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343 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:53:53.03 sQx9tPoP

――冬の王宮、広間、対策会議

将官「国境街道で見る限り、昨日は12人ですね」
勇者「うーん。思ったようもペースが鈍いな」

冬寂王「ふむ」
メイド姉「やはり、自由という考えは
 受け入れられないのでしょうか……」

勇者「まぁ、難しいってのはあるだろうな」
冬寂王「言葉のない者に言葉を教えるようなものだからなぁ」

氷雪の女王「でしょうね……」

女騎士「いっそ、こう。どかんと人さらいをだな」
勇者「お前、本当に聖職者か?」

冬寂王「だが、あまりペースが遅いと冬が終わってしまうだろう」

勇者「そうだな、少なくとも冬の間にある程度の数を
 取り込まないと、結局は既存路線の強さが出てしまうだろうし。
 時間を掛けると、あっちの教会は信者も聖職者も
 わんさといるんだ。押し負ける。
 うーん……
 文字を読む、ってのが意外とハードルが高いのかもなぁ」

女騎士「説法士を派遣はしているのだが、
 湖畔修道会全体で50人も居ないのだ。
 とても大陸はカバーできない」

勇者「ふむ……」

氷雪の女王「説法士ですか。――説法ではなくとも
 良いのではないですか?」

女騎士「ん? 当てがあるのか?」

元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1252554034/

346 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:56:27.27 sQx9tPoP

氷雪の女王「詩人はどうですか?
 我が国は吟遊詩人のふるさとです。
 幸い今は冬ですから、旅回りの吟遊詩人達も王都に
 集まっているでしょう。
 彼らに報償を出して、諸国で歌って貰うのですよ。
 内容は、新しい修道会の教えで良いでしょう?
 そして、三カ国の行いも歌って貰う。
 歌は強いですよ? 農民でも節回しさえあれば
 かなり難しい言葉を覚えてくれるものです。
 覚えてくれれば、吟遊詩人が立ち去ったあとでも
 歌の響きが続くでしょう」

女騎士「それは良い考えだな!」

勇者「どれくらいの人数が居るんだ?」

氷雪の女王「そうですね。腕の如何を問わなければ
 500人近くは居るかと思います」

冬寂王「よし、早速依頼しよう。
 旅の支度金はこちらで用意してもかまわぬぞ」

氷雪の女王「そうですね。……いっそ、吟遊詩人には、
 この国当ての紹介状を書かせ、沢山の開拓民を
 送り込んでくれた吟遊詩人には開拓民ひとりにつき、
 金貨1枚の褒賞を与えるという事にしたらどうでしょう」

勇者「ああ、それがいいな! えっと、なんだっけ。
 学士がいうところの、いんせんちぶだ」

冬寂王「いんせんちぶ?」

勇者「やる気があるやつに金を出す、みたいな意味だよ」

348 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:57:34.68 sQx9tPoP

メイド姉「あのぅ」

冬寂王「ん、どうしたのだ?」

メイド姉「今回の目的は、戦争じゃないんですよね?」

冬寂王「ああ、そうだ。出来れば戦争は避けたいと思っている」

氷雪の女王「そうですわね。
 魔族の襲撃が何時あるか判らないこの状況では
 争うのは愚かという他ないですわ」

メイド姉「では、教会とは喧嘩をするべきではないと思うんです」

勇者「……ふむ」
女騎士「どういうことだ?」

メイド姉「たぶん、教会のひとたちは、修道会の説法士さんや
 吟遊詩人さんをあしざまに罵倒すると思うんです。
 嘘つきだとか、悪魔の使いだとか……背教者だとか」

勇者「するだろうな」
女騎士「馬鹿の一つ覚えというやつだ」

メイド姉「ですけれど、そこで喧嘩を買ってしまったら
 戦いになってしまいます。
 人間同士で戦いはしたくないですよね」

冬寂王「そうだな」

メイド姉「ですから、説法士さんや吟遊詩人さん、
 それをいうならばこれから印刷する紙にも、
 教会を非難するような内容は盛り込むべきでは
 ないと思うんです」

349 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 16:00:24.41 sQx9tPoP

女騎士「とはいえ、あいつらの根性が曲がっているのは
 確かなことだぞ。やられっぱなしではないか」

メイド姉「そうかもしれませんけれど、
 大部分の信仰者の人は、本当に光の精霊様を信じているだけの
 普通の人々なんですよ? そういう人まで争いに巻き込んでも
 益はないはずです」

勇者「そうだな……」

女騎士「では、無視か? こう、つーんとな。
 馬鹿は相手にしないっ。と」

メイド姉「それもあまり適当ではないと思うんです。
 むしろ、褒めて良いと思うんですよ。
 光の精霊様は尊い存在です。
 正直、勤勉、平和。
 そう言った点では同意が出来ると思うんです。
 ですから、中央の聖教会も否定せず、その信仰を
 守っている人も尊重すべきです」

氷雪の女王「それでは開拓民達を勧誘できないではないか」

メイド姉「それは手法の差で表現するんです。
 南方の荒れ地は未だ開拓されていない。
 そこには苦労もあるけれど、チャンスもある、と。
 農地を手に入れる機会は、精霊様がくれたものです、と。
 南部の諸王国は、新しい開拓民を求めていて、
 そこには農奴制度はなくて、誰でも頑張って働きさえすれば
 飢えないだけの実りが取れる。租税もかなり安いぞ、って」

冬寂王「……夢見がちな理想論を唱えるかと思えば
 嫌になるほど冷静な現実を武器として持ち出すな」

勇者「あいつの教え子はみんなそうなるんだよなぁ」

356 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 16:36:56.25 sQx9tPoP

――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室

辣腕会計「委員、小麦の価格が多くの都市で
 +6ポイントまで上昇しました」

青年貴族「市場動向はどのような印象ですか?」

辣腕会計「貴族や商人はむしろ好感触のようですね。
 手持ちの小麦に余裕あるからでしょうか、
 換金する動きも見て取れます。
 農場主は警戒感を強めています。
 彼らにとっては冬の間の食料ですからね。
 しかし、金額によっては手放すものも少なくありません」

