杏子「………なんつーか、久しぶりだな、この街も」
QB「どうして急に見滝原に帰って来ようと思ったんだい?」
杏子「ん、何、ちょっとした気まぐれさ。あれから、あたしも随分強くなったつもりだし。あの時の決着をさ、付けてやろうかなと思ってよ」
QB「あの時の決着?」
杏子「あんただって知ってるハズだろ?昔、あたしとマミがコンビを組んでた時の事」
QB「キミは未だにあの時の事を根に持っているのかい?」
杏子「当然。あの甘ちゃんを、いつかぶちのめしてやる。あたしはずっとそう思い続けて来たんだ。そして今回、いよいよそれを実行してやろうと思った。ただ、それだけのことさ」
QB「やれやれ、相変わらずキミ達人間の考えることはわけがわからないね」
杏子「元々わかってもらおうとも思っちゃいないさ」
元スレ
杏子「だからさ、あんたは、どこまでも真っ直ぐ突っ走れよな……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1349714339/
QB「そう簡単にはいかないと思うけどね?」
杏子「へぇ?なんか思うところがあるみてーじゃん?」
QB「今、この街にはマミの他に二人の魔法少女がいるからね。さすがに三人がかりでは、キミも勝ち目なんてないんじゃないのかい?」
杏子「………いつの間にお仲間なんて出来たんだよ、あいつ」
QB「ここ最近の事だよ」
杏子「ずいぶん端折った説明だなオイ。ま、あたしの狙いは元々マミ一人だ。その他の魔法少女の事は、まぁ、マミをぶちのめした後にでもどうするか考えるさ」
QB「じゃあ、まずはマミからなんだね」
杏子「まずは、っつーか、それ以外の事は考えてないってのが正直なところだけどね」
杏子「一応聞いとくけど、止めるとか言わないよねぇ?」ニヤァ
QB「キミ達のやることには僕は基本的には口は出さないさ」
杏子「そんだけ聞ければ十分だ。さて、久しぶりに師匠の顔でも拝んでやろうじゃねーの!」
―――数日後 見滝原商店街・路地裏
杏子「まずはこの街に出没する魔女を適当に狩ってやるか。マミはこの街を守る魔法少女なんだし、反応が消えりゃ怪しむだろうからな」
アルベルティーネ「キャハハハ」
杏子「耳に残る笑い声をする奴だな!こいつで終いだ!!」バシュン
ズダダダダダ!!
アルベルティーネ「キャ…ハハ…」ボロボロ
ズアアアァァァァァ―――
コンコンコン……
杏子「一丁上がりってね」ヒョイ
杏子「さて、ここで待ってりゃマミは姿を現すかなー……っと」
「あれ?魔女の反応消えちゃった……?」
杏子「!」
さやか「おっかしーな……間違いなく反応してたはずなんだけど」ポリポリ
杏子「……なんだ、あんた?」
さやか「へ?って、うお!?ま、魔法少女!?」バッ
杏子「そっか……キュゥべえの言ってた、マミの他にいる二人の魔法少女……あんた、その内の一人だな?」
さやか「ほっ……なんだ、マミさんの知り合いか。身構えて損しちゃった」カシャン
杏子「あたしがマミの知り合いってだけで、気を許していいのか?」
さやか「え?」
杏子「そらっ!!」
さやか「っ!!」
ギギィンッ!! ガンッガキャアァァン!!
さやか「っ、と、とと……」ヨロヨロ
杏子「へぇ!中々いい反応すんじゃん?」
さやか「な、何すんのよいきなり!?」
杏子「そりゃこっちのセリフだね。人が狩りをしてる場に堂々と姿を現すとか、何考えてんだ?」
さやか「何を、って……あたしはただ、魔女捜索をしてただけで……」
杏子「奇遇だね、あたしも魔女捜索をしてただけだよ。んで、見つけた魔女を狩ったってわけ。ホレ、今さっき手に入れた戦利品」スッ
さやか「!」
杏子「大体あんた、躾もなってねーな?先輩に向かってそのクチの聞き方はなんだよ?」
さやか「せ、先輩……?」
杏子「どうせあんた、契約したばっかりのひよっこだろ?」
さやか「まぁ、そうだけど」
杏子「こっちは長い間魔法少女やってんだから、先輩だろ。ほれ、わかったら口調直せ」
さやか「………と言われても……あたし、あんたの名前知らない、ってうわ!?」ヒュッ
杏子「クチの聞き方がなってねーって言ったばっかだろうが」
さやか「はいはいわかりましたー先輩。で、先輩のお名前はなんと仰るんですかー?これでいい?」
杏子「舐めた奴だな……」
さやか「舐めてんのはどっちだって話だよ」
杏子「あ?」
さやか「あんたもマミさんと知り合いなら知ってるでしょ?今、この街はマミさんの縄張りなんだよ?マミさんの知り合いみたいだけど、マミさんは他の魔法少女のことは何にも言ってなかったし」
杏子「……マミさんマミさんと、うるせえ奴だな」
さやか「何よ?」
杏子「はんっ!あの甘ちゃんに入れこんでる奴のことだ!どうせあんただって、この力を正義の為にだとか人助けの為にだとか言い出すんだろ!?」
さやか「え、え?」
杏子「どうなんだよ!?」
さやか「な、何いきなり怒ってるのさ……」
杏子「あーくそ、いらつく!」
さやか「あんた、マミさんの何なの?」
杏子「人にモノを訪ねる時は、まず自分から言ってみろよ?」
さやか「え、あたし?」
杏子「ま、あんたの事なんて興味もねえけどな」
さやか「あたしは……マミさんの、何なんだろ。一応、後輩ってことには、なると思うけど」
杏子「やっぱりな。あいつと同じで、使い魔も狩るタイプだろ?」
さやか「当然じゃん。使い魔だって、人間を襲うんだし」
杏子「マミだけでも苛立つってーのに、それと同じような考えの奴が更に増えたのかよ。やってらんねーなオイ?」
さやか「……何を言いたいのかわかんないけど。てか、いい加減名前教えてよ」
杏子「人にモノを訪ねる時は……」
さやか「あーもうめんどくさいな!あたしの名前は美樹さやか!これでいい!?」
杏子「……」
さやか「ってか、結局あんただってマミさんの何なのかって質問に答えてないじゃない!」
杏子「あたしの名前は佐倉杏子。昔、巴マミとコンビを組んでた魔法少女だ。……これでいいか?」
さやか「佐倉杏子、ね。で?昔組んでたってことは、今は組んでないんでしょ?」
杏子「ま、そうだな。あいつの甘い考えになんて付き合ってたらグリーフシードがいくつあったって足りやしねえ」
さやか「それを今更ノコノコと帰って来たっての?」
杏子「………言ってくれるじゃねーか、ひよっこが」
さやか「あたしの事は今は関係ないでしょ?何?マミさんと何があったか知らないけどさ。詫びでも入れに来たってんならあたしに構ってないでさっさとマミさんとこに行けばいいじゃない」
杏子「詫びだ?誰があいつに頭なんて下げるかっつの」
さやか「……はぁ。さっきっから一向に話が進んでないよ。とにかく、あんたが魔女を倒したってんならもうここには用ないし。
あたしは行くからね。あんたもマミさんに用があるってんなら、こんなところで道草食ってないでマミさんとこ行きなよ」
杏子「あっ、おい待てよ!」
さやか「さて、他に魔女か使い魔の反応はー……っと」
スタスタスタ……
杏子「行っちまいやがった……なんなんだあいつは」
QB「やあ、杏子」
杏子「キュゥべえ?」
QB「どうだい?マミとは接触出来たのかい?」
杏子「いや……なんか青い奴?が現れた」
QB「青い奴?と言うと、美樹さやかの事かな」
杏子「そうそう、そんな名前の奴。なんなんだ、あいつは?」
QB「なんなんだと言われても……最近契約して、魔法少女になったとしか言いようがないね」
杏子「願いは?」
QB「とある少年の腕を治して欲しい、だったね」
杏子「! ………」
QB「それがどうかしたかい?」
杏子「………別に」
杏子(たった一回の奇跡を他人の為に……か)
QB「どこに行くんだい、杏子?」
杏子「なんか白けちまった。今日はもういいや、戦利品もひとつ手に入ったことだしね」
―――マミの家
杏子「………なんであたしは、こんなところに足を運んでんだ……」
杏子「考えてみりゃ、あたしって見滝原はここくらいしか来たことないんだよな……」
杏子「ちっ、らしくねぇ。とっととねぐら決めねえとな」クルッ
ガチャリ
杏子「っ!」
マミ「ふんふーん……?あら?」
杏子「…………」
マミ「さ……佐倉さん……?」
杏子「……よ、よぅ」
マミ「………」
杏子「じ、じゃああたしは行くから!んじゃな、マミ!」タッ
マミ「あっ……。………」
~~~
杏子「ふぅ……焦った」
杏子「………ん。この反応は……」
ウーラ「――――」
杏子「ちっ、使い魔かよ。ほれ、見逃してやるからとっとと逃げろ」
ウーラ「―――!」
杏子「ちゃんと人間食って、グリーフシードを孕むんだぞー」
杏子「さて、気を取り直してねぐらでも……!」
杏子「さっきの使い魔の反応が……無くなった?」
杏子「まさか……」タッ
さやか「ふぅ!今のは使い魔だったみたいだね?」
ほむら「そう、みたいですね……」
まどか「でもよかった!魔女になっちゃう前に倒すことが出来て」
杏子(………魔法少女が三人だと?)
