。
 我ら族長を動かすことなど……。
 であれば、魔王を討つための人間の刺客を疑うのは必然」

火竜大公「……いや、さように考える我らたればこそ。
 ことさらに魔族かも知れぬ。
 討っ手が露見さえせねば汚名もまたかぶる必要がない。
 “障害が取り除かれた”。
 その一事を持ってよしと考える輩かも知れぬ」

鬼呼族の姫巫女「今は祈るしかないのか……」

757 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 12:24:04.91 0Bi87sEP

ぱさり……

勇者「……」
火竜大公「黒騎士殿っ」
鬼呼族の姫巫女「魔王殿の様態はどうなのだ!?」

勇者「……一両日が峠だ」

東の砦将「っ!」

鬼呼族の姫巫女「何かいりようなものはないか?
 氷か? 薬草か? いま本拠に最高の癒し手を
 呼びに行かせておる」

勇者「……いや、お二方には世話になった。
 望める限りの援助の手をさしのべて貰って、感謝の言葉もない。
 いまはメイド長がついているが……。
 奥には入らないでくれ。
 ――壊死が、ひどい」

副官「そんな……」

勇者「……魔王が倒れたら、次の魔王の選出はどうなる?」

火竜大公「今はそれどころでは」

勇者「教えてくれ」

紋様の長「……星が魔王の候補者を選びます。
 候補者は身体のどこかに刻印が現われる。
 刻印がくっきりと大きいほどに魔王になる素質が高いと
 一般には言われています。
 事実、歴代の魔王は濃い刻印を持っている」

758 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 12:25:40.85 0Bi87sEP

鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者は多くの場合複数現われる。
 と云っても、二人から三人だが。
 現魔王が即位した時は、例外的に刻印を持つ者が多かった。
 あのときは確か……」

紋様の長「六人でした」

鬼呼族の姫巫女「刻印を持つ者が一人であれば、その者が魔王だ。
 複数であれば、魔王を決めるための継承候補者戦を行う。
 魔王本人、もしくは従者を代理に立てての勝ち抜き試合だ。
 この勝者を持って魔王とする」

勇者「……そうか」

ざっざっざっ

火竜大公「どこへ行く、黒騎士殿っ」
東の砦将「おいっ!」

勇者「魔王の意に沿いに行く」

火竜大公「何を!? どこへじゃ」

勇者「……戦いを止めるには時を移す訳にはいかない。
 魔王の命を燃やす時は黄金の一粒より貴重だ」

副官「そんな……」

鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿」
紋様の長 ざっ

鬼呼族の姫巫女「鬼呼族の長としてわたしはここに留まろう。
 結果をうけあえぬは断腸の想いなれど癒しの祈り手と共に
 最善を尽くしましょう」

勇者「感謝する」

ばさっ!

759 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 12:26:33.82 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街

ひゅん、しゅばっ!
 たったったったっ、たったったったっ。

勇者「夢魔鶫っ」
夢魔鶫「御身の側に」

勇者「足跡は?」
夢魔鶫「申し訳ありません、たどれませんでした」

勇者「位置の把握は出来たか」
夢魔鶫「北東の丘の一つです」

勇者「案内しろっ。“加速呪”っ」

ひゅん、しゅばっ!

――。
――――。

夢魔鶫「こちらです」
勇者「……ここから狙撃したのか」

妖精女王「黒騎士様」

勇者「こちらにいたのか」

妖精女王「はい。妖精族は氏族をもって都市を封鎖しています。
 もっともわたしたちの戦力では、封鎖と云うよりも
 監視に過ぎませんが……」

勇者「それで良い」

760 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 12:27:26.96 0Bi87sEP

妖精女王「魔王様は……?」
勇者「危険だ」

妖精女王「……」

勇者「そのまま監視を続けてくれ。変事があれば報告を頼む」

夢魔鶫「主上」
勇者「どうした?」

夢魔鶫「逃走経路を探索した結果、複数の形跡を発見。
 おそらく犯人は、数人から十人程度の組織で行動中です。
 互いに移動の痕跡を消しあいながら移動している様子」

妖精女王「集団なのですね」

勇者「そいつには聞きたいことがある、色々とな」
妖精女王「はい」

夢魔鶫「主上、おかしな痕跡を発見しました」
勇者「……なんだ」

妖精女王「何もないではありませんか」
勇者「これは……戦闘か?」

夢魔鶫「判りません」
妖精女王「妖精族の魔力でも、何かあったかどうか
 かろうじて感じることが出来る程度ですが……」

勇者「“影の中の一矢”。……爺さんか」

770 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:08:29.97 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、天幕の街外縁

羽妖精「イタ?」
羽妖精「イナイー」

羽妖精「ミタ?」
羽妖精「ミナイー」

羽妖精「デモ」

羽妖精「デモ」

羽妖精「ナンカ、キタ」
羽妖精「兵隊ダヨ、兵隊ガイルヨ」

羽妖精「息ヲ潜メテイルヨ」
羽妖精「隠レテイルヨ」

羽妖精「ゴ注進ダ-!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」

羽妖精「黒騎士様ト魔王様ガ危ナイヨ」
羽妖精「危険ダヨー!」

羽妖精「ゴ注進ダ-!」
羽妖精「女王様ニゴ注進ダ-!」

羽妖精「谷間ニハ兵隊ガ潜ンデイルンダッテ!」

771 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:10:26.07 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、蒼魔族の天幕

蒼魔王「黒旗がたなびいたか」

蒼魔武官「どうやら魔王の命脈は尽きたようですな」

蒼魔王「ふっ。あのような惰弱な魔王、
 どうあってもその命の炎は揺らめいていたのだ。
 我らが提案に乗り引退しておれば命ながらえたものを。
 しょせん、女に戦は出来ぬ」

蒼魔武官「真にその通りで」

ざっざっざっ

蒼魔上級将軍「王よ」ざっ

蒼魔王「おお。上級将軍、よくぞまいったな。
 魔王は死んだぞ。……どこの誰だかは判らんが
 まったく見事なタイミングの事件よな」
蒼魔武官「将軍、お早いおつきで」

蒼魔王「して、王子は?」

刻印の蒼魔王子「父上。僕も一緒ですよ」

蒼魔王「おお! 健勝であったか?
 我が息子にして世継ぎの皇子よ!」

刻印の蒼魔王子「はははっ。おかげさまでね」

蒼魔上級将軍「刻印の確認、済ませてございます」

蒼魔王「していかに?」
刻印の蒼魔王子「ふっ。この両目こそがその証」キィンッ

772 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:11:56.60 0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「二つの瞳に表れた刻印、これこそ魔王の証。
 しかもその強さたるや、歴代屈指かと」

