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先頭:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #01
前回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #08

30 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 14:59:58.18 I7KnzzEP

――冬越し村、屋敷の厨房

勇者「お。おお? こうか? こうか!?」

メイド姉「もっと優しくしてください、勇者様」

メイド妹「もんでぇ。お兄ちゃん。もっと揉んでー♪」

 もみもみ

勇者「なんて、ちっとも嬉しくないな。実際」

メイド妹「さぼっちゃダメだよお兄ちゃん」

メイド姉「ミルクっぽくて良い香りです」

メイド妹「ふふーん。細かい挽きの小麦だもん」

勇者「小麦は、挽きがきめ細かいほど高いからなぁ。
 これ、随分高かったろ? いいのか、散財して」

メイド妹「でも、パイ生地にするには、細かい方がいいんだよ。
 馴れたら、色んな挽き方とか、大麦とか、蕎麦も試してみる」

勇者「ふーん。パイ、ねぇ」

元スレ
魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1252554034/

31 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:01:18.44 I7KnzzEP

メイド姉「妹? もう最初の分は焼けたかも」
メイド妹「うん♪ みてくる」

勇者「なんか結構面倒だなぁ。生地なんて普通、
 混ぜてお仕舞いじゃないのか?」

メイド姉「えーっと、パイの場合は
 この折りたたんで伸ばすという作業が重要みたいですよ」

勇者「そうなのか?」
メイド姉「本によればそうですね」

メイド妹「わひゃお♪ うひゃひゃー♪」

勇者「なんて声出してるんだ、あいつ」
メイド姉「よっぽど嬉しいんでしょうね」くすくす

メイド妹「でーきたー! 完成~!!」

勇者「お、出来たのか?」
メイド姉「どう? 膨らんだ?」

メイド妹「すごーい! きれい! 金色でぴかぴか!!」
勇者「どれどれ? お。すごいな、確かにきれいだぞ」

メイド姉「本当ね。ひまわりみたいねっ」

33 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:03:34.58 I7KnzzEP

メイド妹「はいっ! 食べてみて」
勇者「これは。熱っ、あちち」

メイド姉「布巾で持ってください、勇者様」

メイド妹「焼きたてだから、熱いよぉ?」

勇者「こいつは、ん! 馬鈴薯と、ベーコンか?」

メイド妹「うん、馬鈴薯とベーコンのパイなのっ♪」

勇者「うまいなぁ、これちょっとすごいぞ?
 なんつぅか、家庭の味なのにすごく贅沢で豪華というかっ」

メイド姉「美味しいわ。上出来よ、妹」

メイド妹「わーい♪ わーい♪」 くるくるっ

勇者「妹は才能あるなぁ。こいつはイけてるぜ?」
メイド姉「ええ、満点です」なでなで

メイド妹「えへへへ~」 にへらっ

勇者「もう1個良いか?」
メイド妹「もちろん!」

34 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:05:43.57 I7KnzzEP

勇者「うまっ。うまっ」

メイド姉「これは、小麦のグレードを下げて
 原価をコントロールできれば名物料理になるかもしれないわね」

メイド妹「ほんと?」

勇者「ああ、まじだぜ。この具材の所は変えても良いんだろう?」

メイド妹「うん、鮭でも、キノコでも、羊でも良いと思うよ。
 あと、甘い味も合うんだって。プラムとか、洋なしのも
 考えてる~」

勇者「じゃぁ、酒場でも出したがるかもしれないな」
メイド姉「ええ、焼いておけば暖めるだけで出せますし」

メイド妹「ねぇねぇ、じゃぁ。わたし料理人になれるかなっ?」

勇者「はん? もう料理人だろう?」
メイド姉「ですね」 くすっ

メイド妹「やったー! わたし料理人だぁ♪」くるくるっ

勇者「何でそんなに嬉しいんだ?」
メイド姉「あの子は、食いしん坊ですしね」

メイド妹「えへへへ~。だってお仕事だよ?
 お仕事あれば、のーどに戻らないで済むんだよ。
 わたしこれから料理作って、もっと上手になって
 みんなに食べさせてあげるんだぁ♪」

35 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:07:48.34 I7KnzzEP

勇者「そっか」
メイド姉「……」なでなで

メイド妹「ね、ね? 美味しい? 美味しい?」

勇者「美味しいぞ」
メイド姉「うん、美味しいよ」にこっ
メイド妹「いっぱいあるんだよ! いっぱい作ったから!」

勇者「そっか。妹は料理人かぁ。いいな、それ」にこり
メイド妹「うんっ」

勇者「で、お姉ちゃんの方は何になるんだ?」
メイド姉「え?」

勇者「いや、何になるのかな、と。――お嫁さんとかか?」
メイド姉「そんな。わたしなんてとても……」

メイド妹「おねーちゃんは、眼鏡になると良いよ♪」
メイド姉「もうっ、そんなこと云ってると叱られますよ?」
メイド妹「うー」

 ドンドンドン!

勇者「あれれ? 誰だろう」

 「夜分遅くに失礼! 誰かおられませぬかっ!?
   誰かご在宅ではございませぬかっ!?」 ドンドンドン!

39 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:25:08.13 I7KnzzEP

――魔王城、最下層、冥府殿

オオオオン!
 オオオオオン!

メイド長「随分、魔素が濃くなっておりますね」

魔王「無理もない。二年近く放置していたからな」

メイド長「ええ……」

魔王「荒れておるな、魔王の魂どもめ」

メイド長「封印はいかがでしょう?」

魔王「うむ。ぎりぎりだが、どうにかなるようだ。
 わたしが中に入れば、ポテンシャルを
 内側に解放して沈静化するだろう」

メイド長「まおー様が心配です……」

魔王「こんな残留思念に乗っ取られるのは
 わたしだってごめんだ。
 150年の生のうちでも、
 これほど命を惜しむ気持ちになるのは初めてかもしれないな」

メイド長「……」

魔王「悪いことばかりでもない。ここに入れば
 それだけで戦闘能力が上がるからな」

40 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:28:10.09 I7KnzzEP

メイド長「それは……。
 歴代魔王様達の能力全てが順次継承されてゆくのですから
 戦闘能力は増大するでしょうが……」

魔王「故に、魔王は魔族最強なのだな。ふふっ。
 ……歴代魔王の中には日常からこの冥府殿を寝所として
 使用していた剛の者もいたと聞く」

メイド長「それで破壊本能にとりつかれた
 まおー様なんて見たくはありませんからね」

魔王「わたしだって見たくない。
 そういう筋肉で解決! 的な思考はスマートさに欠ける。
 醜悪だ。学究の徒として耐えられない」

メイド長「まおー様は学究の徒というより、
 夢をおいかける現実主義者のような方ですよ」

魔王「ま、とにかく」

メイド長「……」

魔王「地震が起きない程度には、
 この結界の内圧を下げてやらねばならん。よいな? メイド長」

メイド長「はっ」

魔王「もしここから出てきたわたしが、
 わたしでなかった時には……」

メイド長「一命に賭けて、その“魔王”。討たせていただきます」

44 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:46:45.94 I7KnzzEP

――冬越し村、魔王の屋敷

冬寂王「……」
女騎士「……」

執事「そのような次第で、
 早馬に早馬をかさねまかり越した訳でして……」

勇者「……判った」

メイド姉「……」
メイド妹「おねぇちゃん……?」 ぎゅっ

冬寂王「しかし、学士殿が留守とは」

勇者「最低でも二月は帰らないと云う話だ」

執事「そうですか……。その知恵におすがりしたく
 思っていたのですが。居ないとなりますと」

女騎士「それにしても教会め。
 ……光の精霊様をなんだと思っているんだ。
 詭弁の種に使っているだけじゃないか」

冬寂王「……」

46 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:51:32.19 I7KnzzEP

執事「しかし、聞けば幻術の指輪があるとか」

女騎士「爺さん。その先を口にすると両手に
 首を抱えることになるぞ」

執事「しかし、わたしが言わずに誰が云います」きっ

勇者「……っ」

冬寂王「すまぬ……」

女騎士「……何故、このような試練を」

冬寂王「勇者よ。……いきさつは爺から聞いた。
 本来ならばあなたの生還を祝い国を挙げて
 祭りを催すべきなのだろうが……。
 その大恩ある勇者、そのお身内にまたしてもこのような
 災禍をふりまく事になってしまった。
 すべてこの冬寂王、冬の国、南部諸王国に力なき故のこと」

