「ほむらちゃん大好き…」
「でも出会ってもう数カ月経つのに全然仲良くなれてない…」
「あんなに私の事を気にかけてくれるんだから嫌われてはないと思うんだけど…」
「…やっぱりほむらちゃんにこの思いを伝えてみよう。
悩みがあったらなんでも教えてって言ってたもんね」
元スレ
まどか「恋ひ慕ふ窓から夜明け見ゆる君思ひを頼りに文(ふみ)を送らば」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1355777953/
「…でも気持ち悪いって思われたらどうしよう。友達にすらなれなくなっちゃうよ」
「…このまま何もせずにいたら結局今の友達ですらない関係のまま。
ママも言ってた。いざって時は間違えてみるのも手だって」
「で、でも恥ずかしいし怖い…。絶対面と向かってなんて言えないよ…」
「あ、だったら…」
~☆
「おはようパパ」
「おはようまどか。今日はいつもより早く登校するんだろう?
朝食の支度はもうできてるからね」
「ありがとうパパ。今日はママを起こせなくてごめんね」
「良いよそんな事。ママを起こすのは僕が家事の合間にやってもいいことだけど、
それを渡すことはまどかにしかできないじゃないか。」
パパが私の手元の封筒を一瞥する。
そこには私の大好きな人への思いをしたためた大切な文が入っています。
簡単に言ってしまえば恋文、ラブレター。
そんな言葉で済んでしまうものだけれどそんな陳腐な言葉だけではどうしても済ませたくない。
我ながら子供じみた発想だと思います。
まあ実際子供なのだけれど。
「私、頑張ってくるよ」
「うん、僕もまどかの思いが相手に伝わることを家からだけど祈ってるよ」
パパ、言ってなかったけどその相手は女の子なんだよ…。
それでもパパは私の事を…やめようこんな不毛な事を考えるのは。
いつもと同じはずの朝食。
なのに緊張しているせいか味がよくわからない。
こんな調子で今日大丈夫なのかなぁ…。
~☆
通学路を足早に歩く。
前日にさやかちゃんと仁美ちゃんには今日は先に行くと伝えておきました。
どうして?と尋ねる二人に恋の用事があるからと言った時の二人の顔。
失敬な。私だって恋くらいするよ。…たとえそれが女の子相手だったとしても。
そんなことを考えながら歩いているともう学校に着いてしまいました。
覚悟を決めて下駄箱に歩みを進めるとそこには既にほむらちゃんが居ました。
…これは予想外です。
ほむらちゃんが来る前にラブレターを下駄箱に入れておこうと思っていたのに。
仕方ない。
後で下駄箱に入れておこう。
気を取り直して、
何故か自分の下駄箱の前で屈み俯いているほむらちゃんに、
意識して元気よく挨拶をします。
「ほ、ほむらちゃんおはよう!」
「おはよう鹿目まどか」
近づいてみるとほむらちゃんは足元の何らかの束らしきものを整理していました。
あれは…ラブレター!?
一つ一つの詳細を確認することは出来ませんが、
目につくのがハート柄だったりとにかく浮ついた雰囲気のする封筒達です。
それはまさしく山と表現するしかない量で何十枚
…おそらく五十枚以上はあるはずです。
「ほむらちゃんって朝早いんだね」
「そうかもしれないわね」
こんなにラブレターを貰ってるなら今更私のラブレターなんて渡した所で…。
それにラブレターで告白する人だけじゃなくて直接告白する人もいるわけだし…。
それにしてもほむらちゃん大変そう。
心なしかちょっとうんざりしてるようにも見えます。
これ程たくさんの自分宛ての恋文らしき物を前にしているのだから、
この反応も当然の物と言えます。
ああ、やっぱり私のなんか…。
「せ、整理するの手伝おっか?」
「いえ。これは私がやらなくてはならない事だから。気持ちだけ有難く受け取っておくわ」
「そ、そっか…」
困ったことに会話が全然続かない。
ただこれは今に始まった事ではないし、
ワルプルギスの夜を、
マミさん、杏子ちゃん、ほむらちゃん達がやっつけてから、
こんなに長い時間お話ができたのは初めて。
だからこのささやかな時間が信じられないくらい幸せです。
いつもは私がほむらちゃんをじっと見つめているか、
私がちょっとしたことで困っていると、
