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730 : 41話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:08:53.90 8yV2yNpC0 309/394

~第41話~

「猛虎高飛車!」

間合いをあけられたらんまは、飛び道具で攻撃を仕掛けた。

「魔龍昇天破」

キュゥべえも水平打ちの魔龍昇天破を繰り出して応戦する。

互いの出した技はぶつかり合い、はじけ飛んだ。

「それっ、もういっちょう!」

らんまは立て続けに猛虎高飛車を放った。

キュゥべえもまた、魔龍昇天破で対抗しようとする。

「……!?」

しかし、出てきた竜巻は扇風機の風ように弱い力で、涼しいだけだった。

やむなく、キュゥべえは回避に行動をきりかえるが、反応が遅れたために左手が猛虎高飛車の光の玉に当たった。

「へ、バカやろーが。飛龍昇天破は溜まった闘気を使う技だ。連発できるモンじゃねー」

すでに次の猛虎高飛車をためているらんまは、その勝ち気をますます膨らませた。

「そして、感情がないおめーには猛虎高飛車や獅子咆哮弾は使えない。
遠距離戦なら一方的におれが有利なだけだぜ!」

さっきまでよりもさらに大きくなった猛虎高飛車がキュゥべえをおそった。

「それなら、距離を詰めるとするよ」

簡潔にそれだけ言うと、キュゥべえの――黒いレオタードを着た偽らんまの姿が消えた。

そして、次の瞬間には、それは本物のらんまのすぐ目の前にまで迫っていた。

さすがに猛虎高飛車を放ったばかりで防御も反撃も間に合わない。

しかし――

 ドスッ

かなりの速度で飛んできた唐傘が、キュゥべえの入った偽らんまの頭にヒットした。

「ヤバくなったら魔法に頼ってありえない動きやパワーを引き出す。そのパターンはもう読めてるぜ」

唐傘を投げたのは、もちろん良牙だ。

「おっしゃ、ナイス良牙! このままたたみこむぜ!」

らんまはためらいなく倒れたキュゥべえにとびかかった。

キュゥべえが寝返りをうって、らんまの攻撃をかわすと、その先にはすでに良牙がまわりこんでいた。

回避は間に合わないが、分かりやすい動きだったためキュゥべえは良牙が狙ってきた頬のあたりを魔法で硬化させる。

「ぐっ」

よほど堅くしたのだろう、なぐった良牙の拳から血がにじんだ。

それでも、良牙は気に留めず攻撃をつづけてくる。キュゥべえはギリギリでそれをかわした。

その最中、同時に逆方向かららんまの蹴りが飛んできた。

今度は、反射神経を強化して、キュゥべえは二人がかりのラッシュを避け続けた。

「喧嘩ばかり……してるかと思ったら……なかなか意気があった仲間じゃないか」

かわしながらキュゥべえは器用にしゃべる。

その言うとおり、至近距離で打ち合っているにも関わらず互いの攻撃がぶつかったり同士討ちにならない。

それどころか、何の合図もしていないはずなのに避けにくいように隙をなくすようなコンビネーションになっていた。

ここまでらんまと良牙のチームワークが良いとはキュゥべえにとっては予想外だった。

これでは簡単には反撃に移れない。

「意気があってるだと?」

731 : 41話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:09:44.92 8yV2yNpC0 310/394

「気持ち悪りぃこと言うな」

良牙とらんまが口々にしゃべる。

「「腐れ縁だ!」」

そして、ぴったりと同じセリフを同じタイミングで言った。

それと同時に、二人の拳はキュゥべえを捕え、顔とボディにめり込んだ。

「……」

これは意気があっているというんじゃないのかい、キュゥべえはそう言いたかったが殴られたままの状態で
人間の体はしゃべることができなかった。

キュゥべえは二人の拳が自分に当たったことにより止まったその隙に、タタミを召喚していったん視界を奪い離脱する。

「だが、てめーに仲間と呼べる奴がいねーのはよくわかったぜ」

再び距離をあけたキュゥべえにらんまが話かける。

キュゥべえは攻めあぐねたこともあり構えをとったまま動かない。

「良牙とは腐れ縁だが、それだけに互いの弱点や知られたくねーこともよく知ってる。
全部知ってるからこそ、ムカついてもいつでも手を組めるんだ。
だが、おめぇは違う。おめぇのゲスな腹割って全部話したら誰も協力してくれねーからな」

「たとえそれでも協力する奴がいたとしても、数は知れている。
お前に腹を立てて敵に回る奴に比べりゃ、いないも同然だろう」

らんまに続けて、良牙も言葉をつないだ。

もちろん二人ともただ話しているわけではない。

二人ともいくらなんでもまた同じパターンで勝てるとは思っていない、
そして相手には簡単に戦局をひっくり返すだけの戦力があることも分かっている。

だから、簡単に攻められないのはらんまと良牙も同じなのだ。

「管理する側としては余計な情報を与えるわけにはいかないからね。
キミたちだって、家畜に『大きくなったら食べるつもりです』と教えようとは思わないだろう?」

キュゥべえは涼しい顔を崩さないがその目線は明らかに二人の隙を探していた。

「その偉そうな態度のおかげで、慣れねぇ実戦に自分で出なきゃならなくなってんじゃねーか」

らんまはそう言って、挑発に『カモン』のジェスチャーをした。

確かにたいていの魔法少女は事情を知れば、敵に回るだろう。

特に、今の見滝原や風林館のように大人数で魔法少女以外も絡んでいるのでは、他の魔法少女やその集団をぶつけても
どこかで会話や交渉が生まれキュゥべえの本当の目的ややり方がバレてしまう可能性が高い。

寝返りの可能性がない信頼できる魔法少女がおらず、自分で戦う方が効率的だった。

それは言い方を変えればらんまの言う通り、仲間がいないということになるだろう。

だましやすくて、大人数相手にも会話や交渉の余地もないぐらい圧倒的に勝てるような魔法少女が近くにいれば
キュゥべえにとって好都合だったが、それこそ高望みしすぎだった。

他はまだしも、八宝斎やコロンを相手にも優位を保てるほどの魔法少女はほとんどいないのだから。

(それこそ、もし鹿目まどかが契約できたらそれ以上に都合のいい魔法少女はいないのに)

そんなことを思うキュゥべえに対して、らんまは中指を立てるなど執拗に挑発のジェスチャーを続ける。

「ほら、言いかえさねーのかよ、バーカ!」

(無駄なことを)

感情がないと知っているはずなのに、どうしてそんな無駄なことをするのか、キュゥべえには理解できない。

その一方で良牙はいつも自分がこんなレベルの低い挑発に乗っているのかと少し自己嫌悪に陥っていた。

「問題ないさ、ここでキミたちを始末すればね」

やがて、キュゥべえから動いた。

挑発に乗ったわけではない。

挑発するらんまの動きが、大きな隙になったと判断したからだ。

732 : 41話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:10:41.44 8yV2yNpC0 311/394

「わかってねーな、そんなんだから何千年だか何万年も仕事が片付かねーんだよ」

余裕のある口調でらんまはそう言うが、キュゥべえの見立て通り防御は間に合っていない。

が、キュゥべえも攻撃ではなく防御をせざるを得なくなった。

突如、横からやってきた巨大な獅子咆哮弾が飛んできたのだ。

(また、仲間もろともかい)

確かに想定外ではあったが、それはきちんと防御すれば脅威ではない。

キュゥべえは深刻なダメージさえ受けなければすぐにでも無尽蔵の魔力で回復できる。

むしろ、同士討ちでダメージを受けるらんまの方が被害はおおきいはずなのだ。

「――なんだって!?」

しかし、想定外はもうひとつあった。

「やっぱ、間抜けだったな、おめーは」

なんと、らんまが自身の防御もせずに、キュゥべえに防御をさせまいと羽交い絞めをしてきたのだ。

あえなく、キュゥべえはらんまともども獅子咆哮弾の直撃を受けた。

「やったか?」

良牙は爆風の去った後の状況を確認する。

二人の女らんまがボロボロになっている。

赤い服を着ている方が前に出て仰向けに倒れ、黒いレオタードを着ている方が後ろにうつぶせに倒れていた。

(なに? 本物のらんまが後ろだったはずなのに、どうして前に来てるんだ!?)

良牙がそう疑問に思っている間にも、黒いレオタードを着た方のらんまはひょいと立ちあがった。

ノーガードで獅子咆哮弾を食らったわりにはダメージが軽く見える。

「ふぅ、危ない危ない。この体の性能が高くて助かったよ」

そう言いながらキュゥべえは体や衣服の軽微なダメージを回復させていく。

「そうか、おじぎをするように前に倒れこんだな!? そうすればらんまを盾にできる」

良牙の言葉にキュゥべえはうなずくと、間髪いれずに良牙との間合いを詰めた。

迎撃しようと、良牙は拳を繰り出すが圧倒的なスピードで避けられて、カウンターで腹部に強烈なパンチを食らった、

女らんまの体ではありえない、異常な威力だ。

一発で良牙は盛大な血反吐を吐く。

そして、次は顔に一発。

その一発で、良牙は地面に擦りつけられるように突き飛ばされた。

岩にぶつかって、良牙はようやく止まる。

(さっきまで押していたのに、一手ミスしただけでこれかよ……)

腹部が痛みを超えて、重く感じる。

仲間ごと攻撃することの危険性は確かに分かっていたはずだった。

それでも、安全策ばかりとって勝てる相手ではないという判断から危険な手をうってしまったのだ。

「残念だよ、良牙。キミのエネルギーには可能性を感じていたのに、キミから殺さなければならないとはね」

迫りくる死に、良牙は起き上がって抵抗しようとするが上半身を持ち上げるのが精いっぱいだった。

そんな状態の良牙でも異常なタフネスと獅子咆哮弾がある以上、手加減はできない。

キュゥべえは魔力強化を十分にした拳を振りおろそうとした。

その時、

「む? このおっぱいは、キサマ偽物じゃな?」

わけのわからないセリフと共に、キュゥべえは胸部に違和感を覚え、拳を止める。

733 : 41話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:11:36.40 8yV2yNpC0 312/394

そして、即座に、その胸に張り付いた異物に殴りかかった。

しかし、そのパンチはあっさりと空振りをし、邪悪な異物はその姿を消した。

「ふむ、本物はこっちじゃな……おおっ、なんと乱馬の奴がこのようなスイーツを身につけておるとは!!」

キュゥべえが振り向くと、背の低い老人がのびた本物のらんまの胸元をはだけさせ、その下着を物色していた。

迷うことなく、その老人――八宝斎はらんまの付けていた黄色いブラジャーを奪い取り、まるでネコ耳のように頭に巻いた。

「……じ……じじぃ、てめぇ」

らんまは気絶まではしていなかったようで口で抗議するが立ち上がることすらできない。

(あの下着からは……魔力を感じる)

キュゥべえは思った。らんまの動きが急に良くなったのはそのせいかと。

だが、今警戒すべきはらんまではない。

その下着を身に付けた八宝斎の、魔力とも闘気とも知れない得体のしれない邪気が一気に増大したのだ。

「おお、このスイーツは素晴らしい! 今までにないフィット感じゃ!!」

恍惚の笑みを浮かべ、八宝斎は叫ぶ。

(戦闘態勢に入る前に倒す!)

有無を言わさず、キュゥべえは八宝斎におそいかかった。

が、殴りかかったと思った時にはすでに八宝斎の姿は消え、後ろに回り込まれていた。

トンッと静かな音がして八宝斎のキセルが背中にふれる。

たったそれだけの攻撃で、漆黒のレオタードに包まれた体は空高く舞いあげられた。

そして、八宝斎は高く飛んで上空を先回りすると、まだ上昇中の偽らんまの体にキセルをぶつけた。

すると、すさまじい勢いで地面に叩きつけられる。

たったそれだけの攻防で、キュゥべえが入ったらんまの体は複雑骨折におちいった。

「この下着泥棒め! わしがじきじきに成敗してくれるわ!」

着地した八宝斎はキセルをキュゥべえに向けて堂々とそう宣言した。

「……いや……いま、じじいがおれから盗んだ……」

絶え絶えの息でつっこむらんまのセリフがむなしく宙を舞う。

(冗談じゃない。こんな化物、とてもまともには相手にできないよ)

体を回復させながら、キュゥべえはゆっくり立ち上がる。

そして、やおらに漆黒のレオタードの胸をはだけて見せた。

しかし、八宝斎は飛びついてこない。

「馬鹿めがっ! ここに本物のらんまの胸があるというのに偽物などに惑わされると思ったか!」

厳しい口調でそう言いながら、八宝斎は満足に身動きの取れないらんまの胸を思う存分もみしだく。

「……うひゃ……じじぃ……やめっ……」

本物のらんまは必死に抵抗しようとするが、獅子咆哮弾の直撃を受けた後ではそれも難しかった。

「……そうかい、ならば!」

キュゥべえは踵を返して、一目散に逃げ出した。

表面上のダメージこそ回復させているが、かなり無理づかいをした肉体はあちこちきしんできている。

完全に回復させるには、やはり物理的な栄養補給やメンテナンスが必要である。

そんな状態のまま、この目の前にいる怪物を相手に戦うのは明らかに不利だった。

「逃げるか、この下着泥棒!」

八宝斎は追いかける。

すると、黒い衣装の偽らんまは、逃げながら何かを落とした。

734 : 41話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:12:29.53 8yV2yNpC0 313/394

暗い闇夜だったが、八宝斎の目にはピンクと白の模様がはっきりと見えた。

女性物下着だと思って、八宝斎はまっしぐらに飛びつく。

「おう、スイー……いい!?」

が、八宝斎は絶句した。

うら若き乙女の下着としては明らかに大きすぎるキングサイズのパンツには中高年愛用の湿布薬の香りがただよう。

それだけでも八宝斎の精神を攻撃するには十分だったが、さらにその大きなパンツにくるまれて。男性用ブリーフも
隠れていたのだ。

勢い余ってそのブリーフのかすかな汚れに手が触れる。

「なんじゃとぉぉおおおお!?」

絶叫とともに、八宝斎はヘナヘナと全身の力が抜け、その場に倒れこんだ。

*******************

「……なんなの? この感覚は」

タクシーを運転手を脅して飛ばさせて、崩れた橋を飛び越えて。

ようやく温泉街に入ったほむらは異様な気配を感じていた。

魔力のようでいて何かが違う。もっと邪悪な何か。

今まで通り過ぎてきた幾多の世界において一度も味わったことのない感覚だった。

「これは八宝斎のお爺さんネ。戦いがはじまってるみたいアルな」

シャンプーは慣れた様子で答える。

「それなら急ぐわよ」

ほむらは可能なかぎりの速度で、その異様な気配の感じる方へ飛ぶように走って行った。

「待つネ! ソウルジェム真っ黒アルよ、そんなに飛ばしていいアルか?」

かまわない、ほむらはそう思う。

(一回だけ、一回だけ使えればいい。それで、まどかに降りかかる災厄の元を断つことができる)

*******************

キュゥべえは温泉街の裏側の、大きなタンクやパイプのある場所に出た。

「見つけたぜ!」

そこに、遠巻きにして杏子の姿が現れた。

「回復魔法を使いながら動いてたからすぐわかったよ」

その杏子から少し距離をあけて、さやかが立っている。

「もう逃がしはしないわ」

さらにキュゥべえの後方にはマミが現れる。

「キュゥべえとやら、年貢の納め時じゃの」

そして、コロンはいつのまにかたたずんでいる。

その四人はきれいにキュゥべえの四方を囲んでいた。

「ふぅん、キミたち四人だけかい。まどかやなびきはまだ追いついていないのかな?
まあ、その方が助かる」

キュゥべえはそうつぶやいた。

「なにグダグダ言ってやがる! ぶったぎってやるぜ、コラァ!」

「この四対一で勝てると思わないことだね」

士気の上がっていた杏子とさやかが突撃する。

突撃しながら杏子は分身を増やし、キュゥべえが逃れる隙をなくす。

それに対してキュゥべえは避けようともせずに、いきなり自分の足元にあったパイプを破壊した。

735 : 41話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:14:05.12 8yV2yNpC0 314/394

もうもうとした蒸気があがり、黒いレオタードを着たらんまの姿がかすむ。

「――目くらまし?」

マミが言う。

「違う! こ、これはまずい!」

コロンは叫んだ。

「なんだって!?」

そう言われても杏子はいまさら止まれない。

「それなら!」

さやかは杏子とタイミングを合わせて襲いかかるつもりだったが、コロンの言葉を受けて加速、
一気にキュゥべえに接近し、剣を突いた。

しかしそれはきわどくかわされる。

次の瞬間には、どれが本物かもわからない十体近い杏子がキュゥべえに襲いかかる。

だが、それは間に合わなかった。

「魔龍昇天破」

キュゥべえのその言葉とともに、巨大な竜巻が起こった。

竜巻は熱湯の通ったパイプを破壊してさらに勢いを増し、破壊されたパイプの破片が容赦なくまき散らされる。

やがて暴風がおさまった後には、大きな熱湯の池に多数のがれきが横たわっていた。

(……ここにさやか、あれは杏子……向こうに倒れているのは中国の老婆か)

キュゥべえはあちこちに倒れている人間を目視で確認する。

(あの老婆をこれで倒せたのは良かった)

そうして目線を移していくと、キュゥべえの目に黄色いマユのような大きな塊が映った。

(あれは?)

キュゥべえがそう思っているうちにも、黄色いマユはするするとほどける様に緩んでいった。

そして、中から成虫の蝶が出てくるように、背後に銃を並べたマミの姿が現れた。

「やってくれたわね、キュゥべえ」

「マミ? その魔法は?」

黒いレオタードのらんまの表情は変わらない、が、マミにはキュゥべえが驚いているように見えた。

「魔女の状態で出来ることを、魔女を乗り越えた人間にできないと思って?」

マミに防御魔法があることはキュゥべえも知っている。

だが、今回の魔龍昇天破は今までのマミの防御魔法を超えた威力のはずだった。

それがこんな新魔法を編み出しているとは完全に想定外である。

「大したものだね。この短期間にまた魔法のレパートリーを増やしたとは、恐れ入るよ」

そんな言葉とは裏腹に、らんまの体に入ったキュゥべえは構えすらとらない。

「でも、ボクを倒してどうするんだい? どちらにしてもキミには絶望しか残っていないのに。
再び魔女になるか、魔女に食べられて死ぬか……キミは、運命から逃れられない」

「それがどうかしたのかしら? 誰であれ人はいずれ死ぬわ」

キュゥべえの問いに対して、マミにはまるで動揺が見られない。

「だから私は今を生きる人を守るために戦う、今までもこれからも」

「ああ、契約内容を勘違いさせていたことは謝るよ。
別に人間なんかを守る必要はないから、魔女になって死んで欲しいんだ。
それが魔法少女の契約の対価だよ」

表情一つ変えず、キュゥべえは平然とそう言う。

「悪いけど、あなたの魔法少女はもうやめたわ。契約期間切れよ」

736 : 41話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:14:55.19 8yV2yNpC0 315/394

マミがそう返事をすると、キュゥべえは首をかしげた。何を言っているのかわけがわからない。

「契約期間があったなんてはじめて聞いたね」

「あたりまえよ。言ってなかったもの」

思ってもみなかったマミの回答に、さしものキュゥべえも一瞬呆気にとられた。

「……じゃあ、今のキミは何者なんだい?」

「私は、愛と勇気の魔法少女よ」

そう言って、マミはウインクをして見せた。

キュゥべえは質問の意味が通じているか不安になり聞き直そうかと思ったが、言っても無駄だと考えてやめた。

とにかく言葉攻めで絶望することはもう無さそうだ。

「残念だけど、そういう契約破棄は認めていないんだ。
魔力枯渇で魔女になるか、契約不履行で死ぬか、強制執行させてもらうよ!」

言うと同時に、キュゥべえはマミに向かって走りだす。

「私は、魔女になっても私を信じてくれたみんなを裏切らない……
だから、みんなが信じてくれた愛と勇気の魔法少女であり続けるわ!」

マミはマスケット銃を手に召喚し、黒い衣装のらんまを狙撃した。

キュゥべえはいとも簡単に前から来た弾を避け、十分に間合いを詰めると跳びあがってマミに襲いかかる。

が、

 パーンッ

偽のらんまの体は真横からの銃撃を受け、跳ね飛ばされた。

(なんだって?)

キュゥべえは即座に立ち上がり、弾の飛んできた方を振り向く。

そこには、延びたマミのリボンと、それにつながったマスケット銃があった。

「これは?」

 パーンッ

そう言ったと思ったら、今度は後ろから狙撃された。

(これは……オールレンジ攻撃?)

その弾は背中に直撃し、キュゥべえは前に倒れこむ。

「言ったはずよ。魔女の時にできたことはできるって。
いちいち使い魔まで再現しないけど、今の私はどの方向からでも攻撃ができるわ」

前のように狭い部屋の中でもないので、跳弾が自分や味方にあたる心配もない。

マミは四方八方から、キュゥべえを銃撃した。

らんまの体はまるで踊るように、着弾の衝撃で跳ねまわる。

キュゥべえの知る限り、これはレーダー妨害が発展した文明の宙域戦で多用された戦術だ。

使いこなせば一機体や一個人で中隊レベルの戦力を発揮する。

(――だけど、この戦術には致命的な弱点がある)

キュゥべえはタタミを召喚して差しあたっての直撃を避けると、スピードを強化して一気にマミとの間合いを詰めた。

(自分自身を攻撃するわけにはいかない以上、近づいてしまえばオールレンジ攻撃はできない)

マミのふところまで潜りこむと、キュゥべえはアッパー気味のパンチを繰り出した。

それに対してマミは、リボンやマスケット銃で防御をしようともせず、ただ立ち尽くす。

そして、低くつぶやいた。

「ルジェンド・レオネッサ」

「え?」

737 : 41話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/11/23 01:16:52.41 8yV2yNpC0 316/394

意味の分からない言葉に呆気にとられる暇もなく、巨大な光の玉となって負の感情エネルギーの塊が降り注ぐ。

そして、その光はマミの周りにクレーターを作り、そのすぐ足もとで漆黒のレオタードを着たらんまの体は
ぺしゃんこに押しつぶされていた。

(……わめく……雌ライオン? なんだソレ?)

動けないながらも意識のあった杏子は頭の中でマミのセリフを即席翻訳した。

父親が仕事がらみでイタリア語に詳しかった影響で、多少は分かるのだ。

「今のは、獅子咆哮弾だね。闘気が足りない分は魔力で補強している」

立ち上がりながら、キュゥべえは言う。

(獅子咆哮弾は愛と勇気の魔法少女っぽくないよね)

密かに意識を取り戻したさやかが内心つぶやいた。

「一度は魔女になったキミならできないはずはないわけだ」

キュゥべえは反撃を試みて殴りかかる。

「よくも、騙してくれたわね!」

が、拳があたる直前でマミはまたも獅子咆哮弾……もといルジェンド・レオネッサを落とした。

「え? 会話がかみ合って――」

ルジェンド・レオネッサにキュゥべえの言葉は遮られる。

近距離に入ってしまったのが運のつきで、広範囲攻撃のルジェンド・レオネッサは小手先ではかわせない。

「おまけに家もつぶされた!」

「賠償金、パパの遺産じゃ足りないかも知れない!」

「魔女になってる間に勉強も遅れた!」

マミが一言いうたびに、キュゥべえに光の柱が襲いかかる。

それも、逃げる間もなく立て続けだ。

「ウエスト細いのにデブって言われた!」

「それはボクのせいじゃな――」

反撃しようとしても、セリフごと力づくでたたきつぶす。

「胸のせいでチカンに狙われやすい!」

「肩がこりやすい!」

「スクール水着のサイズ合わなくて余計なお金かかった!」

マミのルジェンド・レオネッサは続く。

(マミさん、それもう八つ当たり)

巻き込まれないように這いつくばって逃げながら、さやかはそう思った。

(あたしが今、お前に獅子咆哮弾食らわしてやりたい)

杏子は少し自分のソウルジェムが濁った気がした。

「――信じてたのに!」

特大のルジェンド・レオネッサが降り注いだ。

そして、怒号の嵐が止み、黒い衣装のらんまが地面に深くめり込んでいた。

ただひとり、クレーターの中に立つマミは大粒の涙を落とし終えると、らんまの体がもう動かないことを確認した。

そして、急に笑顔に変わって一言もらす。

「ふぅ、すっきりした」

~第41話 完~

742 : 42話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:18:50.72 croPxM6o0 317/394

~第42話~

(ありえない……)

その肉体はすでに活動限界を超えている。

この状態では一時的に表層意識を遮断して回復に集中せざるをえない。

完全に気絶しているように見えるそれを、三人の少女たちと一人の老婆が囲い込む。

「……動かねぇな」

「死んではいないの?」

「今、試してみるわ」

黄色い髪の少女が、その倒れた肉体に向けて銃弾を発砲した。

その弾は、当たる直前で、突如現れたタタミによってはばまれる。

「ふむ、これでは埒があかんの。なびきが来るまで待つしかないようじゃ」

そう言った老婆はまだよろよろとしている。

(ここまで想定と違うなんて、通常ありえない確率だ)

意識の途絶えた女らんまの肉体を守りながら、キュゥべえは思った。

一人ひとりが想定を超えた戦力を発揮している。

武闘家たちだけなら、もともとキュゥべえの専門外なのだから想定以上の働きをしても驚くほどのことではないかもしれない。

しかし、自分の契約した魔法少女たちが、一人は一度魔女にまでなり他もその直前まで陥れたはずの弱者たちが
どうしてここまでしぶとく戦い続けることができるのか。

そして、考えようによっては、何の戦力もなく特別に頭が良いとも言えない鹿目まどかに追い込まれているのだ。

いくら素質のずば抜けているまどかとは言え、そんなことがありえるのか。

(ありえない)

どれだけ計算を繰り返しても導き出される答えはそれだった。

考えてばかりいても仕方がない。

壊れたパイプからあふれる熱湯が大小の湯だまりをあちこちに作り、熱気は十分にある。

少し待てばまた強力な魔龍昇天破を撃てるだろう。

(今は回復に集中して、タイミングを見計らって魔龍昇天破を撃って反撃を開始する)

そう、キュゥべえが行動を決めた瞬間だった。

「飛龍、昇天破!」

コロンが突如、飛龍昇天破を放った。

それはちょっと強い風……少なくとも魔法少女たちにとっては何のダメージにもならない程度の威力だった。

しかし、ヒラヒラした衣服をめくるには十分な威力で、魔法少女たちはとっさにスカートを抑える。

「おばあさん?」

マミがコロンをいぶかしげに見た。

これが八宝斎ならセクハラの現行犯確定だっただろう。

「うむ、熱気が溜まりすぎればまたさっきのような魔龍昇天破を撃ってくるじゃろうからな。
こうして溜まる前に熱気を消費してやるのじゃ」

(!?)

