戦士♂「そうだ。お前は『ひのきのぼう』だ」
商人♂「ガハハ、そりゃいい例えですな!」
僧侶♂「どういうこと?」
戦士「口に出さねば分からないか。はっきり言って、お前にはこの旅は荷が重過ぎる」
戦士「今まで大目に見てやったが、お前は勇者と違い、能力的には平凡な小僧だ」
戦士「貧弱で力はない、頭の回転は鈍い、攻撃呪文は弱い。ヒノキの棒のように役に立たんということだ」
戦士「回復呪文、一部の補助呪文だけが取り得だったが、それももう用済みになった」
僧侶「用済み?」
賢者♂「私がこのパーティーに入ることになりました」
僧侶「えっ? あなたは?」
賢者「はじめまして、賢者です」
賢者「私は強力な攻撃呪文・補助呪文に加え、あなたの使用できる呪文もすべて習得しています」
賢者「私があなたに代わって勇者様を支え、打倒魔王を為す一助となります」
戦士「そういうことだ」
僧侶「……そっかぁ……」
元スレ
僧侶「ひのきのぼう……?」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1353934530/
僧侶「ひのきのぼう……?」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1353950321/
商人「分かったら、とっとと自分の家に帰れ!」
僧侶「えっ? いまから?」
戦士「もうお前はパーティーの一員ではない。これを以て赤の他人も同然ということだ」
僧侶「あの……勇者は? いまお風呂に入ってるけど……」
戦士「勇者もとっくにこの件は了承済みだ」
賢者「ええ、私もその場に居合わせていました。多少の抵抗はあったようですが――」
賢者「魔王討伐を実現するに当たって、旅の効率性をご説明したら、最終的に納得されました」
僧侶「……そうなんだ。じゃあ仕方ないかなぁ」
戦士「さあ、勇者が戻ってくる前に行け。会えば勇者の心に迷いが生じるかもしれん」
僧侶「あの、やっぱりいまから?」
商人「一人分の宿代も、お前からこの賢者殿に差し替えているのだ。居残ってもらっては困るぞ!」
賢者「出会ったばかりでいきなりお別れとは残念ですが、どうか道中ご無事で」
戦士「さぁ、早く行け! 日が沈まないうちに出たほうがいいぞ」
僧侶「うん、分かったよ。支度する」
商人「ちょっと待て!」
僧侶「? なに、商人さん」
商人「旅の装備とゴールド、それに道具は全て置いていってもらうぞ!」
僧侶「えっ? 全部?」
商人「当たり前だ! 旅の物資は全てワシが管理しておるのを忘れたか!」
商人「どさくさ紛れに貴重なアイテムを持っていかれては、たまったもんじゃないぞ!」
商人「いいか、我々は物見遊山ではない、魔王を倒しにいくのだ! 1Gもムダにはできんのだ!」
僧侶「そっかぁ……」
戦士「とはいえ商人、これはまだ未熟な子供。無一文での一人旅は危険だと思うが」
商人「おお、そうですな! おい、ひのきのぼう! これだけくれてやる!」
僧侶は 5Gを てにいれた ▼
僧侶「えっ? これだけ……」
商人「ひのきのぼうと同じ価値なら、それと同じ額なの当然であろう!」
戦士「商人、それはやり過ぎでは」
商人「いいえ戦士殿、この町はご存知の通り物価が高い。事実、我々の予算も余りに余裕はないのです」
商人「先々のことを考えれば、いかなる支出も必要最小限にとどめるべき! 全ては魔王を倒すために!」
賢者「……僧侶さん。あなたはバギ系呪文も使えるはず。それで弱った魔物を倒すこともできましょう」
賢者「道中戦いに傷ついたとして、宿に泊まりつつ確実な勝利を重ねていけば、金銭に困ることないはずです」
僧侶「……でも……」
商人「まだ何か不満があるのか!? それ以上何か言うなら、その5ゴールドも取り上げ……戦士殿?」
戦士「僧侶よ。お前は子供とはいえ、仮にも勇者のパーティーの一員だった」
戦士「その誇りと、勇者から分け与えられた勇気の一端があれば、何も恐れる必要はない」
戦士「分かったな」
僧侶「うん」
僧侶「分かった」二コ
僧侶「戦士さんたちも、お気をつけて。勇者に、よろしく言っておいてください」
戦士「うむ。早く行け」
僧侶「えと……アイテムと……装備品はここに置いておきます」
商人「おいそんな汚いところに置くな! 少しは考えろ!」
僧侶「あ、ごめんなさい。えっと、こっちに置いときます」
僧侶「それじゃあ――さようなら」
戦士「――行ったか?」
賢者「はい、確かに町を出たようです」
商人「ふうう、ようやっと厄介払いができましたな!」
戦士「あまり悪く言ってやるな。俺はああは言ったが、あの僧侶はあれで多少は旅に貢献していた」
賢者「しかし、勇者様と同い年というのは本当なのですか? 私と二つと違いませんよ」
商人「がはは、もともと勇者様のコネで入ったような能無しですからな!」
商人「賢者殿のように、若くして賢者の号を勝ち取った本物の導師とは、格が違いますわ!」
賢者「本物かどうかは判りかねますが、流石にあの少年より優っているという自信はあります」
賢者「私が勇者様の剣となり盾となり、魔王打倒に向けて全霊を注ぎましょう」
戦士「うむ、賢者よ、ともに世界を平和にもたらそう。これからはよろしく頼むぞ」
賢者「お任せください」
商人「そうと決まれば、お近づきに酒瓶でも開けませんか! 今晩は一段と冷えるようですぞ!」
勇者♀「あっ、みんな集まって何してるの?」
戦/賢/商「!!」
商人「ゆ、勇者様!」
勇者♀「あれ? 僧侶も一緒じゃないの? どこいったの?」
戦士「……それについては勇者。その前に話すことがある」
勇者「なに?」
戦士「予め話はしておいただろう? こちらの賢者が、正式にパーティーに加入することになった」
賢者「はい。すでに挨拶は済んでいますが、改めてよろしくお願いします」
勇者「わあ、そうなんだ! こちらからもよろしくお願いします!」
勇者「にぎやかになるなあ。ボクと僧侶と賢者さんとで、もう回復役には困らないね!」
商人「僧侶はもういませんぞ」
勇者「……。……えっ? いないって?」
戦士「僧侶は……自身より遥かに有能な賢者が入ってきたことで……」
戦士「……自分の力量の限界を悟り、進んでパーティーからの脱退を願い出た」
勇者「えっ?」
勇者「ど、どういうこと? ねえ、ボクそんな話聞いてないよ!?」
商人「い、いやあ、我々も急な話で驚きましてな」
勇者「ちょっと待ってよ、僧侶はどこ? 直接話をして――」
賢者「僧侶殿は、すでに町を去られました」
勇者「えっ!? ひ、一人で?」
勇者「このへんの魔物が手強いの知ってるでしょ!? まだ今日の疲れも取ってないのに!!」
戦士「落ち着け勇者。僧侶には」
戦士「僧侶には、貴重なキメラのつばさを持たせた。故郷までひとっ飛びだ。危険はない」
勇者「そ、そうなの? 商人さん」
商人「もももちろんですとも。ある程度の金銭も持たせましたし、帰っても当分は生活も安泰かと」
勇者「そ、そうなんだ……。でも、ボクに何の相談もなしに……」
戦士「……このところかなり思いつめていたようだぞ。勇者に迷惑をかけたくはない、と」
勇者「ボク、僧侶を迷惑に思ったことなんて、一度もないよ!」
戦士「勇者はそう思っていたとしても、事実、回復や一部の補助以外は、足手まといだった」
勇者「……本気で言ってるの? 僧侶はね、ボクなんかよりずっと賢くて」
勇者「町の人の会話なんかも、ダンジョンの地形なんかも、全部憶えられるんだよ?」
戦士「何?」
戦士「では、今まで勇者の得ていた情報が常に正確だったのは」
勇者「……僧侶に教えてもらってたんだ。恥ずかしいから、こっそり聞いていたけど」
勇者「それに、戦いでは一番みんなの体調を気にしてて……自分のケガなんかほったらかしで……」
勇者「だからボクたちが教会のお世話になったことなんて、ほんの数えるほどしかなかったでしょ?」
戦士「……すまない。それは気付かなかった」
勇者「足手まといだなんてとんでもないよ。僧侶がいないと、とてもここまで来れなかった……」
賢者「大変恐縮ながら勇者様。よろしいですか?」
勇者「……なに?」
賢者「彼は自分の意思でこの場を離れました。それほどの貢献を経た上で、自分で決断を下したのです」
賢者「であれば、我々はその意思を尊重するのが、彼の本意ではないでしょうか」
勇者「でも……」
賢者「不肖この賢者、記憶力も状況判断力も、人並みよりは優れていると自負しております」
賢者「彼の穴埋め以上のはたらきは必ず果たし、勇者様への尽力は惜しまぬと誓うゆえ」
賢者「どうか此度の顛末には、ご理解ご寛容を」
勇者「……」
勇者「……」
賢者「勇者様、どちらへ?」
勇者「ルーラで僧侶に会いに行く。やっぱり一度きちんと話さないと」
商人「そ、それはっ……」
戦士「それはならん、勇者よ」
戦士「なんのために僧侶がお前に会わずに去ったと思う」
戦士「教えてやる、互いに未練を引きずらないようするためだ」
戦士「すっぱり繋がりを絶てばしこりも残らん。そして恐らくその判断は正しい」
戦士「いま僧侶に会いに行くのは、その意志、克己を踏みにじることになりかねん」
戦士「だが……それでも構わず、我を押し通すというなら、行ってくるがいい」
商人「ちょっ」
戦士「だが勇者、私情に振り回されるようでは、俺は魔王を倒しうる器とは思わんぞ」
勇者「……」
賢者「勇者様」
勇者「寝室だよ。話は分かった。……今日はもう疲れちゃった。先に寝てるから……」
商人「ふうう、なんとか乗り切りましたな!」
戦士「……俺は人を騙すことに慣れていない。後味は最悪だ」
戦士「だがこの件だけはやむを得まい」
戦士「勇者は擁護していたが、やはり俺からしてみれば、僧侶は優秀な人材とは思えなかった」
戦士「より呪文に秀でた賢者が参入した今なら、尚更だ」
賢者「恐縮です」
戦士「なのに、勇者の僧侶への入れ込みようは度が過ぎていた」
戦士「魔王打倒に万全を期すためにも……この辺で決別してもらわねば」
賢者「ええ。私は彼のことはよく知りませんが、やはり5人での長旅というのは効率が悪いかと」
商人「とんでもない話です! 人数が一人増えるだけで、経済的にはえらい負担ですぞ!」
戦士「とにかく全ては、確実に魔王を倒すためだ。我々ももう僧侶のことは忘れよう」
戦士「明日は未踏の地への探索だ。各々、今日は早めに床につくがいいだろう――」
賢者「この周辺の地形に関してはお任せください。私にとっては庭のようなものです――」
商人「あ、あれ? お二人とももうお休みで? うむむ、せっかくの酒盛りが――」
――――――――――――――――――――
【外】
僧侶「……」ニコニコ
僧侶(ちょっと寒いなぁ。やっぱりあの装備って、防寒効果もすごかったんだなあ)
僧侶(そうだよ、装備がないから、魔物にばったり遭わないようにしないと)
僧侶(おっと)
僧侶(魔物だ)
僧侶(まだこっちに気付いていないな。遠回りしていこう――)
僧侶(おっと。魔物だ。ここは隠れてやり過ごそう――)
僧侶(おっと魔物だ。全力で逃げよう! ――)
僧侶「おっと」
僧侶「もう日が沈んじゃうな。そろそろ野宿する場所を確保しておかなくちゃ」
ポツ ポツ
僧侶「あっ」
僧侶「雨だ。雨が降ってきた。大変だっ」
僧侶(どこか雨宿りできる場所……あっ、この木のウロ、結構広そう)
僧侶(うん、中に何もいないみたいだし、何かがいた痕跡もないし、ちょうどいいや)
僧侶「よっしょ」
僧侶(いい感じ。もうすっかり暗くなってきたし、今日はここで寝よう……)
僧侶(……戦士さんたち、大丈夫かなぁ。寝てるとき風邪引かないかな)
僧侶(戦士さんは頑丈だから病気とは無縁だけど、商人さんは寝相が悪いからなぁ。ちょっと心配)
僧侶(賢者さんはどうだろ。きっと僕なんかよりずっと頭が良い人だから、心配するのは失礼かな)
僧侶(勇者は……いつも布団を多めに被ってるから大丈夫だよね……)
僧侶(勇者といっても、まだ年頃の女の子なんだし……体調には気を配らないと……。……)
ザー―――――― ……
僧侶「Zzz――」
――
僧侶(……)
僧侶(……寒い……ちょっと寒い……)
僧侶(……でも平気……寒くない……)
僧侶「!」
僧侶「あ。朝」
僧侶(そっか。そういえば僕ひとりだった)ゴシゴシ
僧侶(勇者たちから抜けて、家に帰るところだったんだ)
僧侶(魔王を倒しに行くのに比べたら、ずいぶん気楽な旅路だよね)
僧侶「ん……」
僧侶「雨はやんでるけど……地面がべちゃべちゃだ。こりゃ歩きづらいなあ」
僧侶「と。こんなこと言ってたら、また戦士さんに怒られちゃう」
僧侶「う~ん……よしっ。出発!」
僧侶(一つ前の村までの道順はこっち……うん、こっちが最短距離)
僧侶(目的地への方角がちゃんと分かるって幸せだね。自信を持って歩けるもの)
僧侶(道のりもやることも分からなかったら、僕にはきっと耐えられないだろうなぁ)
僧侶「……」
僧侶「ん……!」
魔物Aが あらわれた! ▼
僧侶(やっぱり出た! 右手の抜け道は……)
魔物Bが あらわれた! ▼
僧侶(うわわっ。こうなったらいったん引き返して……)
魔物のむれが あらわれた! ▼
僧侶「!」
僧侶(は、挟まれちゃった! 逃げ場がない!)
