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167 : らんまマギカ9話1 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:29:47.59 cJMCcfD00 65/394

~第9話~

黒い小豚を肩に乗せた巴マミは、とあるOLの後をつけていた。

別に何の変哲もない、どこにでもいそうなOLさんだが、ひとつだけ普通と違うところがあった。

それは、首筋にスタンプのような黒いマークがついていることだ。

『あれが、本当にそうなのか?』

肩に乗った小豚がテレパシーで語りかける。

『ええ、魔力を感じるもの。間違いないわ、魔女の口づけよ。』

マミたちの尾行に気付かず、OLはどこかうつろな表情で工業地区へと向かっていった。

途中、歳も格好もバラバラな人たちがOLに合流していく。

誰一人、何の言葉も交わさない。

死んだ目をした人々が、無言のまま合流していく様はどう見ても異常だった。

そして彼らはよく見れば全員、このOLと同じマークが首についている。

(まいったわね、こんなにたくさん…)

ざっとみたところ10人ほどいるようだ。

多くの人数を守りながら戦うのはかなり神経を使う。このままの人数で結界に飲み込まれでもしたら大変だ。

「ピーッ!!」

肩の上の小豚こと良牙が、ふいに叫んだ。

マミは何をあわてているのかと辺りをうかがい、絶句した。

なんと、この亡者のような集団に鹿目まどかも加わったのだ。

友だちだろうか、同じ見滝原中学の制服を着た女子と手をつないでいる。

彼女らの首筋には確かに魔女の口付けがあり、二人とも死んだ魚のような生気のない目をしていた。

(そんな…どうして!?)

次に魔女の犠牲になるのは自分の知り合いかもしれない…そんなことは今までずっと肝に銘じてきたつもりだが、
やはり現実になると動揺を隠し切れない。

(何が何でも助けないと!)

マミはこぶしを強く握り締めた。

そうしている間にも、うつろな目をした一行は小さな町工場へとたどり着く。

マミは、出来るだけ一行に紛れるように静かに工場の中へ付いて行った。

工場の広間では、工場長らしい男が一行を待ち受けていた。

「俺はダメなんだ…」

人数が揃うなり、男は暗い声で演説を始めた。

「小さな町工場ひとつ切り盛りできなかった。俺の居場所なんてどこにもねえんだ!」

彼の足元には、何かの液体が満たされたバケツと、その横に空の洗剤ケースが倒れていた。

そこに、別の洗剤を持ったOLが歩み寄る。

『まずいわっ!』

マミがそうテレパシーするやいなや、良牙は飛び出し、OLが手に持っていた洗剤を体当たりで弾き飛ばした。

一方マミもすばやく変身し、リボンを出現させ工場長をしばりあげる。

これでさしあたって集団自殺は防ぐことが出来た。

しかし、魔女の呪いはなかなか強固らしい。

集まった人々への洗脳は解けず、いっせいに怒りの眼差しがマミと黒い小豚に向けられた。

「ぴっー、ぴーっ!」

良牙は「どうする?」とでも言いたげに鳴き声をあげる。確かに厄介な状況だった。

168 : らんまマギカ9話2 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:31:32.29 cJMCcfD00 66/394

魔女の口づけで操られているとはいえ、一般人に怪我を負わせることは出来ない。

(止むを得ないわね。)

マミは何を思ったか、天井や床にマスケット銃を打ち込んだ。

「プリジオーネ・ディフェンシヴァ!」

掛け声と同時に、銃弾を打ち込まれたところからリボンが伸び、上下にまっすぐ伸びて刑務所のような檻を作った。

『意味は?』

足元にかけよった良牙がたずねる。

『守りの監獄…これで、彼らは魔女や使い魔に襲われることも、私たちに危害を加えることもないわ。』

名前はともかく便利な技だ、良牙はそう思った。

たしかに閉じ込めてしまえば自分と相手の身を同時に守れる。

しかし、マミにとっては苦渋の選択だった。

最近は使い魔ばかりを相手にしていたうえにこの間の久々の魔女もほむらが倒してしまった。

そういった事情でマミは今、グリーフシードが手に入らず魔力が不足がちだ。

それなのに十数人をいっぺんに閉じ込めるという大型魔法を使ってしまった。

今度の魔女は可能な限り省エネで倒さなければならないだろう。

『良牙さん、すいません、今回もお願いします。』

マミはティーポットを出して良牙にお湯をかける。

「宿代だ。気にすんな。」

湯気の中から現れた青年は力強くそう答えた。

一方、「食事」を邪魔された魔女が黙っているわけはない。

マミが探すまでも無く風景が変わり、魔女の結界に包まれた。

「なんだこれは、家電の店か?」

良牙がつぶやく。

さもあらん、この魔女の結界ではあたり一面、テレビモニターがうずたかくレンガのように積み重なっていた。

「来るわ!」

マミと良牙に向けてわらわらと人形が飛んでくる。

美術の授業で見たことがあるようなデッサン人形に羽を付けたような使い魔たちだ。

大きさもそれらしく、数十センチといったところだろう。

マミはすぐさまマスケット銃を撃ち放った。

一見無造作に撃っているように見えるがそのことごとくが的確に小柄な使い魔たちに命中した。

良牙もまた、番傘を振り回して片っ端から使い魔を破壊していく。

(よかった、それほど強くない。)

使い魔には大した破壊力は無さそうだ。

この分なら、魔女もうんと強いということは無いだろう。

まだ使い魔しか相手にしていないものの、マミは少し安心した。

「きゃあああああ!」

その時、まどかの悲鳴が聞こえた。

マミと良牙が声の方を振り返ると、まどかが一匹の使い魔に追われ逃げ回っていた。

(え? 鹿目さんは私の「プリジオーネ・ディフェンシヴァ」で閉じ込めていたのに…?)

マミは疑問ゆえにすぐさま動けなかった。が、その間にも良牙は動く。

「いま行く!」

169 : らんまマギカ9話3 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:33:32.88 cJMCcfD00 67/394

良牙はすぐさまジャンプして使い魔にむかい、そのままとび蹴りを食らわせた。

使い魔はバラバラに砕け散った。

「大丈夫か?」

良牙がまどかに聞くと、まどかはらしくない不気味な笑みを浮かべた。

「△※○、■×▽◎×。」

そして、意味の分からないことを言って良牙の腕に抱きつく。

「何をふざけ…っ!?」

そう言っている間にも、まどかの髪の毛がみるみる長くなり色も黒く変わっていった。

気が付けば服も黒一色に染まり、顔は前髪に隠れ、完全にまどかとは別人になっていた。

(しまった、こいつが魔女だ!)

魔女に捕まった良牙は全身に力が入らなくなり、ふにゃふにゃになっていった。

魔女空間のあたり一面にあるモニターには、良牙の記憶の中の映像が再生された。

池に落ちて小豚になったシーン、中華料理屋で茹で殺されそうになったシーン、
道に迷ったあげく雨に濡れて途方にくれるシーン…

使い魔と戦うマミの前にもその映像が映し出された。

(あれ、あの人…?)

映像を見ていれば、良牙の記憶だというのは大体察しがつく。

その中でマミが特に気になったのはよく映っている赤い髪のお下げの女性だった。

良牙とケンカをしているように見えるシーンが多いが、互いに嫌っているようには見えない。

むしろ、お互いに十分な信頼関係があるが故のじゃれあいのようにマミには見える。

(もしかして、良牙さんの…)

一度気になったらもう目が離せない。

人の記憶をのぞくことは悪いと思いつつも、マミは目をそむけることが出来なかった。

お下げの女性と良牙が仲良くしているシーンも多い。

しまいには、良牙がお下げの女性を押し倒しているシーンや裸で一緒に風呂場にいるシーンまでも現れた。

マミとて年頃の中学生である。過激なシーンに動揺した。

(そ、そうよね、良牙さんなら彼女がいたって当然よね。)

けっして惚れっぽい方ではない、マミは自分をそう認識している。

しかし、マミは確かに残念なような悔しいような思いを感じた。

良牙をペットのように飼っていたせいでいつの間にか自分のものだと思い込んでいたのだろうか。

魔女退治にあけくれて恋愛もまともにしていないわが身を恨んでか、それとも―

「×◎▼※!」

「しまっ…」

映像に目を取られている隙に、気付かずマミは使い魔に腕をとられていた。

モニターの映像は早くもマミの記憶に入れ替わる。

それは、数年前のあの日、交通事故でマミが家族を失ったときの映像だ。

続いて、かつて仲間になった魔法少女が去っていくシーンも映し出される。

(わたしは…また、一人に…いや! もう一人になりたくない!)

あらがおうとするも、体に全く力が入らない。

『死んじゃえば、もう一人にならなくて済むよ。』

何者かのテレパシーがマミの思考に入り込む。

170 : らんまマギカ9話4 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:34:47.09 cJMCcfD00 68/394

(わたし、死んだら…パパとママにも会えるのかな…)

懐かしい父と母の愛情に包まれていたころの映像を映し出され、マミの精神はいくばくか退行し、
自分自身の存在を否定しそうになる。

その時だった。

「マミさん、しっかり!」

力強い少女の声とともに、青い閃光が走り、次々と魔女の使い魔たちが砕かれていく。

あまりに速い動きにはっきりとは見えないが、そこにあったのは青い服を着た魔法少女の姿だった。

少女は、ツインテールの生えたモニターを魔女と見定めると、一直線に飛び掛り、そのまま剣で突き刺した。

魔女は何かしかけるヒマも無く、黒い血しぶきをあげて結界ごと崩れ去る。

「まったくもー、まどか達だけならともかくさ、マミさんと良牙さんまで危機一髪なんて心臓に悪いよ。」

軽口をたたきながら、青い魔法少女は話しかけてきた。

マミよりもやや高めの背丈、活発そうなショートカット、まっすぐな瞳。

「み、美樹さん!」

見間違えるはずもない、彼女はまぎれもなく美樹さやかその人だった。

***************

翌日、鹿目まどかは志筑仁美とともに病院へ検査に行っていた。

昨晩「夢遊病」であらぬところで発見されたせいだ。

本当は、夢遊病なんかではない。魔女の呪いに負けてしまったのだ。

それを知っているまどかは落ち込んでいた。

(わたしって、何にも出来ない上に魔法少女にも向いてないんだ。)

絶望的なまでの無力感がまどかを支配していた。

普段なら、まどかが契約できない状態のときに抜け駆けして魔法少女になったさやかを責めていたかもしれない。

しかし、今のまどかにはそれも仕方ないと思えた。

まどかは魔女についての知識を持っていながら、親友である仁美を守れなかった。

それどころか、自分が魔女の負の感情に支配されてしまったのだ。

知識があっても魔女に操られるような貧弱な精神しかないのならば、
魔法少女になったところで簡単に負けてしまうに違いない。

鹿目まどかは魔法少女に向いていない、暁美ほむらでなくともそう思って当然だろう。

自分が魔法少女に向いていないのが悪いのであって、さやかを恨むのは筋違いなのだ。

そう思うと、悔しさと自分へのいら立ちでもうどうにかなってしまいそうだった。

「まどかさん、夢遊病ぐらいでそんなに落ち込まずに。」

仁美がやわらかくまどかを諭す。本当に夢遊病ならこんなに落ち込まない。

そう思いつつも、仁美に真実を伝えることもできない。

まどかはただ、力なくうなずくだけだった。

『志筑仁美さん』

院内のアナウンスが仁美の名を呼ぶ。

「それでは、検査が終われば先に上條さんの病室に行っていますね。」

今日は一日病院でつぶれる。

そういうわけで、どうせなら検査の合間に上條君に会いに行こうという予定だった。

まどかや仁美が思いついたわけではない。

さやかがまどかと仁美に強引にお見舞い品を持たせて上條君に渡してくれとせがんだのだ。

上條君とは、まどかや仁美のクラスメートであり、さやかの幼馴染である。

171 : らんまマギカ9話5 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:36:19.88 cJMCcfD00 69/394

一ヶ月ほど前に交通事故に会いあちこち痛めたが、彼の回復経過は順調だった。

しかし、上條恭介は最近かなり落ち込んでいた。

彼の左手は完治の可能性が無く、得意なバイオリンが二度と弾けないと医者に言われたからだ。

そんな上條にお見舞い品を渡せというさやかの意図は、まどかには分かっている。

さやかはまどか達が互いに落ち込まないように励ましあえる状況をわざわざ作ってくれたのだ。

だが今のまどかにとってはその優しさが痛かった。


上條恭介はバイオリンなどやっていることもあり、そこそこの家の息子である。

さすがに志筑家と肩を並べるほどの名家ではない。

それでも仁美は彼を「同じ世界の人間」だとみなしていた。

「なんとか、またバイオリンを弾けるようになりそうなんだ。」

恭介は仁美に語った。

まどかはまだ検査中なので、個室の病室には恭介と仁美の二人しかいない。

「大変ですわね。大怪我をしたというのにまたすぐ習い事をしなければならないなんて。」

仁美はうなずいて答える。

彼女もまた、今日の検査が終われば習い事に行かなければならない。

安息など、仁美には許されないのだ。

だが、恭介から返ってきたのは意外な答えだった。

「大変なんかじゃないさ。もし二度とバイオリンを弾けなくなっていたらと思うと、そっちの方が怖いよ。」

「え?」

仁美は一瞬あっけに取られた。

「バイオリンは親御さまに勧められたものではないのですか?」

勧めるなんて甘いものじゃない。志筑家では習い事は完全に強制だった。

仁美の意思など関係ない、嫌でもやらなければならないのだ。

「はじめは親に勧められてイヤイヤやったさ。でも今は違う。」

恭介は少し照れくさそうにしながら言った。

「バイオリンを弾くことが僕の生きがいなんだ。だから、すぐにでもまたバイオリンを弾きたい。」

「…それが、周りの人たちにとっては家柄の自慢にしかならなくてもですか?」

仁美の口からつい本音がこぼれた。

家柄を飾るためだけに、高尚な趣味を持ち、高い能力を見せ付ける。

そんな上流階級の生活に仁美は絶望すら覚えているのだ。

それはともかく仁美の言葉は聞き様によっては恭介をあるいは上條家を侮辱したともとれる発言をしてしまった。。

仁美はハッとして口をつぐんだ。

しかし恭介はとくに気に留める様子も無い。

「かまわないさ。」

恭介は力強く語る。

「利用したければすればいい。都合が悪いのなら勘当でも見ないフリでもなんでもすればいい。
バイオリンを弾けるなら、僕は人からどう思われようが、どんな暮らしをしようが関係ない。」

少し興奮しているようには見えるが、その言葉には軽薄さやその逆の必要以上の気取りも無かった。

つい最近、左手が回復傾向になったという状況が彼の気を大きくしている面はあっただろう。

しかしそれを差し引いても上條恭介は真剣にそう思っているのだ。

それは、仁美にとっては衝撃的だった。

172 : らんまマギカ9話6 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:37:20.61 cJMCcfD00 70/394

仁美は与えられた習い事をただ与えられるがままにこなしているだけで、本心では
大した興味を持っていなかった。

それゆえに本当にしたいことができず、見つからなかったのだ。

だが、上條恭介は違う。

たとえ親から勧められて始めたものでも、やりたいと思ったことにとことんひたむきで、
生まれや立場を呪うことが無い。

その恭介のひたむきさに、仁美は自分の小ささを知った。

(私は…しがらみに捕らわれず自分のしたいことは何なのかを考えるべきなのかも知れません。)

仁美はそう思い、恭介の輝きに満ちたまなざしを見つめるのだった。

***************

「でやあ…スクワルタトーレ!」

美樹さやかは青い閃光と化して響良牙に斬りかかった。

良牙は番傘を広げて幾筋もの斬撃を防ぎきる。

やがて、動きが止まったところで、さやかは良牙に蹴り飛ばされた。

「いたた…生身でそんなに強いなんて…」

しりもちをついたさやかが言った。

「ちっ、驚いてるのはこっちだ。」

ついこの間までごく一般的な女子中学生に過ぎなかったさやかが、一日にして良牙を上回るスピードと、
それなりのパワーを身に付けてしまったのだ。

目の前で巴マミの戦いを見続けてきた良牙からしても、信じがたいことだった。

「もうちょっと肉体強化を強めにできなかったの?」

さやかは横にふりむいてたずねる。

その視線の先には、白い猫のような生物―キュゥべえがいた。

「出来なくもないけど、それだと魔力消費がバカにならないよ。
それに、魔法少女の身体強化はあくまで日常生活に不便が出ないレベルまでなんだ。」

相変らず、この奇妙な生物は理屈っぽい。

「へー、だったらこれ以上強化したらどうなるの?」

「例えば、握手したり抱きついたつもりが攻撃になったり、重いものを背負っても気付かないほど
鈍感になったりすることがありうる。
もちろん、良牙のように自分で鍛えた筋力ならばその辺の繊細な力のかけ方も分かるだろうけどね。」

キュゥべえの説明に、良牙は若干耳が痛い気がした。

実は良牙は重いものを背負わされたり弱い攻撃を受けても気付かないほどの鈍感体質になっているのだ。

「じゃあさ、良牙さんはどうやって鍛えてるの?」

あっけらかんと、さやかはたずねる。

「そうだな…たとえば、これを持ってみるか?」

そう言って良牙は番傘をさやかにむかってやわらかく山なりに投げた。

「え? カサ?」

さやかは空中で番傘をキャッチしようと手を伸ばす。

しかし、キャッチした瞬間に、さやかは番傘の重さに引っ張られ、大きく前のめりにこけた。

良牙が軽く投げただけの番傘は、魔法少女となったさやかにも支えきれず地面に深く突き刺さった。

「重っ! いつもこんなの持ち歩いてんの!?」

なんとか、さやかは両手でふんばって良牙の番傘を持ち上げる。

「ああ。これだけでも少しはトレーニングになるだろ。」

良牙は自慢げにニヤリとした。

173 : らんまマギカ9話7 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:38:24.05 cJMCcfD00 71/394

「…でも、魔法少女に筋力トレーニングって意味があるのかしら?」

一連のやりとりを眺めていたマミがつぶやく。

「無意味ではないよ。魔法少女の肉体だって基本は骨と筋肉で動いているからね。
ただ、魔力の無駄遣いにならないように注意をしたほうが良いだろう。」

キュゥべえの言葉に、マミは今更ながら自分の体もそれ自体は普通の人間と大差ないことに気が付いた。

魔法少女になってからというもの、傷なんてすぐに治してしまっていた。

体の一部を貫通する程度のダメージなら、魔力に余裕がある限り簡単に回復してしまうだろう。

しかし体そのものは人間のものなのだ。

ここ最近、ベテラン魔法少女らしくもなく立て続けにピンチにあったからこそ
その事実は重く感じられた。

「良牙さん、美樹さん、そろそろ切り上げましょう。 お茶にしますよ。」

あまりトレーニングで魔力を使いすぎるわけにもいかない。

マミは良牙とさやかに声をかけた。

「はーいっ!」

元気な返事をしてさやかは駆け寄ってきた。その後ろから良牙もあるいてやってくる。

***************

その夜だった。

『おい、起きろマミ、せっかく来てやったのに寝てんじゃねぇ!』

(なによ…うるさいわね…)

頭に入り込んでくるテレパシーに寝ぼけたままの頭でマミは答える。

目をこすりながら辺りを見回すが暗い部屋があるだけだった。

テレパシーを送ってきた相手はマンションの下にでも居るのだろう。

『いつまで寝ぼけてんだ、これが魔女の襲撃だったら死んでるぞ、こら!』

『うるさいわね。前から言ってるでしょ、もうちょっと女の子らしくおしとやかにしなさいよ、杏子!』

悪態をつく相手に、マミはとっさに慣れた反応で返した。

(…え?)

