関連記事:【前編】

146 : 1[saga] - 2011/10/08 23:31:41.84 Ytwh+CC40 105/370


*


 それから数日が経過した。
 懸念された織莉子による襲撃も無く、何事もない平和な日々のようであった。

 まどか護衛のローテーションは、今のところ問題なく動いている。
 それどころか各々に自由な時間が出来るので、フリーの日は思うが侭に行動していた。

 マミは新作のケーキを買ってきてはお茶会を開き、
 杏子とゆまは風見野でも張り切って魔女を狩り、
 ほむらはまどかへのセクハラに余念がない。

 そんなある日、ほむらは放課後全員に収集をかけた。
 場所はほむらの住むアパートだ。
 殺風景な部屋の中央に鎮座するちゃぶ台を取り囲むように
 マミ、杏子、ゆま、まどか、そしてほむらが座る。
 さやかは幼馴染の見舞いがあるらしく、欠席した。
 全員にお茶と菓子が行き渡ったところで話を切り出す。

「数日後、この街にワルプルギスの夜が来るわ。
 マミ、杏子、ゆま。力を貸してほしい」

147 : 1[saga] - 2011/10/08 23:33:35.46 Ytwh+CC40 106/370


 開口一番、ほむらはそう告げ、頭を下げた。
 ゆまは首を傾げる。おそらくワルプルギスの夜を知らないのだろう。
 まどかはビクッ、と体を震わせる。
 マミと杏子はその言葉の意味を理解したらしく、表情が引き締まる。
 マミが疑問を口にする。

「それは、本当なの?そうだとしたら、何故貴女がそれを知っているの?」

「……ごめんなさい。今、それを言うわけにはいかないの。
 でも信じてほしい。この魔女は私一人ではどうにもならない。みんなの協力が必要なの」

「事情は話さず、協力だけしてくれって?そりゃあ、虫がよすぎやしねえか?」

「…終わったら必ず話すわ。約束する」

 マミは口に手を当て、何かを考えている。

「だいたいよぉ、それ手伝ったとしてさ、私に何か見返りあんの?
 ワルプルギスの夜といえば、超弩級の魔女って噂じゃん。
 そんな危ない橋渡らせるってのに、何の見返りも無いんじゃなぁ…」

148 : 1[saga] - 2011/10/08 23:35:21.53 Ytwh+CC40 107/370


「手伝うメリットは無くとも、放置するデメリットはあるわ。
 放っておけば、この街は間違いなく崩壊する。犠牲者も沢山出るでしょうね」

「はっ!ぶっちゃけた話、どんだけ犠牲者が出ようが、そんなの私には関係ないね」

「ダメよ佐倉さん、そんな考え方は。
 魔女の魔の手から人々を守る。それが本来の魔法少女のあるべき姿なのよ」

 マミの言葉に、杏子は一瞬戸惑った表情になった。だが次の瞬間にはその表情は消えていた。
 杏子は少し声のトーンを落として話す。

「そう思ってんなら、マミはそうしたらいい。
 私は、私のやり方を曲げるつもりは無い」

「…あいかわらずね」

「…マミもだろ」

 マミと杏子はしばらくお互いにらみ合う。そして二人同時に目線を逸らす。
 不意に杏子が立ち上がった。

「とにかく、事情は話さない、見返りも無いってんじゃあ、私はこの話には乗れないね。
 私は帰らせてもらう」

149 : 1[saga] - 2011/10/08 23:37:06.51 Ytwh+CC40 108/370


 背を向けて部屋を出ようとする杏子に、ほむらは問いかける。

「待って杏子。貴女は何が欲しいの?一体どんな見返りがあれば貴女は手伝ってくれるのかしら?
 グリーフシードならいくつか持っている。協力してくれるなら、それを全部譲ったっていいわ」

 杏子は足を止め、振り返る。

「グリーフシードはいらない。ただ私は、お前が知ってる事が聞きたい。全部話せ」

 その言葉に、ほむらは戸惑う。

「さっきも言ったけど、それなら後で必ず---」

「いいや、私は今聞きたいんだ。それができねえってんなら、私は降りるだけだ」

「…そう。残念だけど、仕方ないわ」

「……ふん。ゆま、帰るぞ」

 再び踵を返して歩を進めようとする杏子を、まどかが呼び止める。
 
「待ってよ杏子ちゃん。杏子ちゃんは街の人を見捨てちゃうの?
 ただ、みんなで協力して魔女を倒す。それじゃあダメなの?」

 まどかはほむらに向き直る。

「ほむらちゃんも隠し事なんてしないでさ、話して欲しいなって」

150 : 1[saga] - 2011/10/08 23:39:02.12 Ytwh+CC40 109/370


 杏子は黙ったまま口を閉ざす。
 ほむらはまどかに聞いて頂戴と言う。

「こればっかりは、まどかの頼みといえど聞けないわ。
 これを話すと、知られたくない秘密のことや、
 私の持つ魔法の性質とその弱点まで曝け出すことにつながるの。
 私にとってそれは、致命的な事なのよ」

 まどかの表情が曇る。

「それって、マミさんや杏子ちゃんを信頼していないってこと?」

「それは違うわ。たとえ信頼している仲間であっても、
 話せることと話せないことがあるってだけよ」

「でも、それを話せば杏子ちゃんは協力してくれるんだよ?」

「………」

 ほむらの表情が若干引きつった。指先が忙しなく動いている。

「…ほむらちゃん?」

「………少し、考える時間を頂戴。
 ワルプルギスの夜を倒すには杏子の協力が必要。それは分かってるの。でも…」

151 : 1[saga] - 2011/10/08 23:40:36.34 Ytwh+CC40 110/370


 ほむらは俯き、口を閉ざしてしまった。代わるように杏子が話し出す。

「話はついたみてえだな。ほむら、私は、お前が話してくれるのを楽しみに待つことにするよ」

 まどかは杏子に向き直り、語りかける。

「…杏子ちゃんはさ、何でそんなにほむらちゃんの事情が知りたいの?」

「あー、話の内容は気にはなるが、そこが重要って訳じゃあないんだ。
 なんつーかさ、事情を話してくれる、ってことが大事なのさ。正直、内容は二の次だ。
 話してさえくれれば、それがどんなにブッ飛んだ内容だろうが、私は構わない。
 ましてや笑い飛ばしたり、バカにしたりなんか、絶対にしない。ちゃんと最後まで聞くさ」

「…魔女を退治した後じゃダメなの?」

「ワルプルギスの夜に関する情報を、倒した後に知ったってしょうがねえじゃん。
 たとえそれが、戦うときに何の役にも立たないものであってもな」

 まどかはそれ以上聞けなかった。杏子の意思は固いと判断したのだ。
 まどかはマミに向き直る。

「マミさんは、ほむらちゃんの力になってくれますよね?」

「さっきも言ったけど、魔法少女は魔女を倒すのが使命よ。見返りなんていらない。
 この街に危害が及ぶのであればなおさらよ」

152 : 1[saga] - 2011/10/08 23:42:04.84 Ytwh+CC40 111/370


 その言葉に、まどかの表情が一瞬緩む。

「でも、連携して戦うのは難しいでしょうね。やるとしたら、個々でやるしかないわね」

「そ、そんな…」

 まどかの表情がまた曇った。

「仕方ないわよ。やっぱり、何かを隠している相手に背を向けるのは、ちょっと怖いわ。
 何もないって分かっていても、ね…」

 マミはほむらをちらっと見る。ほむらは俯いたままだった。

「どうやら、後はほむら待ちってところだな。ま、決心がついたならまた声掛けてくれよ。
 茶ぁ、ごちそうさん。おいゆま、いつまで飲んでんだ。行くぞ。
 今日の魔女狩りルートは、病院からだったな」

「あ!待ってよキョーコ」

 杏子とゆまが部屋を出た。
 それに続くようにマミも立ち上がる。

「私もいくわ。それじゃあね」

 バタンッと扉の閉められる音が部屋に響く。
 部屋にはほむらとまどかが残された。
 まどかが何かを言おうとした瞬間、ほむらが立ち上がった。

「あ…」

「家まで送るわ。行きましょ」

153 : 1[saga] - 2011/10/08 23:43:09.12 Ytwh+CC40 112/370


*


 まどかの家へ向かう道の途中、しばらく続いた沈黙を破ったのはほむらだった。

「まどか、ありがとう。まどかは私のフォローをしてくれたのよね?それなのに、私のせいで……。
 折角まどかがくれたチャンスを生かせなくて、本当にごめんなさい」

「ふぇ?あ、ああ!いいよいいよ、気にしないでほむらちゃん。
 結局、私じゃあ、何も変えられなかったわけだし。
 …その、ちょっと聞きたいんだけど、ワルプルギスの夜ってどんな魔女なの?」