執事「若……」

冬寂王「すまぬ。我が不徳ゆえ、
 故無くこのような仕儀となってしまった。
 事は全て、我が南部諸王国が中央のくびきを脱しようと
 独歩の気風を育てようとしたことから始まったこと。
 詫びて詫びきれるものではない」

47 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:55:02.72 I7KnzzEP

勇者「まぁ、その話は終わってるんだ。
 気にしないで欲しいな」

女騎士「……」

メイド姉「あの、わたし……わたしが……」

勇者「それは不許可だ」
メイド姉「だけどっ」

冬寂王「……勇者、しかし」

勇者「おい、王様。その先は口に出したら感電死だぞ。
 もしここにあいつが居たらそういうオチもあったかも
 しれないけれどな」

 (なんだったら魔族に村を襲わせて……)

メイド姉「でも……」
メイド妹「お姉ちゃん~」ぎぅっ

勇者「だけど、その先は考えても、口に出したら
 王としては立ち行かないんじゃないかと思うぜ。
 それとも、その独歩の気風ってのは思いつきで云ってたのかよ」

冬寂王「……っ」

48 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 15:56:34.14 I7KnzzEP

冬寂王「だがしかし、わたしには冬の国の国民全てを
 守る義務がある。そのためには……。そのためには……」

執事「……」

勇者「ま、その辺は俺の方で案配するよ」

女騎士「……勇者?」

勇者「メイド姉には迷惑掛けるが、捕まってくれ」
メイド姉「はい」

冬寂王「それは……」

勇者「で、冬の国を出て、適当なところで俺が助ける。
 なに、たかが異端審問の護送隊だろう?
 いても100人やそこらだ。たいした敵じゃない」

女騎士「だがしかし、それじゃあ!」

執事「……勇者すみませぬ。申し訳ございませぬ」

勇者「引き渡して、冬の国を出たあとならば、
 冬の国への咎めはないだろう?
 責任は護送隊の方にあるはずさ。それで万事解決だ」

49 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:00:14.29 I7KnzzEP

執事「勇者。……それでは、勇者はまた」

勇者「うん。まぁ……また姿をくらませなければならないけどな。
 しかたあるまいよ。教会に逆らうのは無理なんだろうし」

執事「また。この老愚は。
 勇者を一人に……。また勇者を一人で……」

勇者「あー。ならない、ならない。
 今回はこの姉妹も居るし、そのうち学士だって帰ってくる。
 女騎士だって爺さんだって王様だって、
 表だっては無理だろうが……また会ってくれるだろう?」

女騎士「論外だ、会うだなんて。わたしは共に行く」

勇者「それじゃ農民のや開拓民の支援を誰がやるんだよ」

女騎士「……それくらいっ、修道院の組織で出来るっ」

勇者「ま、そこのところが……。
 軌道に乗り始めてきた改革や新しい作物、色んな発明が
 全部無駄になっちまうのが痛いところだけどな。
 しかしまぁ、メイド姉を見殺しにしたところで、
 全部異端とか云って禁止されてしまうんだから同じ事だ。
 あいつには生ぬるいって云われるんだろうけど
 ……俺はやっぱり勇者だから、見捨てるなんて出来ないよ」

50 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:03:39.18 I7KnzzEP

執事「また勇者一人に背負わせてしまうのですか……」

冬寂王「これも全て人界の醜さだというのに。
 我が身で済むことでさえあればっ」

勇者「落ち込むなよ。夜逃げには馴れてるんだ」

女騎士「では――この村ともお別れか」

メイド妹「おねーちゃん。この村から引っ越すの?」
メイド姉「……」

メイド妹「酒場のおいちゃんにパイ教えてあげちゃだめ?」
メイド姉「……」

冬寂王「……っ」

執事「若。若には、国を守る責務がおありです。
 背筋を伸ばしてくだされっ」

勇者「そうそう、笑っておこうぜ。空元気でもな!」

女騎士「勇者……。勇者であれば、聖王都の軍でさえ
 相手に回して戦うことも出来るのに……」

勇者「残念ながら、俺のオーナーがそう言うやり方は
 許してくれないんだよ。戦って勝つとか、倒して奪うとか。
 ……だからって、奪わせる気なんかないけどな」

56 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:29:49.75 I7KnzzEP

――冬の国、名も知れぬ村

 なんだって? 学士様が?
 まさか、そんなわけがあるわけないべ!

 だって、教会の人が道ばたでそう怒鳴っていただよ。
 教会? 修道会じゃないのけぇ?

 うん、中央の教会から来たっていう、おっかない人だっただぁよ。
 まさかぁ。
 学士様が異端? そんなこと……。

 でも、そう言ってただよ。
 学士様がもってきた馬鈴薯は、悪魔の食べ物だって。

 だって馬鈴薯がなかったらどうするんだべ?
 学士様が居なかったら、うちの孫娘は死んでいたんだべや。

 何かの間違いに決まってるだぁよ。
 でも……学士様が連れて行かれたらどうすんだべ。

57 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:31:27.31 I7KnzzEP

 ほーうい! ほーうい!!
 ほーうい!

 どうしたんだべか?
 そっただ慌てで、羊でも逃げちまっただかぁ?

 おい、森の中の道にっ。はぁっ、はぁっ!

 へ?

 森の中の道に、学士様をとらえるって
 檻と鎖を引きずった、おっかない兵隊さん達が進んでるだよっ!

 え? 本当けっ!?

 あれは、この国の兵隊じゃないべ、なしてだ?

 なして冬の国に、人間の国が攻めてくるんだべやっ?

 学士様を、学士様を出せって叫んでるべやぁ!

 それじゃ学士様が異端だってのは……。
 恐ろしい、なんてことだべや。精霊様、どうかお慈悲を!

   ガシャン。ガシャーン。ガシャーン。

 ああ、聞こえてきた。どうなっちまうんだべ。
 せっかく暮らし向きも良くなってきたと思ったのに……。
 この国はどうなっちまうんだべ……。

63 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:43:44.52 I7KnzzEP

――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室

辣腕会計「……以上です」
青年商人「そう、ですか……」

辣腕会計「これはやはり」

青年商人「ええ、教皇選挙の結果でしょうね。
 今度の教皇は大陸中央、生粋の聖王国主義者です。
 おそらく、教会の威信の低下を察知したのでしょう。
 その回復のために、三回目の聖鍵遠征軍を企画して
 いるのですね」

辣腕会計「そのためには、内政を回復させつつある
 南部諸王国が邪魔である、と」

青年商人「そうです。
 このところの魔族の進軍の鈍化。
 いえ、鈍化というよりは空白ですね。
 その影響で、南部諸王国が経済的自立を強め
 結果、中央の発言力が低下している」

辣腕会計「中央が南部諸王国のとりまとめを
 させようとしていた白夜王は、敗戦責任を取り
 半ば以上失脚した形ですからね」

青年商人「ええ、その上、中央がノーマークだった
 冬寂王などという英傑まで現われて、
 人心を掌握しつつある。
 さらには謎の学士が様々な農業改革や
 機械開発を通して、南方の荒れ果てた地でも
 その人口を養えるだけの食料が生産されてしまった」

64 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:45:08.90 I7KnzzEP

辣腕会計「食料は、中央が南部諸王国につけた
 いわば番犬の鎖でしたからね」

青年商人「……中央は、教会権力の権威を見せつけるために
 魔族との軍事行動において勝利を喧伝しなければなりませんが
 南部諸王国が国力をつけることは、望んでいない。
 そう言うことになりますね」