ほむら「っ……だ、誰ですか?」
杏子(っ!)
さやか「ん?どうかした、転校生?」
まどか「………」
ほむら「そこの、物陰に隠れてる人。出てきてください」
スタスタ
杏子「………よくあたしがここに隠れてるのに気付いたな?」
さやか「あっ、あんたさっきの!」
杏子「よう、ひよっこその一」
さやか「ひよっこその一!?」
杏子「で、そこのピンクいのがひよっこその二」
まどか「わ、わたしの事?」
杏子「そこの眼鏡がひよっこその三……って言いたい所だが、どうやらアンタはそこそこ経験を積んでるっぽいな?」
ほむら「………」
まどか「えっと……誰?」
杏子「誰、な。こいつを見せればわかるか?」スッ
ほむら「! ま、魔法少女?」
さやか「何しに来たのさ、佐倉杏子?マミさんに用があってこの街に来たんじゃないの?マミさんには会った?」
杏子「何であんたに心配されなくちゃなんねーんだよ。余計なお世話だ」
さやか「あ、そ」
ほむら「あの、お、お名前聞かせてもらってもいいですか?」
杏子「あん?」
ほむら「………」
杏子(なんだこいつ……?)
まどか「わたしも、お名前教えてほしいな。あ、わたしは鹿目まどか。こっちのみつあみの子が暁美ほむらちゃん。それで、こっちのショートヘアの子が美樹さやかちゃん」
杏子「仲良しこよしの魔法少女チーム、ってか?」
まどか「え、あの……?」
杏子「ふん、気に入らねーな。あたしとも仲良く出来たらいいな、とかそんな甘い考え持ってんじゃねえだろうな?」
まどか「っ……」
さやか「ちょっと?まどかの事いじめないでよ」
杏子「………あたしの名前は佐倉杏子。この街にはグリーフシードを集めに来てるだけだよ」
ほむら「え、えと……佐倉さん!」
杏子「何だよ?」
ほむら「も、もし、その、よかったら……わたし達と一緒に戦いませんか?一人で戦うよりも、安全に魔女と戦えると思うんです」
杏子「お前、たった今あたしが言った事を忘れたのか?」
ほむら「………」
杏子「甘いな。決めた、あんたのあだ名は『甘ちゃん』だ」
ほむら「さ、佐倉さん……」
杏子「それよりもさぁ?聞きたい事があるんだけど」
まどか「な、何、杏子ちゃん?」
杏子「今、こっちの方に魔女の使い魔来たよな?」
さやか「あー、なんか真っ暗な結界を作ってた奴が来たねえ」
杏子「あんたら、その使い魔をどうした?倒したのか?」
まどか「え?うん、もちろんそうだよ?」
杏子「………はぁ~……やっぱ、甘い奴のお仲間は甘い奴しかいないんだな?」
ほむら「どういうこと、ですか?」
杏子「いいか?使い魔なんて倒したってグリーフシードは手に入らないだろうが。それがわからないほど馬鹿じゃないよなお前らも?」
さやか「……何が言いたいのさ?」
杏子「わざわざそこまで言わなきゃわかんねーか?ん?」
さやか「っ……!」ダンッ
杏子「おっと!」ギィィン!!
さやか「このっ……あんた!使い魔が魔女になるのを待てとでも言いたいの!?」グググッ…
杏子「よくわかってんじゃねーかひよっこその一。そうだよ、使い魔なんて倒したってただ魔力をいたずらに消費するだけじゃねーか」ギギギッ
さやか(っ……すごい力っ……ビクともしない)ググググッ……
杏子「通りで、魔女も少ないわけだ。こんだけの数の魔法少女がひとつの街に留まって、しかもその全員が使い魔まで律儀に倒すような奴らが集まってりゃ、気配も薄くなるわな」ギギギギッ
まどか「さ、さやかちゃん!杏子ちゃんもやめて!」
杏子「ふん、うぜぇ」グンッ
さやか「うわっ!?」グラリ
ドサッ
杏子「ま、あたしが言いたいのはそんだけさ。せいぜい、四人で仲良しこよししてろよ。じゃーな」
スタスタスタ
さやか「っ……あいつっ……!!」
まどか「さ、さやかちゃん、大丈夫……?」
さやか「あつつ……なんとか、ね」ポンポンッ
ほむら「佐倉……杏子さん……」
ほむら(前回、前々回の時間軸では出会った事の無い魔法少女が、この時間軸で……)
ほむら(この時間軸では美樹さんも契約しているし、もし佐倉さんが力を貸してくれるって約束してくれたら……)
ほむら(わたしと、鹿目さんと、巴さんと、美樹さんと、佐倉さんの五人が揃ったら、ワルプルギスの夜に勝つ事が出来るかもしれない)
ほむら(それに、グリーフシードがどうのと拘ってるって言うことは、もしかしたら佐倉さんは魔法少女が魔女になるって事を知ってるのかも)
ほむら(佐倉さんが味方になってくれたら、きっととても心強いよね)
ほむら(ちょっと怖いけど……説得出来ないか、考えてみよう)
23 : ◆/ZP6hGuc9o[sag... - 2012/10/09 02:01:08.41 PLiKQEpF0 23/219今回はここまでー
一応捕捉しておくと、ほむループ三周目をベースにしたSSとなります
マミ「みんな、大丈夫だったっ?」タッタッタ
まどか「あ、マミさん!」
マミ「ごめんなさい、遅れちゃって」
さやか「いや、いいんですよ」
マミ「使い魔の反応がしたような気がしたけど、倒した後かしら?」
ほむら「はい、そうです」
マミ「よかった。あなたたちに何かあったらと思うと気が気じゃなくて、走って来たけれど。あなたたちももう一人前ね?」ニコッ
まどか「そんな、わたし達なんてまだまだですよ」
ほむら(佐倉さんはいないけど……今のうちに、魔法少女が魔女になるってことを話しておいた方がいいかな)
ほむら「あの、鹿目さん、美樹さん、巴さん。わたしから話したいことがあるんですけど……いいですか?」
さやか「ん?話したい事?」
マミ「何、かしら?」
ほむら「実は……」
―――――
―――
―
―
―――
―――――
マミ「…………………魔法少女が、魔女に……ねぇ」
ほむら「信じられないかもしれないですけど……事実です」
さやか「………あのさぁ?」
ほむら「な、なんですか、美樹さん?」
さやか「キュゥべえがそんな、あたし達を騙すような真似をして、一体何の得があるってのさ?」
ほむら「そっ、それは、その……」
ほむら(得、って言われても……わたしは実際に、前の時間軸で鹿目さんが魔女になる瞬間を見てきてるのに……)
さやか「あたし達に妙な事吹きこんで、仲間割れでもさせたいの?」
ほむら「そっ、それは違います!確かに、証拠はないですけど……わ、わたしは、前に実際に魔法少女の子が魔女になる瞬間を見た事があるんです!」
さやか「………まさかあんた、あの佐倉杏子って奴とグルなんじゃないでしょうね?」
ほむら「どうしてそうなるんですか!?」
まどか「やめなよ、さやかちゃん……それこそ仲間割れだよ」
さやか「いいや。丁度いいし、この際だから言わせてもらうけどさ。あたし、転校生とチーム組むのは反対だわ」
ほむら「っ……」
さやか「マミさんとまどかは飛び道具だからいいかもしれないけどさ、あたしの武器は見ての通り剣なんだよね。それで接近戦してる中で、いきなり爆発とかちょっと勘弁って感じ」
ほむら「うう……」(どうして信じてくれないの……?)