「強大な力を持った大型の魔女よ。自分の結界に篭らず、現実の世界で暴れまわるの。
 一般の人間からはその姿は見えず、大きな災害という形でしか認識できないわ」

「災害?もしかして、本当に街全体が危ないの?」

「ええ。でも大丈夫。私たちが必ず倒すから。犠牲者なんて絶対出させないわ。
 だから心配は要らない。まどかは安心して避難してちょうだい」

「…避難……」

「ああ、ワルプルギスの夜が近づいてくると、おそらく街全体に避難勧告がでるはずよ。
 …危ないから、見に行こうなんて考えちゃダメよ」

「そんなことしないよ。ほむらちゃん達が遊びでやってるわけじゃない、ってちゃんと分かってるから」

「…そう。それならいいの」

154 : 1[saga] - 2011/10/08 23:45:09.02 Ytwh+CC40 113/370


 再び二人は沈黙する。すたすたと足音だけが響き渡る。
 まどかは何かを決心したように口を開く。
 
「ねぇ、ほむらちゃん。わたし---」

「あー!!!まどかにほむらーー!!おーーい!!」

 だが、まどかの声は前方から来たさやかの大声にかき消され、途中からほむらには聞き取れなかった。

「こんなとこでどうしたのさ?今日、ほむらん家で集まりがあったんじゃなかったっけ?」

「ああ、それはもう終わったのよ」

「えっ、そうなの?せっかくこのさやかちゃんが駆けつけたってのに~~!」

 さやかはわざとらしく悔しそうな身振りをする。その手にはCDの入った袋が握られていた。
 まどかがそれに気がつき、指摘する。

155 : 1[saga] - 2011/10/08 23:46:08.34 Ytwh+CC40 114/370


「ああこれ?それがさ~、せっかく見舞いに行ってやったってのにさ、都合悪いんだって~」

「じゃあ上条君には会えなかったんだ」

「そ~なのよ。だから急いでこっち来たらもう終わってるって…。ホント今日は空振りばっか……」

「あはは。ついてないねぇ、さやかちゃん。
 心配しなくても今日の集まりの内容はちゃんと教えてあげるよ」

「くぅ~、やっぱまどかは優しいねぇ~。流石は私の嫁だ!」

 そう言うと、さやかはまどかに抱きついた。

「わっ!もう、さやかちゃんったら」

 まどかはさやかの頭を優しく撫でる。

 ほむらはその様子を微笑ましく、同時に羨ましそうな目で見ていた。

156 : 1[saga] - 2011/10/08 23:48:05.75 Ytwh+CC40 115/370


*


 ほむらがワルプルギスの夜のことを話した翌日のことだった。

「ねえ。さやかはさぁ、僕をいじめているのかい?」

「…え?」

 幼馴染である上条恭介の見舞いに来ていたさやかは、彼からの突然の質問に驚いた。
 いや、驚いたというより、意味が分からないといった考えの方が強かった。
 そしてさやかは疑問に思う。いじめている?なんの冗談だろう、と。

「なんで今でもまだ音楽なんて聴かせるんだ?嫌がらせのつもりなのか?」

「なんでって…。だってそれは、恭介が音楽好きだから---」

 それを聞いた恭介は激昂し、

「もう聴きたくないんだよ!!自分で弾けない曲なんて!!」

 と叫ぶと、ケガをしている左手で、CDをケースごと叩き割った。
 手から血がポタポタと垂れる。
 しかし、それを痛がっている様子がまったく無い。
 まるで、痛覚や触覚といった感覚が完全に麻痺しているかのように。

157 : 1[saga] - 2011/10/08 23:49:58.45 Ytwh+CC40 116/370


「…!!や、やめて!!!きっと治るから!!諦めなければきっと---」

「諦めろって言われたのさ。今の医学ではどうしようもない。
 この腕はもう、動かないんだ。奇跡か魔法でもない限り……」

 奇跡か、魔法。
 さやかの脳裏に浮かんだのは、何でも願いが叶う、キュゥべえとの契約のことだった。

「…あ………」

 さやかは顔面蒼白で、プルプルと手を震わせる。声がうまく出せないようだ。


 ---あるよ。奇跡も魔法も、あるんだよ。

 そうさやかは言いかけた。だが、それを口にはしなかった。いや、出来なかった。
 口にしよう、声を出そう、伝えようとするたびに、代わりに胃から吐瀉物が込みあがってくる。
 無理にでもその言葉を発したら、同時に口から撒き散らしてしまいそうだった。

 原因は分かっていた。先日の織莉子襲撃の件だ。未だに思い出すと気持ち悪くなる。
 さやかは頭を振った。そして自分を叱咤する。
 何をしている!早く恭介に言うんだ!治る!その腕は、治るんだよ!!

158 : 1[saga] - 2011/10/08 23:51:29.09 Ytwh+CC40 117/370


「……ゴメン。恭介の気持ちも考えずに……。私、ちょっと無神経だった…」

 さやかの気持ちとは裏腹に、声に出たのは謝罪の言葉だった。
 それを聞いた恭介は、はっ、とする。

「いや、僕の方こそごめん。さやかは厚意でしてくれていたのに…。
 …すまないが、一人にしてくれないか。頭を冷やしたいんだ。
 それと、今度からは音楽に関係しているものを持ってくるのはやめてくれると嬉しい、かな…」

「…うん、わかった。また来るね。バイバイ」

 さやかは静かに病室のドアを閉めた。

 病室を出ると、その足で屋上へ向かう。
 屋上は心地よい風が吹いていた。
 さやかはフェンスに寄りかかり、遠くの景色を眺める。
 頭に浮かんでくるのは先ほどのやり取り。
 なぜ、たった一言が言えなかったのだろう。
 …そんなこと、考えるまでも無いじゃないか。


159 : 1[saga] - 2011/10/08 23:53:41.75 Ytwh+CC40 118/370


 怖いんだ。どうしようもなく。
 恭介の腕を治すことと、魔法少女になって戦うことを天秤にかけても釣り合わないくらいに。
 そして口に出してしまったら、もう行くしかないことが分かってしまったのだ。

 恐怖と暴力と理不尽が渦巻く、魔法少女の戦場へ---

 さやかは込み上げてくる吐き気を懸命に堪える。

「…ッああ!!」

 ガンッ!ガンッ!!ガンッ!!!

 気がつけば、さやかは何度もフェンスに拳を叩きつけていた。

「…ううっ……なんで…私は………ぐすっ……」

 しばらく叩き続けると、やがて嗚咽とともに、ズルズルと膝から崩れ落ちた。

「………」

 その様子を、離れた位置からキュゥべえが見つめていた。
 しばらく眺めていたキュゥべえは、ため息を一つつくと、踵を返し、去っていった。

164 : 1[saga] - 2011/10/16 11:36:01.19 NT8qNy6V0 119/370


*


 学校からの帰り道、まどかはゆまと一緒に歩いていた。

 さやかは幼馴染の見舞いに行き、マミは街へ魔女狩りに、杏子はゲーセンで時間を潰し、
 ほむらは教室の掃除当番なので別行動だった。
 その結果、まどかの傍にはゆま一人が残ったのだった。
 ゆまとは学校の門の前で合流した。
 どうやらそのまま自宅周囲の警備にあたるつもりのようだ。

「キョーコ、遅いね~。今日はまどかおねえちゃんを守る日なのに」

「そうだね。もしかしたらゲームに夢中になっちゃってるのかもね」

「む~。そんなのダメだよ。ゲームよりこっちが大事なのに…
 よし、キョーコを探しに行こう!」

「そうだね。一緒にゲームやりに行こっか」

「違うもん。ゲームやりに行くんじゃなくて、キョーコを叱るんだもん」

「ふふふ。そうだよね。ガツンと叱ってあげなきゃね」

 まどかとゆまは進路をゲームセンターへと変え、歩き出した。



165 : 1[saga] - 2011/10/16 11:37:59.74 NT8qNy6V0 120/370


 数十分後。

「…いないね」

「…うん。キョーコ、どこ行っちゃったのかな?」

 もしかしたら杏子はもう、まどかの家へと向かっていて、すれ違いになってしまったのではないか。
 そう思った二人は、急ぎまどか宅へと向かう。
 時間が遅い為か、道に人通りが無かった。
 それを疑問に思った直後だった。
 横手の狭い路地に、フラフラとした足取りで歩く、一人の少女がいた。
 その少女はまどかと同じ学校の制服を着ており、ウェーブの掛かった髪を風に靡かせていた。

「あれ?仁美ちゃん?今日のお稽古事はどうし---」

「…!!まって!!」

 まどかがその少女の名を呼ぶのと、ゆまが制止をかけるのは同時だった。



166 : 1[saga] - 2011/10/16 11:39:29.15 NT8qNy6V0 121/370


「---あら、鹿目さん。ごきげんよう」

 まどかへと振り返った仁美の目からは、生気がごっそり抜け落ちていた。

 ---普通じゃない!一体何が?!