紋章官「……蒼魔王子に称えあれ。ひゅっ」

蒼魔王「慶事である。わが治世もここに完結を見たか。
 刻印の王子を得た年に、魔王が死ぬ。
 これも魔界の神が蒼魔の一族を嘉したもうあかし!」

刻印の蒼魔王子「何時までも王子じゃ格好もつかないさ」

蒼魔王「……どういうことだ?」

刻印の蒼魔王子「将軍、頼むよ」
蒼魔上級将軍「はっ。御身がために」

紋章官「……」ニタニタ

蒼魔王「なっ! なにをっ!?」

蒼魔上級将軍「蒼魔族の繁栄のため、心安んじられよ、陛下」

蒼魔王「なっ! な、なっ! 貴様ぁっ!?」

ザッシュ!!
 ――ゴトン。

刻印の蒼魔王子「ふん」
蒼魔上級将軍「終わりましたな。刻印王よ」

刻印の蒼魔王子「刻印王か……。
 悪くはないが、別の称号が待っている」

蒼魔上級将軍「さようでございます、我が主よ」

刻印の蒼魔王子「魔王はこの僕が継ごう。
 ふっふっふっふ。はぁーっはっはっはっはっは!!」

776 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:30:45.41 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕

蒼魔上級将軍「さて、お集まり頂いたのは他でもない。
 不幸な事件により魔王殿が身罷られたのは
 我らにとって大きな傷手。
 この窮地を脱するために、
 氏族の長の知恵を借りねばならぬかと思い、お招きした次第」

碧鋼大将「……」ぎろっ

火竜大公「お前は誰だ。それに蒼魔王はどこにいるのだ」

蒼魔上級将軍「これは失礼をした、
 わたしは蒼魔一族の兵を束ねる上級将軍。
 蒼魔一族はこのほど新しい族長を迎えた。
 今回のお招きは、新しい族長の紹介もかねていると
 思っていただければ、これ幸い」

鬼呼族の姫巫女「新しい、族長じゃと?」

蒼魔の刻印王「この僕だ。蒼魔王の世継ぎの長子に当たる。
 蒼魔王は昨晩、急な発作で世を去った。
 僕は父からの後継指名を受けて王として学ぶべきを
 学んできた身だ。この継承は蒼魔一族の支持も受けている。
 ――以後、お見知りおき願おう」

銀虎公「……そうかい。血の匂いがしねぇでもないが」
巨人伯「一族の……きめごと……」

火竜大公「ふっ、そうだな」

鬼呼族の姫巫女「氏族の内側には干渉しないのが我らが習い。
 それが蒼魔族の下した決断ならばしかたなかろう」

777 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:32:01.62 0Bi87sEP

紋様の長「だが“魔王亡き後の”とは?」

蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことは
 諸卿らもご存じのことと思うが、その後の対応策についてだ」

銀虎公「対応策も何も……」

鬼呼族の姫巫女「次期魔王決定については
 星回りが決めることであろう」

蒼魔の刻印王「しかし、その時期が問題だ。
 わが蒼魔族がかねてから再三主張してきたように、
 今われらが魔界は人間界との戦時下にある。
 停戦とも交戦とも結論が出ぬままに
 魔王だけがこの世を去った。
 次期魔王を得ぬままに時を浪費しては、
 これは魔界の存亡に関わる」

勇者「……」

紋様の長「そう言われれば、そうではありますね」
碧鋼大将「では、どうせよと若長はいうのだ?」

火竜大公「魔王不在で忽鄰塔を続行すると?」

蒼魔の刻印王「それが必要であれば」

銀虎公「この九名で物事を決しようというのかい」

蒼魔の刻印王「ひとつ諸卿に報告すべき事がある。
 それは僕のこの両目に、刻印があると云うことだ」

778 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:33:41.64 0Bi87sEP

碧鋼大将「両目……に!?」
鬼呼族の姫巫女「まさか……」

妖精女王「かつて“魔眼”と恐れられた魔王でさえ、
 刻印は右目のみだったと云うのに」

東の砦長「どういうこったい?」

蒼魔の刻印王「そうだ。僕はほぼ確実に、次の魔王だ。
 いや、現魔王が死んでいる今、
 ほぼ魔王であると云ってもおかしくはない。
 蒼魔族が確認している限り、現時点で他の候補者は、
 存在しない」

銀虎公「そうなのか!?」
碧鋼大将「そのようなことが……」

勇者「……っ」

紋様の長「考えてみれば、先代の六人は多い候補者でした」

蒼魔の刻印王「ふふふふっ。
 そのような影響が、今代で出たのかも知れないな」

巨人伯「魔王……決まった……か……」

火竜大公(蒼魔族め……。何が魔族のためだ。
 魔王廃位とはこのような心算あっての。
 ……いわば保証付きの要求だったか)

鬼呼族の姫巫女「だが、しかし現在は候補者だ」
妖精女王「ええ、そうです。けして魔王ではない」

779 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:35:30.99 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「それは判っている。僕とて若輩の身。
 諸卿らに支持して頂くまでは、
 努々、魔王であるなどとは思い上がるまい」

碧鋼大将「ふむ」

巨人伯「では……どうしたい……」

蒼魔の刻印王「蒼魔族の長として、魔王の候補者として、
 諸卿らに云いたいのは以下のようなことだ。
 まず第一に今は非常事態であり、
 魔王の空位は望ましくはないと云うこと」

銀虎公「それはそうだろうな」

蒼魔の刻印王「第二に前魔王の葬儀を行うべきだと云うこと。
 と、同時に魔王殺害の犯人も探させなくてはならぬ。
 この責任者を決める必要があるであろう」

火竜大公「ふむ、もっともな話ではあるな」

蒼魔の刻印王「蒼魔族としては、この暗殺事件の犯人は
 人間だと考える」

東の砦長「憶測だっ!」だんっ!

蒼魔の刻印王「もちろん現時点では何の証拠もない。
 魔族が犯人である可能性も十分に考慮に入れつつ
 犯人を捜さねばならないだろう。
 だが少なくとも、これは魔族の内部分裂を誘う卑劣な
 やり口であることには違いない。
 この犯人は厳しく追跡し、捕らえなければならぬ」

碧鋼大将「人間か……」
銀虎公「奴らのやりそうな事だ。はんっ!」

780 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:37:35.10 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「第三に、僕はいつまで待てばよいのか?
 と云うことだ。第一にも云ったように今は時間が惜しい。
 確かに星によって刻印が押される者が今後出るかも
 知れないが、継承候補者戦の時期を決めるのは
 八大氏族、いまや九大氏族となったか。
 その族長の持ち回りであったはず。
 その決定をお願いしたい」

鬼呼族の姫巫女「次は、どの氏族が主催を行う予定だったか?」

妖精女王「先代はわたし達でした」

紋様の長「で、あるなら、我ら人魔か」

蒼魔の刻印王「どうか決定を下して頂きたい」

碧鋼大将「……」
火竜大公「……ぐぐっ」

鬼呼族の姫巫女「如何にする?」

紋様の長「……」

蒼魔上級将軍「紋様の長。ご裁可を」

紋様の長「……今は危急の時であると。
 その言葉はわかります。
 またいたずらに長引かせれば魔族全体の和が乱れるでしょうね。
 わたし達には今すぐにでも新しい魔王が必要です。
 
 どれだけの時が必要か。
 これは難しい問題ですが……。
 時をおく危険の方が大きいでしょう。
 
 明朝。――明朝をもって継承候補者戦を行います。
 その時までに刻印を持つ継承候補者が他に名乗り出ない場合、
 魔王として、蒼魔の新王を頂くことになります」

781 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 13:39:05.22 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「……黒騎士殿」