コロンの説明にキュゥべえは内心絶句した。有効な反撃手段がひとつ封じられたのだ。

そもそもキュゥべえはコロンが飛龍昇天破の使い手だと知らず、乱馬がコロンから教わった技だなどとは知る由もない。

だから、そんな対策をされるとは思ってもいなかった。

「あ、なるほど。雪崩対策みたいな感じね」

そう言ってうなずくさやかのマントがゆっくりと垂れさがった。ようやく風が止んだのだ。

「それじゃ、あとは直接的な反撃を防げば良いわけだな」

743 : 42話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:20:16.78 croPxM6o0 318/394

今度は杏子が槍を網状にして倒れた女らんまの肉体を取り囲んだ。

「これで超スピードで奇襲だとか、そういう手も使えねーはずだぜ」

(なんてことだ。これじゃあ回復が間に合っても逆転の手段が……)

そう思ったキュゥべえの感覚に、ふと違和感のある魔力が入ってきた。

(これは……暁美ほむらの魔力だ!)

並行世界、あるいは近未来から来たというあの魔法少女は能力が独特なこともあって、魔力も特徴的で分かりやすい。

ただし、魔力量があまり大きくないので注意をしていないと気がつかないだろう。

それが今、近づいてきている。

(マミも杏子も、みんなボクに集中していて気が付いていない)

それは、チャンスだった。

「違う、まどか。そっちの旅館を右、え? 行き過ぎてない?」

魔力消費を抑えるためだろう、さやかは携帯電話でまどかと連絡を取っている。

この調子では、まどかとなびきがここにたどり着くまでにはまだ時間があるだろう。

おそらくそれより早く、暁美ほむらが到着する。

「おや、もう着いたかの?」

「え? 鹿目さんたちはまだ迷って――」

コロンが目ざとく、離れた場所に人影を見つけて振り向いた。

その瞬間、キュゥべえは女らんまの体を極限まで強化して、地面に全力のパンチを打った。

「な!?」

「うわっ!」

大地が割れ、杏子の作った格子のドームがゆがむ。

キュゥべえはその隙間からすばやく抜け出した。

「逃がさない!」

マミがすかさず散弾を放った。

「魔龍昇天破!」

らんまの体が叫ぶ。

もちろん、ここで全力の魔龍昇天破を使っても、先ほどコロンが熱気を消費したために大した威力にはならない。

キュゥべえの目的は攻撃ではなかった。

かならず自分が竜巻の中心に来る飛龍昇天破とは違い、魔力で闘気を操る魔龍昇天破においては、
自分自身が竜巻に巻き込まれてしまう可能性がある。

それは逆にいえば、自分自身に魔龍昇天破を当てることが可能ということだ。

キュゥべえは自らが操るらんまの体に、小型の、しかし集約された竜巻をぶつけた。

すると、その体は竜巻に押されてすさまじい勢いで舞い上がった。

当然、マミの攻撃はかわされる。

「そんな使い方が!」

コロンは飛龍昇天破のエキスパートであっても魔龍昇天破の使い道は知らない。

完全に予想外といった面持ちだった。

「逃がすか!」

杏子は槍を投げるがキュゥべえのすさまじいスピードに追いつかない。

さやかも空の上までは追いかけられない。

そして、キュゥべえの落下する先には、今ここについたばかりのほむらが居た。

744 : 42話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:21:03.56 croPxM6o0 319/394

「な? なんであんたがここに!?」

「やばい、逃げろ!」

さやかと杏子が口々に叫ぶ。

「――え?」

魔力で無理やり体を動かしているだけのほむらが、その奇襲に対応できるはずもなかった。

猛スピードで飛んでくる赤黒い影を前に呆然と立ちすくむ。

だが、ほむらの横にいる人間にとっては対処のできるスピードだった。

「ペットボトル持ってきてよかたネ」

片言の日本語をしゃべるグラマーな少女は頭からペットボトルの水をかぶる。

「ね、ねこぉぉぉおおおっ!?」

ほむらに攻撃を加える直前で、キュゥべえは大きく飛び退いた。

片言の少女こと、シャンプーがらんまの肉体の最大の弱点であるネコに変身したからだ。

そして、偽らんまにネコ状態の自分が有効であると判断したシャンプーは、素早くその偽らんまの体に飛びつく。

「うぎゃあああああああああっ!!」

その体は絶叫をあげて無秩序かつ縦横無尽にかけまわる。

「シャ、シャンプー来るなと言ったはずじゃぞい! はやくそこから降りるんじゃ」

コロンが言うが、シャンプーは激しく動き回る偽らんまの上に乗っかって飛び降りるのも難しい。

杏子やさやかは手の出しようもなく呆然とキュゥべえの方を見つめ、
ほむらはここまで来るのに疲れたようでへたり込んで肩で息をしている。

「ま、まあいいんじゃないかしら、あの状態なら攻撃されることはないはず――」

「ダメじゃ!」

マミの意見にコロンは激しく首を横に振った。

「ヤツがアレに気づいたら……」

コロンがそう言っている間にも、キュゥべえはらんまの体を使ってネコのシャンプーを強引につかんだ。

体全体は、全力で拒絶しているにもかかわず、その右手だけはネコを強く握りしめて離さない。

「あれは、引きはがそうとしてるんじゃないわ!」

異変に気づいてマミが言う。

「わざとネコを捕まえてるって言うんですか? なんでそんなことを?」

さやかの質問にマミは答えられない。代わりにコロンが答えはじめる。

「ムコ殿には普段は使わない隠し技がある……」

「あいつ、まだ技があったのかよ」

杏子が半ばあきれながら言った。

そんなやり取りをしている間にも、キュゥべえの入ったらんまの体はピタリと足をとめた。

足を止めながらも決してネコをつかむ手は離さない。

シャンプーは苦しそうに鳴き声をあげた。

「く、もはや手遅れか。はじまったぞい」

コロンが言うまでもなく、偽らんまの雰囲気は変わっていた。

その瞳は暗闇の中でらんらんと輝き、その口は獲物を求める猛獣のように半開きで犬歯をむき出しにしている。

「……あれは、キュゥべえじゃないわ」

銃を構えながら、マミが言った。

「だが、乱馬でもねぇ」

745 : 42話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:22:38.04 croPxM6o0 320/394

杏子の額から汗が流れ出た。

乱馬でも、キュゥべえでもない、だが確かに激しく荒れ狂うような闘気を感じるのだ。

「じゃあ、誰なのさ?」

さやかが恐る恐るたずねる。

「ネコじゃ」

「へ?」

コロンのあまりに簡潔で、迫力のない答えに魔法少女たちは目が点になる。

「猫拳と言ってのう、ムコ殿はネコへの恐怖が限界に達した時自身がネコになりきってしまう。
ただし、それはムコ殿の主観を通した、恐怖の権化としてのネコじゃ」

「乱馬にとっての……ネコだと!?」

乱馬ほどの強者が心底恐れ、近づいただけで戦意を喪失するバケモノ。

そう考えれば、とんでもない怪物のように思えてくる。

が、それがネコだという現実が、魔法少女たちの感覚をマヒさせた。

「所詮はネコでしょ! そんなのどうとでも――」

さやかは真っ先にネコの化身となったらんまに飛びかかった。

「ニャアアアッ!」

ネコのシャンプーを放り投げると、その猛獣はさやかに応戦しようと飛びあがる。

交錯の瞬間、猫拳らんまは体を回転させて体の位置をずらす。

さやかは反応が間に合わず、剣を大きく空振りさせた。

そして、猫拳らんまの後ろ脚で蹴り飛ばされる。

「ぐっ、このっ!」

さやかは着地するとすぐにまた猫拳らんまに襲いかかった。

その反撃の早さにさしもの猛獣も驚いたようで、後ろを向いたまま逃げ出した。

「逃がさないよ!」

いかに猫拳らんまでもスピードではさやかにかなわない。

あっという間に追いつかれる。

が、さやかが追いついた瞬間に、猫拳らんまはひらりと身を翻して反転した。

「あっ、こいつ?」

さやかは急に止まることもできず、そのままオーバーランして大きく間をあけられた。

「だー、もう何やってんだよ」

その隙に、今度は杏子が猫拳らんまに槍を向けた。

しかし、攻撃する暇もなく杏子の肩に切り傷をつけて猫拳らんまは通り過ぎた。

(スピードがあって反射神経が極端に高い……あの黒い魔法少女と同じタイプだ)

そう思った杏子は、槍を長大な多節棍に変え、猫拳らんまの行く先に先回りさせた。

「これでどうだ!」

そして、さらに多節棍を伸ばし、ぐるりと猫拳らんまを包囲する。

「ニャア?」

猫拳らんまは少しの間不思議そうな顔をしたが、すぐに杏子に向かって走り出した。

「へ、ネコになっちゃ頭が働かねーみたいだな。全身ボキボキになりやがれ!」

杏子は猫拳らんまを縛り上げるべく、一気に多節棍の包囲を縮まらせる。

「ニャー!」

746 : 42話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:23:42.27 croPxM6o0 321/394

が、猫拳らんまは苦も無くわずかな棍の隙間をするりと抜け出した。

「は? 体の柔らかさもネコ並みかよ!?」

杏子はすぐさま新たな槍を出して攻撃するがあっさりと避けられて、足に深い切り傷をつけられる。

「ぐああ、畜生!」

杏子は分身を出して、後ろから猫拳らんまを突く。

動物の勘か、猫拳らんまはそれも避け、そして嗅覚で本物をかぎ分けて攻撃を続ける。

「杏子から離れなさい!」

次はマミが、杏子の分身の後ろから狙撃をした。

その魔力弾は杏子の分身を貫いて猫拳らんまの後頭部に命中する。

そうして猫拳らんまが倒れた隙に、杏子は槍を幅跳びの棒のように使って逃げた。

「ふぅ、さすがに分身の後ろからの攻撃は分からなかったみたいね」

マミは安堵のため息をつく。

が、そうしている間にも、猫拳らんまの後頭部の傷はみるみるうちにふさがれた。

「むむっ!? キュゥべえの奴は体をコントロールせずに回復に専念しておるということか」

コロンが言った。

猫拳自体はらんまの体の拒絶反応の一種なのだから、キュゥべえが操作することはできないはずだ。

操作できるとしても先ほどシャンプーを捕まえていたように体の一部だけだろう。

どうやらキュゥべえはその一部を、回復魔法を使うことに割り振ったようだ。

そして、操縦のきかない猫拳らんまは狙撃してきたマミを標的に定めて向かっていく。

「私に触れられるかしら!?」

マミは、リボンを伸ばし四方八方から猫拳らんまを撃つ。

またもや動物の勘か、あるいは音や匂いで弾の軌道が分かるのか、猫拳らんまはスイスイかわしながらマミに近づく。

全部かわされるとまでは思っていなかったものの、近づかれるまではマミの想定の範囲内だ。

「来たわね、ルジェンド・レオネッサ!」

想定通り、マミは巨大な負の感情エネルギーを撃ちあげる。

だが、それを落下させるよりも早く、猫拳らんまはマミの頭にかみついた。

「え? あ、痛い! 痛い!」

想定外のスピードと攻撃にあわて、マミは必死に猫拳らんまを引きはがそうとする。

しかし、それより先に、マミが自分で撃ちあげたルジェンド・レオネッサが落下してきた。

「あ、しまっ――」

セリフを言いきるより早く、マミは猫拳らんまごと、光の柱に押しつぶされた。

獅子咆哮弾ことルジェンド・レオネッサは直下型で使う場合、使い手自身がダメージを受ける可能性がある。

そうならないためには、直撃の瞬間に気が抜けた状態にならねばならない。

マミも良牙同様、その瞬間に悲しみに身を任せて気を抜いているのだが、今回はかみつかれてそれどころではなかった。

マミはもろに自分のルジェンド・レオネッサの直撃を受けて倒れた。

一方、同じくルジェンド・レオネッサが直撃した猫拳らんまはキュゥべえの素早い回復によりすぐに立ち上がった。

「マミさんっ!」

猫拳らんまのマミへの追撃をさせないため、さやかが再度、攻撃に向かう。

だが、やはりさやかの攻撃はあたらない。

スピードでは勝っていても、ネコ並みの簡単な情報処理を人間の脳を使って行う猫拳らんまと、
脳はただの人間でしかない魔法少女では情報処理のスピード、つまり反射神経が違いすぎるのだ。

747 : 42話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:26:37.36 croPxM6o0 322/394

至近距離でしばらく斬り合ったが、やがてさやかは体中ズタズタに切り裂かれた。

「やはり、ワシが行くしかないようじゃの」

さやかがやられる前にと、今度はコロンが割り込んで、猫拳らんまを杖で突き飛ばした。

猫拳らんまは飛ばされながらも宙返りをして無事に着地する。

「ニャ? ニャアアアァア、フーッ! フーッ!」

そして、コロンの闘気を感じてか、敵意をむき出しにした。

「猫拳は苦手なんじゃが……」

そう言いながらも、コロンは飛びかかってきた猫拳らんまの爪をきわどくかわして杖で反撃した。

猫拳らんまは地面に叩きつけられて、ダメージを受けるが、それでなおさら気を荒立たせる。

そしてまたもや向かってきた猫拳らんまに、コロンは服の一部を切られた。

(無限回復の猫拳、ワシでは勝てぬ。援軍が来るまで耐えるしかないが……はたして耐えられるか)

コロンは冷や汗をかいた。

***************

『大丈夫アルか?』

地面に膝を落として呼吸を整えているほむらにネコ状態のシャンプーがよたよたと近づいてきた。

ただ放り投げられただけのことだが、うまく着地できなければネコの身には結構なダメージなのだ。

『ダメだわ、あの状態じゃ使えない』

ほむらは会話の通じていない返事をする。

『ワケがわからないネ』

『ここで、魔女になっちゃ意味ないのよ』

またもほむらはシャンプーには理解できないことを言う。

熱と疲労で頭が回らなくなっているのではないかと、シャンプーは不安になってほむらの顔をのぞきこんだ。

すると、今にも死にそうなほど細い体が肩で息をしているというにも関わらず、ほむらの目は完全にすわっていて、
まっすぐにキュゥべえが入っている猫拳らんまの方を凝視していた。

「ニャッ!?」

ほむらの鬼気迫る表情に、思わずシャンプーは猫語で驚きの声をあげた。

「ねこぉ!?」

そのシャンプーの声に反応して、遠くから男の声が聞こえた。

ネコにそんなにびっくりする男は一人しかいない。

そこに現れたのは、男の乱馬と良牙、そして八宝斎だった。

『乱馬~、よく来てくれタ。ワタシ、熱烈歓迎うれしいね!』

シャンプーはテレパシーを意識して念じてみる。

が、ほむらはテレパシー中継まではしてくれないらしく、誰も反応を示さなかった。

「シャンプーにほむらか、お前らは待機じゃなかったのか?」

ネコのシャンプーを恐れて近づけない乱馬に代わり、良牙が聞いた。

「……私に、インキュベーターを倒す手段があるわ」

ほむらは振り向きもせずそれだけを答えた。

シャンプーがニャーニャー騒いで「私にも喋らせろ」とねだるがほむらは完全に無視している。

「そ、そうなのか?」

ほむらに近寄りがたい雰囲気を感じて良牙は若干引いた。

が、聞かなければならないことを思い出し、血相を変える。

748 : 42話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:28:58.31 croPxM6o0 323/394

「それより、マミちゃんは無事か!?」

「ワシのブラジャーが、幸せの黄色いブラが消えてしまったのじゃぁ~」

良牙の言葉に続けて八宝斎が言った。

その声は弱々しく、姿もほむらに匹敵するほど弱りきっていた。

ここに来るまでに、らんまが身に着けていたマミ特製の魔法のブラが溶けて消えてしまったということだが、
当然、ほむらには何を言っているのか分からない。

そして元々ノリのよくないほむらがこんな表情の時に突っ込んでくれるはずなどなかった。

「……さあ」

ほむらの答えはそれだけだった。

「ニャー、ニャーッ!」

会話に割り込むようにして、シャンプーが前足である方向を指し示す。

その方向では、コロンが黒いレオタードを着た偽らんまと戦っていた。

それも、乱馬や良牙からはかなり押され気味に見えた。

さらに、三人の魔法少女は全員倒れこんでいる。

「マミちゃんたちを救出するぞ乱馬!」

良牙は居ても立ってもいられずに飛び出す。

「あの動きは、もしかして――?」

乱馬がそう思っていると、テレパシーが届いた。

『乱馬、良牙、あたしは何とか生きてる。今からばーさんにつなぐ』

簡潔にそれだけを伝えたテレパシーは杏子のものだ。

『聞こえるか!? 良牙はキュゥべえに、ムコ殿はおなごたちを巻き込まれないように避難させてやってくれんか』

次に、コロンのテレパシーが届く。無論、杏子が中継したものだ。

『ババア、あれはやっぱり――』

『うむ、猫拳じゃ』

『なんだか知らねぇが、俺が行けばいいんだな?』

『早く代わってくれ。ワシではやられんように戦うのが精一杯じゃ』

話はまとまり、良牙はバンダナを飛ばして猫拳らんまの気をそらした。

その隙に、コロンは猫拳らんまから逃げる。

そして、乱馬はまず杏子の元に行く。

「……わかんねーな、良牙の奴でアレに勝てんのか?」

乱馬に起こしあげられながら、杏子がつぶやいた。

良牙はらんまの体を使ったキュゥべえには完全に負けている。

そのキュゥべえ入りらんまと渡り合った自分や、ノックアウトしたマミが猫拳らんまには完敗だったのだ。

単純に考えれば、猫拳らんまと良牙との戦力差はそうとう大きいように思える。

それなのに、良牙に任せてしまうコロンと乱馬が杏子には不思議に思えた。

「なに言ってんだか。やっぱオメーにゃまだ無差別格闘流は名乗らせられねーな」

乱馬は杏子に肩をかしながらそんな軽口を叩く。

「もしかして、時間稼ぎのためにギセーにする気か?」

無差別格闘早乙女流は臨機応変をモットーとし、敵前逃亡や罵詈雑言なども利用するなんでもアリの流派だ。

負けると分かっていて仲間をけしかけるぐらいのことはやりかねないと杏子は思った。

「ああ、それもアリだが今回はちげーよ。技にはな、相手によって有利不利がある。
……猫拳で良牙に勝てるなら、オレがとっくにやってるさ」

749 : 42話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/03 01:29:50.98 croPxM6o0 324/394

そう言って乱馬は自信に満ちた笑顔を見せた。

そんな会話をしている間にも、ターゲットを変えた猫拳らんまはすさまじいスピードで良牙に襲いかかる。

またたくうちにも、良牙の体に赤い傷が刻まれていく。

一方、良牙の攻撃はまるであたっていない。

「ムコ殿、何をボサッと観戦しておる! 若いのじゃからムコ殿が二人もたんか!」

猫拳らんまと良牙の戦いを振り返りもせず、コロンが乱馬に息も絶え絶えなマミを押しつけた。

そのコロンはさやかを抱えている。

「わわ、乱暴に扱うなよ」

乱馬はあわててマミをキャッチした。

「しかし、回復役がつぶれてるのは辛いな。今日はここで一泊してくしかねーか」

そして、早くも事後の話をはじめる。

「……おいおい、本当に大丈夫なのかよ、良牙の奴やっと一発当てただけだぞ」

杏子が不安を口にした。

すると、コロンが満面の笑みを浮かべる。

「ほう、一発当たったか。これで勝ちじゃな」

「え?」

杏子は目を点にして、猫拳らんまと良牙の方を見た。

一発食らっただけの猫拳らんまは明らかに動きが悪くなってきている。

一方の良牙は無数の攻撃を受けたにもかかわらず、相も変らぬ力強い攻撃を繰り出していた。

そして、二発、三発とどんどん良牙の攻撃が当たり、猫拳らんまは手数が少なくなっていく。

やがて、猫拳らんまは反撃もできなくなり一方的に良牙に殴られるようになった。

これでは回復させても追いつかないだろう。

「猫拳だかなんだか知らねぇがな、卑怯じゃねぇ乱馬なんて怖かねーんだよ!」

最後に、良牙は獅子咆哮弾を決めて、猫拳らんまを完全に気絶させた。

「おーい、アンタ言われてるよ」

杏子はジト目で乱馬を見て言った。

「あんにゃろ……」

乱馬は苦い顔をして良牙を見つめる。

横でコロンが含み笑いをしていた。

「まあ、言い方はともかくだな、パワーとタフネスに差がありすぎる。
身体強化も無しに良牙と真っ向から殴り合って勝てるわけなんてねーんだよ。
頭がネコ並みになる猫拳じゃああなるのがオチだ」

「なるほどな、アンタは実力じゃ良牙に勝てないわけだ」

杏子はわざとらしく、感心したような声色を作った。

「その言い方やめっ」

乱馬はますます苦虫をかみつぶした様な顔をするのだった。

~第42話 完~

757 : 43話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:15:34.76 YQGMVheA0 325/394

~第43話~

「みんな!」

「はー、やっと着いたわね」

満身創痍の男女が集まるところへ、ようやくまどかとなびきが到着した。

「――だから来るなと言ったのにじゃな!」

「ニャー……」

何やらコロンがネコに説教をしているが、気にせずまどかはまっしぐらに駆けていく。

「またコケるわよ」

まるでそのなびきの言葉に合わせるようにつまづきかけて、それでもまどかはなんとか体勢を立て直した。

一方で、良牙も八宝斎も、杏子も意識を取り戻したマミとさやかも、ほむらもみんな傷や疲れを癒すように座り込んでいた。

ここに着いてから戦闘をしていない乱馬はキュゥべえがまた動き出さないか監視している。。

「おお、やっとついたか。早く、蛙溺泉の水を」

その乱馬がまどかに声をかける。

「え……あ、そっか、乱馬さん……だよね?」

はじめて男の乱馬を見たまどかは戸惑った。

「そーそ、これがホントの乱馬くんよ。こんな男がちょっと前まで魔法少女なんてやってたワケ」

いちいち余計なことを口にして、なびきが寄ってくる。

「ああ、そっか。この姿ははじめて――でっ!? ってね、ねこ!?」

今まで暗かったので気付かなかったが、乱馬はまどかがネコのエイミーを抱えていることに気がついてへたりこんだ。

「ニャー?」

過剰なリアクションをとる人間を、不思議そうにエイミーは見つめる。

「ニャッ」

そんなエイミーにシャンプーが声をかけた。

「あっ」

するとエイミーはまどかの腕からするすると抜け出して、シャンプーと一緒に乱馬から遠ざかった。

「あのネコ……」

「シャンプーちゃんよ。まどかちゃんも変身するのは知ってたでしょ?」

まどかが質問を言葉にする前に、なびきは回答する。

「そっか、乱馬さんが怖がるからって連れてってくれたんだ」

まどかはネコ同士のなごむシーンに表情をほころばせる。

「シャンプーの奴、ついに猫語まで……」

一方、同じ動物への変身もちの良牙は沈痛な面持ちでつぶやいた。

「えーと、それでキュゥちゃんはどこ行ったのかしら?」

なびきは呪泉郷の水が入ったボトル缶を片手に探しまわる。

「あ、おい、危ないぞ」

座り込んだまま、杏子がなびきに警告する。

「えっ?」

なびきがそう言って振り返ったその時、ボロボロになった黒いレオタードの女らんまがなびきのすぐ前に立ち上がった。

魔法少女たちにはもうキュゥべえを防御魔法で囲ったりするほどの余力は無かったのだ。

「あ、やば――」

「ち……」

瞬時に、さやかが飛び、なびきを抱えて逃げる。

758 : 43話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:16:35.75 YQGMVheA0 326/394

「勘弁してよ、あたしも魔力残りないんだから」

そう言ってさやかはなびきをそっとおろした。

「ごめん、ごめん……でも、あれってもう大丈夫じゃない?」

なびきはそのキュゥべえの入ったらんまの体を指さす。

さやかが振り返って見ると、それはやけにくすんだ色の肌をして、遠目でも分かるパサパサの髪がポトポトと落ちていた。

やがて、全体的に体がしわしわになり、髪の毛が白く染まっていく。

その様子はどう見てもお年寄りで、とても強そうには見えなかった。

「どうなってんだ!? オレの体が?」

乱馬が驚いて叫ぶ。

「あれは……老化現象です」

マミがそれに答えた。

「バカ野郎、オレはまだそんな歳じゃ――」

「黙って聞け」

目の前で異常な速度で老けていく自分の体にあせる乱馬を、良牙が黙らせる。

「私たちの魔法は本物の物質を作ることはできません。あくまで一時的に、魔力に物質のフリをさせるだけ……
だから、回復魔法も血や肉を増やしているわけではありません」

「それで、マミちゃんが作った下着が消えたのか……」

マミの説明に良牙が口をはさむ。

八宝斎がらんまからはぎとったマミの魔法のブラは、マミがノックアウトされた時に消えたのだ。

「お主ら何を話しておるんじゃ? 消えたワシのスイーツが何か関係あるのか?」

当の八宝斎は、何も分かっていない様子だった。

さもありなん、いまだになぜここに連れてこられたのかも分かっていないのだ。

「回復魔法の基本はもともと人体に備わっている回復機能を促進させることで、効率的に回復させるには先に魔力で
偽の血や肉や皮を作って傷口をふさいでから、後から徐々に本物の細胞と入れ替えます」

マミは説明を続ける。

「なるほど、そうやってたんだ」

さやかが感心したように言った。

「え? アンタ理屈知らずにやってあの回復力なのか?」

そのさやかの発言に杏子が目を丸くした。

「え? あんたは知っててあの回復力なの?」

そんな杏子は逆にさやかに驚き返される。

「いや、あたしはこの話は理解できねー、むかし何度か説明は受けたけど」

杏子はバツが悪そうに顔をそむけた。

「――だから、大けがを回復させる場合は急激に細胞分裂を増やさなければならないわけです。
そんな回復魔法を使い続ければ、あっという間に老化してしまうでしょう」

マミのざっとした説明が終わる。

「ええと、つまりは……」

まどかは必死に生物の授業を思い出そうとする。

(それでいいのか保健委員!)