 まどかは仁美の首に、何かの刻印のようなものを見つける。

「あれは、『魔女の口付け』だよ。
 魔女が人から生気を奪ったり、自殺や事故に見せかけて殺したりするときに使うんだ」

「え?!じ、じゃあ、この近くに魔女が---」

「うん。はやく倒さないと、この人が危ないよ!」

「あらあら。何をお話しているのですか?
 わたくし、そろそろ行かなくてはなりませんの」

「行くって、どこに行こうとしてたの?」

「それは、ここよりもずっと良い場所ですのよ。
 そうですわ。鹿目さん達も是非ご一緒に」


167 : 1[saga] - 2011/10/16 11:41:40.30 NT8qNy6V0 122/370



 気がつけば、まどかとゆまは、数人の男女に囲まれていた。
 そしてその全員に『魔女の口付け』があった。
 仁美の誘いを断れば、何をされるか分かったものではない。
 だが、悪い事ばかりではない。着いていけば魔女のもとにたどり着けるかも知れない。
 ここは着いて行くのが得策か。

「あ!そうだ。ほむらちゃんやマミさんに連絡を---」

 まどかはケータイを取り出し、ほむらへと電話を掛けようとする。
 だが、

「そいつはちょっと遠慮してもらおうか!」

 電話が相手を呼び出すその前に、人垣の中から飛び出す黒い影があった。
 その誰かは、まどかへと駆け寄りながら左手に爪を出現させ、下から払うように振る。



168 : 1[saga] - 2011/10/16 11:43:38.54 NT8qNy6V0 123/370



「でやぁ!!」

 咄嗟にゆまは変身し、まどかの前に割り込み、ハンマーで爪を受ける。
 ガキィィィン!!と甲高い音が辺りに響いた。
 衝撃で、まどかの持っていたケータイが、地面を転がっていった。
 襲撃者はゆまと競り合いになるも、ゆまに押され、力勝負は分が悪いと思ったのか、後ろに飛び退いた。

「やあ、ちっこいの。この前の続きをしようじゃないか!」

 襲撃者はそう言った。
 まどかはこの襲撃者に見覚えがあった。
 黒を基調とした魔法少女の衣装。
 右目の眼帯。
 腕が無く、バタついている右袖。
 そして、鋭利な左手の爪。
 名前は確か、呉キリカ、だったはず。



169 : 1[saga] - 2011/10/16 11:44:59.50 NT8qNy6V0 124/370


 そこまで思い出して、まどかは血の気が引いた。

 まずい!この状況は非常にまずい!!
 この人達は確か二人組みで、もう一人がどこかに居るはず!
 ほむらちゃんはこの二人を相手にした時、完全に押されていた。
 それが今はゆまちゃん一人。
 このままじゃ、あの時のほむらちゃんみたく、ゆまちゃんが---

「は、早くほむらちゃん達を呼ばないと!!」

 キリカとゆまが戦闘を始めた。
 戦っている音が響く中、まどかは必死に落としたケータイを探す。
 だが、一向に見つからない。どこにも無い。
 そんなはずは無い。そんな遠くに転がっていったはずはないのに!

「鹿目さん。これをお探しですか」

 その声に、地面に向けていた視線を上げると、仁美がまどかのケータイを持っていた。

「仁美ちゃん!見つけてくれたの?!ありがとう!
 ちょっと急いで電話したくって---」



170 : 1[saga] - 2011/10/16 11:46:21.74 NT8qNy6V0 125/370



 まどかは仁美に手を差し出すが、仁美がケータイを返す様子はない。
 それどころか、ケータイを操作し、電源を切った。

「…仁美、ちゃん?」

「ふふふ、鹿目さん。これから行く世界には、もうこんなものは不要ですのよ」

 そう言うと仁美はケータイを自分のポケットにしまいこんだ。

「…!!仁美ちゃん!返して!!」

「ダメですわ。そもそもこんな無粋なもの、必要ありませんもの。
 さあ、時間がもったいないですわ。行きましょう」

 仁美は踵を返して歩き出した。その後を、同じく操られている人達が付いていく。
 まどかはゆまへと振り返る。

「まどかおねえちゃん!こっちは大丈夫だから!!さっきの人達を助けてあげて!!」

「はっ!!余裕だねぇ!その余裕が何時まで持つか、見ものだね!!」



171 : 1[saga] - 2011/10/16 11:47:50.66 NT8qNy6V0 126/370


 ゆまとキリカは喋りながら、互いに目線を外さない。
 まどかの目には、二人の実力は互角に映った。
 いきなりピンチになるようなことは無いはずだ。

 それに---
 いつまで経っても来ないことを心配して、杏子が来るかもしれない。
 街を巡回中のマミが通りかかるかもしれない。
 異常を察したほむらが駆けつけるかもしれない。

 むしろ心配しなければならないのは、仁美の方ではないか?
 このままでは確実に、魔女に殺されてしまう。

 ---行くしか、なさそうだ。それも一人で、だ。

 まどかはギュッと拳を握り締め、学校のカバンを肩に掛けると、仁美達の後を追って行った。


172 : 1[saga] - 2011/10/16 11:48:54.79 NT8qNy6V0 127/370


*


 キリカとゆまが動いたのは、同時だった。

「はあぁぁ!!」

「でりゃあ!!」

 キリカは右足で踏み込むと同時に、左手の爪を振りかぶり、右下へと切りつける。
 ゆまは左足で踏み込むと同時に、右脇に構えていたハンマーを左上へと振り上げた。

 キイィィン!

 爪とハンマーがぶつかり、どちらも相手に触れることなく、横へ流れる。
 キリカは勢いに乗ったまま、左足でステップを踏み、右の後ろ回し蹴りを放つ。
 ゆまはその時すでにジャンプしていて、キリカの蹴り足を踏みつけ、
 さらに高度を上げ、キリカの頭上の高さまで跳んだ。

「えぇい!!」

 そして振りかぶっていたハンマーを、キリカの頭上へ、力の限り振り下ろす。
 完璧なタイミング。ハンマーがキリカの脳天に直撃し、頭を粉砕する---はずだった。




173 : 1[saga] - 2011/10/16 11:49:56.63 NT8qNy6V0 128/370



「ちぃ!」

 キリカの速度低下魔法が発動した。キリカを除く、全てのものの動きが遅くなる。
 キリカの出していた右足は、そのまま前へ出る踏み込みとなり、着地と同時に左膝を跳ね上げる。

「うっ!!」

 ゆまは腹に喰らってしまい、体がくの字に曲がる。

「もういっちょ!」

 キリカは左足が地に着くと同時に、右の蹴りを放とうとする。
 だがすぐに止めた。すぐさま左手で頭部をガードする。

 ブオッ!

   ドガッッ!!

 風を切る音と、まるでトラックが人を撥ねたかのような音が響き渡る。
 ゆまのハンマーが、キリカのガードした左腕の上から叩きつけられていた。

「くっ!」

 キリカは片足が浮いており、踏ん張ることができず、吹っ飛ばされた。
 ゆまは右手で、ハンマーの柄を短く握って振っていた。
 その動きは、腹部のダメージなど無いかのようだった。
 だが、小手先だけで当てただけの攻撃では致命傷にはならなかったようで、
 キリカはすぐさま体制を立て直した。



174 : 1[saga] - 2011/10/16 11:50:41.63 NT8qNy6V0 129/370


 完璧に膝が入ったはずなのに---
 キリカは、ゆまがダメージを受けていないことに、内心驚いていた。
 あれだけキレイに入ったのだ。内臓がつぶれてもおかしくない。
 実際には、喰らった直後に治癒魔法を掛けただけなのだが、
 そのことを知らないキリカには、ゆまがひどく頑丈に思えた。

 絶対当たると思ったのに---
 ゆまは、完璧なタイミングで放った打ち下ろしをかわされたのが、信じられなかった。
 相手を遅くする魔法---思っていた以上にやっかいだ。
 ゆまの主観では、キリカが瞬間的に急加速したように感じた。

 ゆまはチラッと、横目でまどかの安否を確認する。
 なにやら揉めているようだ。
 どうやら先ほどの『魔女の口付け』を受けていた人は、まどかの友達らしい。

 その友達は、周囲の人達を引き連れて、どこかへと歩き出した。
 まどかが、ゆまに視線を向けた。
 その意味を、ゆまは瞬時に理解した。



175 : 1[saga] - 2011/10/16 11:51:44.83 NT8qNy6V0 130/370



「まどかおねえちゃん!こっちは大丈夫だから!!さっきの人達を助けてあげて!!」

「はっ!!余裕だねぇ!その余裕が何時まで持つか、見ものだね!!」

 ゆまはキリカから視線を外さず、まどかに言った。
 キリカは、速い。少しでも隙を見せれば、たちどころにまどかは殺されてしまうだろう。
 少なくとも、まどかの姿が見えなくなるまでは、まどかとキリカの直線上にいて、
 妨害しなければならない。
 ゆまはハンマーを両手で持ち、体の前に構える。

 キリカは体勢を直そうと、右足を僅かに右にずらし、足の間隔が肩幅ほどにする。
 それを見たゆまは、左に半歩分、移動する。

「-----」

 一瞬、何かを考えた様子のキリカは、左にスッと一歩移動する。
 ゆまもそれに対応し、右へ一歩移動する。
 キリカは、右にスッと一歩移動する。
 ゆまも、左へ一歩移動する。
 キリカは、右にスッと一歩移動する。
 ゆまも、左へ一歩移動する。
 やはりキリカはまどかを狙っているのか、まどかとの直線上からゆまを外そうとする。