辣腕会計「はい……」

青年商人「……」

辣腕会計「委員、『同盟』としてはどうしますか?」

青年商人「現状では、身動きが取れませんね」

辣腕会計「……」

青年商人「目下すべきは別のことです。
 10人委員会の準備をしましょう。
 ……彼は居ますか?」

 ガチャ

中年商人「おう、そろそろかと思ってたぜ」

貴族子弟「お邪魔します、青年商人さん」

67 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:48:09.53 I7KnzzEP

青年商人「いえいえ、いつでも歓迎ですよ」にこにこ

貴族子弟「足がありませんでしたから、
 こちらこそありがたいですよ。
 ああ、そうだ。これ、氷雪女王からの代金です」

辣腕会計「それはわたしが受け取りましょう」 がさごそ

青年商人「女王はいかがお過ごしですか?」

貴族子弟「今回の件では心を痛めていますよ。
 だがしかし“三国通商同盟の盟主は冬寂王だ”と。
 それだけははっきりと申されました」

青年商人「そうですか」

中年商人「さぁて、俺はどこに行けば良いんだい?」

青年商人「中央へ。他の10人委員へと会ってきてください」
中年商人「この坊主は?」

青年商人「どうされます?」

貴族子弟「いやー。わたしは、氷雪宮にいても役立たず
 なんですよ。女王もね。丁度良いから各国をまわって
 お土産の饅頭でも配ってこい、なんて仰られて」

中年商人「良いのかよ、そんな暢気で」

70 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:50:25.45 I7KnzzEP

貴族子弟「氷雪の国は別名、詩人のふるさと。
 吟遊詩人を多く輩出する芸術の発祥地ですからね。
 わたしみたいな穀潰しでも居心地が良いんです。
 ま、ダンスと口説き文句が冴えないと
 居心地悪くなってしまう国なんですけどね」

青年商人「では、決まりですね」
中年商人「ふむ」

青年商人「当面は静観です。決して天秤を揺らさぬよう。
 そして、静かに10人委員に接触を持ってください」

中年商人「こいつはどうするんだ?」

青年商人「ご本人の仰るとおり、船に乗せて
 行き先々でご挨拶させてあげればいいのではないですか?
 手を貸す必要はありませんよ。
 もちろん、あなたが紹介したい相手でも居れば、
 そうなさることに反対はありませんが」

貴族子弟「一つよろしくお願いします」にこにこ

中年商人「まったく、俺はガキの子守かよぉ」

貴族子弟「そこを何とか。美味しい酒あるんですからっ」

 とっとっとっと、がちゃん。

71 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 16:52:17.21 I7KnzzEP

辣腕会計「――さて」
青年商人「はい」

辣腕会計「10人委員会への接触は、任せるとして」

青年商人「彼ならば他の委員の旗色を伺ってくれるでしょう。
 教皇派がどれくらい居るのか、早急に把握したいですね」

辣腕会計「委員はどちらなのです?」

青年商人「どちらでもありませんよ。むしろどちらかに
 偏っていたら、きっとあの人に軽蔑されてしまう」

辣腕会計「わたしはどうしましょう」
青年商人「……ふむ」

 ぺらっ

青年商人「資産調査をお願いします」

辣腕会計「は?」

青年商人「『同盟』各支部の動的財産の規模把握、
 および『同盟』参加商人に資産状況の把握です」

辣腕会計「資本……ですか?」

青年商人「ええ。聖鍵遠征軍が組織されるにせよ
 そうでないにせよ、次に吹く風は生半可ではありませんから」

74 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:00:46.59 I7KnzzEP

――冬の国、王宮、控えの間

     うわぁぁ、うわぁぁ

勇者「外はすごい群衆だ」
女騎士「ああ、魔王は農民たちに慕われていたからな」

メイド姉「はい」

勇者「横柄な態度の女なのにな」

女騎士「そうか? 修道院にやってくる
 開拓民や農奴の中には、魔王を本当の女神様だと
 思い込んでるやつだって沢山いるんだぞ?」

メイド姉「わたしと妹が村の道を歩いていると」

勇者「……?」

メイド姉「みなさん、笑って手を振ってくれるんです。
 笑顔で話しかけてくれるんですよ?
 この春はこんなに馬鈴薯が取れたって。
 この秋は小麦の育ちが良いって。
 それでベリーをくれたり、
 タマゴを持っていけって云ってくれたり。
 ウズラを届けてくれたり。
 あの屋敷で、村の人から貰ったものが
 食卓に並ばない日なんてありませんでした」

勇者「そうだったのか」

女騎士「……あの村らしいな」

75 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:01:41.49 I7KnzzEP

メイド姉「みんな本当にいい人で、
 わたしや妹のことを可愛がってくれて。
 当主様の役にたってやってくれ、って。
 自分たちは本当にお世話になってるけれど
 色んなお手伝いは直接できないから、って。
 馬鈴薯をくれてありがとう、って。
 時には赤ちゃんを連れてきて
 小さな葉っぱみたいな手に触らせてくれるんです。
 賢くて優しくなるように、って。
 ただの農奴だったわたしにですよ?
 当主様に仕える、偉い人だからって」

勇者「……」

メイド姉「あの村は、良い村ですね。
 わたしたちが逃げ出した地主は、
 隣村で没落してしまったみたいですが。
 あの村では開拓民の方も、地主さんも、農奴の方も
 本当に一生懸命で。支え合って、健やかで。
 修道院で教えて貰った歌を夕暮れの畑で
 麦を刈りながら何時までも歌っているんです」

勇者「うん」

メイド姉「……お別れするのは、少し寂しいですね」

女騎士「なに、次の住まいでも、きっと良い出会いがある」

77 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:03:34.19 I7KnzzEP

女騎士「王は、すでに向かったか?」

勇者「ああ、引き渡しは広場の中央という話だったな」

女騎士「見せしめにしたいのだろうさ」 ぎりっ

勇者「あれが……使者か」

     うわぁぁ、うわぁぁ

女騎士「わたしも行かねばならぬな。
 湖畔修道会の長としてあの下卑た男の言葉を
 受ける必要があるのだ。汚らわしいが」

メイド姉「はい、あの」
女騎士「?」

メイド姉「いってらっしゃいませ」

女騎士「メイド姉。君だってわたしの友人だ。
 思い悩む必要なんて無いのだぞ」

 カッカッカッ

勇者「……。よし、俺も移動する。無いとは思うが
 周辺の監視もしておきたい。平気か?」

メイド姉「はい」

78 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:05:29.02 I7KnzzEP

勇者「大丈夫だよ。メイド姉はなにも怖がる必要も
 難しく考える必要もないんだ。二日以内にきっと
 助け出してやる。少しだけ辛抱してくれ。
 済まないな、こんな役を押しつけて
 この国や人々を守るのは、俺や女騎士や、王の仕事なのに」

メイド姉「はい……」じっ

勇者「どうした?」

メイド姉「いえ。……わたし」
勇者「ん?」

メイド姉「いえ、なんでもないんです」

勇者「……? では、行く。ずっと見ているからな」

メイド姉「はい」

 カッカッカッ

メイド姉「……。……っ」

メイド姉「わたし……」

メイド姉「……」ぐすっ

メイド姉「何でこんなに、何も出来ないんだろう……」

80 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:13:27.99 I7KnzzEP

――冥府殿、闇の奥底

オオオーン。
 オオオオオオーン。

魔王「こんな所……勇者には。みせ、られないな……」

 殺せ! 殺せ! 人の全てを! ゲートを破壊せよ。
 全ての大地は我が魔族のもの。世界の全ては我が魔族のもの!

魔王「違うであろう。……お前が言っているのは
 “俺のもの”でしか……ないではないか」

 そのどこがいけないっ。それのどこが悪いっ。
 実りは全て手を伸ばした者の獲物。
 剣を、鋼を持ち。
 奪ったものが全てを手に入れる。
 それが太古から続くただ一つの掟。絶対の法則ではないかっ!