そして、自分が驚くべき台詞を吐いたことに気付き、ようやく頭が醒める。

『杏子!? 杏子なの?』

『さっき自分でそう呼んだじゃねーか。』

相手はあきれたような声のテレパシーを返してきた。

『本当に、杏子なのね…』

伝えたいことは山ほどあった。

しかし、いざとなると言いたい言葉が出てこない。杏子のほうから会いにきてくれたというだけで心が一杯だった。

そんなマミの気持ちを知ってか知らずか、杏子は用件を切り出した。

『キュゥべえから聞いたぜ、新人が入ったんだってな?』

『ええ、なかなか優秀よ。情けない話だけど、いきなりピンチを助けられちゃったわ。』

『あたしさ、引っ越すことにしたんだ。』

杏子の話は急に飛ぶ。

マミはついていけずに相槌をうつことも返事も出来なかった。

『だからさ、あたしの縄張りをそいつに預けとこうと思ってな。』

『ちょっと待って、引っ越すってどこに? どうして!?』

引っ越すぐらいならなんでウチに来てくれないのか、マミは残念に思う。

174 : らんまマギカ9話8 ◆awWwW... - 2011/11/07 23:39:19.57 cJMCcfD00 72/394

『あー、めんどくせーなー。』

マミの質問に対し、杏子は心底うざったそうにぼやいた。

『風見野じゃとっくにあちこちから目ぇ付けられてたからさ、そろそろトンズラここうって思ってたんだ。
そんなときにちょうど、住み込みで雇ってくれるバイトが見つかってね。』

マミはいちいちテレパシーで『うんうん』などと相槌をうって聞いていた。

『よかった、本当に。』

マミのテレパシーに感情のノイズが混ざる。それは、心の底からの喜びだった。

『ずっと、心配してたのよ。でも、あなたが社会復帰してくれるならこんなに嬉しいことはないわ。』

『だーっ! うっせぇ! お前はオカンか!?』

照れ隠しなのか本気でうざがっているのか、杏子は怒ったようなテレパシーを送る。

『ふふふ、そういう事なら分かったわ。あなたの縄張りはあたしの方でちゃんと管理するから、
新しい土地でもがんばってね、杏子。』

『お前こそ、余裕こいてくたばんなよ?』

相変らず減らず口を叩く杏子だったが、その相変らずっぷりにマミは未だに絆が消えていないことを知り
すっかりうれしくなった。

『ところで引越し先はどこ?』

『ああ、風林館のお好み焼き屋。』

『えっ、風林館!?』

予想外の地名に、またもマミは驚きを隠せなかった。

~第9話 完~

182 : らんまマギカ10話1 ◆awWw... - 2011/11/17 01:03:45.46 uRw5lDTl0 73/394

~第10話~

昼時のお好み焼き屋はにぎわっていた。

「へぇー、お昼も始めたのかい。助かるねぇ」

「でもキミ学校は?」

客層は主に地元の自営業者や主婦、ヒマそうな大学生などだ。

まれに、営業でやってきたらしいサラリーマンなどがまざる。

「へい、豚玉おまち!」

佐倉杏子は威勢良く言うと、すべるようにスピーディかつ静かにお皿を置いた。

「学校? なにそれ食えるの?」

わざとらしく、杏子は笑みを浮かべる。

そんな杏子に客は苦笑いを返しながら、お好み焼きにコテを入れるのだった。

こんな調子で、杏子は右京が帰ってくる午後五時まで店番をしている。

「またせたな。あんこちゃん、交代や。」

「あんこじゃねぇ、『きょうこ』だ。」

五時が来ると店長の右京と店番を変わり、杏子は自由時間を与えられる。

杏子はさっさと着替えを済ませて天道道場へ向かった。

「たのもー!」

元気よく声を張り上げると、道場の中に通される。

そこで、杏子は道場主である天道早雲の行う一般向け護身術講座にまざって型を習った。

「やっぱりあんこちゃんは筋が良いね。うちのあかねより上かもしれないなぁ。」

「いえ、あたしなんてまだまだです。」

同居人にして雇い主の久遠寺右京が杏子のことを『あんこ』と呼ぶのですでに風林館では
『あんこ』が定着してしまっている。

もはやいちいち指摘しても無駄なので、杏子も面倒くさい時は聞き流していた。

ともあれ、そんなやり取りをして、天道早雲は道場をあとにした。道場に残った杏子は掃除を始めた。

掃除をするから代わりにただで武術を教えてくれと杏子が自分から頼んだのだ。

広い道場だが、そんなにモノも無いので掃除に時間はかからない。

「いやー、良い汗かいた。帰りにビールでも買ってくか。」

掃除を終えた杏子は、宝石のように輝く汗を拭きながらつぶやいた。

早乙女らんまが帰っているなら手合わせをお願いするところだが、今日は病院へ見舞いに行ったまま、
まだ帰ってこないらしい。

やむなく杏子は、そのまま部屋に帰ることにした。

********************


杏子は右京に与えられた部屋に帰って着替えを始める。

「やあ、ごきげんだね、杏子。」

その時突然、何者かに声をかけられた。

杏子はとっさにその場にあった漫画本を投げつける。

本は部屋の隅にいた猫のような小動物にあたった。

「いきなりあんまりじゃないか。」

大して痛がる様子もなく、その小動物はしゃべる。

「のぞくんじゃねえ! バカ!」

「ボクは人間じゃないし、性別もないから気にしなくても良いよ。」

183 : らんまマギカ10話2 ◆awWw... - 2011/11/17 01:04:57.47 uRw5lDTl0 74/394

怒る杏子に対して、その小動物…キュゥべえは悪びれる様子もない。

「あたしが気にするっつーの!ったく、空気よめねー奴だな。」

「まったく、人間の価値観はよく分からないよ。」

杏子はそそくさと服を着てキュゥべえに向き直った。

「それよりも、話が違うじゃねーか。新人魔法少女があんなに強いだなんて聞いてないぜ?」

「らんまの強さについて聞かれた覚えはないね。それに、格闘技はボクの専門外だ。
魔法少女と武闘家を比べて強さを分析するなんてボクにはできないよ。」

そう前置きしてからキュゥべえは続ける。

「でも、杏子の手には負えないとなったら他の子に頼んだ方がよかったかな?」

その言葉に杏子はカチンと来た。

「ふざけんじゃねえ。格闘技やってるとか知らなかったから不覚をとっただけだ。
あたしはまだ負けちゃいないし、諦めてもいねーよ。」

「と、言うとらんまの仲間になったからここに引っ越したのではないのかい?」

キュゥべえの質問にさらに杏子は表情をすごませる。

「そんなワケねーだろ! あたしはここを縄張りにするために引っ越したんだ。」

(そうさ、あたしは寂しくなったわけでも絆されたわけでもねぇ。)

杏子は自分に言い聞かせるように強く念じる。

たしかにこの街に来てからの日々は充実していた。

だが、杏子はそんな健全な日々にうつつを抜かすつもりでここに来たわけではない。

(あたしは、もう誰にも頼らないって決めたんだ。)

だから、あくまで今の状況を利用しているに過ぎない。

風見野では魔女はあらかた狩りつくしたし、長いこと住んでいたせいで警戒され、
ホテルへの無断宿泊はおろか万引きすらやりにくくなった。

今までだって住所不定じゃなにかと不便だったし、そろそろ潮時だったのだ。

そんなタイミングで格好の縄張りと、そこでの住み込みのバイトが見つかった。

ついでにマミに借りを返すことも出来て一石二鳥どころか三鳥だ。

そう、たまたま渡りに船だった。

加えて、あのらんまという女にもマミとは別の意味で借りを返さなければならない。

「それなら良かった。ボクとしてもグリーフシードを売りさばくような魔法少女は増えて欲しくないからね。
杏子には期待しているよ。」

それだけ言うと、キュゥべえはただの猫のように窓から外に飛び出して去っていった。

(ちっ、念押しに来たのか。)

杏子はキュゥべえの前で感情を出してしまったことにいら立ちを覚え、
腹立たしい気持ちのままで見送った。

*******************

木棍が空を切る。

らんまはそれをやすやすと飛び越えるとそのままとび蹴りを放った。

杏子はかろうじて蹴りを避けるが棍をもどすのが間に合わない。

らんまは左手で棍をつかみ、右手を拳にして杏子の顔の前で寸止めした。

勝負あったらしく杏子は棍を手放して両手をあげた。

「魔法がねーとこんなもんか?」

「ちっ、悪かったな。」

杏子は舌打ちをした。

184 : らんまマギカ10話3 ◆awWw... - 2011/11/17 01:06:09.17 uRw5lDTl0 75/394

「だったら今度は魔法だけで勝負しようぜ?」

「つまり、一方的に殴られろってか?」

ふざけんなとでも言いたげな表情でらんまは返した。

らんまの魔力は低い。

キュゥべえは杏子にそう伝えていた。

その証拠か、いまだにらんまは魔法で自分の武器を出すことすらできていなかった。

らんま本人としては傷の治りなどはじゃっかん早くなったような気がするらしいが、
もともと回復力に優れているのでいまいちよく分からないとか言っていた。

「武器を出すぐらいならさ、そんなに難しくないだろ?
頭ん中で使いやすそうな武器を考えて、魔力を込めればそれで終わりだぜ。」

あまりにも魔法少女としての習熟が遅いらんまを見かねて杏子が言った。

そうは言われても、らんまは普段特定の武器になど頼らない。

臨機応変、その場にあるものを最大限生かすのが無差別格闘早乙女流のモットーだ。

そのせいか、らんまはどうしても集中してひとつの武器を創造するという作業ができなかった。

「しかし分からねえな。」

ふと、らんまはつぶやいた。

「なんでおめーはこの道場に通う? 俺が言うのも変だが、
魔法少女なら魔法で戦えば良いじゃねえか。」

たしかに、らんまは魔法少女についていろいろ聞き出すために杏子との戦いを半端に終わらせ、和解しようとした。

だが、それはらんまの事情であって、杏子の利益ではない。

杏子がなぜ「うっちゃん」に勤め、この道場にまで来てまでらんまをマークするのか、
マークされる側の当人としては不思議で仕方が無かった。

「そりゃあさ、魔法少女はいつも生きるか死ぬかの戦いをしなきゃなんないんだ。
少しでも強くなりたくって当たり前だろう?
魔法少女だって魔力切れもあるし、身体能力の高い方が有利だから
天道道場に来て鍛えてもらっている…それじゃ何かいけないのかい?」

用意してあったかのように、杏子はすらすら答えた。

その様子に、らんまはますます杏子には別の目的があると確信を強めた。

「いきなり人を襲ってきたお前にしちゃ、動機が普通すぎる。」

らんまの答えに、杏子はにやりと口元を歪ませる。

「仕方ないね、本当のこと言ってやるよ。」

らんまの疑いはもっともだろう。杏子は思った。

実際に自分は、らんまのクセや弱点を探り、グリーフシードを盗むために近づいているのだ。

(そうさ、はじめっからそれだけだ。だから、疑われても当然だ。)

自分もそう思っていて、相手からも疑われているのだ。期待に答えてやるのが当然だろう。

「あたしは前の戦いに納得がいってないんだ。だからアンタをぶっ倒して、
ついでに溜め込んでるグリーフシードをぶん捕ってやる。」

「奇遇じゃねーか。前の戦いが気に食わねーのは俺も一緒だ。
俺だって魔法があんなもんだと知ってたら不覚は食わなかったさ。」

らんまにとっても、無理に仲良くする必要はないらしく、売られた喧嘩は買ってやると言った態度だ。

らんまと杏子、二人の赤い少女は互いの視線に火花を散らせる。

「だがな、その前にひとつ聞きたい事がある。
どうやって、ここに俺っていう新人の魔法少女がいるって知ったんだ?」

こういう時、身内に被害が及ばないようにするには黙秘するのが正解だろう。

しかし、杏子にとってはキュゥべえは身内ではないし、口止めもされていない。

隠し立てするような義理はどこにもなかった。

185 : らんまマギカ10話4 ◆awWw... - 2011/11/17 01:07:45.11 uRw5lDTl0 76/394

「キュゥべえにおいしい縄張りがあるって言われてね。
あんたがグリーフシードを売りさばいてるの、キュゥべえの奴は気に入らないらしいぜ?」

「え、お前、今なんて!?」

よく聞こえなかったのか、らんまが聞きなおす。

「キュゥべえに教えられたって言ってんだ。」

「いや、俺が聞きたいのはその後だ。」

「『あんたがグリーフシード売りさばいてるのをキュゥべえが気に入らない』ってトコか?」

杏子が台詞を言いなおすと、らんまは首を横にひねった。

「お前、キュゥべえに騙されてんじゃねーのか? そんなの俺はしてねーぞ。」

らんまの言葉に、杏子もはっとした。

前々から、キュゥべえをうさんくさいとは思っていた。

しかし、今まで嘘をつかれたことは無かったのでその点は安心していたのだ。

だが、キュゥべえが場合によっては嘘を付くとすれば、これまでの情報を一から洗いなおさなければならなくなる。

「…マジかよ、本当にやってないのか? あんたの義理の姉がやってるとか聞いたぞ。」

「義理の…姉?」

らんまは頭をひねったが、すぐに怒りに満ちた表情に変わった。

「あ、あんにゃろーまさか!!」

事情の分からない杏子はいぶかしげにらんまを見つめる。

「いや、すまねー。どうやら今回悪いのはキュゥべえじゃないみてーだ。
先になびきの奴をこらしめねーとな…」

*****************

天道なびきは、帰宅後、自分の部屋に入るなり拘束された。

突如、槍が襲ってきたかと思うとその槍が無数の鞭にばらけて、なびきに巻きつき行動の自由を奪ったのだ。

「なに!? 一体コレは?」

焦るなびきの前に、魔法少女姿の杏子が現れる。

「へ、一丁上がり!」

「あ、あんこちゃん!? 助けて! らんまくん!」

驚き、おびえた様子で助けを求めるなびきは、とてもらんまの言うような女狐には見えなかった。

そのらんまがゆっくり歩いてなびきの前にやってきた。

「誰が助けるか、怯えたフリなんてしやがって。いい加減に観念しやがれ。」

そしてあっさりと、なびきの『助けて』という願いを裏切る。

らんまは知っていた。

なびきには戦力は全く無いがシャンプーや右京に襲われても平然としているような人間なのだ。

この程度の事態で怯えるなど演技に決まっている。

「分かんないわねぇ。あたしが何したって言うのよ?」

案の定、なびきはさっきまでの演技をやめて、普段の家庭内の会話と変わらない様子で文句をたれた。

「なんだコイツ? えらく態度が変わるじゃん。」

戦うすべを全く持たない人間がどうして拘束されてもこうも堂々としているのか、杏子にはよく理解できなかった。

「こーゆー奴なんだ。おめーも騙されないように気をつけろよ。」

らんまは杏子にそう警告してから、なびきを問いただす。

「さて、『預かってる』って言ったグリーフシードをなんで売りさばいてんのか説明してもらおうか?」

「あー、そのこと。いいじゃない、別に。らんまくんには無用の長物なんだし。」

186 : らんまマギカ10話5 ◆awWw... - 2011/11/17 01:09:21.03 uRw5lDTl0 77/394

凄むらんまに対して、なびきは全くひるむことなくしれっと答える。

(ああ、絵に描いたようなヒドい奴だ。)

杏子はさきほどのらんまの忠告に、内心大きくうなずいた。

「てめー、魔法少女について色々調べたいから預かってるんじゃなかったのかよ!?」

「あら、その目的はある程度達成してるわよ。」

「は?」

なびきの意外な台詞に、らんまは耳を疑った。

「あんこちゃんはさ、どうしてこの街に来たわけ?」

この事態でも親しげに『あんこちゃん』などと言ってくるなびきに、杏子は若干不気味さを感じた。

「あ、あたしはキュゥべえにグリーフシードを売りさばいてる悪い奴が居るからシメてくれって言われて、
それでグリーフシードがっぽりもらえるなら楽な仕事だと思って来たんだ。」

杏子はもうらんまにバレている部分はかまわず本音を話した。

このなびきという女はマミのように自分の正義にこだわったりはしない。

そういう人間だということだけははっきり分かったので、取り繕う必要も無いと思ったのだ。

「なるほどね。つまり、キュゥべえは魔法少女に対して公平ってわけではないし、
都合の悪い魔法少女は他をけしかけて潰そうとするような奴ってことね。」

なぎきは杏子から聞き出したばかりの情報を使った分析を披露する。

おそらく元から考えていたシナリオだったのだろう。

「確かに、そう考えると黒い奴だな。見た目は白いくせに。」

らんまがうなずく。少なくとも、キュゥべえに対する不信感を増大させるのには足る情報である。

「それに、キュゥべえが魔法少女をつくる目的は、魔女を倒すためじゃなくって、
グリーフシードが欲しいっていう推測も補強されるわよね?
しかも、使用済みグリーフシードを。」

なびきはウインクして見せた。「状況把握が前進したでしょ?」とアピールしているのだ。

「ちょっと待て。あんたたちキュゥべえの思惑なんてさぐってどうするつもりなのさ?」

らんまとなびきのやり取りを不思議そうに眺めた後、杏子が割り込んだ。

「ああ。キュゥべえとの契約でちょっと納得いかねーとこがあってな。
どうにかして契約を無くして元にもどれねーかって考えてんだ。」

「元に…戻るって!?」

杏子は狐につままれたような顔をした。。

彼女の周りには、そんなことを考えている魔法少女は今まで一人もいなかった。

(あたしだって、納得のいかなかったことはあったはずなのに…)

なぜ、そういう発想を一度もしなかったのだろうか。

考えてみて、すぐに理由にいきついた。

魔法少女でなくなったところで、杏子の取り戻したいものはもう何も戻ってこないのだ。

いや、それどころか不登校児なうえにマミのように財産があるわけでもない杏子は魔法少女で無ければ
生活していくことすら困難だっただろう。

失ったことを魔法のせいだとしても、その魔法のおかげで生かされていることになり、契約自体を
踏み倒すことはできない。

結局、すべてが自業自得とあきらめるしかなかったのだ。

だが、らんまはまだ大切なものを失う前らしい。

(ち、やっぱいけすかねぇよ。)

杏子ははきすてるようにそっぽを向いた。

そうしている間にも、らんまとなびきのやり取りは続く。

187 : らんまマギカ10話6 ◆awWw... - 2011/11/17 01:10:29.41 uRw5lDTl0 78/394

「それなりに分析が進んだことはわかった。でもな、俺が命がけで取ってきたもんをそんな風に
商売にされておとなしく引き下がってると思うか?」

「なによ、分け前よこせってわけ? あんたも結構ケチねぇ。」

「グリーフシードを返せって言ってんだ! ケチだとかお前にだけは言われたかねーよ! 」

わなわなと怒りをあらわにするらんまに対して、なびきはけろっとして言った。

「無理。もう売れちゃったから。商品は発送済み。」

そのやり取りを眺めていた杏子は、キュゥべえがなびきを嫌がっているのも分かる気がした。

自分もあまり深くかかわらない方がいいのじゃないかと思ってしまう。

「でもね、買い手がなかなか面白いわよ?」

唖然とするらんまをよそに、なびきは楽しそうに語った。

「グリーフシード買ってくれた顧客にさ、『美国織莉子』って子が居るのよ。」

らんまも杏子も「それが一体どうした」といった様子で黙っている。

「あんたたち知らないの? 何年か前に汚職疑惑で自殺した美国議員の一人娘よ。」

「ふーん。」

「そんなの知らねーよ。」

なびきは面白がって言ったが、二人の反応は薄かった。

それもそのはず、勉強なんて二の次で格闘にいそしむらんまと不登校児の杏子では
新聞なんて読まないしテレビニュースも見ないのだ。

「そんな有名人が本名書くとは思えないね。どうせ偽名だろう?」

杏子がツッコミをいれる。

「住所が美国邸だもの、本人よ。」

「だったら、アレだ。政治家の娘だったら金持ちなんだろ? 興味本位で買ったんじゃねえか?」

らんまは変な趣味を持った金持ちを何人か知っている。

おかげでらんまの頭の中では金持ちとは物好きの変わり者という思い込みがしみついていた。

「まー、その可能性は否定できないけどねぇ。
でもさ、自殺した議員の娘が魔法少女だったりしたら面白いと思わない?」

「別に。」

楽しそうに語るなびきに対して、らんまも杏子も無感動に首を振る。

「あんたたち、つまんないわねぇ。」

そんなことをつぶやきながらもなびきは別のことを考えていた。

(ふぅ…今回は危なかったけど、なんとか興味をそらして武力制裁をまぬがれたわ。)

********************

「信じられない…本当に届くなんて。」

暁美ほむらは驚きを隠せなかった。

あやしげなインターネットサイトで売られていたグリーフシード。

それを試しに注文してみたら、本当に本物のグリーフシードが配達されてきたのだ。

そのグリーフシードは完全未使用のきれいな灰色で、パンティのような模様が刻まれていた。

(さらのグリーフシードを売るなんて、よほど余っているのかしら?)