176 : 1[saga] - 2011/10/16 11:53:09.67 NT8qNy6V0 131/370


「………」

 キリカは黙ったまま、再度、右へ一歩踏み出そうと足を浮かせ、
 ---そのまま前へ踏み込んだ。

「ぇッ!!」

 ゆまには、突然キリカが、眼前にワープしたように感じられた。
 キリカは横から払うように爪を振る。
 完全に反応が遅れたゆまは、慌てて柄で爪を防ごうとする。

「遅い遅いぃ!!」

 だが、間に合わなかった。

「いっッ!!」

 ゆまの両腕に裂傷ができ、右手の指が千切れかける。
 ハンマーを握っていることができず、落としてしまった。
 キリカはさらに左で踏み込み、裏拳をゆまの側頭部に打ち込む。
 続けて、よろめくゆまの後頭部を掴み、下に押し込み、顔面へと左膝を跳ね上げる。
 グシャッ、という音をたてて、ゆまの鼻骨が折れた。
 鼻から血がボタボタと垂れる。


177 : 1[saga] - 2011/10/16 11:53:46.98 NT8qNy6V0 132/370


「まだまだぁぁぁ!!」

 キリカが止まらない。膝を何発も、何発も、何発も、ゆまの顔面に打ち込んだ。
 
 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が痣だらけになっていく。
 ゆまが呻き声を上げた。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面の至る所が切れ、血が流れ出る。
 ゆまの呻き声が小さくなった。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの瞼が腫れあがる。
 ゆまの呻き声が聞こえなくなった。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が蹴られるたびに、前歯が減ってゆく。
 ゆまは完全に沈黙した。 

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が蹴られるたびに、その体がビクッ、ビクッ、と痙攣する。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が蹴られるたびに、周りに、湿気を帯びた肉を打つ音だけが響く。



178 : 1[saga] - 2011/10/16 11:54:34.84 NT8qNy6V0 133/370


「…ふう、こんなもんかな」

 ようやくキリカは蹴るのをやめた。
 ゆまはぐったりとし、ピクリとも動かない。
 キリカが放り投げると、そのまま転がり、うつ伏せの状態になった。

「思ったより時間掛かっちゃったな。
 まあ、急ぐアレでもないけど。…でも、まあ、そろそろ行ってみるかな」

 キリカはゆまに背を向け、歩き出す。

「…ん?」

 二、三十メートル歩いたところで、背後から足音が聞こえた。
 その音は、全力で走っているような間隔で、キリカの耳に届いた。
 ---通行人か?こんな場所に?何故走ってる?
 そう思ったキリカは後ろを振り返る。


179 : 1[saga] - 2011/10/16 11:55:40.13 NT8qNy6V0 134/370


 そこには、

「だぁ゛あ゛あ゛!!!」

 血だらけになりながらも、駆け寄るゆまの姿があった。
 その異様な姿に、キリカは一瞬反応が遅れた。
 さらにキリカは右回りに振り向いた為、腹部が完全にがら空きだった。
 キリカがそのことに気づいたときには、ゆまはすでにハンマーを大きく振りかぶり、
 野球のフルスイングのように振っていた。
 ハンマーはキリカの右脇腹を捉える。
 インパクトの瞬間、ミリミリッ、とも、ミシミシッ、ともつかない音を、キリカは自分の体内から聞いた。

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 そのままゆまは、ハンマーを振り抜く。
 キリカは吹き飛ばされ、路地の壁に激突した。
 壁に小さなクレーターができる。
 ゆまは手の甲で鼻を拭う。
 多量に流れ出ていた血が、完全に止まっていた。

 ゆまは、地面に倒れたキリカを見下ろしながら言う。

「まどかおねえちゃんの所には、絶対に行かせないよ!!」



180 : 1[saga] - 2011/10/16 11:56:19.68 NT8qNy6V0 135/370


*


 まどかは仁美達の後に続き、廃工場へと入っていった。
 全員が入り終わると、ガラガラと音をたててシャッターが降りる。

「あッ!!」

 まどかが叫ぶ間に、シャッターは閉じられ、工場内は密室となった。
 まどかは工場内を見渡す。
 工場内は物が少なく、ガランとしていた。
 ふと、数人が動き出した。それぞれの手にはバケツや、種類の違う洗剤や入浴剤が数本、握られている。
 バケツが床に置かれ、洗剤が注ぎ込まれる。そのラベルには、『塩素系』と記載されていた。
 さらにOL風の人が、入浴剤の蓋を開ける。こちらのラベルには、『硫黄系』と記載されたいた。
 まどかはそれらを見て、母親から言われたことを思い出す。




181 : 1[saga] - 2011/10/16 11:57:21.04 NT8qNy6V0 136/370


『いいかまどか。こういう塩素系の漂白剤はな、
 他の洗剤と混ぜると、とんでもなくヤバイことになる。
 あたしら全員、猛毒のガスであの世行きだ。絶対に間違えるなよ』

 まどかは、今、目の前で、『とんでもなくヤバイこと』が行われようとしていることに気がついた。

「駄目!混ぜちゃ駄目ッ!!みんな死んじゃう!!」

 まどかが駆け寄り、入浴剤投入を阻止しようとする。だが、

「邪魔してはいけません!」

 それを、仁美が妨害する。

「あれは神聖な儀式ですのよ。私達はこれから素晴しい世界へ旅に出ますの。
 それがどんなに素敵なことか、あなたにもすぐに解りますわ」

 仁美の言葉に、周りから歓声と拍手が起こる。

 ---全員、正気じゃない!!


182 : 1[saga] - 2011/10/16 11:59:29.11 NT8qNy6V0 137/370


「はなして!!」

 まどかは仁美の手を振り解くと、洗剤の入ったバケツを掴み、放り投げた。
 バケツは窓ガラスを割り、外へと消えていった。

「これで大丈夫---」

 まどかが振り返ると、そこにはまどかを鋭く睨みつける目、目、目。

「---じゃない!!」

 不穏な空気を感じたまどかが逃げ出すのと同時に、仁美達が追ってきた。
 まどかは適当なドアを開け、フロアを出る。
 しかしドアの先は、外ではなく室内。
 外に出なくちゃ---
 そう思いながら、次のドアを開ける。
 また室内。
 もたもたしていられない。こうしている間にも、後ろから迫っているんだ!
 その時、まどかの目に、カギの付いたドアが映った。
 ここを通ってカギを閉めれば、追っ手からの時間を稼げるはず。
 まどかは駆け寄り、部屋へ入る。



183 : 1[saga] - 2011/10/16 12:00:27.65 NT8qNy6V0 138/370


「…え…?」

 そこで始めて気がついた。
 その部屋は、倉庫だった。窓も、出口も、隠れる場所も、無い。
 これでは逃げ場が無い。袋小路だ。
 まどかはもう一つ気がついた。
 部屋の奥に、誰かが居る。

 箱の上に座る、一人の少女。
 少女は手の平の上でグリーフシードを転がし、弄んでいた。
 少女が、まどかに気づく。
 ゆったりとした動作で立ち上がり、まどかを見る。
 まどかにはその少女に見覚えがあった。

 全身を包む、白い衣装。
 まるで害虫を見るような、鋭く、冷たい瞳。
 何かに怒っているかのような、表情。
 呼吸を忘れるほどの、威圧感。

「ごきげんよう。鹿目まどか」

 その少女は、美国織莉子だった。


184 : 1[saga] - 2011/10/16 12:02:19.86 NT8qNy6V0 139/370


*


 もう、どのくらい戦っているのだろうか。
 分からない。
 いつの間にか、時間のカンカクがなくなっている。

 もう、どれだけの傷を受けたのだろうか。
 解らない。
 からだのいたるところが、アザと切り傷でいっぱいだ。

 もう、まどかおねえちゃんは、友達を助けられたのだろうか。
 判らない。
 もしかしたら、魔女のもとについてしまったかもしれない。

 だとしたら、キケンだ。早く助けに行かなくちゃ。
 でも、それには、この黒いのをやっつけなくちゃダメだ。
 でも、-----

 ゆまは後ろに下がる。
 キリカの爪が、鼻先を掠っていった。 

 -----後だ。考えるのは後にしよう。そもそも考えているヨユウなんてない。
 今は、ただ、目の前の、こいつを!ぶっとばす!!