魔王「芸のないことを。……太古から続く?
 新しい掟を作るだけの想像力……の……欠如をことさらに
 自慢をするなっ。何のために脳が……ついているのだ」

 そのような脆弱な魔力で如何にこの世を統べる?
 どうあがこうがこの世は力。

魔王「力にも……色々種類……が……あるのだ」


81 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:15:05.98 I7KnzzEP

 結局は貴様とて雌ではないか。
 我が力、比類無き魔力、無敵の肉体、鉄をも引き裂く
 戦の力を求めてこのしとねに入ったのであろう?
 良かろう、くれてやる。我にその心を明け渡せっ。

魔王「馬鹿も休み休み云え。……わたしは……売約済みだ」

 ふはははは!
 そうか、魔王。新しき魔王よ!
 好いた男でも出来たのか。まさに女だな。
 だがしかし、貴様が如何に愛そうと
 その愛ごと勇者は粉々に引き裂くぞ?
 お前が魔王である限り、勇者がお前を討ちに来る!
 それを避けるために、
 お前は結局我が力を求めねばならんのだっ。

魔王「時代遅れの旧弊な老害め。
 殺すの、殺されるの。それだけかっ。
 その問題は……すでに解決しているわっ」

 だがしかし、この闇にいる間、
 主導権は我にある。
 がはははは! 波に揺られる木の葉のような貴様が
 いつまで己を保てるかなっ。がはははは!

魔王「ごふぅっ……ああ……これは……
 流石に……げふっ、げふぅっ……」


82 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:17:00.71 I7KnzzEP

 苦しかろう! 身を任せるが良い。
 我が力、大地を砕く無類の能力を与えてやろうっ。

魔王「ふふっ」

 何がおかしいっ。新参の魔王よっ。

魔王「あはは……げふっ。げふっ、ごふっんっ。
 これじゃ、ゆうしゃに……見せられない……
 嫌われて……しまうなぁ……」

魔王「可愛くない……し、色気も……
 ないのに……。
 せめて……清潔に……してないと……」

 何を余裕ぶった態度を! 冥府の波動を受け入れるが良い!
 魔王など、所詮は代々続く“器”にすぎぬのにっ。

魔王「……なら……“器”の残滓が……偉そうにほざくな
 ……ごふっ。げふんっ……内蔵が……よじれ……
 はは。
 知っておるか……?」

 墜ちろっ! 墜ちろっ! 貴様に魂などないのだっ!

魔王「……ゆうしゃの、くろかみは
 ……もふもふ、なのだぞ?

 ああ、あったかい。
 いつまでも、触って……いたい……な……」

87 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:28:22.55 I7KnzzEP

――冬の国、王宮前広場

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

執事「すごい人の数だな」
将官「ええ、付近の村からも人が詰めかけているようです」

執事「何も起きなければよいが……」
将官「警備を増やしましょう」

執事「そうしてくれ」

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

  押すな、押すな。みろ、あの台の上か?
  あれが王か? いやよく見ろ、俺たちの王はあんな
  貧相じゃない。じゃぁ、使者とか云うやつか?

  まさか本当に学士様が異端なのか? そんなことはないよな。
  学士様に限ってそんなことがあるはずが……

  あ! 見ろ! 王が、王がお出ましになったぞ!

冬寂王「……諸君、大儀である」

使者「王よ。約束どおり、捕縛したのだろうな?」

89 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:29:41.38 I7KnzzEP

冬寂王「引き渡そう」すっ

 ザッザッザ
治安兵士「……こちらへどうぞ」
メイド姉「……」

  学士様! あれは学士様だよ! 間違いないっ!
  そうだ、俺の息子も、あの学士様に畑のことを教えて貰った。
  だぁよ。うちの豚だって学士様に見て貰っただぁ。

  病気の姉ちゃんを見て貰ったのに……。学士様行っちゃうの?
  学士様が異端だって、そんな! 精霊様、お慈悲をっ!

使者「ふむふむ。うむ、間違いないな?
 替え玉を使おうとしても無駄だ。こちらには学士の
 顔を知っている人間だって用意しているのだからな。
 だがこれは間違いなく本人のようだ」

冬寂王「ご異存無いか?」

使者「如何にも。召し捕らえよっ!」

審問僧兵「はっ!」 ビシィ!
審問僧兵「抵抗するなっ!」 ドスンッ

メイド姉「……くふっ」

93 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:32:26.91 I7KnzzEP

冬寂王「……っ」めらっ

使者「さて、冬寂王、女騎士殿。
 教会はあなた方の協力を感謝しますよ。
 このような異端の女と関係性が無かったことが判り、
 これは両者にとって誠に重畳であると申せましょうな」

冬寂王「痛み入る」

女騎士「……ああ」

使者「ふっ。殊勝な態度ですな。それでよいのです。
 南部諸王国にとって中央との関係をこじらせ
 良いことなど一つもないのですからね。
 我らは魔族の脅威の前に、強固かつ永続的に
 手を組む必要があるのです。
 そうでしょう、王よ?」

冬寂王「……っ」ぎりっ

女騎士「……」

使者「ふっ」 くるっ

使者「捕縛士、その異端者を打ち据えよ。
 外套をはげっ! 手かせをはめて王都まで連行するぞ」

審問僧兵「はっ!」 ビシィ!

96 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:35:04.28 I7KnzzEP

執事(堪えてください、若。
 すまぬ、罪も無き少女よ……。
 このような責めをおわせた世よ、呪われてあれ……)

審問僧兵「這いつくばれっ。枷をっ!」

メイド姉「……」キッ

使者「これは反抗的な。まさに異端者の目。
 何か申し開きでも?
 精霊の教えに背く悪魔の使いが、ですが」

  学士様……。学士様、嘘だよな? 異端だなんてそんな。
  あんなに皮膚が裂けて、血が流れて……。精霊様……。
  お姉ちゃんは何でぶたれてるの? わるいことしたの?
  もうそんな。おら見てらんねぇだ。


メイド姉「わたしは……。
 わたしは、魂持つ者として皆さんに語らなければならない
 ことがあります」

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

メイド姉「……わたしは。
 わたしは、農奴の子として生まれました」

  学士様が!? そ、そうなのかやっ!?
  おらたちといっしょの農奴だって!?

99 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:38:03.42 I7KnzzEP

メイド姉「農奴の生活は苦しいものです……。
 もちろん地域や地主、貴族などによって違うのでしょうが
 少なくともわたしが過ごした幼少期のそれは苦しいものでした。
 わたしは七人の兄弟姉妹の三番目として生まれました。
 ある兄は農作業中、腕を折り、
 そのまま衰弱して捨て置かれました。
 ある姉は、ある晩地主に招かれ、帰りませんでした」

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

メイド姉「冬の良く晴れた朝、
 一番下の弟は、とうとう目を覚ましませんでした。
 疱瘡にかかった姉妹も居ます。わたしは何も出来ませんでした。
 生き残ったのは、わたしと二つ下の妹くらいのものです……。
 
 あるとき逃げ出したわたし達に転機が訪れ
 それは運命の輝きを持っていましたが
 わたしはずっと悩んでいました」

メイド姉「ずっと……」

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

メイド姉「運命は暖かく、わたしに優しくしてくれました。
 あんなにも優しい言葉を聞いたのは初めてです。
 ――安心しろ、と。何とかしてやる、と」

103 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:42:06.78 I7KnzzEP

メイド姉「しかし、みなさん。

 貴族の皆さんっ。兵士の皆さんっ。
 開拓民のみなさんっ。そして農奴の皆さんっ。

 わたしはそれを拒否しなければなりません。
 あんなに恩のある、優しくしてくれた手なのに。

 優しくしてくれたのに。
 優しくしてくれたからこそ。

 拒まねばなりませんっ」

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

メイド姉「わたしは、“人間”だからですっ。

 わたしにはまだ自信がありません。この身体の中には
 卑しい農奴の血が流れているじゃないかと、
 そうあざ笑うわたしも確かに胸の内にいます。
 
 しかしだからこそ、だとしてもわたしは“人間”だと
 云いきらねばなりません。なぜなら自らをそう呼ぶことが
 “人間”である最初の条件だとわたしは思うからです」

メイド姉「夏の日差しに頬を照らされるとき
 目をつぶってもその恵みが判るように、
 胸の内側に暖かさを感じたことがありませんか?
 たわいのない優しさに幸せを感じることはありませんか?
 それは皆さんが、光の精霊の愛し子で、人間である証明です」

104 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:44:51.05 I7KnzzEP

使者「い、異端めっ!」 ビシィッ!