しかも、送り主の住所と名前まではっきりと明記されている。

『東京都練馬区風林館××-×× 天道方(天道道場) 早乙女乱馬』

もしこれが、このグリーフシードを取ってきた魔法少女の本当の住所ならマヌケにもほどがある。

魔法少女は巴マミのような善良な存在ばかりではない。

188 : らんまマギカ10話7 ◆awWw... - 2011/11/17 01:11:16.48 uRw5lDTl0 79/394

ある種の魔法少女に対しては売るほどに蓄えられたグリーフシードを「奪いに来い」と言っているようなものだ。

(それとも…罠?)

罠だとすれば相当に危険だ。

売るほどに余るグリーフシードをどうやって蓄えたか?

こうやってエサで魔法少女を誘い出しておいて、返り討ちにして奪い取る。

あるいは注文の際に集めた情報を元に魔法少女を探し出し、奇襲をかける。

そんな方法がありうるからだ。

そうでなくても、まっとうな方法で大量のグリーフシードを余らせることができるなんて思えなかった。

考えてみると、注文の際に本当の住所を晒してしまったのが悔やまれる。

暁美ほむらの情報は、この「早乙女乱馬」といういかにも偽名くさい魔法少女に筒抜けになってしまった。

やろうと思えば「早乙女乱馬」はいつでもほむらに奇襲を仕掛けられる状態なのだ。

「狩られる前に…狩る?」

そんな過激な選択肢も浮かんでしまう。

だが、これが罠ならばどう動こうと相手の想定の範囲内だろう。

(いえ、向こうから関わってくるまで放っておけば良いわ。)

ほむらはそう開き直った。

自分のなすべきとは…たった一人の友人を守ることだ。

自分の身が危険に晒されていようと、よそで誰かが罠を張っていようと関係ない。

興味があるとすれば、こういう輩に対してキュゥべえ…いや、インキュベーターがどう動くかということぐらいだ。

この件はそれで割り切った暁美ほむらは、グリーフシードをしまうと新聞に目を通した。

今日の新聞ではない。数年前のものだ。

(今までの時間軸と時事はあまり変わらないわね。)

そんなことを思いながら、ページをめくる。

ふと、あるページでほむらの手が止まった。

「まさか!?」

ほむらはそう言って、今度は新聞と同じ日付の週刊誌を取り出した。

さらに、自らの通う見滝原中学校の生徒名簿を調べる。

(この時間軸には、美国緒莉子と呉キリカが居る!)

ほむらは普段から硬い表情をさらに硬くして拳を握り締めた。

~第10話 完~

201 : ◆awWwWwwWGE[sag... - 2011/11/24 02:19:19.51 GujHiiOv0 80/394

~第11話~

柵や壁の無いテラスは、庭との境目があいまいである。

降り注ぐ太陽光は庭の木々にさえぎられ、柔らかい木漏れ日となってテラスにあふれていた。

そのテラスに置かれたテーブルの上には、温かい紅茶と小さなフィナンシェが二組置かれている。

そして、テーブルにつけられた二つのイスには二人の少女が座っていた。

「…本物ね。」

少女の一人がつぶやいた。

白い髪をやや高めのサイドテールでまとめ、スカートや肩をふくらませた時代物の西洋のお嬢様のような服装をしている。

その彼女の手の平には、灰色の、意匠を凝らした工芸品のようなものが置かれていた。

「ふーん、変わった子もいるもんだねー」

もう一人の少女はのん気に間延びした声で答えた。

黒いショートカットの髪に、見滝原中学校指定のブラウスとスカート。

ブラウスのすそは外に出して、左右で長さも模様も違うニーソックスをして、だらしない…
少なくとも優等生ではありえないいでたちをしている。

「アイドル気取りの魔法少女が現れるぐらいは想定の範囲だけど、
まさかグリーフシードを売るなんてね。」

白い髪の少女はそういってため息を吐いた。

「…で、この乱馬って子は違うのかい?」

「違うわ。『アレ』が魔法少女になれば私には分かるはずだもの。」

「ふーん。」

黒髪の少女は大きく伸びをして両手をあたまの後ろで合わせた。

そして、そのままの格好で言った。

「でも、始めるには丁度良い相手かもね。」

まるで、文通でもはじめるかのような気楽な言い方である。

しかし、白髪の少女はその意味を知っていた。

「確かに、あの子なら目立つわ。陽動としては良いマトだけど…」

白髪の少女はその目に戸惑いを見せる。

その様子を見て、黒髪の少女は急に真剣な顔つきになって相手を見つめた。

「おりこ、言ってくれ。私はおりこのためだったら平気だから。」

「…分かったわ。お願い、キリカ。行ってきて。」

白髪の少女も決意を込めたまなざしで答えた。

「魔法少女狩りの1人目は、早乙女乱馬よ。」

**********************

「先生の話だと、もうこのペースの回復ならそろそろ退院できるって。」

病室のベッドの上でショートカットの少女が明るく答えた。

右腕にはまだギブスをはめ、逆側の左腕にはチューブが刺さっている。

「ホントかよ? もうちょっと居た方がいいんじゃねーのか?」

早乙女乱馬は首をかしげた。

異常なペースで回復しているとは言え、まだ手足のギブスもとれない状態で退院となるとかえって不安になる。

「心配してくれるのは良いんだけどさ、勉強だって遅れちゃったし、武術の方も早く勘を取り戻さなきゃ。」

「ばーか、誰があかねの心配なんてするか。俺はな、お前みたいな凶暴女は当分病院に預かってて欲しいって言ってんだ。」

らんまは相変らずの減らず口を叩く。

「なんですってぇ! あんたに凶暴女とは言われたくないわよ、ら・ん・ま・ちゃーん!」

202 : らんまマギカ11話2 ◆awWw... - 2011/11/24 02:21:09.04 GujHiiOv0 81/394

あかねと呼ばれた少女はギブスの付いた手で器用に目の下を広げて見せて、あっかんべーをした。

そして、いつものように喧嘩になるかと思いきや、あかねがクスッと小さく笑った。

らんまもつられてヘヘッと微笑んだ。

「久々だな、こーゆーのも。」

「ふふっ、ホントね。」

それだけ言うと、らんまとあかねは無言で見つめ合う。

その瞳に宿るものは、敵意でもなく、情熱でもなく、もっと確かな感情だった。

「あかねがこんな状態じゃ、喧嘩もできねーや。今日はもう帰るぞ。」

しばらくしてようやくらんまが口を開いた。

「ふん、戻ったら思いっきりぶん殴ってやんだから。今から覚悟しときなさいよ!」

あかねの減らず口に、らんまは背中を向けたまま手を振って答えるのだった。

******************

「へー、あれがアンタの契約した理由かい?」

病院を出るなり、らんまは声をかけられた。

聞こえてきたのは木の上、葉に隠れて佐倉杏子がそこにいた。

「のぞきとは趣味が悪いんじゃねーのか?」

「いいだろ、別に。減るもんじゃなし。」

そう言って、杏子はひらりと木の枝から飛び降りる。

らんまから見てもなかなかの身のこなしだった。

「あんたも甘いもんだねぇ。たかが友だちのために命を棄てるなんて。」

「命を棄てる、だ?」

おおげさな杏子の表現に、らんまは顔をしかめた。

「だってそうじゃん。魔法少女はいずれ魔女との戦いで死んじまうし、
どれだけ人のために尽くしたってそれを信じてもらえない。
マトモに生きようとすればするほどピエロになっちゃう運命なのさ。」

したり顔で杏子は語る。

杏子の言うことはらんまにはいまいちピンと来なかった。

らんまの周りには魔法少女と同じぐらい非常識なものごとがあふれているから
信じてもらえないなんてことは無いように思えるし、自分が魔女ごときに殺されるとも思っていない。

「なんだか知らねーが、俺はそのうち魔法少女やめるから関係ねーな。」

「へえ、何かアテがあったのかい?」

余裕を見せようとしたらんまだったが、杏子にそう返されて言葉を失った。

コロンが取り寄せている開水壺で元に戻れるという保障はどこにもない。

元に戻れるアテなんて始めから無いのだ。そういう意味では呪泉境に行けば治る変身体質よりもタチが悪い。

「その様子だと、アテは無い…か。」

答えられないらんまをよそに杏子は語り続けた。

「あたしはひとつだけ、魔法少女をやめられそうな方法しってるよ?」

わざとらしく杏子はもったいつける。

「本当か!? 教えてくれ!」

らんまは杏子につめよった。

その熱心さに杏子は一瞬とまどったが、すぐにすまし顔に戻って言った。

「簡単さ、あのあかねって子に魔法少女になってもらえばいいのさ。
『らんまを元に戻してください』ってのをお願いにしてね。」

203 : らんまマギカ11話3 ◆awWw... - 2011/11/24 02:22:49.14 GujHiiOv0 82/394

その言葉に、らんまはしばらく考えてから首を横にふった。

「そんなことできるかよ。トラックにひかれちまうようなドジのあかねじゃ魔女に殺されちまう。
それじゃ、俺の願いが意味なくなっちまうじゃねーか。」

「難しく考えなくていいじゃん。あの子にあんたの願いで一命を取りとめたって教えりゃ
なんでも言うこと聞いてくれるぜ?」

杏子はわざと挑発的に、いやらしい笑みを浮かべる。

「そのために契約したんじゃねーのかよ?」

「てめぇっ!」

らんまは思わず杏子の胸ぐらをつかんだ。

自分は決してあかねを思い通りにするためにキュゥべえと契約を結んだわけではない。

それははっきりと自信を持って言えることだ。

だからこそ、らんまは自分の思いに泥を塗られたような気分だった。

「喧嘩するなら場所変えようか?」

杏子は胸ぐらをつかまれても焦ることなく、にやりとして言った。

(ちっ、こいつ、はじめっから喧嘩を売るために…)

らんまはまんまと乗せられたことを悔やんだが、喧嘩を売られて引く気もしなかった。

********************

らんまにとってはいつもの空き地、杏子にとっては幸せそうで癪な住宅地の一角で、二人は対峙した。

「言っておくが、万が一俺を倒せてもグリーフシードは手にはいらねーぞ。」

そう言いながららんまはゆっくりと構えをとる。

「知ってるよ。それが目的じゃないさ。
同じ街に二人魔法少女が居るんだ、どっちが上か決めといた方がいいだろ?」

杏子もその間に変身をすませた。

そして、互いににらみ合い仕掛けるきっかけを探す。

「いくぜ!」

やがて、業を煮やした杏子がらんまの元に走りこんだ。

杏子は大きく横なぎに槍を振り回す。

らんまはそれをひょいと上に避けた。

「そう来ると思った!」

叫ぶや否や、杏子は振り切った槍をそのままの体勢で斜め上に振り上げる。

丁度、宙に舞うらんまを追撃するかっこうだ。

らんまは追撃してきた槍を、なんと足で蹴った。

「へ、空中戦は早乙女流の得意だぜ。」

槍をしっかりと握っていた杏子はバランスを崩す。

そこにらんまは一気に間合いを詰めて、パンチを叩き込もうとした。

しかし杏子はすばやく槍を消すと、不用意にしかけて来たらんまの拳を、見事に腕で横にさばいた。

(早雲おじさんの型かよ!?)

らんまは目を見張る。

まだ短い期間しか練習していないのに、杏子は油断していたとは言えらんまの拳をさばけるだけの技術を天道早雲から習得していたのだ。

喧嘩を売ってきたのもうなずける。だが武術ではらんまの方が上を行く。

らんまはさばかれた勢いを逆に利用してそのまま回転し裏拳を繰り出した。

杏子はきわどくそれをかわすと一旦、後ろに飛び退いた。

204 : らんまマギカ11話4 ◆awWw... - 2011/11/24 02:24:37.58 GujHiiOv0 83/394

「へへ、あたしの武術も大したもんだろ。無差別格闘佐倉流…なんつって。」

そう言って杏子はらんまに良く似た、左腕を前に出す構えをしてみせた。

「おめー、こっちの勝負で俺に勝てると思ってんのかよ?」

らんまもいつもの構えをして応じる。

「もいっちょ、いくぜ!」

今度は杏子は無差別格闘流の型で拳を繰り出すように見せかけて、すばやく槍を作り出し、いきなり槍攻撃に切り替えた。

らんまはとっさに避けるが刃が服をかすめる。

それならと、らんまが間合いをつめようとすると、今度は槍を消して無差別格闘流の型で防御に徹する。

防御に集中されてはいかにらんまでも決定打は打てない。

やりにくいとらんまは思った。

距離をあければ魔法を使った奇抜な攻撃にさらされ、つめれば攻めあぐねる。

(なら、槍が届かない遠距離だ。)

らんまは思い切り距離をとった。

らんまには猛虎高飛車や場合によっては獅子咆哮弾という飛び道具がある。

その距離を保てば独壇場だという判断だ。

だが、その時、急に杏子は動きを止めた。

「おい。」

戦闘中の掛け合いではなく、落ち着いた口調で杏子は呼びかける。

「なんだ?」

らんまも構えを緩めた。

「感じねーのかよ? 魔女の気配。」

「なんだって!?」

杏子のブラフ…ということも考えられるが、ひとまずらんまはソウルジェムを宝石状にして手のひらに乗せてみた。

ソウルジェムの輝きは大きく揺らいでいる。

「来るぞ!」

そうしている間にも、あたりはタイルを貼りかえるように異空間に変わって行った。

それは、真っ暗な闇の中あちこちに障子が浮かぶ奇妙な世界だった。

使い魔による前置きも無く、魔女があらわれる。

落ち武者のような巨大なガイコツの下に女性ものの和服、さらにその下に一本足。

ガイコツの目のくぼみにはまたも目と口のついた顔が二つある。

「趣味のわりぃ魔女だな。」

らんまがつぶやいた。これはムースの趣味にでも影響されたかなどと考える。

「グリーフシードはあたしがもらうぜ!」

杏子はすぐさま魔女に飛びかかった。

魔女は身軽にひょいひょい飛んで杏子の槍をかわすが、あっさり追い込まれその頭蓋骨の脳天に特大の槍をくらって砕けた。

「なんだ、雑魚い魔女だな。」

杏子がつぶやく。

「やれやれ、また仕切りなおしかよ。」

らんまも杏子の勝利を確信し、肩をすくめて言った。

しかし、結界はまだ解けない。

そして気が付けばあたりは綿飴のようにもこもこした巨大な使い魔や、つぼ型の三脚の使い魔などに囲まれていた。

205 : らんまマギカ11話5 ◆awWw... - 2011/11/24 02:26:50.63 GujHiiOv0 84/394

「さっきのは使い魔だったのか!?」

状況把握に戸惑いながらも、らんまは使い魔たちを倒し始めた。

しかし、つぼ型の使い魔は小さな紙風船のような使い魔を量産し、綿飴状の使い魔にはパンチやキックがまるで利かない。

さらに、先ほどの魔女も、かち割られたガイコツを脱ぎ捨てて、目の中に入っていた顔が本体となり再び動き出した。

「こりゃあ、山盛りだな…」

杏子がつぶやく。

らんまと杏子は長期戦を迫られた。

****************

「あれ? おかしいな? 二人も魔法少女が居る?」

数の多い敵をちまちま倒しているらんまと杏子の背後から声が聞こえた。

「残念だけど、こいつはもう先約済みだぜ。グリーフシードが欲しいなら他当たりな。」

自分から魔女の結界に入れる存在は魔法少女しか居ない。

てっきり声の主を魔女の気配を感じてやってきたよその魔法少女だと思った杏子は振り返りもせずにそう言った。

「近所にまだ他の魔法少女が居たのかよ。」

らんまも同じように考えてつぶやく。

だが、新しくやってきた魔法少女は意外なことを言った。

「ま、いっか。二人とも殺しちゃえば間違いない。うん、それがいい。」

「へ?」

らんまが振り返った瞬間、いきなり黒い鉤爪がおそってきた。

「うわっ、あっぶね。」

らんまはリンボーダンスのように大きく背中をそらしてなんとか避けた。

「お? 今のをかわすとは早乙女乱馬はなかなか強敵だなあ。」

大きな独り言をつぶやきながら、黒い魔法少女が飛び退いた。

「なんだお前は!?」

杏子は叫ぶが、魔女との戦いに手をとられよその魔法少女の相手まではできない。

「じゃあコレはどうかな?」

黒い魔法少女は、先ほどは右手だけだった鉤爪を両手に生やした。

「おい、グリーフシードの取り合いなら魔女を倒した後にしろよ!」

らんまがそう言っている間にも黒い魔法少女は容赦なく斬撃をしかけてくる。

らんまは避けるのが精一杯だった。

(速い…っ!)

信じられないことに、この魔法少女はらんまが今まで戦ってきた誰よりもすばやかった。

「グリーフシードはいらないよ。もともと、私が仕掛けたグリーフシードだしね。」

言いながらも息をつく間もなく黒い魔法少女は激しく飛び回り攻撃をしかけてくる。

「しかけた!? てめー、どういうことだよ?」

らんまは防戦一方だ。

スピードで負けている上に、相手が刃物を使ってくるのではうかつに攻撃に移って隙を作れない。

「早乙女乱馬、キミを閉じ込めるためにグリーフシードを孵化させたのさ!」

黒い魔法少女はらんまの真後ろに回った。

(…そういう使い方もできるのか!)