さやかはつっこみを内心に留めておいた。

(老化……老化は成長と同じ……まさか、マミの一部分の成長がやたら早いのはそれが原因か!?)

杏子もまた、声に出せない想像を膨らませていた。

759 : 43話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:17:25.82 YQGMVheA0 327/394

「つまり、あの体はもう限界ということじゃな」

コロンがそう話をまとめた。

その言葉通り、キュゥべえは息をすることすら辛そうな様子で朽ちかけた体にしがみつき、立ち尽くしていた。

「それでも、あたしは近づかない方が良さそうね」

そう言ってなびきは蛙溺泉の水が入ったボトル缶をかかげて見せた。

キュゥべえにそれをかける気のある人は取りに来いということだ。

「私がいきます」

そこに、予想外にもなびきと同じ非戦闘員のまどかが取りに来る。

「え?」

「おいおい!」

周りがあわてるが、まどかはかまわずボトル缶を受け取った。

「大丈夫?」

なびきはボトル缶を渡してからまどかに聞いた。

「大丈夫です。エイミー、おいで」

まどかはなびきにきっぱりとそう言って、エイミーを呼び寄せた。

ネコがいれば大丈夫ということだろう。

しかし、安心しきれない魔法少女たちに乱馬、良牙、コロンは立ち上がり、傷だらけの体に鞭打って臨戦態勢をとった。

キュゥべえが不審な動きをすればすぐにでもまどかをかばい、キュゥべえを攻撃するためだ。

そのキュゥべえはゆっくりと近づいてくるまどかと、周囲を見回した。

(身体の機能低下が著しい、かなりの物理的な栄養補給がなければ元の性能に戻ることはできない)

キュゥべえはその大分低下した視覚で周囲を見渡した。

魔法少女3名、武闘家4名、魔法少女兼武闘家1名、一般人2名、ネコ2匹。

ほぼ全員が重度の疲労や負傷の状態だが、今のこの体では全滅させることは不可能だ。

向かってくるまどかを急襲するのもネコを抱えている以上難しい。

その一方で、相手にもキュゥべえを蛙にすることの他に、それ以上どうにかする方法は無いはずだ。

「どうするつもりだい? そんなものを使ってボクを閉じ込めたってキミたちには何もできないのに」

その言葉通りこの肉体を破壊されても、キュゥべえ自身には被害はない。

知りすぎた上に例外だらけのこの一団を始末する手だてが無くなってしまうことは痛手だが、せいぜいそのぐらいだ。

カエルにされたって、どうせすぐに肉体が死んで元の体に戻れる。

「カエル一匹生きながらえさせることができないと思う?
ずっと捕まえといて、どうすればあんたを倒せるのか研究させてもらうよ」

キュゥべえの問いにさやかが答える。

「無理だね。ボクが与えたその力を使っているに過ぎない魔法少女たちにも、その願いによって
文明を発展させてきたすべての人間も、ボクたちインキュベーター無しでは何もできない――」

「小賢しいわ」

コロンがそこで割って入る。

「数人の魔法少女すら満足に管理できない分際で、全人類を支配しておるつもりとは片腹痛いわ。
中華5000年の歴史はそこに住む無数の人々の意思によって築き上げられたものじゃ。
数名の英雄の働きだけで出来たものでも無ければ、ましてやキサマの怪しげな術で作られたわけでは断じてない」

断固としてコロンは言い切った。コロンは自国の歴史に自負心を持っている。

当然、それをバカにされて黙っているはずがなかった。

(でも5000年はちょっと言い過ぎだよね)

さやかは密かにそう思う。

760 : 43話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:19:01.91 YQGMVheA0 328/394

「そんな言葉遊びの問題じゃないのさ。ボクたちは文明の黎明期から人類に干渉し、
魔法少女の願いによって人類が発展してきた、それは変えようのない事実だ」

そう言ったキュゥべえの、老いた体を通して出る声は、わずかにしわがれて聞こえた。

「それじゃ聞くけどさ、今の私たちの社会って全部キュゥちゃんにとって都合の良いようにできてるの?
警察ができたり、電話やインターネットで連絡がとりやすくなったり、どっちかと言えば
発展すればするほどキュゥちゃんが動きにくい世の中になってると思うんだけど?」

今度はなびきがキュゥべえに質問した。

「直接ボクたちの活動に害にならないものは放っておいてあげているだけさ」

「言いワケだな」

キュゥべえの言葉を、杏子が否定する。

「風林館から見滝原、風見野までの広い範囲に一匹しかいなくて、そこの中国組の地元ににゃ一匹もいないんだろ?
仲間が足りなくてあちこち手が回らないだけの話じゃねーか。『放っておいてあげている』とは情けねぇ言いワケだぜ」

「それに、杏子も美樹さんもあなたの思っていた以上の力を発揮したはずよ。
ここにいる私たちも、人類も、あなたの手の中に収まっているだけの存在ではないのよ」

マミが杏子に続けて発言する。

「あなたは確かに特別な力を得たり、人が文明を発展させるためのきっかけを与えてくれたかもしれない。
でも、きっかけだけで全ては決まらない。そこから先は私たち自身の意思でしかないわ」

「いいや、違うね。マミ、キミが魔女から元に戻ったような奇跡は二度と起こせるようなものではない。
魔法少女となった者も、ボクたちの家畜として繁栄してきた人類も、絶望して資源になる運命は覆せない」

キュゥべえはそう言いながら、密かに脚を強化した。

「愚かじゃな、お主はワシらを家畜や資源として使っているように思っておるのじゃろうが、実際は逆じゃ。
人の歴史から見れば、お主らの方こそ文明の発展のために利用される消耗される資源に過ぎぬ」

コロンが再び言い返す。

そうしているうちにもまどかがキュゥべえに近づいてくる。

全員の目が自分と近づいてくるまどかに注がれた。

(これは、チャンスだ)

キュゥべえは密かにそう思う。

「……どうして絶望は信じられるのに、他の感情が絶望に勝つこともあるのが信じられないの?」

キュゥべえの目の前まで近づいてきたまどかが言った。

「それは、全ての生物は死という絶望から逃げられないからさ。希望はかならず絶望に転化する」

「じゃあ、キュゥべえが人間の心の中には入れて、魔女の心の中には入らないのはどうして?」

「魔女の精神に呑まれたらボクも危ないからさ」

まどかは質問をしながらもきちんとエイミーを前にしている。

加えて今の老体では捕まえて人質にするということも難しいだろう。

何をしでかすか分からないまどかのような人間はリスクが高すぎる。

「……キュゥべえ、本当は怖いんでしょ?」

「え? ボクにはそんな感情は――」

思わず、キュゥべえは気を取られた。

「一緒にいて分かったよ。キュゥべえは感情がないんじゃなくて、感情を怖がってる」

「何を根拠にそんなことを言うんだい?」

「私が誰よりも怖がりだから分かるの。人に感情を見られるのが怖いから悲しかったり
怒ってたりする時も笑顔を作ってみたり、人の本当の気持ちを知るのが怖いから踏み込めなかったり……」

「それは君だけの話だ」

キュゥべえの反論にひるまず、まどかは続ける。

「それと、終わりが来るのも怖いんだね。だから、体を変えてまで死ぬのから逃げたり、
宇宙の寿命を延ばそうとしたり……」

761 : 43話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:19:53.16 YQGMVheA0 329/394

「それがボクの使命だからそうしているだけさ」

「強がらなくていいんだよ。私もそういうのは怖いから。
でもね、いくら逃げても怖いものは無くならないよ。
ううん、それどころか逃げれば逃げるほど、もっと怖くなるんだよ」

まどかはキッと強い視線をキュゥべえに向けた。

もうまどかはボトル缶を振ればキュゥべえにその水をかけられるほどの位置に来ている。

(まどかと話している場合じゃない、チャンスは今しかない!)

キュゥべえは逃げ出すように後ろに駆けだした。

「逃げないで!」

まどかはエイミーを投げるが追いつかない。

良牙のバンダナに、マミの銃弾と、杏子の槍、それぞれがキュゥべえに向けて撃ち放たれるが
限界まで強化した女らんまの体の脚力に、そのどれもが追いつかない。

「ここは、あたしの出番だね!」

そのキュゥべえよりも早く、さやかが跳ぶ。

「魔龍昇天破」

キュゥべえは小さな魔龍昇天破をさやかに向けて水平撃ちにした。

その威力自体は小さいが、強い風にさやかは足止めされる。

そしてキュゥべえは、何もしゃべらず誰も注目していなかった暁美ほむらにつかみかかった。

「くっ……」

魔法を使っても熱や体調不良をおさえるので精いっぱいなのだろう。

キュゥべえが何の苦労をすることもなくほむらは捕まった。

「……ハァハァ、暁美ほむらを捕まえたよ。殺されたくなければボクに攻撃を加えないことだ」

老化の進んだ体は限界を超えた使い方に耐えきれず息を切らせる。

「てめぇ!」

近くにまで迫っていた乱馬が叫ぶ。

(これで少なくとも逃げられる……)

キュゥべえは思った。彼らに捕まるのは流石にまずい。

捕まっている間、活動ができないことによる時間的ロスがいただけないことがまずひとつ。

それ以上に、自分を実験台にして、あの反転宝珠という精神操作のアイテムを洗脳や人格消去、
あるいは直接的な精神攻撃のアイテムに進化させれば、人間がインキュベーターすべてに対して
有効な攻撃手段を手に入れることになってしまう。

そうなれば、キュゥべえ自身の身の安全が守られないことはもちろん、
この地球を感情エネルギー牧場として維持すること自体が難しくなるだろう。

いったん逃げて、彼らを始末するための対策を練り直さなければならない。

(最悪の場合、『ワルプルギスの夜』を裏返すか……)

キュゥべえがそんなことを考えていたその時だった。

 ズシャ

背中に鋭い痛みが走った。

「……待っていたわ」

三つ編みを揺らしてほむらがニヤリと口元をゆがめる。

彼女が長い針のようなものを突き刺したのだ。

「無駄な抵抗をっ」

キュゥべえはほむらを殴り、その針を抜こうとするが簡単には抜けない。

「峨嵋刺(がびし)と言うのよ。暗器の中でもメジャーなもので、返しが付いているから力づくでは抜けないわ」

762 : 43話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:20:44.72 YQGMVheA0 330/394

殴られて割れた眼鏡では目の前すらもよくわからないだろう。

それでもほむらは決してその針から手を放そうとはしなかった。

「必ず、一番弱い私を狙ってくると思っていたわよ、インキュベーター!」

ほむらがそう言うと、まるでめまいでも起こしたかのように周りの空間が徐々に歪んでいった。

「×○&▲◎!」

「□▽%!?」

周りの人間たちの姿も声もぼやけてはっきりしない。

「これは……神経毒? いや、違う、時空そのものが歪んでいる!
暁美ほむら、何をするつもりだい?」

「素敵なところへ連れて行ってあげるわ」

そして、歪みはどんどん強くなる。

キュゥべえから見れば、もはやすぐ隣にいるほむらの姿すら歪みきっていて人の形をしていない。

やがて風景も歪みきって、地面や建物、空の輪郭すらつかめなくなった。

ほむらの姿はぼやっとした光の玉のように見える。

振り向けば、キュゥべえ自身の体もそのような状態だった。

『まさか、時間軸をずらしたのかい!? 接触することによってそれをボクに共有させた……』

そう言うと、キュゥべえを示す光の玉が大きくゆらいだ。

もうキュゥべえの魂はらんまの肉体から切り離されてしまっていた。

自然と、話した言葉がテレパシーになる。

(いや、ここが時空の狭間だとすれば、肉声による言語とテレパシーの区別など存在しない。
意思という以上の定義ができないんだ)

『ご名答、初めてここに来たのによく分かったものね』

暁美ほむららしき光の玉は、ロウソクの火のようにゆるやかに揺らいでいた。

それがまるで落ち着きを表しているかのようにキュゥべえには思えた。

『……まあいい、一ヵ月前の別の時間軸へ行ってもボクのやることは同じだ。
あの時間軸のまどかだけは守れて満足かい、ほむら?』

そのキュゥべえの問いに、ほむらの魂は笑うように小刻みに揺れた。

『何を言っているの、インキュベーター。一ヵ月前の別の時間軸になんかに行かないわ。ここが、終着地よ』

『なんだって!? そんなことがあるはずがない、ここは時空の狭間に過ぎないはずだ。
座標の計算式を間違えない限りこんなところが終着点になることは――』

キュゥべえの魂はまた大きく揺れた。

『ええ、間違えたわ……わざと!』

『そんな!?』

それが本当だとすれば、キュゥべえはもう永遠に感情エネルギーを集めることも、母星に帰還することもできない。

『いますぐ再計算して、どこかの時間軸へ戻るんだ! キミだってこのまま消滅したくはないだろう!?』

キュゥべえはほむらに迫る。

『あら、お気に召さないのかしら? あなたの望み通り終わりのない世界に連れてきてあげたのに。
残念だけど、私にはもう魔力が残っていないわ。時間軸移動をしようと思ってもこの場で魔女になるだけよ』

『な……』

キュゥべえは絶句した。もうここから抜け出す手段はどこにも残されていないのだ。

『そして、あなたの言う通り、私はじきに消滅するわ。人間の魂は体が無ければ保たれない。
でも、あなたはどうかしら? 肉体に依存しないあなたの魂は、消滅することができるのかしら!?』

(消滅できない? この虚無の世界で、永遠に?)

キュゥべえを表す光の玉は、形を崩したり割れそうになったり、激しく形を変える。

763 : 43話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/08 21:21:50.22 YQGMVheA0 331/394

(嘘だ……そんなことがあるはずが……)

しかし、もはや逃れる術はない。

『私は……そろそろ…………終わり……』

そう言って、ほむらの光の玉は周りの歪みに溶けて薄れていく。

『待つんだ、ボクを置いて消えるんじゃない!』

そう叫んでも、キュゥべえに消えゆく魂をどうにかすることなどできない。

『違う、こんなのはボクが望んだ永遠じゃない!』

終わりも始まりも、苦しみも喜びもない世界、それは終わりと何が違うのか。

唯一の違い、それは永遠に何もない世界を知覚しつづけなければならないということだけだ。

もはやそれは、永遠に終わりの苦しみを味わい続けることと同じではないか。

だとすれば、本当の終わりよりも――死よりもさらに残酷なものだ。

キュゥべえはこんな酷い世界をもたらすためにエネルギーを集めてきたわけではないはずだった。

『なぜ、こんなことに……』

その時、キュゥべえの脳裏にとある言葉が浮かんだ。

  ――希望は必ず、絶望に転化する――

先ほど自分で言った言葉であり、絶望の淵にいる魔法少女たちに何度も投げかけてきた言葉だ。

『ボクの希望が、絶望に転化した? そんなバカな、ボクには希望なんて感情も……絶望なんて感情も……』

希望も絶望ももたないはずだ。

では、これから始まるであろう永遠の虚無を受け入れようとしないこの感覚は何と呼ぶのか。

『怖い? ボクは、この終わりのない世界におびえているのか?』

魂は小さく縮み、風にあおられるマッチの火のように頼りなく揺れる。

『いや、これはさっきまで使っていた乱馬の体の影響だ。そうに違いない。ボクには感情なんて無いのだから』

そう自分に言い聞かせるキュゥべえの中で、ついさっきのまどかの言葉が響いた。

(『逃げれば逃げるほど、もっと怖くなるんだよ』)

『違う、ボクは怖がってなんかいない! 違うんだ、ボクは終わりから逃げたわけじゃない!
立ち向かったはずだ。だから違う、怖くないんだ、これは違うんだ――』

そのちっぽけな魂は不安定に揺らぎ続けた。

~第43話 完~

768 : 44話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:51:27.64 DRe0Wxgr0 332/394

~第44話~

「どうなってんだ、こりゃ!?」

乱馬は再び叫んだ。

「ムコ殿は何かしておらぬのか?」

コロンが首をかしげる。

「いや、オレが触れる前に、二人ともぶっ倒れやがった」

その乱馬の言葉通り、ほむらとさっきまでキュゥべえが入っていた女らんまの体は
操り糸が切れた人形のようにパタリと倒れたのだ。

「どれ、ワシが脈を――」

 バキッ ドスッ

八宝斎が近づこうとすると、良牙とさやかから同時に攻撃が飛んだ。

「その子相手には、真剣にやめとけ」

「次はホントに斬るよ」

そうしている間にも、マミと杏子が、ほむらのそばへ寄った。

「息はしてる……な」

「脈もあるわね。とりあえず、両方とも体は生きてるわ」

二体とも、静かな吐息を漏らしてまるでぐっすり眠っているようだ。

「ソウルジェムはどうじゃ?」

コロンがたずねる。

「あっ、これはっ!」

ソウルジェムを確認すべく、ほむらの左手を持ち上げたマミが驚きの声をあげた。

「ソウルジェムが薄れてる!?」

近くにいた乱馬もまた驚いた。

左手の甲についたほむらのソウルジェムが、まるで幻のように半透明になっているのだ。

「どうなってやがんだ? 魔女になる時だってこんな風にはならないはずだ」

杏子は頭をひねった。

今まで魔法少女をしてきてソウルジェムが透けるなんていう現象は見たことがない。

「……時間移動」

そこで、さやかがポツリと言った。

魔法少女としてベテランであるはずのマミや杏子でも見たことがない現象、
それに思い当たることをさやかは無意識に口に出したのだ。

「……ハッ、それだわ! 確か、暁美さんが一ヵ月前に戻る時はソウルジェムだけが移動するという話だったでしょう?」

マミが手を叩いて言った。

「じゃあ、隣のこの子はどうして倒れてるの?」

今度はなびきが質問する。

その視線の先には、年老いた老婆と化した女らんまの体があった。

「多分、時間移動に巻き込んだんじゃないか? ほむらは時間を止めたりするのを触れた相手と共有できる」

ほむらの時間停止を共有した経験のある良牙が答える。

「なんのためにそんな事をするんだ? 一緒に一ヵ月前に行ったってあいつにとってはキュゥべえは消えないはずだ」

乱馬が言う。

「確かにほむらの奴にとっては何の得にもならねーな」

杏子が乱馬の言葉にうなずいた。

「でも暁美さんのタイムスリップが並行世界への移動だとしたら、私たちの世界ではキュゥべえは消えたことになるわ」

769 : 44話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:52:36.37 DRe0Wxgr0 333/394

そのマミの発言に、さやかはハッとした。

「分かった! ほむらは玉砕のつもりだ!」

今までほむらの過激な行動を一番間近で見せつけられたさやかにはそう感じられた。

ほむらは他人のことなど何も考えていないが、その一方で自分自身のためすら何も考えているようには思えない。

鹿目まどかのこと以外には何にも価値を感じていない、空虚な存在だ。

そんなほむらの行動がまどかのためになっているかと言えば、さやかには認められないが、
少なくともほむら本人はまどかのためだと思ってやっている。

そして、キュゥべえが消えれば少なくとも当分の間はまどかが契約して魔法少女になり、
やがて魔女になってしまうというようなことは起こらない。

「ああ、ありうるわね。あんたたちがマミちゃんを元に戻したから、
あの子は『自分は逃げ出した臆病者だ』って気に病んでたんでしょ?
特攻すれば、勇敢さだとか純粋さだとかアピールできるって思ってても不思議じゃないわね」

なびきはあえて皮肉な言い方をした。

「だから、何がどうなっておるのじゃ!」

そこで、事情を全く分かっていない八宝斎が騒ぎ出した。

「はっぴーよ、これはじゃな……」

そんな八宝斎にコロンがごにょごにょと耳打ちで相談をはじめる。

「おのれ、今回だけじゃぞ」

「では、頼んだぞい」

そしてしばらくすると、何やら八宝斎が飛び去って行った。

「納得したのか?」

「何を?」

良牙と乱馬はその良く分からないやりとりに首をひねった。

「とにかく、ひとまずは一件落着かの?」

コロンが安心したようなため息をもらず。

「違う!」

そこに、まどかがようやくほむらが倒れているところまでやってきた。

「私はこんなのは望んでない! こんな結末のためにほむらちゃんに怒ったんじゃない!」

まどかにこれほど大きな声を出せたのかと周りが思うぐらい、まどかは叫んだ。

握りしめる右手がジンジンと痛む。

この非力な右手を握りしめてほむらを殴ったのはなんのためだったのか。

思いを伝えたかったからのはずだ。間違っても消えて欲しいからではない。

消えて欲しいようなどうでもいい相手に、今までのまどかの人生の中で最大の勇気を振りしぼったわけではない。

(それなのに――私の気持ちは伝わらなかったんだ)

それは、まどかにとっての敗北だった。

キュゥべえを倒し、残った全員が幸せに過ごせたとしても、これではまどかにとっては勝利ではない。

まどかの頬を冷たい水がつたう。

勇気を出したからといって、全力で頑張ったからといって、すべてが上手くいくとは限らない。

頭の中ではそんなことは分かっていたはずだ。

しかし、まどかは初めて本気を出した戦いに、ぬぐい難い敗北感を植えつけられてしまった。

「鹿目さん、この子はね、ずっと死に場所を探していたのよ。
たった一人の友達を亡くしてからずっと……生きる意味も無くしちゃって、
ただ意味のある死に方を探して何度もこの一ヵ月をさまよっていたのよ」

マミがまどかのそばにそっと立って語りかけた。

770 : 44話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:53:49.98 DRe0Wxgr0 334/394

ほむらの目標にしていた、まどかを魔法少女や魔女にせず、『ワルプルギスの夜』を倒すというのは
考えてみれば何もほむらのためにはなっていない。

それを成し遂げたところで、ほむらが失ったものは何一つ返ってこない。

『ワルプルギスの夜』を倒してもまどかが魔女に殺されたりどうしようもない事態で契約する可能性は消えないし、
すでに契約をしてしまったほむらが元に戻れるわけでもない。

実は、ほむらは初めから何の未来も持っていなかったのだ。

それは、自分も一緒だったとマミは思う。

両親と死に別れて以来、魔女を倒して街の平和を守ることが生きる意味だと思い込んできたが、
それは決して「生きたい」と積極的に思う理由ではない。

なんら積極的に生きる意味を持たずに自ら死地におもむくのはきっと、心の奥底で死に方を探していたからだ。

(良牙さんや、鹿目さん、美樹さんに出会うまではね――)

その良牙はマミの言葉に思い当たることがあったのだろう、心配するような表情でマミを見ていた。

「そんなの絶対おかしいよ、ダメだよ、絶対!」

「まどか……」

涙を目にためたままで叫ぶまどかに、さやかはかける言葉が見つからなかった。

「何者であろうと、すべてを思い通りにすることなどはできん。本物の、奇跡か魔法でもないかぎりの……」

コロンが静かにそう言った。

まどかたちよりもはるかに長い時間を生きた老婆がとく、当たり前の真実。

その説得力に、まどかは肩を落としうちひしがれた。

誰もが下を向いてたたずんでいた。

 プッ

その重い空気をあざ笑うかのような声がどこからか漏れる。

「え?」

まどかは驚いてその声のした方を振り向いた。笑ったのはなびきのようだ。

「おい、この場面で笑うなよ!」

「何がおかしいのさ!」

良牙とさやかがなびきをたしなめる。

「ククク……ハッハッハ、だって、あんたたちあんまり真剣なもんだから」

しかしなびきの笑いは止まらずついには腹をかかえだした。

そして、呼吸を整えてからまたしゃべりだす。

「まどかちゃんいじめるのもその辺にしときなさいよ。
早くしないと手遅れになるかもしんないし」

「は?」

「ニャ?」

「ニャア?」

なびきの言葉に杏子とシャンプーが首をかしげる。

つられてエイミーも首を曲げて見せた。

「いじめとるつもりではなくて、まどかの覚悟のほどを見たかったのじゃが……
まあ、もう十分じゃろう」

そう言って、コロンがうなずく。

「え? それってどういう――?」

「奇跡ってのは起こるもんじゃなくて起こすもんだぜ」

まどかの質問に乱馬が答えになっていない答えを返す。

771 : 44話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:54:47.20 DRe0Wxgr0 335/394