僧侶(戦わなきゃ。戦わなきゃ)
僧侶(ぼ、僕一人で……戦えるかな……)
――――――――――――――――――――
勇者「やあっ!」
勇者の こうげき! ▼
商人「このおおおっ!」
商人の こうげき! ▼
賢者「そのグループはまとめて倒せますね」
賢者は ベギラマを となえた! ▼
魔物のむれに ダメージを あたえた! ▼
戦士「こいつで最後だ!」
戦士の こうげき! かいしんのいちげき! ▼
魔物を たおした! ▼
魔物のむれを やっつけた! ▼
勇者「ふう……」
戦士「今の戦いはなかなか質が良かったな」
商人「多めにゴールドを回収!」
賢者「勇者様、足から血が」
勇者「えっ? ああ、こんなのかすり傷だよ」
賢者「私にはまだまだ魔力に余裕があります。回復させてください」
勇者「そ、そう? じゃあお願い、僧侶――じゃなかった賢者さん!」
賢者「……」
戦士「勇者。僧侶のことは忘れろとは言わんが、早いうちに意識を切り替えろ」
戦士「最終的に魔王との戦いは、このパーティーで挑むことになるのだからな」
勇者「わ、分かってるよ。今のは、ちょっと」
勇者「賢者さんが、いつもの僧侶と同じことを言ってきたから、つい……」
賢者「いつも?」
商人「そうです、僧侶の奴は、戦闘が終わるたびにイチイチ他人のケガを見て回るのです」
商人「いやーしつこいもんですぞ。別にいいと断る頃には、すでに回復呪文を唱えておりまして」
戦士「うむ、あれは考えなしだった。魔力の使い方としては、えらく非効率に思えたものだ」
賢者「まぁ、毎回そんなことをやれば効率は悪いでしょうね」
勇者「……みんな僧侶のこと何にも知らないくせに……」ボソ
商人「それにしても、やはり賢者殿は相当な戦力になりますな!」
賢者「お褒め預かり光栄です」
戦士「お前は先の町で、長らく呪文の研究をしていたのだろう?」
戦士「若いということもあって、正直あまり戦闘には期待していなかったが、」
戦士「予想に反して立ち回りは様になっていた。どこで覚えた?」
賢者「私は魔道の修練のため、大陸中を巡りました。元々旅には慣れ親しんでおります」
賢者「空白期間こそありましたが、思ったより勘が鈍っていなかったので幸いでした」
賢者「すぐに皆様に息を合わせられるよう、精進いたします」
商人「何をおっしゃる、賢者殿はもうすっかりパーティーの一員ですぞ!」
戦士「うむ。賢者がパーティーの良き参謀となれば、以前よりも旅は安泰になることだろう」
勇者「……そんなの絶対分かんないもん……」
賢者「あ。勇者様、足元っ」
勇者「うわ。っとっと」
賢者「大丈夫ですか?」
勇者「う、うん平気。ありがと。…………ちぇっ……」
戦士「――そろそろ日も傾いてきたが、次の町まではあとどのくらいなのだ?」
賢者「あと一山、越えなければなりませんが……勇者様、いかがいたしましょう」
勇者「それなら頑張って歩こう。まだみんな余力はあるみたいだし」
商人「賢者殿のおかげで、前よりずっと好ペースで進んでおりますからな!」
賢者「それは何よりです」
戦士「お前はパーティーに加入したばかりだ。くれぐれも無理はするなよ」
賢者「ええ、ありがとうございます」
勇者「……ねえ賢者さん」
賢者「はい?」
勇者「賢者さんは、どうしてこのパーティーについていこうと思ったの?」
賢者「それは無論、この世に悪をもたらす元凶、魔王を征伐するためです」
賢者「魔王はいにしえより、選ばれた勇者の剣でのみ討ち果たされると言われています」
戦士「……」
賢者「ゆえに勇者様が先の町に立ち寄ると伺ってからは、元より同行させて頂くつもりでした」
賢者「もちろん希望通りにパーティーに参入できるとは思えませんでしたが――」
賢者「幸運にもそちらの商人様の紹介あって、人員交代の機会に恵まれた次第です」
商人「いや何の、腕利きの賢者がフリーだと聞いては、声をかけずにはいられませんとも!」
勇者「ボクには急な話だったけどね」
戦士「仲間になるかもしれん、という話は予め伝えておいたはずだが」
勇者「僧侶が抜けるなんて聞いてないよ」
戦士「まだ言っているのか。過ぎたことを引きずるな。あれは……」
戦士「あれは僧侶の意志だったのだ。お前も納得しただろう」
勇者「……まだ全部飲み込めたわけじゃないよ。一日経ったばかりだし」
商人「まあまあ、徐々に今のパーティーに慣れていけばいいじゃあありませんか!」
勇者「……でも……」
賢者「勇者様」
賢者「私の能力では、何かご不満でしょうか? すぐに改善いたします、何でも仰ってください」
勇者「えっ? い、いや、そういうわけじゃないよ。賢者さんはすごく頼りになると思う」
勇者「ほら、もう日が沈んじゃうよ、先を急ごっ」
――――――――――――――――――――
僧侶は 魔物のむれをたおした!
経験値と 120Gを てにいれた! ▼
僧侶「ふう」
僧侶「なんとか勝てた……」
僧侶「……」
僧侶(こっちも命がかかってるから、甘いことは言ってられないけど)
僧侶(このモンスターたちも、子供がいたり、生きるのに必死だったかもしれない)
僧侶(供養だけでもしていこう。僕一人しかいないし、誰にも迷惑かからないよね)
僧侶(――)
僧侶「よし、先を急ごう」
僧侶(次の村に着いたら、装備だけでも整えようかな。やっぱり手ぶらじゃきついや)
僧侶(わ、よく見ると服もドロだらけだ。新しい服も買っておこう)
僧侶(そうだ、好きなものが自分のお金で買えるんだ。一人旅も悪くないかなあ)
――
僧侶は にげだした!
僧侶「はぁ……はぁ……」
僧侶(今度はうまく逃げられた。しかも村の方向だ、ラッキーだね)
僧侶(あ。この坂、見覚えあるぞ。ここを越えたら――)
僧侶(見えた! 村だ。まだ結構歩かなきゃならないけど)
ポツ ポツ
僧侶「!」
僧侶「また雨!」
僧侶(うーん、雨宿りするには中途半端な距離だなぁ)
僧侶(よし、もう日も沈んで暗くなってるし、今日は頑張ってあそこの村まで行こう)
パタパタパタパタ ……ザー―――――― ……
僧侶(うわあ、雨足早いぞ。急がなくちゃ!)
ザー――――――
僧侶(歩きづらいなぁ。視界も悪いし)
僧侶(でも負けないぞ。なんてったって僕は勇者のパーティーにいたんだ)
僧侶(雨の中でも勇気を出して、胸を張って歩こう)
僧侶「ん……!」
魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!
僧侶(村まであと少しだ。こうなったら……)
僧侶は マヌーサを となえた!
魔物のむれは まぼろしに つつまれた! ▼
僧侶「今のうち!」
僧侶は にげだした!
しかし 足がもつれて すっ転んでしまった! ▼
僧侶「ぶぼ! いてて……」
魔物のむれに まわりこまれてしまった! ▼
――
ザー――――――
【東の村】
僧侶「はぁ……はぁ……あれ?」
僧侶(必死で逃げてたら、いつの間にか村に着いてた……)
僧侶(良かった。なんとか無事に、一人で戻って来れたぞ)
僧侶(村の人は……やっぱりみんな家の中だ。こんな天気だもんね)
僧侶(ええっと、まずは宿屋? ううん、こんなに汚れたカッコじゃ、会う人に失礼だね)
僧侶(まずはお店に行って着替えを買ってこよう。ついでに装備も整えられるし、一石二鳥だ)
僧侶(もうすっかり遅くなったし、雨も降ってるけど……開いてるかな?)
僧侶(確かこのカドを曲がって……左に行って……もひとつカドを折れたここ!)
【東の村>武具屋】
僧侶(よかった開いてる!)
僧侶「こんばんわ~」 キィ…
武具屋「いらっしゃ……ん? お前どこのガキだ?」
僧侶「僕は通りすがりの旅人です。お金はあります、服を下さいな」
武具屋「おい馬鹿野郎、濡れたカッコで入ってくるんじゃねえ! 外で水きってこい!」
僧侶「ごめんなさい」
武具屋「旅人ねぇ、そうは見えねぇがなあ。ま、金があるってんなら一応客だが」
僧侶(所持金は125ゴールド……この村の宿屋は確か一人20ゴールドだから……)
僧侶(10ゴールドのぬののふくと……かわのぼうし80ゴールドまで買える!)
僧侶「これとこれを下さい」
武具屋「90ゴールドだ。偽金じゃねえだろうな」
僧侶(へへ。奮発してぼうしまで買っちゃった。一人で買い物って楽しいな。あ、そうだ)
僧侶「武器も見せてくださいな」
武具屋「ああ? あといくら持ってんだ?」
僧侶「35ゴールドです」
武具屋「はっ、やっぱ金持ってねえのか。その額じゃこれとこれしか売れねえな」
僧侶(ふむふむ、30ゴールドのこんぼうと……あ!)
僧侶「これ下さい!」
僧侶は ぬののふくを 装備した!
かわのぼうしを 装備した!
ひのきのぼうを 装備した! ▼
僧侶「これでよし。ありがとうございました」
キィ…
武具屋(へへ、いまどきあんな『ひのきのぼう』買うバカがいるとはな)
武具屋(一緒に並べて正解だぜ、タダ同然で仕入れて5ゴールドの儲け!)