使用限界ギリギリの、真っ黒なグリーフシードを放置すれば遠からず魔女が孵化するだろう。

206 : らんまマギカ11話6 ◆awWw... - 2011/11/24 02:27:59.42 GujHiiOv0 85/394

それを魔法少女の縄張りの中に置いておけば、そこの縄張りの魔法少女がほぼ確実に釣れる。

この黒い魔法少女は、らんまを狙ってグリーフシードのそういう裏技的使い方をしたらしい。

それはともかく、真後ろを突かれたらんまは前転で攻撃をかわすと、転がる途中で思い切り足を伸ばして飛び上がった。

らんまの頭が、勢い良く身を乗り出した黒い魔法少女のおなかにヒットする。

黒い魔法少女は血を吐き出しながら後ろに跳び下がった。

そこに、杏子が横切る。

すると今まで杏子を追っていた魔女が黒い魔法少女に目を向けた。

「てめーが仕掛けた魔女に食われちまいな!」

杏子は魔女のターゲットが変わったのを確認すると、黒い魔法少女に中指を立てた。

そしてらんまに言った。

「これで貸しイチだな。」

「いや、これでチャラだ。」

そう言って、らんまは猛虎高飛車を飛ばし、杏子の背後に居た大型の使い魔を倒した。

が、余裕を得たのもつかの間で、黒い魔法少女はあっという間に魔女を倒してしまった。

「おい、杏子、おめーあの魔法少女に負けてんぞ。」

「うるせえ、あたしが弱らせてたからだ。」

らんまと杏子が言い合っているうちに、黒い魔法少女は一瞬にして杏子に接近した。

「こいつ、遠くで見るより速っ―」

杏子が槍を構えるよりも速く、黒い魔法少女は杏子の脚に鉤爪を飛ばした。

杏子の太ももに赤い筋を作って鉤爪は地面に突き刺さる。

「思い出した。キミは佐倉杏子だ。キミは回復が苦手!」

どこで知ったのか、黒い魔法少女は杏子の名前と特性を言い当てる。

らんまは杏子を助けに行こうとするが、黒い魔法少女がやたらに飛び回るので同士討ちになりそうで割り込めない。

「だから、脚を痛めればしばらく手出しできない!」

黒い魔法少女は圧倒的なスピードで杏子を翻弄する。

「てめっ」

杏子はなんとか黒い魔法少女と渡り合おうとするが、徐々に脚に切り傷が増え、やがてひざを落とした。

(しまった。こいつは斬り合いで勝てる相手じゃない。範囲攻撃で仕留めるべきだったんだ。)

杏子は悔やむが時既に遅し、脚をやられて動けなくなった杏子を後にして黒い魔法少女はらんまに向かっていった。

「また来るか!」

らんまは構えるが、まだ特に対策は思いつかない。

らんまの持ち技には奇策があれこれあるが、自分よりすばやい相手、しかも刃物持ちにしかけられる技というのはかなり限られる。

「らんま、魔法を使え! 武器を想像しろ!」

杏子が叫ぶ。

(武器? あいつを止められるような道具…)

らんまは必死で集中した。その間にも黒い魔法少女が迫ってくる。

「これだ!」

その叫び声と、黒い魔法少女の攻撃が降りかかるのはほぼ同時だった。

黒い魔法少女の攻撃は、緑色の物体に阻まれらんまに届かずに止まっている。

「こ、これは!?」

黒い魔法少女は目をむいた。

207 : らんまマギカ11話7 ◆awWw... - 2011/11/24 02:29:20.21 GujHiiOv0 86/394

自慢の鉤爪は、なんとタタミに突き刺さり、抜けなくなってしまったのだ。

らんまは黒い魔法少女が驚いているすきに、タタミを上から押して相手の動きを封じる。

「無差別格闘早乙女流『畳替し』!」

自信に満ちた声でありふれた技名を披露し、らんまは肩を広げた異様な構えをとった。

杏子は知っている、あの技は…

「そして、猛虎高飛車!」

ふんづけたタタミの上から、らんまは容赦なく光の弾を下に向けて発射した。

黒い魔法少女は刺さった鉤爪を消して、なんとかタタミの下から抜け出そうとする。

が、すんでのところで間に合わず、タタミごと猛虎高飛車を食らった。

一方のらんまは、自分の攻撃に巻き込まれないように寸前で飛び退いている。

やがて、焼けたタタミの下からぼろぼろになった黒い魔法少女が現れた。

「まだやるか?」

らんまが問いかける。

既に杏子も槍を支えになんとか立ち上がっていた。

「残念ながら、ここまでだね。…さようなら!」

黒い魔法少女は突然、あらぬ方向へ走り始める。

「逃がすか!」

杏子が槍を投げる。が、その槍は魔女の使い魔によって阻まれた。

奇妙なことにさっきまで居なかったタイプの、シルクハットをかぶったふわふわの使い魔だ。

やがて、黒い魔法少女の姿が消えるのと同時に、結界が崩れ去った。

「ちっ、なんだったんだあいつは?」

らんまは腕を押さえながらつぶやいた。

腕だけではない。傷は浅いがあちこちに切り傷がある。

「あたしと同じようにキュゥべえがけしかけたんじゃねーのか。」

杏子は変身を解いて座り込んだ。

**************

「ごめんよ、おりこ。またキミの手をわずらわせてしまうなんて。」

あちこちを包帯で巻かれた状態で、黒い魔法少女・キリカは言った。

「十分よ。キュゥべえが目を向けるだけの出来事にはなったはずだわ。」

おりこはキリカの負傷を魔法で癒しながら答える。

「でも…」

「そんなことよりも、キリカが生きて帰ってきたことがうれしいわ。」

おりこはやさしくキリカの反論を封じる。

そう言われるとキリカは何も言えず照れたようなすねたような微妙な表情をしてみせるのだ。

「このソウルジェムでよくもったものね。」

おりこはキリカのソウルジェムを手に持って眺めた。

その魂の入れ物は、まだ機能するのが不思議なほど大きくひび割れていた。

「ああ。おかげで『なりかけ』の状態をずいぶん調整できるようになったよ。」

そのキリカのほほえみを、おりこは悲しく思った。

目的のためにはキリカの命すらも駒に使わなければならない。

そして、キリカはそれを厭わない。

208 : らんまマギカ11話8 ◆awWw... - 2011/11/24 02:30:30.36 GujHiiOv0 87/394

だが、おりこの望む本当の世界はキリカとともにある未来なのだ。

「お願い…生きて…」

おりこは搾り出したようなか細い声でつぶやくのだった。

~第11話 完~

215 : らんまマギカ12話1 ◆awWw... - 2011/12/03 20:19:22.07 KU+OuFtU0 88/394

~第12話~

その日、らんまは猫飯店を訪れた。

「待っておったぞ。」

「らんま、早くするね。」

オーナーのコロンと看板娘シャンプーが出迎える。

「おう、すまねー。」

そうして通された店の奥の居間には、木桶と鉄瓶が置かれていた。

「開水壺、やっと届いたね。」

「思ったより早かったがの。」

そう言ってシャンプーは鉄瓶を持ち上げてみせる。

一見、ただの鉄瓶だがこれが開水壺である。

「ちょっと待て、なんで止水桶まで頼んだんだ?」

らんまが疑問を口にする。

「試さねば、本物の開水壺かどうか分からんじゃろ。…シャンプー、やるぞい。」

コロンに言われて、シャンプーは開水壺を机の上に戻した。

そして、コロンが桶に汲んである水を杓子ですくって、シャンプーにかける。

「ぎゃああああ! 猫っ!」

らんまは鳥肌を立てて部屋の隅へ逃げた。

水をかけられたシャンプーが、猫に変身したからだ。

「まったく、ムコ殿の猫嫌いにも困ったものじゃな。」

そうつぶやきながら、コロンは猫になったシャンプーに、まずは普通のヤカンのお湯をかけた。

設定温度は約40度。猫は気持ち良さそうにお湯を浴びるが、人間にはもどらない。

これが止水桶の効果だ。呪泉郷の変身体質の人間を変身後の姿に固定してしまう。

次に、コロンは開水壺に水道水を入れた。

火も電気も通していないはずなのに、開水壺の中の水は一瞬で沸きたちお湯になった。

そのお湯を、コロンは遠慮がちに少量、猫にかけた。

豊満な胸を腕で隠しながら、裸体のシャンプーが現れる。

「うむ、開水壺は間違いなく本物じゃな。」

コロンが満足げにうなずいた。

「猫のままお湯あびるのも、案外気持ちよかたね。」

服をまといながら、シャンプーはのん気なことを言う。

心に決めた相手の目の前だから平気なのか、あまり羞恥心は無いらしい。

「おお、これなら多分、男に戻れる…!」

変身体質に戻るとはいえ、らんまにとって男に戻れないよりがは何倍もましだった。

プライドの問題もあるし、女のままでは日常生活上の不便も多い。

それに魔法少女としてのいろいろな厄介ごとも、面倒になったときには男になってごまかせる。

「よし、ばあさんやってくれ!」

らんまはさっきまで猫におびえてへっぴり腰だったのが嘘のように、胸を張って堂々といった。

「乱馬が男に戻れば私もうれしいあるね。」

シャンプーは殊勝な台詞を口にしたが、内心は違っていた。

今回、あかねも右京も何も出来なかったのに、自分とコロンだけが乱馬が元に戻るための手助けをしたのだ。

これから乱馬を我が物にするために、かなりのポイントになったはず。

216 : らんまマギカ12話2 ◆awWw... - 2011/12/03 20:20:46.29 KU+OuFtU0 89/394

シャンプーが目配せをすると、コロンはにやりと口元をゆがませて答えた。

(やっぱり、おばばも同じ心積もりね。)

シャンプーはニヤてしまうのを微笑で隠してらんまに開水壺を渡した。

らんまはためらうことなく熱いお湯をドバドバ頭からかぶる。

しかし―

「熱い…」

そうつぶやいたらんまの声は、女の声のままだった。

「乱馬…」

シャンプーも信じられないものをみたかのように呆然とたちつくす。

膨らんだ胸部と小さな背丈、見間違えるはずもない。らんまは女性の姿をしていた。

「ふむ、どうやら開水壺では男に戻れんようじゃの。」

落ち着いた声で、コロンは言った。

もともと開水壺が今のらんまの状態に対して有効であるという保障はどこにもない。

この結果もコロンはある程度予測していたのだろう。

「さてムコ殿。これからどうするかの?」

らんまは口を閉ざした。

開水壺でどうにもならないのなら、マトモなアテなど無いのだ。

やはりあのキュゥべえをどうにかするしかないのか。

「まあ、考えようによっては得をしたかもしれんのぉ」

つぶやくように、コロンは言う。

「お湯で変身が解けぬなら、即席男溺泉でも変身体質を治せるかも知れん。」

その言葉に、らんまはパッと顔を明るくした。

「それだ! ばあさん、その手があったか!」

もしその方法で、男に戻って変身体質からおさらばできるならばそれに越したことはない。

魔法少女になったおかげで完全な男に戻れるかもしれないなんて、まさに「災い転じて福となす」だろう。

「そういうと思ってな、ホレ、用意しておいたぞい。」

そう言ってコロンが取り出したのは一見、ただの入浴剤だった。

しかし、らんまには見覚えがある。

「それは…」

「即席男溺泉あるか!」

正確には即席男溺泉の素。

水に溶かすと、その水が一回限り男溺泉の効果を発揮する入浴剤でる。

らんまは期待に胸が広がる。

「ばあさん、はやくやってくれ!」

はやるらんまに、コロンは即席男溺泉の素をコップの水に混ぜ、遠慮なく顔面からぶっかけた。

が、

「…はぁ、効果なしかよ。」

らんまはがっかりした様子を隠しきれず、ため息をもらした。

身長も胸も声も、即席男溺泉を浴びる前と何も変わらなかった。

「むむ、どうやら呪泉郷の呪い自体が効かぬらしいの。」

コロンはあごを撫でながら頭をひねった。

217 : らんまマギカ12話3 ◆awWw... - 2011/12/03 20:23:02.66 KU+OuFtU0 90/394

コロンも即席男溺泉が通常通り一回きりの効力ぐらいは発揮するだろうと思っていたのだ。

それならば今回は失敗でも、らんまは、呪泉郷に行って今までとは逆の水をかぶると男になる変身体質になることが可能だ。

そのうえで止水桶を使えば完全な男に戻ることも出来るはずだった。

しかし、呪泉郷の呪い自体が効かないならば、それすら出来ないことになってしまう。

「乱馬、落ち込むことないね。私、乱馬のためなら何でもするね。」

シャンプーはらんまの肩に抱きつきながら言う。

「シャンプー…」

らんまは微笑むシャンプーの瞳を見つめた。

『魔法少女になってもらえばいいのさ。『らんまを元に戻してください』ってのをお願いにしてね。』

らんまの脳内に先日の杏子のセリフが再生される。

それは今のところ唯一、らんまが男に戻れそうな方法だった。

(シャンプーに魔法少女の契約をしてもらって、その願いで俺が男に戻る…)

そんな考えが脳裏を横切ったところで、らんまはあわてて首を横に振った。

(いや、ダメだ!)

あかねのためにした契約のツケをシャンプーに払わせるなんて、外道と言わざるを得ない。

魔女との戦いが命がけならばなおさらだ。

「乱馬?」

不思議そうにシャンプーがたずねる。

らんまはなんでもないと生返事をした。

「…わしとしてもムコ殿にできるだけ協力したい。
そこでじゃ、男に戻れなくなったことについて何かもうちょっと心当たりなぞないかの?」

「う…それは…」

コロンの言葉に、らんまは台詞をつまらせる。

コロンからすれば、それは何か隠しているという答えに思えた。

「あのあかねが重傷になったり、佐倉杏子という奇怪な術を使う小娘がやってきたり…
ムコ殿が男に戻れなくなったことも含めて、大きな出来事が立て続けに起きておるような気もするが、
ムコ殿は何か知らぬかの?」

「しらねーよ…た、たまたまだろ。」

らんまはあくまでとぼける。

(どうにも怪しいのう。)

コロンはますますらんまをいぶかしげに見つめるのだった。

*******************

「ボクは知らないよ。」

その猫のような生き物は平然と答えた。

風林館の空き地で、一人の少女が小動物と戯れている。

他人から見ればそんなほほえましい光景にみえなくもないだろう。

しかし、少女はあきらかに腹を立てた様子で小動物をにらんでいた・

一方のその小動物は、まるで目の前の少女の怒りなど通じないかのようだ。

「あのぶっ壊れてる魔法少女はあんたがけしかけたんじゃないっていうのか?」

その少女、佐倉杏子がたずねた。

彼女は左手で猫飯店の肉まんを食べながら、右手に槍を持って白い小動物に突きつけている。

「ああ。ボクだって見境無く攻撃をしかけるような魔法少女を呼んだりはしないよ。
あくまでグリーフシードの販売をやめて欲しいだけだからね。」

218 : らんまマギカ12話4 ◆awWw... - 2011/12/03 20:26:46.47 KU+OuFtU0 91/394

自分はまっとうである、そう言いたげな小動物キュゥべえを、杏子はキッとにらんだ。

「ここはもうあたしの縄張りなんだ。どんな魔法少女だろうとけしかけるんじゃねえ。」

「キミの縄張り…本当にそうだったらボクとしても別に文句は無いんだけどね。」

キュゥべえはかわいらしい外見とは裏腹に、嫌味交じりの反論をする。

「それに、この件に関してはボクの他にあたるべき相手がいるんじゃないのかい?」

言わんとすることは杏子にも分かった。

早乙女乱馬が魔法少女で、グリーフシードを余らせているという情報をよそにばら撒きそうなのは一人しか居ない。

「言われなくても、天道なびきからも聞いてみるさ。」

「聞くだけとは、杏子にしては控えめだね。」

このかわいらしい小動物は、杏子に暗に強硬手段をすすめた。

だが、杏子としては天道家に対して滅多な手は打てない。

早乙女乱馬だけならまだしもその父親、それに天道なびきの父親の天道早雲、この二人も相当な実力な上に
まだその後ろに八宝斎だとかいうふざけた名前の老師匠が控えているという。

さらに、無差別格闘流の一味以外にも天道家には武闘家の出入りがあるらしい。

そんな武闘派集団を相手に喧嘩を売るほど杏子は無謀ではなかった。

「あんたこそ、一般人を巻き込みたくない割には過激だね。
そんなにあの連中が気に食わないのかい?」

「ああ。他にも魔法少女のルールを乱しそうな人間がまわりにウヨウヨいるからね。
そういう人間をこれ以上かかわらせない為にも、天道なびきには早く手を引いてもらわないと。」

キュゥべえの弁を聞いて、なるほどと杏子は思った。

確かにこの近所の武闘派集団が魔女狩りに参戦すれば、らんまのようにグリーフシードを余らせる連中が
ゴロゴロ現れるだろう。

あるいは魔法少女にならなくても魔女を倒せてしまう人間もいくらか居るかもしれない。

そうなれば、キュゥべえの存在意義そのものがなくなりかねない。

「それなら、余計な手出しせずにあたしがここを縄張りにするのを黙ってときな。」

杏子はそう言って槍をひっこめた。もう行って良いという合図だ。

「健闘を期待しているよ。」

皮肉にしか聞こえない台詞を言って、キュゥべえはその場を去っていった。

***************

二人の魔法少女ににらまれ、天道なびきはため息をもらした。

「最近、あんたたち仲良いわね。」

「「そういう話じゃねえ!」」

らんまと杏子は見事に声をハモらせる。

「キュゥべえじゃなけりゃお前しか原因がいねーだろーが!」

「誰にグリーフシード売ったか吐きな。」

先日らんまと杏子を襲った魔法少女はおそらくらんまを狙っていた。

その動機になりそうなのは売るほどにたまったグリーフシードの独占。

つまり、なびきのグリーフシードの販売で情報が漏れた可能性が大きかった。

腹を立てている様子の二人に、なびきは突然、手のひらを差し出した。

「なにさ?」

いぶかしがる杏子に、なびきは平然と言い放つ。

「情報料。」

「誰が払うか。」

219 : らんまマギカ12話5 ◆awWw... - 2011/12/03 20:29:49.05 KU+OuFtU0 92/394

らんまはなびきの言うことを予想していたらしく、即答した。

「だったら言えないわね。あたしだって大事な顧客の情報をただで売ることはできないもの。」

「てめー、こないだ自分から客の情報ばらしてたくせに! ふざけて―」

カッとなってつかみかかろうとする杏子をらんまが抑える。

「それじゃ、俺が次に手に入れたグリーフシードをまたくれてやる。それでいいだろ?」

らんまの言葉に、杏子は息をのんだ。

『おい、あんたも前の戦いで魔力を消費してるんだ。そんな約束はよしとけよ。』

杏子はテレパシーでよびかける。

『いや、いいんだ。俺なら魔法無しでも魔女と戦える。それよりも、あの黒い魔法少女はいろいろ知ってそうだ。
グリーフシードを変わった使い方した上におめーの名前まで知ってたんだからな。
もしかしたら魔法少女をやめる方法もあいつに聞けば分かるかもしれねー。』

『それ以前に、会話の成り立つ相手かどうか怪しいけどな。』

吐き棄てるように、杏子は言った。

「良いわよ。その条件で。」

そう言って、なびきはおもむろに手帳を開いた。

「えーと、グリーフシードを売った相手先よね…」

その様子をもどかしそうにらんまと杏子がながめる。

「住所がはっきりしてるのは二人だけなんだけど、一人はこないだ言ってた美国緒莉子っていう議員の娘ね。」

「んー、そいつは多分違うんじゃねーか?」

らんまが首をかしげる。なびきは気にせず続けた。

「あと一人は、見滝原市だって。」

「なんだって!?」

見滝原という地名に杏子が食いついた。

らんまがいぶかしげにたずねる。

「知ってるのか?」

「ああ。見滝原の魔法少女なら知ってる。けど、あの黒い魔法少女とは見た目からして全く違う。」

杏子の脳裏には、懐かしくも複雑な感情を抱く、ある魔法少女の姿が浮かんでいた。

町の平和を守るために戦い続ける、あの金髪の魔法少女。

魔法少女としての師であり、魔法少女となってから唯一心を許した相手であり、
そして、違う道を進んだ少女、巴マミ。

彼女のことをどう説明すべきか、杏子はためらった。

「じゃあ、そいつが前の黒い魔法少女をけしかけたって可能性は?」

「違う!」

杏子は思わず即座に否定した。しかもなかなかの大声を出してしまっている。

気が付けば、らんまとなびきがきょとんとした顔で杏子をみつめていた。

(なにムキになってんだ、あたしは。)

借りも返し、もう吹っ切れたつもりでいたのに、杏子はまだマミにこだわっている自分を認識させられた。

「ああ、いや。見滝原を仕切ってる魔法少女はそういうタイプじゃない。それだけのことさ。」

できるだけ平静を装って杏子は答える。それは自分に言い聞かせる言葉でもあったかもしれない。

「ふーん、名前は『暁美ほむら』ってなってるけど、あんこちゃん知ってる?」

杏子が動揺したのを知っていてわざと気にしないような、そんな余裕ぶった態度でなびきが質問する。

その態度に杏子はじゃっかんのいらつきを覚えた。

220 : らんまマギカ12話6 ◆awWw... - 2011/12/03 20:31:11.37 KU+OuFtU0 93/394

「知らないね。そもそもさ、グリーフシードを買ったからって魔法少女かどうかも怪しいんじゃないか?
売ってる奴が魔法少女でもないくせにしゃしゃり出てきてるわけだし。」

嫌味のつもりで、杏子は余計なひとことを追加する。

しかし、なびきに悪びれる様子など全く無かった。

「まー、それでもしゃーねー。他に情報なんてねぇんだ。俺は見滝原に行ってみるぜ。」

らんまは早くも見滝原に行くことに決めたらしい。

「それならあたしも行くよ。あんたが一人で行ったら他の魔法少女に敵と思われかねないしね。」

杏子はらしくもなく、協力的な姿勢を見せた。

(もしあの黒い魔法少女が見滝原にいるなら、マミの奴が危ない。)

そんな杏子は、表向きはらんまの、内心ではマミの心配をしている。

いつからそんなお人よしになったのかと、杏子は自分に苦笑した。

~第12話 完~

228 : らんまマギカ13話1 ◆awWw... - 2011/12/11 21:18:35.25 owmHm4Nx0 94/394

~第13話~

次々に飛んでくる椅子や机を、巴マミはひとつひとつ正確に打ち落としていく。

地面も見えないほどに高く張られたロープの上、マミの下半身は一歩ずつ確実に歩みを進め
同時に上半身では次々と銃を放っていた。

(勝てるっ!)