さやか「聞いてんの、転校生?」
ほむら「その、極力美樹さんを巻き込まないように注意してるつもりではいるんですけど……」
さやか「まぁ確かに、実際に巻き込まれたことはないんだけどさ」
まどか「こ、この話はここまでにしよう?ね?さやかちゃんも、マミさんも、今日は疲れてるんだよきっと。解散でいい……ですよね、マミさん?」
マミ「えぇ……そうね。今日の所は、魔女の気配もないし、解散でいいわ」
まどか「ほむらちゃん、ちょっと家にお邪魔してもいい?」
ほむら「え?いい、ですけど……」
まどか〈さっきの話、わたしは信じるよ。だから、もうちょっとお話聞かせて欲しいの〉
ほむら「……!」
マミ「鹿目さんは暁美さんの家に行くのね。それじゃあ美樹さん、わたしの家でお茶でも飲んでいかない?」
さやか「いいんですか?それじゃ、ゴチになります!」
マミ「ええ……佐倉さんの事も、話しておきたいし」
さやか「え?あー……そう言えば、あいつもマミさんとは昔コンビを組んでたとか……」
マミ「そう、その辺りの話。しておいた方がいいかな、と思って。鹿目さんと暁美さんにも、後日話をさせてもらうわね」
ほむら「ご、ごめんなさい巴さん」
マミ「ううん、気にしなくっていいのよ。何も話していなかったわたしも悪いのだし、ね」
まどか「それじゃ、さやかちゃん、マミさん。また明日」
さやか「ん!じゃね、まどか」
マミ「行きましょう、美樹さん」
さやか「はい、マミさん! ………」チラッ
ほむら「っ! さ、さようなら、美樹さん!また、明日……」
さやか「……ん。また明日ね、転校生」
ほむら「……」
スタスタスタ……
まどか「ごめんね、ほむらちゃん。さやかちゃん、悪気があって言ってるわけじゃないと思うんだけど……」
ほむら「ううん、いいんです。何の証拠もなく信じてくれっていうのも、ムシのいい話だって思いますし」
まどか「それで、その、魔法少女が魔女になる、って話なんだけど……」
ほむら「はっ、はい……」
まどか「マミさんとさやかちゃんは信じてなかったみたいだけど、ほむらちゃんは実際に見て来た、んだよね?」
ほむら「そうです」
まどか「どういう状況で、だったのか聞きたいな」
ほむら「………」
ほむら(全部、話しちゃって……いいのかな……?鹿目さんは、信じてくれるかな?)
まどか「………」
ほむら「じ、実は、その……」
――――――――――
まどか「一ヶ月前、から……?」
ほむら「そう、です。前の時間軸で、鹿目さんが、魔力を使いはたして魔女になっちゃう所を見たんです」
まどか「わたしが……」
ほむら「……」
まどか「魔力を使い果たしちゃったら、魔女になっちゃう、って事でいいのかな……」
ほむら「多分、そうだと思います。キュゥべえがそう言うことをして、何か得をするのかって言われても、わたし自身鹿目さんが魔女になっちゃった瞬間に時間遡行の魔法を発動させちゃったから……理由とかはわからないんです」
まどか「……じゃあ、グリーフシードは魔法少女にとって命綱とも言えるようなものなんだね」
ほむら「そういうことに、なりますね……そのグリーフシードだって、元は誰かのソウルジェムだったとも……」
まどか「っ……そう言う風には、考えない方がいいんじゃないかな」
ほむら「鹿目さん……」
まどか「もしかして、杏子ちゃん、そういうことを知ってるからグリーフシードに拘ってるのかな?」
ほむら「わたしも、そうだと思うんですけど……佐倉さんとは、この時間軸で会うのが初めてなんです」
まどか「え?そうなの?」
ほむら「はい……だから、彼女の事はわたしも何もわかっていないと言うのが正直なところで」
まどか「杏子ちゃんとも、お話してみた方がいいかもしれないね」
ほむら「鹿目さんもそう思いますかっ?」
まどか「うん。元はマミさんと知り合いだって話だったし、きっと杏子ちゃんだって悪い子じゃないよね?」
ほむら「わたし、佐倉さんとお話して、ワルプルギスの夜との戦いに力を貸してくれないかなってお願いしようと思ってたんです」
まどか「そうだったんだ。うん、それじゃ、わたしもほむらちゃんと一緒にお話しに行くよ」
ほむら「ありがとう、鹿目さん」
まどか「気にしなくってもいいよ。わたし達、お友達でしょ?」ニコッ
ほむら「は、はい!」
まどか「それじゃ、杏子ちゃん探しに行こっか」
ほむら「どこにいるんでしょうか……」
まどか「杏子ちゃん、魔女を探してるんなら、魔女の反応がする所を探せば会えるんじゃないかな?」
ほむら「でも、ソウルジェム、反応してません……」
まどか「んー……それじゃ、今日はもう無理かなぁ」
ほむら「かも、しれませんね」
まどか「それなら、後日改めてにしよう?」
ほむら「そうですね……手掛かりがないんじゃ、どうしようもないですし」
―――マミの家
マミ「………これが、わたしと佐倉さんの昔の話。ちょうど一年くらい前の事ね」
さやか「………そう、だったんですか……」
マミ「あの日から今まで、佐倉さんとは会う事はなかったの。佐倉さん、元々住んでいた場所は風見野だしね」
さやか「自身の祈りに裏切られて、自棄になって……」
マミ「わたしも、佐倉さんは放っておけないと思って何度か風見野の方に足を運んだことはあるのだけれど……佐倉さん、雲隠れしたかのように姿を見せてくれなくって。いつの間にか、わたしも風見野へ足を運ぶのはやめてしまったわ」
さやか「でも、無事でよかった、って思いません?」
マミ「そうね……とりあえずは安心って所かしら。わたしには、しっかりと顔を見せてくれていないけれど」
さやか「………」
マミ「佐倉さんの事、気になる?」
さやか「そりゃ、まぁ、身の上を聞いちゃったら気になっちゃいますよ」
マミ「……そうね。佐倉さんも美樹さんも、他人の為の祈りで契約したって点では共通点があるのだし」
さやか「ちょっと、あいつの事誤解してた……のかな」
マミ「それでも、使い魔を放置しているのはあまりいい事ではないわね」
さやか「っ……」
マミ「きちんと話せば、佐倉さんもわかってくれるってわたしは信じているけれど……問題は、佐倉さんの方にその気がないって所なのよね」
さやか「まぁ、またいつか顔を見せることもあるんじゃないです?」
マミ「この街にいる以上、嫌でも顔を合わせる機会はあるでしょうね」
さやか「その時にでも、マミさんの魔法で無理やりふんじばってやって話をするとか?」
マミ「うふふ……無理やりはよくないわよ?」
さやか「あっはは!でも、一度ちゃんと話、してみたいですね」
マミ「ええ……そうする事が出来れば、きっと一番いいのよね」
―――ホテルの一室
杏子「ちっ……気に入らねー」ガツガツ
QB「ずいぶんと荒れてるようだね、杏子?」
杏子「アンタはいっつもどこから姿を現すんだ……」
QB「どうかしたのかい?」
杏子「何もしねーさ。つかキュゥべえ、あたしがこの街に来た時に聞いた話と魔法少女の数があわねーぞ?」
QB「え?」
杏子「確か、マミの他にもう二人って話じゃなかったのかよ」
QB「ああ。杏子がこの街に来たその翌日に、新しい魔法少女が姿を現したのさ」
杏子「契約した、じゃなく、姿を現した、か」
QB「うん」
杏子「………暁美ほむら、って奴か?」
QB「おや、知っているのかい?」
杏子「今日、ちょっとだけな」
QB「ほむらについては、僕も詳しい事は知らないんだよね。そもそも契約した覚えもないし」
杏子「はぁ?」
QB「他の街で契約した、ってこともないはずなんだ」
杏子「なんだそれ……キュゥべえにもわからない魔法少女なんて、いるんだな」
QB「こんなことは滅多に起こることじゃないから、僕もちょっと戸惑っているんだよ」
杏子「ふーん……」
杏子(あいつ……身のこなしを見る限りじゃ、ただの素人にしか思えねえが……あたしが気配を消してても、あの中じゃあいの一番にあたしに気付いてたな)
杏子(ズブの素人、ってわけでもないみたいだが……何なのか、よくわかんねー奴だ)
杏子(一筋縄じゃ、いかねえかもな……ま、いざとなったら風見野に帰るだけだし)
杏子(もう一人……美樹さやかって奴の事も気になるといやあ気になるな。他人の為の祈りでって所で引っかかる)
杏子「……ふん。あたしが誰かの心配するなんて、それこそどうかしてんな」
QB「心配?」
杏子「なんでもねーよ。どっか行きな」
QB「やれやれ。マミ達にちょっかいを出すのは構わないけれど、あまり事を荒立てないでくれよ」
杏子「うるせぇな、お前の指図は受けねーよ」
QB「………」トコトコ
杏子(考えるのはやめだやめ。まぁ、また明日はち合わせたら……そん時は、そん時だな)ゴロン
杏子「ふわぁぁ……」ウトウト
杏子「ふわぁぁ……」ウトウト
翌日・校門前―――
杏子「さて、どうするか……」
杏子(マミ一人と接触出来りゃ、それが一番なんだけどな……今じゃ、その他に三人の魔法少女がいやがる)
杏子(なんとかして、マミ一人を誘い出せればいいんだが……)
杏子「! 出てきたな……」コソッ
ほむら「あの、今後の事なんですけど……わたし、爆弾以外の武器の事、考えてみようと思うんです」
さやか「他の武器?」
ほむら「はい。爆弾だけじゃ、どうしても接近戦をする美樹さんの邪魔をしてしまうと思いますから」
さやか「………」
ほむら「だから、それについて答えが出るまでは、美樹さんは巴さんと行動してください」
マミ「暁美さんはどうするつもり?」
まどか「ほむらちゃんとは、わたしが一緒に行動しようと思います」
マミ「鹿目さんが?」
まどか「はい!わたしの武器なら、ほむらちゃんの爆弾に巻き込まれる心配もないですし」
さやか「……あたしは、言った事を撤回するつもりはないからね?転校生がそう言ったからには、期待させてもらうよ?」
ほむら「!」
さやか「まぁ、昨日はあたしもちょっと言い過ぎた。……それについては、ごめん」
ほむら「いえ、気にしないでください。わたしも自覚はあるつもりですので」
さやか「……また、一緒に戦える日が来るのを待ってるから」
ほむら「美樹さん……!」
さやか「あーもう!こっぱずかしい事言わせないでよ!マミさん、行こう!」スタスタ
マミ「ふふっ……ええ、了解よ」スタスタ
杏子(しめた!今日はマミとあのひよっこその一の二人か!)