勇者「……何用か?」

蒼魔の刻印王「御身は魔王の片腕。
 その身体をつつむ漆黒の鎧兜は、
 かつて剣の魔王と呼ばれた覇王を包んでいたもの」

勇者「……」
東の砦長「黒騎士……」

蒼魔の刻印王「魔王殿が身罷られたことには
 深い哀訴の念を覚えるが、御身はわれらが魔界最強の騎士。
 悪逆なる人間の侵攻に立ちはだかる最後の砦。
 なにとぞご自愛くださり、
 我と共にこの魔界の柱石となることを願う」

蒼魔上級将軍「我が君と当代無双の誉れ高い黒騎士殿!
 これで魔族の軍は世に並び立つことのない
 最強のものとなりましょうなっ!
 ふはーっはっはっはっは」

巨人伯「……」
火竜大公「はしゃぐな、若造が」

蒼魔の刻印王「これは我が族のものが失礼をいたしました。
 申し訳ございませぬ、ご老公どの……」

火竜大公「ふんっ」ばふっ

鬼呼族の姫巫女「このままでは……。また戦火が」
妖精女王「戦になってしまうのですか……」

810 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 14:56:48.06 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、天幕で作られた街
――明朝。

銀虎公「日が昇るな」
巨人伯「朝……だ……」

火竜大公「ふんっ」

妖精女王「誰も、来ませんね」
鬼呼族の姫巫女「この期間では難しいだろう」
蒼魔の刻印王「……」


  東の砦将「黒騎士、そんなもの。脱いじまえ」
  副官「そうですよ」

  勇者「こんなもんでも、魔王に貰ったもんでな」


蒼魔上級将軍「今朝の太陽も、碧の美しい輝きだな」
銀虎公「誕生の朝か」

碧鋼大将「……刻限だ」

紋様の長「良いでしょう。仕方ありませぬ。
 蒼魔の新王よ、前に。」

蒼魔の刻印王 ざっ

811 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 14:58:00.13 0Bi87sEP

東の砦将「……」ぎりっ

紋様の長「我、紋様の長は忽鄰塔九大氏族の族長として
 そなたを最終候補者としてみとめる。

 正式に魔王と名乗るは、魔王城、最下層、冥府殿にて
 潔斎の四日を過ごしてからとなろうが、
 そなたはこれより魔王として生きる覚悟有りや?」

蒼魔の刻印王「無論」

紋様の長「魔王の継承者として、その力を引き継ぐや?」
蒼魔の刻印王「謹んで」

紋様の長「では、魔王の略王冠を……」

蒼魔の刻印王「しばらく。紋様の長よ」
紋様の長「なにか?」

蒼魔の刻印王「これより我が右腕として、
 この魔界全てを統べることのなる黒騎士に、
 是非その栄誉をおわけ願いたい」

紋様の長「よかろう。では黒騎士よ」

勇者「……」

紋様の長「黒騎士よ、一歩前に進み、
 この略王冠を新生魔王の額に乗せるよう」

813 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:04:43.13 0Bi87sEP

東の砦将「黒騎士……」
副官「黒騎士様……」

妖精女王「黒騎士様……」じぃっ

勇者「……」ざっ

蒼魔の刻印王「我が片腕よ。長征の将軍よ。
 魔界最高の騎士にして常勝無敗の黒き死の使いよ。
 我が代の片腕としてそなたを迎えることを嬉しく思う。
 そのことだけでも先代には感謝の気持ちを抑えられぬな。
 
 この魔界に繁栄をもたらすために、その剣を
 魔王に捧げ、魔王の命により為すべきを為せ」

勇者「御命了承つかまつった。
 我が神聖なる所有の契約により
 我が身命は永世に魔王のもの。
 我が剣は魔王の敵を貫くものなり」

蒼魔の刻印王「……所有?」

東の砦将「黒騎士っ!!」

蒼魔上級将軍「新生魔王に祝福あれ!!」

 うわぁぁぁ!! ばんざい! 魔王ばんざーい!!

蒼魔の将校「魔王ばんざい!!」
蒼魔の侍従「新魔王、蒼魔の魔王万歳っ!!」
紋章官「ヘヒヒッ。ふしゅ。ばんざい! ばんざい!」

――黒点は伊達ではないのですぞ。

ヒュ………………ッ!!!!

シュカッ!

814 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:06:12.33 0Bi87sEP

紋章官/暗殺者「ふしゅーへっひっは……。ごぶっ。
 く、くるじ……脚が、脚がぁ……。ふしゅっ、ふしゅぅ」

執事「静かにわめきなさい。みっともない」

ザシュ!

紋章官/暗殺者「ひげっ! ひぎぃぃ!! ふしゅるしゅる。
 な、なにを、なにをする、じ、爺ぃいしゅ」

蒼魔の刻印王「何者だっ!」
蒼魔上級将軍「我らが家臣に何の狼藉を働くっ!!」

執事「だまらっしゃい!
 儀礼の最中に取り乱すなど王族ともあろう者がはしたない
 若でさえもうちょっとお上品でしたぞ」

東の砦将「あ、あ……あの方は。昔戦場で見たことがあるっ」

勇者「爺さん、遅いぞ。遅すぎだぞ」

執事「にょっほっほっほ。お待たせして申し訳ありません」

火竜大公「何が起きているのだ」

執事「にょっほっほ。これを持っていると確信できる、
 そのチャンスを伺っていたのですよ。
 ほれ……。こいつの懐に」

ごそごそっ

紋章官/暗殺者「それはっ! へぶしゅるしゅるっ!
 その瓶はやめろぉ!!」

815 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:07:14.87 0Bi87sEP

銀虎公「瓶……!?」

執事「壊死の毒ですよ。
 ……この毒のせいで、追っ手に差し向けた
 わたしの可愛い部下が五人もやられてしまった。
 恐ろしい毒です。
 既知の解毒方法では効果も望めない」

碧鋼大将「毒……まさか……」
巨人伯「暗殺……?」

蒼魔上級将軍「~っ!!」

東の砦将「おう。なんで、魔王を殺したのと同じ毒使いが
 蒼魔の陣中にいるってんだ? え?」

紋章官/暗殺者「離せしゅるっ! 離すのだ、じぃ!」

紋様の長「それについてはじっくりとこの暗殺者に問う
 必要があるでしょうな……」

紋章官/暗殺者「貴様、爺っ! 俺を足蹴にっ!」 がばっ!

ザシュッ!!