十分に距離を詰めたところで、マミは巨大な大砲を出現させた。

物理法則を無視して、大砲は空中にあって落下しない。

目の前にいる、黒いセーラー服を着た六本腕の化け物へ向けて、マミは照準をしぼった。

ここでこの大砲を打ち込めば、この魔女は終わりだ。だがマミにとって魔力の消費も大きいだけにはずすことは出来ない。

マミは集中する。

が、その隙に、下半身だけのセーラー服と脚がロープの上を滑ってマミの背後からぶつかった。

「きゃあっ!」

小さく悲鳴をあげたマミは、足を踏み外して落ちそうになる。

そこを、なんとか右手を伸ばしてロープを掴んで一命をとりとめた。

しかし、魔女は容赦なく、かろうじてぶら下がっている状態のマミに大量の椅子や机を投げつける。

ロープを握り締める手を、少しでも緩めれば一巻の終わりだ。

本来の巴マミならば、このような事態でも難なく対応できただろう。

彼女にはそれができるだけの技術と経験が十分にあった。

だが――

(怖い)

その感情がマミの思考を止めた。

マミは動くことすら出来ず、大量の椅子や机が飛んでくるのを呆然とながめる。

「マミさんっ!」

「大丈夫か!?」

マミに当たる直前、椅子と机は青い光によって片っ端から叩き落された。

「え、ええ。」

なかば放心状態でマミはうなずく。

椅子と机を叩き落した青い閃光は速度を落とし、マミと同じロープの上で着地した。

その正体は、美樹さやかだ。

さやかはすぐさまマミにかけよって、彼女を持ち上げた。

一方、その間に響良牙は、椅子や机を手で払いのけながらしゃにむに魔女に駆け寄っていった。

鉄パイプと木材の塊など、彼のパワーとタフネスの前には何の障害にもなっていなかった。

「いくぜ、獅子咆哮弾っ!」

良牙は魔女の至近距離まで来て獅子咆哮弾を放つ。

直撃を受けた魔女は六本の腕をだらんと下げて弱った様子をみせた。

(今ならいける!)

魔女の状態を見たさやかは、足元に大きな魔方陣を出現させると、弾かれたかのように勢い良く飛び出した。

瞬時にスピードが上がり、さやかの姿はもはや青い光線にしか見えなくなる。

この速度で椅子や机に衝突すればシャレにならないダメージを受けるだろう。

だが獅子咆哮弾を受けてグロッキーになった魔女はそれらを飛ばしてこない。

さやかは何の抵抗もなく魔女の懐に飛び込み、一気にその胴を貫いた。

それと同時に結界が崩れ去り、元の地面と壁が現れる。そこは、市内の廃校だった。

229 : らんまマギカ13話2 ◆awWw... - 2011/12/11 21:19:47.00 owmHm4Nx0 95/394

「ふう、終わったか。」

良牙が汗をぬぐう。

「やっぱ、前衛は忙しいなー。」

さやかはばったりと尻餅をついてすわりこんだ。

「ごめんなさい、私、また……」

おどおどした様子で、魔女を倒した二人にマミが語りかけた。

「怖いと思うと、何も考えられなくなるの。今までこんなこと無かったのに…」

本人の弁解を聞くまでもなく、良牙とさやかは知っていた。

ちょっと前までの巴マミは、どんな窮地においても冷静さを失わず戦い続けることができる優秀な魔法少女だった。

「多分、あのお菓子の魔女以来。」

「気にしてないですよ、誰にだって不調はありますし。
あたしなんてマミさんが居なかったらとっくに死んじゃってたし。」

沈んだ様子で語るマミに、さやかは軽くおどけて言った。

たしかにマミはこのところ不調が続いていた。

お菓子の魔女に続き、この間のハコの魔女、そして今回の学園の魔女と、魔女との戦いに関して言えば
三回も連続でピンチにおちいり人に助けられている。

とても、ベテラン魔法少女とは思えない戦績である。

「しばらく魔女退治から離れた方が良いんじゃないのか?」

落ち込むマミを見かねて、良牙の口からそんな言葉が漏れた。

「え?」

考えてもいなかったことだったのか、マミは間の抜けた声を出す。

「あー、あたしも賛成。マミさんには休養も必要ですよ。」

「でも、魔女退治は?」

「俺もさやかちゃんも居る。それでも足んなきゃあの黒いのも呼べば良いだろう。」

黒いのとは暁美ほむらのことらしい。

たしかにマミ一人が抜けたところで戦力として不足はない。むしろ贅沢なほどだろう。

しかし、この数年間戦い続けて生きてきたマミには戦わなくて良いというのは想像もしていないことだった。

魔法少女としての使命がなくなれば、一体自分に何が残るのだろうか?

そんな不安感がマミの瞳に影をさす。

「その代わり、帰ってきたときに温かい紅茶をお願いしますね。」

冗談めかして、さやかが言った。

「ああ、俺も頼む。」

良牙も便乗する。

230 : らんまマギカ13話3 ◆awWw... - 2011/12/11 21:21:09.68 owmHm4Nx0 96/394

「え、ええ。」

マミは作り笑いを顔に浮かべてうなずいた。

*************

『ってなわけでさー、しばらくマミさんは戦えそうにないのよねー。』

翌日の授業中、さやかは居眠りのフリをして暁美ほむらにテレパシーを送った。

『困ったものね。ワルプルギスの夜が来るまでに立ち直ってくれると良いのだけど。』

一方のほむらは教科書を読むフリをしながら答える。

こんな風にまともに授業を受けていないのはさやかもほむらも一緒なのに、ほむらは先生に当てられると
ばっちりと当てられた内容を答えてしまうのだ。

どういうカラクリなのかは分からないが不公平だとさやかは思う。

『そんでさ、そっちの方はどうなの、風見野は?』

『魔女が完全に狩りつくされているわ。グリーフシードが入らない代わりに当分放置していても問題ないわね。』

マミの昔馴染みだとかという魔法少女が譲ってくれた風見野の縄張りには、今はほむらが入っている。

もともと「新人に」という話だったらしいので、本来ならさやかが治めるべき縄張りである。

しかし、いきなりひとり立ちさせるのも不安だということでマミはほむらに行かせることにしたのだ。

マミにとってはおそらく、どこまで信頼して良いか分からないほむらを遠ざけたいという意思もあっただろう。

『ふーん、風見野の前の魔法少女はマジメなんだかケチなんだか…』

『おそらく後者ね。』

『なにあんた。知ってんの?』

『ええ。多少はね。』

ほむらはあまり自分のことを語らないからよくは分からないが、彼女もおそらくベテラン魔法少女だ。

ベテラン同士がこうも知り合いだらけだと、さやかは常連客だらけの町のラーメン屋にでも間違えて入った部外者の気分だった。

(まだ先の話だけど、公園デビューってのもこんな感じなのかなぁ)

さやかはぼんやりとそんな事を考えだした。

子どもを見守る将来のさやかの隣には、一回り背丈が高くなりたくましくなった上條恭介の姿がある。

こういう未来だったら、公園デビュー程度のアウェーは怖くない。

平凡な、でも幸せなそんな未来絵図を幼いころからさやかは描いていた。

隣に居るのは、常に恭介だった。他の人物を無理やりあてはめてもどうもしっくりこない。

(あたしには、恭介しかないんだ。)

ただの思い込みかもしれない、しかしその思いは日に日に強くなっていた。

「…さん。」

誰かの声が聞こえる。

「きょーすけぇ?」

いつのまにか夢の中に居たさやかは夢見心地のまま返答をした。

「誰が、上条君ですか、美樹さん!」

露骨にいらだった、三十路過ぎの女性の声でさやかは起こされた。

「え? へ? あれ? 早乙女先生?」

混乱してあたりを見回すさやかを、クラスメート達の苦笑が包んでいた。

231 : らんまマギカ13話4 ◆awWw... - 2011/12/11 21:21:56.40 owmHm4Nx0 97/394

************************

「まったく、ほむらもこういう時こそテレパシーで教えろってのよ!」

昼休み、さやかは屋上でまどかに愚痴を言った。

「えー、それって魔法少女の職権乱用じゃないのかな?」

まどかは明るく冗談で返す。

その様子にまどかは魔法少女になることをきっぱり諦めたのかと思い、
さやかは内心胸をなでおろした。

「そういえば、上条君そろそろ退院するんだよね?」

ふいに、まどかが言った。

「え? そうなの? あたし聞いてないけど。」

「仁美ちゃんが言ってたよ。本人から聞いたって。」

「そうなんだ……」

なぜ仁美にそれを言って自分には言わないのか、さやかにはよく分からなかった。

(いや、きっとたまたまタイミングの問題でしょ。)

そうだ、そうに違いない。

さやかはそう思って、それ以上深く考えないようにした。

恭介は昔っからその辺の連絡とかは適当で、頭の中にはバイオリンの楽譜しか入っていないのだ。

いちいち気にしていたらキリがない。

そんな恭介だからこそ、彼から音楽を取り上げた運命をさやかは受け入れられなかった。

「……これで、よかったんだよね?」

独り言のように、さやかはつぶやく。

無言で、まどかはうなずいた。

「ところでね、エイミーが――」

しばらくして、まどかが何か言い出そうとしたときだった。

「あれ、ほむら?」

屋上の階段部屋のドアが開いて、そこからほむらが姿を見せた。

「美樹さやか、『ワルプルギスの夜』対策で話がしたい。」

ほむらは相も変わらず愛想のひとつもなく、一方的に用件を告げる。

「えーと……」

場所を変えるか、まどかの前で話すか、さやかは悩んで言葉を詰まらせる。

そうしている間、まどかは立ち上がり、小さな声で言った。

「私、邪魔みたいだから教室にもどってるね。」

「え、ちょっと待って、まどか。」

まどかの言葉に何か普段とは違うものを感じとり、さやかは呼び止めようとした。

232 : らんまマギカ13話5 ◆awWw... - 2011/12/11 21:23:22.78 owmHm4Nx0 98/394

「さやかちゃん、授業中もずっとほむらちゃんとお話してたんだよね?
魔法少女のお仕事だったら仕方ないよね、私なんて邪魔にしかならないし――」

振り返ってまどかはそう言うと、そのまま小走りに走り去っていく。

ひどく自分を低くしたまどかの言い回しに、さやかは狼狽した。

「ちょ……あたしは何もそんなこと言って……」

そして、引き止めようとするさやかをほむらが制止した。

「鹿目まどかを巻き込むつもり?」

「いや、そういうワケじゃなくて!」

あんたとは違ってあたしはまどかの気持ちも考えてやらないといけないんだ、さやかはそう言ってやりたかった。

しかし、有無を言わせぬほむらの表情を見て、こいつにそんなことを言っても通じないと諦める。

「……分かった。追わないよ。で、ワルプルギスの夜対策って?」

「最悪巴マミが戦えない場合に備えて――」

***************

落ち込んだ様子で、まどかは学校の廊下を歩いていた。

そこに、たまたま巴マミが通りかかる。

「あら、鹿目さん。今日は美樹さんと一緒じゃないの?」

「あ、マミさん。さやかちゃんはほむらちゃんと話し合いで……」

その時ふと頭の中に疑問がよぎり、まどかは言葉を濁した。

さやかとほむらが話し合いをするのに、なぜ見滝原の魔法少女のリーダーであるはずのマミに話がいかないのか。

「鹿目さん、ちょっとそこでお話しない?」

まどかの表情を見て何か思ったのか、マミはそう切り出した。

二人は校舎の中庭に移動した。

「……私ね、戦力外通告出されちゃった。」

マミはまどかが何か聞こうとする前に、機先を制して言った。

「え? どうしてマミさんが?」

「このところ不調続きでね。しばらく休んだ方が良いって美樹さんと良牙さんが。」

本人にとっては辛いだろう事を、マミはたんたんと言ってのける。

「不調だからって、そんな……」

「あら、もちろん二人とも私を心配して言ってくれてるのよ。
せっかくだから、それで今は休ませてもらってるの。」

「マミさんでも、そんなことがあるんですね。」

まどかは不思議な気持ちでマミの横顔をながめた。

そう言われてみればマミにも落ち込んだ様子が感じ取れないことはない。

しかし、まどかとは違いそこにもがき苦しむような暗さはなかった。

「今まではなかったわ。でもね、今は戦うのが……戦って死ぬのが怖いの。
これまでだって、恐怖感が無かったわけじゃなかったんだけど、
どれだけ怖くても頭で考えたり、体を動かしたりすることは鈍らなかった。」

その言葉に、まどかは薔薇の魔女との戦いのマミを思い出した。

あんなに大きくて怖い姿をした魔女に脚をつかまれ、壁に叩きつけられながらも冷静に罠を張って魔女の動きを封じた。

あの時のマミの様子からは、まさか怖くて動けなくなるなんて想像も付かない。

「どうして、怖くなったんですか?」

「たぶん、死にたくないから……かな。」

まどかの質問に、マミは簡潔に答えた。よく意味が分からなかったまどかは首をかしげる。

233 : らんまマギカ13話6 ◆awWw... - 2011/12/11 21:24:33.54 owmHm4Nx0 99/394

「私はね、今まで心のどこかでずっと、『死んじゃっても良い』って思ってたの。
もともと魔法少女にならなかったら死んじゃってたんだから、それで当たり前だってね。」

「そんなのって……そんなのおかしいです!」

何がどうおかしいのか、まどかにはきちんと理論立てて説明することは出来ない。

それでも、マミが本来死んでいたからといって死んでも良いと言われたら、絶対にそんなことはないとまどかは思う。

「ふふ、普通に考えたらおかしいのかも知れないわね。私は事故で全部失くしちゃったから……
どうしてもっていうほど棄てられないものも無かったし、死んだらパパとママのところに行けるって思ってた。」

マミは自嘲気味に小さく笑う。

「でもね、今は……良牙さんがいて美樹さんがいて鹿目さんがいて、まだよく分からないけど暁美さんもいて……
みんながいるから、死にたくないって思えるの。そしたらね、私、すごく臆病になっちゃった。」

「そんな……」

まどかはなんと答えたら良いか分からなかった。

ずっと一人で戦ってきたマミにとって、自分が大事なもののひとつになっているというのはうれしいことだ。

でも、大切なものを持っていることが弱さにつながっているなんて。

「私はずっと、死にそうな時でも冷静に動ける自分をそういう才能があるんだとか強くなったんだとか勘違いしてたわ。
でもね、私はほんとは弱かったみたい。ただ今までは自棄になってただけで、魔法なんて手に入れたって
本当は何にも強くなってなかったの。」

その言葉にまどかはハッとした。まどかは今まで力を手に入れたら強くなれると思っていた。

しかし、そうではないとマミは言っている。

それは、強くなるために魔法少女になりたいというまどかへの戒めだろうが、その理をとれば新たな疑問が浮かぶ。

(それじゃ、『強い』って一体なに?)

「それじゃあ、良牙さんやさやかちゃんやほむらちゃんは強いんですか?」

まどかはおずおずとたずねた。

「……そうね、みんな形は違うけど、それぞれの強さを持っていると思うわ。」

そう言ってマミは目を上の方にやり、しばし考える。

「良牙さんは強さ自体を求めている人だから、死ぬ恐怖さえ戦う強さに変えちゃいそうね。
なんてったって、自分の不幸を技に変えちゃうんだから。」

マミがおどけて言うと、まどかもつられてクスリと笑った。

「美樹さんの強さは恐れを知らない強さね。向こう見ずとか無謀に繋がっちゃうこともあるけど、
ああいう強さは時に実力以上の力を出せるタイプだと思うわ。」

実力以上の力、という言葉にまどかはお菓子の魔女との戦いの時に自分をかばって前に出たさやかを思い出した。

魔女が相手なら、契約前のさやかはまどかと何も変わらない一般人だったはずだ。

それでも前に出て戦おうとした。無謀といえば無謀だが、まどかには無い強さには間違いない。

「暁美さんの強さは……多分、生き延びるための強さだと思うわ。いつも手の内を明かさず奥の手を隠しているし、
積極的に魔女を倒しにいくよりも効率的にグリーフシードを手に入れられる立ち回りをしている。
ある意味、一番魔法少女に向いているのかもしれないわね。」

(……そんなあの子が、どうしてワルプルギスの夜を倒そうとしたり鹿目さんにこだわったりするのかは知らないけれど。)

マミは内心頭をひねった。あれだけ手の内を隠す慎重なほむらが、なぜワルプルギスの夜に挑むという無謀を行うのか。

誰かの復讐なのか、それともこの町によほど守りたいものがあるのか、何にしろよほどの執念がありそうだ。

「みんな、私とは違って強いんですね……」

そう言ったまどかの声はまだ沈んでいた。

例に挙げられた良牙、さやか、ほむらはもちろん、マミも精神的な意味を含めて十二分に強いとまどかは思う。

死んでも良いからピンチでも冷静でいられるというのはそれも十分強さのひとつに入るだろうし、
自分の弱みを見せることで励まそうとする行為はまどかから見ればむしろ立派すぎた。

少なくともまどかは自分がそれをできるとは思えない。

まどかは声と一緒に気持ちを沈ませた。

234 : らんまマギカ13話7 ◆awWw... - 2011/12/11 21:26:11.45 owmHm4Nx0 100/394

「いえ、鹿目さんには鹿目さんにしかない強さがあるわ。」

そんなまどかにマミはきっぱりと言い切った。

そのはっきりとした口調は、おせじやその場しのぎの方便ではないことを思わせる。

「私に?」

しかしそれでも、まどかにはまるで分からなかった。

自分がそんな強さを発揮したようなことに心当たりは無い。

「ええ。鹿目さんは魔法少女になってもならなくても、鹿目さんにしかない強さがある。
だから、落ち込むこともうらやむ必要も無いわ。」

「その、その強さってなんですか?」

まどかはすがるように質問する。

「言えないわ。だって、こういうのは本人が意識しちゃったらわざとらしくなるものだから。」

それに対してマミはあくまではぐらかすのだった。

****************

普段何かに集中している人間ほど、急に暇になると何をしていいのか分からず時間を持て余してしまうものだ。

帰宅後、良牙とさやかを魔女探索に送り出したマミは、とくにアテもなくテレビのチャンネルをめくっていた。

いつもなら自分が魔女をさがして駆け回っている時間である。

(いまいち面白くないわね。)

そう思ってマミは結局テレビの電源を切った。

実はテレビ番組が面白くなかったというよりも普段あまりテレビを見ていないので見方が分からない。

(やっぱりお菓子作りにしようかしら、それとも受験勉強……)

マミは自分で思っていたほど落ち込まなかった。

ずっと、マミは魔法少女として魔女を倒すことを自分の使命だと考え、それを果たしてきた。

生存と引き換えに魔法少女になったために、自分の生きる意味をそれに限定してしまっていたのだ。

だからマミとしては魔女退治をしていないとなんだかズルをしているようで落ち着かない気持ちはある。

しかし、さやかと良牙は魔法少女として戦えないマミにも存在意義を認めた。

言われたときは分からなかったが、「温かい紅茶をお願いします」とはそういう意味だ。

今まで考えたこともなかったけれど、魔法少女じゃなくても自分には生きている意味がある。

そう考えるとマミは、妙にうれしかった。

その時ふと、インターホンが鳴った。

マミの住居はオートロック式のマンションなのでインターホンを押した相手は一階のマンションの入り口前に居て、
マミが認証しないと建物の中に入れない。

そそくさとマミはモニターから相手を確認した。

「……って杏子、なにやってんの?」

思わずマミはつっこみを入れた。モニターには見紛うはずもない、佐倉杏子の姿がそこにある。

もちろんマミとしては杏子が来てくれることは一向に構わない……むしろうれしいのだが、なぜインターホンなのか。

杏子はむかしからまともにインターホンを鳴らして部屋に入るなんてほとんどしたことがない。

テレパシーで呼び出したり、窓から侵入してきたり、マミにとって佐倉杏子はそういう人間だった。

「わりぃ、ちょっとツレがいるんだけど、上がって良いか?」

連れが居るから普通にインターホンを押したのかとマミは納得する。

たしかに杏子の背後に赤い服を着た女性の人影が見えた。

(あの人……どこかで見たような?)