青年貴族「そうですか」

辣腕会計「今のところ相場の上昇は例年とそう変わりなく
 ある意味織り込み済みですから激しい反応は出ていませんが」

青年貴族「了解です。――次の手を打っておきましょう。
 “生産物買い取り証書”の発行、ですね」

辣腕会計「聞き慣れない言葉です。なんですか?」

青年貴族「今でっち上げましたからね。まぁ、聞いてください」

359 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 16:41:25.91 sQx9tPoP

辣腕会計「黒板に板書してみます」カッカッ

青年商人「現在は冬です。冬小麦は秋に籾を蒔き、冬を越えて
 初夏の収穫と云うことになりますね。
 現在畑に籾はあるけれど、収穫はまだまだ……そうですね、
 6ヶ月は先でしょう。
 この先、畑にはどんなトラブルがあるか判らないが、順調に
 行けば半年後には収穫が望める」

辣腕会計「ふむふむ。まぁ、常識ですね」

青年商人「しかし、何らかのトラブルの発生で小麦の生産が
 減ってしまうと、地主や領主の収入は激減してしまう。
 またはそうでなかった場合でも、天候に恵まれて大豊作に
 なってしまえば小麦の相場が安くなってしまう」

辣腕会計「ふむ」 カッカッカッ

青年商人「そこで、“小麦引き渡し証書”の出番です。
 つまり、“できあがった小麦を買い取る約束”です」

辣腕会計「それは、代金を先払いするという意味ですか?」

青年商人「そうです」

辣腕会計「地主や領主は手元にない麦でも売れるわけですね」

青年商人「そうなりますね。しかし、引き渡し時期……
 年明けの初夏には、契約した量の小麦は必ずそろえて貰う」

362 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 16:47:34.92 sQx9tPoP

辣腕会計「つまり豊作であれば、領主達は、
 “小麦の販売時と引き渡し時の差益”を得ることが出来る」

青年商人「引き渡し時に凶作などの理由で相場が上昇していれば
 わたし達は“相場より安い金額で小麦を手にする”ことが出来る」

辣腕会計「相場が上昇する読みはあるのですか?」 カリカリ

青年商人「中央聖王都と教会が異端告発を意図している以上
 戦争が開始される可能性は高いでしょうね。
 それに――仮に戦争が回避されても問題はないでしょう」

辣腕会計「なぜです?」

青年商人「戦争がなければ、その人口は減らない。
 今まで足りなかったのは、資本と輸送力。
 それから市場間の“膜”ですよ。
 食べる口さえあれば、人為的な小麦の枯渇を作れる、
 小麦相場が下がることはあり得ない」

辣腕会計「……」ごくっ

青年商人「もし仮に、大陸の小麦生産量がわたしの予想より
 倍も大きければ『同盟』は破産するかもしれませんけどね」

辣腕会計「……なるほど。
 人為的な相場形成の一つの手段にすると。
 となると、この“小麦引き渡し証書”は
 最終的には、貴族を縛る鎖となりますね」

青年商人「それも一つの過程。あり得る選択肢ですね」

364 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 16:49:48.13 sQx9tPoP

辣腕会計「意図がよく判りませんね」

青年商人「領主や地主の判断を重くするんですよ。
 来年の小麦相場のことを考えさせるのです。
 “小麦引き渡し証書”がこちらの手にある限り
 それは云ってみれば、多量の小麦を借りているに等しい状況。
 自領内の畑を損なうような動きは取れない。
 また、初夏の収穫から、あらかじめ引き渡す分は
 除外して考えなければならない」

辣腕会計「そうなりますね……」

青年商人「小麦の流通のイニシアチブを押さえるのが
 目下の目的です。そこが第1段階のステップ。
 初夏になっても小麦を自由に出来る量が少ない。
 手元にはさほど残らない。
 しかも小麦は高騰を続けていたら……。

 なにも本当に高騰している必要はない。
 “そうであったら困る”。
 そう思って貰うだけで、その不安は利益になります。
 証書を発行して、王国の金貨を渡しましょう。
 なに、安い投資ですよ」 にこにこ

辣腕会計「……」ぞくっ

青年商人「中央貴族の皆さんには、
 今しばらく長い冬を味わって貰おうじゃないですか。
 楽しい舞踏会の始まりです。
 この円舞曲。――買い、売り、交換する。
 その響きが大陸を満たすまで」

368 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 17:23:08.38 sQx9tPoP

――開門都市、自治議会、執務室

 コンコンッ

東の砦将「開いてるぞー。どうぞー」

火竜公女「ごきげんいかがかや、砦将?」

東の砦将「可もなく不可もなく。

 天気は良いが仕事は山積み。
 やってもやっても終わらんな」

火竜公女「やってもやっても終わらないのであれば、
 やらなくても良いのではないかや?」

東の砦将「おお! 尻尾のお嬢はいいこというなぁ!!」
副将「全然良くありませんっ!」 だむんっ

魔族豪商「ははは。相変わらずだのぅ」

火竜公女「これはこれは! 八鎧のお爺さまっ」

東の砦将「通商の用件で尋ねてきてくださったんだ」

火竜公女「それはお邪魔をしましたかや?
 妾は席を外す故、お話などゆるりと」

魔族豪商「かまわんよ。話は簡単なもので、

 ものの数分で片がついてしまったわ。

 じつに剛胆な御仁じゃな」

369 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 17:25:17.44 sQx9tPoP

東の砦将「いやいや。自治都市とは名ばかりの
 張りぼて所帯ですからね。
 商売に来てくれるってんならこんなにありがたい
 事はないってやつですよ」

副将「ええ、本当に。ああ、公女様、加糊茶をどうぞ」

魔族豪商「はっはっは。こんな具合で、細かい書類も調べも
 袖の下もな。何にもなかったんじゃよ」

火竜公女「それはもう。
 この開門都市は自治委員会で運営されていますゆえ。
 執行役とはいえ、賄賂なんてもらったら一発で首を
 刎ねられてしまうのです。
 ――お爺さま? この都市には何を商いにいらっ
 しゃったのですか?」