紋章官/暗殺者「カハっ! あ、そ、そんな……。
 ふしゅ、しゅる……しゅ……しゅ……」

蒼魔の刻印王「危ないところでしたな、ご老人」ちゃきん

東の砦将「貴様っ! 大事な手がかりをっ!
 口封じのつもりか、蒼魔族のやり方はそうなのかっ!?」

817 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:08:09.14 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「とんでもない、これはご老人を助けようと
 しただけにすぎません」にこり

蒼魔上級将軍「ふっふっふっ」

東の砦将「そのような言い訳が通ると思っているのかっ!」
副官「重大な疑惑行為ですよっ!」

紋様の長「蒼魔の王よっ!
 自らの口で、容疑者を捕縛し
 詮議しなければならぬと云ったそばから、
 重大な手がかりを握っているに違いないその者を
 殺すとはいったい何事ですかっ!?」

銀虎公「そうだ、信義に悖るにもほどがあるぞっ!」

蒼魔の刻印王「ふっ」

こつんっ――ばさっ……

碧鋼大将「こ、これは……。仮面……?」
巨人伯「この、おどご……」

火竜大公「この暗殺者は……。蛇蠱族だったのか……」

副官「蛇蠱族……?」

銀虎公「そんな……。獣人の一族だと……?
 ……ちがうっ!
 俺たちは違うっ! 確かに俺たちは力を発揮するための
 戦場を望んでいたが、暗殺なんぞ力を貸したりはしないっ!
 違うんだ、俺たちはこんな事はしないっ!!」

蒼魔上級将軍「誰が信じる、そのようなことっ」

819 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:09:23.38 0Bi87sEP

碧鋼大将「それを言うならば、蒼魔族とて同じであろう!」

火竜大公「そうだ、その蛇蠱族を紋章官として
 雇い入れていた蒼魔族も疑念を避けることは叶わぬっ!」

蒼魔の刻印王「何か勘違いをなさっているようですね」

鬼呼族の姫巫女「何っ!?」

蒼魔の刻印王「言い訳? 疑惑? ふふふっ」

副官 ぞくっ

蒼魔の刻印王「僕はね、魔王なんですよ?
 言い訳などする必要はない。
 疑念を晴らす必要などさらにない。
 
 それが魔王。
 唯一にして絶対。
 至高にして無二。
 魔界の全てを統べる者。
 
 今さらそのようなご託を聞く耳はありません」

紋様の長「だが魔王は忽鄰塔において、
 氏族の長の半数を持って廃位出来るっ!
 このような状況下で魔王を続けられるわけがない!」

蒼魔の刻印王「僕は忽鄰塔の終了をここに宣言する。
 そして、再び忽鄰塔の招集を出来るのは魔王だけだ」

碧鋼大将「っ!!」
妖精女王「そんなっ」

824 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:12:54.86 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「宣言しますが、僕は二度と忽鄰塔など
 開催しませんよ。
 こんな会議は自分の意志を押し通す実力のない、
 三流の魔王が頼る弱者の藁に過ぎない。
 覇道を進む魔王は、絶対の支配者。
 僕は、あの腐った女とは違う。
 
 魔界の秩序とは我が身、この魔王のこと。
 全ての法を越えた支配者が魔王っ。
 判っていないのはあなたたちのほうだっ!
 
 ふっ。これで詰み。……お仕舞いですよ、諸卿」

ざっ

「そのような考え方をこそ改めたかったんだがな」

蒼魔上級将軍「誰だっ」

魔王「誰だとは挨拶だな……。ごほっ」

メイド長「まおー様、ご無理は」
女騎士「まだ法術が不十分なんだ。戻ろう」

魔王「必要があるんだ、目をつぶってくれ」

火竜大公「魔王……どの……」
東の砦将「魔王さんよっぅ!!」

妖精女王「魔王さまぁっ!!」

827 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:14:15.82 0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「何故っ!! 何故貴様が生きているっ!」

魔王「ここで一度云っておく。
 魔王の身でこんな事をいうのもなんだが
 そもそもこの魔王というシステム自体が過渡期的性質を
 持っているのだ。
 たった一人の絶対者によって、その権威と武力と調整力によって、
 氏族間の意見の相違やバランスの欠如を
 全て吸収させようだなどという考えそのものが前時代きわまる。
 
 良いか? 忠義だなどと云えば聞こえはよいかも知れないが
 その内とちくるった魔王が出てきて、積み上げたものを
 全て根こそぎおじゃんにするのが世のおちだ」

執事「学士殿……」

魔王「済まなかったな。疑った」
執事「しかし、信じてくださった」

魔王「勇者が真剣にいうからな。
 “あの爺はD以上は絶対に殺さないんだ”って。
 それに、毒を使うのは流儀に反するのであろう?」

執事「わたしは紳士で通っていますからね。にょほっほっほ」

勇者「――と、云うわけだ“候補止まり”くん。
 俺の剣は魔王のもの。俺の剣は魔王の示したものを貫く刃」

蒼魔の刻印王「黒騎士、貴様ッ!!」

魔王「勇者っ!」
勇者「あいよぉっ!」

魔王「蒼魔の王を捉えよ! 出来れば生かしたまま。
 だが手向かいするならそれはそれで構わんっ!」

830 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:17:01.32 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「はぁ!! まだ終わらんっ!!」

 ガギィィン!!!

勇者「っ!?」

女騎士「な、なんだ。あの異常な魔力はっ!?」
メイド長「あれは冥府殿の負の気っ!」

 ヒュバンッ!

蒼魔の刻印王「はぁっ! せやっ! せぃやぁぁ!!」

勇者「こいつっ。桁外れだっ」
 ギン! ギキン! ガギン!!

勇者「“加速呪”っ! “雷剣呪”っ! “被甲呪”っ!」
蒼魔の刻印王「“飛脚術”っ! “火炎鳴動術”っ!!!」

 ギンッ!! ガッギギギギ!!

東の砦将「な、なんて奴らだっ!」
副官「銀光しかっ、見えないっ!?」

魔王「勇者っ!」

蒼魔上級将軍「いまだ! 黒騎士は我が君が押さえる。
 今のうちに魔王を討ち取れっ! 魔王は軟弱だ!
 ましてや今は毒で弱っている、どの将兵にでも討ち取れるぞ!!」

勇者「なっ! ちょ。まて、それはたんまっ!」
蒼魔の刻印王「死にたいのか、貴様っ!」

 ヒュギンッ!!

勇者「まずいっ。こいつ……戦力だけで云えば真魔王かっ」

831 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:18:52.62 0Bi87sEP

蒼魔上級将軍「行けぇ!!」

蒼魔騎兵「はいやっ!」「どうっ!」「突撃ぃぃぃ!!」

東の砦将「騎兵だって!? おい副官っ!」
副官「はっ!」

東の砦将「族長をまとめろ、天幕は役に立たない。
 蹴倒して即席の防塁を造れっ!」

碧鋼大将「どこにこれだけの兵をっ!?」
銀虎公「うぉぉぉ!! やられる訳にはいかぬぅ!」ズダーン!!

  勇者「夢魔鶫っ! 行って魔王を護れっ!」
  蒼魔の刻印王「死人鴉っ! 行かせるな!!」
   ギン! ギキン! ガギン!!

巨人伯「おおん……魔王……まもる……」

魔王「このような身体が。……けふっ。げふっ。」
メイド長「まおー様!」
女騎士「寄るなっ! 寄らば斬るぞっ!!」

蒼魔上級将軍「弓兵隊っ! 構えぇぇぇーい!!」
蒼魔弓兵隊 ざしゃっ

東の砦将「ありゃまずいっ!」

メイド長「っ!?」

蒼魔上級将軍「近づくなっ! 矢の数で攻めよっ!
 一斉射撃準備っ! 撃てぇぇーい!」

832 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:19:55.28 0Bi87sEP

ヒュ………………ッ!!!!