そうは思っても、インターホンに付いた小さなモニターではよく分からない。

235 : らんまマギカ13話8 ◆awWw... - 2011/12/11 21:29:28.49 owmHm4Nx0 101/394

「分かったわ。お茶は二人分で良いわね?」

「あー、野暮用だから茶なんていちいちいらないって。」

面倒くさそうに杏子が言う。

「そうはいかないわ。お客さんが居るもの。
それに杏子もジャンクフードばかりじゃなくてちゃんとビタミンとかポリフェノールもとらないと。」

そう言いながら、マミは杏子たちに承認を与え入り口のロックを解除する。

「…ったく、ババ臭い。」

入り口を通過する際、杏子はそんなセリフをつぶやいた。

************

「はい、どうぞ。」

「どうも頂きます。」

おさげの髪の女性は律儀にそう言ってティーカップを持ち上げた。

女性と言ったのはマミから見ればいくらか年上に見えたからだ。

「しっかし、魔法少女はおめーみたいなアバズレばっかだと思ったら、きちんとした子も居るんだな。」

「あんたにだけは言われたくないね。」

杏子は椅子の上であぐらをかいて非常に行儀が悪い。これならアバズレといわれても仕方がないだろう。

一方のおさげの女性の方は堂々と椅子に腰掛けて、行儀が悪いとは言わないがまるで男性のような立ち振る舞いだ。

マミは二人のやりとりにくすりと笑いながらも、戸惑っていた。

(この人良牙さんの……彼女よね?)

あのモニターだらけの魔女の結界の中で見た覚えがある。

この早乙女乱馬という魔法少女はまちがいなく、良牙の記憶の中に頻繁に登場したあの女性だ。

マミは気が気ではなかった。まさか良牙の彼女まで魔法少女になっていたとは予想外だったが問題はそこではない。

いくら寝るときは小豚になっているとはいえ、よその女が一緒に暮らしているというのはいろいろまずいのではなかろうか。

こうやって話している間に良牙がもどってきたらどうしよう。

下手をすれば修羅場になってしまうのではなかろうか。

しかし、そんなマミの気持ちなど杏子やらんまに分かるはずもない。

杏子はさっそく話をはじめた。

「で、マミ、『やけみほむら』を知ってるか?」

「え?」

マミは一瞬何を聞かれたのか分からず怪訝な顔をする。

「俺たちは黒い魔法少女に襲われてな、その犯人とは限らねーんだけど、
『やけみほむら』って名前だけが今のところその手がかりなんだ。」

らんまが補足説明を加える。

それを聞いてようやく、マミは『やけみほむら』が人名をさしていると把握した。

「ああ、『あけみほむら』さんなら、この町に居るわ。……たしかに黒い魔法少女と言えなくもないわね。」

やや「あ」の音を強調して、マミは答えた。

「マジか、いきなりビンゴかよ!?」

「そいつの特徴は? 見た目とか、武器とか。」

らんまと杏子は二人とも身を乗り出す勢いで聞いてきた。気おされながらもマミは答える。

「ええと、黒髪のセミロングで背はそんなに高くないんじゃないかしら……武器は銃火器を使うわ。」

マミのその説明に、二人は一気に意気消沈した。

襲ってきた黒い魔法少女は背は高めだったし、銃火器など一切使わなかった。

236 : らんまマギカ13話9 ◆awWw... - 2011/12/11 21:30:14.21 owmHm4Nx0 102/394

「まーそうだよなー。考えてみればあんな凶暴な奴がマミの下でおとなしくしてる方が不自然さ。」

肩をすくめて杏子が言う。

「ちっ、ヒント無しかよ。あいつを追うのは諦めるしかねーか……」

らんまも肩を落とした。

「でもあの調子だと回復したらまた襲ってきそうだし、マミも気をつけときな。」

「ええ。分かったわ。ありがとう。」

杏子の忠告にマミは素直に答える。たしかに放っておけない情報かも知れない。

さやかやキュゥべえにはもちろん、ほむらにも伝えておかなければならないだろう。

(あんまり長いこと休ませてはくれそうにないわね。)

マミはホッとしたような残念なような、複雑なため息をついた。

その時だった。

ガチャリとドアノブを回す音がして、誰かが玄関に入ってきた。

「あれ? 誰かお客さん来てるの?」

玄関から聞こえた声は美樹さやかのものだ。

『美樹さん、ストップ、ストップ! 良牙さんを隠して!』

あわててマミはテレパシーを飛ばす。

「え!? なに、どうして?」

「なんだ一体?」

しかし腹芸は通用せず、さやかともう一人は玄関でごちゃごちゃとしている。

「ん? あの声はたしか?」

玄関から聞こえたそのもう一人の声にらんまが反応した。

(ああ、もうだめ……)

マミは思わず顔を覆った。

「マミちゃん、一体何があったんだ?」

やがてそう言って上がりこんできた男に、らんまは確かに見覚えがあった。

いや、見間違えるはずもない。

彼こそは、早乙女乱馬が自ら認めるライバルにして、中学時代からの腐れ縁の響良牙だった。

「良牙、おめーこんなとこで何やってんだ?」

「え、な? 乱馬、なんでお前がここに?」

らんまと良牙は互いに目を丸くして見つめ合った。

何が起こったかよく分からないさやかはきょろきょろと辺りを見回し、
やがて同じように分からない様子の杏子を見つけると、とりあえず初対面なので頭を下げた。

~第13話 完~

245 : らんまマギカ14話1 ◆awWw... - 2011/12/19 23:03:25.22 tEtUDdso0 103/394

~第14話~

男は、早乙女乱馬を追っていた。

正体を隠しての尾行である。地味な服装で帽子を目深にかぶり、普段かけているメガネを外す。

ここまですれば会話でもしない限り気付かれないだろう。

案の定、早乙女乱馬は佐倉アンコとかいうお好み焼き屋の新入りバイトを連れてどこかに出かけた。

「確かにあやしいのぅ」

男はつぶやく。

時折、早乙女乱馬と佐倉アンコが口にする『やけみ』という言葉も気になる。

焼け身……つまり火傷を意味するのだろうか、それにしては何かが違う。

そんなことを考えながら尾行を続けていると、男は駅前でらんまに撒かれてしまった。

なんと、らんまだと思って追いかけていた人間がいつの間にか郵便ポストに変身していたのだ。

見事な変わり身の術である。

「流石は乱馬じゃ、おらの尾行に気付いておったか。」

男は悔しさよりも、むしろ感心した様子でうなずいた。

郵便ポストの前でうなずく怪しげな男を周りの人が怪奇の目で見ていたことは語るまでもない。

(じゃが、行き先が見滝原であることは既に盗み聞きしておる。)

『見滝原』と『やけみ』この二つのキーワードさえあれば、何とか乱馬の元にたどり着けるだろう。

「ふふふ…乱馬きさまが何を隠し事しておるか、見定めさせてもらおう!」

不敵な笑みを浮かべて男は改札をくぐった。

「……しっかし、おババも人使いがあらいのぅ」

ついでに愚痴もつぶやいた。

**************

「へくしゅんっ」

らんまは急に鼻がむずむずしてくしゃみをした。

呆然としていた良牙は、そのらんまのくしゃみで我に返った。

「……カゼか? いや、そんなことよりもさっきの質問だ。どうしてお前がここに?」

「いや、カゼじゃねえ。誰かが俺のことを噂してやがるな。」

らんまは相変らずのナルシストっぷりに、良牙は顔をゆがめる。

「なんでかっつーとだな……」

部屋の中を見回しながら、らんまは考えた。

この巴マミという少女はベテランの魔法少女らしい。

その巴マミと知り合いだということは、良牙は魔法少女や魔女について説明しなくても分かるはずだ。

そして、良牙と一緒に部屋に入ってきた青い髪の少女もソウルジェムらしき指輪をしている。

おそらくこの部屋に居る女は全員魔法少女だろう。ならば特に隠し立てすることもない。

「良牙、絶対に笑うんじゃねーぞ。」

そう前置きしてから、らんまは思い切って言った。

「オレは……魔法少女になっちまった。」

「お前が、魔法……少女?」

良牙はゆっくりと復唱する。

なぜ乱馬が『笑うんじゃねーぞ』などという前置きをしたのか、なぜ良牙は『少女』だけを区切るのか、
当然ながら他の魔法少女たちには全く分からない。

ただ、この二人の間でなければ通じ合わない何かがあることだけは理解できた。

246 : らんまマギカ14話2 ◆awWw... - 2011/12/19 23:06:05.13 tEtUDdso0 104/394

「ぶっ!!」

やがて、良牙が盛大にふき出した。

「お、お前が魔法少女だって? くくっ、こりゃあ傑作だ。良かったな、キュゥべえの奴に女の子と思ってもらえて。
プク……ら・ん・ま・ちゃん。」

よほどうけたのか、良牙は腹を抱えながら笑い続ける。

「てめー! 笑うなって言ったろうが!」

らんまの必死の抗議ももはや、良牙の笑いを助長する意味しか持たない。

「何がおかしいんだ?」

「さあ?」

「早乙女さんがボーイッシュだからかしら?」

杏子、さやか、マミの三人は置いてけぼりをくらったかっこうだ。

「あ、そうそう。この子は佐倉杏子。むかし私とチームを組んでいてちょっと前まで風見野を縄張りにしていた――」

ふと思い出し、マミは紹介をはじめた。

「ああ、この人が。よろしくお願いします。」

「で、この子は美樹さやか。この前話してた期待の新人よ。」

「ん、よろしく。」

こうして杏子とさやかが簡単な挨拶をすませた間にも、らんまと良牙のいさかいは激しくなった様子で
いつの間にやららんまが良牙の胸元を握り上げていた。

『最近見ないと思ったら、新しい飼い主を見つけたわけかよこの豚野郎! あかりちゃんはどうした?』

ここで語ったらよくない情報もありそうなので、らんまはテレパシーで良牙をののしる。

「ええい、うるさい。これには深い事情がっ!」

「こーの腐れ外道が!」

マミから見れば、この状況は修羅場のようにも見えるし、慣れたやり取りにも見えた。

(もしかして良牙さんって結構な浮気者なのかしら?)

そんな疑惑がマミの脳裏をよぎる。

良牙はそういうことには真面目そうに見えるのに、意外と分からないものなのかもしれない。

マミとしては少し残念だった。

と、そんなことを思いながら眺めているうちにらんまと良牙の争いはついに手が出始めた。

胸倉をつかんだらんまの腕を、良牙が右手で乱暴に払いのけようとすると、すんでで手を離して避けたらんまが
今度は前に出た良牙の右腕を取ろうとする。

良牙はその場で回転してそれを避け、そのままの勢いで左で裏拳を放つ。

らんまは裏拳をしゃがんでかわして、良牙の足元で回し蹴りをはじめる。

小さく飛んで良牙は回し蹴りを回避し、着地をとび蹴りに変えた。

それに対してらんまは蹴りに出した足を軸に変えて身をかわし、立ち上がって良牙の背後を取った。

「ストーップ! ストップ、ストップ!」

あわててマミはリボンを出した。小競り合い中の横槍に対応できず、らんまと良牙は意外にあっさりと拘束される。

「私の家で暴れるのはやめてください!」

「すまん……いつもの癖で。」

「以下同文。」

二人はさすがに少しは反省したそぶりを見せる。

「おー、すごい、何気にレベル高くないアレ? あんなのプロの試合でも滅多に見れないよ?」

「『いつもの癖』っていつもあんなことしてんの、アイツら?」

247 : らんまマギカ14話3 ◆awWw... - 2011/12/19 23:08:36.73 tEtUDdso0 105/394

一方さやかと杏子はのん気に見物をしていたようだった。

*******************

同じころ、暁美ほむらは急に変な外国人に声をかけられていた。

「これ、そこのおなご、この辺りに『やけみ』という地名はねぇだか?」

その男性が外国人……いや、中国人だとほむらに分かったのは緑色の人民服を着込んでいたからだ。

「ここは風見野よ。この辺りに『やけみ』なんて土地は無いわ。」

魔女探索中、女子中学生が一人で夜道を徘徊している状況では魔女や使い魔以外にも危険なものがある。

変質者や誘拐魔、あるいは麻薬の売人。

風見野は中~高級住宅地の見滝原と違い、ゲームセンターや低価格の飲食店、風俗店などが立ち並ぶいわゆるB級の街だ。

下手な魔女よりは人間の方がよほど危険かもしれない。ほむらは男に返事をしながらも間合いをとった。

「なに? ここは見滝原じゃないだか?」

「見滝原は一駅隣よ。もっとも、見滝原にも『やけみ』なんて地名はないわ。」

駅名はちゃんと漢字で書いてあるのに間違えるとは、この男まさか文盲だろうか。

それとも中国人ではなく漢字の読めない国の人か。おかしな訛りも気になるが。

ほむらの脳内にさまざまな疑問符が浮かび上がる。

しかし、ほむらもおバカな外国人を相手にしているほどヒマではなかった。

「むむ……もしや『やけみ』とは地名ではないだか。ならば一体?」

考え込む男の横を一瞥してほむらは過ぎ去った。

そして、繁華街の裏路地を行く。

ほむらはソウルジェムのわずかな揺らぎを頼りに奥へ奥へと進んだ。

ソウルジェムの輝きは大きく揺らぎ始める。

(来る!)

そう思うと同時に、幼稚園児がクレヨンで落書きをしたような景色があたりに広がる。

「私を結界に招き入れるとは、ずいぶんな自信家の魔女ね。」

さっそく飛行機型の落書きがほむらに向かってくる。

ほむらは何度か見たことがある。これは、落書きの魔女の使い魔だ。

良く見れば結界は所々開いている。魔女はおらず、この使い魔が単独で活動しているのだろう。

(今までは見滝原で見たけれど……活動範囲が広いようね。)

だから佐倉杏子が魔女を狩り尽くした風見野にも真っ先に飛んできたのかとほむらはひとりうなずく。

使い魔の一匹程度、時を止めるまでもない、ほむらは変身しようとソウルジェムをかかげる。

その時だった。

「そこのおなご、あぶねえだぞ!」

妙な訛りで叫び声を上げ、さきほどの人民服を着た男がビルの上から飛び降りてきた。

(……尾けられていた!?)

ほむらが変身をためらっているうちに、男は落ちながら人民服を脱ぎ捨てた。

すると、真っ白い民族衣装が現れる。

大きく垂れた袖とスネまで伸びた裾が広がって、ほむらにはちょうど白い鳥が翼と尾を広げて飛んでいるように見えた。

男は袖から銀色に輝く鉄の熊手を取り出し、使い魔に向けて投げ放つ。

勢いを付けて飛んでくる鉄の爪に、あっけなく使い魔は引き裂かれ地面に落ちた。

その使い魔が落下するのと、男が着地するのはほぼ同時だった。

248 : らんまマギカ14話4 ◆awWw... - 2011/12/19 23:09:52.07 tEtUDdso0 106/394

魔法少女としていささかの自負があるほむらから見ても、あざやかな手際である。

「すまんのぉ、悪気があって尾けていたわけではない。おぬしの様子がちと変じゃと思ってな。」

振り向きざまに、男は言った。

帽子を脱いだその素顔はなかなか整った顔立ちをしている。

ほむらは思わず見とれそうになって、あわてて首を振った。

「なんじゃ、おぬしどうした?」

何も言わないほむらを変に思って、男はメガネをかけてほむらをのぞき込んだ。

そんな男に対し、ほむらは突如、銃を向ける。

「なっ、今どうやってそれを取り出しただ?」

「動かないで!」

あせる男を制止して、ほむらはためらい無く銃を発砲した。

銃弾は、男には命中せず、その肩の上を抜ける。

すると、その弾丸は男の背後まで迫っていた自動車型の使い魔に命中した。

「おおっ、なんと、もう一匹妖怪がおっただか!」

男はメガネの位置を調節しながら振り向いた。

「結界が解けるまでは油断はしないことね。」

「結界……? ふむ、これを結界というだか。」

あまり興味が無さそうに男はあたりを見回してから、やがてつかつかとほむらの前によってきた。

ほむらは警戒して身構える。

「おなご。おぬし、暗器の使い手じゃな!? おらも暗器を使って長いのじゃが、
おぬしのように、おらにも全く分からないほど完璧に暗器を隠す使い手は初めてじゃぞ。」

やや興奮気味に、男は語る。

近づいてみて分かったがなかなかの長身である。加えて顔も良い。

だからこそほむらは思う。メガネと訛りが残念だと。

「暗器? なんのこと?」

そう言えばこの男は袖から大きな鉄の爪を出していながら、いつの間にかそれが見えなくなっている。

無理があるような気がするが、暗器ということは服の中にでも隠しているというのか。

「ははは、とぼけなくても良い。先ほど道をたずねたようにオラはただの通りすがりだ。」

ただの通りすがりが、魔法少女もびっくりの身体能力や技を持っていてたまるか。

ほむらはそう思い露骨に怪訝な顔をした。

「せっかく、こんなところで同じ暗器使いに合えたのじゃ、これをやろう。」

ほむらの顔色が見えていないのか、男は上機嫌にほむらにチラシらしきものを手渡した。

「猫……飯店?」

どうやら中華料理屋の割引券らしい。気前の良いことに普段1500円のフカヒレラーメンが500円となっている。

場所は風林館らしい。

「……ラーメンのためにわざわざ風林館まで行かないわよ。」

「なぁに、来てくれたらもうちょっとサービスするだ。」

こんなにほいほい値引きの約束をするとは軽率な男である。

だが、この間の抜けようではおそらく、危険な人間では裏はないだろう。

ほむらはこの外国人の雰囲気に少し安心した。

「お、そうじゃ、先ほど道をたずねたついでにじゃな…おぬし『佐倉アンコという者』をしらんか?」

249 : らんまマギカ14話5 ◆awWw... - 2011/12/19 23:12:19.07 tEtUDdso0 107/394

「いいえ、知らないわ。」

ほむらはきっぱりとそう答えた。

(『桜餡子という物』……多分、和菓子よね。)

中華料理屋のデザート研究だろうか。だとすれば『やけみ』というのも案外見滝原のスイーツやお菓子屋なのかもしれない。

しかし残念ながら、ほむらは和菓子やスイーツなどにはあまり詳しくなかった。

なのでほむらに答えられることなどない。

「そうか。どうやらおぬしの腕では手助けも無用じゃっただな。すまんの、尾けたりして。」

それだけ言うと男は背を向けて去ろうとした。

この男が魔法少女や魔女について知っている『こちら側』の人間なら引き止めてもうちょっと話すことも
あるかもしれない。だが使い魔を『妖怪』と言ったり、結界を知らなかったり、おそらく無関係の人間だろう。

今のまどかが契約を諦めている状態を保つためには余計な外部からの影響は排除した方がいい。

ほむらはそう判断し、引きとめようとはしなかった。

(桜餡子、さくらあんこ、さくら杏子、佐倉杏子……?)