杏子(甘ちゃんの方も気になるが、とりあえずはマミの方を追いかけるか)タッタッタ
まどか「それじゃほむらちゃん、杏子ちゃんを探そっか」
ほむら「はい、鹿目さん!」
路地裏―――
マミ「こっちの方ね……」スタスタ
さやか「よくわかりますね、マミさん……あたしだったら、この小さな反応だったら気付かないかも」
マミ「その辺りは、経験が物を言う世界ね。美樹さんも、経験を積めば感知できるようになると思うわよ?」
さやか「そうかなぁ……」
杏子「よっ、お二人さん?」
マミ「!」
さやか「……佐倉杏子っ……」
杏子「ひよっこは下がってろ。あたしはマミに用があって来たんだ」
マミ「………何かしら?」
杏子「何もへったくれもあるかよ。相変わらず、使い魔も狩ってるんだな?」
マミ「ええ、そうよ。当然でしょう?」
杏子「っ……今追いかけてるのが使い魔だってのも承知済み、ってか?」
マミ「そちらも当然」
さやか「いや、あたしは知らなかったけどさ」
杏子「ま、使い魔との鬼ごっこは一旦終わりだ。ここからはあたしと勝負してもらおうか?」チャキッ
マミ「あなたは……」
杏子「なんだよ?怖気づいたか?」
マミ「………美樹さん、危ないから下がってて」
さやか「えっ、マミさん!?」
杏子「そう来なくっちゃ!」
さやか「ちょっ、ストップストップ!」
杏子「引っ込んでろっつったろうがひよっこ」
マミ「美樹さん……?」
さやか「ここはあたしに任せてください、マミさん」
マミ「……」
杏子「お前があたしとやるってのか?随分な……」
さやか「杏子っ!」
杏子「っ!」
さやか「あたし、あんたともっと話がしたいの!」
杏子「あたしと話だと……?」
さやか「マミさんから、聞いたよ。杏子の事……」
杏子「っ……」
さやか「実はあたしもさ、自分の為の祈りで契約したんじゃないんだよね」
杏子「……知ってるよ。キュゥべえから聞いた」
さやか「キュゥべえから?全く、あいつは……」
杏子「……それで?」
さやか「うん。……これはあたしの勝手な想像だけどさ。杏子はきっと、昔はあたしと同じだったんじゃないかって思うんだよ」
杏子「っ……」
さやか「愛と正義が勝つ!って言うのかな。照れ臭いけど、どこまでも真っ直ぐ突っ走れるような気がしてさ」
杏子「……黙れ……」
さやか「祈りに裏切られて、自棄を起こすのは仕方ないと思う。でも、あたしとマミさんは、杏子の事、信じてるよ。きっとまた、一緒に戦える日が来るんじゃないか、って」
杏子「……黙れよ……」
さやか「……ねぇ、杏子。もう、やめよう?杏子だって、わかってるでしょ?」
杏子「うるっせぇ!!」ダンッ
さやか「っ!!」
ギィィン!!
杏子「黙って聞いてりゃ、正義だとか、一緒に戦えるだとか……!!知った風な口聞いてんじゃねえよ!!」ググググッ…
さやか「くっ……そんなに、怒るのがっ……何よりの証拠じゃん……!」グググッ…
杏子「この野郎っ……!?」
グルグルグル
杏子「んなっ!?」ドサッ
マミ「そこまでよ、佐倉さん」
さやか「はぁ、はぁ……マミさん……?」
マミ「美樹さん、佐倉さんの正直な気持ちを聞いてみましょう?」
さやか「……」
杏子「くそっ!何なんだてめぇらは!?あたしの、心に……土足で上がり込んで来るんじゃねえよ!!」
マミ「そういうわけにはいかない。今の佐倉さん、あの時と同じ……いえ、それ以上に酷く見えるわよ」
杏子「うぜぇ!!あたしに構うな!!」
さやか「……杏子……」
杏子「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ!!てめぇがあたしと同じだと!?んなわけねえだろうが!!お前はいいよな、祈りに裏切られるような事もねえしよぉ!?」
さやか「っ……」
杏子「他人の為の祈りだぁ!?結局あたしだって、自分に見返りがあるって信じてたんだよ!!お前だってそうだろうが、さやか!?」
さやか「………否定はしないよ」
杏子「っ!!?」
さやか「そうだよ。あたしも、杏子と同じ。口では見返りなんていらないって言ってるけど。心のどこかでは、見返りを求めてる」
杏子「………」
さやか「マミさん。杏子、解放してあげて」
マミ「……いいの?」
さやか「うん、いいの」
マミ「……」スッ
パァァァ……
杏子「………」スクッ ダッ
さやか「杏子っ!」
杏子「っ…」ピタッ
さやか「もし、あたしに言いたい事があるんなら……明日の夕方、風見野と見滝原の境界の橋で待ってる。そこに、来て欲しい」
杏子「………」
さやか「待ってる、から」
杏子「……………」ダッ
さやか「………」
マミ「美樹さん……?」
さやか「大丈夫です、マミさん。杏子の事……なんとなくだけど、わかったような気がするから」
マミ「………」
町外れの工場地帯―――
杏子(………あたし、なんで見滝原に帰って来たんだっけ……)
杏子(ああ……そうだ。マミと……仲直りしたくって、それで戻って来たんだ)
杏子(マミを挑発してやって、本気にさせて……それで、マミに負けたあたしが謝れば……それだけで全部丸く収まってたはずなんだ)
杏子(それなのに、なんであたしはこんなところを歩いてるんだよ……?)
杏子(………!)
杏子(魔女の、反応……?)
杏子「………丁度いい。大暴れ……してやるよ」
廃工場―――
杏子(……何人か、魔女の口づけに操られてる奴らがいるな……)
杏子(ま、こいつらの事はどうだっていい。魔女をぶっ潰してやりゃこいつらも正気に戻るだろうし)
杏子(………見つけた、結界。憂さ晴らしだ……大暴れしてやるよ)
ズアァァァァァ―――
ハコ魔女結界―――
杏子「………」ブゥンッ!!
ドガガッ!!