ほむらちゃんが私をさりげなく助けてくれるかのどちらかなので、
ほむらちゃんとの間に会話はほとんどありません。
そしてまたその助け方が自然でカッコいいのです。
…私がそもそもこんな日常の事で悩んでいられるのは、
ほむらちゃん達が陰で魔女や使い魔達を倒してくれているおかげ。
ほむらちゃんがさやかちゃんと私の契約を必死で止めてくれたおかげ。
…こんなに彼女の事が好きなのに、
どうして私自身はこんなどうしようもない役立たずなんだろう。
これじゃ胸を張ってほむらちゃんの隣を歩けないよ。
なら私も魔法少女に…やっぱり無理だよ、怖いよ…。
「ほむらちゃんは凄いね…」
思わず口から本音がぽろっとこぼれてしまう。
「どうして?」
整理の手を休めず、
顔をこちらに向けることもなくほむらちゃんは静かに尋ねました。
私が魔法少女の話をすると必ずほむらちゃんは怖い顔をして不機嫌になります。
せっかく話は続かなくても穏やかな雰囲気なのだからこれを壊したくない。
「だって毎日こんなにラブレター貰っちゃってさ…」
「そうでもないわ。本気の告白目的の便箋なんて、
毎月数枚本当に多かった時で二桁ちょっとくらいだもの。」
毎月数枚だけでも凄すぎるよ。
でもということは他の人はみんなお遊び?
私はこんなに真剣なのに。
なんだか無性に腹が立ちます。
「そうなんだ」
「ええ、ほらほとんどが女の子からのものよ」
そう言ってほむらちゃんは足元の封筒をいくつか拾いあげ、
手に持ちこちらに向かってひらひらと振ります。
なるほど確かに封筒の文字、封筒のセンス、名前、どれを見ても女子の物だとわかります。
「そ、そっか…」
知らなかった…。
この学校ってそんなに女の子同士の恋愛が流行ってたんだ…。
それか男子達の告白は駄目元で、
する前からどこか諦めてる告白なのかもしれない。
文面がつい自分は本気じゃありませんよと言わんばかりに、
どこかおちゃらけた内容になってしまうのかも。
ほむらちゃんはすっごく美人で高嶺の花だから。
それに比べて同性への告白は、
ちょっとやそっとの覚悟じゃできないはずだし本気度が違ったとしてもおかしくない。
「よ、ようやく終わったわ…」
「お、お疲れ様」
ほむらちゃんが整理を終えたみたいです。
まだ朝なのに見るからに疲れた…って顔してます。
…ほむらちゃんは女の子からのラブレターについてどう思ってるんだろう。
「そんなラブレタをー貰ってほむらちゃんはどう思ってるの?」
ちょっと尋ね方が遠まわしだけど仕方ない。
私にはこれ以上なんてとても無理だよ。
「自分でもよくわからないわ。
だってこんなのどう考えても普通じゃないでしょ?私も困惑してるの」
そうだよね…。
やっぱり女の子からのラブレターなんて普通じゃないよね…。
…ううん、
これじゃまだこれが女の子からのラブレターに対しての感想かどうかなんてわからない。
大丈夫、まだ慌てる時間じゃない。
「まあ確かに尋常じゃない量だよね」
「そうね。…ただもし特別何か思ってるとしたらどうして下駄箱に入れるのかって事かしら」
「え?」
「だって私の知らない間に下駄箱が誰かに開けられている訳でしょ?
プライバシーの観点から言ってもあまり気持ちのいい話ではないし、
仮にも乙女の靴がそこにはあるのよ?
もし手紙を入れる際に私の靴から何か匂いが…考えるだけでも嫌な話ね」
ほむらちゃんでも自分の靴の匂いとか気にするんだ。
何だか不思議な気持ちです。
「ほむらちゃんの靴は臭くなんかないよ。」
もちろん直に嗅いだことなんてないけど、
前にぎゅってされた経験から勝手にそうだと思ってます。
そうであって欲しい。できれば爽やかな花の香りがして欲しい。
「そうかもしれないわね。
まあ私も自分のを嗅いだ事はないけど、
自分の匂いって自分ではわからないって言うし結局気分の問題よ。
私にとっては下駄箱にラブレターを入れるという行為が大幅なマイナスポイントというだけ」
「そ、そうなんだ!聞いといてよかった…」
思わず拳に力が入る。
危ない危ない。
このまま下駄箱に投函してたらその時点で評価がだだ下がりだったんだね。
ほむらちゃんより遅く登校してきたのは結果的にみれば凄いラッキーだったよ。
でもそれならいつ渡せばいいんだろう?