武具屋(頭の回んねえ奴だ、まさに『ひのきのぼう』に相応しいガキだったぜ。へへ……)
――
僧侶(ひのきのぼう、買っちゃった。戦士さんが僕のことを『ひのきのぼう』って言ってたけど)
僧侶(僕にはぴったりだ。このひのきのぼうは、まさしく運命の相棒なんちゃって)
僧侶(残りは30ゴールド。この村の宿代は一人20ゴールド)
僧侶(残り10ゴールドで薬草も買えちゃうぞ。大事に使おう)
僧侶(えっと宿屋はこっちか)
僧侶(新しい服が濡れないように気をつけなくちゃ……)
【東の村>宿屋】
僧侶「こんばんは~」
主人「いらっしゃいませ……おお、あなた様は勇者様ご一行の!」
僧侶「わあ、覚えてくれて、ありがとうございます。そうです、僧侶です」
主人「あなた方であればいつでも歓迎します! どうぞどうぞ」
僧侶「あのうすみません、今日は僕一人なんです」
主人「……はて? どういった事情が?」
僧侶「僕は先日、勇者のパーティーから外れたんです。今は故郷に帰るところなんです」
主人「ははあ……なるほど、そういうわけですか……」
僧侶「こちらの宿代は、一人20ゴールドですよね。一泊、泊めさせてもらえませんか」
主人(……うーむ。勇者様がいないのでは、愛想振りまいてもしょうがないな……いま忙しいし……)
主人「あーその……実は80ゴールドなんですよ」
僧侶「えっ? この間パーティーで泊まった時は、全員で80ゴールドでしたよね?」
主人「ええーそれが、『一泊』、80ゴールドだったわけでして」
僧侶「えっ、そうだったんですか」
僧侶「僕、いま30ゴールドしか手持ちがないんですけれど……」
主人「あー……、……では、残念ながら……はい……」
僧侶「他に泊まれるところは知りませんか?」
主人「いえいえ、あったとしても、競合店を紹介するような真似はできませんよ」
僧侶「そうですか……では、お邪魔しました」
主人「はい、ご予算に都合がつきましたら、是非とも当宿屋に」
主人(……ふう、なんとか追っ払えたか。それじゃ仕事仕事――)
――
僧侶(そっかぁ。一泊で80ゴールドだったんだ。他のところと違うんだ)
僧侶(困ったなあ。80ゴールドだったら、ちょうどこの『かわのぼうし』と同じ代金か)
僧侶(きっと贅沢したから、バチが当たっちゃったんだろうなぁ。反省)
僧侶(じゃあ、今晩どうしよう。やっぱり野宿しかないかな)
僧侶(そうだ! キメラのつばさがあれば、家までひとっとびだ! 道具屋に行ってみよう)
僧侶(確か取り扱ってなかったはずけど、もしかしたら新しく入荷してるかもしれない)
僧侶(30ゴールドで譲ってはくれないだろうけど……一応、ダメ元で訪ねてみよう)
【東の村>道具屋】
――
道具屋「ねえよ、キメラのつばさなんて大層なもん。帰んな帰んな」
僧侶「そうですか……」
僧侶(この村には他に泊まる場所がなかったし……やっぱり今日も野宿か……)
ガチャ
下女「ちょっと道具屋さん、薬草ちょうだい!」
ドンッ 僧侶「わっ」
道具屋「おや村長ンとこの。こんな夜分にどうしたんだい?」
下女「それが、旦那様の具合が急変しちゃって! どうしたらいいか分かんないのよ!」
道具屋「そりゃまた大変だ」
下女「とにかく薬草を煎じて飲ませるぐらいしか思いつかないの! お金はあるわ! 早く!」
僧侶「……あのう」
下女「なによアンタ、邪魔よ!」
僧侶「えっと、僕いちおう僧侶ですけど、もしよければ診ましょうか? 村長さんを」
【東の村>村長の家】
――
村長「ゴホッ、ゴホッ……」
僧侶「……」
奥さん(まったく、何でこんな子供連れてきたの!)ボソボソ
下女(も、申し訳ありません、一応僧侶と名乗ってましたので……)ボソボソ
僧侶「……あの」
奥さん「な、なに? どうなの?」
僧侶「最近、こちらの村長が無理をされたことは?」
奥さん「そ、そうね。勇者様が来るってことで、風邪の中わざわざ無理を押して出迎えたわ」
僧侶「……! それは気付かず、申し訳ありませんでした」
僧侶「実は僕は、その勇者と一緒にいた者です。数日前に、こちらに挨拶に伺ったことがあります」
僧侶「そのとき病気だと気付いていれば……」
奥さん「そ、そうなの? あんたの顔なんて全然覚えてないけど」
下女「……! だ、だったら……」
下女「アンタには、旦那様を治す責任があるはずよっ!」
下女「アンタたちのせいで、旦那様の具合が余計に悪くなったんだから!」
僧侶「そうですね。ごめんなさい」
奥さん「ちょ、ちょっと、勇者様のお連れに向かって……」
下女(いえ奥様、この子が一人でこの村に戻ってくるなんて、不自然だと思いませんか?)ボソボソ
下女(きっと仲間から外されたに違いありません。今なら怖いものなしです)ボソボソ
下女(勇者様の名を盾に無理なお礼を要求される前に、逆に責任を全部押し付けちゃいましょう)ボソボソ
奥さん(なるほど。ヘタにした手に出るより、そっちの方がいいわね)ボソボソ
僧侶「あのう……?」
奥さん「オホン。いいこと、あんた達がウチの主人に無理させたから、こんなことになったのよ」
奥さん「ここは責任持って、きっちり主人を看病しなさい。いいわね!」
僧侶「は、はい。もとよりそのつもりですけど……そのう……」
奥さん「主人に何かあったらあんたの責任よ、いいわね! じゃあ、あたしは子供の世話があるから」
下女「あ、奥様、お手伝いします。ちょっとアンタ、ちゃんと旦那様を診ときなさいよ!」
僧侶「あ、あの……。……行っちゃった……」
村長「ゴホッ……ゴホッ……」
僧侶(この病気には、まんげつそうがあれば特効薬が作れるんだけど)
僧侶(ここには薬草しかないし、困ったな)
村長「ゴホッゴホッ」
僧侶「大丈夫ですか?」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(こんなの気休めにしかならないよ。やっぱり薬を飲ませないと)
僧侶(仕方ない、さっきの道具屋で買ってこよう)
僧侶(確かまんげつそうは30ゴールド。今の手持ちも30ゴールドぴったり)
僧侶(良かった。人助けすると、こんなところでラッキーが起こるんだね)
僧侶(ん、ラッキーってのはちょっとおかしいかな? まあいいや)
僧侶「村長さん、ちょっと待ってて下さいね。まんげつそうを買ってきます」
村長「ゴホッゴホッ」
僧侶「すぐに戻ってきます!」
――
僧侶「ただいま戻りました」
僧侶(店じまいの途中だったから、すごく怒られちゃった)
僧侶(でも閉まる前に間に合ってよかったな)
村長「……ゴホッ、ゴホッ」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(ええっと……炊事場、勝手に使っていいのかな)
僧侶(まずはお湯を沸かして……あ、沸かしてある。このやかんを使おう)
僧侶(えっと次に……包丁でまんげつそうを刻んで……)
村長「ゴホッ、ゴホッ」
僧侶「! 大丈夫ですか?」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(やらないよりいいよね。これからこまめに呪文もかけていこう――)
ザー――――――……
――
僧侶「村長さん、お薬ができました」
村長「……ふぅ……ふぅ……」
僧侶「ちょっと熱いですよ。ゆっくりでいいので、飲んでください」
村長「……」 コクン コクン
僧侶「はい。これで大丈夫です」
村長「ゴホッ、ゴボッ……」
僧侶「!」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(これは朝までついていた方がいいかなぁ)
村長「ハァ……ハァ……」
村長「……ゆ……勇者様……」
僧侶「!」
僧侶「気がつきましたか? 無理に喋らなくていいですよ」
村長「ゆ……勇者様……」
僧侶「僕は勇者じゃありませんよ。安静にしていてください」
村長「オーブを……オーブをお持ちくだされ……」
村長「……この村から……少し西へ向かったはずれに……ゴホッゴホッ」
僧侶「えっ? 何ですか? ちょっと詳しく」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
村長「ほ……ほこらが……。……私をほこらに……オーブを……」
村長「さすれば……魔の城へ続く道が……」
村長「……言い伝え……」
村長「ゴホッゴホッ……。……」
僧侶「村長! 村長。寝ちゃった」
僧侶(オーブかぁ。そんな大事そうなこと、どうしてこの間勇者に言わなかったんだろ)
僧侶(もしかして言うのをためらっちゃうほど、極秘の情報だったのかな……)
――
<朝>
村長「……」
僧侶「……」うつらうつら
下女「なにこれ! 道具が出しっぱなしじゃない!」
僧侶「ん……あ。おはようございます……」フアア
下女「ちょっとアンタ、勝手に私の仕事増やさないでよ!」
僧侶「えっ? あ……片付けるの忘れてた……ごめんなさい……」ムニャムニャ
下女「これなに? 薬?」
僧侶「えっ? はい。薬草がたくさんあったので、念のために作っておきました」
僧侶「村長さんにはもう特効薬を飲ませたので、あとはそれを一日三回ずつ飲ませて下さい」
下女「それで治るの? 大丈夫なのっ?」
僧侶「はい。もう大丈夫ですよ」
下女「そう、分かったわ。じゃあアンタ早く出て行きなさい」
僧侶「えっ?」
下女「えっ、じゃないでしょ。元々、アンタのせいで村長様がこんなになって」
下女「アンタがそれを治した、これで差し引きゼロよ。違う?」
僧侶「なるほど」
下女「ううん、ゼロどころか、雨の中一晩泊めてあげた分、こっちが優位なはずよ。そうでしょ?」
僧侶「なるほど、そうですね」
下女「でもその分はいいから、その代わり早く出て行ってちょうだい」
下女「勇者様ならいざ知らず、アンタみたいな見ず知らずの他人を連れて来ちゃったせいで」
下女「私は昨日寝る前、また奥様に怒られちゃったんだから! 分かった!?」
僧侶「はい、分かりました。ごめんなさい」
村長「……ううん……」
下女「!」
下女「は、早く出て行きなさい。旦那様が起きる前に」ヒソヒソ
僧侶「分かりました。一晩泊めていただき、ありがとうございました」
下女「そんなのいいから、早く!」
僧侶「あ。はい。では、また」
――
下女(ふう……行ったようね。何とか勢いを通して帰らせることができたわ)
下女(途中無理があるかと思ったけど、あまり頭が回らない子で助かったわね)
下女(あの子、『ひのきのぼう』なんて持ち歩いてた時点でおかしいと思ってたのよ)
下女(見た通り『ひのきのぼう』レベルの子で良かったわ。ふふ)
村長「ううん……」
下女「! 旦那様、お目覚めですか?」
村長「ううむ……下女か……」
下女「おお旦那様、お具合の方はいかがですか?」
村長「……身体が軽い……誰かが付きっきりで看病してくれたようじゃな……」
下女「えっ。……え、ええ、奥様がついてらしてましたよ」
村長「あいつが……? あいつに、まだそんな甲斐性があったのじゃな……」
下女「こちらが……こちらが私がご用意しました、新しいお薬です。ささ、どうぞ」
村長「おお、ありがとう……。私は幸せだ。これほどにまで村の者に親われて……」
下女(ふふ、これで奥様にも旦那様にも私の株が上がったわ。ひのきのぼうサマサマね!)
――
【外】
僧侶「ふああ」
僧侶(ちょっと眠いなぁ。結局昨日はあんまり眠れなかったし)
僧侶(ううん、文句言っちゃいけない。この前みたいに雨の中で一晩越すよりずっとよかったし)
僧侶「ん~……」ゴシゴシ
僧侶(それにしても、北の城までまだかかるなぁ)
僧侶(城下町から、ちょっと離れた林にある小屋)
僧侶(そこで勇者が帰ってくるのを、のんびり過ごして待つんだ。これが僕の最後の旅……)
僧侶「……ふああ」
僧侶(何だか眠いや……今日は天気もいいし。ちょっとそこの木陰でひと眠りしよう)
僧侶(誰にも迷惑かからないし、いいよね)
僧侶「よいしょ。……ふああ」
僧侶「本当にいい天気……」
僧侶「……Zzz……――」
――――――――――――――――――――
勇者「あっ。賢者さん、もしかしてあそこ」
賢者「ええ、【南の港町】ですね」
戦士「あそこまでもう一歩きだな」
商人「ふう……ふう……いやあ、なかなかしんどいですな……」
勇者「この辺になってだんだん暑くなってきたね。みんな大丈夫?」
戦士「この程度でへばっているようでは、とても魔王打倒など叶わん」
商人「も、申し訳ない、少し休憩をば。ワシは荷物が多いからして」
勇者「じゃあボクが少し持ってあげる! もう少しだから、頑張ろう!」
商人「は、はひ……」
賢者「ふう……」
勇者「賢者さんも大丈夫? ちょっと疲れてるでしょ?」
賢者「えっ? い、いえ、そんなことはありません」
勇者「……ふふ。僧侶はちっとも疲れを顔に出さなかったよ? じゃ、先を急ごっ」
賢者「は、はい……。……」
【南の港町】
勇者「着いた! う~ん潮の香り!」
商人「な、何とか日が暮れる前に到着しましたな……」
賢者「ふう……。ん、んコホン」
戦士「ここが南の港町か。初めて足を踏み入れる」
町民「おや、あなた方は? 旅人とは珍しい」
勇者「こんにちは、初めまして。ボクは勇者です」
町民「おお! ではあなた方が北の城から遣わされたという……」
戦士「うむ、打倒魔王を掲げる一団だ。王族の刻印付きの証書もあるぞ」
町民「それはそれは! ぜひ宿屋まで案内させてください!」
勇者「本当ですか? お願いします!」
商人「ちょっと待て! お前まさか、善意を装って悪質な宿を紹介する悪徳業者ではあるまいな」
町民「え? いえいえ滅相もない! そもそもこの町に宿屋は一つしかありませんし……」
賢者「本当ですよ、商人さん。しかしその姿勢、見知らぬ地では頼もしい限りですね」
戦士「うむ、勇者はこういうところが抜けているからな」 勇者「ちぇー」
【南の港町>宿屋】
戦士「ふう」 どさっ
勇者「わあ、窓から海が見える……きれい……」
賢者「最上級の一室ならではの景色です。ここからの眺めは、今も昔と変わりませんね」
商人「ううむ、露店が並んでますな。我が身に宿る商魂が昂ぶってきますわ」
戦士「だが、夕刻を過ぎて店じまいも多いようだ。道具の調達などは明日が良かろう」
勇者「港町かぁ。てことは、大陸中の色んな人が行き交ってるんだよね」
勇者「魔王城に行くための情報なんかも、紛れてないかな」
商人「! ま、魔王城ですか」
戦士「ふっ、浮かれて目的を見失ってはいなかったようだな。当然だが」