「まさかね。」

ほむらは小さくつぶやいて町の雑踏へと消えていった。

*********************

「え!? 良牙さん行っちゃったの?」

まどかがそれを聞いたのはらんまと杏子が見滝原に来た翌日、学校の屋上でだった。

「うん、入院しているお友達のお見舞いで風林館に行くんだってさ。
そのまま、風林館の道場にお世話になるとか。」

さやかが答える。

「わたしも挨拶ぐらいしときたかったなぁ……」

まどかはしょんぼりとした。自分も仲間の一人のつもりでいたのに挨拶もなしに居なくなるとは寂しいものだ。

今はまどかは魔法少女になれないし、なる自信もない。そうなると戦闘力のない自分はやはり部外者なのか。

「少なくともワルプルギスの夜の時にはこっち来るって言ってたから、また会えるって。」

さやかは励ますように言った。まどかは小さくうなずく。

何があったのかは知らないが魔法少女の話をすること自体は、今のまどかは嫌がっていないようだ。

前はそのときの気分とかいろいろあったのだろう。さやかは内心ホッとしていた。

これならまどか相手に必要以上に会話内容を選ぶことはない。

「でさぁ、その早乙女乱馬って魔法少女がさ、ずいぶん良牙さんと仲良いみたいなんだけど
マミさんの言うには良牙さんの彼女なんじゃないかって。」

そうと分かればさっそく、さやかは恋バナに移る。

「ええ、うそ!? それだと、良牙さんがマミさんと暮らしてたのってまずいんじゃ……」

まどかも御多分にもれず、年頃の少女なので恋バナにはテンションを上げて食い付いた。

「でも良牙さんみたいにかっこいいと、やっぱり彼女居るんだ。」

「へぇー、なに、まどかまさか良牙さんのこと気になってたの?」

「えっ、えと、その、そんなことは……」

さやかに詰め寄られてまどかは以前良牙にお姫様だっこをされたことを思い出し、顔を真っ赤にした。

その態度は当然、さやかには肯定ととられる。

「ほぉー、マミさんも残念がってたみたいだけどまどかまでとは、良牙さんもやるねぇ。」

恥ずかしくて答えられないまどかの横で、ひとりケタケタとさやかは笑う。

「美樹さやか、それは本当なの?」

250 : らんまマギカ14話6 ◆awWw... - 2011/12/19 23:14:40.57 tEtUDdso0 108/394

そこに予想外の人間が割って入ってきた。黒い髪、黒い目、いつも澄ました表情の暁美ほむらだ。

「なに、あんたもこういう話好きなわけ?」

さやかはやけにうれしそうにニヤけてほむらに問いかける。

「な……聞いているのはそこじゃないわ。早乙女乱馬という魔法少女が来たのは本当かと聞いているのよ。」

一瞬だけ、ほむらの表情は崩れたが、すぐまた元に戻った。

(相変らずつまらない奴。)

そんなことを心の中でボヤきながらさやかは答えた。

「ああ、そのことで業務連絡なんだけど、魔法少女を襲う魔法少女が現れたから気をつけろってさ。
乱馬さんと杏子って二人が襲われたから連絡にきてくれたんだって。」

「……襲われた? その襲ってきた魔法少女の特徴は?」

ほむらは問いを続ける。その脇でまどかがつまらなそうにしていた。

「衣装が黒くて、短い刃物を使うとか……
まだキュゥべえもどの魔法少女か特定できてないらしいよ。分かったらキュゥべえからも連絡よこすんじゃない?」

「そう、分かったわ。」

おそらく、呉キリカだ。

ほむらは早くも特徴から犯人をわりだした。

『今回の時間軸』では出会ったこともないものの、あの魔法少女はよく覚えている。

(早乙女乱馬なんていう目立つ的を狙うってことはまだまどかの存在に気が付いていないわね。)

そう考え、ほむらはそっと胸をなでおろした。

それならば、キュゥべえ……インキュベーターの視線がまどかから外れるだけ呉キリカらの活動はほむらにとって好都合だ。

ほむらは安心すると、そのままきびすを返してさやかとまどかの元を去ろうとした。

が、その時ふいにまどかが呼び止める。

「あれ? ほむらちゃんお財布にハデな紙が……」

「ああ。」

ほむらは言われて気が付いた。スカートの後ろポケットから頭を出していた財布の間に赤い色のチラシが挟まっている。

昨晩、変な中国人からもらったのを財布に入れてそのままにしていたのだ。

「あげるわ。」

ほむらから渡されたチラシに、まどかとさやかは目線を落とす。

「猫飯店?」

「フカヒレラーメン安っ!」

特に、さやかは食い入るようにチラシをのぞきこんだ。

「あー、そういえばさやかちゃん中華好きだもんね。」

「そりゃもう、一時期魔法少女の願いに満漢全席を頼もうか本気で悩んだんだからね!」

「あれ、本気だったんだ……」

とんでもカミングアウトをするさやかにさすがのまどかも苦笑いをした。

「みんなで食べに行こうよ。場所が風林館みたいだから、良牙さんも呼んで。」

「うんっ、賛成!」

さやかが提案すると、まどかは文字通り二つ返事で答えた。

「よーし、そうと決まったら……」

そう言ったきり、さやかは口を閉ざしてまぶたを閉じた。

そして、しばらくしてまどかの方を向いて言った。

251 : らんまマギカ14話7 ◆awWw... - 2011/12/19 23:16:50.38 tEtUDdso0 109/394

「マミさんもオッケーだって。今度の土曜でいいかな?」

どうやらテレパシーを携帯代わりに使っていたらしい。

「うん。」

まどかは笑顔でうなずいた。

**************

『ってなわけで、ほむら、あんたも参加ね。』

教室へ戻るほむらの頭の中に、さやかのテレパシーが割って入った。

『……どういうワケよ?』

ほむら自身の意思を聞かないさやかの強引な誘い方に、ほむらは不快感を示す。

『だって、あんたが見つけてきたお店でしょ?』

あっけらかんとさやかは言う。

どうも今回の時間軸の美樹さやかは馴れ馴れしい。ほむらはそう思った。

好かれているようにも思えないが、インキュベーターを狩るところを見られていないことや
形の上ではマミとの協調路線を組めているという事が大きいのだろうか。

しかしほむらは別に中華料理には興味がない。

『私はチラシを押し付けられただけよ、関係ないわ。』

そう言っていつものように無愛想に断る。

『そうはいかないわ。』

そこに、今度はマミのテレパシーが飛んでくる。

『私たち、一緒にワルプルギスの夜と戦うんでしょう? それなのに、私はあなたのことをほとんど何も知らないわ。
悪いけど、何も知らない上に食事も一緒にできないような人間に、私は背中を預けられない。』

『それは、行かなければ協力の話はなくなるということかしら?』

ほむらの顔色が変わった。こんなことでワルプルギスの夜対策が崩れてしまっては困る。

『そうとってもらって構わないわ。』

『……仕方ないわね。』

ほむらはしぶしぶうなずいた。

『そういうわけで、暁美さんも参加ね。』

マミはいつもの笑顔でテレパシーを送る。

『マミさんもけっこう強引だねー。』

さやかは何も聞こえていないまどかの前で肩をすくめてみせるのだった。

~第14話 完~

264 : ◆awWwWwwWGE[sag... - 2011/12/27 01:48:14.54 7u0FI6890 110/394

~第15話~

「……男に戻れなくなっただと?」

「ああ」

らんまがそれを打ち明けたのは、見滝原からの帰り、佐倉杏子と分かれた後だった。

聞かされた良牙は目を丸くしている。

「魔法少女になっちまったせいか?」

「そうらしい。契約したその日からだ」

「な……なんてこった」

最大のライバルだと思っていた早乙女乱馬が完全に女になってしまうとは、良牙は予想もしてなかったことだ。

「まさかお前、キュゥべえに『変身体質を治してくれ』とでもお願いして、
それを女の状態で言っちまったから……」

「バカやろう、オレだってそこまで間抜けじゃねーよ」

らんまは吐き棄てるように言った。

そんな成り行きだったなら笑われても仕方なかっただろう。

「それじゃ、お前は何を願ったんだ?」

当然、良牙としてはどんな成り行きだったのかが、それが疑問になる。

だが、らんまには返せる答えが無かった。

(あかねの為に契約したなんて言えるわけがねぇ。
このアンポンタンに言っちまったらそのうちあかねに伝わるに決まってる)

「てめーにゃ関係ねーことだ」

らんまは結局、そう言うしかなかった。

************

「ありがとう良牙くん」

良牙が買ってきた花を受け取り、あかねはにっこりと微笑んだ。

あかねは一応包帯を巻いているものの、もはやギブスも点滴もなく、その動きは健康なときとなにも変わらない。

「あかねさん……トラックに弾かれたんじゃ?」

良牙は狐につままれたような気分だった。

あかねが元気すぎる。

いくら回復が早かったとはいえ、これではもうほとんど全快ではないか。

「うん、なんだかお医者さんも驚いてるみたい。へへ、あたし元気だけがとりえだから」

そんな程度の問題じゃない、相手があかねでなければ良牙は全力でそうツッコんでいただろう。

しかし、あかねの笑顔を前にすると、良牙は思考が止まる。

「だけなんてことはないさ。いや、でもあかねさんが元気でよかった。
もうそろそろ退院かな?」

「うん。もう悪いところは無くて、あとは検査だけなの。
おっきな事故だったから後遺症がないように検査はしっかりしとくんだって」

その言葉通り、あかねの体に今現在悪いところは見当たらない。

あかねがまだ入院している理由は検査だけだった。

実は病院側の本音は驚異の回復を見せた患者のデータをとっておきたいというところにあるが
あかね本人もむろん良牙もそんなことは知る由も無い。

簡単な挨拶をすませて、良牙は病院を後にした。

*********************

266 : 15話2 ◆awWwWwwWGE... - 2011/12/27 01:51:03.86 7u0FI6890 111/394

あかねも居ないことだし天道家には小豚になって入らなければならないと思ったが、意外にも人間のまま招かれた。

「よく来てくれた、良牙くん。」

しかも、一家の大黒柱である天道早雲直々にこの言葉だ。

「あら、良牙くん。今日はお夕食良牙くんの分も作っているからぜひ食べて行ってね。」

かすみがそう言って良牙に微笑みかける。

良牙は夕食も人間のものを食べさせてもらえた。

今までも天道家の門をくぐることを嫌がられてはいなかったが、これほどの待遇を受けられることは滅多にない。

良牙は予想外の好待遇に少し戸惑った。

一方、らんまと玄馬はその様子を苦々しく眺めていた。

格闘道場を継がせるには男子の後継者が必要なのだ。

らんまが男に戻れなくなったので、天道早雲は早くも別の候補に探りを入れているということだろう。

響良牙は武闘家としての実力は男の乱馬に見劣りしない上に、あかねに好意を寄せている。

あかねも良牙を嫌っている様子はない。

しかも、良牙の拳は我流である。よその流派に遠慮をする必要も無い。

ちょっぴり無差別格闘流をかじらせればそれでもう、無差別格闘流を名乗らせることができる。

早雲が道場を継がせる人間を選ぶ上で、良牙はかなり好条件の人材だった。

結局、食事の席では早雲は何も切り出さなかったが、良牙を見る目が今までと違うことは明らかだった。

息子をエサにして天道家に居候している玄馬は気が気ではない。

もっとも、当の良牙は急に扱いがよくなった意味にまで考えが及んでいなかった。

一人にあてがわれた客間で、ふとんに入って良牙は全く別のことを考える。

早乙女乱馬の願いはいったい何だったのか、そして、早すぎる天道あかねの回復はどういうことなのか。

やがて、その二つの事象を結びつける解を、良牙は脳裏に描いた。

乱馬の願いがあかねの回復だとすれば……

「まさか、乱馬の奴っ!」

そう言って良牙ががばっと起きると、なぜか、目の前に玄馬がいた。

「あっ」

「おじさん、どうしてここに?」

マヌケな声を上げる玄馬に良牙は問いかける。

一方の玄馬はそそくさと距離を開けて構えをとった。

「くくっ、よもや海千拳が通じぬとは、この早乙女玄馬ぬかったわ。」

「ぬかったじゃねーよ、クソオヤジ!」

そこへらんまが玄馬の頭を踏みつけて割ってはいった。

「何をする、乱馬! きさま、我らの立場を分かっておるのか? 
良牙くんをこのままにしておけば、また流浪の日々を過ごさねばならぬのだぞ!?」

「じゃかあしい、オレは元々無理してまでここにいるこたねーんだ!
だいたい、寝込みを襲うなんてしたらオレ達が良牙にかなわねーみたいじゃねーか!」

らんまと玄馬は言い争いながらすさまじい攻防を繰り広げる。

「とりあえず、こっちを黙らせりゃいいんだな。」

そこへ良牙が横槍をいれ、玄馬の脳天を殴った。

「ばいーん」

パワーなら良牙は乱馬よりも上である。後ろからの攻撃に、玄馬はあえなくノックダウンした。

267 : 15話3 ◆awWwWwwWGE... - 2011/12/27 01:52:24.77 7u0FI6890 112/394

*****************

「……ああ、良牙、お前の言うとおりだ。あかねを治すためにキュゥべえと契約した」

どうせ隠せることではない。そんな諦観からか、らんまはあっさりとそう答えた。

「乱馬、お前は……」

良牙はそれ以上言葉が出なかった。

許婚を死の淵から救うべく契約した代償が、完全に女になってしまい婚約解消とは、なんという皮肉か。

(俺が同じ立場だったら、あかねさんのために契約をしたか?)

良牙にそんな疑問がよぎる。

乱馬がそこまであかねのことを想っていたとは、良牙は知らなかった。

もしかすると、自分のあかねに対する愛よりも深いのかもしれない。

そう考えれば考えるほど、あかねのために契約した乱馬をほめる気にはなれなかった。

(それじゃ、何にもお前のためになってねーじゃねーか)

良牙の責めるようなまなざしをかわす様に、らんまは目をそらした。

「なーに、おめーがあかねの許婚になるなら安心だ。
おめーみてーな甲斐性無しじゃ俺とは違って浮気もできねーだろうし、
あのヤキモチ焼きのあかねにとっちゃあ幸せだろ」

おどけたような口調はわずかに震えている。

「だいたい、八宝斎のジジイすら音を上げるあかねの寝相に耐えれる奴なんておめーしかいねーしな」

「乱馬、お前は……」

良牙は先ほどと同じセリフを繰り返した。

しかし、今度は最後まで言い切る。

「……本当にそれでいいのかよ?」

***************

土曜日の猫飯店は盛況だった。

昼の時間帯に7人もの集団客が入ったのが大きい。

1人は名前は分からないがこの店の店員がチラシを渡してきた少女だ。

そして、その友人らしき少女達が2人、それぞれ黄色い髪と青い髪をしている。

なぜかその席に地元で暮らしているはずの早乙女乱馬と佐倉杏子が居て、さらには良牙まで混ざっている。

見た目の上では女6人に囲まれている良牙は、もはやうらやましいというよりは肩身が狭そうに見えた。

さらに、もう1人遅れて来るらしい。

「どうなっておるのじゃ?」

店主のコロンは首をかしげた。

こんなときに、男の店員は出前に行って戻ってこない。

やむなくコロンは数量限定のフカヒレラーメンを7人前作らなければならなかった。

こういう出血覚悟の極端な割引は、今まで来てくれなかった新規の客を呼び込むためのものである。

すでに猫飯店の味を知っている乱馬や良牙、杏子などに値引いてやっても仕方が無い。

(まったく、じゃから割引券は渡す相手を考えろと言ってやったのに……)

コロンは厨房でぶつくさ言いながら調理をはじめた。


268 : 15話4 ◆awWwWwwWGE... - 2011/12/27 01:55:06.96 7u0FI6890 113/394

「……どうなってるのよ、これは?」

一方、暁美ほむらも思いもしない人数に唖然としていた。

「だって、せっかく風林館に来たなら良牙さんを呼ぶでしょ」

「杏子と早乙女さんを呼んだのは私よ。この際だから大勢集まった方がいいでしょう?」

美樹さやかと巴マミがそれぞれ答える。

『ここにいる人間は良牙さん以外全員、魔法少女よ。』

マミはテレパシーで全員に伝える。

ほむらとらんま・杏子は初対面だし、初対面でなくても一回会っただけという関係も多い。

とりあえず最低必要な情報を共有する必要があった。

『それじゃ、後からくるもう1人も魔法少女なのか?』

らんまがテレパシーを返す。

『鹿目さんは魔法少――』

『させないわ!』

マミが何か言いかけたところでほむらのテレパシーが割ってはいる。

『鹿目まどかを魔法少女にはさせない』

『え、ええと、暁美さんの言うように鹿目さんは魔法少女ではなくって、美樹さんと暁美さんのクラスメートなの』

困ったように、マミは強引につなげた。

(しかし――)

暁美ほむらは思う。

早乙女乱馬という魔法少女はグリーフシードを売るほどなのだからもっとけち臭いとか算高いイメージを持っていたのだが
実際に会ってみると、思ったより単純そうだった。

それに魔力もあまり感じない。

(これなら私の方がまだマシね)

魔力の豊富さという面ではあまり自信の無いほむらだったが、乱馬に関しては魔法の素質がもっと低いのが分かる。

自分ですらキュゥべえからあまり営業を受けなかったのに、こんな女がよく契約できたものだとほむらは内心首をかしげた。

とにもかくにも、ほむら、マミ、らんまの三人は無言で視線をぶつけ合う。

その一方で、さやかと杏子もお互いメニュー表を片手ににらみ合っていた。

険しい表情をしているが、たまにメニューを指差していることから、テレパシーで注文の相談をしていることは明らかだ。

二人とも食に関しては真剣な性格らしい。

「おまえら、頼むからテレパシーばっかで話し合うのはやめてくれ。」

良牙は思わず愚痴をこぼした。

一般人である良牙にはテレパシーは聞き取りづらいし、誰が誰と話しているのかもよく分からない状況は不気味だった。

そんな沈黙を破ったのは、やはり同じ一般人だった。

「ごめんね、みんな。エイミーがなかなか言うこと聞いてくれなくて……」

そう言って、店に入ってきた鹿目まどかは、片手に家型のかばんのようなものを持っている。

「まどか、ソレは何?」

さやかが質問する。

「ティヒヒ……猫飯店っていうぐらいだから、連れて来ちゃっても良いよね?」

まどかはその小さな家の側壁をパカッと開ける。その中には、真っ黒な猫がいた。

「ぎ……ぎゃーああああ! 猫っ!!」

猫飯店に、らんまの叫び声がこだました。

269 : 15話5 ◆awWwWwwWGE... - 2011/12/27 02:03:03.04 7u0FI6890 114/394

*************

結局、猫飯店ではにらみ合いは続かなかった。

と、いうよりもらんまが猫で錯乱したために続けられなかった。

とりあえずまどかが猫をしまい、さやか、杏子が注文選びで論争をはじめ、
既に食べなれているらんまと良牙が一押し商品を選び、以後は普通の会食となった。

しまいにはしっかりラーメンの汁まで飲んでいたほむらが、意外と食い意地が張っているとかケチだとか
つっこまれて苦い顔をしていたが、とくに問題を起こすことも無かった。

そうして一行が過ぎ去った後、コロンはたった2人の店員を手元に呼んだ。

「おぬしら、見ておったか? あの言葉もかわさぬ奇妙な光景を。」

「見たね。はじめのうち、誰も話さないからあたしビックリしたアルね。」

コロンの問いに、シャンプーが答える。

「ムース、おぬしはなにか思わなかったのかの? あの黒髪の小娘に割引券を渡したのじゃろう?」

「むうぅ……おらもあの子があんなに友だちを連れてくるとは思わなかっただ」

ムースと呼ばれた男はピントのずれた回答をよこした。

コロンは彼の答えに表情をくもらせる。

「そのようなことを聞いておるのではない。 何かおかしなことがなかったのか聞いておるのじゃ」

「ふむ……そうじゃ、あの子はかなりの腕の暗器使いじゃったの。それで妖怪を退治しておった。」

「バカもん! 無茶苦茶あやしいではないか!」

コロンはさすがに声を荒げてどなる。

「ええい、おぬしはあの小娘を追って、根掘り葉掘り話を聞いて来い!
シャンプーは今後、それとなく佐倉杏子にさぐりを当ててみるのじゃ、分かったの?」

「わかたね!」

「……ああ。」

もともと、自分の花婿のためにやっていることである。シャンプーは元気良く答えた。

一方、ムースと呼ばれた男にとっては、恋敵を男に戻すための仕事である。

当然、やる気などでるはずもなく、小さくうなずいて相槌をうつだけだった。

**************

一緒に食事にいくだけのことが意外に効果があったのだろうか。

それとも巴マミの言うことを聞いて風見野で魔女退治をしているので満足したのだろうか。

ここ最近、暁美ほむらは巴マミや美樹さやかから敵意を受けていない。

ほむらは一安心していた。

『今回』はまだ、鹿目まどかは魔法少女になっていない。

そして、巴マミも美樹さやかも生存し、形の上では協力体制を築けている。

さらに、いざという時は響良牙とか早乙女乱馬とかいうイレギュラーもワルプルギスの夜との戦いに使えるだろう。

(この調子なら、今度こそ……)

そんなことを考えていた折、まるで校内放送のように見滝原中学校全体に
しかし、魔法少女だけを対象にテレパシーが鳴り響いた。

『マミ、さやか、ほむら、キミたちも黒い魔法少女が他の魔法少女を襲っていることはもうしっているね?』

キュゥべえ……いや、インキュベーターの魔法少女への業務連絡だ。

『前は風林館の魔法少女たちに返り討ちにされたんだけど、どうやら活動を再開したらしい。
すでによその地域の魔法少女が何名か襲われている。キミたちも十分に注意して欲しい』

インキュベーターの話に、マミやさやかはありがとうだとか、わかったとか返事をしている。

黒い魔法少女の目的を知らない彼女たちなら、漫然と注意をするしか仕方が無いだろう。

270 : 15話6 ◆awWwWwwWGE... - 2011/12/27 02:03:49.03 7u0FI6890 115/394

だが、ほむらは反って安心感を増していた。

よその町を襲いに行くとは、まだ黒い魔法少女はまどかにたどり着いていない。

そしてまた、インキュベーターもこういった各地域の魔法少女への連絡や状況把握に追われてまどかにかまっていられない。

ほむらにとってはまさに理想的な状況だった。

授業が終わり、休憩時間に入ると学級委員の志筑仁美が急にあわただしく動きはじめた。

彼女はまどかとさやかの親友であるが、それ以上に学級委員の仕事や習い事などに追われて最近ろくに関われていない。

特に、まどかとさやかが魔法少女の世界に関わってからは疎遠になる運命である。

それは、『何度この一ヶ月を繰り返しても』仁美が魔法少女になることはなかったことからも明らかだ。

だから、彼女はほむらにとってはチェックの対象外である。

ほむらは志筑仁美の動向には強く関心を抱かなかった。

しかし――

志筑仁美は休憩時間の間、よその学校の制服を着た少女に校内を案内して回っていた。

ほむらは、その様子を見て愕然とした。そんなほむらと他校の生徒は一瞬目があう。

「どうしました? 美国さん?」

「いえ、何でもありません。」

いぶかしがる仁美に答えて、その他校の生徒は何事も無かったかのように再び悠然と歩き始めた。

やがて、他校の生徒を連れた仁美はさやかとまどかの目にとまる。

「あれ? 仁美ちゃん、その子……?」

「お、その制服は……」

「ああ、まどかさん、さやかさん、彼女は――」

紹介しようとした仁美の言葉をさえぎって、彼女は前に出た。

「はじめまして、わたしは美国織莉子と言います。見滝原中学校に転入を考えているの。」

美国織莉子は鹿目まどかに向かってにっこり微笑んで見せた。

~第15話 完~

275 : 16話1 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:31:58.34 BXUrfRVy0 116/394

~第16話~

ついに、見つけられてしまった。

暁美ほむらはいつにない焦燥感にかられていた。

(美国織莉子が、鹿目まどかを見つけた!)