「魔法はあるわ。ただしそれは、キュゥべえから与えられるちっぽけな能力のことじゃなくって
小さなきっかけや偶然を大切にして、それをみんなの幸せにつなげていく力のことよ」

マミもさっきまでの沈痛な表情を柔和な頬笑みにかえていた。

「え、え? だから、どういうことですか?」

抽象的なことを言われてもまどかには分からない。

「ホント、こうもまどかちゃんの思い通りになる偶然が重なってると、もう奇跡とか魔法とか言うしかないわね」

呆れたように、なびきも言った。

「杏子はまだ気付かねーのか、お前は見てたはずだろ?」

「見てたって何を――ハッ、まさか!?」

乱馬に言われて杏子も何かに気がついたようだ。

「ホレ、まだ暁美ほむらのソウルジェムは消えてはおらんじゃろう?
そして、おぬしの手元には蛙溺泉の水がまだ残っている」

コロンはほむらの手元を杖で指し示す。

「えええ? まさか!?」

さやかが叫んだ。

もしさやかの予想が当たっていれば、確かにまどかの思い通りではあるが、それはそれで大変なことになる。

「ソウルジェムが無ければ……魔法が使えなけりゃ別世界かなんかに逃げたり出来ねーはずだよな?」

「もし暁美さんがさっさと別の時間軸に行ってしまえば、もう手遅れのはずだけど……
多分、自殺のつもりでどこの世界にも行っていないんだわ。だから新しい体を手に入れることもなく、
この体とソウルジェムに入った魂のリンクが切れていないのよ」

乱馬とマミがにっこりほほ笑む。

「つまり……それをぶっかけろってことか!?」

良牙が恐る恐る口にした。

「え……ええ……えええええええええええ!?」

まどかが絶叫する。

「でも、そうしたらほむらちゃんがカエルに!」

「じゃあ、そいつ見捨てて帰るか?」

杏子の意地の悪い返しに、まどかはぶんぶんと首を横に振った。

「ほれ、猿の干物! とってきたぞ」

そこにタイミングよく、八宝斎が戻ってきた。

手には何やら鉄瓶のようなものを持っている。

「おお、ごくろう……誰が、猿の干物じゃ!」

コロンはそう言って鉄瓶を受け取る。

「いつでも変身できるようにと思って念のために持ってきていた開水壺じゃ。
戦いに邪魔じゃから旅館に預けておったがな。
これを使えばソウルジェムにも呪泉郷の呪いが効くはずじゃて」

そして、その鉄瓶――開水壺をまどかに手渡した。

まどかは礼を言ってそれを受け取ると、ゆっくりとほむらの左手にあるソウルジェムに湯を注いだ。

「こっちに呼び戻すからには、鹿目さんがちゃんと居場所になってあげなきゃダメよ」

マミの言葉に、まどかは静かにうなずいた。

そしてまどかは、今度はボトル缶のキャップを開けて、またほむらのソウルジェムに注ぐ。

すると、半透明の黒い塊だったソウルジェムはいつの間にか緑色に染まり、両生類特有の粘性を持った肌がそこに現れた。

「……ゲコ」

その両生類が、小さな鳴き声をあげる。

772 : 44話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:55:51.91 DRe0Wxgr0 336/394

「ほむらちゃん!」

まどかはそのカエルを思い切り抱きしめた。

「あんまりきつく抱きしめたら潰れるよ」

さやかが注意をうながすが、まどかにはあまり聞こえていないようだった。

『え……何? 何が一体、どうなっているの?』

ほむらのテレパシーが辺りにまかれる。

もちろん、カエルの状態のほむらにはソウルジェムが無いのでテレパシーも使えない。

マミがほむらの意思をテレパシーに変えて中継しているのだ。

『ハッ、カッコよく特攻したつもりが、ドジこきやがったもんだな』

『ここは……死後の世界ではないの!?』

杏子に言われて、ようやくほむらは自分が生きているということを理解した。

『そこに私の体が……まさか、幽体離脱?』

まどかの腕の中のカエルは振りかえって、眠ったように倒れている暁美ほむらの体を見た。

自分の体を外から眺めるという不気味な現象に、カエルは戸惑っているように見えた。

『違うよ、あたしたちがあんたをこの世界に無理やり呼び戻したのさ』

さやかの言葉で、あらためてカエルのほむらはあたりを見まわす。

たしかにさっきまでいたのと同じ時間軸なようだ。

『な……なんで? 私が消えたってあなたたちには不都合がないはずでしょう?』

ほむらは当たり前のようにそう言った。

その言葉に、露骨にまどかの表情がくもる。

(この子はまだ分かっていないんだ)

もしほむらがカエルの状態でなければまた一発殴ってやりたいぐらいだった。

人の命を大事にしたり同情心を持つことに理由なんていらない、まどかはそう思っている。

そして、この少女はそんなことすら理解できない生き方をしてきたのかと思うとどうにもやるせなかった。

『あら、私たちから逃げられると思ったの?』

そんなほむらに対し、マミはあえて今までの頬笑みを消して凄んで見せる。

『逃げてなんて……!』

自分はまどかを守るために命を捨てようとしたのであって逃げたのではない、そう言おうとしたところでほむらはハッとした。

マミの口ぶりでは、まだほむらを許していない。それなのにあえて生かした理由は何か。

(やっぱり復讐するつもり?)

そんなことを考えるほむらに対して、マミは意外なことを言った。

『逃げていないのなら……ワルプルギスの夜と戦うって約束は守ってもらうわよ』

『え?』

『それにここのところ、風見野の魔女退治もサボってるわよね?
そっちもいい加減に復帰してくれないと困るわ』

『……そういう問題? え、ええ。分かったわ』

ほむらはワケの分からないなりに、ぎこちなくうなずいた。

(ま、これで差し当たっては勝手に死んだりしないでしょ)

そういう意味を込め、マミはほむらに見えないように後ろをむいてウインクをしてみせた。

(優しいんだか怖いんだか)

どこからかそんなつぶやきが漏れる。

773 : 44話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:58:01.27 DRe0Wxgr0 337/394

『……ところで、私の体はどうなっているの? 魔法も使えないようだけど?』

とりあえずほむらはまた、現状の質問に戻った。

「誰か、鏡ないか、鏡!」

乱馬が声をあげて鏡を求めるが、さすがに戦いの場に持ってきている人はいなかった。

「こっちの水たまりでどうだ?」

良牙が手近にあった水たまりを指さした。

旅館の明りがちょうどいい角度で当たっているのだろうか、鏡のようにきれいに光が反射している。

「あ、じゃあそっち行きますね」

まどかがカエルのほむらを抱えてその水たまりまで走る。

そして、そっとカエルをその前に置いた。

「ゲ……ゲコォーーーーーーーー!?」

その晩、季節外れのカエルの鳴き声が温泉街に響いた。

「……で、こっちはどうするの?」

さやかが、老いてしわがれた女らんまの体を見て言った。

「そのままで良いんじゃない? 『身元不明の老女、竜巻に巻き込まれて意識不明』ってとこかしら?」

なびきの言う通り、その体には魂は戻ってきていない。

たとえ息のあるうちに病院へ連れて行っても意識を回復することもなく死んでいくだろう。

「ま、まあ持って帰ってどうにかするよりはマシか」

乱馬は複雑な表情でうなずいた。

********************

数日後――

「よしっ、ここの配置は全員集まったわね」

マミはメンバーを一通り見まわして言った。

風林館の川原の土手に数人の、中高生男女が集まっている。

「しかし、こうも雨が激しくてはオラはあまり動けんな」

傘を差したムースが言った。

『相手はスーパーセルだと言うのに防水対策が傘だけなんて、準備不足にもほどがあるわ』

ほむらがそのムースに冷やかなテレパシーを送る。

『いや、お前はやり過ぎだろ! 宇宙服か!?』

杏子が勢いよく突っ込んだ。

それもそのはず、ほむらは分厚い服で全身白づくめの状態で、ゴーグルの奥から目だけをのぞかせていた。

左腕の盾の部分がボコッと膨らんでいるのがなんとも不自然に見える。

そんなかっこうで風林館高校の屋上に登っているのだから、どこの誰から見ても不審者だ。

『防護服よ。これなら絶対に雨にぬれないわ』

「そういや、普通に水でカエルになるんだったな」

すでに雨にずぶぬれで女になっているらんまがつぶやいた。

ソウルジェムになってから呪泉郷の呪いを受けるのと、なる前に受けることによる違いか
ほむらはソウルジェムに水を浴びればカエルになって元の少女の体が抜け殻になり、
カエルの状態でお湯を浴びればソウルジェムに戻って元の体を動かせるというややこしい体質になってしまっていた。

今ほどの暴風雨なら服の中にソウルジェムを隠していても、水がしみ込んでカエルになってしまう恐れがある。

変身がよほど嫌らしく、ほむらはこの完全防備状態での参加となったのだ。

(そこまでするぐらいなら今回は欠席でもよかったけど……)

774 : 44話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 19:58:55.27 DRe0Wxgr0 338/394

マミはそんな心の声は胸の奥底にしまっておいた。

ここで借りを返せと言ったのは他ならぬ自分なのだ。

『マミさん、こっちはスタンバイオッケーだよ』

『そっちはどうなってる?』

その時、川原にいる魔法少女たちにさやかと良牙のテレパシーが飛んできた。

『こっちは大丈夫、あとはワルプルギスの夜が来るのを待つだけよ』

『ま、お前らがしくじってもこっちで上手くやるから心配すんな』

マミと杏子がテレパシーを返す。

「よし、そんじゃあオレも持ち場に行ってくるぜ。
ムース、女の子たちの護衛役は任せたぜ」

良牙とさやかがスタンバイしたことを確認すると、らんまは川下へと跳んで行った。

「おう、任せとくだ」

ムースは胸を張って答えた。

護衛と言っても、実際にやることは飛んでくるガレキが魔法少女たちに当たらないように始末することだ。

それにはさまざまな飛び道具や隠し武器を持ち攻撃範囲の広いムースに適任だという判断で選ばれたのだ。

「それじゃあ、杏子、私たちも溜めるわよ」

マミが言う。

「さやかの合流は待たないのか?」

「美樹さんが来てからじゃ間に合わないかもしれないし、今から溜めておくに越したことはないわ」

杏子の質問に答えながら、マミは巨大な大砲を魔法で作りだした。

「おお、これは流石に暗器として隠すのは無理じゃな」

ムースが間の抜けた感心をする。

「その合体砲とかいうのは本当に使えんのかよ?」

いぶかしげな表情のまま、杏子はその大砲に手を添えた。

「合体砲? ああ、『ティロ・ユニオーネ』のことね。すでに美樹さんとはテストを済ませているわ。
みんなの魔力を合わせてより強力な攻撃が可能になるはずよ」

マミはいちいち技の名前を訂正して答えた。

ティロ・ユニオーネは複数の魔法少女の魔力をひとつの強力な砲撃に束ねる魔法攻撃だ。

それもまた、マミが最近編み出したらしい。

「……でも、技の名前叫ぶのはやめとこうな」

恐る恐る、杏子が提案する。

「ダメよ」

しかし、その提案は速攻で却下された。

「技の名前を掛け声にしてタイミングを合わせないと、威力を集束できない可能性があるわ」

「中国武術でも掛け声は重要な要素じゃ。おろそかにすることはなかろう」

マミだけでなく意外にもムースも敵に回り、杏子はヤバい汗が背中をつたうのを感じた。

「や、でも、周りから見たら台風でテンション上がったバカなガキとしか――」

『来たわ!』

杏子がマミに抗議をしている最中に、ほむらのテレパシーが割り込んだ。

一番高い所にいるほむらが真っ先に『ワルプルギスの夜』を見つけたのだ。

「杏子、話は後よ」

杏子の話を聞いてか聞かずか、マミは強制的に会話を打ち切った。

775 : 44話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 20:00:04.03 DRe0Wxgr0 339/394

********************

「あ、来た! あれが『ワルプルギスの夜』!」

民家の屋根の上にスタンバイしたさやかが叫んだ。

「結界の外だからか? やっぱり見えんな」

そのすぐ隣にいた良牙は目を凝らして見るが、暴風雨が吹き荒れているだけで魔女らしきものは見えない。

 タンッ

その時、学校の屋上の方から音が響き、直後に空中に目立つオレンジ色の物体が現れた。

「あれか!」

良牙も叫ぶ。

ほむらが撃ったペイント弾が『ワルプルギスの夜』に命中したため、良牙にも見えるようになったのだ。

「良牙さん、本当にやるの?」

さやかが少し不安そうに良牙に聞いた。

「ああ、頼む。十分な高さにいくためにはさやかちゃんの力を借りるしかないんだ」

良牙は傘をさしたまま、屋根の上に立っていた。

その傘はいつもの重い金属の傘とは違い、ただのビニール傘だ。

「あたしは良牙さん飛ばしたらすぐ行くから、小豚になっても知らないよ?」

「大丈夫だ、問題ない」

良牙はきっぱりとそう答えた。

『乱馬さんも準備いい?』

今度はさやかはらんまにテレパシーを送る。

『オッケーだ』

らんまは魔法少女ではなくなったのでその返事はテレパシーを送ったさやかにしか聞こえない。

さやかは手でグッドサインを出して良牙に状態を伝えた。

「そんじゃ、いきますか!」

そう掛け声をして、さやかは空中に大きな魔法陣を出現させる。

そして、良牙をおぶって魔法陣の上に跳び乗った。

すると、さやかと良牙はまるで大砲の弾のようにすさまじい勢いで上空に放出される。

その上昇が限界に近づいたところでさらに、さやかは良牙を上に放り投げた。

良牙はかなり高い所にまで舞い上がる。

下には『ワルプルギスの夜』に付着したペイント弾のオレンジが見え、そのさらに下の地面には焚火が見える。

「よっしゃあ! いくぜ良牙!」

その焚火のそばにいたらんまが可能な限りの大声で叫ぶ。

暴風雨の中でその声は、良牙にはかすかにしか聞こえなかった。

だが、かすかに聞こえれば十分だ。

「いくぞ! 獅子、咆哮弾!」

良牙は獅子咆哮弾を真下に撃ちおろした。

それは完成形とされている、いったん撃ち上げてから落とす直下型獅子咆哮弾よりもロスが少なく強力な撃ち方だ。

「飛龍、昇天破!」

一方、らんまは地上から焚火の熱気をつかった飛龍昇天破を撃ちあげた。

「「食らえ、龍虎挟撃破!」」

らんまと良牙の声が重なる。

776 : 44話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/15 20:01:05.26 DRe0Wxgr0 340/394

二つの技は空中で同時に、『ワルプルギスの夜』とぶつかりあった。

***************

「おお、すげっ!」

「これは流石に効いたんじゃないかしら?」

爆風に覆われる『ワルプルギスの夜』を見て、杏子とマミが言った。

「おまたせー」

そこに、さやかが駆けつける。

「美樹さん、早く『ティロ・ユニオーネ』に魔力供給を――」

「うん」

さやかは素直にマミの言葉に従って大砲に手を添えた。

「おぬしら、危ないだ!」

とつぜん、ムースが叫ぶ。

「何だよ、ちゃんと護衛しろ……よっ!?」

杏子は目が点になった。

なんと、5階建てほどのビルがひと棟飛んできたのだ。

「わわっ、これは逃げるしかっ!」

さやかもあわてる。

「ダメよ、今ここで逃げたらせっかく溜めた魔力が無駄になるわ。
全員で防御魔法をつかいましょう!」

しかし、マミは毅然と防衛を指示した。

「え? マジで?」

「防御魔法かぁ」

杏子とさやかは渋い顔をする。

とりあえず杏子は、槍で格子型の防御壁を作り、マミもそれにリボンを絡めて補強する。

まだ防御魔法を使いなれないさやかは剣をありえないほど長くして壁になるようにならべてみた。

その様子を見ていたムースは首をかしげる。

「うむ、これで防げるかどうかは不安じゃな。オラがいくだ」

そう言うと、ムースは傘を放り投げ、アヒルになって飛んでくるビルに向かって行った。

「ムースさん! そんな無茶な!」

さやかの叫び声もむなしく、ムースはアヒルのままビルに突入した。

「おいおい……大丈夫かよ」

杏子も不安な顔をする。

「……!? あれは!」

マミがそう言って指さしたビルの部分から煙が上がっている。

煙は次第にビルのあちこちから漏れてきた。

そして一気に、爆発が起こって飛来してきたビルは崩壊した。

その残骸を受け止めるのに、三重の魔法防御壁は十分過ぎた。

魔法少女たちはビル崩壊の煙に巻き込まれた程度ですんだのだ。

そこに、煙を浴び過ぎて灰色になったアヒルがよってくる。

「ムースさん、さっきのは?」

『ビルの内部から切れ目を入れたり爆弾を仕掛けたりしてぶっこわしただ』

777 : 44話10 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/15 20:03:03.19 DRe0Wxgr0 341/394

マミの質問に、ムースは羽で眼鏡を拭きながら答えた。

「ムースさんカッコいいじゃん!」

さやかも思わず素でほめる。

『はっはっは、オラは乱馬や良牙にやられるヤラレ役ではないだ!』

自慢げにそう語るムースだったが、そのセリフが普段の役柄を物語っていた。

「おい、『ワルプルギスの夜』は?」

杏子がふと我に返り、呼びかける。

「あ、あそこ!」

さやかが指さす、その先で『ワルプルギスの夜』はグルグルと激しく縦回転をつづけていた。

「え……え? 回ってる?」

思いもよらない動きにマミが驚く。

「危ないわ! 頭が上に来たら凶暴化するわよ!」

『ワルプルギスの夜』は骨組みつきの大きなスカートを穿いた人ような形をしているが、
通常は逆さ釣り……つまりは頭が下になっている。

そして、普通に立っているように頭が上、スカートが下になった時にはより凶暴になるとされていた。

「でも何で縦回転なんか?」

さやかがそれを疑問に思った時、ほむらのテレパシーが届いた。

『早乙女乱馬と響良牙の攻撃の軸がズレていたせいでワルプルギスの夜が回転しだしたわ』

それを聞いて、一同事情を飲み込んだ。

水に浮かべた棒きれの端を押したら回転を始めるのと一緒だ。

空中に浮かぶものに偏った方向の力を加えれば、やはり同じように回転するだろう。

『そちらの準備が整うまで、私はワルプルギスの夜に物理攻撃を加えて固定状態になることを阻止する』

そう言い終わると同時に、ほむらは迫撃砲をワルプルギスの夜に向けて撃ちこんだ。

それは離れた場所にいるマミたちからもはっきり見えた。

本物の戦争用兵器の登場に、他の魔法少女たちは呆気にとられる。

「あいつ、あんなもんどっから用意してくるんだ!?」

「自衛隊とかアメリカ軍の怖い人が来たらさすがに庇いだてできないなぁ」

『ワルプルギスの夜』はその迫撃砲の衝撃で軌道を横に曲げた。

しかし、物理的な攻撃が本当に『ワルプルギスの夜』に効いているのかどうかは分からない。

少なくともキュゥべえが言っていたことには、魔法以外では倒しにくいはずだ。

「と、とにかく、もうちょっとだから溜めるわよ」

マミの号令で、杏子とさやかはありったけの魔力を大砲によせる。

その間、砲撃を食らい続けている『ワルプルギスの夜』は横回転も加わって錐もみ回転のようになってきた。

これなら頭を上に向けた状態で止まる心配はない。

「砲撃、いくわよ!」

「はい!」

「おう!」

魔法少女三人が呼吸をあわせる。

そして、一斉に叫んだ。

「「「ティロ・ユニオーネ!!!」」」

(くそ、恥ずかし!)

778 : 44話11 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/15 20:04:05.85 DRe0Wxgr0 342/394

杏子の羞恥をよそに、掛け声と同時に赤青黄の三色の光が巨大な大砲から射出された。

それらの光は途中で混ざり合って真っ白な光に変わる。

そして、その巨大な光の柱が、『ワルプルギスの夜』を包んだ。

「おー、すげ。昔見た特撮ヒーローの技みてーだな」

「ピィー」

らんまと、落ちてきた小豚が感嘆詞をもらす。

良牙はどうやら落下中に雨にぬれて小豚になったらしい。

魔法少女たちの生んだ光は音もなく、悪夢の夜を焼き尽くした。

その後に残ったのは、骨組みだけとなった魔女の姿だった。

さすがにダメージが大きかったのか、ふらふらと地面に落ちていく。

しかし、落ちきることはなく、低空飛行を保っていた。

「……まだ、終わってねぇ」

飛んできた瓦礫を槍ではじいて、杏子が言った。

「二発目、できそう!?」

「あたしはきついかも」

マミの言葉にさやかは渋い顔をした。

「相変わらず燃費はよくねーんだな。しょうがねぇ、後は直接攻撃だ!」

杏子は一人飛びだす。

が、その杏子よりも早く、赤い影がボロボロになった『ワルプルギスの夜』の上に飛び乗った。

攻撃を受けて灰や塵にまみれた『ワルプルギスの夜』はもはや一般人にも簡単に見えるらしい。

「やっぱ、シメはオレじゃねぇとな」

そう言って腕を鳴らすのは、まぎれもなくらんまだ。

「ピーッ、ピー!」

らんまの肩には小豚状態の良牙が乗っている。

「これでトドメだ! 猛虎高飛車!」

もともと魔女相手には相性のいい猛虎高飛車、それも特大のものがゼロ距離で
死に体の『ワルプルギスの夜』に降り注いだ。

『ワルプルギスの夜』はぎっくり腰でも起こしたかのように腰をゆがめ、燃えながら川に落ちて行った。

らんまはその直前でうまく飛び降りる。

やがて、完全に燃え尽きた『ワルプルギスの夜』はただの灰となって川を流れて行った。

『目標消失を確認』

ほむらがまたテレパシーを飛ばす。

(なんていうか、ほむらって結構ノリノリなんじゃ? マミさんと同じぐらい)

さやかは密かにそんな疑念を抱いた。

「ふぅ、終わった……な?」

「ピー」

『ワルプルギスの夜』が消えると、さっきまでの暴風雨が嘘のように静まり、空の端にはすでに晴れ間がのぞいていた。

~第44話 完~

788 : 45話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:22:44.05 TuE7XBFH0 343/394

~第45話~

「「「カンパーイ!!」」」

何人もの声が合わさった。

貸切状態の猫飯店の店内にはデカデカと『対 ワルプルギスの夜 祝勝会!』と横断幕が張られている。

「いやいや、内心は少し不安じゃったが、よくぞやってくれた」

コロンは上機嫌で紹興酒をあおった。

「商店街にはほとんど被害あらへんかったし、今後の売上に響くようなことがなくて良かったわ」

右京が持ってきたお好み焼きを切り分ける。

「今回はわたしたちからのサービスね、思う存分食べてよろし」

そう言いつつ、シャンプーは乱馬のコップに精力抜群のマムシ酒を注いだ。

彼女らは本来なら、商店街をあげて盛大に『ワルプルギスの夜』と戦ったものたちをねぎらいたかったが
事情が事情だけに、それを知っている者たちの間だけでの祝勝会となった。

ちなみにコロン、シャンプー、右京の三人は住民の避難や避難所の護衛を務めていたので戦いには参加しなかった。

「すまねぇ、ばーさん、ウーロン茶くれ」

乱馬は冷静に酒の入ったコップをのけた。

「おい、乱馬はよくてあたしには酒呑ませねーのかよ!」

杏子がズレたクレームを出す。

「あんたさっき、壊れた自販機からビール盗んで呑んでたじゃん」

それにさやかが呆れ顔でつっこんだ。

「別にいいだろ、もう商品としちゃ使えねーもんなんだから」

ぶっきら棒に杏子は返す。

「あれだけお菓子食べてビールまで飲んでもそれだけ痩せられるってうらやましいわ」

マミがしみじみとつぶやく。

それに対して杏子はマミの胸元をキッと睨みつけた。

「?」

マミやシャンプーが首をひねる中、右京がやさしく杏子の肩に手を添える。

その様子を見て、三つ編みにメガネの少女――ほむらもまた殺気立った顔をしていた。

「ど、どうしたのほむらちゃん? 顔が怖いよ?」

エイミーをかかえたまどかが無邪気にたずねる。

「あ、いえ……もうちょっと、あっさりしたものないかしら?」

ほむらはとっさに誤魔化した。

とは言え、並べられた中華料理とお好み焼きのこってり三昧がほむらにとって正直きついのは事実である。

「あれ? ほむらちゃん前はラーメンのスープまで全部飲んでたのに?」

まどかはそんな疑問を口にする。

ちなみにまどかの席は、大きな丸型テーブルで乱馬と対角線上の一番遠くになっていた。

エイミーが乱馬の元にいかないようにするための配慮だ。

「まだ、魔力に余裕がないのよ」

「……え? どういう意味?」

ほむらは簡潔に答えたが、まどかにはよく意味が分からない。

「まさか、消化まで魔法頼りだったのか!?」

良牙は戦闘中以上にシリアスな表情で驚いた。
流浪の野宿生活を続け、良く分からないものもさんざん食べてきて、それでも人一倍どころか百人力に育った良牙。

彼からしてみれば本来のほむらの貧弱さは想像を絶していた。

789 : 45話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:23:25.70 TuE7XBFH0 344/394

「ハッハッハ、それならこれを飲めば良い。食欲・消化機能強化の漢方薬じゃ」

そう言ってムースがほむらの席の前に怪しげな丸薬を置いた。

「……」

ほむらは無言でそれをエイミーに嗅がせてみる。

「ギニャーーッ!?」

エイミーは全身の毛を逆立てて逃げ出した。

「他のお願い」

冷静かつ無表情に、ほむらは言った。

「それじゃ、中華粥食べるネ。腐乳溶かして入れたらおいしいアルよ」

ムースを押しのけてシャンプーが粥の入った茶碗を差し出した。

「ああ、これならいけそうだわ。ありがとう」

そう言って、かすかにほほ笑んだほむらに、全員が一瞬注目する。

「……な……なによ?」

突然注目を浴びて、ほむらは戸惑った。

(アイツがあんな笑みを?)