勇者「ボクはただ、この旅を早く終わらせたいだけだよ」
賢者「さすが勇者様です。この町は唯一、彼の地へと陸続きになっていますからね」
勇者「うん。それが少し気になってたんだけど……」
賢者「ですが、ここから直接乗り込むのは、地形の関係で無理ということが判明しています」
賢者「詳しくお話ししましょう」
賢者「まず、地図をご覧下さい」バサッ
―――――――――【北の城】―――――――――
―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――
【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】
―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―
―――――――――【南の港町】 <現在地
賢者「少し分かりづらいですが、魔王城の周りは険しい山々で囲まれており」
賢者「さらにその外側を海が囲んでいます。もっと分かりやすく言うと」
賢者「地図を見てわかるように、この大陸はドーナツ型です。穴の部分が海です」
賢者「その海のど真ん中に、魔王城の大陸がぷかぷか浮かんでいるイメージです」
勇者「うんうん、そこまでは誰でも知ってる。でも……」
賢者「そうです。魔大陸は、完全に孤立していたわけではなかった」
戦士「つい最近、発見されたルートがあるのだな」
賢者「ええ、このルートが細い陸続きになっていることが判明しました」
【魔王城】
□
□
□
【南の港町】
賢者「ですがこの経路はほとんど毒沼で満ちている上、仮に魔大陸に辿りついたとしても……」
勇者「しても?」
賢者「行き止まりなのです。前述したように、険しい山岳で塞がっていますから」
戦士「何とかして越えられないのか?」
賢者「ほぼ不可能でしょう。強敵ぞろいの魔物たちを突破した先には、想像を絶する急斜面――」
賢者「さらに今もなお、その周辺では毒が溢れ出ているときています。近付くことすら危険なのです」
賢者「一説には、魔王軍が大陸を侵略するために作り出した、橋渡し代わりの陸地だとか……」
勇者「そ、そんな……!」
戦士「……仮にそうだとして、奴らはなぜ南に橋渡しを? 大陸の拠点は北の城だろう」
商人「ううむ……恐ろしい話ですが……まさか奴ら……」
賢者「そうです。この大陸全ての人間の、退路を断つつもりかもしれません」
賢者「ご存知のように、この南の港町は大陸の最南端にあるため、南側に海を臨みます」
賢者「あ、一応断っておきますが、港町だからといって」
賢者「ドーナツ型の大陸の、穴に当たる部分の海は関係ないですよ。距離も離れていますし」
勇者「さすがに分かるよ」
勇者「◎←の小さい方の○の部分に、航路はないんだよね。魔王城も邪魔してるし」
戦士「それで?」
賢者「ええ、そうしてこの大陸には、どこを探しても港はここしかありません」
賢者「つまり大陸の人間が安全に異国に向かうとするなら、ここの船を使わざるを得ないのです」
賢者「ところがもし、魔王軍が押し寄せて来て、この港町が崩落してしまったら」
勇者「……残った人たちは、みんなこの大陸から出られなくなっちゃう……」
商人「同時に、異国との交易で得ていた物資の供給もなくなりますな」
賢者「そうです。本命の退路を絶ったところで、大陸の拠点たる北の城を一気に制圧する」
賢者「あとは東西に残った町村を攻め入れば、大陸の人間を根絶やしにできるでしょうね」
勇者「……そんな……」
戦士「ううむ……事態は極めて深刻だったようだな……」
勇者「……うん。でも、不安がっても何も始まらないよ」
戦士「む」
勇者「ねえ賢者さん、今の話だって、証拠は何もない憶測なんでしょ?」
賢者「え、ええ、そうですが」
勇者「ちなみに商人さん、この陸続きが見つかったのっていつの話?」
商人「ほんの一、二年前ぐらいですかな」
勇者「だったらもう結構経ってるし、てことは、まだすぐには攻めてこないんじゃないかな」
戦士「分からんぞ。明日来るかもしれん。あるいは今夜かも」
勇者「そんなこと言い出したら、火山の噴火に怯えるのと変わんないじゃん」
勇者「とにかく、気持ちだけ急いだって解決はしないよ。ボクらはボクらのペースで旅を続けよう」
賢者「……ええ、仰るとおりですね」
商人「ううむ。まぁ、そこに落ち着きますかな」
戦士「ふん、無責任なことだ。だが確かに、急いたところですぐに事態は変わる訳でもなし」
戦士「今夜はもう、明日に備えて眠るとしよう。構わんな?」
勇者「うん、今日はもう解散! 寝る人はおやすみ! 以上!」
――
商人「いやぁ、それにしても賢者殿を仲間にして正解でしたなあ」
賢者「はい? 何がでしょう?」
商人「先刻の、魔王の意図を看破する鋭い洞察力は、まさに研ぎ澄まされた刃そのもの!」
商人「木を削っただけの『ひのきのぼう』とは、比べ物になりませんて!」
戦士「分かっているとは思うが商人、勇者の前で『ぼう』の話は控えるのだぞ」
戦士「あの娘はまだパーティーの変化に慣れていない。余計なことを思い起こさせるな」
商人「分かっておりますとも」
賢者「『ひのきのぼう』……あの僧侶のことですか?」
戦士「うむ。賢者も多少は記憶に残っているだろう、あの愚鈍な少年のことだ」
賢者「前々から気になってはいたのですが、あの僧侶と勇者様は、どのような関係なのですか?」
戦士「何のことはない、ただの幼馴染つながりだ。もっとも……」
戦士「二人とも孤児だがな」
賢者「孤児?」
商人「いやあ聞くところによると、あそこの教会の処分には手を焼いたらしいですぞ」
賢者「教会?」
商人「そうです。ワシもそのとき居合わせたわけじゃないんですがね」
商人「当時の城下町は建築の最盛期でしてな。建て物の取り壊しと再建が流行っておりまして」
商人「その折で、みなしごを集めて孤児院代わりにしていた教会が、どうしても邪魔になりましてな」
賢者「その孤児の中に勇者様と、例の僧侶がいたと」
戦士「まぁ勇者だと分かったのは後の話だがな」
商人「で、なんでも再三の立ち退き勧告を、老いた神父が頑固に突っぱねたらしくて」
商人「周囲が頭を悩ませていたある日、その神父の方から孤児ともども出て行ったんです」
賢者「なんと。孤児たちは?」
商人「城下町の外れの林に、安普請の小屋があります。そこに全員移り住んだようです」
商人「ちょうど空き物件があったのを、神父がなけなしの財産をはたいて買い取ったんですわ」
賢者「なるほど、第二の孤児院といったところですか」
商人「それからひと月ほどと聞いてますが、その神父の爺さん、おっ死んでしまいましてな」
賢者「なんと。保護する者がいなくなった孤児たちは、どうなってしまったのですか」
戦士「……ある者は養子に迎えられ、ある者は町を出、ある者は己を鍛え……戦士になったのだ」
賢者「戦士に? まさか……戦士殿は、その孤児院の出身ということですか」
商人「な、なんと。ワシも初耳ですぞ」
戦士「俺が一番年の離れた年長だったからな。小屋を出るのも一番早かった」
戦士「勇者も僧侶も幼かったゆえ、このことは知らんだろう」
商人「も、申し訳ございませぬ。先の話の中で、いくばくか失言があったやも……」
戦士「勘違いするな。俺にとっては教会や小屋での思い出など、どうでもいいこと」
戦士「話を戻すぞ。その後、他の孤児たちも続々と小屋を出て行った。そして最後に二人だけ、残った」
賢者「二人。まさかその二人が」
商人「勇者様と『ひのきのぼう』というわけですな!」
戦士「そうだ。その時点ではさして気にも留めなかったが、ある時、とても看過できぬことが起きた」
賢者「天啓、ですね」
戦士「そう。今から数ヶ月前、天の導きにより、あの小娘が勇者に選ばれたのだ」
戦士「俺には、俺にはそれが理解できなかった。我慢ならなかった。……悔しかった」
戦士「定めを受け入れるまでは、時間がかかったぞ。今こそ、こうしてパーティーにいるがな」
戦士「……また話が逸れたな。俺のことは、くれぐれも周囲には内密に頼む」
戦士「そうして勇者が玉座の前でひざまずく日が来たとき、魔王討伐のパーティーが編成された」
戦士「まず王の命により、当時最も高い評価を得ていた実力者が選ばれた。それが俺だ」
戦士「俺は勇者を手助けする……というよりは、魔王を打ち果たすために、喜んで同行した」
戦士「次に勇者の仲間に加わったのが、僧侶だ。というより勇者が声をかけたのだがな」
戦士「俺は当時から奴には不満を感じていたが、回復呪文に長けていた点を買って黙認した」
戦士「それに勇者にとっては、慣れ親しんでいる者がそばにいた方が、長旅への不安も紛れるだろうしな」
賢者「……ふむ……」
戦士「そして最後に仲間に加わったのが」
商人「このワシです!」
戦士「ルイーダの酒場経由で最も優れた商人が紹介された。こんなところだ」
商人「あ、ちょ、ちょっと待ってくだされ! その辺の詳しい話は!?」
賢者「……勇者様はいまどちらに?」
戦士「さあな。宿屋は出ていないようだから、風呂か最上階のテラスだろう」
賢者「……テラスにいたなら、一時的にルーラで宿から抜け出しているやも。姿を確認してきます」
商人「ああちょっと! ワシがこのパーティーに行き着くまでの武勇伝は――!?」
【宿屋>テラス】
勇者「……」
勇者(月がきれいだな……)
勇者(……)
勇者(僧侶は今ごろ、あの小屋で元気にしてるかな)
勇者(なんで急に抜けちゃったんだろ。ボクに相談もなしに……)
勇者「……」
勇者(……ボクがついてなくて、大丈夫かな。僧侶は人が良すぎるから……)
勇者(ボクだって、僧侶がいなくて大丈夫かな。今まで数え切れないくらい、助けてもらった……)
勇者(……)
勇者(ちょっと顔を見に行くぐらい、いいかな)
勇者(今なら、呪文一つで簡単に会いにいける――) ス…
賢者(勇者様は……)
賢者(! いた!)
勇者(……)
勇者(やっぱりダメだ)
勇者(戦士さんの言うとおり、けじめをつけなきゃ)
勇者(いつまでも僧侶に甘えているようじゃ、きっと魔王なんか倒せっこない)
勇者(それに、僧侶はこのあたりで外れて良かったかもしれない)
勇者(いつもみんなのことに気を配りすぎて、自分のことはちっとも大事にしないんだもん)
勇者(魔王に行き着く前に、下手したら死んじゃうかもしれない)
勇者(そんなの絶対だめだ。だめだ。僧侶はあの家で、平和に過ごしてるのが一番なんだ)
勇者(だからボクは)
勇者は つるぎを ぬきはなった! ▼
勇者(強くならなきゃ。もっともっと強くなって、ボクがみんなを守れるようにしなきゃ)
勇者(ボクがみんなを引っ張れるくらいに……僧侶に心配をかけられずに済むぐらい、強く……)
賢者(勇者様……)
賢者(…………美しい……)
――――――――――――――――――――
【渓谷】
ビュオオオォォ……
僧侶(やっぱりこの辺は風が強いな……)
僧侶(ちょっと気を抜いたら、かわのぼうしが吹き飛ばされてしまいそう)
僧侶(しかもずっと向かい風なのはツイてないなぁ。一歩一歩が重いや)
僧侶(せめて地面につく杖でもあれば少しは楽なんだろうけど)
僧侶(このひのきのぼうじゃ長さが中途半端なんだよなぁ。前屈みでやっと地面につけるくらい)
僧侶(かといって持ち運びやすいとは言えない短さだし……。杖に短し持ち運びに長し、か)
僧侶(でもやっぱりそんなところも、中途半端な僕にはぴったりの武器だ。愛着わくよ)
僧侶(ああ、そういえばコレ、武器だったんだ。どんな風に扱えばいいんだろう)
僧侶(やっぱり、振り下ろして殴るのが普通なのかな。誰かが使ってるの見たことないからなぁ)
僧侶(次に魔物と戦わなくちゃいけなくなったとき、いろいろ試してみよう)
ビュオオオォォ……
僧侶(わっと。風が強いなぁ……)
僧侶(ん……!)
魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!
魔物Cが あらわれた! ▼
僧侶(後ろからだ! 前に逃げなくちゃ!)
僧侶は にげだした! ▼
しかし おいつかれてしまった! ▼
僧侶(向かい風が強くて足取りが重い……しかもこの魔物たちは素早いぞ!)
僧侶(戦うしか……)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
魔物のこうげき!
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶「いたた……」
僧侶(でも、今回はもうバギと補助呪文はなしだ)
僧侶(魔力の節約のためにも、ひのきのぼうを使いこなせるようにしとかなくちゃ……)
僧侶の こうげき! ▼
ミス! 魔物にダメージを あたえられない! ▼
魔物Bの こうげき! ▼
僧侶は ダメージを うけた! ▼
――――――
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶の こうげき!
魔物に ダメージを 与えた! ▼
魔物Aの こうげき! ▼
魔物Cの こうげき! ▼
――――――
僧侶の こうげき!
魔物Aを たおした! ▼
魔物Bの こうげき!
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶の こうげき!
魔物Bを たおした! ▼
魔物Cは にげだした! ▼
僧侶は 魔物のむれをたおした!
経験値と 90Gを てにいれた! ▼
僧侶「ふう……」
僧侶(……この魔物たちの遺骸を、道の脇にどけてあげよう。ついでに弔いも……)
僧侶「――」
僧侶「よし」
僧侶は ベホイミを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶(……思ったより長期戦になっちゃった。武器で戦うのって難しいな)
僧侶(でも今ので、結構ひのきのぼうの使い方が分かってきたぞ)
僧侶(剣と違って刃がついてないから、振り抜こうとすると失敗するんだ)
僧侶(始めから殴りつける感じで、こう、当てるように打つといい感じ。こう、こんな感じ)
僧侶(一発の威力を求めず、軽い手数でダメージを稼いでいくんだ。よし、これでいこう)
ビュオオオオオオォォ……
僧侶(……風がまた一段と強くなってきたなぁ。とても前を向いていられない)
僧侶(でも負けないぞ。風なんかで吹き飛ばされちゃ、勇者に面目が立たないよ)
僧侶(……!)