そんなことをうんうん唸りながら考えていると、
いつの間にかほむらちゃんは教室に向かい歩き始めていました。
この状況からナチュラルに置いて行くなんてひどいよほむらちゃん!
「ま、待ってほむらちゃん!置いていかないで!」
ほむらちゃんは私の声を聞くとその場で足を止めて振り返り、
こちらまで歩いて迎えに来てくれました。
ほら、やっぱり私ほむらちゃんに嫌われてない。
それだけのことなのに幸せな気分になる。
だったら今日もし振られて拒絶されちゃったらどんなに落ち込んでしまうのだろう?
頭を強く何度も横に振り嫌な考えを振り払う。
今私が見ているのは目の前のほむらちゃんだけで良い。
ほむらちゃんとの距離がどんどん近づいていく。
~☆
教室に着くとほむらちゃんは何も言わずさっさと自分の席についてしまいました。
二人で歩いてたのに廊下では全然話せなかった。
残念。
流れで私もそのまま自分の席につくと、
手の内に何かを握り込んでいる事に気付く。
いったいなんだろう?
そう思い手を開くとそこにはくしゃくしゃになった封筒がありました。
ああ、どうやらさっきほむらちゃんが、
下駄箱にラブレターを入れる人とは相性が悪い、
みたいな事を言ってた時に思わず握りつぶしちゃったみたい。
そう言えば校門の辺りで鞄から出して手に持ってたんだっけ。
まったく何やってるんだろう私。
思わず口から抑えきれないため息がこぼれてしまう。
お昼休みの時間になりました。
ほむらちゃんはお昼休みが始まった途端どこかに行ってしまいました。
私はというとほむらちゃんの机の前で、
ラブレターを今机やカバンの中に入れるべきか悩み右往左往しています。
今そんな事をしたら絶対クラスの誰かに見られてしまいます。
友達同士のちょっとしたやり取りと思ってくれれば良いけど、
どうやらこの学校にはほむらちゃん狙いの女の子が多いみたいだから、
そうは見てくれない可能性が高い…。
私が今持っているラブレターはいわゆる二代目。
あの時はまだ朝早い頃だったので、
正直期待してなかったのですが、
職員室へラブレター用の便箋と封筒を求めて担任、
早乙女先生を訪ねました。
すると私が元々使っていた物より可愛い淡いピンクを基調とした便箋と封筒、
それに合った色ペンまで貸してくれました。
なんというかさすがです。
先生の
「頑張って!ファイト!」
とキラキラした瞳で親指を立てる姿には、
私が何だか重大な裏切りを犯している気すらしてしまいました。
…とにかく私は授業中に便箋の内容を写し終え、
今ほむらちゃんが席を空けているのを絶好のチャンスとばかりに、
どうやって机などに忍ばせるかを画策しています。
これを逃すと隠れて渡すのが至極困難になってしまう。
下駄箱は使えないし…いっそ文自体は直接渡してしまおうか…。
でもやっぱり怖い…。
「まーどか君!」
振り向くとそこにはニヤケ顔したさやかちゃんと、
ちょっと引いたところに申し訳なさそうな仁美ちゃん。
そしてこの手には早乙女先生直々のもう見るからにアレな封筒。
…ああ、万事休すとはまさにこの事です。
~☆
人気のない廊下の端。
私はそこで二人からちょっとした尋問のようなものを受けています。
「それでまどかはそれを誰に渡すつもりなのさ」
先程とは打って変わって真面目な面持ちのさやかちゃん。
人の悩み、特に恋の悩みには殊更真剣な優しい彼女。
まあお節介が過ぎるのが玉に瑕ですが。
「ほむらちゃんだよ」
ここまで来たら意を決して正直に答えます。
二人共私の発言に最初は狼狽したようですが、
すぐに落ち着きを取り戻し、
私の気持ちを今一度確認した上で言いました。
「親友の初恋とあっちゃね。素直に応援させて貰うよ。」
「私もさやかさんと同意見ですわ。全力でサポートに当たらせて頂きます。
…ああ、まどかさんとあの学内でも名高い美少女暁美さんとの禁断の愛。
いけませんわー。それは険しく辛い荊の道ですのよー。」
さやかちゃんはともかく仁美ちゃんの後半の小声の叫びは何だったんだろう。
うん、あまり深く考えないようにしておこう。
「でもあいつと仲良くなるのにラブレター…というより手紙は良い考えだと思うよ」
「どうして?」
「ほら、私前アイツに冗談でラブレター送ったことあったじゃん?」
そう言えばそんなこともありました。
あれは確かワルプルギスの夜がもたらした騒ぎが終結してちょっと経ったくらいの頃。
その後さやかちゃんが何も言わなかったから、
その光景を直に目撃した訳ではありませんが、
私はてっきりいつもの様にほむらちゃんに眉をひそめられて、
それで終わったのかと思っていました。
「そしたらあいつ私に、
こんなバカなことしてないで真面目に恋愛しなさいって手紙で説教してきてさ。
普通だったら余計な御世話だって一蹴するんだけど、
あいつ私が恭介好きなことや仁美の恭介への思いにも気づいてたみたいでね…」
ええっ!?仁美ちゃんって上条君の事が好きなの!?