(今、『ありがとう』って言ったわよね?)

無言かつテレパシーもなく、目と目での会話が行き交う。

誰も今まで、ほむらの自然な笑顔も見たことが無ければ「ありがとう」も聞いたことが無かったのだ。

「アンタ、そんな顔もできたのね」

『ワルプルギスの夜』対策は何もしていないのに、ちゃっかり祝勝会に来ているなびきが言った。

「そんな顔?」

「アンタが普通にほほ笑んでるとこなんて誰も見たこと無かったからみんなビビってるのよ」

なびきは言いにくいことを平然と言う。

「!?」

言われてみれば、ほほ笑みなどをもらしたのは一体どれだけぶりだろうか?

ずっと、笑顔すら忘れていたのだ。

ピクリとも笑わない人間が他人の目から見たらどう見えるか。

そんなことすら完全に失念していた自分に、ほむらは唖然とした。

そして、思った。

(言えない! 『ワルプルギスの夜』を倒した後トイレで号泣してたとか、絶対言えない!)

「べ、別に私がどんな表情しようと勝手でしょう」

そういう思考の末、ほむらはツンとした態度をとった。

しかし、その頬に若干赤みが射していることまでは隠し切れていない。

「……ほむらちゃん、何かかわいい」

まどかのつぶやきでほむらはなおさら顔を赤くして黙り込んでしまった。

「あ、そういや、あのスケベジ……いや、おじいさんは?」

間があいたところで、ふとさやかがたずねる。

セクハラされた身としては良い印象は持っていないが、いちおうキュゥべえ退治に参加した面子である以上、
八宝斎がここにいないことがさやかには不自然に思われたのだ。

「はっぴーの奴は事情を知らぬので、呼ばなんだが――」

コロンがそう説明をする。

790 : 45話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:24:25.60 TuE7XBFH0 345/394

「待て、キュゥべえを倒した時に何か説明してなかったか?」

その説明に疑問を感じ、良牙が言った。

「いや、あれは関係ないことに巻き込んでしまったワビを言って、ついでに開水壺をとってきてもらっただけじゃ」

「それで納得するような奴か? あのジジイが」

今度は乱馬が質問する。

「うむ、後でワビの品を渡すことを約束してな。それはもう渡してある」

「大人の対応ですね」

コロンの言葉に、マミがうなずいた。

(いや、でもあのジジイが喜びそうなものって……)

良牙は冷や汗をながした。

(そういえば下着が新しくなっていたネ……どうせ前のは温泉地で雨や泥がついて使えなくなったアルが……)

シャンプーも思いもよらぬ曾祖母の裏切りに、顔を青ざめさせた。

「プハーッ、なんだ中国のビールって味薄いな、オイ!」

そのとき、いつの間にか中国ブランドのビール瓶を片手にした杏子がクダを巻いた。

「あ、こら! 勝手に飲むでねぇ! あと、餃子や炒め物にはこのぐらいの方が合うだ」

ムースがあわてて止めようとする。

「お前も何で味知ってんだ」

乱馬がムースにつっこむ。

「うるへぇ、邪魔ふんな!」

杏子は魔法でふにゃふにゃの鞭だか槍だか良く分からないものを召喚し、ムースを半端に縛り上げた。

そのろれつが回っていないのと同様に、魔法もぐちゃぐちゃなのだ。

「杏子、なんてことを!」

「なにをふっ!?」

マミは素早くリボンを召喚して杏子を拘束した。

「いくらなんでも酔い過ぎじゃ……ハッ? 味が薄いからと言って白酒を混ぜおったな!」

コロンが杏子の持っていたビールを少し飲んで気がついた。

白酒(パイチュウ)は蒸留酒であり、ビールなどの醸造酒と混ぜるとすごく酔いやすくなる。

成人でも避けるべき飲み方である、ましてや中学生の杏子にはアルコールがよく回るはずだ。

「そんな……」

とにかく、マミはムースを解放しようとした。

しかし、ふにゃふにゃの杏子の魔法はかえってほどきにくい。

「ダメね……美樹さん、切断お願いできる?」

「ラジャー!」

マミの言葉に、さやかは迷いもなく抜き身の剣を取りだした。

「わああっ! 待つだ、流石にそれはヤバいと思うだ!」

恐怖を感じたムースはジタバタと暴れだす。

「おいおい、お前ら何やってんだよ……」

乱馬は呆れ気味につぶやいた。

「ニャァ?」

そんな乱馬の足元に、さきほどまどかの元から逃げ出したエイミーが寄ってきていた。

「ね……ねこぉぉおおお!?」

791 : 45話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:25:30.99 TuE7XBFH0 346/394

乱馬は叫んで拒絶反応を示すが、すっかり人に慣れたエイミーはそのぐらいではビビらない。

それどころか、好意を示しているつもりで乱馬の脚に飛びついた。

乱馬は自分の席を蹴飛ばして、エイミーを振り払おうと必死でもがき暴れる。

その一方で、さやかの剣を恐れたムースがふにゃふにゃに縛られたまま必死で逃げ惑う。

「あたひゃまだまだのびだんねぇど!」

マミに縛られたままの杏子が雄たけびを上げる。

この混乱した事態に、まどかはあわてふためいた。

「あ、あわ、ど、どうしよう? ほ、ほむらちゃん、みんなを静かにできないかな?」

まどかはとりあえず、手近にいて戦力になりそうなほむらに解決を求めた。

(まどかが、私を頼ってくれた!?)

その事実に、ほむらは隠しきれない喜色をうかべた。

「任せて! まずはこの催涙弾で全員行動不能にして――」

そう言って、ほむらはどこからともなく緑褐色の物騒な物体を取りだした。

「え!? ほむらちゃ……」

全く予想もしなかった斜め上の対策に、まどかは絶句する。

「あ、これまどかの分のガスマスクね」

ほむらは、まどかが映画でしか見たことが無いような不気味なマスクを取りだす。

「ちょ、ほむらちゃん待っ――」

そして、ほむらが催涙弾に着火しようとした、その時、

 ガコンッ

巨大なコテが、ほむらの頭の上に勢いよく振り落とされた。

「ほぶっ!」

ほむらは座った状態のまま、机の上に倒れこむ。

「ごめんな、まどかちゃん。友達なぐってもーて」

「え……あ、あ……」

人懐っこい笑顔で謝る右京に、まどかはもはや何を言っていいのか分からなかった。

「良牙、ムコ殿を頼む」

一方で、コロンが良牙にグーサインを出した。

「い、いいのか?」

グーサインは、乱馬を殴ってのしてしまえということだろう。

「卑怯で無いムコ殿なら、怖くないのじゃろう?」

コロンのその言葉で、良牙はハッとした。

今の猫に怯えて逃げている乱馬が相手なら確かに余裕だ。

大義名分を持って正々堂々と、日ごろの恨みを晴らせる。

「よっしゃあ!」

良牙はがぜん、やる気を出した。

「ねこぉおおお……おぶわっ!」

走り回る乱馬の頬に強烈なストレートがヒットする。

さらに続けて一発。

その間に、危険な事態を察したエイミーは乱馬から離れた。

「わっ、ちょ、もう大丈……ぶっ!」

792 : 45話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:26:14.78 TuE7XBFH0 347/394

そうして乱馬が正気を取り戻しても、良牙は待ったなしで殴り続ける。

やがて、乱馬は完全に気絶した。

「ニャーオ」

シャンプーが人の姿のまま猫語を話すと、エイミーがそっちへ寄っていった。

「メッ、乱馬に近づいちゃダメね」

そして、エイミーを抱きかかえて、指でちょんと頭を小突いて注意する。

「わああ、斬るでねぇ、斬るでねぇだ!」

「大丈夫、間違って斬っちゃってもすぐ治すから」

また一方で、ムースがまだ逃げ回っていた。

さやかの軽い言い方がなおさら恐怖をあおりたてているのだ。

「落ち着かんか」

そんなムースに、コロンが後ろからコツンと、後頭部を杖で叩いた。

うめき声もあげず、ムースは静かにばたりと倒れる。

「ほれ、斬らんか」

「え……ああ、ええ」

知ってはいたものの、コロンのすさまじさを目の当たりにしてさやかは少しビビった。

「ぎゃはははははははっ!」

相変わらず泥酔中の杏子は一連の騒動を眺めて大爆笑している。

「気絶者3名、泥酔1名ね……」

ようやく終息した事態を見渡して、静かになびきが言った。

「さらのグリーフシードあるけど、使う?」

「……いくらですか?」

マミは財布の中身を確認してため息をついた。

******************

翌日――

「はぁ……」

らんまは深いため息をついた。

「ホントにすみません、乱馬さん」

そんならんまに対してまどかはペコペコと何度も頭を下げる。

「まあ、事情が事情だ。こうするしかしゃーねーだろ」

そう言ってまたため息をつくらんまは、女の状態で、手にはお菓子が入った紙袋を持っていた。

(全く、キュゥべえのヤロー、オレにとんだ貧乏くじ引かせやがって)

らんまは覚悟を決めて、鹿目邸の門を叩いた。

******************

「テメー、人様の娘を勝手に連れまわしたあげく、狂言誘拐だとか、ナメてんのか! あーっ!?」

鹿目詢子の怒号が響く。

「いえ、滅相もない。ご心配をおかけして大変申し訳なく思い、反省しております」

らんまはこれで五度目の猛虎落地勢を使った。

猛虎落地勢とは、無差別格闘早乙女流の奥義であり、崖から落ちた痛みに耐える虎の姿勢をモチーフにした技だ。

膝を曲げて地面につけ、さらに頭も低くする……つまりはただの土下座である。

「マ、ママ、もうその辺で……私が悪いの、だから、ね?」

793 : 45話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:26:57.86 TuE7XBFH0 348/394

まどかは恐る恐る母親をなだめようとする。

「……まどか、心配しなくてもあんたも後でたっぷり叱ってやるから今は黙ってろ」

詢子は静かに、しかしドスのきいた低い声でそう言った。

これはしばらく治まりそうもない、まどかはしゅんとしてうつむいた。

まどかを連れ去った時のキュゥべえがらんまの声と姿をしていた。

そのため、魔法少女のことなどを秘密にしつつ鹿目詢子を納得させるには
らんまがまどかを連れ出した事にするのが一番やりやすかったのだ。

「もし、竜巻にまき込まれてたらどーすんだ!? あんときゃ死人も出てたんだぞ!」

詢子のお叱りは続く。

ちなみに、その竜巻とは温泉街に発生した突発的なものとされているが、実際はキュゥべえやらんまが起こした
魔龍昇天破や飛龍昇天破のことであり、死人とはキュゥべえが使い古したらんまの体の抜け殻のことである。

スーパーセルの接近による異常気象として気象庁やマスコミは片づけたらしいが、自然現象としての竜巻など
発生しておらず、死人も実際には出ていない。

「まさか、あんなに天候が荒れるとは全く思わず――」

らんまはひたすら平身低頭して謝り続けた。

そんなやり取りを何度も続けて、もう二時間ほど経っていた。

「ふぅ――お前、たしか早乙女乱馬って言ったな?」

ふいに詢子が一息ついてわずかに表情をゆるめた。

「はい」

らんまはうなずく。

「よし、そんじゃ次はこの子の担任のところに謝りにいってこい、いいな!」

詢子はまどかの頭に手をのっけてそう言った。

ようやく、らんまは詢子の説教から解放されたのだ。

「あの……私は?」

まどかが恐る恐るたずねる。

「どうせ場所わかんねーだろ、付いてってやれ」

「うん」

「うん、じゃなくて、はい!」

「あ……はい!」

詢子の言葉に、まどかは声を大きくして答えた。

『うん』ではなく『はい』で答えろというのが『まだお前へのお叱りは済んでいない』という意思表示に思えたからだ。

とにかく、らんまとまどかは今度は早乙女和子のお宅に伺うことになった。

******************

「へぇ~、キミが誘拐犯ねぇ」

早乙女和子は、詢子ほどは怒っていないようだった。

むしろ平身低頭するらんまを興味深そうに眺めている。

「さやかちゃんとはまた違った感じでボーイッシュな子ね。
まどかちゃんって、ボーイッシュな女の子がタイプなの?」

和子がまどかに聞いた。バカバカしい質問のはずなのに、和子の表情はまるで素だ。

「え? そういうわけじゃ……」

思いもよらぬ質問にまどかはあわてて首を振る。

「それならよし。いくら世の中ロクな男がいないからって、
女の子同士って道に走るのは先生あまりおすすめしないわ」

794 : 45話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:27:46.57 TuE7XBFH0 349/394

「余計なところに気を回さないでください」

まどかは即座につっこんだ。

この男運の悪い女教師はすぐにそういう話に結び付けたがる癖がある。

らんまが実は男だなどとは絶対に言えない、まどかはそう心に誓った。

「えーと、名前なんて言うんだっけ?」

ふいに和子はらんまに質問する。

「え? 早乙女乱馬です」

「先生聞いてなかったんですか?」

一番初めに名乗ったはずなのに、らんまとまどかはそう思った。

「ごめん、ちょっと聞き逃しちゃってて……でも、名字が私と一緒なのねぇ」

和子がつぶやく。

「もしかして、親戚だったりして」

まどかはそんなことを言ってみた。

「はっはっは、まさか――」

「ふふ、まさかねぇ……」

らんまと和子は同時に笑う。しかし――

「ハッ、そういや親戚付き合いとか今までしたことねぇ!」

その意外な事実に、らんまは驚愕した。

幼少時代より父親とともに修行の旅をし、その父親はスリやタカリ、息子を使った結婚詐欺などを繰り返してきたのに
親戚を頼ったということがらんまの記憶には無いのだ。

「えっ? 乱馬さん、でもパパやママはいるよね?」

「ああ、親父は同居してるし、おふくろもいる」

らんまはまどかの質問に答える。

(母親は別居中?)

和子はそんなことも気になったが、それ以上に気にかかることがあった。

「乱馬さん、お父さんの名前はどんなの?」

ほほ笑みながら聞く和子に、らんまは何の疑問も抱かずに答えた。

「ああ、親父は玄馬っていいます。フルネームで早乙女玄馬」

 バンッ

その瞬間、なぜか和子が机をたたいた。

「先生?」

まどかが不安になって和子の顔を覗き込む。

するとそこには般若の形相があった。

「……げ・ん・まぁ~!? あの、玄馬ですってぇ!!」

そして、和子はいきなり叫びだした。

「え? な、どうした!?」

「せ、先生!?」

和子はビビる二人の少女のそれぞれの肩に手を置いて迫った。

「私をアイツ……いえ、早乙女玄馬の元へ連れて行ってくれない?」

作り笑顔が逆に圧力を感じさせる。

らんまとまどかは無言でコクコクとうなずいた。

795 : 45話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:28:33.74 TuE7XBFH0 350/394

******************

そして――

「お兄ちゃ~ん!? そこに居たわね、叩き斬ってやるわ!」

抜き身の包丁を片手に早乙女和子が天道道場に押しかけた。

「な? か……和子ちゃん!? ま、待つんだ、あれは誤解――」

乱馬の父、早乙女玄馬は明らかに狼狽している。

「問答無用よ!」

勢いよく和子は玄馬に斬りかかる。

だが、さすがに素人の和子の攻撃をよけられない玄馬ではない。

天道邸の中を玄馬はちょこまかと逃げ回った。

「つ……連れてこない方がよかったのかな?」

まどかはその様子を呆然と眺める。

「『お兄ちゃん』? い、いったい、何があったんだ?」

らんまも和子のあまりの剣幕に手を出せずにいた。

「ちょっと、ちょっと、何事なの?」

「どうしたんだね、早乙女くん?」

そこに騒ぎを聞きつけてあかねと早雲が現れる。

「あれ? あなた、この前良牙くんと居た時に?」

あかねは見覚えのある小柄な少女に声をかけた。

「あ、鹿目まどかといいます。見滝原中学の二年生で――」

そんなやり取りをしている中、早雲が大声を上げる。

「あかね、乱馬くんでもいいから、二人を取り押さえて!」

言われて、らんまは玄馬を取り押さえに向かった。

一方、早雲は素人の和子をやすやすと取り押さえた。

「何があったか知りませんが、こんなことはやめてください」

「離して! 私は、彼を殺さなきゃいけないのよ!」

和子はジタバタと暴れる。

そんな和子の前に、らんまとあかねの二人によって縄で縛られた玄馬が引きずり出された。

「親父、何があったか吐きな」

「おじさま、また何か恨み買うようなことしてたわけ?」

「早乙女くん、ぼくも事情を聞かせてほしいな」

身内に迫られて、玄馬は仕方なく口を開いた――

***************

むかしむかし、20年ちかくもむかしのこと。

おにいちゃんのことが大好きな女の子がいました。

おにいちゃんといっても、本当は女の子のいとこのおにいさんです。

おにいちゃんは二枚目ではなかったけれど、格闘技をやっていてたくましくて、

ユーモラスであかるくて、女の子はそんなおにいちゃんがとっても大好きでした。

「おにいちゃんのお嫁さんになりたい」

女の子は真剣にそうおもっていました。

そして、ある日おもいを伝えると――

796 : 45話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/18 21:29:08.66 TuE7XBFH0 351/394

「本当かい、和子ちゃん!? うれしいよ!」

おにいちゃんはおお喜びです。

さっそく、女の子とおにいちゃんは、女の子の両親にそのことをつたえました。

両親はなやみました。

いとこ同士であっても本人たちが愛し合っているならかまわない、そこは両親も理解がありました。

でも、おにいちゃんはお金がまったくなかったのです。

格闘家としての実力はたしかにあったのですが、それだけではなかなかお金ははいってきません。

お金がなければ、ちゃんとした結婚生活はおくれません。

そこで、両親はひとつの結論をだしました。

「お金を出してあげるから、これで道場を開きなさい。そうすれば二人で生きていけるだろう」

このやさしい結論に、女の子もおにいちゃんも涙を流してよろこびました。

そのはずだったのですが――

*****************

「お兄ちゃん……いや、この男は、そのお金を持ち逃げして姿をくらましたのよ!」

鬼気迫る形相で涙を流すこの女性に、誰もが憐憫の情を抱いた。

「和子ちゃん、それは誤解だ! ワシは道場を開くならもっと名を高めてからと思い修行の旅にっ!」

「だったら、なんで他の女と結婚して、他人の家に居候してるのよ! どういうワケで!?」

「い、いや、それはその――」

 バキッ

 ドスッ

答えあぐねた玄馬に、らんまの鉄拳が飛ぶ。

「おじさま、最低だわ」

あかねは汚物でも見るような目で玄馬を見下した。

「つまり、早乙女先生の男運の悪さのはじまりがこの人だったんだ」

まどかがつぶやく。

「ああ、親父の結婚サギのはじまりがこの先生だったみてーだな」

らんまもうなずいた。

「和子さん、話はよくわかりました。でも、考えてみてください」

早雲は和子をなだめようとして優しく語りかける。

和子は、早雲が身内の玄馬を庇いだてするのだろうと思い、キッとにらみつけた。

「ここで彼を殺してしまえば、一生を彼のせいで狂わされるのですよ?
あなたはまだこんなにも若いんですから、もっと前向きにこれからの幸せを考えていきましょうよ」

「わたしが……まだ若い?」

やさしく言われて、和子は思わず自分の頬をなでた。

10代20代の頃よりがはパサパサしてきたとは言え、まだ十分な柔らかさを保っている。

「ええ、それに十分にお美しい。それなのにこれからの人生をあんなクズのために
棒に振るなんてもったいないとは思いませんか?」

誠実そうな早雲に『美しい』と言われて、和子は悪い気はしなかった。

そしてあくまで自分を心配してくれる態度、そんなやさしい男に和子は今まで会ったことがないような気がした。

そう言えば、手首をつかまれて取り押さえられた時も、あざやかな手際で素早くありながら、
痛みはほとんど感じさせなかった。

早雲という男は取り押さえるという行為の中にすらやさしさが潜んでいるのだ。

797 : 45話10 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/18 21:29:49.72 TuE7XBFH0 352/394

「はい、分かりました」

気付けば和子は早雲の手を取ってそう答えていた。

「うんうん、分かってくれたらそれでいい」

早雲はうれしそうにそう言った。

「ふぅ、ひとまず収まったか……ま、親父は後でもうちょっとシメとくけどな」

乱馬が安堵のため息をもらす。

「……あ、あれはまずいかも。先生が恋してるときの目だよ」

一方のまどかは冷や汗を垂らしていた。

「え、恋!? なに、うちのお父さんは教師に好かれるタイプとかそんなんなの?」

早雲は妻に先立たれて現在は子持ちの独身であるが、亡き妻への思いが強く再婚するつもりはない。

にも関わらず、乱馬やあかねの通う学校の二ノ宮ひな子という女教師に言い寄られたことがある。

だから、和子もだとすれば、女教師に言い寄られるのは二人目だ。

あかねは、あの人が継母になったら正直面倒だなぁ、と内心思った。

「まーでも、オレに親戚がいたこととか、交流がない理由とかいろいろ分かって良かったかな」

そうつぶやいたらんまに、まどかはにっこりとうなずいた。

~第45話 完~

806 : ◆awWwWwwWGE[sag... - 2012/12/24 01:04:23.70 z2Vvtjos0 353/394

~第46話~

廃墟となった教会で、一人の少女が祈りをささげていた。

暗い闇夜の中、彼女の金色に輝く髪だけが光を放っている。

 コツッ コツッ

金髪の少女の後ろから足音が響いてきた。

だが彼女は気にも留めず祈りを続ける。

足音の主……赤毛の少女は、金髪の少女のすぐ後ろまできて立ち止った。

「誰かと思ったら、マミかよ。ウチの教会で祈ってもご利益なんかないよ」

赤毛の少女は呆れたようにため息をつく。

「いいのよ。こういうのは気持ちの問題だから……杏子は何しに来たの?」

マミと呼ばれた少女は、祈りを終えたらしく、立ち上がり赤毛の少女に振り向いた。

「何しに来たって、ここはあたしん家だ」

赤毛の少女こと杏子は、ぶっきらぼうにそう言った。

「いや、そういうのじゃなくて――」

「ここもいつまでも放っておいてもメーワクだろうし、どうにか処分できねーかと思ってな」

杏子はマミがツッコミ終わるのを待たずに語りだした。

「処分って……ここ、まだ杏子のモノなの? 国とか不動産屋じゃなくて?」

「ああ。いちおう権利書も持ってるぜ」

そう言って、杏子は教会の中を見渡した。

その動作はゆっくり全体をながめるような感じで、物件の状態を確認しにきたというよりは
過去を振り返りに来たようにマミには見えた。

そして、杏子は不意に質問する。

「あんたは、なにを祈ってたんだ?」

「……私がね、これまでもこれからも魔女を殺して生きていくことを懺悔に来たの」

うつむき気味で、マミは答える。

「は? また、意味のねーことを。あたしたちはどうせそうしなきゃ生きてけないし、
肉体も残ってない連中はどうやっても助からないだろ? いちいち懺悔するようなことかよ」

杏子はバカバカしいと言わんばかりに肩をすくめて見せた。

「だとしても、自分のエゴのために彼女たちを犠牲にしているのは変わらないわ。
私だって、杏子や鹿目さんや……良牙さんが助けてくれなかったら同じ目に会っていたはずだし、
これからまたそうならないとは言い切れないわ」

「バカやろ、滅多なこと言うなよ」

うつむいたままのマミに、杏子が叱るように言った。

「もちろん、なるつもりはないわよ。でも、魔女として死んでいく子たちも私たちと同じだって言いたいの」

「ハァ、やれやれ、一回地獄見てお人よしも少しは治るかと思ったら……ますます酷くなってやんの……」

わざとらしく、杏子はため息をつく。

「別にお人よしのつもりはないわ、罪悪感から逃げたいから祈ってるだけよ」

(あ……そっか)

マミの言葉で、杏子は急に何かが分かった気がした。

自分が悪ぶっていたのも、マミが人を助けるために奔走していたのも、結局は罪悪感や小さな自分から逃げていただけなのだ。

ただ、逃げる方向が真逆だったに過ぎない。

自分が逃げていることに心のどこかで気付いていたから、人のために生きることができない杏子はマミに固執していた。

しかし、そのマミも同じく逃げていたと分かれば、もともと意地を張る必要などなかったということになる。

そうなれば、同じ逃避にしてもハタ迷惑をかけていた自分がバカらしい。

807 : 46話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:05:19.54 z2Vvtjos0 354/394

「それに自分のためのことも祈ってるしね……」

マミは間をおいて続けて言った。

「どんな?」

「借金が減りますようにとか、奨学金ゲットできますようにとか」

「そういうのは神社いけ!」

杏子は素早くつっこんだ。

だが、マミの気持ちも分からないではない。

今までなんだかんだ言って経済的には不自由が無かったマミだが、今は違う。

キュゥべえに襲われて壊滅的被害を受けたマンションの部屋にはもう住めなくなり、
それどころか表向きはガス爆発として処理されたためにマンションの管理者への損害賠償金が必要となった。