使い魔「アハハッ!?」
杏子「雑魚に用はねえよ……出て来い、魔女……」
エリー「キャハハハハ……」ユラユラ
杏子「出てきたな……っ!?」
ザザザ……
新しい信仰を――― お腹空いた―――
何を言い出すんだこの神父は―――
何故誰も聞いてくれない――― ―――親父の話をちゃんと聞いて欲しい!!―――
素晴らしい説法だ――― そうだ、その通りだ―――
杏子、その姿は――― あたし、実は―――
なんてことだ――― 違う、あたしは―――
―――人の心を惑わす魔女め!!
あたしはそんなつもりじゃ―――
ただいま……父さん?母さん?モモ?―――
え――― う……うわああああああああああああああああっっ!!?―――
今のあなた、放って置くことなんて、わたしには絶対にできない!―――
―――さよなら、巴マミ――― ―――いつか、あんたにふさわしい仲間が見つかるさ―――
ザザザザ……
杏子「っ……!!」
エリー「アハハハハハハハハハハ」
杏子「嫌だ……行かないでくれ……!」
―――さよなら、巴マミ―――
あたしはそんなつもりじゃ―――
―――人の心を惑わす魔女め!!
杏子「やめてくれ……なんで……なんでだよ……!!」
杏子「あたしは、魔女なんかじゃ……」
エリー「キャハハハハハハ アハハハハハハハハ」
杏子「一人は……一人は、もう……!!」
パシュパシュ ドドォォォォン
杏子「……え……?」
まどか「杏子ちゃん、大丈夫!?」
杏子「お……お前ら……?」
ほむら「魔女の気配がしたから、来たんです!」
エリー「アハハハハ……」ユラユラ
杏子「あ、あたし、は……」
まどか「杏子ちゃんは下がってて!やるよ、ほむらちゃん!」
ほむら「はい、鹿目さん!」
―――――
―――
―
杏子「…………」
まどか「大丈夫、杏子ちゃん……?」
杏子「………ああ、悪い……助かったよ」
ほむら「今のは、人のトラウマを刺激してくる魔女です……佐倉さんも、何か幻覚を見せられたんじゃ……?」
杏子「トラウマ……トラウマ、か……」
まどか「きょ、杏子ちゃん……?」
杏子(もう、振り切ったつもりだったんだけどな……まだまだ、あたしは弱いな)
ほむら「鹿目さん、今の魔女、グリーフシードを落としました。ソウルジェム、浄化しておきましょう?」
まどか「うん。杏子ちゃんは、ソウルジェム大丈夫?」
杏子「……あたしのジェムは……」スッ
ほむら「っ!!ま、真っ黒じゃないですか!?こ、このグリーフシードを……!!」
杏子「いや……そいつは、あんたらが倒した得物だろ。心配しなくっても、あたしも前に手に入れたグリーフシード、あるから大丈夫だ……」ゴソゴソ
パァァァァ―――
まどか「ほっ……よかった」
杏子「? なんでお前らがあたしのジェムの心配をするんだよ……?」
ほむら「だって、魔力を消費し過ぎたら魔女に……」
杏子「………え………?」
まどか「ほ、ほむらちゃんっ!?」
ほむら「え、え?」
杏子「今……なんて言った……?魔力を消費し過ぎたら……魔女に?」
まどか「なんでもないっ!なんでもないよっ!?」
ほむら「鹿目さん……?」
杏子「………」
まどか「とっ、とにかくここは一旦出よう?ほら、助かった人たちも気絶してるし、このまま気が付く前に退散しなきゃ……」タッタッタッ
ほむら「え、あ、ハイ……?」タッタッタッ
杏子(何だってんだ……)タッタッタッ
工場地帯の一角―――
まどか「それにしても、びっくりしちゃった。魔女の結界に入ったら杏子ちゃんがいるんだもん」
杏子「……びっくりも何も、あたしが先に魔女と対峙してただけだろ」
ほむら「でも、丁度よかったです、わたし達、佐倉さんを探してたんです」
杏子「あたしを……?」
まどか「うん。杏子ちゃんと話したい事があって……」
杏子「っ……なんだよ?」
ほむら「その前に、ひとつだけ聞きたい事があるんです。いいですか?」
杏子「………いいよ、話してみてくれ」
まどか「ほ、ほむらちゃん?」
ほむら「大丈夫です、鹿目さん……きっと佐倉さんは、知ってると思いますから」
まどか「べ、別にそれは今話さなくても……?」
ほむら「なるべく早くに話しておきたいんです」
まどか「それは……確かにそうかもしれないけど……」
杏子「おい、お前らだけで話を進めるなよ……あたし一人置いてけぼりだぞ」
ほむら「あ、ごめんなさい佐倉さん。えっと、佐倉さんは、魔法少女の本当の事、知ってますか?」
杏子「本当の事……?何の話だよ?」
ほむら「その、ソウルジェムが濁りきると、魔女になってしまうってことを……」
杏子「…………何だと?」
ほむら「聞きとれなかった、ですか?」
杏子「ソウルジェムが濁りきったら……魔女に、なる……?」
まどか「し、知ってたんだよね杏子ちゃんは?だから、グリーフシードに拘ってたんでしょ?」
杏子「知らねえ……何も知らねえよ……」
ほむら「え……?嘘、だって、佐倉さん……」
杏子「どういうことだよ……詳しく話せ」
ほむら「あ、あの……?」
杏子「大丈夫だ……あたしは大丈夫。だから、話してくれ」
ほむら「………実は」
ほむらはその後、二つの説明をした。
自身が何者なのかと言う事と、魔法少女が魔女になった瞬間を見たことがある事。
ほむらが説明をしている間、杏子は終始口を閉じたままだった。
ほむら「………わたしが時間遡行の魔法を使ったのは、二回ですけど。佐倉さんと会ったのは、この時間軸が初めてなんです」
杏子「……そりゃ、あたしの元々の縄張りは隣町だからな」
ほむら「そ、それにグリーフシードが手に入るとか手に入らないとか、拘っている魔法少女に会うのも初めてでしたから……もしかして、佐倉さんは知ってるんじゃないのかな、と、思ったんです、けど……」
杏子「……………マミや、さやかは?この事、知ってるのか?」
ほむら「前に、話しましたけど……どうも、信じていないみたいです」
杏子「そっか……なら、信じないままでいさせた方がいい」
まどか「ど、どういうこと?」
杏子「マミやさやかに限った話じゃねえ。魔法少女にとって、その事実はちょっと重たすぎる……あたしだって、完全に信じたわけじゃねえけど……」
ほむら「でも、事実……です」
杏子「っ……」
杏子(魔女に……あたしも、いずれ魔女になるってのか……?)
―――人の心を惑わす魔女め!!