185 : 1[saga] - 2011/10/16 12:03:09.34 NT8qNy6V0 140/370


 ゆまは、キリカ目掛けて全力で前へ踏み出し、跳ぶ。
 そのまま空中でハンマーを真上に振りかぶると、キリカ目掛けて振り下ろした。

「だりゃぁ!!」

 キリカは右へ跳び、避ける。
 ハンマーが地面に叩きつけられ、凄まじい衝撃音と共に、新しいクレーターができる。
 現在戦っている路地は、ゆまによって、クレーターだらけになっていた。

「…ちっ!!」

 キリカは舌打ちをする。
 キリカの体にも数箇所、打撲痕があった。
 その中でも一際ダメージが大きそうなのが、右脇腹だ。
 距離が出来るたび、キリカは右脇腹を押さえていた。
 その表情には、苦痛が見え隠れしている。
 ゆまのハンマーがもろに入った箇所だ。
 おそらく肋骨が折れていることだろう。


186 : 1[saga] - 2011/10/16 12:04:16.02 NT8qNy6V0 141/370


 一方のゆまは、四肢の切断や臓器の破裂等の、
 戦闘に支障が出る怪我だけは、瞬時に治していた。
 他の怪我---顔や体に受けた打撲や裂傷は、放置している。
 全ての怪我を、治しはしなかった。
 いや、治さないのではない。治せないのだ。
 理由は明確だ。
 ソウルジェムである。
 ゆまのソウルジェムは、輝きが失われ、濁りが限界に達しようとしていた。

 ムダ使いはできない。ケガを治すのは、後まわしでいい。
 このようにゆまは判断した。

 それに、もうすぐだろう。
 もうすぐだ。
 もうすぐ、ここに---



187 : 1[saga] - 2011/10/16 12:05:02.15 NT8qNy6V0 142/370


「おいおい、私のツレに、なぁ~にしてくれでんだ、テメェ」

 ゆまでもキリカのものでもない声が、キリカの背後から聞こえてくる。
 

 ---ほら、来た。

 ゆまは、声の主に、杏子に笑顔を向ける。
 対照的に、キリカは苦々しい表情になる。

「へへっ!こっちはキッチリ抑えといたよ!」

「ああ!よくやった、ゆま。後は私達に任しとけ!」

 突如、銃声が響いた。
 音速を超えた鉛の塊が、キリカの膝を貫く。

「あっ!」

 キリカはバランスを崩し、片膝をつく。
 そしてゆまの後方から、煙をあげるマスケット銃を持ったマミと、ほむらが姿を現す。



188 : 1[saga] - 2011/10/16 12:05:41.96 NT8qNy6V0 143/370



「こんな小さな子に手をあげるなんて、許せないわね」

「呉キリカ。貴女はもうおしまいよ。観念しなさい」

 杏子、マミ、ほむらはキリカへと歩み寄り、取り囲む。
 キリカは顔を下に向けている。
 よく見ると、微かに体が震えているのがわかる。
 マミはキリカのもう片方の膝を撃ち抜く。
 両膝を打ち抜かれたキリカは、短い悲鳴と共に横に倒れ、そのままうつ伏せに転がる。

 ほむらは怪訝な顔をしながら、キョロキョロと辺りを見渡す。



189 : 1[saga] - 2011/10/16 12:06:33.16 NT8qNy6V0 144/370



「……あれ?…まどかは、どこ…?」

 ほむらの言葉に、ゆまの表情が引き攣る。
 対照的に、キリカは口端が吊り上る。
 キリカは、ガバッ、と顔を上げ、杏子、マミ、ほむらを見る。
 三人の姿を確認すると、キリカはうつ伏せのまま、

「ふっ、くっくくく…
 あっははははははははは!!」

 大声で笑いだした。
 左腕しかまともな四肢がなく、もう戦闘不能に陥っているのにも関わらず、
 勝ち誇った表情で、キリカは笑い続ける。

「織莉子、作戦は、---」

 キリカは、顔に手を当てながら言う。

「---作戦は、大成功だぁ!!!
 私達の勝ちだ!!
 あっははは!!
 あっはははははははは!!
 あっははははははははははははは!!!」


194 : 1[saga] - 2011/10/23 12:03:05.42 P8hJTuya0 145/370


*


 まどかは、生まれて初めて、自分の『死』を意識した。
 いや、以前にもあったのかもしれないが、それらの比ではなかった。
 まどかはこの時初めて、蛇に睨まれる蛙の気持ちが理解できた。
 何かしら行動しなければ死ぬ。
 それが分かっているのに、足が、体が、脳が、竦んで動かない。

「覚悟は-----」

 不意に織莉子の声が耳に入ってきた。

「-----できてますか?」

 その背筋の凍る声に、まどかは全身を振るわせる。

「せめてもの慈悲です。私の手で、苦しまないよう、終わらせてあげましょう」


195 : 1[saga] - 2011/10/23 12:04:19.55 P8hJTuya0 146/370


 織莉子がまどかに歩み寄る。
 それを見たまどかは、先ほどまで固まっていた体が一転して、弾かれたように素早く動き出す。
 まどかは、肩に掛けっ放しだったカバンから、円柱状の何かを取り出す。
 織莉子の足が止まる。まどかが持つ物が何か、瞬時に理解したのだ。

「こ、来ないで!!」

 まどかの声は、若干震えていた。

「爆発させちゃうよ!!」

 まどかは円柱状のもの-----ほむらの手製爆弾を、目の前に掲げる。
 この爆弾は、初めて魔法少女のことを知ったあの日、足元に転がってきたのを拾ったものだった。
 まどかはほむらに返そうと思っていたのだが、なかなか言い出せなかったり、忘れてしまっていたりしていたのだ。

「……それが?」

 織莉子は一歩、まどかとの距離を詰めだす。

「これ以上近づいたら、わたしと、い、一緒に、ドカンッ!、だよ!!」

「……それが?」

 織莉子はまた一歩、まどかとの距離を詰めだす。

「わ、わたしは本気だよ、脅しじゃないんだから!!」

「……だから、それがどうしました?」

 織莉子は怯まず、距離を詰めていく。


196 : 1[saga] - 2011/10/23 12:05:21.51 P8hJTuya0 147/370


「遠慮などせず、起爆させればいいではありませんか。私は構いません。
 私にとって重要なことは、貴女の死による救世であって、私の生死は問題ではないのです。
 自ら幕を引きたいのであれば、どうぞ。
 私としても、それは望ましいことです」

 織莉子は、表情を一切変えずに言った。本気でそう思っているのだろう。

「な、なんでわたしが死ぬことが、世の中を救うことになるの?!」

 まどかは叫んだ。

「そんなの、絶対おかしいよ!! わたしが何をしたっていうの!!」

 織莉子の足が、止まった。

「……あの子からは、何も聞いていないのですか?」

「あ、あの子?誰のこと?!」

「暁美、ほむらですよ。その様子では、何も教えてもらっていないようですね」

 まどかは何も答えようが無かった。織莉子が何について言っているのか、分からなかった。

「いいでしょう。何も知らずに死ぬのは、誰でも嫌ですものね。教えて差し上げましょう」

 織莉子の言葉を、まどかは待った。
 何故自分が狙われるのか、その答えが、やっと分かるのだ。
 それが分かれば、話し合いで解決できるかもしれない。

「貴女は、自分が何かしたか、と尋ねましたね。結論から言うと、まだ何もしていません」

 まどかは怪訝そうな表情になる。
 まだ、とは何だろう。

「これからなのです。これからそう遠くない将来、貴女は-----」



197 : 1[saga] - 2011/10/23 12:06:44.64 P8hJTuya0 148/370


 織莉子の話の途中、ドアが勢いよく蹴り開けられた。
 ドアの向こうには暴徒と化した人達-----ではなく、バケツを両手で持った、さやかが居た。

「このォ!!」

 さやかは織莉子にバケツを投げつける。
 織莉子は、特に慌てる様子も無く、右手で払い除ける。
 だが、バケツには液体が入っていた。織莉子の右腕を中心にして、体に液体が付着する。

「まどか大丈夫?!」

 さやかはまどかの姿を確認すると、すぐさまその手を掴む。

「早く早くッ、逃げるよ!!」

 さやかは、まどかの手を引くのと同時に、蓋の開いた容器を織莉子へと放った。
 容器は中身を撒き散らしながら、放物線を描いて宙を飛ぶ。
 織莉子はバケツの時と同様に、容器を払い除ける。
 まどかとさやかは部屋を出て、ドアを閉める。
 その時だった。

「うっ、ごほっ、がはっ!」

 突如発生した強烈な腐卵臭を嗅いだとたん、織莉子は気管と肺に痛みを感じだした。
 そして、段々と息苦しくなってくる。
 織莉子は意識的に深呼吸するが、十分な酸素を取り込むことが出来ない。


198 : 1[saga] - 2011/10/23 12:07:59.22 P8hJTuya0 149/370


 織莉子は、さやかが投げつけたバケツと容器によって発生した、猛毒である硫化水素ガスを吸い込んでしまったのだ。

 織莉子のソウルジェムが光を放つ。

「……ごほっ……ごほっ………はぁぁぁ、すぅぅぅ……はぁ……ふぅ……」

 数秒後、織莉子の呼吸が正常に戻る。
 魔法で呼吸中枢を修復したのだ。
 織莉子は目を閉じ、息をゆっくり大きく吸い、そしてゆっくり大きく吐く。
 すぅ、と目が開かれる。
 その瞳は、刃のように鋭く、見たものを凍りつかせるような、冷たい目だった。