きっと、美国織莉子はどんな手段でも取るだろう。

なにしろまどかは……なのだから。

だから、彼女が確信を抱く前に、始末をつけなければならない。

ほむらはギュッと拳をにぎりしめた。

しかし、戦力が足りない。

織莉子とは室内戦が想定されるが、そうなるとあまり広範囲の攻撃は自爆になってしまう恐れがあり使えない。

かと言って、拳銃などの範囲の狭い攻撃はおそらく通じない。

暁美ほむらの使える武器では織莉子に対する決め手が無かった。

できることなら、近距離で避ける間もなく連続して攻撃できる能力が欲しい。

(……1人、居たわね)

そこまで考えるとほむらは、美樹さやかにテレパシーを飛ばした。

**************

「で、ホントなの? 魔法少女狩りの犯人を知ってるってのは?」

「ええ、本当よ。こっちよ、付いて来なさい」

いぶかしげなさやかを連れて、ほむらはよその町を歩いた。

さやかは少し気圧されていた。それもそのはず、ここは日本でも有数の超高級住宅街だ。

一軒一軒の土地も広ければ、つくりもそこんじょそこらの一般家庭とはまるで違う。

「ここよ」

ほむらはそんな中の一軒に、戸惑うことなく塀を乗り越えて侵入した。

「ちょ、まってよ!」

さやかは誰か見ていないか見回してから、慌てて飛び越えた。

「大体さぁ、そんなことならなんでマミさんに言わないの?」

広い屋敷の中を歩きながら、さやかがたずねる。

「巴マミはまだスランプが続いているんでしょう? そんな状態で魔法少女同士の戦いに参加させるつもり?」

「そりゃそうだけど、報告ぐらいさ……」

ほむらはいちいちさやかの言うことに足を止めたりはしない。

まるで無視するかのように視線も向けず歩いていく。

(それだけじゃないわ……)

ほむらはひそかに思う。

巴マミは拘束魔法に長けている。もしマミを連れてきてしまえば、織莉子を捕獲して事情聴取を始めるだろう。

性格的にもおそらくそうするに違いない。

だが、それではまずい。そんなことになってしまえば、バレてしまう。

鹿目まどかが何なのか、それを知ったら誰がどんな行動を取ることか、想像するだけでも恐ろしい。

屋敷の奥の部屋では、すでに変身した魔法少女が待ち構えていた。

「まさかその日のうちに襲ってくるとは、ずいぶんとせっかちな方ね」

白い、ゆったりとしたローブのような服を着て、あたまにも白い帽子をかぶっている。

その純白の衣装と豪奢な部屋の様子が、さやかには現実離れして見えた。

「……でも、おかげで確信が持てたわ。鹿目まどかがアレの正体だったのね」

276 : 16話2 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:32:47.77 BXUrfRVy0 117/394

「え? この子、今日学校に来た子じゃ? まどかが何って?」

さやかは状況が飲み込めずに困惑した。まどかと魔法少女狩りが一体何の関係があるのか。

「話はあとよ」

そんなさやかをよそにほむらは何のためらいも無く拳銃を取り出し引き金を引く。

その銃弾を、緒莉子ははじめから軌道を知っていたかのようにゆっくりと横に最小限だけ動いて避けた。

「あら、怖い。話し合うつもりすらないのね」

そう言った織莉子の声と表情には十分に余裕がありそうだった。

今度は緒莉子が大きなビー球のような光の塊をほむらに向かって飛ばす。

ほむらは光の玉が迫った瞬間に、消えたかと思うとその光の玉の前に現れた。

魔法少女の目にも留まらない速さで、いつの間にか光の玉を避けて前に出ていたのだ、

一方の織莉子も、ほむらの攻撃を、まるではじめからどこに来るのか知っているかのように攻撃される前から避け始める。

さやかから見れば、不気味な光景だった。二人とも戦い方がまるで常識の通じない異次元の世界だ。

「美樹さやか、あなたも戦いなさい!」

立ち尽くすさやかに、ほむらが檄を飛ばす。

「え? でも?」

織莉子が魔法少女狩りの犯人だという証拠は何も無い。

そのことを問い詰めるぐらいの問答はあるのかと思ったが、何も聞かずにほむらは織莉子を襲ったのだ。

さやかにはほむらが押し入り強盗を働いているようにしか見えなかった。

そういうわけで、ほむらに協力する気にはならない。

しかし、変身して待ち受けていた白い魔法少女が何かおかしいのも確かで、
一応協力体制をいままで敷いていたほむらを敵に回してまで白い魔法少女を守るために参戦することもできない。

「美樹さやかさん……と言ったわね。この女は世界を滅ぼすつもりよ、協力しては駄目」

戦いながら、織莉子がさやかに呼びかける。

「美樹さやか、美国織莉子は鹿目まどかを殺すつもりなのよ、こいつの言うことには耳を貸さないで!」

ほむらも必死で呼びかける。

「え……世界? で、なんでまどかが?」

全く事情が飲み込めないさやかはますます混乱するだけだ。

「何を戸惑っているの、美樹さやか! こいつは魔法少女狩りの犯人なのよ!」

ほむらにとってはさやかが戦おうとしないことは予想外だったのだろう。

怒鳴るような悲鳴のような、そんな必死さが伝わってくる声でほむらは叫んだ。

それでようやく、さやかは立場を決めた。

「ひっ捕らえてから、話を聞く!」

そうしなければ、ほむらか織莉子かどちらかが死んでしまうだろう。

だから一旦、織莉子を捕らえる。魔法少女狩りについてはその後で聞けば良い話だ。

とは言え、実弾と魔力弾が飛び交う中に入っていくのは危険だ。

さやかは超スピードで織莉子の後ろに回り、羽交い絞めにしようと近づく。

が、その先に待ち構えるように光の玉が現れた。

さやかは無理やり急停止して、織莉子の攻撃を避ける。

(やっぱり、こいつ変だ)

さやかは疑問を確信に変えた。

この白い魔法少女はまるであらかじめ分かっていたかのようにさやかが襲い掛かる方向に、
タイミングを合わせて攻撃をしかけてきた。

277 : 16話3 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:33:54.01 BXUrfRVy0 118/394

普通に考えれば初見の相手の行動を予測するなんて出来ないはずだ。

しかし、この白い魔法少女はさやかが後ろから回り込むタイミングを完璧に読んでいた。

それに、いつ攻撃されたかもわからないほむらの攻撃をひょいひょいかわせているのもおかしい。

(なんだか分かんないけど、こっちの動きは読まれてる)

そうとしか考えられない。

(だったら――)

さやかの決断は早かった。

『ほむら、ちょっと攻撃やめて!』

それだけテレパシーを送ると、真正面から回避行動もとらずに織莉子に向かってさやかはつっこんだ。

織莉子は光の玉をさやかに向けて集中的に放つ。

腕や脚に被弾し、肌がめくれ肉が裂けても、さやかは止まらなかった。

自分自身の回復能力が極めて強いことをさやかは良く理解していた。

急所に直撃でもしない限り、ダメージなんてどうとでもなる。

そして急所も剣で守られている以上、たとえ完全に行動を読んでいたとしてもさやかの突撃を止めるすべなど無い。

良牙のように屈強な防御力で防ぎきるか、さやかより上のスピードで動いて避けるしかないのだ。

あいにく、織莉子はそのどちらも持ち合わせていなかった。

さやかとは致命的に相性が悪い、それを知った織莉子は無意識に下唇をかんだ。

(キリカが居れば、どうとでも対処できるのに)

そう思っても後悔は先に立たない。今日も呉キリカはキュゥべえの目を逸らすための魔法少女狩りに出かけてしまっているのだ。

ついに、さやかは織莉子と顔と顔がぶつかりそうになるほどに近づいた。

が、さやかはいかにも苦い表情をしている織莉子に剣を向けず、そのまま通り越した。

そして瞬時に後ろに回り、織莉子の腕を掴んで組み伏せる。

織莉子は手をひねり上げられてうつぶせの格好にされた。

「こ、これは……」

地面に顔をつけられた織莉子が、くやしそに言った。

この状態ではまともな抵抗などできない。

魔力弾で奇襲をすることは出来るかもしれないが、一回でさやかとほむらを同時に倒さなければ返り討ちにあうだけだ。

「良牙さんに習った脇固め、意外と使えるね」

さやかは得意気だった。

「よくやったわ、早く止めを刺しなさい」

ほむらが銃を構えたまま絡み合うさやかと織莉子に近づいてきた。

「まだダメ。ホントに魔法少女狩りの犯人なのかとか、もしそうだったら動機とかいろいろ聞かないと」

当然のごとく、さやかはそう答えた。

そうでなければわざわざ生け捕りにした意味が無い。

「何のいわれがあって私が襲われなければいけないのかしら?」

ほむらがさやかを扱いきれていないのを見抜いてか、織莉子が口を挟む。

「あたしもそれを知りたい」

さやかは織莉子に同調しながらも、決して脇固めをゆるめることはなかった。

(この青い魔法少女を説得できなくても構わない。時間稼ぎさえできれば……)

織莉子には見えていた。あと少しで鉤爪をもった人物がここにやってくる。

織莉子の能力は予知能力だ。数分単位でも、数秒単位でも、日にち単位でも未来を見ることができる。

278 : 16話4 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:35:06.11 BXUrfRVy0 119/394

それは必ずしも明瞭な形で見えるわけではないが、見えた未来は観測者である織莉子自身が
実現を防がない限り必ず実現する。

今の織莉子の予知には鉤爪をもった人物の顔は見えない。

しかし、鉤爪をもっていて織莉子の屋敷に来る人物というだけで、誰か推測するには十分だ。

(魔法少女狩りに行っていたキリカが帰ってくる……!)

織莉子はそれをアテにして、時間稼ぎに打って出た。

「私はもう抵抗しないわ。でも、理由も無く殺されたくはないものね」

「あたしも理由無く暴力を振るうために魔法少女になったんじゃない。
ほむら、あんたがこの女を魔法少女狩りの犯人だっていう証拠がなきゃこれ以上は手を出せないね」

ほむらは思い通りにいかないことに業を煮やして、叫ぶように激しく言った。

「何をやっているの、美樹さやか! この女には仲間がいるのよ!」

そして、拳銃の引き金を引く。

 パーンッ

乾いた音が響いた。

しかし、銃弾は織莉子には届かず、熊手のように鉤爪を生やした鎖鎌のような、
へんてこな武器によって止められていた。

そして、窓の方から白い服を着た長身の男が現れる。

(……キリカじゃない? 誰?)

意味不明な人物の出現に、そしてその人物に命を助けられたことに、織莉子は困惑する。

だが、ほむらとさやかはその男に見覚えがあった。

「あれ? 中華料理屋の店員?」

「……また、つけてたのね。一体何の用かしら?」

彼女らは名前は知らないが、男は猫飯店のムースである。

ほむらはムースをにらみつけるが、ムースは臆することなくつかつかと歩み寄ってくる。

「分かってるだか? おめえらみてえな小娘どもがやって良いことじゃねえだぞ」

ムースはいつになく真剣な声で言った。

「これは、私たちの問題なの。関係ない人は口を挟まないでちょうだい」

ほむらの制止を無視して、ムースはさやかと織莉子の方へ近づいていく。

「さあ、その娘っ子を解放するだ」

ムースがさやかに言った。

「え、でも……」

さやかは迷った。確かに今この女を捕らえているのは不当な気はするが、
解放したとたんに反撃されたり逃げられたりする恐れがある。

「美樹さやか、はやくそいつに止めをさしなさい。でなければ、私はあなたごと爆破するわよ」

ほむらはいつの間にか手榴弾を片手に脅しをかける。

板ばさみになったさやかはますますどうしていいか分からない。

(どうする、どうする、どうする?)

さやかが葛藤している間にも、ほむらは手榴弾のピンを抜く。

「なっ、お主、なんてことを!」

さすがにムースも焦る。

しかしほむらは、ためらうことなく織莉子とさやかの方へとそれを投げた。

(えっ!?)

さやかは一瞬、目を疑った。手榴弾はただの脅しではなかったのか。

279 : 16話5 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:36:34.67 BXUrfRVy0 120/394

一応仲間のはずの自分に対して、こうも平然と攻撃を加えてくるものなのか。

さすがに手榴弾を直撃してはさやかの回復能力でもあやうい、そんなことはほむらにも分かるはずだ。

唖然とするほかに、さやかには何もできなかった。

一方の織莉子は、すでに自分の死が避けられないことを知った。

普通なら小型手榴弾ぐらいは予知で避けられるだろう。しかし腕を掴まれて組み伏せられている状態ではどうしようもない。

だが、彼女は絶望しなかった。

青い髪の魔法少女も、いきなり現れたこの謎の男も、何も知らない。

だったら、教えてやれば良い。自分が死んでもその遺志を伝えれば、それで何かが変わるはずだ。

ほむらが手榴弾を投げた。

今から死ぬまでにしゃべれるのはホンの数秒だろう。

そこに出来るだけ核心に触れ、無知から事実を知るきっかけになる言葉を言わなければならない。

「覚えておくのよ、鹿目まどかは最悪の魔女となって世界を滅ぼす!」

織莉子が言うのとほぼ同時だろうか。

さやかは脇固めを解いて、逃げ出した。

普通の人間ならいまさら間に合わないが、さやかのスピードなら手榴弾から逃げ切れる。

だが、織莉子は間に合わない。予知能力はあっても織莉子自身は魔法少女としては決してすばやくない。

結果としてさやかは、織莉子を殺して自分が助かるその絶妙のタイミングで固めを解いてしまった。

「キュゥべえと、そこの女は信じちゃダメよ!」

今にも爆発しそうな手榴弾を目前にしながら、織莉子は毅然としてほむらを指差した。

そして、その言葉にほむらやムースやさやかが反応する暇も無く、手榴弾は轟音をあげて破裂した。

あとにはただ、無残な肉塊が残る。

「え…あ…ああ……」

さやかは言葉を失っていた。

織莉子の言った言葉の内容など今は考えられない。そんな余裕は無い。

目の前で人が殺された、その片棒を担いだのは自分自身だ。

その事実が、そして無残な死体が、さやかの思考を完全に奪っていた。

「お主……なんてことを……」

ムースもそれ以上言葉が出ない。

「終わったわ。行くわよ」

ほむらはさやかにそれだけ言うと、その場を後にした。

280 : 16話6 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:38:02.96 BXUrfRVy0 121/394

**************

数時間後、呉キリカが目にしたのは赤い破片と化した親友の姿だった。

「……そ、そんな、あんまりだよ! あんまりだ!」

キリカは幼児のように泣きじゃくる。

「誰だ? 一体誰なんだ! 私は許さない」

そんなキリカの背後に、いつのまにか一匹の白い猫のような生き物が座っていた。

「やれやれ、久々に織莉子に会いに来てみたらひどい有様だね」

ひどいと言いながらも、その小動物の言葉には落胆も悲しみも感じられない。

「キュゥべえ、キミは知っているのかい? 誰がやったのか」

「知っているけど教えられないよ。もともとキミたちが魔法少女狩りなんてことをしていたからこうなったんだろう?」

キュゥべえと呼ばれた小動物は自業自得だと言いたげに、平然とキリカの感情を逆なでする。

「……いつからバレてたの?」

震える声をしぼってキリカはたずねた。

「ボクも色々情報を集めているからね、それでも確信に至ったのはつい昨日だ。だから今、織莉子に会いに来たのさ」

「それじゃあ、キュゥべえが他の魔法少女に織莉子を襲わせたわけじゃないのかい?」

「ああ、それは違うよ」

「だったら、誰が?」

いつの間にかキリカはキュゥべえに迫るように問い詰めていた。

「残念だけど、ボクは魔法少女同士の私闘には手を貸せないよ」

淡々と、キュゥべえは言う。まるでそれが規定であるかのような言い方だ。

「キミが魔法少女狩りをあちこちで教えて回ったからこうなったんじゃないか!
魔法少女同士の私闘には手を貸さないなら、それはおかしい!」

キリカは当り散らすように叫びながら、キュゥべえに鉤爪を突きつけた。

そんなことをしても無意味だとは知っている。

知っていても、体が暴力的な衝動を抑え切れなかった。

「やれやれ、仕方ないね……」

もったいぶってから、キュゥべえはゆっくりとしゃべり始めた。

「ひとつだけヒントをあげよう。織莉子を殺害したのは、見滝原から来た魔法少女だ」

キュゥべえのその言葉に、キリカは肩を振るわせた。

「ハ……ハハハ……」

涙を流したまま、かすれた声で、笑っているようなセリフをしゃべる。

キュゥべえにはキリカが泣いているのか笑っているのか分からなかった。

「答えを言ったも同然じゃないか!」

部屋には――特に織莉子の亡骸の近くには、銃痕がいたるところに見られる。

「魔法少女の中じゃ有名だ……見滝原の、銃をつかう魔法少女なんて!」

「ふうん、どうやら心当たりがあるみたいだね。でも、これ以上は言わないよ」

キュゥべえはキリカに背中を向けた。

「ああ、十分な情報さ」

キリカはもはやキュゥべえを追わなかった。

どうせ切り刻もうが焼き払おうが、キュゥべえに対しては意味が無いのだ。

それよりも、今はもっと大事なことがある。

281 : 16話7 ◆awWwWwwWGE... - 2012/01/04 23:38:38.08 BXUrfRVy0 122/394


(織莉子、ぜったいにカタキはとるよ……必ず倒してみせる、巴マミを!)

血まみれた肉塊の前で、キリカは拳を握りしめて誓った。

~第16話 完~

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