魔族豪商「なぁに、細々とした日常品じゃよ。
 塩、鉄、馬鈴薯に、玉蜀黍。可可樹。綿花。
 それに砂金を少々」

火竜公女「そんなことを云って、お爺さまの商会は
 いつでも大商いをなさるではありませぬか」

東の砦将「豪商どのは馬鈴薯を入れてくださることに
 なってな。塩を求めているらしいんだが……」
副将「いやはや」

魔族豪商「以前は極光島から潤沢な塩が送られてきた
 ものだがな。いや、あれは痛かった」

火竜公女「そうでありました……」

371 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 17:27:48.78 sQx9tPoP

魔族豪商「いやいや、人間である砦将殿が居る前で、
 詮方ないことを云ってしまった。老人の繰り言と
 思って許されよ」

火竜公女「……」ちらり

東の砦将「いやいや。お気遣いなどなさらずに。
 開き直るわけではありませんが、我らも沢山の
 魔族の方を手に掛けた。我が部下も沢山散っていった。
 争いもこの世の習いの一つですから……。
 今は明日を生きることが出来ることを感謝したいと。
 ――そう思います」

魔族豪商「若いのに、肝が据わっておるの」

東の砦将「塩は何とかしてみましょう」

魔族豪商「ではよろしく頼みましたぞ。
 いや、茶を馳走になりましたな」

東の砦将「副将、お送りして差し上げてくれ」
副将「はっ!」

 ザッザッザッ。ガチャン

東の砦将「存在感のある爺さんだな」

火竜公女「それは、お爺さまは魔族でも重鎮ですゆえ。
 ああ見えて、昔は相当強面だったとの話」

372 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 17:30:50.81 sQx9tPoP

東の砦将「さぁて、話がある」
火竜公女「妾もですわ」

東の砦将「先にそちらを聞きましょう」

火竜公女「気になることがありまして。
 ……砦将どのは蒼魔族をご存じかや?」

東の砦将「蒼魔族ですか? 戦ったことはあるが、
 あんまり詳しくはないな。そもそも、あのころは
 魔族の見分けもついちゃ居なかった」

火竜公女「蒼魔族とは蒼い肌をもつ魔神の末裔たる魔族。
 魔界四氏族の一つにして、勢力も強い一族なのです。
 中には小型の者から大型の者まで、様々な亜種族を
 含みますが、総じて魔力、戦闘能力に秀でております」

東の砦将「ふむ……」

火竜公女「我ら竜族、妖精族などとはあまり交わろうとは
 しませぬね。我らもまた他族と交わる気風を持ちませぬが。
 ――蒼魔族は歴代のうち4名の魔王を輩出した、大氏族と
 いえるでしょう。そして、人間界を欲する氏族でもあり
 まする」

東の砦将「どうもきな臭い氏族だな」

火竜公女「その蒼魔族を最近、この都市で見かけると……」
東の砦将「……」


374 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 17:32:10.76 sQx9tPoP

火竜公女「妾も直接確認したわけではないが、
 そのような話が出ております。
 開門都市はいまや人間族と魔族が混交した珍しき地。
 もちろん蒼魔族が住まって悪いわけではないのです。が」

東の砦将「気になる、と」

火竜公女 こくり

東の砦将「判った、配下を出そう。
 いや、魔族の方に頼んだ方が目立たないかな?
 とにかく、手を打ってみますよ。お任せあれ」

火竜公女「感謝いたします。……して、そちらの用件は?」

東の砦将「あー。んー。さっきのな」
火竜公女「?」

東の砦将「豪商どのの求めているのは塩なんだ」
火竜公女「はい、そのようで」

東の砦将「でも、この都市にも今そこまでの塩の備蓄はない」
火竜公女「はぁ……」

東の砦将「調達してきてくれないか?」
火竜公女「それはそれで無体な要求。塩の需要はどこでも
 高く、随分高価です。我が一族の領内にも塩山はひとつ
 しかないのですよ?」

東の砦将「いや、まぁ……。行く場所はあるんだ」
火竜公女「?」

東の砦将「人間界だよ」

386 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 18:00:02.88 sQx9tPoP

――思い出の庭、魔王の回想

魔王「……ん。……うぬぬ! うわぁっ!?」

 きょろきょろ

魔王「もうこんな時間か。……おわっ。な、なんだ。
 背中が痛いぞ。と云うか、全身が痛む……。
 な、なぜだ」

メイド長「“こんな時間か”、が二日ぶりだからですよ」
魔王「おわっ」

メイド長「いい加減にしないと身体をこわしますよ」
魔王「うーん。しかし、面白いのだ、止められん」

メイド長「気持ちはわかりますが」
魔王「そちらはどうなんだ?」

メイド長「わたしの専門は実技を伴いますからね。
 身体を動かして技術を身につける以上、
 そこまで本や資料を読みあさって、
 筋が硬くなるなんて事はないんですよ」

魔王「そういえばそうか」

メイド長「お茶でも入れましょうか?」
魔王「なにも気を遣わなくても良いのに」

メイド長「あなたには恩がありますからね」
魔王「あれは行きがかり上だ」

387 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 18:01:10.10 sQx9tPoP

メイド長「だとしても奴隷だったわたしには救いでした」
魔王「……」

メイド長「いえ、別にそれだけが理由ではありません。
 そんなことより目下重要なことがあるんです」

魔王「なんだ? 新しい研究か?」
メイド長「ええ、お茶を出すときの新しい作法です」

魔王「何だ、作法に新しいだの古いだの、いらないだろうに」

メイド長「必要なものだけがある世界なんて
 味気ないじゃありませんか。これも彩りです。
 そもそも“メイド道”は彩り重視なんですよ」

魔王「お茶がもらえるならありがたくもらうけど」

メイド長「承知しました、お嬢様」

魔王「お嬢様ぁ?」

メイド長「演出の一環ですよ。しばらくお付き合いください」

 とっとっとっ

魔王「しかし、我が一族は奇人変人ばかりだが……
 というか奇人変人が我が一族になるわけだが、
 あそこまでの変わり者もなかなかいないなぁ。
 部屋が片づいて良いけど」

魔王「……」

388 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 18:03:26.08 sQx9tPoP

魔王「――ファンダメンタルズ、最適化、パレート
 ――債権、内需、所得、産業、成長率、空洞化」

魔王「興味は尽きないな。これはおそらく、価値観か」

魔王「名前、が本体なのだろうな。
 概念に名前――名詞をつけることによって、
 新しい価値観が発見/創造される。
 
 この場合発見と創造は同じ行為で、その瞬間に世界が
 拡張される。
 新しい視座を得て、今までの全ての事象は再評価されるわけだ。
 
 つまり、視座の数は、世界に対する係数。
 視座を多く持つほどに多くの世界を見ることが叶う。
 それが知識の、学習の意味。
 我が一族の、存在意義。
 
 我らは概念に名前をつける。
 新しい概念で世界を拡張する。
 概念と概念は時に出会い、融合して、生み出した我々にも
 思いつかなかったような変化を遂げることがある。
 