「…それで急にさやかさんが上条君に積極的になりましたのね」
「そう言う事。
それで気になって何度か手紙でやり取りして恋愛相談受けて貰ってたら、
めでたく恭介と付き合うことになったのよ。
いやーにしてもまさか恭介へのラブレター書かされるとは思ってなかったわ」
「…治りかけの傷のかさぶた引っぺがして粗塩直塗りされてる気分ですわ…」
「…ごめん」
さやかちゃんと仁美ちゃんの間にそんな辛い事が…。
私二人の親友なはずなのに二人が苦しんでたこと何も知らなかったよ…。
「まああいつにアフターケアまできちんとしてもらったから、
仁美とこうしてまた親友で居られてる訳。
だからまどかはそんな顔しなくていいからね」
「さやかさん、あなたは絶対暁美さんへの恩を忘れてはいけませんわよ」
「はい、もちろん肝に銘じております」
やっぱりほむらちゃんは優しい子だ。私まで優しい気持ちになってきます。
「あいつって学校だと冷たくて近寄りがたい感じだけどさ、
なんか手紙だと大人しくて丁寧で可愛い感じなんだよね。
例えば象のデフォルメイラスト描いて『いけないんだゾウ』とかね。
正直私はいまだにゴーストライターの存在を疑ってるよ」
「いけないんだゾウって現実におっしゃってる暁美さん、一度でいいから見てみたいですわ」
「まあそんな事とかを私が色々な友達に言いふらしまくった結果、
アイツの下駄箱毎朝恋愛相談やら友達になりたい子とかの手紙で溢れ返ってるらしいよ。
あいつ携帯持ってないらしいからその分余計にね」
こんなところに予想外の黒幕が居ました。
となるとやっぱりほとんどがお友達になりたい女の子の手紙で、
一部が男の子の本命ラブレターと考えるのが妥当でしょう。
ハァ…私の本命ラブレターがますます渡し辛くなっちゃったよ…。
~☆
放課後、二人には先に帰ってもらいました。
ほむらちゃんは自分の席で何やら手紙の束と格闘しています。
どうやら全部に一々返事を書いているみたいです。
偉いなぁ…。
でもこれじゃもうラブレターを直接手渡しするしか方法が…。
「暁美さんちょっと良いかな?」
あっ、ほむらちゃんが、
ちょっとカッコいい三年生の先輩らしき人に呼び出されて廊下に行っちゃった。
話の内容が気になるけど丁度周りに誰も居ないし、
今の内に封筒をほむらちゃんの机の上の目につく所に置いて今日は帰ろう。
~☆
次の日、ほむらちゃんからは朝から昼休みまで何も反応はありませんでした。
朝からずっとそわそわする私と仁美ちゃん。
見かねたさやかちゃんがほむらちゃんに返事を尋ねに行きました。
本来自分でやるべき事なのに情けない話です。
そしてその結果さやかちゃんが持ち帰って来た話は驚くべきものでした。
「まどか、あんた自分の名前書き忘れてたらしいよ。
とりあえずの返事の手紙はここに貰ってきた。
さらに何か返したいようなら美樹さやかを通じて渡して頂戴、だってさ」
思い返してみれば私は自分の名前を封筒に書いていました。
そして私が昨日内容を書き写したのは便箋だけ。
はあ、私って本当に大馬鹿。
肺から全ての空気が出て行ってしまうような深い溜息を吐き出して、
私は気が進まないながらも、