メイド姉「異端かどうかなど、問題にもしていませんっ。

 わたしは人間として、冬越し村の恵みを受けたものとして
 仲間に話しかけているのですっ!!」 きっ

メイド姉「みなさんっ。
 望むこと、願うこと、考えること、働き続けることを
 止めては、いけませんっ。
 精霊様は……精霊様はその奇跡を持って人間に生命を
 あたえてくださり、その大地の恵みを持って財産を与えて
 くださり、その魂のかけらを持ってわたし達に自由を
 与えてくださいました」

  自由――?

メイド姉「そうです。それはより善き行いをする自由。
 より善き者になろうとする自由です。
 精霊様は、まったき善として人間を作らずに、
 毎日、ちょっとずつがんばるという
 自由を与えてくださった。それが――喜びだから」

メイド姉「だから、楽だからと手放さないでくださいっ。
 精霊様のくださった贈り物は、

 たとえ王でも!
 たとえ教会であっても!

 犯すことのない神聖な一人一人の宝物なのですっ!」

108 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:47:57.60 I7KnzzEP

使者「異端めっ! その口を閉じろっ」 ビシィッ!

メイド姉「閉じませんっ。
 わたしは“人間”ですっ。

 もうわたしはその宝物を捨てたりしないっ。
 もう虫には戻りませんっ。たとえその宝を持つのが辛く、
 苦しくても、あの冥い微睡みには戻りはしないっ。

 光があるからっ。
 優しくして貰ったからっ!」

使者「この異端の売女めに石を投げろ! 何をしているのだ。
 民草たちよ、この者に石を投げ、その口を閉じさせよっ!
 石を投げない者は全て背教者だっ!!」

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

メイド姉「投げようと思うなら投げなさいっ。
 この狭く冷たい世界の中で、家族を守り、自分を守るために
 石を投げることが必要なこともあるでしょう。
 わたしはそれを責めたりしないっ。
 むしろ同じ人間として誇りに思うっ。

 あなたが石を投げて救われる人がいるなら、
 救われた方が良いのですっ。
 その判断の自由もまた人間のもの。
 その人の心が流す血と同じだけの血をわたしは流しますっ」きっ

冬寂王「……っ」ぎりっ

111 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:50:17.69 I7KnzzEP

メイド姉「しかし、他人に言われたからっ
 命令されたからと云う理由で石を投げるというのならばっ!
 その人は虫ですっ。
 己の意志を持たない、精霊様に与えられた大切な贈り物を
 他人に譲り渡して、考えることを止めた虫ですっ。

 それがどんなに安逸な道であっても、
 宝物を譲り渡した者は虫になるのですっ。
 
 わたしは虫を軽蔑しますっ。
 わたしは虫にはならないっ。
 わたしは“人間”だからっ」

 こつん。
  こつんっ!
   ごつん、どつんっ! どんっ!

使者「止めよ! 石を投げるのはこの汚れた女にだっ!
 能のない農民風情がっ! 貴様らも、貴様らも全て背教徒だ!!
 何をしている冬寂王! この場にいる民衆全てを取り押さえよっ!
 捕縛士っ! もはや異端は明白だっ。
 その娘っ! 即刻首を切り落とせぇっ!」

  あ、ああっ。学士様が。学士様の言葉がっ。

 ざわざわざわ、ざわざわざわ

メイド姉(ごめんなさい。勇者様……。
 勇者様が任せておけって云ってくださったのに……。
 わたし、出来ませんでした。
 メイド長様。一度も呼べなかったけれど……
 先生って呼んでも、許してくれますか?)

117 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 17:58:47.27 I7KnzzEP

 ギィンッ!

冬寂王「それには及ばない」
女騎士「……」 びゅんっ! 「立てるか?」

メイド姉「あ……あ……」

使者「な、何をする気だ!? お前達っ」

冬寂王「わたしは、この国の王だっ!」
使者「っ!」

冬寂王「だがしかし、その前に一人の“人間”でもある。
 わたしは中央に繋がれた犬の国の王子として過ごしてきて、
 判っていたつもりであったが、いつの間にか心まで虫に
 なっていたようだ。
 ……このような娘に教えられるとは。
 己が不明を恥じるばかりだ。

 そして我が国の民の心に
 このような誇りが育っていようとはな」

  冬寂王! 冬寂王! 冬寂王!
  王様、王様だ! それに姫騎士将軍だぁ!!!

女騎士「わたしは光の精霊のしもべの一人として、使者殿。
 そなたの立ち居振る舞いが恥ずかしい。
 そして中央の教会の為したことも、だ。
 精霊様は仰られた。“あなたは罪を治めなければならない”と。
 罪を犯す自由もまた人間に与えた上で……」

119 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 18:01:25.04 I7KnzzEP

使者「な、何を言い始めるのだ、貴公達!?」

冬寂王「我が冬の国は、紅の学士に正式なる保護を与える」
女騎士「湖畔修道会は、紅の学士を聖人として認める」

使者「っ!?」

 うわぁぁぁ!!!

  王様が、王様が学士様をお守りくださった!
  やはり学士様は異端なんかじゃなかっただなや!
  修道会の人が言ってくれだな! 聖人さまって!
  そうだなや、学士様は。おら達の学士様は聖人さまだなや!

 かえれ! かえれ! 使者は、国へ帰れっ!

  こつんっ!
   ごつん、どつんっ! どんっ!

女騎士「お引き取り願おう、使者殿」

冬寂王「これもまた、お前達の目論見のうちなのであろうが……
 以降は別の形でお目にかかろう。今はお引き取りを」

使者「おっ! 覚えておれっ。この背教の国々めがっ!
 精霊の子たる中央協会に背いて、地上に存在できると
 思わぬ事だなっ!!」

166 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:10:25.46 I7KnzzEP

――冬の王宮、広間、対策会議

勇者「あー。まったくねっ!」 だむんっ!!

メイド姉「すみません……」

勇者「俺はもー。あいつに言われまくってたから
 丸く収めよう、丸く収めようとしてたのに、
 こんなんだったら
 上級炎熱地獄呪文でぱぁっと焼き馬鈴薯にでもだなぁ!?」

  メイド妹「おなかへった」
  将官「何かお持ちしましょうか?」
  商人子息「いいね。ポリッジでも」
  メイド妹「ぽりっじー!? あれ美味しくない」
  将官「では、クルミのパンなどあったはずですから」

冬寂王「面目ない」
女騎士「大丈夫だ、勇者。わたしがついているっ」

氷雪の女王「勇者殿、勇者殿。どうか気を静めて」
鉄腕王「がははは。起きちまったことは仕方なかろう!」

勇者「大体なんだ、お前ら! おまえら自分の国
 どうこうしようって言う気があんのかこら!
 しかも何で王族増えてるんだよっ!」

鉄腕王「いや、事態が事態じゃからして。
 あの演説は聴いておったよ。呼ばれてたし」

氷雪の女王「あれは素晴らしいものでした。
 是非国民にも伝えなければ」

171 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:16:17.31 I7KnzzEP

勇者「だったら余計にどうにかしろよ、じゃなければ怒れよ!」

鉄腕王「とはいえ、事態はもはや異端が
 どうという範囲でもないしのう」

氷雪の女王「ええ」ほぅー

勇者「へ?」

鉄腕王「あんなことを言い切られてはなぁ」
冬寂王「はい」

勇者「……?」

氷雪の女王「いえ、ちゃんと説明せねば。勇者殿は、その……。
 人間界に帰られて日が浅いのでしょうしね。
 つまり、おそらく中央はまだ異端という言いがかりを
 つけてくるとは思うのです。もちろんそれはあくまで言いがかり。
 中央の狙いは我らが結束を脅かし、弱体化することですが……」