199 : 1[saga] - 2011/10/23 12:09:17.72 P8hJTuya0 150/370


*


 さやかはまどかの手を引きながら、工場内を走っていた。

「さやかちゃん、どうしてここが?! それに、仁美ちゃん達は?!」

「仁美達は、何か、全員寝てた!」

 さやかは後半の質問だけ答える。

「そこにあったバケツとかを持っていったんだけど、やっぱりアレ、危ないモンだったんだね!」

「えっ、ひ、仁美ちゃん達大丈夫なの?!!」

「ダイジョーブでしょ!! 私がピンピンしてるんだから、危ないガスとかは出てないはず!!」

「じゃあ何で-----」

「あーーもう、そんなのあとあと!!」

 さやかは大声を出し、まどかの問いを強引に終わらす。

「今はここから出て、ほむら達と連絡つけないと!!」

 目の前に迫るドアを、さやかは走った勢いそのままに蹴破る。
 そしてドアの向こうに見えたのは、緑色に光る、非常口の表示。

「やった、出口-----」


200 : 1[saga] - 2011/10/23 12:10:27.96 P8hJTuya0 151/370







 コッ、  コッ、  コッ、  コッ、  コッ、 







201 : 1[saga] - 2011/10/23 12:12:14.84 P8hJTuya0 152/370


 それは、とてもゆったりとした動作だった。
 どう見ても、急いでいるようには思えない、優雅な歩行。

 確かに置き去りにしたはずだった。
 うまく撒けるような経路を通ったはずだった。
 全力で走ったのだから、歩きで追いつかれる訳などないはずだった。

 追いつかれる道理など、どこにもないはずだった。
 にもかかわらず、それは今、二人の目の前に現れた。
 まどかとさやかの向かう先-----EXIT表示の下にあるドアの前へと美国織莉子は歩き、そして立ちふさがる。

「どこに、行こうというのです?」

 まどかとさやかは驚き、足を滑らしながら止まる。

「貴女の行くべきところは、そちらではありません」

 まどかとさやかは倒れそうになりながらも反転し、来た道を引き返そうとする。

「貴女が真に行くべきところ。そこは、-----」

 まどかとさやかは、織莉子に背を向けて走り出す。
 織莉子は、自身の周囲に水晶玉を展開させると、

「-----地獄です」

 二人目掛けて、撃ち放った。


202 : 1[saga] - 2011/10/23 12:13:56.36 P8hJTuya0 153/370


*


 -----まるで、スローモーション映像みたい

 ふと、まどかの脳裏にそんな感想が過ぎった。
 まどかの周囲から音が消え、目に映る景色は色が褪せていく。
 それとは対照的に、瞳孔が開き、あらゆるものの細部を視認できることに気がついた。

 さきほどの毒物の影響であろう、織莉子の右腕の傷。
 服の皺。表情。目。そして、迫り来る、たくさんの水晶玉。
 水晶玉は高速で回転、迫ってきているにも関わらず、細かい装飾までもが見て取れる。

 -----あれ?だいぶ近づいてきた?
 -----あれに当たったら痛そう

 まどかは、どこか他人事のように、水晶玉を眺めていた。
 
 -----あっ
 -----だめだ、避けられないや
 -----もうすぐ当たっちゃうね、これ
 -----ああ、もうすぐ終わるんだ

 -----わたしの、人生

 -----みんな、ごめんなさい
 -----ほむらちゃん、ごめんなさい
 -----わたしの為に色々してくれたのに
 -----本当に、ご

         メキョ
            ブチュ
                 
                  
                    
                ボトッ……
                      
                      
                      








203 : 1[saga] - 2011/10/23 12:16:16.63 P8hJTuya0 154/370


*


 ほむらはキリカに向かって歩きながら、拳銃を取り出す。
 そして、キリカを見下ろす位置から、銃口を未だ高笑いを続けるキリカの頭に向けて二回、キリカのソウルジェムに向けて一回、引き金を引いた。
 
 パンッ、パンッ、パンッ、と乾いた音が響き渡る。

 反響音が消えると、辺りに静寂が戻った。

「まどかは、どこ?」

 ほむらは、ゆまに尋ねる。
 ゆまは自身の肩を抱き、震えていた。

「ねえ、まどかはどこ? 一緒にいたんでしょ?」

 ほむらは再度、ゆまに尋ねる。
 ゆまは、ほむらの問いかけに気がついていないのか、何も喋らなかった。



204 : 1[saga] - 2011/10/23 12:17:11.03 P8hJTuya0 155/370


「ねえ、-----」

 ほむらは、ゆまの肩に手を置く。そして、

「-----まどかはどこって聞いてるの!! 答えなさい、千歳ゆまぁぁ!!」

 その小さな体を、激しく揺さぶりだした。
 すかさずマミと杏子が止めに入る。

「ちょっ、ほむら、落ち着けって!!」

「やめなさい暁美さん、手を離しなさい!」

 ほむらの手は、マミと杏子によってゆまから剥がされ、腕を押さえられる。

「離しなさい!!」

 ほむらは叫び、二人の手を振り解こうとする。

「まどかが、まどかが危ないの!!」

 ほむらは尚も振り解きに掛かる。
 それを、マミと杏子は強引に押さえつける。

「…………どか…ねえ…ゃんは、……」

 ゆまは、呟くような小さい声で言った。
 三人がゆまに注目する。


205 : 1[saga] - 2011/10/23 12:18:22.46 P8hJTuya0 156/370


「…じょのく…づけを受……友達を助…に………」

 そこまで聞いたほむらは、今までの時間軸でこの時期にあった出来事を、必死に思い出そうとする。

 確かこの時期は、お菓子の魔女や箱の魔女が出現する時期ではなかったか?
 いつかの時間軸では、お菓子の魔女によってマミが殺され、そしてマミと入れ替わるようにさやかが契約し、箱の魔女を倒した。

 今回の時間軸では、魔女狩りはローテーション制。
 そして昨日、杏子とゆまがお菓子の魔女を倒したはずだ。
 と、なれば。
 やはり、箱の魔女だ。

 『魔女の口付け』を受けた友達とは、志筑仁美のことだろう。
 もしこれがさやかのことなら、ゆまはさやかと名指しで答える。
 そして、それ以外の人物且つ友達という表現で、まどかが助けに行くであろう人物は、ほむらには一人も思い浮かばなかった。



206 : 1[saga] - 2011/10/23 12:19:53.84 P8hJTuya0 157/370


 そして、この時期の志筑仁美は、硫化水素ガスによる集団自殺を行う。
 これまでの時間軸で、頻度の高かった場所は-----

「-----廃工場だ!!」

 ほむらはそう叫ぶと、マミと杏子の手を振り解き、時間を停止させる。

「おい、待てって!!」

 時間が停止する寸前、ほむらの肩を杏子が再び掴む。
 ほむらの盾から砂時計が出現、起動し、時を止める。

「なっ、なんだこれ?!」

「杏子?!」

 ほむらは、時が止まった世界に、杏子を連れて来てしまった。
 ほむらは思わず舌打ちする。

「へぇ、なるほどね。これがお前の魔法か」

「……そうよ。……仕方ないわね。こうなったら貴女も一緒に来てもらうわよ」


207 : 1[saga] - 2011/10/23 12:21:47.21 P8hJTuya0 158/370


 ほむらは杏子の左手を掴み、引っ張る。

「お、おい、どこに行く気だ!」

「向こうにある廃工場よ。おそらくあの辺りのどこかに、まどかは居るはず!!」

「それならマミとゆまも連れてけば-----」

「……ああもう!」

 ほむらはマミの手を掴む。
 マミの時間も動き出す。

「-----はっ、これは?!」

「杏子!」

 ほむらは、急かすように、早口で言う。

「ゆまは走れそうに無いわ。連れて行くのであれば抱えてて頂戴!」

「ああ」

 杏子は、空いている右腕で、ゆまを脇に抱える。
 ゆまの時間も動き出す。

「行くわよ、走って!!」

「え、ちょっと、何これ、暁美さん説明-----」

「そんなのは後にして頂戴!」

 ほむらは、マミの問いに声を被せる。

「時間が惜しいわ。まだ何か言うのなら置いてくわよ!!」

 ほむらは右手を杏子と、左手をマミと繋いだまま、廃工場へ向けて全力で走り出した。


208 : 1[saga] - 2011/10/23 12:22:53.60 P8hJTuya0 159/370


*


「ッ!!」

 織莉子の表情が、歪んだ。
 その行動を予期できなかったらしい。
 織莉子の放った水晶玉は、まどか-----を突き飛ばしたさやかに命中し、体の至る所を抉っていった。
 
「……え?」

 まどかは何が起こったか理解できなかった。
 気がつけば自分は床にうつ伏せで倒れいた。
 そして、背中の上に覆いかぶさっている腕が、さやかのものだと気がつくのに、数秒かかった。

「さ、さやか、ちゃん……?」

「………………げほっ……」

 さやかは呼びかけに応えず、まどかの顔の横に、ドロォ、とした血を吐き出した。
 まどかは、顔から血の気が引くのと同時に、

「いやぁぁぁ!!」

 悲鳴をあげた。

「さやかちゃん、しっかりして!!!」

「……ま……、わ……はいい……、にげ…」

 まどかは急いでさやかの肩の下から手を回すと、さやかを抱えて起き上がり、必死に逃げだす。
 そうはさせまいと、織莉子は再び水晶玉を展開させる。

209 : 1[saga] - 2011/10/23 12:24:28.11 P8hJTuya0 160/370


 その時、

「おらぁぁ!!」

 突如、外と面している壁が、斜めに大きく裂けた。杏子が槍で進路上の壁を切り開いたのだ。
 壁が裂けた次の瞬間には、裂け目からマスケット銃の銃身が覗き、織莉子へ向けて火を噴く。
 