おそらく職員室に居るであろう早乙女先生の元へとぼとぼ、
再び新しいラブレターセット一式を貰いに行くのでした。
~☆
結果として言えばさやかちゃんがお勧めした様にまずは文通からスタートしました。
まさかラブレターからこんな自然に手紙をやり取りするようになるとは思いませんでした。
本当に手紙のほむらちゃんは別人のよう。
ちょっとこっちを窺ってる感じがして可愛い。
手紙だと私の事を名前だけで呼んでくれるし
私の一通の手紙にちょっと物理的に重すぎるくらい手紙を返してくれます。
そしてそれにつられて私もついついたくさん返してしまう。
こんな日常も悪くない。
学校では余り話せないけど間違いなくほむらちゃんとの心の距離は縮まっている。
それが舞い上がってしまうくらい嬉しくて、
私はほむらちゃんがどれだけ無理をしていたのかに気づいてあげられませんでした。
ある日からほむらちゃんが突然学校を数日お休みしました。
皆からの手紙と私からの手紙、
両方の返信に追われたほむらちゃんは体を酷使してついに体調を崩してしまったのです。
私は心の底から恥ずかしくなりました。
私があのどっちつかずの曖昧なお返事の手紙を貰ってから、
もっときちんとほむらちゃんに告白の返事を聞こうとしなかったから、
優しいほむらちゃんに甘えてしまったから、
ほむらちゃんに要らぬ迷惑をかけてしまった。
手紙に逃げるのはもうお終いにしなくちゃ。
私も彼女の隣に並び立てる堂々とした人間になるんだ。
いつまでも彼女の優しさに甘えてばかり居たら、
私も彼女も後々辛くなるだけ。
私は手紙の力を借りずに自らの口でほむらちゃんに告白すると決めました。
~☆
清々しい朝。
教室に入ると真っ先にほむらちゃんと目が合いました。
病み上がりの様子は微塵も感じさせない。
いつものカッコいいほむらちゃんでした。
「ほむらちゃんおはよう」
「おはよう鹿目まどか。
…あの、私の下駄箱に貼った張り紙の事なのだけれどもちろんあなただけは…」
そこにはこう書かれていました。
『多忙故恋文の類又はその他の文書お断り』
「ほむらちゃん今日暇かな?放課後告白の返事をちゃんと聞きたいんだ。
ほむらちゃんの口から」
ああ、今までうやむやにして貰っていたのは私の方なのに、
なんて厚かましい言い方なんだろう。
「…わかったわ。今日の放課後私の家で」
こちらをしっかり見据えるほむらちゃんの表情からは、
どんな感情さえも読み取ることはできません。
それでも私は逃げるわけにはいかない。
もう私は十分すぎる程怖い事から逃げ続けてきた。
これで最後にするんだ。
~☆
「お邪魔します」
「どうぞお上がり下さい」
何もない殺風景な部屋。
それが私が初めて訪れたほむらちゃんの部屋に抱いた感想です。
そしてその印象は私が部屋に入り時間がだいぶ経過しても依然として変わる事なく、
私の心の中になんだかとても冷たい隙間風を吹かせました。
「粗茶ですが」
「ど、どうも」
こうして二人並んで温かいお茶を飲んで座っていると、
時間の流れが突如緩やかになったかのように錯覚してしまいます。
それとも緩やかになったと感じることそのものがただの私の願望に過ぎないのかな?