杏子(………父さん……あたしは……)
気が付くと杏子は、フラフラと歩き出していた。
ほむら「さっ、佐倉さん!?」
杏子「………」
まどか「どこに行くの、杏子ちゃんっ?」
杏子「悪い……今は、一人にさせてくれないか……」
まどか「で、でも……っ」
杏子「……頼む」
二人に向き直り、頭を下げる。
こうして、誰かに向かって頭を下げるのは、どれくらいぶりだっただろうか。
そんな事を考えていた。
ほむら「佐倉さん……」
杏子「…………一人で、考えたいんだ。色々と……」
まどか「………」
杏子「悪い。お前らが本当に話したかった事ってのは、この事じゃないんだろ?でも、この事についてちょっとだけ、考えたい……」
ほむら「……わかり、ました」
今の杏子を目の当たりにして、ほむらとまどかはそう頷く事しか出来なかった。
杏子「整理が出来たら……また、あたしの方から会いに来るよ」
頭を上げ、二人の顔を一瞥すると、杏子は当てもなく歩きだす。
ほむらとまどかは、そんな杏子の後ろ姿を成す術もなく見送るのだった。
――――――――――
まどか「杏子ちゃん、大丈夫かな……?」
ほむら「わ、わかりません……誰だって、こんな話を聞かされたらショックは受けると思いますから、仕方ないとは思いますけど……」
まどか「そう、だよね……」
二人、意気消沈しながら工場地帯から街の方へと歩いて行く。
その途中、マミとさやかが駆けて来るのが見えた。
マミ「鹿目さん、暁美さん!」
さやか「こっちの方で、魔女の気配がしたけど、大丈夫だったっ?」
まどか「マミさん、さやかちゃん……」
ほむら「魔女なら、倒した後です。これ、さっき手に入れたグリーフシードです」
そう言って、先程倒した魔女が落としたグリーフシードを見せてやる。
ほむらとまどか、二人分のソウルジェムの穢れを吸い取ったグリーフシードがほむらの手の中にあった。
QB「そろそろ限界だね。処理するよ、ほむら」
そう言って背中を差しだしてくるキュゥべえに向かって、そのグリーフシードを放り投げてやる。
マミ「こっちの方でも使い魔が現れたから、駆けつけるのが遅くなってしまったわ。ごめんなさい」
ほむら「いえ、大丈夫です。元々、二手に分かれて魔女退治しようって言い出したのはわたしなんですから」
さやか「ん……なんか気になる言い方だなぁ……」
まどか「さやかちゃんがほむらちゃんをいじめるからでしょ?」
さやか「なにおう!?あたしがいついじめたのさ!?」
まどか「ほむらちゃん、さやかちゃんの事だって戦闘中も結構気に掛けてるのに、さやかちゃんがあんな事言うから……」
ほむら「かっ、鹿目さんっ!?それは言わないでって……!」
さやか「………いや、うん。あたしもさ、ちょっと、考えさせられたよ」
ほむら「美樹さん?」
さやか「転校生だって、悪気があるわけじゃないってのは理解してるつもりだよ?」
ほむら「………」
さやか「だから、まぁ、その、なんだ。あたしは正義の魔法少女を志してるんだから!ほむらも、まどかも、あたしにドーンと任せて!ね?」
ほむら「! わたしの事……」
さやか「これが、あたしなりの反省の証。これからは、ほむら、って呼ばせてもらうからね」
ほむら「……!はい、美樹さん!」
さやかからの歩み寄りが嬉しくて、ほむらは思わず笑みを浮かべていた。
マミ「うふふ、よかった。魔法少女同士、不仲にならなくって」
まどか「うん、よかったです」
さやか「要はあたしが巻き込まれないように気をつければいいってわけでしょ?あたしの思い描く正義の魔法少女は、それくらい難なくやってのけると思うからさ。だから、もう気にしない!」
ほむら「わたしの方も、これからはこれまで以上に美樹さんに気をつけますので!その、だから、えっと……改めて、よろしくお願いします、美樹さん!」
そう言って頭を下げて、ほむらはさやかに向けて右手を差し出した。
その手をさやかは握り返し、握手を交わす。
マミ「うふふ。一時はどうなるかと思ったけれど。これで、元通りね」
まどか「よかった……仲直りしてくれて、本当によかったよ」
さやか「後は、杏子が加わってくれれば、何も言うことはないんだけどね……」
マミ「そうね……佐倉さん……」
まどか「き、杏子ちゃん?」
さやか「ん、どうかした、まどか?」
ほむら「あの、佐倉さんなら、さっき会いましたよ」
さやか「会った?もしかして、杏子と一緒に魔女と戦ってたの?」
まどか「う、うん……あのね、わたし達も杏子ちゃんが仲間になってくれたらいいな、と思ってたんだけど……」
マミ「暁美さんと鹿目さんも、やっぱりそう思う?」
ほむら「はい。あの、その話をしようと思ったんですけど、佐倉さん、なんだか考えた事があると言っていて……」
さやか「杏子については、とりあえずあたしに任せてよ。明日、杏子と話をしようと思ってるからさ」
まどか「さやかちゃんが?」
さやか「ん。あたしも、あいつも、他人の為の祈りで契約したって所は同じだからさ。あいつの気持ち、あたしなら理解出来るかな、と思うんだよね」
ほむら「佐倉さんの契約した時の祈り、ですか?」
マミ「ちょうどいいわ。今から、わたしの家に行きましょう?わたしと佐倉さんの話、まだ鹿目さんと暁美さんには出来てなかったものね?」
さやか「あー……ごめんなさい、マミさん。あたしはちょっと用事があるんで、行けないです」
マミ「あら、そうなの?」
さやか「ちょっと、恭介と約束があるんで……」
まどか「上条君と?」
さやか「う、うん。実は、今日退院したみたいでさ。夜に公園に来て欲しいって言われてるんだよね」
マミ「そう……なら、そっちの約束を優先させないとね?」
さやか「ごめん、マミさん。まどか、ほむら。杏子とマミさんの話、聞いてあげてね。それじゃ、あたし行くから!」
三人に手をあげると、さやかは公園へ向けて走り去っていく。
マミ「それじゃ鹿目さん、暁美さん。行きましょうか?」
まどか「はい、マミさん」
ほむら〈鹿目さん……魔法少女が魔女になるって話は、しない方がいいよね?〉
まどか〈そう、だね。多分、話しても信じてくれないと思うし。また日を改めて、話しよう?〉
ほむら〈うん……ごめんね、鹿目さん。迷惑、掛けちゃってるよね〉
まどか〈気にしなくっていいってば〉
――――――――――
行く当てもなくフラフラと歩いていた杏子は、住宅街の少し外れにある廃屋へとやってきていた。
杏子(ここなら、邪魔は入らないだろ……!)
中に入ると、ソウルジェムが微弱な反応を示した。
杏子(使い魔……)
ゴッツ「――――」
杏子(あたしは、どうしたら……)
さやかに言われた事。
ほむらから聞かされた事。
マミとの事。
色々な事が心の中で渦巻いていた杏子は、使い魔を倒すかどうかで迷ってしまっていた。
ゴッツ「―――!」
杏子「あっ……。………」
逃げていく使い魔を追うのに、逡巡してしまった。
その隙に、使い魔はもう反応の届かない所まで逃げてしまっていた。
杏子「くそっ……どうすりゃいいんだ、あたしは……」
結局逃げた使い魔は追わず、杏子はその場に適当に座り込む。
杏子(魔法少女は……魔女に……)
杏子(さやかは……あたしを、許してくれるのかよ……)
杏子(マミ……あたし、どうしたらいいんだよ……教えてよ、マミさん……)
色々な事があったせいか、不意に眠気が襲って来た。
その眠気に逆らうこともせず、杏子は壁にもたれかかって眠りに落ちた。
―――――
―――
―
「早いな、みんな」
「杏子、おそーい!」
「遅いって、約束した時間には間に合ってるだろ?」
「時間には間に合ってても、この中では一番遅かったじゃない!」
「うるせぇ!あたしの好きにさせてくれ!」
「うふふ、喧嘩しないの、二人とも。それじゃ、行きましょう?」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ……まだ、髪のセットがっ……!」
「たまには、髪を結わなくってもいいんじゃない?ほら、みつあみなんて解いてしまえ!」
「あっ、ちょっとさやかちゃん!せっかく片方終わったのに!」
「ええいまどろっこしい!ついでに眼鏡も外してしまえー!」
「わ、わたしの眼鏡!か、返してください!」
「可愛い女の子だと思った?残念、眼鏡装備さやかちゃんでした!」
「おっ、意外と似合ってるじゃねーかさやか」
「え、そう?」
「な、何も見えません!」
「さやかちゃん、返してあげてっ!」
「いやー、似合ってると言われてしまったからなぁ」
「もうっ……いいです、コンタクト入れますから」
「何よ、コンタクトがあるんなら眼鏡なんて……」
「わたしの眼鏡を奪った罪は重いわよ、美樹さやか?」
「!?」
「おお……眼鏡外して髪解いたら、そっちのキャラの方が似合ってるように見える不思議だな」
「そう?なら、今後はこの性格で行くのも悪くないわね」
「クールほむらちゃんカッコいい!」
「もはや別人とも言えると思えるけれど……」
「この性格が嫌なら、速やかに眼鏡を返しなさい美樹さやか」
「ごめんなさいあたしが悪かったです。返します」