蒼魔弓兵隊「え?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「なんだ」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「なんで、おまえ。……弓を捨てて」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「首がっ! あいつの首がっ!?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「どこだっ!? 何をされてるんだっ!?」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「見えないっ。俺の目がっ。目がぁ!!」

 ッカ

蒼魔弓兵隊「うわぁぁぁああああ!!」

 ッカ

執事「ふむ。二流の下というところですな」

835 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:21:48.25 0Bi87sEP

東の砦将「あの爺さん、何やったんだ。あれは何なんだっ」
女騎士「射撃で倒したんだろう」

東の砦将「だって爺さん、何も持ってなかったじゃないかっ!」
女騎士「あの爺さんが何か持ってるところなんて見たことが無い」

東の砦将「あの爺さんは伝説の“弓兵”じゃないのかっ!?」
女騎士「そうだよ。でも、見たことはない」

東の砦将「なんで“弓兵”なんだよっ」
女騎士「相手は矢に刺されたように死ぬからだ」

  勇者「行けぇ!! “上級雷撃呪”っ!」
  蒼魔の刻印王「はじけっ! “凍結壁術”っ!」
   ドッシャァァーーン! ビリビリビリッ!

蒼魔騎兵「いまぞ! 魔王を討ち取れっ!」
蒼魔騎兵「蒼魔に魔王を取り戻せっ!!」

 ダカダッダカダッダカダッ

女騎士「っ! まずいっ。こっちは二日近く解毒に回復に、
 もう体力も法力も限界なのに。数で押されるとは……」

メイド長「わたしが行きます」

魔王「だめだ……けふっ。お前だって」

蒼魔騎兵「我に続け! 魔王を討つぞっ!!」

 ダカダッダカダッダカダッ

火竜大公「こわっぱどもがっ! 黙りんしゃいっ!!」
  ゴオオオオッッゥッツ!!

836 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 15:24:27.51 0Bi87sEP

蒼魔の刻印王「はぁっ! はぁっ……。
 黒騎士よ、ここまでやるとは思わなかったぞ」

勇者「はっ……。はっ……。
 それはこっちの台詞だ、“候補止まり”くん」

蒼魔の刻印王「だがここまでだ。受けてみろ!!
 魔力充装っ“超高域炎撃死滅術式”っ!!」

メイド長「っ!?」

勇者「っ! 間に合えっ! 魔力結晶っ!
 “超高域雷撃結界呪文”っ!!」

ヒュダァァアン! ガキィィィィン!!

東の砦将「空がっ! 燃えあがる!?」

魔王「勇者っ!」
蒼魔上級将軍「わが君っ!!」

ゴゴオオオン!!

勇者「……はぁっ。はぁっ」
蒼魔の刻印王「……はぁっ、はぁっ。くっ」

執事「勇者。このままでは、学士殿がっ!」
蒼魔上級将軍「わが君、ここはっ」

蒼魔の刻印王「……兵を引かせよっ! 退却だっ!!」
勇者「……」ぎろっ

蒼魔の刻印王「……ふっ。命拾いをしたな」
勇者「魔王は守った。俺の勝ちだ」

蒼魔の刻印王「これは新たな戦乱の始まりに過ぎぬわっ。
 ふはーっはっはっはっは!!」

905 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:12:33.25 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕
――その夜

鬼呼族の姫巫女「それで、魔王殿の様態はいかがなのだ?」

紋様の長「それが心配だ」

勇者「一命は取り留めるだろうが、二週間は絶対安静だ。
 その後も数ヶ月は不自由だろうな」

銀虎公「そうであったか……」

碧鋼大将「蒼魔族は?」

妖精女王「蒼魔族はどうやら付近に相当数の軍勢を
 伏せていたようです。そちらと合流して、領土へと
 帰還する進路を取っています」

東の砦将「……」

紋様の長「戦か」

碧鋼大将「蒼魔族の大会議に対する裏切りは明白だ」
巨人伯「……裏切り……よくない」

鬼呼族の姫巫女「きゃつらとの決着をつけるべき時が来たか」

勇者「現在魔王は病臥中だ。
 その判断はいま少し待つべきかと思う。
 今回の忽鄰塔にあたって、
 蒼魔族は独自の予定や策謀を持って動いていたという印象を受けた」

906 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:14:00.91 0Bi87sEP

火竜大公「それについては同感じゃな」ぼうっ

勇者「で、あれば現在の逃走も何らかの策謀である
 可能性も否定できないだろう」

紋様の長「暗殺者についても詮議をしませんとね」

銀虎公「獣人族は無関係だっ。信じてくれ」

碧鋼大将「今さらそのような申し開きを!」

(その商人は、たしかに蒼魔族の人と会ってました……
 えっと、背は副官さんくらいで……
 でも、横幅は、細くて、フードかぶっていて……
 なんか、その……呼吸音が、変で)

(漏れるような……蛇みたいな……)

東の砦将「いや、それについては、思い当たる節がないでもない」

火竜大公「なんだと?」

東の砦将「開門都市で“蛇のような呼吸音をさせる男”が
 ある捜査線上に浮かんだことがあってな」
副官「ありましたね。結局捕まえることは出来ませんでしたが」

紋様の長「それが今回の暗殺者だと? しかしだとしても
 銀虎公や獣人の一族が無関係という証拠にはなりません」

銀虎公「本当だ、信じてくれっ」

東の砦将「その捜査自体は四ヶ月もまえのことで、
 当時はその男は人間だと思われていた。
 確かに人間の商人として開門都市に入り込んだはずなんだ」

907 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:15:51.57 0Bi87sEP

副官「砦将……。そのようなことを。人間に対する疑義を
 いたずらに煽ってしまいかねません」

東の砦将「いいや。腹ぁ割っといたほうがいい。
 俺たちゃどうあがいたって新参なんだ。
 知恵を借りた方が良い結果もでらぁ」

紋様の長「……」

勇者「そうだよな……。うん。この兜ももういいだろう」
がちゃり

銀虎公「人間っ!」
碧鋼大将「まさかっ!?」

巨人伯「……その風貌」

勇者「ああ、俺も出身は人間だ。
 今でも魔界に完全に定住しているとは言いがたい。
 火竜大公の言葉を借りたとしても“半魔族”だな」

火竜大公「ふっ。はははっ。なるほど」
鬼呼族の姫巫女「人間が何故魔王の鎧を着ることに?」

勇者「俺はかつて人間に『勇者』と呼ばれていた男だ」

東の砦将「……云っちまうのかよ」

紋様の長「なっ!? 勇者ですって!」
銀虎公「魔族の宿敵、最強の人間!」

鬼呼族の姫巫女「やはりあの戦いの中、魔王殿が
 叫んでいたあの言葉は聞き間違いではなかったのだな」

碧鋼大将「万機千刀の猛者、我が眷属千をたった一人で
 屠ったというあの勇者かっ」

908 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:18:42.21 0Bi87sEP

勇者「そうだ。……すまなかったな。
 あれは戦争だった。綺麗事は言わない。
 多くの魔族が俺に恨みを持つのは当然だ。
 俺が倒した」

紋様の長「……っ」

銀虎公「あれほどの手練れ、どこの魔族が
 隠れ潜んでいたのかと思ったが……っ」

火竜大公「ふぅむ。ふぅむ。得心がいったぞ」

鬼呼族の姫巫女「その勇者がなにゆえ、黒き鎧を着る?
 その鎧はかつての旧き魔王が纏ったもの。
 魔王の許し無くば触れることも出来ない、魔界の宝の一つぞ」

勇者「魔王に口説かれてな」

妖精女王「口説く……?」

勇者「――三年前の秋、俺は魔王城に忍び込んだ。
 魔王を討つためだ。
 人間は魔族と激しい戦争を続けていて。
 その頃の俺は、魔族が人間にたいして宣戦布告をして
 人間を虐殺していたと思い込んでいてな」