一息ついて落ち着いたところで話を切り出します。
「ほむらちゃん」
「なにかしら」
「あなたの事が好きです。付き合って下さい」
味気ないと自分でも思うけど別に構わない。
私達はもう十分手紙の中で語り合ってきた。
今更他に何も言う必要はない…と思いたい。
「正直に言わせて貰うわ。あなたに対して恋愛感情があるかはわからない」
ああ、やっぱり恋人にはなれなかったみたい。
でもそれは別に良い。もう覚悟はできていた。
本当に怖いのは、辛いのは友人としても拒絶される事。
全てを否定される事。彼女に気持ち悪がられる事。
「でももし私が誰かを好きになるとしたらそれはあなた以外にはあり得ない。
それは間違えようのない事実」
ほむらちゃんはただそう言って口をつぐみました。
しばし重い沈黙が場を包みます。
…余りの期待感に心が跳ね過ぎて、
胸から飛び出してしまうかもしれない。
これは友達で居られるという事なのかも。
それも親友という形で。
駄目駄目、落ち着け私。
今まで思いこみでどれほど失敗してきたかをもう忘れたのか。
ただじっと次の言葉を待ちます。
ついにほむらちゃんが口を再度開きました。
「今までちゃんとした返事をするのが遅れてごめんなさい。
まずは友達からの交際でよろしくお願いします」
「よろしく…。よろしく…!お、お願い…します!」
それを聞くと私の緊張の糸がぷつりと切れてしまいました。
良かった気持ち悪がられてなかった。
嫌われてなかった。
それがわかっただけで涙が止まらない。
ほむらちゃんは黙って私の肩を抱き寄せると、
私の背中を一定のリズムで優しく優しく叩き始めました。
やはり時間という物はいつだって同じ間隔で流れているみたいです。
そのリズムは夢でも幻でもない私とほむらちゃんとの時間を正確に刻んでいました。
~☆
私の涙が完全に止まってしまうまでには長い時間がかかりました。
けれどもそれは紛れもなくかけがえのない時間という宝物でした。
私がほむらちゃんの隣で、
彼女の肩に軽く頭をもたれかからせながら座っているのはその名残です。
「みっともない所見せちゃったね…」
「そんな事はないわ。
私だって昔はひどい泣き虫だった。
ごく最近までそうだったのよ」
「へへっ」
もっと知りたいな。
ほむらちゃんの事。
「じゃあほむらちゃんはどうやって変われたの?参考にするから教えてよ」
「あなたと出会えたからよ」
「え?」
思わず顔をあげると頬に柔らかな感触。
至近距離から離れて行くほむらちゃんの顔。
何が起きたのかにようやく気付き恥ずかしさを紛らわそうと、
又ほむらちゃんの肩に顔をうずめる。今度は思いっきり。
しばらくそうして心の中を整理してからおそるおそるほむらちゃんに尋ねてみる。
「どうして頬にキスなんてしたの?」
「今のは友達のキスよ。」
なんだ友達のキスだったんだね。
だったら…。
「まどか」
駄目だ。
今顔をあげてはいけない。
おそらく今顔をあげたらもう片方の頬にもキスされるのでしょう。
そう何度も玩具にばかりされてはかなわない。
いや、でもあらかじめ頬にされる事がわかっていれば…。
「まどか」
ほむらちゃんが少し焦れた様に私の名前を呼んでいます。
そしてふと気づく。
名前だけでほむらちゃんが呼んでくれていた事に。
嬉しくて何も考えずに顔をあげる。
すると唇に柔らかい感触。視界のほとんどをほむらちゃんの顔が占めています。
何秒か後にほむらちゃんの顔が少し遠くへ離れていきました。
もう驚きや恥ずかしさを通り越して感じるのはただただ困惑だけ。
「…ほむらちゃん今のはなに?」
するとほむらちゃんは珍しく恥ずかしそうに頬を赤く染めて言います。
「今のは恋人のキスよ」
「…どうしてさっきのは友達としてだったの?」
「さっきあなたにキスをしてみて初めて自分の本当の気持ちに気付いたの」
…もしかして私は今日一日ほむらちゃんにもて遊ばれていたのかな?
自然と怒りがこみ上げそのまますぐに立ち消える。
いま重要なのはほむらちゃんが私と同じ気持ちを共有しているという事だけ。
詳しい話なんて後で幾らでも聞けます。
ほむらちゃんの気持ちさえわかっていれば今はそれで十分です。
「恋人のキス…だったらまだ全然足りないかな」
「そう、なら繰り返すわ。何度でも」
ほむらちゃんの顔が再びこちらに近づいてくる。
今度は私の方からも迎えに行く。
二人の唇が今しっかりと重なり合う。
離れまた重なり合う。
私達の時間は、
今まで長い事流れをせき止めていたダムをなくしたかのように、
時間の許す限り止まることも忘れただただ加速を続けた。
おわり