魔物が あらわれた! ▼
僧侶(岩石のモンスターだ! 大きい! 風でびくともしてないぞ!)
僧侶(この手の魔物だったら動きが遅いから、たいてい逃げられるんだけど……)
僧侶(いまは風が強いし、足場も悪いし……うまく逃げられそうにないな……)
魔物の こうげき! ▼
僧侶(! うわっ!!)
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶(いたた……やむを得ない、戦おう)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
――
僧侶の こうげき!
魔物に ダメージを あたえた!
魔物を たおした! ▼
経験値と 500Gを 手に入れた! ▼
僧侶「ふう。やっと倒した」
僧侶(……岩石に潜んでいた悪霊は消滅したみたい。残った岩は、そのまま自然に還るよね)
僧侶(……岩石のモンスターかぁ……)
僧侶(ひのきのぼうで戦うには、骨が折れる相手だったな)
僧侶(棒の方が折れなくてよかったよ。途中で戦い方を変えて正解だった)
僧侶(硬い相手は叩くより、局部を突いた方が有効なんだね。これは大きな収穫だ)
僧侶(特にこう、一点もズレることなく繰り出した突きは、思ったより高威力)
僧侶(ひのきのぼう全体の芯? で攻撃しているからかな。力任せで叩くよりずっと強い)
僧侶「……ん?」
僧侶(ああ、もうあんなに日が傾いてる!)
僧侶(戦いに時間をかけ過ぎちゃったんだ。風も止んでるし、今のうちに急ごう――)
【北の城>城下町】
<夜>
ウォンウォンウォン… ウォン…
僧侶「着いた……」
僧侶(すっかり暗くなっちゃった……早く小屋に行こう)
兵士「おい。そこの者、止まれ」
僧侶「はい?」
兵士「子供? こんな夜更けに何を出歩いている」
僧侶「あっ、あなたはお城の二階にいた警備の人!」
兵士「!? な、なぜ自分のことを……ん? お前どこかで見たような」
僧侶「勇者のパーティーにいた僧侶です。もう足のケガは治りましたか?」
兵士「ああ、誰かと思えば勇者様に付いていた! では、勇者様や戦士殿もここに?」
僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです。つい今、帰ってきたところなんです」
兵士「……ふっ。なるほどな。よくわかった」
僧侶「あの、お城にいるはずのあなたが、どうしてこんな時間に?」
兵士「お前には関係のない話だ、とっとと家に帰れ。他の兵士も見回ってる……」
僧侶「はぁ」
僧侶(なにかあったのかな……)
【北の城>城下町>外れの小屋】
ガチャ
僧侶「ただいま……。……」
僧侶(勇者が出て行っているんだ。そりゃ誰もいないよね)
ドサ
僧侶「ふう……」
僧侶(帰ってきた。帰ってきたんだ。これで、僕の旅は終わりだ)
僧侶(あとは……勇者に任せよう)
僧侶(勇者……みんなも……どうか無事に、旅を終えられますように……。……)
僧侶「Zzz……」
――――――――――――――――――――
【南の港町>露店通り】
勇者「うわあ、賑やかだね!」
戦士「遊びに来ているのではないぞ。今日は装備品やアイテムを整えるのだ」
賢者「まぁ、気を張り過ぎて失敗することもあります。多少の息抜きも必要でしょう」
勇者「もうっ、子ども扱いして。分かってるよ、今日は丸一日ここに留まって」
勇者「商人さんからもらったお金で、それぞれ旅に必要なものを買い揃える! でしょ」
戦士「当の商人は、朝一番に市場に出てるからな。この辺はさすがに一流といったところか」
賢者「商人殿の商いの知識は並ではありません。彼ならば資金を最大効率で運用してくれましょう」
勇者「ボクたちは商人さんの許可なしに、本当に好きに買い物してていいのかな」
戦士「我々への信用も含めてのことだろう。それに装備品など、当人が選んだものが一番だしな」
賢者「では、どうしますか。それぞれ装備の種類も違うことですし、ここは一旦別れますか?」
勇者「そうだね。それじゃ一通り買い物が終わり次第、あの宿屋に集合ということで」
戦士「分かった。あまり羽目を外すなよ」 勇者「外さないよ!」
ワイワイ ガヤガヤ ワイワイ
勇者「ほんとに人が多いなぁ。人ごみに流されないようにしないと……」
勇者(さて、買い物買い物。……と言っても、装備自体はもう間に合ってるもんなぁ)
勇者(はっきり言って今のでちょうどいいし……下手に新しいのを買うと、失敗する気がする……)
道具屋「いらっしゃい! お嬢ちゃんどうだい、今日は掘り出しもんが入ってるよ!」
勇者「えっ? ボクのこと?」
道具屋「お嬢ちゃんのことだよ! その年で勇ましいカッコしてて可愛いねえ!」
勇者「あ、あのねえ。ボクは北の王様じきじきの……ん?」
勇者「……ねえ、その指輪、ちょっと見せて?」
道具屋「これかい? ははあ、やっぱり女の子は光り物にゃ興味あるか!」
勇者「そ、そんなんじゃないよ。……なんだかこれ、不思議な力を感じる」
道具屋「おひとつ1800Gだ! 今ならふたつで3000Gでいいや!」
勇者「3000ゴールド……」
勇者(商人さんから預かったお金、全部だけど……)
勇者(ボクにはただの指輪には思えないんだよなぁ……どうしようかなぁ……)
道具屋「お嬢ちゃん……気になる男の子でもいるんじゃあ、ないのかい?」
勇者「えっ?」
道具屋「この指輪ならデザインもまったく同じだ、おそろいだよ?」
勇者「そ、そんな人いないよ!」
勇者(……でも)
勇者(おみやげだったら……買ってあげてもいいかな……?)
勇者(でもでも、おそろいって……しかも指輪だなんて……いやでもボクそんなつもりは……)
道具屋「ほらお嬢ちゃん、他にお金を使っちゃうと、もう買えなくなるよ! ほら!」
勇者「えっ?」
道具屋「ほら、今日の今しかないよ! 買いだよ、買い! さあ一声だけ!」
道具屋「さあ!!」
勇者「えっ? えっ? か、買います?」
道具屋「売ったあああああ! 毎度ありいいいいいい!!」
勇者「あ、あれれ……?」
勇者(買っちゃった……)ドキドキ
賢者「――勇者様、いま何を買われたのですか?」
勇者「あ……賢者さん……」
道具屋「おおっとここで二枚目のお兄さんの登場かい? 若いねえ憎いねえ」
賢者「その指輪を? ふたつで3000Gで?」
道具屋「おおっともう返品不可だよ! もう取り引きは成立したんだからねえ!」
賢者「流石です、勇者様。良い買い物をされました」
勇者「えっ?」
賢者「これは『いのちのゆびわ』です。装備すると、歩くだけでキズが癒えるという逸品ですよ」
道具屋「えっ?」
賢者「普通、店で買えるような代物ではないのですが、素晴らしい掘り出し物に巡り合えましたね」
勇者「そ、そうなんだ」
道具屋「あ、あの……返し……」
賢者「ところで、これでもう支給された額は使い切りましたよね。ともに宿に戻りましょう」
勇者「う、うん」
道具屋「あ、待っ……うおおぉボロ儲けしたと思ったら大損だったああ!!」
――
【南の港町>宿屋】
勇者「……まだほとんど時間経ってないのに戻ってきちゃったね」
賢者「そうですね。私の方もすぐ、ローブの売り出しを見つけましたから」
勇者「そのローブ、似合ってると思うよ」
賢者「ありがとうございます。呪文に強い耐性のあるローブなので、これで咄嗟に勇者様を守れますよ」
勇者「やだなぁ。ボクは一人でも平気だよ」
賢者「……前の装備は僧侶殿のものだったので、これでもう、勘違いされずに済みますね」
勇者「えっ? そ、そうだね。あはは」
賢者「……勇者様。この後、お暇ですか?」
勇者「ん、どうして?」
賢者「私にはまだ予算が残っています。良ければ、一緒にバザーを見て回りませんか?」
勇者「……ううん、ボクは別にいいや。賢者さん一人で楽しんできてよ」
賢者「……。……僧侶殿とならば、承諾しましたか?」
勇者「えっ?」
勇者「な、何で僧侶が出てくるの? ボクは別に」
賢者「その指輪。二つセットで買ったのはなぜですか?」
賢者「一つだけならば、残ったゴールドで他のアイテムも買えたのではないですか」
勇者「そ、それは別に、貴重なアイテムがセットで安売りだったから――」
賢者「勇者様は、私が来るまでその指輪が貴重な装飾品であることを、明確にはご存じなかった」
賢者「つまり始めから何らかの意図が別にあり、二つ買うつもりだった」
勇者「二つ買ったから、何なの? 考えすぎだよ」
賢者「では単刀直入に申し上げます。あなたは僧侶殿に、そのおそろいの指輪を渡すつもりですね」
勇者「そっ……! た、ただのお土産だよ!」
賢者「なぜ……いつまでも、パーティーを辞した者のことを引きずっているのですか」
賢者「今はこの旅で、同じ役柄であなたをお守りできるのは、私しかいないというのに」
勇者「な、なんでそういう話になるの? 友達にお土産を買うのが、そんなに変なの?」
賢者「それが指輪でなければ、私も口を閉ざしていました」
勇者「そんなの偶然……きゃっ!」
賢者「勇者様。私は――」
勇者「ちょ、ちょっと賢者さん、手を放して」
賢者「初めてあなたを見たとき、私はその凛々しさに心を奪われました」
賢者「私はあなたを守るためにパーティーに加入したといっても、決して過言ではありません」
勇者「は、放して……」
賢者「私はあなたのためなら、人生をかけてでも――」
勇者「放して……痛いよ、賢者さん……」
賢者「!」
賢者「も、申し訳ありませんでした」
勇者「……」
賢者「ほ、本当に申し訳ありません、度が過ぎてしまいました。……し、失礼します」
ガチャ バタン
勇者「……」
勇者(……)
勇者(こ、怖かった……)ギュッ
勇者(魔物と戦うときなんかよりも、ずっと……)
――
<夜>
商人「ただいま戻りましたぞ!」
戦士「おう、遅かったな」
勇者「あ……商人さん、お帰りなさい。わっ、すごい荷物!」
商人「いやあ、これからすぐにでも魔王城に突入できるくらい買い漁りましたぞ!」
戦士「おお……信じられぬ、こんな高価なものまで」
商人「今回の掘り出し物は『はんにゃのめん』! 難点はありますが、事実上最強の防具ですぞ!」
勇者「最強の? すごい! さすが商人さん」
商人「それから有益な情報も得ましたぞ。この先、西の町についてですが」
商人「ウワサによると、なんと伝説の剣があるとかないとか!」
戦士「!」
勇者「伝説の剣!? あの、魔王を倒すといわれている……?」
戦士「明日すぐに向かおう。伝説の剣は、この旅では無くてはならないものだ」
勇者「そうだね。明日ここを発とう!」
商人「……ところで、皆さま方は、渡した資金で何を買われたのですかな」
勇者「え? ボクは……これ」
商人「ほう!? 『いのちのゆびわ』ではないですか! かなりの代物ですぞ!」
勇者「や、やっぱりそうなの?」
商人「ええ、時価で18万ゴールドは下りませんな! よくぞ見つけました!」
勇者「じゅうは……ひええ」
戦士「俺は装備品を買った。剣と盾と鎧だ。どうだ」
商人「ああーこれは。うむ。さようですか」
戦士「構わん。ずばり言ってみろ」
商人「売却対象ですな。装備は、ワシが買い揃えたものを使ってくだされ」
戦士「……俺はな商人。この生涯で商才を得る機会を、すべて武芸につぎ込んできたのだ!」
商人「ワ、ワシは別に何も言っておりませんがっ! とっ、ところで賢者殿はいずこに?」
戦士「さぁな。先に帰ってきていたが、買うものがあるといってまた出て行ったぞ」
勇者「……」
商人「ふむ……もしかしたら、アレのウワサを聞きつけたのかもしれませんな」
勇者「アレって?」
商人「いやぁ何でも、この市場に異国産の『エルフののみぐすり』が流れ込んでいるらしんですよ」
商人「飲んだ者の魔力を瞬時に全快してくれる、大変希少なアイテムなのですが……」
商人「見た目がどこでも扱っている『せいすい』そっくりで、飲んでみるしか確認方法がないのです」
商人「何でも乱獲を恐れたエルフ達による細工らしく、素人の目での判別は限界があるそうで」
勇者「ふうん、MP全快か。そんなものがあれば、魔王戦でもとても役に立ちそうだね」
戦士「ふん、呪文に縁のない俺には関係ない話だな」
商人「偽物も多く出回っている商材なので、今回探すのは諦めましたわ」
商人「代わりに、魔力を微量回復するという『まほうのせいすい』を安く買い込みましたぞ」
勇者「それで十分だよ。商人さん、ありがとう」