冬寂王「つまり、問題の本質は
 “我らが中央にたいして独立するか、否か”
 と云う問題だったわけだ。」

勇者「そんなこたぁ、判ってますよ」

冬寂王「しかしメイド姉くんの演説で、風向きは変わってしまった。
 中央にとっては今までどおりかもしれないが、
 我らにとっては……つまり、南部諸王国にとっては
 “独立を希望する民に、国がどう向き合うか”
 と云う問題になってしまったのだ」

175 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:22:28.37 I7KnzzEP

勇者「……」
メイド姉「す、す、すみません」

冬寂王「あの演説の衝撃はけして小さくなかった。
 そして燎原の火のごとく勢いを強めて燃えさかるだろう」

将官「現に、近郊では農奴を奴隷扱いしていた地主への
 反乱めいた騒動もいくつか起きているようですし」

女騎士「うむ」

鉄腕王「と、なればわしらとしてもな」
氷雪の女王「ええ」こくり

冬寂王「せめて民と共に歩みたい」

鉄腕王「なーんていっちゃって。
 農民に串刺しにされるのが嫌なだけかもしれないがのっ!」

氷雪の女王「あらあら。我が国ではそんなことは
 起きませんわ。おほほほほほ。ひっく」

勇者「って、あんたらぁ!? 飲んでるじゃないですかっ!」

冬寂王「いやぁ、そう言うこともあるようだな。あはは」
鉄腕王「ごっきゅ、ごっきゅ、ごっきゅ」

氷雪の女王「まぁまぁ、この程度南部諸王国では
 気付け程度の意味合いですわ」 ぽわぁ

180 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:30:22.49 I7KnzzEP

  メイド妹「美味しい! 美味しいよ、このパン♪」
  将官「美味いですよねぇ」ほくほく
  商人子息「暖かいところが良いねぇ」
  メイド妹「どうやって、この甘さを出してるのかなぁ」
  将官「干し葡萄だとか云ってましたよ」

勇者「じゃぁ、もうそのっ! そっちの事情はわかったとして!」

冬寂王「ふむふむ」

勇者「これからの方策とか、方針とか、作戦とかを
 かんがえてるのかよ、ちゃんとっ!」

女騎士「勇者」きりっ

勇者「そこっ、一番。女騎士っ」

女騎士「わたしは考えることが苦手だ」 えへんっ

鉄腕王「あはははははは!!」

女騎士「勇者の純潔は、わたしがまもるっ!」きりっ

勇者「誰だこいつに飲ましたの、うわっ。酒くせぇ。
 ……ひーふーみー。4? 5杯かぁ!?」

女騎士「湖畔騎士流戦闘術と、愛剣・惨殺三昧は無敵だっ!」

185 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:37:41.59 I7KnzzEP

氷雪の女王「では次はわたしですね」

勇者「よし、二番。氷雪の女王。胸はでかいが年増」

氷雪の女王「既婚者ですからね。
 そそういう突っ込みを入れる殿方は埋めますよ?

 さて、問題の対応策ですが、これはもう
 農奴の開放政策しかないでしょうね……」

勇者「意外にまともな意見だ」

氷雪の女王「馬鈴薯のお陰で扶養人口は倍増していますから
 今なら、さほど無理なく方向転換が出来るとも思えます」

鉄腕王「しかし、それは中央との戦争がなければであろう?」

勇者「その辺はどうするんだ?」

氷雪の女王「戦争は殿方のお気に入りですからお任せします。
 ぐっぴ、ぐっぴ、ぐっぴ。あら、もう一杯お願いね」

将官「はぁ、もってまいります」

勇者「だ、だめだ。このおばさんも何も考えてない……」

189 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:41:41.42 I7KnzzEP

鉄腕王「ふふん、では真打ちの登場と
 行こうじゃないか。勇者殿っ。我こそは鉄の国6代、鉄腕王じゃ!」

 ドーン!

勇者「あんまり気乗りしないけど、じゃ三番、鉄腕王」

鉄腕王「まずは我が三カ国連合軍で、北の平野に前線をひく。
 我が領土の収穫量を減らさぬため、今度は出戦となろう。
 余剰食料を元手に傭兵も雇い入れる。
 なあに、まだ中央からの義援金は残っておる。
 いいや、実を言えば先代王の頃から少しずつ蓄えておったよ」

勇者「おおお! 初めて堅実な言葉が聞けたっ!」

鉄腕王「そして、進軍してくる異端審問官および捕縛軍、
 または中央国家連合軍を、北の平原で迎え撃つ。
 過去の遠征軍の規模からして、5万を超えると云うことは
 まずありえないだろう。これを初戦で撃破!」

勇者「ふむふむっ」

鉄腕王「そのまま北上、駐留軍を撃破! 城を攻略!
 恭順の意を示す国家は次々と組み入れ、連戦連勝!
 とどろく我が無敵鉄鋼からくり部隊っ!」

勇者「……」

鉄腕王「そのまま聖王都に肉薄し、昼夜を分かたぬ
 波状攻撃にて、王都陥落っ! 後顧の憂い無し。
 物語は大団円を迎えるのじゃー! がははははは」

勇者「はい消えたー」

192 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:49:21.56 I7KnzzEP

勇者「……もうね、なんかね」
メイド姉「すいません、勇者様」

冬寂王「ふぅむ。これは政策の根本から見直す必要があるな」

勇者「何か良い考えでもあるのか? 王様」

冬寂王「正直、無い」
勇者「がくっ」

冬寂王「だが、整理をしてみれば……、何か思いつくかもしれん」

勇者「あーもう。おい、誰かー?
 何か思いついたやつは居ないのかよ」

将官「あのー」

勇者「おお、君は?」
将官「小官は名も無き軍人であります、勇者殿!」したっ

勇者「いや、素面というだけで君は有用な人材だ」

将官「小官もなにも思いつきはしませんが、
 いくつか気にかかることを。
 いや、気が付いたこと、とでも云いますか」

勇者「ふむ」

194 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 21:56:17.97 I7KnzzEP

将官「まず、おそらく、中央はすぐには
 軍を発しないと思われます」

商人子息「それはそうでしょうね」

勇者「根拠は?」

商人子息「まず、第一に中央の意図は、南部諸王国を屈服
 させることであって滅ぼすことではないということです。
 南部諸王国が滅びたあと、魔族の侵攻があった場合
 結局は自分達の身を守る盾が無いことに気がつくでしょう?
 ですから、このあと、さらに圧力を強める何らかの
 手を打ってくるのではないでしょうか?」

将官「それに、中央の持っている軍事力の殆どは
 貴族の元に分散されています。
 ですから集合や準備に時間もかかりますし
 もし軍を発するのならば、その報酬も問題になります。
 この場合、報酬は……考えたくはありませんが
 わが南部諸王国を解体して、
 貴族に分け与えることになるでしょう。
 ですから、軍を発するとなれば、南部諸王国を
 消滅させるつもりです。その準備には時間がかかる」

勇者「ふむふむ。どれくらい猶予があるんだ?」

冬寂王「いまは冬だからな。短くても春まで。
 普通に考えれば、半年以上はかかるだろう」

200 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:05:40.90 I7KnzzEP

勇者「半年かぁ……」

冬寂王「だが……いや……。そのような……ある、とすれば」
将官「……?」

勇者「どうしたんだ、王様?」

冬寂王「いや、なに。ちょっとした、懸念をな。
 無いとは思う。ありえないとは、思うのだが……」

氷雪の女王「なんですか、若き王よ。じらしてはいけませんよ」
鉄腕王「がっはっはっは。なんでも忌憚なく言うが良い!」

冬寂王「聖王都が、魔族と……すくなくとも、魔族の一部と
 手を握るなどということがあるだろうか?」

 ぞくっ

冬寂王「いや、ただの思い付きだが。あははは。
 まぁ、そうなれば、魔族の再侵攻についてもある程度は
 安心が得られようしな。我らが南部諸王国に対する圧力も
 ずっと自由度が上がるのではないか。
 たとえば、魔族の侵攻にあわせて、再び異端告発を行い
 動揺と経済的疲弊を狙う、といったような……。
 いや、空想的なことを云ってしまった」


205 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:12:29.51 I7KnzzEP

勇者「まぁ、そいつについては、俺が偵察して事情を
 探ってくるしかないとして……」

女騎士「なぬ!? お出かけか? お出かけなら
 お供するぞ勇者っ。地の果てまでも惨状、いや参上だっ」

勇者「えい、沈んでやがれ」スコンッ

女騎士「くふっ」 どでん!