 それは、我らが手にする実り。
 世界の、果実。
 理論面においてはl=n(n-1)/2を取るのかな。
 
 素晴らしいな。……知ることは素晴らしい。
 けれど、それ以上にこの世界は素晴らしいな。
 この世界には、この世界を加速度的に拡張する存在が
 沢山いるんだ。
 それは魔族だけじゃなくて……」

389 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 18:05:54.96 sQx9tPoP

魔王「……“魂持つ者”」

魔王「そう呼べたら素敵だな。
 あの向こうには、どれほど豊かな世界が広がっているんだろう?
 二つの世界が出会ったら、どれだけの組み合わせ爆発が
 起こるんだろう? 概念と概念が融合し、どんなに
 素晴らしい世界を見せてくれるんだろう?」

魔王「人間、世界か……。
 ただの魔物の一匹であるわたしには、触れ得ないだろうけれど。
 城ってどんなものなんだろうな。
 村って云うのは、魔族のそれといっしょなのかな。
 なかなかにもどかしいな。
 映像資料がもうちょっと充実してればよいのだろうが……」

魔王「我らも、物も、貨幣も流れる。
 決して留まりたるを知らない。
 時も流れる。
 でも、現われたものは、けして消えない。
 消えたかに見えて、必ずや残る。
 この瀬良の図書館のように。

 いくつも、いくつも、数千数億の世界の記録が
 歌っているのが聞こえる。
 何でみんなには聞こえないのかな?」

魔王「こんなにも見つけて欲しいと
 誇らしげに、高らかに、歌っているのに。
 わたしの想いも、
 やはり誰にも……届かないのかな」

392 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 18:07:46.47 sQx9tPoP

メイド長「お嬢様、お茶が入りました」

魔王「ん? 何だ、そんなところに立って」

メイド長「……新しい作法でして」
魔王「ふむ」

メイド長「きゃー」
魔王「きゃー?」

メイド長「あー、ちょっと、ちょっと。わわわ、きゃふうん」

魔王「何を言っているんだ?」

メイド長「ここで素早くカップを投げつける」
魔王「へ?」

 ばしゃぁ!

魔王「熱っ! 熱っ! 熱いではないかっ!!」

メイド長「だ、だいじょうぶですかぁ。きゃふーん」
魔王「なんで雑巾っ、こっ、こらぁ!!」

メイド長「新しい作法でございます」すちゃ
魔王「……」

メイド長「まったく知識は素晴らしい。
 研鑽に果てはございません」きらきらっ

魔王「どんな資料を参照しているのだっ!」

402 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:14:02.57 sQx9tPoP

――霧の国、地方都市の街角で

吟遊詩人「~♪

 いざ生き者の学をまなばん!
 まずあぐるは、自由の民よ、四族の名前。
 はじめに生(あ)れし草の民らよ。
 次は、水辺を治めし、湖の民。
 三が荒れ地の砂の民。真に剛毅闊達なる。
 四が南の、荒れ地に住まいし風、開拓の民にして興武なり。


 黄金なる小麦の乗り手よ、何処(いずこ)へゆくか。
 吹き鳴られたる角笛、今どこに。
 土に触れたるたくましい指、紅く燃えたる炉辺の火よ。

 春は何処? 春は何処?
 実りの時よ、丈高く、頭を垂れる黄金の麦。
 土に埋もれる馬鈴薯の丘、山なす実りをいざ求め。

 南へ、南へ。実りをもとめ。
 南へ、南へ。いざ旅立たん

 ~♪」

403 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:16:13.76 sQx9tPoP

――冬の王宮、広間、対策会議

ガチャリ

勇者「案配はどうだ~?」

冬寂王「やはり文字の読み書きが一つの障害になっていたようだ。
 吟遊詩人の効果が徐々に出てきて、流入してくる開拓民が
 徐々に増えてきたようだな」
将官「冬の間は、南の国でなくても娯楽が必要ですからね」

勇者「この資料か?」

 ぺらぺら

勇者「……」

冬寂王「何か気になることでもあるのか?」

勇者「いや、この世界には俺たちしか居ない訳じゃないからな」
冬寂王「そうだな」

将官「は?」

冬寂王「我らと利害を共にする、または異にする“誰か”も
 同じように様々な策謀を練っている可能性がある。
 それを常に忘れてはいけないと云うことだ」

404 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:17:58.69 sQx9tPoP

執事「そういえば、他の皆様は?」

冬寂王「ああ、鉄腕王も氷雪の女王も国元へと帰ったよ。
 何時までも宮殿を留守にするわけにも行かないだろう」

執事「……」はぁ

勇者「どうしたんだ?」

執事「華やかさのない男臭い部屋でございますね」

勇者「あの姉妹は氷雪の女王の所へ行ったよ。
 吟遊詩人に言葉を伝えるにしても、直接の方がいいだろうし。
 その後は、活版印刷の原盤を作るために、
 鉄の国へ向かうはずだ。
 女騎士も、護衛で同行。よって、ここは男パラダイス」

将官「姫騎士将軍もでありますか」
執事「あれは絶壁ですからようございます」

勇者「そうかな、あれはあれでいいやつだぞ?」

執事「……」ちらっ&ため息

勇者「そういえば、何か言ってきたか?」

冬寂王「ああ、もちろん。ほら」

 ドサリ

勇者「うへぇ、なんて量だ。何でこんなにあるんだよ!?」

406 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:20:22.80 sQx9tPoP

冬寂王「まぁ、中央大陸と云っても
 統一されているわけではないからな。
 20年前までは領土戦争もしていた国同士が
 魔族の侵攻という現実を前に、
 一つの宗教を中心に結託しただけのことだ。
 だから、非難するにしても、自然とこうなってしまう」

勇者「じゃぁ、内容は似たり寄ったり?」

冬寂王「そうだ。
 中心となるのは、聖光教会からの公式な非難書だな。
 今回の書状には破門もちらつかせてある。
 そのほかは、王族や諸侯からの書状だ。
 内容は一言で言うならば“早く謝れ”だな」