商人「なんの、魔王打倒という事実こそ、最大の資本になりますゆえに!」
戦士「金のために魔王を倒すか。俺には理解できんな」
商人「魔王を倒す目的など、人それぞれですぞ!」
勇者「商人さんの目的って、お金のためだったんだ……」
商人「ああ勇者様まで!!」
コンコン ガチャ
賢者「……ただいま戻りました」
勇者「!」
商人「おお、賢者殿!」
戦士「何を買いに行ったのだ?」
賢者「大したものではありません。薬草と、薬の調合材料です」
商人「薬の? もしや『エルフののみぐすり』などは?」
賢者「いえいえ、そんな大層なものは買えませんよ。置いてあるかどうかも分からないのに」
商人「あちゃーさようですか。いえ、実は流れてるらしいんですよ、『エルフの』が」
賢者「本当ですか? まぁあったとしても、それと見出すのは大変でしょうね」
戦士「賢者でも『せいすい』と見分けるのは無理か?」
賢者「あれは区別の基準すらまだ不確定なのです。恥ずかしい話ながら、まだ私の力量では……」
商人「賢者殿をもってしても無理なら、諦めるしかありませんなぁ」
賢者「恐縮です。一日でも早くその域まで達せられるよう、精進致します」
勇者「……」
戦士「それはそうと、明日から西の町に向かうことになったぞ」
賢者「西の町に? あそこは戦士を多く輩出することで有名な地ですね」
商人「さすがは賢者殿、よくご存知で。何でも、あそこに伝説の剣があるとの情報を得ましてな」
賢者「おお、伝説の剣! 我々の旅には無くてはならないものですね」
賢者「天に選ばれた勇者のみ装備できるという、聖なる力を宿した退魔の極致」
賢者「早急に手に入れ、勇者様の手に馴染ませておくべきでしょう」
勇者「え? う、うん……」
戦士「……魔王を倒すことのできる剣、か……」
商人「さて、今夜も遅くなったことですし――」
賢者「明日に備えて、早めに床に就きましょう」
商人「あ、あれ? 異郷の名産品を肴に、一杯やりませんか?」
勇者「……ボクはいいや。今日は何だか疲れちゃった……」 ガチャ
賢者「私も遠慮しておきます」
商人「あちょっと皆さん! あ、戦士殿は」
戦士「俺もいらん。余計な出費をかけた分は、自分で処分するのだな。ではお休みだ」 バタン
――――――――――――――――――――
【北の城>城下町>雑貨屋】
キィ…
僧侶「こんにちは」
主人「いらっしゃい。おお、お前は! ということは勇者も帰ってきているのか?」
主人「勇者もいるなら、全品半額だ! ウチの店をひいきに頼むぜ!」
僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです」
僧侶「つい昨日の夜、一人で帰ってきたばかりです。勇者はまだ旅の途中です」
主人「……なんだ。お前一人か。つまらねえ」
僧侶「ごめんなさい。今日は食べ物を買いにきたので、見せてくださいな」
主人「ああ? ちゃんと金はあるんだろうな? ……ん?」
主人「その腰に差してる杖、ちょっと見せてみろ。値打ちモンか?」
僧侶「これは『ひのきのぼう』です。僕の装備です」
主人「ひのきのぼうぉ~? 仮にも勇者についてった奴が、ひのきのぼうを装備だって?」
主人「だははは、そりゃパーティーをクビにされてもしょーがねえやな! だはははは!!」
僧侶「ひのきのぼうは、僕にぴったりの武器なんですよ」
主人「だははははははは、そりゃ傑作だ! じゃお前これからひのきのぼうだ、『ひのきのぼう』!」
僧侶「はい、戦士さんにもそう言われました」
主人「すでにあだ名になってたか、そりゃそうだわな、だははははは!!」
僧侶「このパンをください。それからバターと……お野菜も少し」
主人「だははははは、いい話のネタができたぜ! だははははは!」
僧侶「はい、選びました。全部でいくらですか?」
主人「だははははははは!」
僧侶「あのう」
主人「ん!? オイてめえ何勝手に商品取ってんだ! その汚ねえ手をどけろ!」
僧侶「ごめんなさい」
主人「全部で200Gだ200G! 金がないならとっとと戻しやがれ!」
僧侶「はい。200ゴールドです」
主人「なんだ、ちゃんとあるじゃねーか。始めから金を出せばいいんだよ」
僧侶「ありがとうございました。それじゃあさようなら」 キィ…
【北の城>城下町>外れの小屋】
僧侶「ただいま」ガチャ
僧侶「ふふ」
僧侶(200ゴールドかけて、ちょっと多めに食べ物買っちゃった)
僧侶(残りの全財産は390ゴールド。切り詰めればひと月は過ごせる)
僧侶(でも、早めに働き口を探しておいた方がいいかな)
僧侶(少し旅を経験したから、簡単な護衛くらいはできるかもしれない)
僧侶(あ、もしそうなら魔力を鍛えたり、武器の扱い方も特訓した方がいいかな)
僧侶(よし、そうしよう)
僧侶(思い立ったが吉日。さっそく今から特訓を始めよう)
僧侶は ひのきのぼうを 装備した! ▼
僧侶「いってきます」ガチャ
僧侶(あ、そうだ。その前に寄りたいところがあった。先にそっちに行こう)
――
【墓地】
僧侶「神父さん、ただいま帰りました」
僧侶「……僕は神父さんから色んなことを教わりましたけど、」
僧侶「結局、勇者の役には立てませんでした。ごめんなさい」
僧侶「その代わり、勇者は立派に頑張っています。あの調子なら、きっと魔王を倒せます」
僧侶「だからどうか天国から、みんなを見守ってあげてください」
僧侶「僕も毎日、お祈りを捧げます。だから、お願いします」
僧侶「……」
僧侶「よし」
僧侶(……よく見ると、全然お墓のお手入れされてないな)
僧侶(僕と勇者と交代で掃除してたけど、これからは僕一人でやらなきゃなあ)
僧侶(あっすごい。最後に勇者が植えた花が、こんなに成長してる)
僧侶(僕も頑張ろう!)
――
僧侶「えいっ! やっ!」
僧侶「やっ! えいっ!」
僧侶「うーん」
僧侶(やっぱり振り回すより、突いた方が強いんじゃないかな)
僧侶(下手に叩きつけると、棒へのダメージが溜まっていつか折れちゃうかもしれないし)
僧侶(でも正確に一点を突くのって、難しいんだよなぁ)
僧侶「やっ!」
僧侶(ほら。ちょっとずれるとカス当たりになっちゃって、てんでダメだ)
僧侶(でも百発百中までになったら、きっと頼もしい武器になるぞ)
僧侶(あの『ひのきのぼう』が本当に頼もしくなったら、ちょっぴり愉快だね)
僧侶(よーし練習あるのみだ)
僧侶「やあっっつっ痛っ!」
僧侶(突いた拍子で筋を痛めちゃった! ホイミホイミ)
僧侶(ん……? 軽い装備だから、もう片方の手で呪文も使えるな。これも練習しておこう――)
僧侶「やあっ!」 ヒュバババ バッ
僧侶(……よし。武器の特訓はこのくらいにしておこう)
僧侶(気付けばもうこんなに暗くなってる。ちょっと夢中になっちゃった)
僧侶(次は魔力の鍛錬だ。林の奥まで行こう)
僧侶(……よし。この辺りでいっか。それにしても林の空気は気持ちいいなぁ)
僧侶は すわりこみ しずかに目をとじた ▼
僧侶(まずは腹式呼吸から……) …フー ハー フー…
僧侶(次に……魔力が身体全体を伝うイメージ……)
僧侶「……」
僧侶は めいそうを はじめた…… ▼
僧侶(……)
僧侶(………………)
<夕方>
町民A「――おっ。ウワサをすれば、あれは『ひのきのぼう』」
町民B「へえ、あれが勇者様のパーティーから逃げてきた『ひのきのぼう』か」
町民A「あれ目つぶって何やってんの」
町民B「黙祷とかけまして木刀(もくとう)、その心は『ひのきのぼう』!」
町民A「うひゃひゃひゃ、全然上手くねえ――!」
僧侶(………………)
子供A「あっ、ひのきのぼうだ!」
子供B「魔王に怖気づいて逃げてきたおくびょーものだ!」
子供A「やーいおくびょーもの!」
こどもは いしを なげた
いしは 僧侶に あたった ▼
子供「「逃げろー!」」
僧侶(………………)
<夜>
兵士A「……む。あれはなんだ? 魔物か!?」
兵士B「いや……違う。ありゃー例の『ひのきのぼう』だな。ほっとけほっとけ」
兵士A「へえ、あんなのが戦士殿と共に旅をしてたのか。見る限りとても釣り合わんな」
兵士B「勇者様にも釣り合わんな。絶対にだ」
兵士A「お前勇者様の大ファンだもんな」
兵士B「へへ。あそこまで可憐さと凛々しさを持ち合わせた女の子、そうはいないぜ」
兵士A「確かにそれは俺も認めるが、あの器量ならとっくに他の男とくっついてるんじゃないか」
兵士B「バカ野郎、勇者様は魔王を倒すまで不純なことはしないんだ! アイドルを汚す発言は慎め!」
兵士A「お前こそ大声を慎め。俺達は一応仕事中だぞ」
兵士B「なぁに平気平気。こんだけ網張ってれば、例の盗っ人も簡単に町から出られんさ――」
僧侶(………………)
僧侶「……」ス…
僧侶「よし、瞑想おわり。うわ、もう夜中だ! 家に帰らなくちゃ」
【北の城>城下町>小屋】
僧侶「ただいま」
僧侶「さてさて、今日のお楽しみ。お食事の時間」
僧侶「今日は運動もしたからお腹がぺこぺこだ。ぺこぺこー」
僧侶「パンふた切れにバター塗って……あと、お野菜も少し添えて……できあがり!」
僧侶「いただきます」
僧侶(パンは朝にふた切れ、夜にふた切れで我慢すれば、一ヶ月はもつ)
僧侶(昔に比べたら、毎日朝晩食べられるから幸せだ。バターも野菜もあるからご馳走だし)
僧侶(……そういえば旅してたとき、あそこの宿屋で食べたご飯はおいしかったなぁ)
僧侶(頑張って働けば、毎日あんな食事ができるかもしれない。そう考えただけでやる気が出ちゃう)
僧侶(でもだめだめ、今は我慢して、自分をもっと鍛える時期なんだ。そもそも現状でも満足だしね)
僧侶「ごちそうさま」
僧侶「おいしかった」
僧侶(じゃあやることもなくなったし、寝よう)
僧侶(考えてみれば安心して眠れる場所があるのも、幸せなことだねぇ)
僧侶「よいしょ」
僧侶「ふう」
僧侶(これから毎日鍛えて、ルイーダさんの酒場のギルドに登録して)
僧侶(護衛や採集なんかの仕事をたくさん引き受けて)
僧侶(お金を稼いで、一人で安定した生活を送れるようになって)
僧侶(……それからどうしようかな)
僧侶(導師さんにでもなろうかな。回復呪文と薬だけは得意だし)
僧侶(うん、世界中を旅して回る大僧侶ってのも、かっこいいかもしれない)
僧侶(そうしたら、少しは勇者の知り合いとして、恥ずかしくない人間になれるかな)
僧侶(……いまごろ勇者たちは元気にしてるかな。病気になったりしてないかな)
僧侶(ううん、僕なんかよりすごい賢者さんがいるから、きっと大丈夫だよね)
僧侶(勇者と、戦士さんと、商人さんと、賢者さんが無事でありますように)
僧侶(おやすみ……)
僧侶(……)
僧侶「Zzz……」
――――――――――――――――――――
【砂漠(南の港町~西の町)】
商人「ううう……日差しが厳しい……」
勇者「地面から熱気が揺らいでるね……頭がクラクラするよ……」
戦士「ふん。これしきのことで参るようでは、打倒魔王などもってのほかだぞ」
賢者「……戦士殿も少し足がふらついてますよ……」
商人「ううむ。よりによって荷を溜め込んだ直後に、こんな砂漠が広がっていようとは……」
勇者「みんなこまめに水分取るんだよ」
戦士「ぐびぐびぐび」
賢者「……戦士殿、結構飲まれますね……」
商人「ああしんど! 次の日陰を見つけたら、少し休憩させてくだされ」
勇者「商人さん、ボクが少し持ってあげるよ。だから頑張ろう」
戦士「当然だ。一刻も早く西の町に向かわねば、伝説の剣が消えてしまうかもしれん」
賢者「……屈強な戦士たちの町の、伝説の剣。すんなり手に入るとは……」
勇者「必ずボク達が手に入れよう。そして一刻も早く魔王を……」フラフラ
まものの むれが あらわれた! ▼
戦士「なにっ! 岩陰から!?」
勇者「!! みんな、モンスターが――」
魔物のむれは こちらが 身構える前に おそってきた!
魔物Aの こうげき! ▼
商人「ひいっ! いてぇ!」
商人は ダメージを うけた! ▼
魔物Bの こうげき!
つうこんの いちげき! ▼
賢者「うわあああっ!!」
賢者は 大ダメージを うけた! ▼
勇者「賢者さん!」
戦士「くそっ、まずは一体集中で数を減らせ!」
商人「に、荷物だけは死守しますぞ!」
賢者「敵に奇襲を許すとは……不覚……」
勇者(……こんなこと、今までなかった……)
――
勇者「賢者さん、うしろ!」
魔物Bの こうげき!