勇者(えーっと、何から手をつけりゃ良いんだ……。
 どれがどうなってんだよ、もう……っ)

勇者(こんなとき、あいつならどうする?
 あいつならどう考える? 表面を考えちゃダメだ。
 構造と、利害関係を……。
 わ、わからーんっ!?)

  メイド妹「でねー! じゃーん! これがパイですー!」
  将官「おお! これはなんとも雅な……」

勇者(そもそも、何で戦ってるんだ。俺達は。
 領土争い……なのか? 豊かになるための。
 豊かってなんだっけ……?)

――……つまり、富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても
 『豊か』にはなれないんだ。
 お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが
 よどみなく太いことが豊かなんだよ。

208 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:21:57.10 I7KnzzEP

勇者(つまり、それは、その。
 関係があるってことだよな。
 物を売ったり、買ったりして流れて……
 それが豊かってことだろう?
 じゃぁ、俺達の世界は豊かになってないんじゃないか?
 だって閉じてるんだから。
 ……教会がやってること、聖王都がやってること。
 それはなんなんだ? 世界を限定して、狭くして……
 その意図はどこにあるんだ?)

  鉄腕王「黄金色で綺麗じゃのう!」
  氷雪の女王「これはなんじゃ? ウズラのタマゴと肉なのか?」

勇者(つまりそれは……
 教会がなりたいのは『お金持ち』なのか?
 それは“富の独占”。いや、富ばかりじゃない。
 知識も、人気も、権力も……“独占”するってことなのか?)

  商人子息「おもしろいですね、さくりとした感触が」
  メイド妹「そうだよー! 洋ナシのもあるよー♪」

勇者(閉じられた環境下で、他者から吸い上げることによって
 階層構造を作り出し、それを永続化させることか?
 そうなのか……。魔王が“違う”といったのはそういうことか)

メイド姉「勇者……さま?」

――精霊様は……
 精霊様はその奇跡を持って人間に生命をあたえてくださり、
 その大地の恵みを持って財産を与えてくださり、
 その魂のかけらを持ってわたし達に自由を与えてくださいました。

212 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:25:49.48 I7KnzzEP

勇者(“独占”……“生命”……“財産”
 そして“自由”……。独占とは、一者が全てを占めること。

  冬寂王「ほほう、甘い味のもあるのか。うむ、美味い!」
  将官「これは絶品でありますね」
  鉄腕王「酒にも合うぞ、もっと塩辛くてもいけるのぅ」
  氷雪の女王「軽やかで宮廷料理に比べても引けをとりませぬね」

勇者(一者とは……中心。集中する点。積み上げた石組みの、頂点)

  商人子息「これは新商品になりますよ!」
  メイド妹「えへへ~そうかなぁ?」

  冬寂王「おお、王直筆の勅書をあたえよう!」
  将官「御用達というヤツですね王様っ」

  鉄腕王「おお、わしのもやるぞ」
  氷雪の女王「氷の国でも是非流行させてください」

勇者「じゃかしいわっ! お前ら王族かよっ!!」

メイド姉「す、す、すみません。勇者様っ」

鉄腕王「がははは! 勇者殿も、そう泣き笑いしても
 しかたあるまい。勇者殿はどっちを食べる?」

勇者「どっち?」

メイド妹「ウズラのパイと、洋ナシのパイだよ♪」

219 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:33:09.65 I7KnzzEP

メイド妹「はい♪ どっちにする?」

勇者「――」

将官「勇者殿?」
冬寂王「しっ」

勇者「――」

メイド姉「……ゆうしゃ、さま?」

勇者「公布を出そう」
商人子息「公布? 新しい税ですか? 法律ですか?」

勇者「南部諸王国三カ国は、湖畔修道会を、
 国家宗教として認めると。正当なる光の精霊信仰だと」

将官「へ?」

勇者「そうだよなっ! 別に1つしかないなんて決まりは無いし!
 二つあっても良いじゃんな! 選べた方が幸せじゃん!
 そうしよう! そうしようぜ。おい、起きろ、女騎士」ぐらぐら

女騎士「う、うぅうーん」

勇者「で、印刷機でどんどん刷らせよう! ほら、例のさ!
 メイド姉の演説? あれを表紙にして、湖畔修道会の教えをさ。
 農業技術だって載せちまおうぜ! なぁ、いいじゃないか。
 教科書の代わりにもなる。なんだったら種芋の引換券を
 つけちゃうってどうだ!?」

氷雪の女王「それにどういう意味があるのだ?」

勇者「頂点を二つにするのさっ。広報戦争だっ」

231 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:53:01.12 I7KnzzEP

――湾岸都市、商業区、大きな商業会館執務室

青年商人「は?」

辣腕会計「えっと、ですから……。もう1つの教会である、と」
青年商人「……湖畔修道会が?」

辣腕会計「ええ、少なくとも南部三カ国通商同盟はそう公布しました」

青年商人「……」

辣腕会計「どう、されました?」

青年商人「ふふふふっ」
辣腕会計「?」

青年商人「ふははははははっ! そうですか!
 そんな手を打ちましたかっ!
 誰ですかね、これは。
 あの人かな。いや、違う気がしますね。
 あの人はああ見えて保険を忘れない人ですから。
 私にも言質はくれませんでしたしね。
 このやぶれかぶりっぷりは、勇者ですかねっ。
 あはははっ!」

辣腕会計「委員……」

青年商人「そうですか、もう1つの教会。あははっ。
 これはすごい、傑作ですね! 聖光教会の偉いがたは
 赤、青を通り越してどす黒くなっているのではありませんか?」

辣腕会計「それはもう。すさまじい怒声だそうです」

236 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 22:59:20.48 I7KnzzEP

青年商人「あははは。素晴らしいっ!
 見世物だとしたところで、金貨千枚の価値がある!
 あの老人達も冷水を浴びせかけられたような気分でしょうよ」

辣腕会計「それはそうですよ。まったく!
 自分達が異端指定した人物を、聖人に祭り上げた挙句に
 真っ向から対立されたんですよ?」

青年商人「情勢は?」

辣腕会計「それは、中央聖光協会が圧倒的な人数と支持ですよ。
 当たり前ですがね。ただ、気になることも……」

青年商人「気になること?」

辣腕会計「こんなものが配られているんです」
青年商人「紙ですか? まだ高価でしょうに」

辣腕会計「いえ、それが、どうやら氷の国に工場なるものが
 あるらしく……」
青年商人「工場?」

辣腕会計「工房に似たもののようです。
 沢山紙を作っているのだとか。さらにそれを鉄の国で
 印刷なる方法で、文字を記しているようで」

青年商人「ふぅむ。なるほど、これは……
 ハンコのようなもののようですね」

辣腕会計「ええ、読めば判りますが、どうもこれは……」

青年商人「……」こくり

辣腕会計「ええ、そうです。
 農奴の権利開放を意図しているようなんです。
 ですから、南部に近い王国では、この半月で
 ずいぶんな数の農奴が三カ国通商同盟に流入しているらしく」