将官「いやいや、言葉が飾られておりますので、
 それだけのことを3ページにもわけて書いてあるのですよ」

勇者「やっぱアホなんだなぁ」

冬寂王「いいや。……これは仕方がない。
 おそらくこの非難書、似たようなこの文面を出さないと
 大陸中央国家の派閥から外れてしまうことを恐れたのだろう。
 逆に言えば、これだけの国家、諸侯から非難された
 すなわち三カ国同盟は世界で孤立して居るぞ、という
 脅しを含んでいるのだ」

勇者「まぁ、わからんじゃない。実際破門された場合、
 商取引も事実上停止するんだろうしなぁ」

執事「そうですなぁ」

勇者「それが恐ろしくて、教会に逆らった国は今まで
 無かったわけだ」

冬寂王「そうなるな」

408 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:23:24.29 sQx9tPoP

冬寂王「いずれにしろ、軍を小部隊に編制して、
 国境地帯を見回らせようと思う」

勇者「それがいいだろうな」

将官「小官は国内治安も不安であります」

執事「それについては、わたしも報告を受けておりますな。
 国境付近では、野盗化した傭兵団が出没しておるとのことです。
 また国内では、急速に自由化が進んでいるために
 地主に対する略奪事件が起きているとか」

冬寂王「なかなか頭が痛い問題だが、そちらの方はわたしが
 面倒を見ているよ」

勇者「ああ、すまないなぁ。なんか俺、そういうのは苦手だ。
 良い案がないってーか、うすうす判っちゃ居るんだが」

冬寂王「これについて、奇跡の妙手はないのだと考える。
 地道に説き、問題の起きた箇所をそのたびに手直しせねば
 ならないのだろうな。
 農奴が全て自由開拓民になって、独自の畑を持てるようになるのは
 なるほど素晴らしいことなのだろうが
 その場合、どうしても、開墾されていない土地が
 割り当てられることになる。
 開墾をした土地は、開墾者に権利があるべきだからだ。
 だが、未開墾の土地では栽培もままならないだろうし、
 飢えれば暴力的な事件も起きるだろう」

勇者「そうだな」

409 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:27:07.22 sQx9tPoP

冬寂王「また、地主による集団的な労働管理が無くなれば
 開墾のような多数の人手を必要とする作業も出来ないし
 付近のみんなが使うような、いわば公共の施設の維持や
 管理もままならない。
 実際、このような乱暴な改革が曲がりなりにも
 実施できたのは、土地の面積に比べて、住んでいる
 国民の数が少ない、貧しい国だったからに過ぎないよ。

 農奴を解放したはいいが、地主に変わる機構が
 何も出来てやしないのだからな」

勇者「解決の方策はあるのか?」

冬寂王「まずは、巡回衛視だ。
 兵の中から常識のある者を選抜し、領内の村を巡回させている。
 もめ事に対処させるためだ。
 また法を犯した者は厳重に処罰する。
 地主的な存在が居なくなったいま、全ての国民は
 等しく尊法精神を身につけて貰わねばならぬ」

将官「わたしも衛視なのですよ。
 わたし達は国内の村々を廻り、
 二週間ごとに戻ってくるような巡回経路が
 それぞれ組まれているのです」

勇者「ふむ」

冬寂王「次に、戸籍と里家制度だな」

勇者「里家?」

410 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 19:31:02.92 sQx9tPoP

冬寂王「ああ、数軒から十軒程度の自由開拓民の家を
 ひとつの“里家”とする。
 開拓や、公共物の管理は“里家”を単位として
 受け持って貰う。税の徴収や賦役も同じくだ。
 “里家”ごとに、種芋や必需品を配り配分をし
 力を合わせて発展して貰う」

冬寂王「もめ事が起きた場合は、巡回衛視が対応する。
 問題があるような一家は訴えなどを聞きつつ、
 “里家”を移す」

勇者「理念は判るが、大変そうだな」

冬寂王「そうだな、大変だ。恐ろしく手間がかかる。
 その上、これは過渡的な制度だ。いまは、流入してきた
 開拓民を“里家”に強制的に編入しているが
 将来的には“里家”さえも自由に選べるのが理想なのだろう。
 
 大変だが、仕方あるまい。これが正しいと信じたのだ。
 学士殿が残してくれた『紙』が役に立っているよ」

勇者「そらまた、どうして」

執事「このようなことには大量の記録を保存する必要が
 あるのですよ。ここまで詳細な戸籍調査が行われ
 きめ細かい対応を実施できるのは記録のたまものです」

勇者「はぁ……俺や女騎士には無理な領域の話だな」

417 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:02:20.18 sQx9tPoP

――湖の国、首都、『同盟』作戦本部


 カッカッカ。ガチャン!

辣腕会計「……小麦の価格が異常上昇を開始しましたっ」

青年商人「来ましたね」

辣腕会計「はい。例年よりも64%、先週より9ポイント増しです」

青年商人「湖の国に本部を移した直後でよかったですね、
 手遅れにならずに済みます」

辣腕会計「開始しますか」
青年商人「まだためらいでも?」

辣腕会計「いいえ、わたしも商人に生まれた者。
 ここまで来れば腹をくくりました。果てを見ましょうっ」

青年商人「そうですね。通達準備、早馬の準備は?」
辣腕会計「整っています」

青年商人「ここからは潮目次第の勝負もあります。
 この本部は不眠不休になりますよ」

   職員「「「「はいっ」」」」

418 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:03:20.73 sQx9tPoP

青年商人「では、通達を」
辣腕会計「はっ」さらさら

青年商人「現時刻から『同盟』は、
 小麦、鉄、塩、木炭を中心とした生活必需品の
 買い占めを行います。
 小麦は例年の320%、そのほかの品については240%を
 一旦の上限として買い増し」

辣腕会計「……」サラサラっ

青年商人「もちろん、不必要に金を払う必要はありません。
 取引ごとには、いつもどおり細心の注意を持って利益を
 求めること。ただし、今の風は現金よりも現物です。
 物資を持つべきです」

辣腕会計「はいっ」

青年商人「治安悪化も予想されます。物資の輸送と保管
 には注意を払い、警備の傭兵を増やしてください。
 傭兵への支払いは現金を中心としますが、
 つなぎ止めに必要とあらば、直接小麦やそのほか穀物
 での支払いも認めます。
 その場合は月払いではなく週払いにするように」