紋様の長「それは違う。攻め入ってきたのは人間だっ」

勇者「今は判っている。しかし、あれは戦争だったんだ。
 そして戦争にはその種の思い込みや誤解も付きもの。
 少なくとも人間世界ではそのように事実は喧伝されていた。
 酷い言い方だが、どちらに原因があったかは
 少なくとも俺にとっては重要ではなかった。
 魔族が人間を殺していた。それで十分だった」

909 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:19:37.57 0Bi87sEP

銀虎公「……」

勇者「ともかく、俺は魔王の城に忍び込んだ。
 罠は仕掛けてあったが、それまで多くいた魔族の衛兵や
 戦士は姿を見せなくなっていた。
 俺は仲間とも別れて、一人で奥へ奥へと魔王の城の中を
 進んでいった。
 
 そこで魔王と出会ったんだ」

碧鋼大将「魔王殿と」

勇者「自分を殺しに来たこの俺を魔王はたった一人で迎えたよ。
 皆にも云ったように魔王は弱い。
 あった瞬間に判ったよ。
 ああ、こいつ今まで出会った魔物よりも格段に弱いって。
 でも、あいつはたった一人で俺を待ち構え、
 たった一人で俺を迎撃した。必死で。
 
 剣を交える以外のことをしようとした。
 言葉をつくして、信念を、自分の全てを賭けた。
 
 今なら何となく判る。あいつがあのとき死んでいたら、
 魔界がどうなったかも。人間の世界がどうなっていたかもな」

鬼呼族の姫巫女「どうなる……とは?」

勇者「あいつの言葉に寄れば、
 二つの世界は互いの存在に依存している。
 互いに憎しみあい、争いながらも
 互いの存在がなければ成立しないんだ」

914 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:36:46.36 0Bi87sEP

東の砦将「……」

勇者「人間世界には疫病と飢餓という問題があってな。
 ……こちらから見れば、人間の世界は鉄やら塩やらがあって
 豊かに見えるそうだが、実際暮らしている人間にとっては
 そうでもない。食料が足りなかったりしてな。
 人が飢えて死ぬ。それをまぁ、言葉は悪いが
 ごまかすために魔族との戦争を決意した節がある」

副官「そう言われれば、頷ける節もあります」

勇者「一方魔界は血みどろの乱世だった。
 俺が見た素直な感想を言えば、魔界には魔族が多すぎるんだ。
 その上で居住可能な豊かな土地と、そうでない荒野の差が
 激しすぎる。それが戦乱の本質的な原因じゃないか?
 魔族同士を結束させ、まがりなりにも未来を見つめさせるために
 人間との戦争は有用だった」

紋様の長「……」
銀虎公「それは……」

勇者「魔王はそれがイヤだったんだな。
 こればっかりは理屈じゃない。
 いや、理屈はどうとでもつけられるだろうさ。

 本質をごまかした戦争は消耗戦にならざるを得ない。
 それは文明都市族の全てを浪費する戦いでしかない。
 とか。
 じゃなければこのまま一進一退の攻防を繰り広げることは
 乱世よりも甚大な人的被害を魔界にもたらす。
 とかな」

915 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:38:19.42 0Bi87sEP

勇者「でも、おそらく。そうじゃなかった。
 ただ魔王は、イヤだったんだろう。
 そんな非建設的なことをするのが。
 
 魔族は――それを言うならば人間もだが、
 とにかく自分たちが生まれてきた意味は、
 そんなつぶし合いではなくて
 もっと他にもあるんじゃないか、って。
 
 そう信じたかったんだろう」

勇者「だから人間の勇者である俺に云った。
 そんなことは止めよう。もっと別の結末を見に行こう。
 そう云ったんだ」

勇者「俺は勇者だ。そう呼ばれてきた。人間を救う英雄だと。
 そうおだてられて魔界へ攻め込んだただの殺し屋だったよ。
 でも、魔王は違う。
 魔王は真剣に考えてた。
 自分に出来るどんな手でも使って魔界を救おうと考えていた。
 魔王が……本当の勇者だよ」

妖精女王「魔王様が……そんな……ことを……」

東の砦将「……」
副官「……」

勇者「ああ、別にあいつは戦争も争いも否定した訳じゃないぜ?
 ただなんて云うのかな、いまの『これ』は
 あまりにも不自然だ。歪んでいる。どこにもたどり着かない。
 そんなことが云いたかったんだと、今の俺は思ってる。
 あいつはちょっと頭が良すぎて、
 云ってることの半分も
 俺には理解できないことが多いのだけれど。
 
 あいつの考える『豊か』とか『平和』ってのは
 決して争いのない楽園じゃないよ。
 ただ、争いが自らを滅ぼさず未来へ繋がるって事なんだと思う」

916 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:39:59.82 0Bi87sEP

魔王「ええい。わたしがいないところで
 余計なことをべらべらとっ」
メイド長「……」ぎゅっ

紋様の長「魔王殿っ」
銀虎公「魔王っ」

魔王「何時までも寝てはいられない。……こふっ」
メイド長「まおー様っ」

碧鋼大将「気をお確かにっ!」

魔王「見ての通りのざまだ。……やはり戦闘の出来ない
 そのつけが回ってきてしまった。笑ってくれ」

火竜大公「いや、魔王殿」
鬼呼族の姫巫女「笑う者などいようはずもない」

魔王「すまないな。……体力が持たない、手短に済ませるとする。
 わたしはこの通りのていたらくだ。わたしの意志は勇者が
 ここで喋ったと思うが、それは一時忘れてくれても良い」

勇者「……おまっ。せっかく俺がっ」

魔王「良い機会だ。魔界は魔族のふるさと。
 その長の肩には氏族の重みが乗る。
 そして長達の方々にのし掛るは全魔界の重みだ。
 
 わたしは魔王としての権威を一時、この会議に預ける」

紋様の長「なん……ですとっ!?」

917 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:41:52.53 0Bi87sEP

魔王「云ったとおりだ。火竜大公」
火竜大公「はっ」

魔王「会議の議長をお願いしたい」
火竜大公「承った」

魔王「妖精女王」
妖精女王「はい」

魔王「九大氏族以外の、小氏族のことも気にかけてやってくれ」
妖精女王「はい」

魔王「小氏族の件は妖精女王を後見とし、黒騎士に一任する」
勇者「……わかったよ」

魔王「重大事については、過半数の賛成を持って決と
 するのが宜しかろう。ただし、万端に配慮し交渉を
 尽くして欲しい」

火竜大公「承りましたぞ」

魔王「二月、三月もあれば戻る」
銀虎公「魔王! 魔王殿っ!」

魔王「なにか? 銀虎公殿」

銀虎公「獣人族は今回の件には無関係だっ。
 我らは暗殺などと云う卑劣な攻撃によって
 武勲を得ようだなどと考えたことは一度もないっ。
 今回の件は間違いなのだっ。俺はよい。
 しかし、我が氏族に今回のような不名誉を与えないでくれ。
 この雪華山、銀虎公。切にお願い申し上げるっ」

がばっ!