240 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 23:05:31.15 I7KnzzEP

青年商人「ほほう」にやっ
辣腕会計「驚きませんね」

青年商人「彼らなら、それくらいはするでしょう」
辣腕会計「そうですか」

青年商人「『同盟』内部の状況はどうです?」

辣腕会計「教皇派は3人のようです。三カ国派は2名。
 残りは中立です。資産状況はこちらにまとめました」

 ペラッ

青年商人「まだ機は熟していませんが……。
 こちらも動き出すべきのようですね。小麦の価格は?」

辣腕会計「先週より2ポイントあがっています。上昇基調ですね。
 冬ですし、このところ中央大陸の景気は低調ですから
 しかたありません。今年も餓死者が出そうです」

青年商人「買いです」

辣腕会計「買い、ですか? 『同盟』の抑えている小麦を
 放出すれば、かなりの利ざやが期待できますが?」

青年商人「……まぁ、そういう意見が多いでしょうから
 “まだ値上がりしそうなので買い”と。しておきましょう」

243 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/10 23:12:32.27 I7KnzzEP

辣腕会計「は、はぁ」
青年商人「小麦の買い指定は、とりあえず6ポイント上乗せまで
 『同盟』全て、それに取引のある商人に回してください」

辣腕会計「了解」 さらさら

青年商人「それから、これは『同盟』内部の担当部署に
 向けての発注です。鉄鉱石、木炭、銀。全て買いで」

辣腕会計「ポイントは?」

青年商人「不自然にならない範囲で、部署に任せます」
辣腕会計「はっ」 さらさら

青年商人「来週には100ポイント、来月一杯で250ポイントまで
 小麦を買い付けますよ」

辣腕会計「っ!?」
青年商人「どうしました?」

辣腕会計「3倍以上の値段ですよ!? それは常識外れですっ!
 そんな買いなど、聞いたことがありません。
 だいたいそれだけの資本金をどうやって調達するんですか!?」

青年商人「調査して貰った資本で十分にまかなえますよ」

辣腕会計「それにしたって常軌を逸しているっ」

青年商人「あはははっ。そう見えるだけです。
 わたし達は、買い付けなんかをしている訳じゃないんですよ?」

辣腕会計「何をしていると云うんですかっ?」

青年商人「王国の金貨を、売っているんです」にこっ

336 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:38:13.54 sQx9tPoP

【補足】主要キャラクター紹介

勇者……この話の主人公の一人。男、黒髪。
魔界の奥、魔王城へ一人と乗り込んだ戦闘能力の持ち主。
魔王を倒しても戦争は終わらずより酷い結果になると説得され
魔王の仲間となった。童貞。当然女性への興味は尽きない。
物語の変遷に翻弄され、様々な女性に好意を寄せられるが
ラブコメ体質と空気が読めない性格のために誰一人として
キスもしたことがないというチェリー臭さ。
魔王と過ごした時間や、一人で行動する時間が
次第に彼を「ただの無敵勇者」から別の存在へと進化させてゆく。
正体を隠すために人間界では“白の剣士”、
魔界では“黒騎士”を名乗る。


魔王……この話の主人公の一人。女性、むちむち体型。
(歴代の中では)戦闘能力が低い魔王。広範な知識を持ち
戦争を経済的観点から分析、戦後処理を含めて「まだ見ぬ
未来」を模索しようと勇者に持ちかける。お肉が気になるお年頃。
星の最果てにあると云われる『外なる図書館』で育ち
この世界ではまだ誰もたどり着いていないような
高度な知識をもつ、勇者と並ぶ『世界の特異点』の片割れ。
長い間待ち焦がれていた勇者と相互所有契約を交わす。
人間界ではその正体を隠すために“紅の学士”を名乗るが
あまりにも先端的、先鋭的なその行動のために中央聖教会から
異端指定を受けてしまう。

337 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:41:36.83 sQx9tPoP

女騎士……この話の主人公の一人。女性、つるぺた無毛。
かつて勇者とパーティーを組んでいた3人のうち1人。
元聖銀冠騎士団所属で今は湖畔修道会という光の精霊を
あがめる教会の位置派閥を率いている。
冬越し村修道院へと居を移し、魔王と勇者の屋敷に足繁く通う。
胸がないのにコンプレックスを持つが、内心はさっぱりした
気性の娘。魔王の正体や勇者との関係を知り、それでも
友情を結ぶ。
当時の二つ名は ”鬼面の騎士””怪力皇女”
”石壁しぼりの女夜叉” など。


冬寂王……この話の主人公の一人。男性。冬の国の王。
戦で戦死した父に代わり、冬の国を率いることになった若き英傑。
開明的な思想の持ち主で、鉄の国、氷の国との連合国家を目指す
ことを表明。魔王に興味を持つ。
王としての初陣は極光島奪還作戦であり、その時は戦場の
地の利を知り尽くした地元であることを生かし、流氷を連結し
海峡に陸を作ることで、海上戦を避けるという知略を見せる。
その後、南部諸王国のうち3カ国をまとめる通商同盟の締結など
様々な改革で王としての頭角を現してゆく。


メイド姉……この話の主人公の一人。女性。亜麻色の髪。
冬越し村へとやってきた魔王たちの屋敷へ逃げ込んだ農奴姉妹
のうち姉の方。思索的な性格で、書類の扱いに長ける。
当初はメイド長の下でメイドの仕事全般をおこなっていたが
その能力を見いだされて魔王の秘書のような仕事もすることに。
メイドとして雇われるきっかけともなったメイド長の問いかけから
自分がいかなる存在なのか、人間とは何なのかを常に悩んで
きたが、異端審問騒動を契機に思想家としての側面を見せ始める。

339 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:44:40.48 sQx9tPoP

青年商人……この話の主人公の一人。男性。栗色の毛。
中央大陸全土に強い影響力を持つ経済的な団体『同盟』の
若き幹部。
魔王との交渉の結果、強い感銘を受けて、取引相手としての
関係を結ぶ。
『同盟』の最高幹部10人委員会の一人に出世した彼は
勇者とも語り合い、商人として新しい境地へ。
三国通商同盟と大陸中央部、聖王国との軋轢を利用した
巨大な商戦をしかけ、その規模は、この時代には珍しく
経済戦争の域に達する。利にさとい辣腕商人として巨額の
富を扱いつつも、ポーカーフェイスを崩さないようだ。


執事……この話の主人公の一人。男性。すでに白髪。
かつて勇者とパーティーを組んでいた3人のうち1人。
現在おそらく60代であるが、まだ背はしゃっきりと伸びた変態紳士。
常にタキシードを着用し、現在では冬寂王の執事として
ことあるごとに「若、若」と呼びかけている様子。
どうやら勇者パーティーでは男二人(勇者と)で
さんざんな悪さをしていたようで、勇者からはパフパフの
師匠と呼ばれている。
当時の二つ名は ”黒点の射手” “突然死”など。


女魔法使い……この話の主人公の一人。女性。卯の花色髪。
かつて勇者とパーティーを組んでいた3人のうち1人。
未登場だが現在は魔界のどこか(『外なる図書館』?)に
居ると思われる。
当時の二つ名は ”出来の悪い悪夢”“昼寝魔道士” など。

341 : 以下、VIPにかわりましてパー速... - 2009/09/11 15:46:27.17 sQx9tPoP

東の砦将……この話の主人公の一人。男性、茶髪巨漢。
歴戦の勇士。どうやら東方出身の血を引くらしい。
人間統治下の開門都市にあり、東の砦を治める士官の一人
だったが無能で横暴な司令官の夜逃げ同然の退却を受け
たった500の手勢で開門都市の維持を引き受けることになる。
魔族に対しても公正な視点を持つ好漢だった彼は、
いち早く周辺魔族との交渉を開始。
開門都市の自治独立を目指す非凡な統治センスをも見せつける。


火竜公女……この話の主人公の一人。女性、紅玉髪。
火竜族の娘の一人。黒騎士(勇者)との賭けにやぶれた
火竜大公がその男気に惚れて嫁でも妾でも、とさしだした。
公女本人はそのつもりなのだが、勇者の方がヘタレで
色っぽい関係にはならずにいる。
現在は開門都市の自治委員の一人として内政を見ているが、
元来は好奇心が強く多少驕慢な性格。おてんば娘だったようだ。
(魔界のではあるが)高等な教育を受けている、この時代では
進歩的な女性。




次回:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 #10


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