辣腕会計「心得ました」

青年商人「“小麦引き渡し証書”についてはどうですか?」

辣腕会計「順調に契約が進んでいます」

青年商人「大規模な地主と領主に交渉を集中させてください」

419 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:06:57.12 sQx9tPoP

辣腕会計「……」サラサラ

青年商人「さて、ここからですね」
辣腕会計「?」

青年商人「教皇派委員はこれ以上の買い占めには
 難色を示すでしょうから」

 ペラッ

辣腕会計「はい、すでに口頭での不快感表明をしていますね」

青年商人「教皇に尾をふってどうします。
 目の前の利益を捨ててまで権力の歓心を買おうとは
 それはそれで商人としての筋が通りません」

辣腕会計「……何か対処を?」

青年商人「『黒の手』を回します。
 教皇派委員3人は、二週間現場を離れて貰います」

辣腕会計「……っ」

青年商人「二週間で形勢を作ります。
 一度始まった楽曲を、中途で止めさせはしません」

辣腕会計「判りました」

青年商人「ぎりぎりまで物資の買い付けを装いましょう。
 この手を予想しているひとは、中央には居ないと思いますが
 それも長くは持たない。この偽装で2週間は突っ張ります」

431 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:27:20.01 sQx9tPoP

――聖王の国、地方都市、貴族領

地方市民「はぁ!? なんでだよっ!」

穀物商「だから、云っただろう? 小麦一袋で、金貨19枚」
地方市民「馬鹿じゃねぇのか? 何でそんな値段なんだよ」

穀物商「あんた買い物に来るのは久しぶりなのかい?」

地方市民「ああ、そうりゃそうだ。わざわざ荷馬車を
 御してまで、買い付けに来たんだ。この買い物で
 一家八人が食うんだぞ!?」

旅商人「親父、小麦をくれ」
穀物商「はいはい、商人さんだね。いくつだい?」

旅商人「いくらだ?」
穀物商「小麦一袋で、金貨19枚。挽きが粗い二級のものなら
 金貨15枚半だ。大麦は金貨12枚」

旅商人「二級を見せてもらおう」
穀物商「こいつだ!」

旅商人「ふむ……。多少虫が混じっているな」
穀物商「今日日どこでもこんなもんだ。買手は他にも居るんだよ」

旅商人「良かろう。25袋積んでくれ」
穀物商「よしきた、売買成立だっ」

433 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:28:39.82 sQx9tPoP

 カッポ、カッポ、カッポ……

地方市民「……くそ。親父、じゃぁ、俺にもその二級のをくれ」
穀物商「一袋、金貨16枚だ」

地方市民「はぁ!? さっきは15枚半って云ったじゃねぇか!」

穀物商「お客さん。この二級の小麦、
 先週は一袋で金貨8枚だったんだ。
 この先もどうなるか判りゃしない。
 わたしだって、売らないで取っておいた方が
 儲かるかもしれないんだ」

地方市民「……くぅ。くれっ! 2袋だ。それと大麦も4袋くれ」
穀物商「お客さんはよい買い物をしたと思うよ」

  パン屋「安いよぉ! 安いよぉ! いまなら
   バターをつけた大きな葡萄パンが、二つで
   金貨一枚だっ」

 カッポ、カッポ、カッポ……

地方市民「何が安いもんか。あんなに小さいじゃないか。
 それが金貨一枚だなんて。いったいどうすりゃいいってんだ」

地方市民「……仕方ない。レンズ豆とカラス豆も
 仕入れるとしよう。今年は精霊様のお恵みがなかったんだ。
 来年になれば良いこともあるさ」

435 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:30:31.48 sQx9tPoP

地方市民「え!?」

商家「レンズ豆は一袋、金貨9枚。カラス豆は11枚半だ」

地方市民「なんでそんなことになるんだよっ!?
 小麦は不作だったかもしれない。確かに天気がちょっと
 良くなかったから。しかし、豆は豊作だったはずだろう!?」

商家「ああ、確かにね。しかしね、お客さん」
地方市民「あ、ああ」

商家「考えてみてくれ。普段小麦を食べている人でも、
 小麦が高ければ、大麦やカラス麦のパンを食べるだろう?
 普段大麦やカラス麦のパンを食べている人でも、
 それが高ければ、マメや、蕎麦、クルミまでも食べ
 なけりゃならん。
 判るだろう? 普段より大勢の人間が、豆を求めてるんだ。
 値段が上がってしまうんだよ」

地方市民「何でこんなことになってしまったんだ……」

商家「これでも、わたしは努力しているんだよ。
 ちょっとでも安くしようとね」
地方市民「……?」

商家「と、いうのも、領主が来月には、豆や穀物、
 さらにはパンの値段を固定しようとしているんだ」

地方市民「固定……?」

商家「ああ、定価販売を義務づけるというんだ」

438 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:33:03.84 sQx9tPoP

地方市民「素晴らしいじゃないか! じゃぁ、来月まで
 待てば麦も豆ももっと安く買えるんだっ!」

 カッポ、カッポ、カッポ……
 
旅商人「やれやれ」

地方市民「あぁ、あなたはさっきの」

旅商人「さきほどの穀物商でもお会いしましたな」
地方市民「ええ、旅商人の方ですか? ごきげんよろしく」

旅商人「何にも判っていないようですね」 ちらっ
商家「仕方ありません。畑を耕している方には本来無関係
 何ですからね」

地方市民「どういうことです? どうしたのです?」
商家「……はぁぁ」

旅商人「本来こういうことを言ってはいけないかも
 しれないのだが、わたしは旅の者だし、差し支えないだろう」

商家「わたしは、豆の重さでも量っていますよ」

地方市民「?」

旅商人「麦の値段は、小麦も、大麦も、オート麦に至るまで
 上昇の一途だ。来月に下がるとはとても思えない。
 こんな状況で、麦やパンの販売価格を決められたらどうなると
 思う? あっという間に破産してしまう。
 仕入れるべき小麦は高いままなのだからね。
 正気の穀物商やパン屋なら、店を開くこともしないだろう」

439 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 20:35:08.64 sQx9tPoP

地方市民「あっ!」

旅商人「そういうことだ。値段は上がっているが、
 彼らもある程度は売り切ってしまいたいのさ。
 もちろん、自分たちが食べる分くらいは残さないと
 飢えてしまうがね」

地方市民「……そ、そんな」

商家「よいしょっと。……そうですよ、お客さん。
 もしかしたら、来月のこの通りは一軒の店も開いて
 無いかもしれない。わたしだって、こんなベーコンや
 豆は始末して、少しは大麦を買い入れておきたいんだ」

地方市民「わ、わ、わかった。買うよ!」

商家「今日は店じまいだ。おまけしておくよ」
地方市民「レンズ豆とカラス豆を2袋ずつ頼む」

商家「金貨20枚にしておこうかね」
旅商人「こちらはカラス豆を20袋だ」

商家「よしきた。おーうぃ、大口のお客だ。
 運ぶのを手伝っておくれ~」

456 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:43:43.65 sQx9tPoP

――冬の王宮、広間、対策会議

 ガチャ。ザッザッザ!