918 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:43:50.64 0Bi87sEP

魔王「銀虎公、手を挙げられよ」
メイド長「まおー様っ。傷に障られますっ」

銀虎公「魔王殿、どうかっ! どうか、切にっ。
 我ら獣人は戦の民。誇りの民っ。
 卑怯にも同胞を暗殺し、
 しかも謀略によってその事実さえもなかったことにして
 ただ勝利をむさぼろうとは
 我が民はそのような恥辱にまみれるくらいなら
 死を選ばざるを得ないっ。
 どうか我が一命を持って。
 我が民の、我が氏族の恥を注ぎたまえっ」

魔王「銀虎公。銀虎公と獣人の一族を疑ったことは一度もない」

銀虎公「っ!」

魔王「それよりも、わたし自身が氏族の長がたに詫びねばならぬ。
 偽りの死を持って長がたを謀った事についてだ。
 ゆえあってとはいえ、誇り高き、魔族の中に大きな勢を
 振るう長がたを騙し、偽るような仕儀となってしまった。
 
 すまなかった。
 あのときああせねば、今回の暗殺の犯人は誰なのか、
 そして犯人は判ったとしても
 その背後には誰が立っているのか
 それを知るすべはわたしには無かった。
 全ては賭けだった。長がたの助力無くば
 わたしの命はとうになかったものと思う……。
 
 全てはわたしが、長がたの信頼を得るために
 すべきことをしなかったため起きたこと。
 自身一人で全てを進めようと傲慢にも思っていたせいだ。
 ……すまなかった」

920 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 20:45:44.76 0Bi87sEP

碧鋼大将「いや、魔王殿はその器をしめされた」
巨人伯「……もう……小さいとは、見えぬ……」

鬼呼族の姫巫女「我ら一同は魔王殿の帰りを待とう」

東の砦将「ここは任せて、身体をいたわってくれ」
妖精女王「何かあれば、至急お耳に入れましょう」

銀虎公「魔王殿。魔王殿よ。
 ……覚えておいてくれ。
 我と我が一族は魔王殿に大きな恩義をおった。
 戦場において、魔王殿の命を三度かばうまではこの恩義は消えぬ。
 我ら獣牙の一族は、魔王殿に従い
 常にその身命を護る盾となりましょう」

魔王「ありがたい……ことだ」ふらっ
メイド長「まおー様っ!」

碧鋼大将「限界だ、すぐに寝所に運ばれよ」

メイド長「はいっ」

鬼呼族の姫巫女「癒し手を差し向けよう」

ばさっ ザッザッザッ

東の砦将「書状を書く。副官、お前は開門都市へと戻れ。
 自治委員会への報告と、色々入り用なものもあるだろう」
副官「はっ!」

紋様の長「それにしても……。魔王殿不在の忽鄰塔とは」

火竜大公「さりとてこれは大きな課題を残されたものだ。
 我らも我ら自身の大地と民を護れと?
 魔王殿の仰ることもごもっとも。
 我らもその責を果たす季節がやってきたということ。
 この歳になって、負うた子に教わるとはっ。はははははっ」

927 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 21:03:32.41 0Bi87sEP

――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、忽鄰塔の大天幕、上部

ひゅんっ!

執事「そういう事情でしたか」
勇者「聞こえていたんだろう?」

執事「あなたがわざと聞かせたのでしょう」

勇者「あの場面を聞き逃すなんて事、
 爺さんはするはずがないからな」

執事「にょっほっほっほ」

勇者「あーっ」とさっ
執事「どうされました?」

勇者「やっぱあれだよなー。俺って人間の裏切り者だよなっ?」
執事「はぁ……」

勇者「指名手配だよなっ!? うぉおおお」ごろごろっ
執事「さようですなぁ」

勇者「おまけに魔族の中では外様も良いところじゃね?」
執事「はい」

勇者「今は魔王の懐刀って云うか黒騎士だから
 見逃してもらえているけれど、そうじゃなくなったら
 ふるぼっこじゃね? っていうか、魔王だって勇者の
 俺とつるんでいたら最悪殺されちまうよなっ? なっ!?」

執事「そうなっても逃げるくらいなら造作もないでしょう?」

勇者「そーいう問題じゃないじゃん」がくりっ

929 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 21:05:15.09 0Bi87sEP

執事「ふむ」

勇者「だってそんなことになったらもてないじゃん?」
執事「それは仕方ないでしょう」

勇者「これからが勝負の年齢なのにっ!!」
執事「そう思っている内にこの歳ですよ」

勇者「だって女の子にちやほやされないんだよ!?」
執事「わたくしだってされてませんぞ」

勇者「だって爺さんは目つきがいやらしいから」
執事「勇者にだけは言われたくありませんなっ!」

勇者「はぁ……」
執事「結構本気で落ち込んでいますか?」

勇者「まぁ……」
執事「なぜです?」

勇者「……」
執事「……」

勇者「いや。やっぱし、嫌われたくは、ねぇよ」
執事「さようですか」

勇者「魔族の味方だもんな。
 正直、爺さんに撃たれても文句は言えねぇよ」

執事「ふむ。好かれるために勇者をやっていたのですか」

勇者「それは違う。みんなを、世界を救いたかったからだ」

執事「では、そのままで良いではありませんか」

931 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 21:07:23.70 0Bi87sEP

勇者「え?」

執事「勇者のままで。
 人の世界を救うために魔族を討っていた勇者のままで。
 だってそうでしょう?
 
 もうゲートはなくなった。
 魔界は地下世界だったのですから。
 二つの世界など最初から無かったですぞ。
 
 世界は一つしかない。
 いや、一つしかない故に世界と呼ぶのかも知れませんなぁ。
 勇者。違いますか?
 世界を救うのが、勇者の仕事なのでしょう」

勇者「――ああ。そうさっ。ったりまえだ」

執事「では、多少嫌われてもへこたれぬ事ですよ。
 大丈夫です。

 確かにわたし達はあまりにもちっぽけな存在で
 持って生まれた邪悪で残虐な性質と云うよりは、
 あまりにも盲いていて愚かなために
 時に自分が何をしているかも判らずに
 人を傷つけ害してしまいますが、
 それでも、そんなに救いようがないほど
 馬鹿なわけでもないと思うのですよ。
 いつか判ってくれる時も、人も、あるでしょう」

勇者「爺さん……」

執事「それに、素晴らしいこともあるでしょう」
勇者「なんかあったっけ?」

933 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 21:10:10.72 0Bi87sEP

執事「揉んだのですか?」
勇者「へ?」

執事「揉んだのですか、あのふよんふよんの大質量を。
 心躍る魅惑の楕円回転運動体をっ!?
 小悪魔的に跳ね回る我が儘なたゆたゆおっぱいをっ!」

勇者「えーっと、ね?」

執事「勇者、ぱふぱふ道の教えをお忘れか? ひとつっ!」

勇者「“ボインはお父ちゃんの為にあるんやないんやで~”!」
執事「二つっ!」

勇者「“会えば拝め、拝めば触れ、触れば揉めっ!”」
執事「三つっ!!」

勇者「“おっぱいは文学! おっぱいは人生っ!”」
執事「よろしい。で、揉んだのですか?」

勇者「いや……機会が無くて……」
執事「にょほっ。とんだ臆病勇者ですね」
勇者「うっわ、すげぇ上から笑顔!? まじでっ!?」

執事「免許皆伝にはほど遠いです」
勇者「でも、(腕を寝ている間に)
 はさんだ(はさんでもらった)し……」

執事「なんですとっ!?」
勇者「……さ、(偶然)触ったし」

執事「さぁ、裏切り者決定ですな。にょほほほっ!」
勇者「何で、云ってることがさっきと違うじゃん!?」

執事「人間世界のではなく、男性の裏切り者ですぞっ!!」

954 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 22:14:03.03 0Bi87sEP

――重力の衰えるとき、ゲートのあった大空洞

ゴゥゥーン!