「なっ?!!」

 織莉子は回避は間に合わないと判断し、展開させていた水晶玉でガードする。
 織莉子の注意が、壁の裂け目に向く。
 その直後。

「えっ?!!」

 織莉子の背後に、ほむらが立っていた。
 織莉子がその気配に気づいた時には既に、ほむらはその無防備な背に向けて、拳銃の引き金を引いていた。
 弾丸は織莉子の皮膚を抉り、筋組織を突き抜け、肺に、心臓に、穴を開ける。

210 : 1[saga] - 2011/10/23 12:26:06.45 P8hJTuya0 161/370


「……がはっ!」

 織莉子が血を吐いた。
 足から力が抜け、膝が崩れる。

「……ま……だ……」

 それでも織莉子の目はまどかを追い、震える手で水晶玉を撃とうとする。
 だが、その前にほむらによって後ろ襟を掴まれ、壁へと投げつけられる。
 ドガンッ!と音をたてて背中から激突する。

「………ぁぁぁああ!!!」

 織莉子は叫びながら、壁に寄りかかりつつも、尚も立とうとする。
 ほむらは弾を撃ちつくした拳銃を捨て、盾の裏から新しい拳銃を取り出し、安全装置を解除すると、躊躇うことなく引き金を引いた。
 次々と弾丸が発射され、織莉子の体を穿っていく。
 織莉子の動きが完全に止まったところで、ほむらは織莉子のソウルジェムへ狙いを定め、引き金を引いた。
 銃口から弾丸が爆音と共に螺旋状に回転しながら飛び出す。
 そして、的確に織莉子のソウルジェムへと着弾した。


211 : 1[saga] - 2011/10/23 12:28:03.42 P8hJTuya0 162/370


*


 薄れゆく意識の中、織莉子は思った。
 悔しいなぁ、と。

 結局、私は何も成せなかった。

 もうちょっとだった。
 あと一歩だった。
 手を伸ばせば届きそうなところまできていた。
 それなのに。
 それなのに、間に合わなかった。掴めなかった。届かなかった。

 彼女らが現れたということは、あの子も-----キリカもやられてしまったのだろう。
 私は、あの子を犠牲にしたにもかかわらず、救世を成すことができなかった。
 あの子に会ったら謝らなくては。でも、許してもらえるかしら?


212 : 1[saga] - 2011/10/23 12:29:43.00 P8hJTuya0 163/370


 そうだ、あの子に紅茶を淹れてあげよう。あの子は甘いのが好きだった。
 砂糖とジャムを入れた、シロップみたいにとびっきり甘いのが。
 それと、スコーンも焼いておこうかしら。蜂蜜やジャムも沢山用意しないと。
 それで許してくれるかは分からないけど、精一杯伝えよう。

 キリカ-----
 貴女が居なければ、私はここまで来れなかったでしょう。
 貴女が居なければ、私はとっくに壊れてしまっていたでしょう。
 貴女が居なければ、私は世界を救おうなんて思わなかったでしょう。

 ありがとう。私の傍に居てくれて。
 ごめんなさい。こんな不甲斐ない私で。

 ちょっとだけ待ってて頂戴。今、私もそっちにい-----





213 : 1[saga] - 2011/10/23 12:34:20.98 P8hJTuya0 164/370


*


 パリンッ、と音をたてて、織莉子のソウルジェムが、砕け散った。


217 : 1[saga] - 2011/10/30 11:59:24.98 vrMS+f+W0 165/370


 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

 ピピピッ、

    ぱしっ、

「……う……ん…」

 目覚まし時計のベルで目を覚ましたまどかは、目を擦りながら、のそのそと布団から出る。
 一階に降りてリビングに入る。

「おはよう、まどか。ごはん出来てるよ」

「……ん」

 台所から、タオルで手を拭きながら、エプロン姿の父親が出てきた。
 ちょうど洗い物が終わったところのようだ。

「あ、そうだ。パパ、今日のお弁当は多めに入れて」

「いいけど、急にどうしたんだい?」

「えっと、今日は体育があるから、お腹すくだろうな~と思って」

「わかったよ。じゃあ弁当箱も大きいのにしようか。おかずも少し多めに入れておくよ」

「うん。ありがと」

 まどかは席に着くと、テーブルの上の朝食を眺めた。
 テーブルの上には、トースト、ベーコンエッグ、サラダ、暖かいミルクココアが、ずらりと並んでいた。

「いただきます」

 いつもと同じメニュー。何ら変わりはないはずなのに、いつもより美味しく感じた。
 生きて食べるご飯は、とても美味しい。
 まどかは、全て平らげた。

「ごちそうさまでした」

 そして、使用した食器を重ねると、流しに置きにいく。

218 : 1[saga] - 2011/10/30 12:00:56.71 vrMS+f+W0 166/370


『-----死亡が確認されたのは、呉キリカさん、美国織莉子さん、の二名。
 いずれも死因は銃器によるものと断定して-----』

 不意に、テレビのニュースから、あの二人の名前が聞こえてきた。
 魔女の結界内ではなく、現実の空間で死んだため、死体が残り、発見されてしまったのだ。

 呉キリカと美国織莉子は、死んだ。
 ほむらが、まどかを守るために、二人を殺したのだ。

 いいや、違う。
 まどかは思った。
 違うよ。それは違う。
 そうじゃない。そうじゃなくて、わたしが、ほむらちゃんに『殺させた』んだ。
 自分の手を汚すことなく、友達にその役目を押し付けたんだ。
 わたしが、生きる為に。その為だけに、あの二人を殺させたのだ。

 まどかは、あの二人に殺されかけはしたものの、不思議と恨みも憎さも、安堵感も、湧いてはこなかった。
 それどころか、悲しい気持ちを覚えている。

 その度に、まどかは考える。
 何故、わたしは生きているのだろう。
 あの二人を犠牲にしてまで生きる価値が、わたしにあるのだろうか。
 そういえば織莉子は以前、わたしが世界を滅ぼすと言っていた。
 そして、わたしが何かしたかという問いには、まだ何もしていないと答えた。
 結局、理由を聞きそびれてしまった。
 わたしが一体何をどうすれば世界が滅ぶのだろうか。
 どんな方法にせよ、わたしにできるのであれば、それは誰でも出来るのではないだろうか。


219 : 1[saga] - 2011/10/30 12:02:34.95 vrMS+f+W0 167/370


 歯を磨き、髪を整え、服を着替え、靴を履いて家を出る。
 いつもの待ち合わせ場所には、さやかが一人で待っていた。

「まどか~、おっはよ~」

「おはよ~、さやかちゃん。……体、大丈夫?」

「うん。も~全然なんとも無い! いや~、魔法って凄いねぇ~」

 さやかは能天気そうに笑いながら言った。

 さやかは、一命を取り留めた。ゆまの治癒魔法が間に合ったのだ。
 普通なら医者も匙を投げる重傷を、ゆまは見事に治してくれた。
 その際ゆまは、自分自身も怪我しているにもかかわらず、一心不乱にさやかの治療にあたった。
 その様子は、鬼気迫るものがあった。
 そしてゆまは、治療を終え、まどかの姿を見るや、頭を下げて泣きながら謝った。
 内容は、まどかから離れたことだった。
 まどかには、ゆまが謝る理由が分からなかった。
 一体、それの何が悪いのだろうか。それどころか、よくやってくれたじゃないか。
 ゆまのおかげで仁美達を救いに行けたし、さやかも助かったじゃないか。
 その旨を伝えると、ゆまはまどかに抱きつき、わんわんと泣き出した。
 魔法少女であっても、強い力を持っていても、やはり年端もいかない幼子なのだ。


220 : 1[saga] - 2011/10/30 12:03:42.39 vrMS+f+W0 168/370


「それじゃ、行こっか」

「うん」

 まどかとさやかは、学校へと歩き出す。
 いつもなら仁美も一緒に登校するのだが、この日は居なかった。
 仁美は今日、学校には来られないだろう。

 何故なら、今頃、仁美は警察から事情聴取を受けているはずだからだ。

 無理もない。
 仁美達が気絶していた建屋から、死体が出たのだ。
 おまけに集団自殺を行おうとした痕跡まである。
 事件に関与していると思われても仕方ないことだ。

 やはり、現場から仁美だけでも連れ出すべきだった。
 まどかは、そう思った。

 まどかがそのことに気がついたのは、就寝直前であった。
 上着を羽織り、急ぎ廃工場に向かうも、そこはすでに警察によって封鎖された後であった。

 実際には、それどころではなかった。その事を考える余裕など、微塵も無かったのだ。 
 しかし、例えそうであっても、何故そうしなかったのか、何故その考えが浮かばなかったのかと、自責の念ばかり浮かんでくる。