賢者は ダメージを うけた! ▼
賢者「ぐっ。ここは回復が無難……!」
賢者は ベホマラーを となえた!
パーティーのキズが 回復した! ▼
商人「どおりゃあ!!」
商人の こうげき!
魔物Cに ダメージを あたえた!
魔物Cを たおした! ▼
戦士「そいつで最後か!」
戦士の こうげき!
魔物Bに ダメージを あたえた!
魔物Bを たおした! ▼
魔物の むれを たおした! ▼
勇者「ふう……やっと片付いたね……」
商人「すかさずゴールドを多めに回収!」
商人「いやあ、思わぬ苦戦を強いられましたなぁ……」
勇者「そうだね。でも、みんな無事でよかった」
戦士「……しかし、勇者と賢者の魔力は、無駄に浪費させられたな」
賢者「浪費だなんて。私の魔力はまだまだ豊富に残っていますよ」
戦士「これが魔王城だったらどうする。とても後がもたんぞ!」
勇者「ご、ごめん……」
賢者「勇者様の責任ではありませんよ。あの時、誰も奇襲に気付けなかった」
戦士「俺が言いたいのは、我々が奇襲を受けたことなど記憶になかった点だ」
戦士「つまり前と比べて、明らかに危機感が薄らいでるのだ! 無論、俺も含めて!!」
勇者「そ、それは違うよ。それは全部……僧侶のおかげで……」ボソ
商人「ま、まぁ、一度や二度の奇襲じゃ、我々はびくともしませんて」
賢者「それに、気配が悟れぬほど魔物のレベルが高くなっている、という見方もありましょう」
戦士「ふん。ならばなおさら、兜の緒を締めねばならん。さぁ、もう行くぞ。時間が勿体ない」
勇者(……たった一度の戦闘で、一気にパーティーの空気が乱れてしまった)
勇者(ああ……ボクはなんて頼りないリーダーなんだろう……)
――
勇者「……」 ザッ ザッ
戦/商/賢「……………………」 ザザッ ザッザ ザッザッ ザザッ
勇者(……思えば……)
勇者(今までパーティーに揉め事があったら、最終的に僧侶が責められることで解決していたな)
勇者(戦士さんも商人さんも……そしてごくたまにボクも……)
勇者(イライラの捌け口があったから、パーティーのバランスが取れていたのかもしれない……)
勇者(……今は僧侶はいない。もし、お互いのイライラがぶつかり合ってしまったら、どうしよう)
勇者(パーティーが解散するようなことになってしまったら、どうしよう)
勇者(やっぱり、僧侶がいないと不安だよ……僧侶……)
勇者(……魔王と戦う前に、一回くらい、会いに行ってもいいんじゃないかな)
勇者(もしボクが死んじゃうようなことがあれば、おみやげも手渡しできなくなっちゃうし……)
勇者(……おみやげの『いのちのゆびわ』……)
勇者(……宿屋で賢者さんが迫ってきたとき、怖かったな。何でだろう。今でも分かんない)
勇者(……年頃の女の子はレンアイをするものだって聞いたけど……それと関係あるのかな……)
商人「お。見えてきましたな――」
戦士「――」
賢者「――」
勇者「……」
勇者(……賢者さんは、顔立ちもカッコいいし、呪文にも長けてて頼もしいし)
勇者(……いつもボクに気を遣ってくれて優しいし。絶対、悪いヒトじゃないんだけど……)
勇者(ボクには……)
勇者(……ボクには? あれ? なんだろ?)
勇者(……違う、だめだ。ボクは勇者だ。意識を切り替えて、みんなを引っ張っていかなきゃ……)
勇者(魔王を倒せるのは、選ばれし勇者だけ……ボクしかいない……)
賢者「――? ――?」
勇者(……なんだか頭がぼうっとする……賢者さんが……何言ってるのか分からない……)
勇者(賢者さん……ゆびわ……ボクは勇者で……)
勇者(……僧侶……)フラフラ
ドサッ
賢者「!? 勇者様!? 勇者様――!」
――
【西の町>宿屋】
賢者「……ただの熱中症のようです。大事には至らないとはいえ、安静にしておかねば」
戦士「ふっ。みなが同じ条件にも関わらず、情けないな」
商人「戦士殿は、ワシの荷物を持ってくれませんでしたぞ……」
賢者「それにこれは、知恵熱のようなものも混じっているかもしれません」
賢者「勇者として、パーティーを率いる責務や……その他に悩みがあった可能性も」
戦士「俺達の最終目標は何だ? 負うものの大きさを考えろ。甘ったれたことは一切言ってられん」
戦士「行くぞ、商人よ」
商人「ど、どこへ……?」
戦士「伝説の剣の在り処を探すのだ。一刻でも早く、この町での目的は完遂させる」
賢者「戦士殿、お願いします。――ただし」
賢者「いつの歴史も、勇者は唯一。ゆめゆめお忘れなきよう」
戦士「ふん。何が言いたいのか分からんな」 バタン
商人「ああちょっとワシも着いていく話では!」 ガチャ バタン
勇者「」 スー スー…
賢者「勇者様……」
賢者(寝顔だけ見れば、戦いとは無縁な年頃の少女そのもの)
賢者(『勇者』という責は、この小さな体躯にどれだけの重圧をかけていることだろう……)
賢者(……)
勇者「」 スー スー…
賢者(……美しい。勇者様のすべてが愛おしい。ああ、運命とは残酷なものだ)
賢者(色恋沙汰にはまるで無関心だった私が、はじめて恋に落ちた相手が……)
賢者(天に選ばれし勇者だとは。しかも……すでに想い人がいるなど……)
賢者(……)
賢者(やはり、決行しよう。今こそ好機だ)
賢者(恋愛とて修羅の道。であれば、私がやろうとしていることにも正当性はある)
賢者(徳の道からは外れようとも、代わりに私にも『機』が得られるならば、安いもの)
賢者(さぁ、愛欲にまみれた下賎な魔術師の汚名を被ろう。私の価値は、私自身が決めるのだ――)
宿の女「……あら賢者様。お連れの方のお加減は……」
賢者「すまない、今から薬を作る。厨房をお借りする」
宿の女「……お薬でしたら、わたくしがご用意いたしますが……」
賢者「急を要するのだ、ご厚意だけ感謝する。また私が薬を作る間、立ち入らないでもらいたい」
宿の女「……はい。さようでしたら、そのように……」
賢者「……」
賢者(行ったか。誰もいないな)
賢者(これは私が好奇心で研究していた呪薬の一つ。調剤過程はまだ秘匿だ)
賢者(まずは普通の解熱剤を作る)
賢者(これは聖水と薬草を使って、簡単に作ることができるが――)
賢者(さらに、時期を見計らって回復呪文をかけることで、効果が増強される――)
賢者は ベホマを となえた! ▼
賢者(……完成だ。さて、私の下心が芽生えなかったなら、この時点で切り上げるところだが)
賢者(ここからが本番だ)
賢者(ベースは同じ聖水だが、主成分は『きえさりそう』を使う)
賢者(よく煮込み、かき混ぜる――)
賢者(次に――これを使う。以前、あの僧侶が装備していたローブだ)
賢者(これの切れはしを使う。心の臓に近い、胸の部分がよかろう)
賢者(……『ひのきのぼう』との判を押された、憐れな少年よ)
賢者(勇者様のおそばに寄ったのは、余りにも早すぎたのだ……!)
賢者は ローブを きりさいた!
賢者は メラを となえた!
ローブの切れはしは もえあがり 灰になった! ▼
賢者(……。罪悪感は押し殺す。私はすでに決断した)
賢者(……灰となったローブを、『きえさりそう』の混ざった聖水に加え、よく混ぜる――)
賢者(そして一定のタイミングを見計らい、最大魔力でこの呪文をかける)
賢者は メダパニを となえた! ▼
賢者(……ふう……。仕上げに、あらかじめ作っておいた解熱剤と混ぜ合わせる)
賢者(……完成だ。あとはこれを、勇者様に飲んでいただくことで……)
賢者(私の望む状況が生まれる)
ガチャ
賢者「……勇者様。目を覚まされたのですね」
勇者「あ……賢者さん」
賢者「窓の外になにか?」
勇者「うん、ここの宿の女の人が、麦を運んでて。この町、女性もよく働くんだなって」
賢者「ここ西の町は戦士の町。女性も気丈でなければ、荒くれ者の伴侶もままならないのでしょう」
勇者「ふうん……ボクも頑張らないとなぁ……」
賢者「それより、ご容態は」
勇者「もう、平気。心配かけてごめんね」
賢者「正直に仰ってください。まだ鈍痛が続いているのでは」
勇者「……うん。賢者さんに嘘をついてもしょうがないね。ホントは、まだ少し……」
賢者「今しがた、解熱剤を作りました。こちらをお飲みください」
勇者「ありがとう。賢者さんは、優しいね。まるで僧侶みた……あ、いや、何でも……」
賢者「……」
賢者「お早いうちに、お薬を召し上がりください。どうぞ……」 コトン
勇者「分かった。じゃ、ありがたく……。……!」
賢者「? どうかされましたか?」
勇者「……このお薬……何度も似たのを飲んだことがある……」
賢者「!」
勇者「……その、今まで飲んできた薬は、びっくりするほどよく効いたけど……」
勇者「これは、ちょっと香りが違う気がする……」
賢者「……僧侶殿が作った解熱剤の話ですか?」
勇者「……」
賢者「なぜ」
賢者「なぜ私を信用して下さらないのですか?」
勇者「えっ」
賢者「私とて専門外とはいえ、薬に関してはそれなりの自負はあります」
賢者「恐縮ながら私は……魔王打倒を目指す同志として……」
賢者「すでにパーティーには、勇者様には信用を勝ち得ていたものと思っておりました……」
勇者「そ、それは……そんなつもりは!」
勇者「ボクは、賢者さんを疑ったりなんかしないよ!」
賢者「勇者様」
勇者「賢者さんは、仲間だ。仲間の作ってくれた薬を飲めないリーダーなんかいないよ」
勇者は くすりを 手に取り
いっきに のみほした! ▼
勇者「ほら、飲んだよ! だからもう……。 ! ! !」
勇者「 あ うあ あああ ? ?」
勇者「あ……頭が……」
勇者(あ……なにこれ……消える……消えちゃう……)
勇者(ボクの頭の中から……大事なものが……消えていっちゃう……!)
勇者(やだ……怖い……いやだ……)
勇者(助けて……――!)
勇者(――?? あれ……――!? ――)
勇者「――――――――――――――…………」
賢者(……成功だ)
賢者(これで勇者様の記憶から、僧侶に関する情報はすべて消えた)
賢者(二度と……以前の想い人の名を、口にすることはないだろう)
賢者(……神罰が下っても構わない。だが、私が間違っているとも思わない)
賢者(私はこの恋の成就を、一から組み立てていくつもりなのだ)
賢者(そのつもりであれば、勇者様を意のままにする手段など他にあった)
賢者(だがそれでは意味がない。勇者様が本心から、私を見てくれるようにならなければ)
賢者(……僧侶には多少気の毒だが、後悔はしていない)
賢者(幼馴染の想い人など、ましてや孤児の誼など、計り知れぬ太さの絆ではないか)
賢者(もはや第三者の参入など、勝ち目がないではないか。勝負の場にさえ立てないではないか)
賢者(だから私はふりだしに戻しただけだ。もし僧侶が勇者様を想うならば、同じ状況に立つべきだ)
賢者(……死に物狂いで求めるべきだ。私がこのような手段を取ったように……)
賢者(……)
賢者(我ながら何たる詭弁尽くしだ。言い聞かせなければ、不安なのか)
賢者(笑止な。いま一度、我が胸に刻もう。私には、一片たりとて後悔はないと――)
――
【西の町>道場】
商人「――では、一体いくらで手を打つおつもりですか!?」
商人「我々には一刻も早く、その剣が必要だというのに!」
師範「この『伝説の剣』は、私の宝だ。金などで量れる代物ではない」
戦士「国王の証書は見せたはずだ。私心を押し通すならば、反逆罪になりかねんぞ」
師範「さて、その証書は果たして本物かどうか。よしんば本物だとして」
師範「お前たちが真に勇者一行であるか否か。この町の者は、誰も証明できない」
戦士「ならばどうすればよい、このまま平行線で水掛け論を続けるつもりか」
師範「いや……話はすぐにつけられる。この『伝説の剣』を手にする資格があるかどうか」
師範「実力で示してもらおう」
商人「なぜそのような回りくどいことをせねばならん! こうなったら王に直訴して――」
戦士「待て。……お前と立ち合って、勝てば剣を手にする資格があるというのだな」
師範「そうだ。さすがは北の城、随一の兵(つわもの)。流儀の通じる男だ」
戦士「ふん。すべて知った上でか」
商人「ちょ、戦士殿いけませんよ、こんな流れで得失を賭けた勝負なんて馬鹿らしい!」
戦士「商人よ、礼を言う。後はこの町の武具でも品定めしてくるといい」
商人「ちょおっと……もう、ワシゃホントにそうしますぞ!」
師範「勝負を受けるようだな。よかろう」
師範「本来ならば勇者当人に出てきて欲しいところだが――」
師範「熱で寝込んでいるようでは、代役で辛抱せざるを得んだろう」
商人「な、なぜそれを――!」
戦士「地獄耳め。道場の主が、よくもそんな下らないことまで……」
師範「いや、それはこの『伝説の剣』が教えてくれた」
商人「!? な、何ですと?」
師範「これはお前たちが思っている以上に不思議な剣でな。特殊な事情がある」
戦士「ふん……真の勇者の居場所をも、感知するとでもいうのか」
師範「何を不貞腐れている。平常を装っているつもりだろうが、野心が丸見えだぞ」
戦士「抜かすのは剣だけにしろ。我々には時間がないのだ」
師範「時間? お前の場合は、心の余裕がであろう」
弟子たち「」ズラーッ
商人「お、多い……」
師範は 木刀を そうびした!