「そう、それでいいのよ」
―
―――
―――――
杏子(………いつの間にか、寝ちまってたのか)
目を覚ました杏子は、今見ていた夢を思い出していた。
それは、今、杏子が何より求めている幸せな夢だった。
さやか、まどか、ほむら、マミの中に杏子もまざっている、ごくごく平凡な日常。
ささやかだけど、幸せな、日常だった。
杏子(………………いいのかな、あたしは)
相変わらず考えのほとんどはまとまっていなかったが。
杏子(あいつらと、一緒に過ごして……いいのかな)
ただひとつの答えは、出始めていた。
杏子(……ちょっと、出るか)
その答えをまだ受け入れられきれなかった杏子は、散歩をして心を落ち着かせようと決めた。
外はすっかり日が落ちて、夜の闇が広がり始めていた。
――――――――――
杏子(………?なんだ、どっからか、音色が……)
夜の住宅街を特に目的もなく歩いていると、ヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
特にどこへ行く予定もなかった杏子は、何の気なしにその音色の出所を辿った。
~~~
着いた先は、夜の公園。
その中心、噴水が設けられた所の近くに、二つの影があった。
一人は、杏子の知らない男。ヴァイオリンの音色は、その男の手から奏でられているモノだった。
そして、もうひとつの影。
そちらは、見滝原に来てから何度か見掛けた人物だった。
杏子「………さやか……」
噴水を挟んだ所にあるベンチに座り、男の奏でるヴァイオリンの音色に耳を傾ける。
杏子(………)
やがて、ヴァイオリンの演奏が終わった。
それと同時、さやか一人の拍手が夜の公園に響き渡る。
さやか「ん……。久しぶりに、恭介の演奏、聴いたよ」
恭介「ダメだなぁ……腕、すごい鈍っちゃってるよ」
さやか「そんな事ないない!事故に遭う前の演奏と、なーんにも変わってないよ。やっぱり、天才だね」
恭介「あはは……そう言ってくれると、僕も嬉しいな」
杏子(なるほど、な……この男が、さやかが契約した理由ってわけか)
恭介「明日からは、僕も学校に通えるから。約束通り、一緒に行こう、さやか」
さやか「ん、もちろん。退院して最初の演奏、あたしに聴かせてくれてありがと」
恭介「いいんだよ。入院中も、さやかには本当にお世話になったから」
さやか「そろそろ、帰った方がいいんじゃない?退院したばっかりで出歩いて、体調崩しちゃったら大変だよ?」
恭介「それもそうだね。それじゃ、僕、帰るよ」
さやか「うん。明日、楽しみにしてるから!」
そこまで言葉を交わすと、恭介は一人歩いて行く。
さやかはその後ろ姿をひとしきり見送った後、自身も家路に着くのだった。
杏子(幸せそうで……よかったな、さやか)
なんとなくさやかに話しかけるのも気恥ずかしかった杏子は、そのまま二人の事を見送る。
杏子(さやかの契約した祈りなら……裏切られる事もないだろ)
杏子は、夕方頃にさやかと話した時の事を思い出していた。
杏子(あたしは……昔のあたしは、さやかと同じだったのかな……)
目を閉じて、契約した時の事を思い出す。
父親の話を真面目に聞いてほしいという祈りで契約して。
父親はいつもと同じように説法を繰り返して。
自身は魔女と戦う日々で。
杏子(怖くないって言うと、嘘になるけど……それでも、あの頃は毎日が楽しかったな)
それは、さやかもやはり同じだったのだろうか。
もしそうなら。
さやかが言っていたことは、当てはまっていたのかもしれなかった。
杏子(………ふん、考えるまでもなかったな)
杏子(愛と正義が勝つ物語。そんなのに、憧れてたよな、あたし)
杏子(どこまでも真っ直ぐに、真っ直ぐに、真っ直ぐ……)
杏子(あたしの道は……どうして、曲がっちまったのかな……)
杏子(あいつ……さやかと一緒にいられたら、あたしは、また真っ直ぐ突っ走る事が出来るのかな……)
もし、そうすることが出来るんなら。
それは、きっとすごく嬉しい事に違いなかった。
杏子(さやか……)
居ても立ってもいられず、杏子はベンチから腰を上げた。
杏子(明日までなんて、待ってられない)
出来るのなら、今すぐにでも。
さやかの隣に立って、昔のように笑いたかった。
その為の一歩を踏み出した所で。
杏子(っ!)
不意に、ソウルジェムの反応に気が付いた。
杏子(これは……魔女じゃ、ないな。使い魔か?)
反応がする方向に、視線を向けた。
そっちの方向には、確か……。
杏子(っ……!!)
さやかが立ち去った方向とは真逆の方向へ、杏子は駈け出した。
使い魔の反応がする方向―――恭介が立ち去って行った方向へ向けて。
杏子(嘘だろっ……おい、待てよ、使い魔!そいつは襲っちゃダメだ!そいつは、そいつはさやかの……!!)
駈け出してから、数分後。
使い魔の展開する不安定な結界を見つけ出した。
一も二も無く、杏子はその結界の中へ足を踏み入れた。
「な、なんだよ、ここ……!?」
「う、うわ、うわっ……ば、化け物っ……!?」
杏子(!!こ、この声は!?)
間違いない。
先程公園で聞いた、男の声だった。
ゴッツ「グケケケケケ!!」
恭介「や、やめろ、来るな、来るなぁ!!」
道の向こうで、使い魔が恭介を襲っていた。
杏子「この野郎っ!!」
このままじゃ間に合わないと思った杏子は、手に持った槍を使い魔目掛けて投擲した。
その槍は、見事に使い魔の胴体を貫いていた。
恭介「え、えっ!?」
杏子「悪い、ちっとばかし手荒な真似をさせてもらうよ!!」
跳躍し、使い魔の体に突き刺さった槍を引き抜くと、それを体を軸に回転させて切っ先を恭介の顔へ向ける。
そして魔力を込め、恭介に幻惑魔法を掛ける。
恭介「う……!?……―――」
唐突に強い眩暈に襲われた恭介はそのまま意識を失い、その場に倒れ伏した。
杏子「てめぇ、こいつを狙うのがどういう事なのか……っ!?」
ゴッツ「グ……ケケ……」
その使い魔に、杏子は見覚えがあった。
先程、廃屋で見掛けた使い魔だ。
杏子(こ、こいつは……あ、あの時、あたしが倒していれば……っ!!)
動揺を、隠しきれなかった。
ゴッツ「グガ……ガアアアァァァァ!!」
羽を広げ、杏子に向けて突進を仕掛けて来る。
うろたえながらも、その突進攻撃を槍で器用にいなす。
杏子「くそっ……くそっ、くそっ、くそっ!!」
今更後悔しても遅いと結論を出した杏子は、その使い魔の体をめった刺しにする。
途中、抵抗がなくなったこともお構いなしに、何度も何度も。
ゴッツ「――――――………」
杏子「よくも、よくも、よくもおおぉぉぉぉっっ!!」
ボロボロと崩れていく使い魔の体に呼応する形で、不安定な結界も崩壊していく。
杏子「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇ!!」
最後にトドメと言わんばかりに使い魔の体を蹴り跳躍すると、右手に握った槍を地に倒れ伏している使い魔目掛けてもう一度放り投げる。
杏子「くたばれっ!!」
ザクリと刺さったのを確認すると、槍先に込めた魔力を解放させた。
小さな赤い爆発が巻き起こる。
杏子「これでっ……!?」
放った小さな爆発が使い魔の体に引火し、轟音を響かせて爆風が巻き起こった。
杏子「ぐっ……!?」
その爆発は杏子と、近くに倒れ伏していた恭介をも巻き込んだ。
杏子「あっ……!?」
使い魔の展開していた不安定な結界が完全に崩れ去り、辺りは夜の住宅街へと戻っていた。
その場には似つかわしくない、傷だらけの杏子と恭介だけを残して。
杏子「や、やばいっ……あ、えと、えと……か、回復を……!!」
慌てて変身を解除して、ソウルジェムを左手で握りしめる。
そして気絶している恭介の元へ駆け寄り、そのソウルジェムをかざした。
杏子「か、回復、回復を……っ!」
自身の回復は幾度かした事はあったが、他人の回復など経験はなかった。
マミと組んでいた時は、マミが回復魔法を使うのが得意だったし、杏子が一人で戦うようになってからは、気遣う誰かなどいなかったのだから。
杏子「くそっ、治れ、治ってくれっ……!」
不慣れながらも、ソウルジェムを恭介へ向けてかざし続ける。
杏子「はぁ、はぁっ……っ!」
公園の方から、近づいて来る足音を聞きとった。
杏子(だっ、誰だ?さ、さやかかっ?と、とにかく姿を隠さないとっ……!)
幸い、恭介の傷の治療はほとんど終わっていた為、杏子はその場から身を隠した。
足音の主は、やはりさやかだった。
さやか「恭介っ!?」
恭介「……ん……さやか……?」
さやか「つ、使い魔に襲われたのかな……こっちの方で反応あったのに、気付くの遅れちゃったけど……恭介、大丈夫!?」
恭介「さ……さやか……?」
さやか「気が付いた!?」
恭介「あれ、僕、どうして……?」
さやか「っ……き、きっと体調崩しただけだよ、うん!家まで、ついて行くよ!」
恭介「ごめん、さやか……」
ヨロヨロと力なく立ち上がる恭介に肩を貸して、二人はその場から歩き去ってっいった。
杏子(さやか……ごめん、ごめんっ……!)