商人子弟「王よ、冬寂王よっ!」
従僕「わわわ。はわーっ」

将官「これは商人子弟さんではありませんか、
 どうされたんですか?」

商人子弟「緊急の上奏があってきました。王はどこに」

執事「おや、商人子弟殿。若はこちらですよ」
冬寂王「なにごとだ?」

商人子弟「おお。冬寂王っ。至急案件です。
 上奏があります、公布を出して頂きたい」
従僕「はうー」

冬寂王「なにごとだ?
 税のことでそのような緊急事態など起きるものなのか?
 それともまさか軍事のことなのか?」

商人子弟「違います、まさに税のことです」
従僕 こくんっこくんっ

冬寂王「上奏文を読もう」

商人子弟「読まないでいいです。時間がもったいないから」

執事「随分たくましくなって……」

商人子弟「王との付き合い方を学びました」

458 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:46:09.19 sQx9tPoP

商人子弟「判りやすく口頭で説明をします。
 おい、フリップ!」
従僕「はいっ!」 ペラッ

将官「紙芝居……?」

商人子弟「現在、大陸中央部の諸王国で急速に物価の上昇が
 発生しています。と、同時に金貨の流通量が増えています」
従僕「ですっ」

冬寂王「どういうことなのだ?」

商人子弟「つまり、先週金貨5枚で買えた品物が、
 今週は10枚、来週は20枚というように
 どんどん値上がりしているんです」

執事「それでは庶民の暮らしが立ちゆかないではないか」

商人子弟「当然そうなります。
 しかし、これに対して、領主を中心に金貨の流通量も
 増大しつつあるんです。
 領主が民衆に金をばらまけば、もしかしたら均衡が取れるの
 かもしれませんが、現在は物価の上昇に対応するだけの
 貨幣が民衆の側に無いのが実情です。
 そのため加速度的に事態は進行中。
 おい、フリップその2」
従僕「はいっ!」 ペラッ

商人子弟「この図にあるとおり、現在価格はおよそ例年の
 2倍に迫りつつあり、その速度は衰えていません」
従僕「ですっ」

将官「わ、わかりやすい。……おまけに何故かどきどきする」
執事「これは一大事なのでは」

冬寂王「ふむ」

461 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:49:39.52 sQx9tPoP

商人子弟「これは何者かによる、
 小麦を中心とした物資の買い占め工作かと考えられます」

冬寂王「工作? 目的は?」

商人子弟「それは後回しです。今はそんな暇はありません。
 ただでさえ、こんな凄腕のプレイヤーを相手に回して
 うちは後手に回ってるんですからねっ」

将官「プレイヤー?」
商人子弟「ああ、それも忘れて良いです」ぽいぽいっ

商人子弟「目下重要なのは、これから何が起きるかです」

冬寂王「判った。対応が先というわけだな。
 いったいどのような事態が予測されるのだ?」

商人子弟「中央の国家全てに、
 激しい富の変調が発生しています。
 市中には金貨がないにもかかわらず一部の大商人、
 地主、領主、貴族、王族には金貨が集中しているんです。
 しかし、価格高騰は全ての物資に波及していて、
 多量の金貨を持っても物資の調達は思うように
 行えない事になるでしょう。時間差はあるでしょうが
 ゆくゆくは、全ての価格が上昇するはずです」

執事「ふむ……」

465 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:52:03.03 sQx9tPoP

商人子弟「このような状況には
 財政出動などの政策が効果を持っていて、一部の賢明な
 領主は着手したようですが効果は非常に限定的です。
 理由ははしょりますが、“一部の賢い領主”の努力程度では、
 この流れは止まりそうにありません、となると。
 おい、三枚目出せ」

従僕「はいっ!」 ペラッ

執事「っ!?」

商人子弟「そうです。まだ価格の高騰していない、遠方。
 つまり南部諸王国ですね。ここで大量の物資を調達する
 というのが彼らが次に執る手段です。
 一部にその兆候が見え始めています」

冬寂王「それに巻き込まれた場合は、我が国でも物価が?」

商人子弟「ええ、間違いなく高騰します」
従僕「すごいことになりますぅ」うるっ

執事「た、対処方法は?」

商人子弟「今述べます。まず、第一にこれはある種の
 攻撃であると認識してください。
 向こうにその意図がなかった場合は、災害です。
 防衛しなければなりません。
 これはかなりの危機です。道を誤れば国が傾きます」

466 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:53:49.86 sQx9tPoP

冬寂王「承知した」

商人子弟「まずは、関税です。
 小麦を中心に、三カ国通商同盟の内側から外側へ
 品物が出て行く場合は税を取りましょう」

冬寂王「通行税のようなものか?」

商人子弟「フリップ」
従僕「はいっ!」 ペラッ

商人子弟「似ていますが、方向が限定的です。
 この場合出て行く物資にかければ良いだけです。
 小麦でも馬鈴薯でも、持ち出す場合は
 荷馬車一台につき金貨50枚」

将官「50枚!? べらぼうなっ!」

商人子弟「なぁに、わたし達の懐が痛むわけではありません。
 それにこの関税をかけなかった場合、わたし達の食料は
 すべて中央に買い上げられ、冬に飢えることになるんですよ?」

将官「そ、そうだなっ。60枚でも良いかもしれない」
執事「飢えるのだけは勘弁して欲しいですからなぁ」

商人子弟「次に宮殿関連の給金制度の段階的な休止」

冬寂王「それはどういう意味があるのだ?」

468 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:55:52.50 sQx9tPoP

商人子弟「この現象は、“金貨一枚で何が出来るのか?”
 という問いの答えがあやふやになったから起きているのです。
 つまり、普段ならパンが四つは買えた金貨で、
 今何が出来るか判らない。そこに問題があります」