その額が貯蓄を上回って借金となってしまったのだ。

これからのことを考えれば、神頼みもしたくなるだろう。

「あ、そうだ。せっかくだから、ここはあんたにやるよ」

突然、思いついたように杏子はそう言った。

「へ?」

唖然とするマミに向けて、杏子は薄い冊子を風に乗せて飛ばした。

魔法で操作を加えてあるのだろう、それはスッと正確にマミの手元まで届く。

「と……登記権利証!? これ、杏子のおじさんの名前じゃ?」

「そんじゃーな」

マミの質問には答えず、杏子はそのまま去って行った。

********************

「じゃあ、まどかのお母さんは知ってたわけだ」

「うん、乱馬さんの名前でピンと来たって」

「意外と世間は狭いもんだねぇ」

「そうだよねー……でも、その結果があれなんて」

まどかとさやかが雑談するその前で、早乙女和子は上機嫌で黒板の前に立っていた。

「――そういうわけで、男子の皆さんは強く優しくあることを心がけ、女子の皆さんは男を中身で判断するように!」

ただし、言うことはあまり変わらない。

「今回はどれだけもつかな?」

「もつって言うより、ダメだと思う。相手が全然その気が無いみたいだから」

そう答えながらまどかは思った。

全然気のない相手を惹きつけてしまう習性はきっと天道家の血なのだろうと。

そして和子と同様に良牙をあわれに感じた。

「それでは、今日のホームルームはこれでお終いです。みなさん、気をつけて帰りましょう!」

和子がそう言うと、日直が起立と礼の号令をする。

そうして、この日のホームルームは終わり、放課後となった。

「今日はやけに早かったですね」

仁美がまどかとさやかに話しかける。

「早乙女先生、今日から護身術を習いに風林館の道場に通うんだって。それで早く切り上げたいんじゃないかな?」

「その道場の師範に恋しちゃったらしいよ」

まどかとさやかが口々に答える。

808 : 46話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:08:09.11 z2Vvtjos0 355/394

「ああ、それで!」

仁美がやけに納得したのは、先生の表情が恋している時のそれだったからだ。

「それじゃ、帰りますか……って、おわ、雨じゃん!」

窓の外を眺めてさやかが驚く。

「困りましたわね、天気予報では晴れだったのに……」

仁美が言う通り、天気予報では快晴だったので、傘など持ってきている生徒はほぼいない。

「あ、ほむらちゃん!」

まどかは思いだした様に叫んだ。

今の暁美ほむらは変身体質で、ソウルジェムに水がかかるとカエルになってしまう。

しかも、ソウルジェムだけがカエルになって自分の体を動かせなくなる。

つまり、雨の中で傘が無ければ人間としての体が帰宅できないのだ。

「ああ、そういえば暁美さんは雨に濡れて持病が悪化されたとか……確かにこれでは帰れませんわ」

事情を知らない仁美は一般人的観点からほむらの心配をする。

ほむらはメガネをかけて三つ編みになったことを、表向きには持病の悪化のためとしていた。

突然の欠席もあり、保健委員でなくともクラスの全員が病弱児と思っている。

「しかたないなぁ」

さやかはそうつぶやいてから、ほむらに声をかけた。

「ほむら、あんたこの雨じゃ帰れないでしょ? あたしがひとっ走り傘とってきてあげるから――」

「その必要はないわ」

ほむらはきっぱりと断る。

「何そんな強がって――えっ!?」

さやかは自分の目を疑った。

ついさっきまで制服姿だったほむらが、次の瞬間には雨合羽を上下着用でフードもかぶり、
手には長い傘、そして医療用らしい白いゴム手袋をしていた。

「わ、ほむらちゃんすごい!」

まどかは素直に驚く。

「自分が雨に弱いと分かっていれば、普段からこのぐらいの準備は当然よ」

なぜか自信満々にほむらは言う。

「……今日の雨でそれですか」

仁美はなかば唖然として完全防水のほむらをながめた。

確かに傘は必要な雨だが、そんな台風の中でも濡れないような格好をするほどの雨ではない。

『ってか、あんた今、時間止めたでしょ!? 雨合羽着るぐらいのことに何で魔法使ってんの?』

さやかはテレパシーでほむらにツッコミを入れる。

『みんな着替えるの早いってぐらいにしか思ってないわよ。
それに、盾の中から合羽を出すの見られちゃまずいでしょう?』

ほむらは冷静に返す。

『ああ、盾の中にしまってたんだソレ。でもその服装は――』

『今日の雨ぐらいならこれで大丈夫よ。もう少し雨が強くなれば、前の防護服も盾の中に入っているわ』

『そうじゃなくて……いや、もういいや』

さやかはほむらの防水対策がやり過ぎだと言いたかったのに、逆に解釈されて戸惑った。

もしもっと強い暴風雨のときは、あのかっこうで学校から帰るつもりなのかと思うと非常にやるせない。

そんなことを考えているさやかの制服のすそに、まどかが触れた。

809 : 46話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:08:42.79 z2Vvtjos0 356/394

『さやかちゃん、チャンスだよ!』

そしてまどかはテレパシーを送る。

『何が?』

いきなりチャンスと言われても、さやかには何のことだか分からない。

『魔法少女さやかちゃんが本気を出せば、あっという間に傘をとって戻ってこれるよね?
だから、上条くんと……その、相合傘なんて……』

まどかはどうやらさやかが傘を持ってきて恭介と二人で帰れと言っているらしい。

『え? それならまどかと仁美の分も――』

しかし、そんなことをするぐらいならさやかは全員分傘を持ってくる。

「そうそう、私と仁美ちゃんは今日は委員会のお仕事ですぐに帰れないんだー」

まどかはそのセリフは口でしゃべった。

「――? あ、ええ、そうなんです。悪いのですが、今日は先に帰ってください」

仁美もまどかの言葉を肯定する。

「ああ。そうなんだ。だったら、悪いけど先に帰るね」

そう言ってさやかは申し訳なさそうに教室を出ると、一般人には目にもとまらないスピードで駈け出していった。

さやかが出て行ったことを確認すると、仁美がふうっとため息をついた。

「どうしたのですか、一体? さやかさん抜きで話したいことでも?」

「ごめんね、仁美ちゃんにまで嘘つかせちゃって」

まどかはぺこりと謝った。

本当は、保健委員のまどかと学級委員の仁美が同時に出席しなければいけないような仕事や会議はない。

事前の打ち合わせも無しで口裏を合わせてくれた仁美にまどかは色んな意味で頭が下がる思いだった。

「あ、ごめん、ほむらちゃんも来てくれないかな?」

そしてまどかは、今にも帰ろうとしていたほむらも呼びとめる。

「私はこれ以上雨が激しくなる前に帰らないと……」

まだ雨が強くないうちに帰りたい、変身体質を知っているまどかからしても、ただの病弱と思っている仁美からしても
もっともな理由である。

「でもね、仁美ちゃんには本当のことを言っておいた方が良いと思うの」

まどかはそう言って、ほむらの雨合羽のそでをつかんだ。

「……あなたがそう言うなら分かったわ」

ほむらはゆっくりとうなずいた。

その様子を仁美は不思議そうに見守る。

そうしてまどかは、仁美とほむらを学生寮まで連れて行った。

建物の中に入り、『巴』と書かれたプレートのある部屋をノックする。

しかし、早乙女先生のホームルームが早く終わったせいか、まだ部屋の主は帰ってきていないようだった。

「あー、どうしよう」

「しばらく待ちましょうか?」

まどかと仁美とほむらの三人は立ち往生をする。

「あら? 鹿目さんに暁美さん?」

そこに、ホームルームを終えたマミが現れた。

まどかの隣にいる少女に、マミはわずかに見覚えがある。

「はじめまして、志筑仁美と申します」

まどかが互いを紹介しようとするより早く、仁美は丁寧におじぎをした。

810 : 46話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:09:46.35 z2Vvtjos0 357/394

「えと、仁美ちゃんは私のクラスメイトで……」

「立ち話もなんだから、とりあえず中に入りましょう」

そう言って、マミは自室のドアを開けた。

「失礼します」

「失礼するわ」

マミに続いて、まどか・仁美・ほむらが部屋に入っていく。

備品は簡素なパイプベッドと学習机。

マミの部屋にはその他に小さな丸いテーブルと、古い教室用の椅子が三つあった。

三つの椅子に学習机の椅子を足して、四人でテーブルを囲む席が出来上がった。

「せっかくだから、お茶にしましょう」

それだけ言って、マミは学生寮共用の冷蔵庫までお菓子を取りに行く。

その間に、まどか・仁美・ほむらの三人は全員教室用の椅子に腰かけた。

古い教室用の椅子は鉄パイプと薄い木材で出来た簡素なつくりである。

三人ともなんとなく遠慮をして粗末な方の椅子に座ったのだ。

そこに、お菓子とティーカップをもってマミが現れた。

ティーカップはプラスチック製、その中に廉価品ブランドのロゴがついたティーパックが置かれている。

(マミさんのお茶会が……)

(明らかにグレードダウンしてる……)

まどかとほむらはやるせない思いを隠しきれなかった。

そんな二人をまたも仁美は不思議そうにながめる。

次に、マミは小ぶりのレアチーズケーキをテーブルの上に並べた。

紫色がかったレアチーズケーキはおそらくブルーベリー味なのだろう、飾りや果肉などは乗らずいたってシンプルである。

「あら、こちらのケーキは手作りですか?」

仁美がマミにたずねる。

「ええ、大したものじゃないけど、召し上がってくださいな」

マミは今までのお茶会と変わらないようにほほ笑むが、どこかやつれた様にまどかには感じられた。

(まあ、このぐらいシンプルな方がかえって私にはありがたいわ)

そう思い、ほむらはケーキをひとかけら口に入れる。

(……コクが無い!? いくらなんでもあっさりし過ぎだわ)

ほむらはどうリアクションしていいかわからずに固まった。

隣を見れば、まどかも同じようにコメントに困っているようだ。

「とても上品な味で、おいしいです」

しかし、仁美は難なくほほ笑みを浮かべて悪く思われないであろうコメントを返す。

「ありがとう」

マミは疑うそぶりもなくほほ笑みを返した。

((これが、上流階級の力……))

まどかとほむらはその力の差を思い知った。

「……でも、どうやって作ったんですか? 寮のキッチンじゃ大変だったんじゃ?」

まどかは気になるところを聞いた。

「牛乳を温めてレモンの汁を入れて作ったフレッシュチーズに、ブルーベリーヨーグルトを混ぜてから型に入れたの。
お鍋と型さえあれば出来るから、ここのキッチンでも問題無しよ」


811 : 46話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:10:57.56 z2Vvtjos0 358/394

にっこりとマミは答える。

(生クリーム無し!?)

父親の影響で多少はお菓子作りの知識があるまどかは驚愕した。

普通、レアチーズケーキに使うクリームチーズには生クリームを入れる。

そうしなければ、コクやなめらかさが生まれない。

だが、生クリームは高級品である。1リットルで2000円ぐらいはする。

さらにブルーベリーも本物の実を使い、ビスケット生地などもつけて……
となるとケーキ屋で買った方が安いぐらいになってしまうだろう。

それに対して、このマミのレアチーズケーキは高くてもおそらく1人分100円もいかない。

(マミさんのケーキが、びっくり節約メニューになってる)

なんとも悲しい現実だった。

「そ……それより、まどか。何か話があるんじゃなかったの?」

見ていられなくなったのか、そう言ってほむらは話を元に戻した。

「あ、そうだった。仁美ちゃん、この先輩がね、私たちの例の夢遊病の時に助けてくれた人なんだけど――」

まどかはようやく、語り始めた。

*******************

「ただいまーっと」

杏子が『うっちゃん』の扉を開けると、閉店中の店内で右京と良牙が話していた。

「あんこちゃんおかえり」

「よう、杏子ちゃんか」

それだけ言うと、右京と良牙はまた二人での話に戻る。

ちなみに、良牙が杏子を「ちゃん」付けで呼ぶのは、マミをはじめとした中学生たちを
みんな「ちゃん」付けで呼んできたのをそのまま適用したためである。

「――だいたいやな、アンタが移り気なのがあかんのや!そんなんやから気持ちが伝わらへんねん!」

「そうは言ってもだな、こっちにもどうしようもない事情が――」

なかなか議論は白熱しているらしい。

その言葉や互いに慣れた雰囲気が、まるで浮気性でふがいないダンナとそれを叱る女房のように見えてくる。

(あれ、もしかしてこの二人、付きあってんの? それとも、付きあってた?)

杏子はそんな錯覚を抱きかけた。

「アンタら何の話してんだ?」

杏子は聞かずにはいられなかった。

「前から良牙とはやな……うちがらんちゃんを、コイツはあかねちゃんをゲットするために協力するって話になってんねん」

「へぇ、そいつは初耳だな」

説明を聞いた杏子は、右京と良牙を見比べた。

どちらの表情にも不自然なところはない。少なくとも、嘘をついているようには見えなかった。

(店長と良牙……以外にしっくりくるような?)

なんとなく、言葉に言いあらわしにくい部分で、杏子はそう感じた。

「それをやな、このアホンダラはあかねちゃんの許嫁になれるっちゅー絶好のチャンスでろくなアピールも出来んと。
いまだにあかねちゃんはコイツのことを意識もしとらへん。ホンッッマにふがいないやっちゃで」

右京はあきれた様子でため息をついた。

「だからそれはどうしようもない事情があってだな……杏子ちゃんも分かってるだろ?」

答えあぐねた良牙は杏子に弁護を求めた。

812 : 46話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:11:31.83 z2Vvtjos0 359/394

少なくともマミを助けるという点では、志をひとつにした仲間のはずだ。

助けを求める良牙の視線に、杏子は冷めた目を合わせた。

「本当は誰が好きなんだい、アンタ?」

「えっ?」

フォローを入れるどころか、より本質をついた鋭い質問を突きつけられ、良牙は狼狽した。

「そ……それは……」

「そんなんもハッキリと言えんのかい!」

そんな良牙を右京が叱咤する。

(胆っ玉かあさんと尻に敷かれるダンナだ……)

杏子は、良牙と右京の二人に絵になるものを感じながらも、あえてそれを口に出して言おうとは思わなかった。

「迷ってるならさ、マミの奴のそばに居てやってくれよ」

「「へ?」」

杏子の言葉に、今度は二人が同時に驚いた。

「店長にはわるいけどさ、コイツにあのあかねって子は無理だって。
まどかに聞いた感じだとまったく脈がないみたいだしね」

「あー、せやなー。うちかてらんちゃんとコイツを比べたら、どう考えてもらんちゃんしかないし」

右京は冷やかな視線で良牙を眺め、次に視線を上に向けて乱馬を想像した。

「いや、あたしは別に乱馬の奴がいいとも思わないけど……」

右京は妄想に入ってしまったのか、そんな杏子のツッコミを聞かず、
「やっぱらんちゃんみたいにシュッとしてて……」などとぶつぶつ言っている。

「ちょっと待て、まどかちゃんなんて、それこそ恋愛経験も何も無いんじゃないのか?」

良牙は抗議した。恋愛経験ゼロのまどかの推測で判断されてはたまらない。

「アンタの感覚よりがはアイツの勘の方が信頼できる」

しかし杏子は迷いなく断言した。

「それにだ、あたしはよく知らないけど、あかりとかっていうのもやめといた方が良いと思うぜ?」

「なんで?」

良牙としては事情を全く知らないあかりのことにまで杏子に言及されるのが少し不満だった。

微妙につっかかるような聞き方になる。

「すげーブタ好きなんだろ? アンタは一生、ブタに囲まれてくらしたいか?」

「――ぐはぁっ!」

杏子の言葉に、その未来を想像して良牙は心に大ダメージを負った。

「いや、だが、あかりちゃんはオレのためにブタ嫌いになろうとしたほどの子だ。そんな心配は……」

ここで折れてはタフネスをほこる良牙ではない。なんとか気を取り直し、反撃をこころみる。

「へぇ、アンタ、その子に一生ブタ好きをガマンさせんの?」

「あっ」

しかし、良牙の反撃はあっさりとカウンターで返された。

あれほどブタ好きな子に一生我慢をさせる、良牙はそれをなんとも思わないほど傍若無人ではない。

「うおお……オレはどうすれば……」

良牙は苦悩する。

「アンタにも選択肢なんてないんだ。ウジウジやってないでとっとと腹くくりな」

「そうやな、良牙、アンタが気持ちをはっきりさせへんことには何も前に進まんのや」

杏子と右京は同時に追い打ちをかける。

813 : 46話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:12:56.30 z2Vvtjos0 360/394

「……ええい、右京はともかく、なんで杏子ちゃんにまでこんなこと言われなきゃなんねーんだ!」

ついに良牙はキレ気味になって、机をたたいた。

恋愛関係について共闘を約束している右京とは違って、杏子にはとやかく言われる筋合いがないはずだった。

「わかんねぇのかよ?」

そう言って杏子は良牙と目線を合わせると、そのままテレパシーを送った。

『キュゥべえの奴をブッ倒したところで、あたしたち魔法少女は何にも変わらねぇんだ。
いつ魔女との戦いで命を落とすかも、自分自身が魔女になっちまうかも分からねぇ。
だからさ、ちょっとの間でもいいからマミの奴にはいい夢見てて欲しいんだよ』

思っていたよりも真剣な答えに、良牙は一瞬呆気にとられた。

「……な、そんなこと言って、自分自身はどうなんだよ?」

動揺を隠しきれない態度のまま、良牙は逆質問をする。

「ああ、あたしは別にいらないね。
ガラじゃないし、さんざん他人に迷惑かけてきといて今更いい思いしようだなんて思ってないよ」

『だけど、アイツは違う。アイツに命を救われたヤツは数知れないぐらいいるんだ。
それなのに、馬車馬のように働いてひっそり消えていくなんて、あたしは認められない』

杏子は途中まで口で話して、残りをテレパシーで続けた。

そのテレパシーで会話している間は、右京からは良牙と杏子がただ見つめ合っているように見える。

「……アンタら、もしかして好きあっとるんか?」

「「なんでやねん!」」

率直に聞いた右京に、良牙と杏子はすばやくベタなツッコミを返した。

「とにかく、ちょっと一人で考えさせてくれ」

良牙はきまりが悪そうに言うと、立ち上がって『うっちゃん』を出ようとする。

「グダグダ長引かせんじゃねーぞ」

杏子は最後にそんな言葉で追い打ちした。

「く、じゃ、じゃあな」

相変わらずのぶっきら棒なあいさつで、ガタンと戸を閉めて良牙は出ていった。

「ホンマに世話焼ける奴やな、あいつは」

そうつぶやいた右京はどこか楽しげだった。

「……あのさ、店長もいい加減乱馬の奴にこだわるのはやめた方がいいと思うぜ?」

杏子は言いにくそうに、右京に苦言を呈した。

「どしてや? あんこちゃんにはウチは勝ち目なさそうに見えるか?」

右京は余裕のある口ぶりだった。

「ああ、悪いけどそう見える」

だが、杏子はそれでもはっきりと言った。

乱馬は素直に感情を表さないようだが、その心は強くあかねに向いていることを杏子は知っている。

このまま右京が乱馬を思い続けていても、ピエロになるだけとしか杏子には思えなかった。

「ふぅん、そうか……」

右京はそうつぶやいてしばらく考えて、それから再び口を開いた。

「やっぱり、あかねちゃんの怪我を治したのはらんちゃんやってんやな」

少しさびしそうに、右京は遠い目をする。

「え、ちょ……待て、どうしてそれを!?」

杏子は動顛した。

右京には、「魔法少女という者が存在して魔女と戦っている」ぐらいのざっとした情報しか与えていないはずだ。

814 : 46話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/24 01:13:35.20 z2Vvtjos0 361/394

キュゥべえとの契約で願いをかなえるというようなことは一切知らないはずだった。

ましてや、乱馬があかねのために契約したという事実は右京には漏らしてはいけないトップシークレットである。

(まさか乱馬のヤロー……いや、それはない。猫飯店の連中か?)

杏子は頭の中で犯人探しを始める。

そんな杏子を落ち着ける様にゆっくりとした口調で右京は言った。

「うちな、キュゥべえに魔法少女ならんかって言われてん」

「げ!? まさか……」

「断ったけどな」

「あ、そっか」

そうしてようやく、杏子は一息ついた。

「ま、そうでなくともや。らんちゃんが今はあかねちゃんのことがいっちゃん好きや言うことぐらい分かっとる。
ウチはそないに鈍いオンナやないで」

右京は話しながらも、店内の片づけをはじめた。

「だったらどうして諦めねぇんだ?」

慣れた様子で杏子も片づけを手伝う。

「そやなー、ウチが好きなのはあくまでらんちゃんやからな、自分の気持ちにはウソつきたない」

自分の気持ちに嘘をつかない、その考え方は杏子には斬新に思えた。

だからこそ杏子相手にも、初対面でケンカになりかけたし、単に気に入ったという理由だけで住み込ませたのだろう。

(あたしは、自分に嘘をつき続けてきたのかもな……)

杏子はしみじみとそんなことを思う。

「それにやな、らんちゃんがあかねちゃんのことが好きなのはあくまで『今』や。
未来永劫そのままなんてことはあり得へん、ウチにかて逆転のチャンスぐらいいくらでもある」

そう言って、右京は自信ありげにニカッとして見せた。

(ああ、根は能天気でとことん前向きなんだな)

なんとなく、杏子には右京と良牙が妙に似合って見えた理由が分かってきた気がした。

能天気なだけでなく、自分の気持ちに嘘をつけず、かと言って相手の意思を否定もできずに
勝てない恋に挑んでいるのもまた良牙と右京の共通点なのだろう。

「でもさ、逆転のチャンスって言うならなんでキュゥべえと契約しなかったんだ?」

気持ちに嘘をつかないのなら、まさに最大最悪の大逆転のチャンスをなぜ棒に振ったのか。

杏子にはよく分からない。

「あんこちゃん、いくらウチらがお好み焼き作るの上手くても自分で焼きたがるお客さんは絶対おるやろ?
なんでやと思う?」

右京は質問を返した。

「え? えーとだなぁ、焼き加減にこだわりがあるから!」

まさかここで仕事の話をふられると思っていなかった杏子はとっさにそう答えた。

「アホか。焼き加減ぐらい言うてくれたら好み通りに仕上げたるわ」

そうツッコンでから、右京は一息呼吸を整える。

「答えは、自分で作るのが楽しいからや」

「あ、なるほど」

杏子はポンと手をたたく。

「素人さんが作ったってヘタクソなお好み焼きになるかもしれへんし、思い通りになんて中々ならへん。
それでもやな、自分の手でおいしいお好み焼きになるように手を尽くすのが楽しいんや。
一流シェフがどんなうまい料理作ったって、その楽しみだけは出せへん。だからお好み焼きは最強なんや」

(最……強?)

815 : 46話10 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/24 01:14:10.07 z2Vvtjos0 362/394

なぜ「最高」とかでなく「最強」になるのかが杏子にはよく分からなかったが、とりあえず言いたいことは分かった気がした。

「ウチもな、なんだかんだ言うて今が楽しいんや。らんちゃんを取り合ってケンカしたり、
さっきみたいに良牙と悪だくみしたり……大騒ぎしたりするのが楽しいねん。
だから、魔法かなんか知らんけど無理矢理らんちゃんの意思を捻じ曲げてハッピーエンドってのはウチにとってはちゃうんや」

そう言った右京の瞳はたしかに輝いていた。

きっとそれは、負け犬の遠吠えでも自分への言い訳でもなく本心だからなのだろう。

(あたしも過程を楽しむぐらいの余裕があったら……)

そう考えて自分を振り返り、杏子は苦笑した。

確かに昔はそんな余裕が無かった。だからマミとたもとを分かつことになった。

だが少なくとも風林館に来てからの自分は、乱馬を倒すために修業したり、
お好み焼きを焼く腕を磨いたり、十分に過程を楽しんできた。

目的至上主義のキュゥべえが念押しに来たのも当然の話だ。

(ま、一応乱馬の奴のおかげってことになんのかね)

気がつけば、マミとの絆は取り戻し、仲間ができている。

悪事に手を染めなくてもお好み焼きを焼いて生きていける。

もう悪人になる必要も、悪ぶらなきゃならない理由もないのだ。

杏子は長い間つっかえていたものがようやく取れたような気がした。

~第46話 完~

827 : 47話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:46:03.21 2HgVDOPR0 363/394

~第47話~

♪ヤパパー、ヤパパー、イーシャンテン――♪

もう夜もふけたころ、携帯電話が鳴った。メールではなく電話の着信音だ。

美樹さやかは手にとってその画面を見た。知らない番号からの電話だ。

(こんな時間に誰?)