その二人の後ろ姿を見送ると、杏子は居ても立ってもいられずその場から走り出した。
行き先など考えずに。
とにかく体を動かさないと、どうにかなってしまいそうだった。
―――――
―――
―
恭介「体調崩しただけ、なのかな……?」
さやか「そうだよ!それ以外には考えられないってば!」
恭介「なんだか、変な夢を見たような気がするよ……」
さやか「ゆ、夢?」
恭介「うん。化け物に襲われてる僕を、赤い影が助けてくれたんだ」
さやか(赤い……影……)
恭介「なんだかすごく鮮明に覚えてるんだけど……やっぱり、夢だったのかな」
さやか「あはは、そんな、化け物なんているわけないじゃん」
恭介「うーん……まぁ、そうだよなぁ……一体何だったんだろう……?」
さやか(杏子が、恭介を助けてくれたのかな……?明日、お礼言わなくっちゃ……って、来てくれるかどうかもまだわかってないんだけど)
――――――――――
杏子「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
当てもなく走り、行きついた先はマミの家だった。
杏子「マミっ……」
呼び鈴を押し、壁にもたれかかる。
杏子(あたしは……あたし、はっ……!)
一人思い悩んでいると、ドアの向こうから声が聞こえて来る。
マミ「はい、どちら様ですか?」
杏子「マミ……あたしだ……」
マミ「佐倉さんっ?待ってね、今開けるから」
その言葉の後、チェーンの外す音と解錠する音が聞こえて来る。
ドアが開かれ、マミが顔を出した。
マミ「どうしたの、佐倉さん……!?」
杏子「悪い……中、入れてくれるか……?」
マミ「どっ、どうしたのっ!?体中、傷だらけ……!」
杏子「話すから、中に……頼む……」
マミ「い、いいわ、入って」
促されるまま、弱々しい足取りで中へと入って行く。
居間に置かれたクッションの上に座ると、マミはソウルジェムを持って杏子に近づいて来る。
マミ「今、傷を治してあげるから……」
杏子に向けてソウルジェムをかざすと、淡い光を放ち始める。
杏子(………やっぱり、すごいな……マミは……)
見る見る内に癒されていく傷を眺めながら、杏子は改めてそう思う。
昔から、そうだった。
マミの魔法は、優しく全てを包み込んでくれる。
魔女退治に不慣れだった頃も、指導してくれる時も。
マミ「………はい、完了」
杏子「ありがとう、マミ……」
マミ「ううん、いいのよ。それで……何があったの?」
杏子「ああ……」
俯きながら、杏子はポツリポツリと話し始める。
杏子「今日の夕方にさ、さやかと話をしてから、色々と考えたんだ……さやかの事、マミの事、昔の事……」
杏子「あたし……どうしたらいいのか、わかんないんだ」
杏子「町外れの廃屋でさ、ちょっとだけ寝ちまったんだよ、あたし。その時に、夢、見たんだ……」
杏子「お前たちの中に、あたしも混ざってありふれた話をしてる日常の夢だった……」
杏子「ささやかだけどさ、確かにそれは、幸せな夢だったんだ……」
杏子「なんとなく、あたし、気付いたんだ。ああ、あたしはあいつらと一緒にいたいんだな、って……」
杏子「でも、あたしにはそんな資格、ないって思うんだ……」
杏子「だって、今まで好き勝手に、ワガママに生きて来たあたしがさ、そんなこと、許されるわけないって……」
杏子「契約したばかりの時は、あたし、毎日笑ってたんだよな」
杏子「一人で魔女と戦ってて、怖かったけど、あたしはこの街を守ってるんだ!って考えると……本当に嬉しくて……」
杏子「さやかは、そんな昔のあたしは知らないはずなんだ。でも、さやかは、今のさやかは昔のあたしと同じだって言ってくれた」
杏子「考えてみて、ああ、確かにおんなじかもしれないな、って、あたしも思ったんだ」
杏子「あたしの憧れは、マミみたいな正義の魔法少女で……それは、きっと今も変わってないんだと思う」
杏子「そして、そんなマミの後を真っ直ぐ追ってるさやかが、ものすごく羨ましい……」
杏子「さやかだけじゃない。まどかとほむらだって、マミの影響を受けてるのくらい、見たらすぐにわかるよ」
杏子「あいつらも、すごい、いい奴だったから……」
杏子「あたしの道は曲がっちまったけど……さやかと一緒にいる事が出来たら、あたしはまた真っ直ぐ突っ走る事が出来るのかな、って、そう思えたんだ」
杏子「さやかは、明日話をしよう、って言ってくれたけど……あたし、待ち切れなかったんだ」
杏子「だから、さやかの所に駆けつけようと思って……そこで、使い魔の気配がしたんだ」
杏子「そいつは、前にあたしが見逃しちまった使い魔だった。しかもあろうことか、さやかの大切な人を襲ってたんだ」
杏子「あたしはぶちぎれたよ。よくもさやかの大切な人を襲ったなって」
杏子「それで、その使い魔は倒せたんだけど……その人に、傷をっ……負わせちまってっ……!」
杏子「使い魔を仕留めた後に、自分の傷も省みずにそいつの傷を治したんだ。全部あたしが悪かったから、傷を治して許してもらおうなんて思っちゃいなかった」
杏子「そのすぐあとに、さやかが駆けつけて来たんだ……思わずあたしは隠れちまった」
杏子「きっとさやか、怒ってる。あたしのせいでその人が傷ついたって、あたしが使い魔を見逃したからこんなことになったってっ……!」
マミ「……それで、居たたまれなくなって走って来た、と言うわけね」
杏子「あたし、もう、さやかに合わせる顔がない……こんな、使い魔を放置しとくような最低なあたしなんか、さやかの隣に立つ資格なんてねぇよ……!」
マミ「佐倉さん……」
杏子「どうしたらいいんだよあたしは……教えてくれよ、マミさん……!」
俯いたまま、目に溜まった滴がポタリと落ちる。
一粒、二粒と。
マミ「………」
杏子「ひっく……こんなあたしが、さやかと一緒にいたいなんて、口が裂けたって言えるわけない……!だってあたし、もう曲がっちまってるんだ……後戻りなんて、出来ねえよ……!」
マミ「……泣きたいのなら、泣きなさい、佐倉さん」
ふわりと、マミは優しく杏子の肩を抱く。
後頭部に手を当て、やはり優しく撫でてやる。
杏子「マミさんっ……っく、うえぇ……っ」
マミ「よしよし……佐倉さんの気持ちは、よくわかったから……」
杏子「マミさぁんっ……う、あぁぁぁぁぁぁ……」
堰が切れたかのように、大粒の涙をこぼしながら。
マミの胸に顔を埋めて、子供のように杏子は泣きじゃくった。
―――――
―――
―
杏子「スゥ……ムニャ……」
マミ「泣き疲れて、寝ちゃった……か」
マミ(佐倉さん……本当に、色々と悩んだのね……)
杏子「クー……スヤ……」
マミ(今のあなたなら……わたしも、また一緒に戦いたいな)
カップに残った紅茶を飲み干し、流しへと持っていく。
慣れた手つきで洗い物を済ませると、マミも床へ着くのだった。
――――――――――
杏子「…………………ん」
杏子が目を覚ましたのは、そろそろ正午も回るかという時間だった。
杏子(……ああ、そうだった。昨日は、マミの家にお邪魔して……)
寝起きの頭で考えながら、布団から起き上がる。
ふとテーブルに視線を移すと、そこには一人分の食事と置き手紙があった。
杏子「………」
置き手紙を手に取り、それに目を通す。
【おはよう、佐倉さん。
朝食はここに用意しておくから。レンジでチンして食べてね。
わたしは学校へ行って来るけれど、佐倉さんはお留守番よろしく。
鍵は玄関の下駄箱の上にスペアキーが置いてあるから、どこかへ出かけるのなら施錠はしっかりとする事。
スペアキーは佐倉さんに預けておきます。
今日の夕方、美樹さんと約束があるのでしょう?すっぽかさずに行く事。
学校が終わったら、わたしも一度真っ直ぐに家へ帰るからね。
巴マミ】
杏子「……………」
その手紙を裏返し、側に置いてあったペンを手に取ると、杏子はマミに向けて手紙を書き始める。
杏子(ごめん……マミさん……)
書き終え、それを文面が内側になるように二つに折り畳み、ペンと一緒にテーブルに置く。
杏子(あたしは……)
そして、用意された食事には手をつけずに、杏子はマミの家を後にする。
手紙で言われた通り、施錠はしっかりとして。
しかしスペアキーは持ちださず、ポストの中へしまって。
杏子「…………じゃあな、マミ……」
杏子「話、聞いてくれてありがとう……」