執事「ふむ」

商人子弟「普段金貨30枚もあれば一月暮らすことが
 出来ていたとしても、今は出来るかどうか判らない。
 今出来たとしても、今後どうなるか判らない。
 これはつまり、貨幣の信用が崩壊しているせいです。
 
 ですから、通貨の使用を一部減らします。
 必要であれば、兵士や文官の給与は金貨ではなく、
 今貯蔵のある小麦で支払います」

将官「馬鈴薯ではいけないのか?
 あれは旨いし、沢山あるだろう?」

商人子弟「フリップつぎっ!」
従僕「はいっ!」 ペラッ

商人子弟「さいわい、我が国および通商三カ国は
 食料の中心を麦から馬鈴薯に移行しつつあります。
 これは不幸中の幸いです。何せ馬鈴薯は中央から見れば
 異端指定の作物ですからね。生半可なことでは
 これを買おうとは思わないでしょう。
 そこを利用します」

冬寂王「そうか、定価制だな」

470 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 21:58:19.30 sQx9tPoP

商人子弟「そうです。馬鈴薯の生産者からは一定の金額で
 これを買い上げます。そして馬鈴薯を食べたいものや、
 市中の食堂などには一定価格で馬鈴薯を売ります。
 この一定価格は、2ヶ月毎程度で見直すべきですが」

商人子弟「また、開拓者に飢饉が発生した場合などは
 この馬鈴薯を中心に対処を行うべきです。
 これによって、少なくとも三カ国通商内部では
 貨幣の信用力が比較において安定するはずです。
 
 つまり、金貨一枚で、馬鈴薯がいくつ買えるか?
 という問いに答えが出るわけですからね。
 金貨十数枚で一月暮らせるだけの馬鈴薯が保証される
 のならば、金貨を持っている意味は保証される。
 
 加えて云うならば、気になることも何点かあり
 馬鈴薯の貯蓄はなるだけ伸ばした方がいいでしょう。
 生産を奨励してください」

冬寂王「対処としてはそのようなところか?」

商人子弟「ええ、これがとりあえず財政の
 処方箋です。しかし、まだ有ります」

冬寂王「なんと」

商人子弟「こちらはわたしの専門ではありませんが
 大陸中央の物価が上昇すると云うことは、
 餓死者が出るはずです。当然治安悪化も予想されます」

473 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 22:01:16.27 sQx9tPoP

執事「おお、そう言うことでしたかっ」ぽむんっ!

冬寂王「ん? どうした爺」

執事「いやいや。
 最近、野盗化する傭兵団の噂が後を絶たぬのですよ。
 連中、食い詰めて盗賊に身を落としているのだな」

冬寂王「そのような話も出ていたな」

商人子弟「野盗であるなら異端指定だからと云って
 馬鈴薯を嫌がったりもしないでしょう。
 領内に強盗、いや略奪が発生しないとも限りません」

将官「それは小官の役目でありますね! ご安心あれ。
 常備軍を通常の国の三倍もおいているのは
 我が南部の諸王国だけです。
 強盗ごときにどうして引けを取りましょう」

執事「野盗とはいえ、元は傭兵団。慢心するでないぞ」
将官「はっ!」

商人子弟「もう一点が、流入する民衆です。
 これから越冬に向かいもし中央部がもっと冷えるのであれば
 飢饉になるやもしれません。そうすれば、大規模な移民が
 発生する可能性があります」

冬寂王「ははは、そうなれば、それはそれでありがたいがな」

商人子弟「それもこれも食べさせることが出来れば、です。
 その点もあり、馬鈴薯の増産を進言しました」

475 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 22:03:40.30 sQx9tPoP

冬寂王「委細承知した。良く進言してくれたな」

商人子弟「いえいえ、これもお役目」
従僕「ですっ」にこっ

冬寂王「貴公の見識は良く把握した。今日から財務長だ」
商人子弟「え」ぴきっ

冬寂王「侯爵位だ。給金や手当はおって考えよう」
商人子弟「いや」

冬寂王「遠慮はするな。財務長となったからには
 三倍の仕事もこなせるはず。よろしく頼むぞっ」

商人子弟「ちょ、ちょっとまってくださいよ!
 そういうんじゃないですよ! 死んじゃいますよっ!」

冬寂王「ははははっ。我は早速布告作業にはいる。
 何かあれば何時なりと来てくれるが良い。
 そうだ、こんど晩餐でも共にしよう。たのんだぞっ!」

将官「ご愁傷様です」

執事「はやく奥様を貰われることですな。
 おっぱいは男を癒す摩訶不思議な力がありますぞ?」

商人子弟 がくっ

従僕「……」なでなで

477 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 22:05:49.20 sQx9tPoP

冬寂王「ははははっ。では、行ってくる!」
執事「お待ちください、若~。爺もまいりますぞっ」

 かっかっかっ。がちゃん

商人子弟「……ふぁぁぁ」がくり
従僕「大丈夫ですか?」

商人子弟「ダメかもしんない」
従僕「お茶入れましょうか?」

商人子弟「たのむよ」

従僕「はーい♪」 ぱたたたっ

商人子弟「それにしても……この流れ……」

商人子弟(誰の仕掛けかなんて事は判っている
 こんな規模の商戦をしかけられるのは
 『同盟』以外にあるものか。
 連中が大規模な買い占めをやっているんだ。
 だが、その目的は何だ? 連中は敵か? 味方なのか?)

商人子弟(俺みたいな三下の商人の小せがれじゃぁ
 どうやったって化け物みたいな商人連中のそのまた
 集合体である『同盟』になんか太刀打ちできないぞ。
 だが……。はぁぁぁ。今さら逃げるわけにも行かないし)

商人子弟(小麦と生活必要物資を買ってどうする?
 その費用はどこからひねり出したんだ? 他の物資の
 売買の兆候はない。とすれば、何らかの契約か、自分の
 財布から金をひねり出したんだろうが……。
 そんなことに何の意味がある? ただの投機なのか?
 食料品の価格を高騰させて、売り抜けて利益を得る。
 ――可能だろうが、それだけが目的なのか?)




次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #11


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