怪しく思いながらも、さやかは電話に出てみた。

『あたしだ』

受話器越しの声はそう言ってきた。

「アタシダさんですか?」

思わずさやかは往年のボケで返す。

『そんなワケあるか、声で分かるだろ?』

「ああ、杏子ね。携帯買ったんだ」

さやかは名乗らない相手の名前を当ててみた。

『そ。番号はマミに聞いた』

受話器の向こうからはその答えを肯定する返事が返ってくる。

「うん、杏子なら構わないよ。やっぱテレパシー使えても携帯はいるよね。
テレパシーだとこっちと風林館で話すのはちょっと難しいし」

テレパシーを正確に飛ばせる範囲はせいぜい知れている。

うんと出力を上げれば見滝原と風林館でも届くのかも知れないが、
かなり念波が乱れて聞き取り辛いだろうし特定の相手にだけ聞こえるようにするのも難しい。

たとえテレパシーを使える魔法少女同士でも、携帯電話は有用なアイテムだった。

『ああ。それに、テレパシーは傍受されるかも知れないからな――』

杏子はさやかに対して含みのある返事をした。

「そんなことできるのは魔法少女でもマミさんぐらい……」

普通は魔法少女でもテレパシーの傍受なんて技術は持っていない。

出来るとしたらインキュベーターかマミぐらいだろう。

そのインキュベーターはキュゥべえが消えたので今のところ見滝原や風林館にはいない。

そして、マミに聞かれて困るような会話はさやかと杏子の間ではあまり考えられない。

さやかには杏子がなんで傍受を警戒するのか分からなかった。

『そいつが問題なのさ』

杏子はきっぱりとそう言った。

さやかはますます首をかしげる。

『実は、今回電話をかけた用事はだな――』

そして、用件を語り始める。

「え!? うんうん、なるほど」

さやかは受話器越しにしきりにうなずく。

『――と、言うわけだ。協力してくれるか?』

「もちろん!そんな面白い話、乗らないわけないでしょ」

うれしそうに、さやかは答える。

『おいおい、面白がるのはかまわないけど、あたしは結構真剣だからな』

杏子はノリのよすぎる返事に少しあきれた様子でつぶやいた。

「で、まどかやほむらはどうするの? 協力させる?」

高いテンションのまま、さやかは話を進めていく。

828 : 47話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:48:14.22 2HgVDOPR0 364/394

『いや、まどかは漏らしちまいそうだし、ほむらはまずノリが合わないだろ。
あと、こっちも乱馬を入れたら面倒臭いことになりそうだから誘わない。今回はあたしとアンタだけだ』

「なるほどねぇ、へへ、このさやかちゃんを相棒に選んでくれたことを感謝するよ」

『ぷぷっ、本当に調子のいいやつだな。それじゃ、しばらくよろしく頼むぜ』

そうして話がまとまると、「ピ ピ ピ」と何回かボタンを押す音がして、杏子は電話を切った。

きっとどれが「電話を切る」ボタンか分かっていなかったのだろう。

さやかは自分にもそんな時代があったことをふり返り、少しなごんだ。

*************

今日もまた、見滝原中学校にはいつもと変わらない日々が流れていた。

変わったことと言えば、不登校児だった呉キリカという生徒が行方不明として捜索届を出されたことぐらいだろう。

一部の教職員はそのことでいろいろ大変だったようだが、一般の生徒の大半にとっては何事もない日常が過ぎて行った。

暁美ほむらは、まだメガネと三つ編みのままだった。

別に、魔力に余裕が無いわけではない。

この世界の鹿目まどかは今まで自分が失ってきた他のまどかではない。

その事実を認めるのは確かにつらいことだ。

鹿目まどかが契約せず、『ワルプルギスの夜』を倒したのに、失ったものは何一つ返ってこない。

それらはすでに失われたものなのだ。

そういうことを真剣に考えると、今でもソウルジェムが濁る。

だが、少なくともこの世界の鹿目まどかは自分にここに居てもいいと言ってくれている。

それに背を向けて、失われたものを追い求めるのはあまりに失礼なことだろう。

だから、今は必要以上に過去のことを考えない。

そうしていれば、自然とソウルジェムの輝きには余裕がでてきた。

それでも、以前のように県大会レベルの成績を出せるような身体強化はしない。

もともとチヤホヤされたくてそうしたのではなく、一人で戦うのに必要だったから過剰な身体強化をしただけなのだ。

今の状況は、『ワルプルギスの夜』のような大きな標的はなく、かならずしも一人で戦う必要もなく、
インキュベーターから何らかの妨害を受ける心配もない。

普通に、日常生活に支障が無いレベルでの身体強化で十分だ。

誰からもチヤホヤされるレベルのバカげた身体強化よりもその方が学校生活も充実して感じる。

ほむらはそう思っていた。

そんなほむらがいる一方で、美樹さやかは体育の授業や身体測定などで手を抜くのにかなり苦労をしているようだった。

もとから身体能力が良好だったのだから、今や多少手を抜いても運動部からひっぱりだこにされそうな成績が出てしまう。

競走なら本気を出せば世界記録も余裕で越えてしまうだろう。

ほむらは今までそんなことを気にしたことが無かったが、今日はさやかから「手の抜き方を教えてくれ」と
テレパシーでせがまれて思わず笑ってしまった。

そんな日の放課後、まだホームルームが終わってすぐの時間に校内放送が流れた。

『暁美ほむらさん、暁美ほむらさん、至急、職員室まで来てください』

職員室への呼び出しである。

「ほむらちゃん、呼ばれてるみたいだよ?」

「あれ? ほむら、あんたまた何かやらかした?」

まどかとさやかが口々に言う。

「そうみたいね……『また』って何よ」

話しながら、ほむらは荷物をカバンにまとめ終える。


829 : 47話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:49:01.72 2HgVDOPR0 365/394

「悪いけど、今日は先に帰ってて」

ほむらはそう言って教室を後にした。

(今日はどうせ巴マミも用事があるらしいから話は進まないわ)

そんなことを考えながら、職員室へ向かう。

そこに着くと、担任の早乙女先生が待ちうけていた。

「ごめんね、急な呼び出しで。なにしろ突然だったから……私も今日は道場にいけなくなっちゃったわ」

早乙女先生は冗談めかして愚痴って見せた。

そうして応接室に通されると、そこで信じられないものの姿をほむらは見た。

「……どうして、あなたがここにいるの?」

低く抑えた声には、怒り、侮蔑、諦め、さまざまな感情が現れている。

その目線の先には、やつれきってガイコツのような顔と体をした貧相な中年男性がいた。

「お前と……話したいことがあって来た」

男は静かに、しかし強い口調でそう言った。

「帰って」

ほむらは簡潔に拒絶を示す。

「ち……ちょっと、暁美さん、お父さんにそんな言い方……」

早乙女和子はほむらをなだめようとした。

「いえ、いいんです。私が悪いので」

そんな先生を男は制止する。

「ですが、やっぱりこのことは娘と二人で話したいので、悪いですけどしばらく席をはずしてもらえますか?」

男のその言葉に従って、和子はいったん応接室を出た。

それを見送ってから、ほむらが言った。

「わざわざ学校を使って私を呼び出したのはどういうワケなの?」

「お前は電話にも出ないし、部屋に行ってもいないじゃないか」

男の答えはもっともだった。

まどかを魔女させないことや『ワルプルギスの夜』対策、それにマミの指示に従って風見野で魔女退治にと奔走し、
この一ヵ月、親とのコミュニケーションになど全く構っていなかった。

何度も「この一ヵ月」を繰り返したが、まともな会話など一度もしていなかったかもしれない。

しかし、だからと言って、素直に謝る気になどなれなかった。

「何の用かと聞いているのよ」

「今から言うことはお前にとって辛いことかも知れないが……お前の、証言が欲しい」

「は?」

父の言葉が、何を言っているのかほむらはすぐには理解できなかった。

「集団訴訟の準備ができたんだ。あとは、お前の証言があればアイツを裁くことができる!」

このやせ細った体のどこにそんな余力があるのかと言うほど力強く、男は言った。

「ど、どういうことなの? 話が見えないわ」

ほむらは動揺を誤魔化しきれない様子だった。

その声にはすでに拒絶の色は無い。

「正直に言って、金銭的にも証拠集めという面でも個人では裁判を起こすのは難しかった。
だから今まで協力者を探していたんだが、そうしているうちに被害者がお前一人ではないことが分かり
力を合わせることにしたんだ。そして、ここ一ヵ月でいつでも訴訟に持ち込める状態にまでなった」

(被害者は他にもいた……どうりで手慣れていたわけだわ)

830 : 47話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:51:56.49 2HgVDOPR0 366/394

ほむらはその気持ち悪い感触を思い出し、身震いする。

しかしその身震いが終わると、今度は温かい感情が心臓からわき出てきて瞳の奥からあふれ出しそうになった。

とっくに、あきらめられていたと思っていた。

もう親になど何も期待していなかった。

だが、その間もこの骨と皮だけにまで痩せこけたよれよれの男は戦い続けていたのだ。

「お前を疑うようなことを言ってしまってすまなかった。
それに、今さらあの時のことを蒸し返すのはお前にとって辛いだけかもしれない。
……それでも、もし事実を明らかにしてアイツに裁きを下したいと思うのなら、証言をしてくれないか?」

ほむらは父親の言葉を、うつむいて聞いていた。

どんな顔をしていいのか、自分が今どんな顔をしているのか分からない。

だから、顔を向けられない。

そして、うつむいたまま叫んだ。

「バカじゃないの!?」

あんまりなほむらの言葉に、父親の動作が止まる。

「そんなことやってる余裕があるなら、ちょっとはいいゴハン食べなさいよ!
そんなに痩せこけて……死んじゃったら意味ないじゃない!」

もはや、あふれ出した感情をほむらは抑えることができなかった。

うつむいた顔からしたたり落ちる熱いしずくがスカートにしみを作る。

何度も同じ一ヵ月を繰り返しながら、誰も自分なんかのためには立ち上がってくれないと思っていた。

ずっとそうだったのだから、それが真実だと思い込んでいた。

そして、当たり前のことなのに気付いていなかった。

何度同じ一ヵ月を繰り返しても、その数日後に何が起こるかも分からないということに――

「本当に、いままですまなかった」

そう言ってやさしく肩に手を置く父親の前で、ほむらはただ泣きじゃくるだけだった。

*******************

『――報告、本日、マミさんは不動産屋に用事があるとかいう話で放課後すぐ寮を出た模様』

受話器越しにさやかの声が聞こえる。

「ぷ……くくっ」

さやかの報告を受けて、なぜか杏子は笑った。

『は? なんで笑ってんの?』

「ああいや、こっちの話さ」

杏子はいぶかしがるさやかにそう答えた。

「他の連中はどうだい? 何か変わったことは?」

そして問いかける。

『なんだか知らないけどほむらが職員室に呼び出された以外は全くいつも通りだよ。
あたしはまどかと仁美と共に帰宅』

「了解。特に変わったことはない……か。こっちも今のところまだ進展がねぇ。
ってなわけで、今度とも報告よろしく」

そう言って杏子は電話を切った。

「……今の、さやかちゃんか?」

その電話を横で聞いていた良牙が言った。

「その通り。こっちの準備は全部整ってる。あとは、アンタの覚悟だけだぜ?」

「ううっ……」


831 : 47話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:52:47.78 2HgVDOPR0 367/394

杏子は決断を迫る。

「いいか? 嘘をつくわけでも騙すわけでもない、気持ちを言葉にするだけだ。
その程度のことできない男なんざ、誰からも見向きもされねぇよ」

「し、しかしだな、物事にはタイミングとか色々……」

それでも良牙は戸惑った。

「アンタ、バカ? まだグダグダ自分にいいわけすんのかよ!?
明日になったらマミの奴は魔女に食われて居なくなってるかもしれねーんだぞ。
それでもアンタは後悔しないのか?」

そこまで言われて、良牙はしばらく黙って考えた。

「分かった。それなら今日はもう遅いから明日行こう」

「オッケー、そう来なくっちゃ!」

良牙の返答に、杏子はニカッとほほ笑んだ。

**************

「えー、今日!? 放課後!?」

お昼休み、さやかは携帯電話で驚きの声を送信した。

『そ。上手くやってくれよ』

杏子は一方的に電話を切った。

「たくもー、強引なヤツ」

そう言いながらさやかは携帯電話をポケットにしまう。

今日の昼休みはまどかと仁美はまた委員会の仕事だと言ってどこかへ行った。

そして、ほむらも保健室に行くと言って姿を消した。

そんなわけでさやかは、今日の昼食は一人である。

いつもは会話をしながら食べているので時間がかかるが、一人で食べるとなると
お弁当などあっという間に片付いてしまう。

特にすることもないので、さやかはいつもより早く屋上から降りて教室へと向かった。

「――だから、お前はどっちが好きなんだよ!」

教室の前まで来ると、なにやらクラスメートの中沢の声が聞こえた。

「別に、そんなつもりじゃ……、さやかはただの幼馴染だし、志筑さんも入院中にちょっと仲良くなっただけで……」

中沢と話している相手はどうやら上条恭介らしい。

「お前は分かっていない!女が無意味に自分から男にべたべたしてくることなんて無いんだよ!」

ずいぶんと中沢はエキサイティングしている。

(おお、これは頼もしい味方? 中沢くん、がんばれ!)

さやかは恭介と中沢が自分たちのことを話していると知って、教室の扉を開けないまま盗み聞きをした。

「それに、別に今決めなきゃならないことってワケでも――」

恭介の態度はあくまで煮え切らない。

「そんな風にお前が半端な態度を取り続けてたら、いずれ美樹さんと志筑さんで何とかデイズみたいな状況になるぞ!」

(いやいや、あたしも仁美もそこまで激しくないから……)

暴走気味な中沢くんの妄想に、さやかは心の中でツッコミを入れる。

しかし、そんな盗み聞きはあっけなく打ち破られた。

「あれ? 美樹さん、こんなところで何しているの?」

担任の早乙女和子がやってきて、さやかに声をかけてしまったのだ。

しかも、さやかの返答も待たずに教室の扉をガラッと開けてしまったのだ。

「「あっ」」

832 : 47話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:53:33.66 2HgVDOPR0 368/394

恭介と中沢はハモってさやかの方を見た。

「え、あ、その……あたしは何にも聞いてないから、ホントに」

さやかはあわててそう答える。

しかし、その直後に聞かれる前にそんなことを言うのがそもそもおかしいということに気付き、がっくりとうなだれた。

「ん? 何かあったの?」

その気まずい空気を作りだした当人の和子には、何も分からなかった。

*****************

放課後、まどかと仁美はまた委員会の仕事と言って姿を消した。

ほむらは今日は病院に行くと言ってすぐに帰った。

(ほむらはともかく、近いうちに何か行事でもあるのかな?)

最近まどかと仁美が忙しい様子なので、さやかはそんな疑問を抱いた。

だがそんなことは今は気にしていられない。

『マミさん、ちょっと用事があるんだけど――』

さやかは三年生の教室に向けてテレパシーを飛ばしてみた。

「……あれ?」

返事が無い。

(もう寮に帰ったのかな?)

そう思い、寮の方にもテレパシーを飛ばすがやはり反応が無かった。

さやかは不安になって、マミの教室まで駆けつけた。

「すいません、巴先輩いませんか!?」

帰宅準備をしたり雑談したりで和んでいる教室全体に向けて、さやかは問いかける。

「巴さんならもう寮に帰ってるわよ」

女子の一人がさやかに答えた。

「前も巴さん下級生に呼ばれてたよね?」

「非公認サークルでもやってるんじゃない?」

三年生たちはブツブツとマミについての雑談をする。

「そうですか……」

それだけ言って、さやかは三年生の教室を後にして寮へ向かった。

校舎から寮へは途中、人気のない裏庭を通る。

その裏庭を通っていた時のことだった。

 ヒュンッ

風を切る音を感じ、さやかはとっさに身をかわした。

すると、さやかのすぐ横を両刃の斧が回転しながら飛んで来て、地面に突き刺さった。

その斧からは確かに魔力を感じる。

「誰っ!?」

さやかは斧の飛んできた方向を振りかえる。

「今のをかわすとは、流石ですわね……」

そう言ってゆっくりと歩いてきた人物は、緑色の和服をベースにした魔法少女服らしき衣装を身にまとっていた。

手には長い柄のついた斧を持っている。

その顔にさやかは見覚えがある……いや、見間違えるはずもなかった。

「仁美……まさか、魔法少女に!?」

833 : 47話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:54:21.53 2HgVDOPR0 369/394

襲われたのだから、本来ならすぐにでもさやかも変身すべきだっただろう。

しかし、予想外の相手に、さやかはそこまで頭が回らなかった。

「巴先輩から全てを聞きました……さやかさんは美国さんを殺した……
私は、その報いを与えることを願いに新たなるインキュベーターと契約を結びました」

「そ、そんな……」

何をどうすればいいかさやかには見当がつかなかった。

キュゥべえが「ボクたち」と言っていた以上、他にもインキュベーターがいる可能性が高いことは分かっていた。

それがこんなにも早くやってきて、しかも仁美に契約させるなんて、さやかは考えもしていなかった。

「いさぎよく報いを受けてくださるなら、苦しまずに死ねるように速やかにソウルジェムを打ち砕きます。
でも、抵抗なさると言うのなら……」

そう言って、仁美は手に持っていた大きめの黒いボールのような何かを投げ飛ばした。

それは、ズチャッと音を立ててさやかの足元に落下する。

「う……うあっ!!」

さやかは思わず悲鳴を上げた。

無理もないだろう。足元に転がっていたのは血にまみれた暁美ほむらの生首だったのだ。

「ひ、仁美……なんてことを……」

目の前の現実を受け入れられず、さやかはゆっくりと首を横に振る。

「さやかさんが美国さんにしたことは、これと何が違うのですか?」

仁美は斧を構え、歩いてさやかに近づいてくる。

戦うか、反論するか、そんな選択肢すらさやかの脳には浮かんでこない。

「あ……あ……うあああああああああああああああああああっ!!」

さやかの絶叫が、裏庭にこだました。


834 : 47話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/28 00:55:30.40 2HgVDOPR0 370/394




魔法少女らんまマギカ 第2章

 ~それは、贖罪の物語~



  新春開始予定




840 : 48話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:19:05.16 rm6P9vHC0 371/394

~第48話~

逃げることも戦うことも、さやかにはできなかった。

「ひ……仁美……」

ただ呆然と立ち尽くす。

そんなさやかに、仁美は警戒しながら一歩ずつ近づいていく。

「やはり、暁美さんと同じようになりたいのですね」

十分に近づいたところで、仁美は柄の長い斧を天高く振り上げた。

今にもそれが振り下ろされる、その時だった。

「獅子咆哮弾!」

光の玉が、仁美に向かって飛んでくる。

「えっ!? なんですの?」

とっさに仁美は後ろに飛んで避けた。その素早さはたしかに人間離れしている。

「大丈夫か、さやかちゃん!?」

「しっかりしろ、何ボサッとしてやがる!」

さやかの目の前に、良牙と杏子が現れる。

「くっ……」

仁美は跳んで逃げていった。

「よし、ヤツはあたしが追う!」

杏子は即座に仁美を追おうとした。

「ダメだ!」

しかし、さやかが制止する。

「どうして!?」

良牙が問う。

「あたしが悪いんだ……だから、仁美を攻撃しちゃダメだ……」

さやかは震えながらも、はっきりとそう言った。

「バカなこと言ってんじゃねぇ! お前、自分が殺されかけたってわかってんのかよ!?」

杏子はさやかの襟元をつかんで問い詰める。

「とりあえず、マミちゃんに連絡だ!」

良牙は杏子を落ちつけようとそう言った。

「それが……マミさんと連絡がつかないんだ」

さやかがうつむいたまま言う。

「まさか、マミちゃんもさっきのにやられたのか!?」

『さっきの』とは仁美のことだろう。

「あのほむらを簡単にやっつけちまうようなヤツなら……ありうるか……」

杏子は冷や汗をぬぐい、とりあえずマミにテレパシーを飛ばしてみる。

『マミッ、おい! 生きてるか!?』

『えっ、杏子!? なんでここに?』

意外にあっさりと、マミはテレパシーの返事をした。

『どうなってるんだ、さやかちゃんは連絡付かなかったって言ってたが?』

良牙も杏子の回線に便乗してテレパシーを送る。

『良牙さんまで!? あ、え……えっと、志筑仁美って魔法少女に襲われて怪我しちゃって、
テレパシーを返す余裕がなかったのよ!』

841 : 48話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:19:49.90 rm6P9vHC0 372/394

マミは杏子や良牙が来ている事にやけに驚いている様子だった。

『マミさん……仁美に、ほむらがやられちゃった……』

さやかはまるで絶望に染まりきったような声色のテレパシーをマミに届けた。

『え……ええ、そうね。油断できないわね、と、とりあえず志筑さんに襲われたら戦うなんて考えずに逃げなさい』

マミもあまりの状況にいっぱいいっぱいなのだろうか。

慌てているのを隠し切れていなかった。

しかし、それ以上にさやかには気にさわることがあった。

『マミさん……そりゃマミさんにとっては恨みもあるかも知れないけど……
それでも、キュゥべえや『ワルプルギスの夜』と戦った仲間じゃないんですか!?』

やり場のない怒りをぶつける相手が欲しかっただけなのかも知れない。

そんな自分をどこかで自覚しながらもさやかは、
マミのあまりに淡白なほむらの死に対する反応に咬み付かずにはいられなかった。

『あ……えーと……』

さすがにマミも対応に困ったらしく何も答えられない。

そのテレパシーの回線に、また別の意思が割り込んできた。

『ド新人にやられたと思われるなんて、私もずいぶんと舐められたものね』

それは、まぎれもなく暁美ほむらのものだ。

『ほむら、生きてたのか!?』

『え、でもその首は……?』

杏子とさやかがほむらに聞いた。

『私はすぐ近くにいるわ、ほら、ここよ!』

ほむらはそう言うが、あたりにさやか杏子良牙以外の人影など見当たらない。

そしてもちろん、生首はピクリとも動かない。

「ええい、一体どこに居るんだ?」

そう言って、あたりを見回す良牙の視界に、ぴょんぴょん飛び跳ねるカエルの姿が映った。

「まさか!?」

杏子は思わず叫ぶ。

『そのまさかよ。ソウルジェムが打ち砕かれなくて命拾いしたわ』

そんなテレパシーとともに、カエルは三人に駆け寄ってきた。

「ほ、ほむら……あんた……」

さやかはそれ以上もう何も言えなかった。

『ち……ちょっと、暁美さん、それでいいの!?』

マミも状況を把握したらしく驚いているようだ。

『いいも悪いも、こうするしか仕方がないでしょう』

ほむらは冷静にそう答える。

(元の体を失ったのに……ほむらの割り切りがよすぎない?)

さやかの脳裏をそんな疑問がよぎった。

『とにかく、ひとまず巴マミの部屋に集まって今後の対策を練りましょう!』

カエルの身でありながら、ほむらは気丈に指揮をとった。

「お……お前の首は……?」

良牙が恐る恐るたずねる。

『持って行っても意味がないわ。置いてって』

842 : 48話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:20:32.46 rm6P9vHC0 373/394

カエルは生首に見向きもせず、マミのいる寮へ向かった。

*************

「よ、よかったわ。みんな無事みたいね」

そう言って出迎えたマミは、怪我も服のほころびもひとつもなかった。

「みんなって、ほむらは無事とはいわないでしょ!?」

さやかは手のひらにのせたカエルをマミに見せた。

「そ、そうね。ごめんなさい」

『別にかまわないわ』

あやまるマミに、ほむらは平然とそう答える。

「……マミちゃん、かなりのダメージを受けたんじゃ?」

マミの元気さに呆気にとられて、良牙がたずねた。

「あ、ええ。なんとか魔法で全快したわ」

マミは笑顔を作って見せた。

「また回復能力も上がってやがるな、恐ろしいヤツ」

素直にマミの魔法に驚く杏子を見て、マミは何故かホッとため息をもらした。

「そ、それで、どうしましょうか?」

ずいぶんアバウトな聞き方で、マミは今後の対策の話を始めた。

「どうするもこうするも、その仁美って魔法少女をぶっ倒せばいいだけだろ!
ついでに、新しく来たっていうインキュベーターもな」

考えるまでもない、杏子はそう主張した。

「そうだな。とりあえず捕えて……どんな能力の持ち主か分からんが、全員で行けば負けないだろう」

良牙も戦うことを前提に考えて杏子に同調する。

「あ、え、えーと……」

それに対してマミは何か別の意見があるようだったが、はっきりと言わない。

このままでは主戦論が通るだろう。

「待って!」

そんな議論をさやかが止めた。

「仁美は美国織莉子の復讐をしてるんだ。あたしとほむら以外が巻き込まれる必要はない。
それに、ほむらはもう十分な報いを受けている。……だから後は、あたしだけでケリをつける」

そう言ったさやかは、さっきまで動揺で震えていたのが嘘のように、完全に落ち着いた目をしていた。

「フザケンな! 死ぬ気だろ、テメー!!」

杏子が激昂する。

「全くだ、バカなことは考えるな」

良牙はさとすように言った。

「だったら、どうすんの!? 仁美を返り討ちにしてハッピーエンドって……違うでしょ!?」

さやかは激しく言い返す。

「美樹さん……本気なの?」

マミは、さやかの瞳をじっと見つめた。

「ええ。ただし、タダで死ぬ気はありません」

きっぱりと、さやかは言った。

『タダでというのがどういう意味か分からないけど、行くなら早くした方が良いわ。
最悪、志筑さんがまどかや上条くんを人質にとるということもありうるわよ』

843 : 48話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:21:28.47 rm6P9vHC0 374/394

「てめぇ、何さやかを煽ってやがる!?」

ほむらの言葉に、杏子はキレてカエルをわしづかみにした。

『痛いわね……私は本当のことを言っているだけよ』

カエルの体を身じろぎもさせず、ほむらは言い返す。

「ちょっと、杏子!やめさない!」

マミは素早く、リボンで杏子を取り押さえた。

「美樹さんがそう言うなら仕方ないわ、行きなさい」

マミは軽くため息をもらしてそう言った。

「ま……マミちゃん、本気なのか?」

そのマミの冷淡さに、良牙は耳を疑った。

「うん、それで良いんだ。あたしはいくよ」

さやかはそれだけ言うと、ふり返りもせずに部屋を出て行った。

***************

人気のない学校の裏庭で、さやかはテレパシーを飛ばす。

『仁美、出てきて。あたしはもう逃げない』

そのさやかのテレパシーに応じて、校舎の影から魔法少女の衣装のままの、仁美が現れた。

「なっ!? 仁美、まどかまで……」

さやかは驚いた。仁美に連れられて、縄に縛られたまどかも現れたからだ。

「さ、さやかちゃん……」

まどかは震えた声でつぶやく。

「なんでまどかまで巻き込むの? 復讐ならあたしとほむらだけで十分でしょ!?」

さやかは叫んだ。信じたくなかった、仁美がそんな人間だったとは。

美国織莉子の復讐だというだけなら気持ちは分かる。

しかしその復讐のために仇ではないマミを攻撃し、戦うこともできないまどかまで巻き込むというのは
筋も通らず、道義に反する行為だ。

そんな人間を今まで親友だと思っていたとは、さやかは信じたくなかった。

「まどかさんには立会いをお願いしただけですわ。
また、さやかさんが仲間を呼んで奇襲してこないとも限りませんから」

仁美は平然とそう言う。

「あたしがそんなヤツじゃないって、仁美は思わないの!?」

そんな卑怯者だと思われていた、さやかはそのことがどこまでも悲しかった。

「今まではそう思っていました。でも、さやかさんは美国さんを殺して黙っているような方だと知って
何も信用などできなくなりましたわ」

「……!!」

さやかには返す言葉が無かった。

仁美がさやかを裏切ったのではない、裏切ったのはさやかの方なのだ。

他ならぬ自分自身が仁美を冥府魔道に引きずり込んだ、それもまた己の罪。

そんな救いようのないものを突きつけられて、さやかはなおさら決意を固めた。

(私で終わらせなくちゃいけないんだ。これ以上仁美が手を血に染めないためにも)