戦士は 木刀を そうびした! ▼
師範「私から一本でも取ることができれば、お前の勝ちでいい」
戦士「何。どういう意味だ」
師範「そのままの意味だ。……師範代、合図を」
大男「はっ。……始めっ!」
戦士(こんな辺境の地で、無名の剣士に舐められてたまるか!)
戦士「うおおおおおっ!」
戦士の こうげき!
師範「ぬううん!!」 バキッッ
師範の こうげき!
戦士は ふきとばされた!
戦士の 木刀は 折れた!! ▼
戦士「なっ……!?」
弟子「「\オオオオオォォォッス!!/」」
商人「あわわわ……つ、強い……」
師範「これで終わりではあるまい。新しい木刀を」
戦士「くっ……その通りだ、こんなことで終わりではない!」
戦士は 木刀を 装備した! ▼
大男「始めっ!」
戦士「うおおおおおっ!」
師範「あからさまな兜割りだな。たやすく斬り払える」 バキッッ
大男「――始めっ!」
戦士「うおおおおおっ!」
師範「横一閃には縦払い!」 バキッッ
大男「――始めっ!」
戦士「うおおおおおっ!」
師範「下からの斬り上げならハエのように叩き落せる!!」 バキッッ
戦士「……な……ならば……」
大男「――始めっ!」
戦士「これはどうだ!」 ダッ
師範「そう。刺突ならば、線ではなく点の攻撃。ゆえに容易に捉えられることもない……」
師範「だが、及び腰だ! 慣れない攻め方に、身体が怖がっている!」 バキッッ
戦士「うっ……」
師範「そんな腑抜けた突きなど、余裕でかわして仕留められる」
戦士「俺が……腑抜けているだと? 笑止な!」
戦士「俺などより、あの勇者の方がどれほど温いか」
戦士「あの小娘がこの場に立てば、お前から一本取るなど、永劫叶わぬだろうよ」
師範「そうかな。勇者の本領は勇気であると聞く」
師範「私の予測では、この戦いでお前と同じように『突き』まで辿りつき」
師範「それと同時に一本取ってしまうような気がするのだが。勇気ある突きをもってな」
戦士「……ほざけ。もう一勝負だ!」
戦士は 木刀を 装備した! ▼
師範「ふっ。その姿勢は果たして不屈か、はたまた意固地か――」
大男「始めっ!」
戦士「うおおおおっ!!」
師範「凝りもせず分かりやすい袈裟斬りか。こんなもの――」
ガララッ
幼児「パパー!」
師範「!?」
弟子「こ、こら、いま入ってきちゃダメだ!」
戦士の こうげき!
師範は 大ダメージを うけた! ▼
師範「ぐああああああっ!!」
弟子「師範!」
弟子「師ハーンッ!!」
幼児「パパ!!」
戦士(……ふん。俺の木刀を折れば、その刀身が飛んで危険だったということか?)
戦士(軟弱に極まる!)
戦士「いかなる事情であれ、真剣勝負に気を逸らすなど言語道断」
戦士「今のは瞭然たる一本。『伝説の剣』は渡してもらおう」
弟子「貴様ァ! それでも漢かァ!」 ブーブー
弟子「詫びの一つもなしに、何だその言い方はァ!!」 ブーブー
幼児「パパ、だいじょうぶ!?」
師範「ああ……」
師範「……みんなよく聞け。戦士殿の言い分は正しい」
師範「真剣勝負の場に、私情を持ち込んだほうが負けなのだ。改めて肝に銘じよ」
弟子「師範……」
師範「戦士殿。これが伝説の剣だ。勇者様に渡してくれ」
戦士「うむ」
師範「この剣は……私の命より大切なものだ。くれぐれも大切に扱ってくれ」
戦士「分かった」
幼児「ダメーッ!」
戦士「!?」
幼児「だってそれ……ママが大事にしてた……」
師範「こら。大人しくしてなさい」
戦士「ふっ、なるほど。お前の妻の、忘れ形見といったところか」
戦士「何やら事情があるようだが、そんなことに興味はない」
戦士「俺はこの剣さえ手に入れれば、それで良いのだからな」
師範「! な、何を……」
戦士「真の勇者のみ抜き放つことができるという剣……」
戦士「俺にその価値があるかどうか、確かめさせてもらう!!」
戦士は 伝説の剣を 装備した!
しかし ひきぬけなかった! ▼
戦士「ぬ……抜けん……!?」 グッ グッ
師範「無理だ。……その剣は、誰にも抜くことはできない」
戦士「なぜだ。なぜ俺に抜けんのだ!? 俺が一番」 ググッ
戦士「俺がこの国で一番、魔王を討ちたいと思っているのだ!!」 グググッ
師範「戦士殿! ……もうここに用はないはずだ。お引き取り願おう……」
【西の町>宿屋】
商人「ただいま戻りましたぞ」
勇者「あ……おかえりなさい、商人さん!」
商人「おお勇者様、もう容態はよろしいので?」
勇者「うん、賢者さんのおかげですっかり治っちゃった! 迷惑かけてごめんね」
賢者「……商人殿、どちらに? 伝説の剣は手に入りましたか?」
商人「いやあ、見つけたには見つけたのですがね」
商人「どうにも所有者の融通がきかなくて、商談にも持ち込めなかったんですよ」
勇者「ええっ。商人さんの交渉が通じないなんて……」
商人「戦士殿と勝負して、勝ったら譲るという話ではありますが……」
商人「いやはやその師範がべらぼうに強くて! 戦士殿じゃ相手にならないくらいです」
賢者「なんと。それは始末に終えませんね……」
商人「ワシはこりゃダメだ、他の方法を考えようと、途中で抜け出してきましたわ」
戦士「ふん。愛想をつかされる体たらくで悪かったな」 ガチャ
商人「!? あわわわ戦士殿!」
戦士「待たせたな。これが『伝説の剣』だ」
商人「おおっ!!」
勇者「わぁ! 戦士さん、ありがとう!」
賢者「さすがは百戦錬磨の雄。お見事です」
商人「ちょ、ちょっと確認させてくだされ」
商人「ふむ……ふむふむ。うーむ、ワシは現物を手に取るのは初めてですが」
商人「本物で間違い無さそうですな。収拾した情報とほぼ一致しております」
商人「後は刀身を見せてもらえば、確信に至れるのですが……」
戦士「!」
賢者「では勇者様、さっそくお手を」
勇者「ボ、ボクがこれを抜くの? 緊張するなぁ」
勇者は 伝説の剣を 手に取った! ▼
勇者「……なんだか、不思議な力を感じる。ちょっと冷たいけど。それじゃあ……」
戦士「待て!!」
勇/商/賢「!?」
勇者「な、なに? 戦士さん」
戦士「その剣を抜くのは、別の機会にしてもらいたい」
商人「な……何故ですかな?」
戦士「仮にも伝説と称される武器だ。簡単に抜いていいものではなかろう」
戦士「どうしても抜く必要に迫られたときに、初めて抜剣すべきだ」
賢者「……ですが、早いうちに手に馴染ませておくという必要性が、既にありませんか?」
戦士「最初から頼ってしまっては、もしその剣が使えなくなったときに困るだろう」
戦士「ここはいざというときまで温存し、必要が迫るまでは、現状の装備を保つべきだ」
賢者「偽物だったらどうするのです。確認するくらいは良いでしょう」
戦士「ならば天下の大商人を目指す男の目が、曇っていたということだ」
商人「ワ、ワシの目利きは偽物などに誤魔化されたことはありませんぞ!」
戦士「ならば本物と断定できるのだな」
商人「少なくとも、外見を見る限りは! ええ、刀身など確認せずとも!」
賢者「……どうされますか? 勇者様。決めるのは貴方です」
勇者「……う~ん。それじゃあ……」
勇者「とりあえず戦士さんの言うとおりにしよう」
戦士「!」
勇者「戦士さんがいなければ、この剣は手に入らなかったもん」
勇者「だから今回は、戦士さんの言い分を尊重したいな」
賢者「……勇者様がそう仰られるのであれば」
戦士「ならばその日が来るまで、この剣は俺が預かっておこう。構わんな?」
勇者「うん、構わない」
賢者「勇者様、それはさすがにどうかと。商人殿に預かってもらうべきです」
商人「ワ、ワシがですか」
勇者「ううん、いいよ。この剣はそもそも、戦士さんが手に入れたものでしょ」
勇者「何だかボクがそれをほいほい受け取っちゃうと悪いし、すっきりしないんだ。ね?」
賢者「……勇者様がそう仰られるのであれば」
戦士「勇者よ。感謝する」
勇者「そんな、お礼を言われるようなことは何にもないよ」
賢者「……」
商人「ところで、次の目的地はどこですかな。明日の行き先は」
勇者「うん、それなんだけど、すでに賢者さんと決めてあるんだ」
賢者「はい。我々は次に、【北の城】へ向かう途中にある、雪山へ向かおうと考えています」
商人「ふむ。構いませんが、ご説明願えますかな」
賢者「はい。伝説の剣を入手してしまえば、この旅の目的は残り一つ」
賢者「すなわち、【魔王城】への侵入経路の発見です」
戦士「そういえばもうじき大陸を一周するが、結局道らしき道は見つけられず仕舞いだったな」
商人「辛うじて南の港町からの陸続きのルートがありましたが、ありゃ無理ですもんな」
賢者「どこにも道が見つからなかった場合、そのルートを使うことになりますが」
賢者「まだ足を踏み入れていない地域があります。それが次の雪山です」
賢者「万一そこにも手がかりが無かったなら、そのまま雪山を越えて【北の城】に向かいます」
賢者「大陸の王都であれば、今なら何らかの新たな情報が集まっているかもしれません」
勇者「うん、ちょうどみんなの故郷だしね! ボクも魔王と決戦の前に、一度家に帰りたいし」
商人「えっ。ああー……」
戦士「むう……それは……」
賢者「僧侶殿のことなら、心配いりませんよ」
商人「!? ちょ、ちょっと」
戦士「賢者、どういうつもりだ?」
勇者「?」
勇者「僧侶って、誰のこと?」
商人/戦士「!?」
賢者「あぁ勇者様、ちょっとした知人です。我々のパーティーには関係ありませんよ」
勇者「ふうん……? 誰だろ……」
戦士「……」
商人「……ほ、ほほう。さすがは賢者殿。何やらうまくやりましたな」ボソ
賢者「いえ。これは魔王打倒のためにも、必要な処置だと思ったまでです」
戦士「ふん。まぁ、確かにそうか」
賢者「とにかく、これで何の気後れもなく、北の城まで向かえるということです」
勇者「……? ねえ、何の話?」
賢者「大したことはありませんよ。それでは最後に、地図でおさらいをしましょう」
―――――――――【北の城】―――――――――
―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――
【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】
―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―
―――――――――【南の港町】――――――――
賢者「我々は今まで、【北の城】からぐるりと時計回りに旅をしてきました」
賢者「もっとも私がパーティーに参入したのは【賢者の村】からですが」
勇者「今いるのがこの【西の町】でしょ。だったら雪山を越えたら、ちょうど一周するね」
商人「魔王城の周りは高い山、そして海……もはや空から乗り込むぐらいしかありませんな」
戦士「ルーラやキメラのつばさを応用して、乗り込めないのか」
賢者「不可能ですね。少なくとも、一度足を踏み入れなければ」
勇者「……うん、分かった。明日雪山に行って、そのまま北の城に行って」
勇者「いずれにも魔王城に乗り込む糸口が見つからなければ、南の港町からの陸路を使おう」
勇者「それじゃ、今日はもう暗くなってきたし、解散――!」
――
勇者(……何だか熱を出してから、やけに胸の中がすかすかする気分。変なの……)
勇者(ううん、そんなこと気にしてる場合じゃない。明日は山越え、しっかり休まなくちゃ……)
――
戦士(この『伝説の剣』……やはり抜けぬ……)
戦士(ふん……仮に最後まで抜けなかったとしても……魔王を倒すのはこの俺だ……)
――
商人(いまの軍資金はこれだけ。魔王を倒しさえすれば、これを元手にもっと増やせる)
商人(その時の商戦はすでに考えてある……ぐふふ、世界一の大商人になる日は近いぞ……)
――
賢者(勇者様の、私を見る目が変わった……私に、確かな機会が与えられたのだ……)
賢者(あとは何があろうとも必ず勇者様を支え、お守りし、魔王を倒す)
賢者(それだけの箔がつけば、何者も口は挟めないだろう……そして、その暁には……)
――――
【中編】に続きます。