奏楽子弟「それにしても、壮観ね!!」

中年商人「はっはっは! わたしなんか何回きても
 目がくらんでしまいますよ」

ゴォォーン!

奏楽子弟「何であんな巨大な岩が浮かんでいるのかしら?
 不思議でしょうがないわ。それにこの鐘の鳴り響くような音!」

中年商人「ええ、まったく」

土木子弟「やー」しょぼしょぼ

奏楽子弟「やーって、あんた! 目の下真っ黒じゃない。
 寝てないんでしょう!? まったく」

中年商人「調子はいかがですか?」

土木子弟「あはは。いやはや、すごいところですね」
奏楽子弟「もうっ! 土木馬鹿」

ゴォォーン!

土木子弟「そう言うなよ、こんなすごい場所なんだぞ?
 わくわくして当然だろう?」

奏楽子弟「そりゃ、すごいけれど」

土木子弟「まぁ、何とか目処は立ったよ」


955 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 22:15:30.17 0Bi87sEP

中年商人「ほほぅ、なんと!」

土木子弟「まず、この空中に浮かんだ岩は、引力のせいだ」
中年商人「引力?」

ゴォォーン!

土木子弟「ああーっと。そうか、聞き慣れないか。
 モノが地面に落ちる力、みたいなものです。
 それが地上世界と地下世界では反対方向に働いている。
 我々は、一枚の板の表裏に住んでいるような関係にあるんです。
 その板が全てのものを引き寄せているから、
 どちらの側に立っていても、転がり落ちないで済む」

奏楽子弟「そう言うことだったのね……」

ゴォォーン!

中年商人「なんとこれはまた……。奇怪な話ですな」

土木子弟「で、この大空洞は差し渡し20里はある円筒状ですが
 いわば、その“板”にあいた穴のようなもの。
 穴の途中で引力は弱くなって、方向が切り替わる。
 そのせいであのような巨岩が、いわば
 “どちらにも落ちることが出来ない”状態で浮かんでいます」

中年商人「ほほう」

土木子弟「あの巨岩は小さなものでも
 馬小屋ほどの大きさがあるけれど、
 浮かんでいるから重さはないに等しい。
 それがわずかな気流や接触に寄ってふれ合い、
 おそらく金属質のこの空洞の内壁に反射して
 この鐘のような音を立てるんだ」

956 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 22:17:35.28 0Bi87sEP

奏楽子弟「で、予定の方はたったの?」

中年商人「おお。そうでしたな」

土木子弟「うん、これが図面だ。こっちは工程表。
 もっとも、この図はおおざっぱなもので概略でしかない。
 必要な橋はプランに依るけれど、
 大小合わせて12から30。
 個別の橋の設計は大体は想像できているけれど
 図面起こしにはもっと時間が掛かる」

中年商人「何故数に幅があるのですか?」

土木子弟「商人さんが通り抜けてきたとおり、
 ロープを伝って危険な場所は荷物を手運びすれば、
 この空洞は今でも通り抜けできます。

 キャラバンではなく、徒歩の旅であれば、
 危険はあるけれど普通の人でも通り抜け可能でしょう。
 それに対して道と橋を整備するのは、
 安全性の確保と、移動のしやすさを考えてです」

中年商人「そうですね」

土木子弟「地質も調べていくつかのルートを考えてみました。
 概略図を見てください。この赤い線のラインならば
 工期は約四ヶ月。造る橋は12。一カ所が石造で残りは木造。
 最低限の手間で、おそらく中型の馬車が通れるようになる」

奏楽子弟「ふむ」

957 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 22:19:03.80 0Bi87sEP

土木子弟「こちらの二重線で示したルートは、
 かなり大規模な工事が必要になります。
 通す道も要所要所は二重にして崖崩れへの備えをするわけですね。
 作る橋は30。
 全て石造で作ったとして、おそらく工期は8年」

奏楽子弟「随分大規模だねー。お金もかかりそう」

中年商人「まずは四ヶ月でおねがいします」

土木子弟「随分即断即決ですね」

中年商人「ええ。金が惜しいわけではありませんが
 それ以上に時間が惜しい。一刻も早く馬車が通れる道が
 欲しいのです」

土木子弟「職人と人夫が入れば、真っ先に安全索を
 張りましょう。それで多少は楽になると思います」

奏楽子弟(なんだ、格好良い表情もするんじゃん)

中年商人「ありがとうございます! あなたに会えて良かった!」

中年商人「では一度開門都市へ?」
土木子弟「ええ、戻りましょう。俺も作業をする人を
 見て選びたいですし、人数や細かい点についても
 相談しなけりゃならない」

中年商人「そうですね。わたしもいくつか連絡を出さねば」

土木子弟「商談成立ですね」
中年商人「二つの世界へ渡る道を目指してっ!」

 がしっ

962 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 22:29:31.21 0Bi87sEP

――外なる図書館、停時庫

ゴゴゥン!!

女魔法使い「……足りない」

ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!

女魔法使い「……まだ、たりない」

ぽうんっ♪
明星雲雀「ご主人、ご主人。そんなにしたら倒れちゃいますよぅ」

女魔法使い「でも、足りてない」

明星雲雀「そんなにしょんぼりしなくたって
 ご主人最強じゃないですか。ピィピィピィ!
 そんなに魔力あげなくたって勝てる人なんていやしませんよ!」

女魔法使い「……」
明星雲雀「また考え込むー」

女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「説明が面倒だとすぐ寝る」

女魔法使い「……うるさいピィピィ使い魔」

ピィピィバタバタ! ピィピィバタバタ!

明星雲雀「やっ! やめてっ! フライドはやめてっ!!
 せめてタツタにしてぇ! ピィピィ!!」

966 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/21 22:31:16.58 0Bi87sEP

女魔法使い「瀬良は昴。昴は統ばる。その意は、集合。
 束ね、一つになる結束点。収斂の先」

明星雲雀「??」

女魔法使い「収斂とは常に1点。それが何故2つも?
 “良き問いは、常に良き答えに勝る”。
 それを問うべき」

明星雲雀「ご主人の云っていることはさっぱり判りません」

女魔法使い「……すぅ」
明星雲雀「寝てちゃ余計に判りませんっ! ピィピィ」

女魔法使い「……足りない」
明星雲雀「ピ?」

ゴゴゥン!! ドグォォン! ゴォォォン!

女魔法使い「……まだ、たりない」

明星雲雀「そんなに鍛えたら、また倒れちゃいますよぅ!
 もうごめんですよぅ、あんなに血をおはきになって!!」

ドグォォン! ゴゴゥン!!

女魔法使い「……間に合わないかも、勇者」

ゴゴゥン……!!

女魔法使い「……許して」




次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #21


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