さやかはキッと仁美を見据える。

「……わかった。わかったから、これで手を引いてくれない?」

そして自分のソウルジェムを手に乗せて仁美に見せた。

844 : 48話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:22:03.89 rm6P9vHC0 375/394

「どうやら、覚悟はお済みのようですね」

仁美はじりじりとさやかに近づく。

「ただし、約束してほしい!」

そんな仁美に、さやかは強い目をして言った。

「このソウルジェムを破壊したら、もう復讐なんてマネはしないこと。
他の魔法少女や一般人を襲ったりせず、まじめに魔女退治すること――」

斧を持った仁美が目の前にまで迫る。

「それと、まどかはワケあって襲われやすくて、しかも魔法少女になっちゃいけないんだ。
だから、まどかを生涯にわたって守ること。それらを守ってくれるなら、あたしは安心して仁美に後を託せる」

堂々と、さやかは言い切った。

「……いいでしょう。その条件は守りましょう」

仁美はそう言って、さやかの手のひらの上にある青い宝石をつかむ。

「正直言って、最後にさやかさんに誠意を見せて頂いて安心しました。
卑怯な人殺しを今まで友人と思っていたなどとは、信じたくありませんでしたから」

仁美はそっと、さやかのソウルジェムを花壇の縁石の上に置く。

(なんだ、仁美も同じ気持ちだったんだ)

さやかはそれが悲しいような、ホッとしたような複雑な気持ちだった。

「さやかちゃん……」

まどかが不安げな顔でさやかを見つめる。

「ごめんね、まどか。でも、やっぱりいつかは償わなきゃならないことだったんだ。
仁美の手にかかって死ねるんだったら、下手な死に方するよりよっぽどいいよ」

さやかはあえてほほ笑んで見せる。

それが精いっぱいの強がりだった。

「……では、行きますよ!」

その会話でさやかの遺言は終わった。

そう思った仁美は、青い輝きを放つ宝石へ向けて、鈍い輝きを放つ斧を思い切り振り下ろした。

(これで、いいんだ)

まぶたを閉じて、さやかは最後の時を待つ。

 ポヨン

次の瞬間、なぜか間の抜けた愉快な音がした。

「ん?」

何が起こったのか気になって、さやかは目を開ける。

縁石に叩きつけられた斧は、やわらかくはじかれる。

そして、青いソウルジェムは全く傷もついていない。

呆気にとられるさやかをよそに、仁美は今度はその斧をまどかに向けて振り下ろした。

「え? ま、まどかっ!?」

さやかはあせる。

が、またもポヨンという音がして、斧の刃はまどかの頭にあたって柔らかくよじれ、跳ねた。

「ちょ、仁美、このシーンでボケはいいから!」

思わず、さやかはツッコむ。

「ティヒヒ、さやかちゃんまだ分かんないの?」

縛られて、斧を振り下ろされたというのに、まどかは笑いながら言う。

「え? え? 何が?」

845 : 48話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:22:40.15 rm6P9vHC0 376/394

しかしさやかには何のことだかさっぱり分からない。

「これだけさやかさんを騙せたということは、大成功ですね」

仁美はにっこりほほ笑む。

「は? 騙し?」

まだ分からないさやかが首をかしげていると、突然別の方向から叫び声が上がった。

「待ってくれ! そんな殺し合いなんてやめてくれ!」

「斧!? 生首!? 何とかデイズってレベルじゃねーぞ!」

おそらくさやかの叫び声を聞きつけてきたのだろう。

それは、さやかたちのクラスの男子、上条恭介と中沢の声だった。

「「あ」」

まどかと仁美が固まる。

そこにまた、今度は人間の体のほむらが現れた。

手には『ドッキリ』と書かれた段ボール紙を持っている。

「え? 上条くん、中沢くん?」

そして、ほむらも固まった。

*****************

ピンポンパンポーン

QB「亜空間にて作者代理をやらされているキュゥべえです。
  前回更新時の記述に虚偽の内容がありました。
  新春に『らんまマギカ 第2章』を始めると言う予定はございません。
  期待してくださったありがたい読者様を裏切ったことを、深くお詫びいたします。
  そんなのバレバレだよっていう賢明なる読者様はどうか鼻で笑っといてください」

*****************

「状況を整理しよう」

中立的観点から呼び出された乱馬が、そう言って話を始めた。

狭いマミの寮部屋の中に、男子2名、女子6名の計8名がひしめいている。

「まず、杏子とさやかはマミをうまいこと連れ出して、良牙に告白させるという計画を密かに練っていた」

乱馬がそう言うと、杏子・さやか・良牙の三人がうなずいた。

「ああ、間違いない」

首謀者の杏子がそう答える。

「その一方で、マミ、まどか、ほむら……それに仁美の四人はさやかにドッキリを仕掛ける計画を練っていた」

マミ、まどか、ほむら、仁美の四人はこくりとうなずく。

「ええ、その通りよ」

代表でマミが答えた。

「その二つがたまたまバッティングしてややこしくなってしまった、そういうことだな」

乱馬が簡潔にそう話をまとめると、全員が首を縦に振った。

「はい、質問」

そこで、さやかが手を挙げる。

「はい、どうぞ」

乱馬はさやかにマイクを向けるパントマイムをした。

「ぶっちゃけ手が込み過ぎのドッキリじゃないかと思うんですけど、何のためのドッキリだったんですか?」

さやかの疑問はもっともであろう。

「それについては、私が答えます」

846 : 48話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:23:14.90 rm6P9vHC0 377/394

マミは申しわけなさそうに挙手した。

「美国織莉子さんの件についてはやむを得ない事情だったと志筑さんには説明し、納得はしていただきました。
しかし、やむを得ないからといって、罪の意識を持たなくてもいいということではありません。
その点、美樹さんがどう思っているのか試したかった……それでいいですよね、志筑さん?」

マミの説明に、仁美はうなずいて肯定をしめした。

「ちょっと待った、その子は本当は魔法少女になっていないんだよな? あまりに危険じゃないか?
はじめの獅子咆哮弾を避けられていなかったらとんでもないことに……」

良牙が手を挙げながら質問する。

「志筑さんに着てもらった魔法少女服モドキは全部私が魔法で強化しています。
多少のダメージは平気ですし、靴も強化しているので常人離れした動きもできます。
斧も私がつくった、特別製です」

またマミが答える。

「ちなみに、デザインは私だよ」

マミの説明に、まどかが付け足した。

「つっても、本気でさやかが抵抗したらそれじゃすまねーだろ」

杏子は手もあげずに発言した。

「ああ、その点はさやかさんを信じていましたから。
どんな事情があっても私に本気で剣を向けることはないと」

仁美はほほ笑んでそう言った。

「本当にあぶないと思ったら、私がいつでも時間を止めて引きとめる予定だったわ」

ほむらが説明を加える。

「うん、仁美の信頼にこたえられる自分で良かったと心の底から思うよ。
でも、まどかを人質にする演出は危険すぎたんじゃない?
第三者に危害が及ぶなら場合によっちゃ剣を抜いたかもしれないよ」

冷や汗をハンカチでぬぐいながら、さやかがまた質問する。

さやかの本気のスピードなら、ほむらが時間を止めるより早く攻撃できてしまう。

「ごめんなさい、あれは私が言いだしたアドリブなの」

まどかが謝りながら答えた。

「良牙さんと杏子ちゃんがかけつけた時みたいに、仁美ちゃんが攻撃されないように人質が居た方がいいかなって思って……」

「オメーはそんなに人質になるのが好きか?」

そんなまどかに乱馬がツッコミを入れる。

二度も自分から志願して人質になる人間などそうそういないだろう。

「で、あの生首はいったいなんだったんだ? どうしてお前は五体満足なんだ?」

良牙が今度はほむらに質問をした。

「ああ、あれも私のリボンで作ったニセモノです」

ほむらに代わってマミが答える。

「じゃ、カエルになって出てきたのは?」

杏子が質問を追加する。

「そこはアドリブよ。あのままあなたたちを志筑さんと戦わせるわけにはいかないでしょう?
一時的に引き離すための誘導が必要……でも首をニセモノだとバラすことはできない。
だからカエルの状態で行くことにしたわ」

その問いにはほむらが答えた。

「その間、ほむらちゃんの体は私が見てたよ」

まどかが言った。

「この部屋と学校の裏庭ぐらいならソウルジェムの有効範囲内……
ここでカエルをソウルジェムに戻せば、暁美さんはすぐに裏庭にある体を動かせるわ」

847 : 48話8 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:24:46.80 rm6P9vHC0 378/394

マミも説明をする。

「あんだけカエルになるの嫌がってたくせに、さっそく活用してるわけね」

さやかは大きなため息をもらした。

「そういうわけで、良牙さんと杏子ちゃんが来たのはびっくりしたけど、こっちの計画は成功でした」

まどかはにっこりほほ笑んでそう言う。

「にしてもやっぱりタチが悪すぎるでしょ! あたし本気でビビったよ」

さすがに、さやかは抗議した。

「あら、私にもそのくらいの『復讐』をする権利があると思いますわ」

しかし、仁美は堂々と言い返す。

つまり、このドッキリはさやかを試すと同時に復讐でもあったらしい。

「……大したタマだな、こいつぁ」

杏子がつぶやいた。

いろいろ様子がおかしかったマミや、展開の運び方が強引過ぎたほむらに比べて、
仁美はほとんど演技の仮面が割れていなかった。

魔法少女たちよりよっぽど度胸が座っているといえる。

「……ああもう、恭介に魔法少女のこと説明せずに切り抜けるのはもう難しいよね? あと中沢くんも」

頭をかかえ、さやかはうつむいた。

「えと、そのことなら、コスプレごっこで遊んでたってことにすればいいんじゃないかな?」

「いや、そうしたら特に仁美がすごい電波属性になっちゃうよ、コスプレ通り魔とか」

まどかの言葉に、またも冷や汗を垂らしながらさやかが言う。

「私もできたらそれは遠慮したいですわ」

仁美も明らかに苦笑いを浮かべていた。

「それに――上条くんのことが好きならば、全部打ち明けないと前には進めないのではありませんか?」

急に真剣な顔になって仁美はさやかに迫る。

「う……恋敵にそう言われてもねぇ……」

さやかは答えに窮する。

「私は、お互いに遺恨が残らないようにフェアにいきたいだけです」

「あ、あとでボチボチ教えてくことにするよ……、いきなり全部言っても混乱するだけだろうし」

差し当たってさやかはそう答えた。

「おーい、本題からズレてんぞー」

青春している二人に、乱馬が野次を飛ばした。

******************

しばらくして、一人二人と部屋から去っていき、最後に、良牙とマミだけが残された。

もう、良牙が告白をしにきたということはバレてしまっている。

恐ろしく無茶振りな状況だが、すでに良牙の退路は無かった。

これから良牙が何をしなければならないかみんな分かっている。

だから、気を効かせて全員早めに退散したのだ。

そして、マミも分かっている。だから、恥ずかしそうに目線をそらして、じっと座っていた。

(言うんだ言うんだ言うんだ言うんだ言うんだ言うんだ言うんだ言うんだ――)

もう何千回も良牙は自分に言い聞かせている。

 ゴクリ


848 : 48話9 ◆awWwWwwWGE... - 2012/12/30 16:25:35.35 rm6P9vHC0 379/394

唾を飲んだのも十数回目だ。

「マミちゃん!」

ようやく良牙は決意を固め、マミの両肩をつかんだ。

(本当に言ってくれるの? これもドッキリだなんてことは……)

顔を真っ赤にして二人は見つめ合った。

数秒間、そのまま固まる。

「好きだ、付き合ってくれ!」

良牙らしいストレートで、何の飾り気もない言葉だった。

それを聞いた瞬間、マミの二つの目から、涙があふれ出した。

(やだ、止まらない……)

「え? え?」

良牙はマミの涙の意味が分からずうろたえる。

「私、うれしくて――」

こみ上げる感情にうまくしゃべれず、マミの言葉は途切れる。

「それじゃあ……」

マミの涙のわけを聞いて、良牙は顔を明るくした。

うれし涙を流すほどなら、まず間違いがないはずだ。

良牙はそう思った。

が――

「あ、でもお断りします」

涙で頬を濡らしたまま、マミはキッパリとそう言った。

「へっ?」

良牙は予想外の答えに目が点になった。

まるで、天井から金ダライが頭に落ちてきたような衝撃だった。

「え?」

「ええええええええ!?」

部屋の外からも声が聞こえる。

どうやらまだ帰らずに盗み聞きをしているのが居たらしい。

「お気持ちはすごくうれしいんですが……周りの女性関係を整理してからまた来てください」

呆気にとられる周囲をよそに、マミは言ってのけた。

「ち、ちょっと、待った!」

さやかが慌てて部屋に飛び込んでくる。

その後ろに続いて、乱馬と杏子、さらにまどかと仁美も現れた。

「ちょ……ほぼ全員残ってたのかよ!」

良牙はキレ気味に叫ぶ。

「さ……さすがに暁美さんは帰ったみたいね」

マミが冷や汗を流しながらそう言うと、まどかが部屋の天井の角を指さした。

そこにはいつの間にか、ペン型カメラが貼り付けられていた。

「ほむらちゃんが盗ってきた軍用盗聴盗撮機らしいです」

まどかの答えに、良牙とマミは青ざめる。

「こ、この光景を録られてしまったのか……?」

849 : 48話10 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/30 16:26:10.60 rm6P9vHC0 380/394

良牙の顔が絶望に染まる。告白失敗の玉砕シーンを録画される。

それほど恥ずかしいことがこの世にあるだろうか。

「いやぁ、いい見せもんだった」

顔中にあふれんばかりの喜色を浮かべて、乱馬が良牙の肩をたたく。

そして一言。

「ばーか」

「う……うああああああぁあぁぁああぁああ!!!」

叫んだかと思うと、良牙は号泣しながら逃げ出した。

「あー、逃げちゃったか……さすがにこれはちっとばかし罪悪感あるね」

杏子はそんなことを言いながら猛スピードで走り去る良牙を見送った。

「でも、先輩はどうして断られたのですか? 涙を流すほどうれしかったのに?」

仁美が首をかしげて見せた。

「そうだよ、マミさん! あたしたちみたいな魔法少女を、魔女のことまで知りながら受け入れてくれて、
それどころか一緒に戦ってくれるような人なんて滅多に見つからないよ?」

さやかもマミにたずねる。さやかが今、恭介に思いを伝えられない最大の理由はそこなのだ。

その一番難度が高い部分をやすやすとクリアしてくれる男など他にそうそう見つからないだろう。

「良牙さんのことは好きよ。魔法少女ってことを受け入れてくれる人も貴重なことは分かっているわ」

マミは恥ずかしながら、しかし確かに大勢の前で「好き」と言った。

「おお……堂々と。それじゃ、なんでダメなんだ?」

乱馬も問う。

「……お金が無いのよ。いえ、無いどころか借金よ!マイナスからのスタートよ!
そんな逆境下でお金も無くて勉強も出来ない男を積極的に攻略することの意味を教えて!?」

マミは一気にまくしたてた。

(うわ、世知辛い……)

さやかはマミからこんなセリフを聞いてやるせない気持ちでいっぱいになった。

ある意味魔女との戦いよりも過酷な現実が、マミには押し寄せてきているのだ。

「え? でも、お金なら杏子ちゃんから不動産もらったって聞いたよ?」

今度はまどかが首をひねった。

なぜかその後ろで杏子が含み笑いをしている。

「ああ、アレならいらないわ。杏子、これ返す!」

マミは机の中から権利書を取り出すと杏子の前に突きつけた。

「えー、マミひでぇなぁ、あたしがせっかくあげたのに」

そんなことを言いつつも笑いながら、杏子はそれを受け取る。

「どういうこった?」

物件なんて持っていたならなんで杏子はお好み焼き屋のバイトなんかのためにわざわざ移住したのか。

そしてそれをなぜマミは「いらない」と言いきって返すのか、乱馬はわけがわからなかった。

「……教会? 佐倉さん?」

権利書の表紙を見て、仁美が何かに気付いた。

「もしかして、その不動産って風見野の幽霊教会ですか?」

「え、仁美何か知ってるの!?」

さやかがたずねる。

850 : 48話11 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/30 16:26:49.08 rm6P9vHC0 381/394

「ええ。確か、新興宗教の教祖が一家心中して廃墟になったいわくつきの教会で
調査に行った業者や役所の方々が、のきなみ怪奇現象に会って逃げ出されたとか……」

「そ、正解!」

仁美の説明を、杏子はあっけらかんと肯定した。

「そんな超いわくつき物件、当然どこの不動産屋さんもチェック済み。売れるわけがないのよ」

そう説明を付け加えたマミの声はあきらかにいらだっていた。

「改築して住んだらいいんじゃねぇか?」

乱馬が質問をする。乱馬もなんだかんだ言って天道道場に居着くまでは流浪の旅をしてきた身だ。

廃墟であってもそれなりの土地と建物があるなら贅沢なぐらいに思える。

「リフォームするお金なんてありません。それに宗教法人だから税金がかからなくてすんだのに、
教会を住宅に転用したら土地税がかかります。そんなものを払う余裕もありません」

マミの答えに、一同は静まりかえる。たしかにどうしようもない物件だった。

「へえ、マミあんたあたしのプレゼントを売ろうとしたの? ますますひでぇや」

杏子はわざとらしい棒読みでマミを責める。どうやらこうなることは始めから計算済みだったらしい。

「でも、杏子ちゃんがなんでそんな物件を持ってたの?」

まどかが杏子に聞いた。いわくつき物件を所有する不登校児、どう考えても普通ではない。

「苗字で気付けよ。その新興宗教の教祖ってのはあたしの親父だ」

「え? じゃあ、杏子って一家心中の生き残り……」

「げっ、そんな過去背負ってたのか!?」

あまりに重い杏子の過去の暴露に、さやかと乱馬は絶句した。

「で、その怪奇現象っていうのもどうせ杏子の仕業でしょ」

「ああ、あたしが寝てるときにうるせーのが来たから、ちょっくらおどかしてやったことは何度かあるな。
でも、全部があたしとは限らねーぜ。マジで親父とかが化けて出たかも」

呆れた感じて言うマミに対し、杏子はまだ茶化して見せる。

「え、ええと、その話は分かったけど、良牙さんどうするの?」

真剣にお化けを怖がっているのか、まどかが話題を戻した。

「あのバカはほっときゃどうせ立ち直るだろ。今晩にはもうあかねのペットに戻ってるかもしんねーな」

乱馬は投げやりに答える。

 ガンッ

その時、なぜかマミは机の引き出しを激しく叩くように閉じた。

マミの様子に何かを感じ取り、さやかはニヤリとした。

「そっかー、マミさんが狙わないんだったら……あたしが良牙さんにいこうかな? 恭介がダメだった場合だけど」

「美樹さん、良く聞こえなかったんだけど、今なんて?」

マミはひきつった笑顔でさやかに迫る。

「あ、いや、冗談、冗談です!」

想像以上のプレッシャーに、さやかはあわてて首を横に振った。

「巴先輩、失礼ですが……お付き合いを断ったのに相手を縛ろうとするのはワガママではないでしょうか?」

そんなマミに、仁美は理路整然と図星をついた。

「うっ……」

マミは答えあぐねる。

「フォローは入れた方が良いと思います」

まどかが解決を提案する。

851 : 48話12 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/30 16:27:17.16 rm6P9vHC0 382/394

「そ……そうね……」

マミはうなずいて再び机の引き出しを開けた。そして何かを取り出す。

「お金も学力もない殿方はいらないのでは無かったのですか?」

マミの言動の矛盾を仁美が追求する。

「一途だったらいいのよ! 借金が何よ! 魔女が何よ! 愛があれば乗り越えられるわ!」

なかばヤケクソに叫びながら、マミは何かを書いている。

「おめー、さっきと言ってること変わってるぞ」

乱馬が呆れてつぶやいた。

「いいえ、変わってません。一途な男性ならいつでも頼りになりますが、
移り気な男性だったら肝心な時に他の女の人のところに居るかもしれないでしょう?
それじゃ乗り越えられません。だから、「周りの女性関係を整理して」って言ったんです」

マミは、周りが思っていたよりも筋の通った答えを返した。

しかも、地味に乱馬を責めている。

「……そんな難しく考えなくても、今が楽しきゃいいんじゃねーのか?
あたしたち、そんな長く生きられるとも限らねーんだし」

杏子が言った。もともと杏子は、今だけでもマミに幸せになってほしいと思って良牙にはっぱをかけたのだ。

教会をプレゼントしたのがからかい半分だったことへのフォローの意味も兼ねて
杏子なりに真剣にマミの幸せを考えたつもりだった。

「良牙さんが告白してくれたのはうれしかったわよ。それは杏子にお礼を言っておくわ。でもね……今だけじゃダメなの」

マミはペンを置き、杏子の方をふり返る。

「私は100まで幸せに生きてやるつもりだもの!」

そう言ったマミは、強気な笑顔をしていた。

「は……ハハハ、そっか、こりゃあたしの負けだ!」

杏子は笑い転げた。

魔女との戦いはしなければならない、つらい過去を背負っているかもしれない、償いが必要かもしれない。

それらを無視して生きることは軽薄であり傲慢になるだろう。

だからと言って、それらを受け入れることがすなわち自分の人生を諦めることではない。

何があっても絶対に自分の幸せを諦めない強烈な連中が風林館には山ほどいるではないか。

マミもそんな空気に毒されたかと思うと、杏子はおかしくてたまらなかった。

予想外の超前向き発言に、まどかとさやかも驚いている。

「だって、その方がみんなも私を生かしてくれた甲斐があるでしょ?」

マミにそう言われて、まどかとさやかは笑顔でうなずいた。

「それじゃ乱馬さん、これを良牙さんに渡していただけますか?」

そうしてマミは自分の証明写真らしきものを乱馬に渡した。

「おう、あのバカどうせ迷子になってるだろうから、すぐにいくぜ」

そう言って乱馬は部屋を飛び出した。

『……これ、全部録ってるけどいいのかしら?』

乱馬が出て行ったタイミングで、別の場所で機器を操作しているほむらがテレパシーを飛ばしてきた。

さすがにいろいろ問題があると思ったのだろう。

「こんなの残したら良牙さんトラウマになっちゃうよ?」

『ノーカットで、その方が面白いじゃん』

『杏子、あなたの身の上バレも入ってるのよ?』

「上条くんにはちょっと見せられませんね」

852 : 48話13 ◆awWwWwwWG... - 2012/12/30 16:28:08.51 rm6P9vHC0 383/394

その後、編集会議が長引いたことは言うまでもない。

*****************

「うおおおおおおおおおおおおおっ!」

たくましい男が雄たけび……のような泣き声を上げながら、あらぬ方向を暴走している。

乱馬は先回りして屋根の上に飛び乗る。

そして、その男――良牙が通るタイミングを見計らって飛び降りた。

「ぐっ」

見事に、乱馬は良牙の頭の上に着地する。

動きは止まったものの、良牙は倒れもふらつきもしない。そこはさすがといったところだろう。

「てめぇ、笑いに来たか!」

良牙は頭上に拳を放つ。

「ああ、笑いに来た。すげー面白かったぜ」

乱馬は軽快に良牙の頭から飛び降りてパンチをかわし、マミの写真を投げつけた。

乱馬に追撃を加えようとした良牙の顔面に、視界をふさぐように写真が貼り付く。

「ほら、選別だ!」

「な、なんだこりゃ?」

良牙は顔から写真を引きはがして眺めた。

乱馬はその様子をニヤニヤながめている。

「こ、これは、マミちゃん!?」

良牙がそっと写真を裏返して見ると、そこにはボールペンで文字が書かれていた。

『いつでも待っています』

「ま、マミちゃん!」

良牙は思わず叫ぶ。

待っているのは、「周りの女性関係を整理してからまた来」ることだろう。

良牙はいそいそと財布を取り出し、その中にマミの写真を入れた。

マミの写真の隣には、あかりの、そしてその裏にはあかねの写真が入っている。

「まーた、一枚増えたか。この腐れ外道」

その良牙の財布を乱馬がのぞきこむ。

「うるさい、お前に言われたくはない!」

良牙が蹴りを放ち、乱馬はそれをかわして舌を出した。


853 : エンドロール ◆awWwWwwW... - 2012/12/30 16:28:56.66 rm6P9vHC0 384/394



       魔法少女らんまマギカ


          Fin.




このあと、【あとがき&キャラ解説】がありますが、興味の無い方はここで終わっておくことを推奨します。
また、作品に関する疑問などは元スレを見ていただいた方が良いかもしれません。
まとめる際に本文以外はカットしましたが、多くの疑問に答えていらっしゃいます。

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