 自分のことばかり考えているからだ。-----そんな言葉ばかり、脳裏に浮かんでくる。
 
 こんなんじゃ駄目だ。変わらなくちゃ駄目だ。今日からわたしは変わるんだ。昨日までとは違う、私に。


221 : 1[saga] - 2011/10/30 12:04:40.51 vrMS+f+W0 169/370


*


 ほむらが教室に入ると、すでにまどかは席についていた。

「ほむらちゃん、おっはよ~」

「おはよう、まどか」

 ほむらが席に座ると、まどかが話しかけてきた。

「ねえ、ほむらちゃん。今日は天気もいいし、お昼は屋上に行こうよ」

 ほむらは首を傾げる。
 そんなこと、今言わなくても、お昼休みになってからでいいのでは?
 でも、まあ、答えは決まっている。

「ええ、いいわよ」

「ホント?! えへへ、お昼が楽しみだね~」

 まどかは喜びの声をあげた。
 その様子に、ほむらは少し違和感を感じた。

 -----そうだ、まどかの反応が少し大げさではないか?
 もしかしたら、お昼の屋上で何かサプライズでもあるのだろうか。
 もしそうなら、私は何も気づいていないふりをしなくちゃ。
 一体何を用意しているのだろうか。
 なんだか、私も楽しみになってきた。

「ふふっ、そうね。楽しみね」

 ほむらは笑顔を向けた。

 やがて一時間目が終わり、休み時間になると、

「ほむらちゃん!」

 まどかが話しかけてきた。

「あら、まどか。何をそんなに慌てているの?」

「えへ。早くほむらちゃんといっぱいお喋りしたくってさ。休み時間は短いからね~」

 まどかは輝くような笑顔で言った。
 自然とほむらも笑顔になる。

「-----でね、この前スーパーの帰りに-----」

222 : 1[saga] - 2011/10/30 12:05:25.50 vrMS+f+W0 170/370


 二時間目が終わり、休み時間になると、

「ほ~むらちゃん!」

 ポンッと、まどかがほむらの肩を叩いた。
 そしてそのまま肩揉みを始める。

「ま、まどか?」

「いいからいいから。今まで頑張ってくれたお礼だよ」

「……今まで? 何か、もう終わった、みたいな言い回しね」

「え~? もう大丈夫じゃないの?
 ほら、今朝のニュースでも流れてたし」

「……まだ、まどかを狙ってる輩がいるかも知れないわ」

「それは考えすぎじゃないかな? って、話が逸れちゃってるよ」

 まどかは一つ咳払いをした。 

「とにかく、すぐには返しきれないと思うけど、少しずつ返せたらな~って」

「そんな、別にいいのに……。私は-----いえ、私達は、恩を売りたくて貴女を守ってたわけじゃないのよ」

「いいからいいから。ほら、ほむらちゃんの肩、すごい凝ってるよ。たまには力を抜いて休まないと」

「ん……そうよね。じゃあお願いしようかしら」

「任せてよ!」

 まどかの手に力がこめられ、肩を揉みほぐしていった。


223 : 1[saga] - 2011/10/30 12:06:28.10 vrMS+f+W0 171/370


 三時間目が終わり、休み時間になると、

「ほむらちゃ~ん!」

 席を立つほむらの後を、まどかがついてきた。

「ほむらちゃん、どこに行くの?」

「ええ、ちょっと…………に」

「え? なに?」

「だから、お花を摘みに……」

「え? お花? どこの花壇のお花を摘む気なの?
 駄目だよ、育ててるのを摘んじゃ-----」

「だから! 私はトイレに行きたいの!」

 ほむらに、クラスの視線が一斉に集まる。

「ッ!!」

「あ! 待ってよほむらちゃん!」

 ほむらは恥ずかしさのあまり顔を赤くし、逃げるように駆けていった。
 授業開始のチャイムが鳴るまで、ほむらは戻ってこなかった。


224 : 1[saga] - 2011/10/30 12:07:39.12 vrMS+f+W0 172/370


 そして昼休みになった。
 屋上にてまどかとほむらはベンチに並んで座り、膝の上に弁当を広げる。

「あれ? さやかは?」

「さやかちゃんなら、マミさんに用事があるって言ってたよ。だから今日は、お昼は一緒できないんだって」

「そう。なら、私達だけでいただきましょ」

 そう言ってほむらは、コンビニの袋からサンドイッチを取り出す。
 まどかは弁当の蓋を開ける。
 その弁当は、いつも使用しているものより大きく、そしていつもより多く入っていた。

「あら? まどか、今日はいつものお弁当箱ではないのね」

「うん。昨日洗うのを忘れちゃっててね。
 おまけに時間も無かったから、パパが、しょうがないからこっちのお弁当箱を使いなさい、って」

「そうなの。でも、貴女には少し、その、量が多くないかしら」

「う~ん、そうだね、ちょっと、全部は食べきれないかな。
 ……そうだ! ほむらちゃん、ちょっと食べてくれない?」




225 : 1[saga] - 2011/10/30 12:08:10.55 vrMS+f+W0 173/370


「え? 私がもらってもいいの?」

「うん! やっぱりわたし一人じゃ、この量は食べきれないと思うし」

「分かったわ。まどかさえよければ、ちょっと頂こうかしら」

「遠慮なく食べていいよ! あっ、この唐揚げがおいしいんだよ!」

 まどかは箸で唐揚げを掴むと、

「はい、あ~~ん!」

 と言った。
 ほむらはまたしても恥ずかしさで赤くなる。

「ちょっ、待ってちょうだい。自分で食べれるわ」

「でも、ほむらちゃん、箸ないじゃん」

 ほむらは言われて気づいた。今日買ったのはサンドイッチ。当然箸は付けてもらっていない。

「て、手で掴めるわ」

「それじゃあ手が油まみれになっちゃうよ。ほら口を開けて。あ~~ん」

「あ、あ~~ん」



226 : 1[saga] - 2011/10/30 12:09:21.63 vrMS+f+W0 174/370


 まどかは笑顔を浮かべ、ほむらの口に唐揚げを優しく運ぶ。
 ほむらはそれを噛み締めた。

「ん! 凄く美味しいわ!」

「よかったー。今度はこっちの卵焼きね。はい、あ~~ん」

「……あ~~ん」

「どう?」

「うぅん! こっちも美味しいわ!」

「でしょ? パパの卵焼きは絶品だよね~」

「ええ! お義父さまにとても美味しかったと伝えてちょうだい」

「よーし、次は-----」

 まどかは、ほむらに食べさせるおかずを選ぶ。まだ自分が食べるつもりはないようだ。
 数回食べさせてもらったところで、ほむらが手で制止を掛けた。

「まどか、ちょっと待ってちょうだい」

「どうしたの?」

227 : 1[saga] - 2011/10/30 12:10:53.98 vrMS+f+W0 175/370


「さっきから私ばかり食べているわ。このままだと、まどかの食べる分が無くなってしまうわよ」

「え? ……ん~、まだちょっと多い気がするけどな~」

「それに、貰ってばかりで、なんだか悪いわ」

 そう言うとほむらは、まどかに自分のサンドイッチを差し出す。

「コンビニで買ったもので申し訳ないけど、一つどうかしら」

 まどかはサンドイッチに手を伸ばそうとするも、

「ありがと、ほむらちゃん。でも、これはほむらちゃんが食べて」

 ゆっくりと手を引いた。

「いいの?」

「うん。気持ちだけ貰っとくよ。
 それに、ほむらちゃん、買ってきたのってサンドイッチだけでしょ?
 わたしが貰っちゃったら、ほむらちゃんの分が無くなっちゃうよ」

「そう? 私も結構な量を、まどかから頂いているのだけど」

「大丈夫だよ。わたしのお弁当、まだこんなに入ってるし。
 それよりほむらちゃんだよ。サンドイッチだけじゃ栄養が偏っちゃうよ。
 はい、じゃあ、次はこのポテトね。あ~~ん」

 ほむらは何か違和感を覚えたが、まどかの笑顔と美味しそうな料理の誘惑には勝てず、流されるまま、まどかの好意に甘えることにした。


228 : 1[saga] - 2011/10/30 12:12:01.98 vrMS+f+W0 176/370



 結局、食べ終わってみれば、まどかの弁当のほぼ半分を、ほむらが食べた。
 その上、自分の買ったサンドイッチも平らげたので、少しお腹がきつくなった。

「も、もう食べられないわ……」

「えへへ、ほむらちゃん、沢山食べたもんね。……少し、横になる? お腹、楽になるかもよ」

「そうね。じゃあ-----」

 まどかの膝枕で寝たいわ、とほむらが言おうとした時、

「ほむらちゃん、膝貸してあげる!」

 まどかは笑顔で、自らの足に誘導する。
 ほむらの視線は、まどかのスカートから伸びる生足に釘付けになった。

 -----これは夢か幻か。
 ほむらは自分の頬を抓ってみた。
 痛い。
 夢じゃない。
 紛れも無い現実だ。

229 : 1[saga] - 2011/10/30 12:13:02.07 vrMS+f+W0 177/370


 これは、褒美だ。
 もし神様がいるとしたら、いつも頑張る私にくれたご褒美だ。
 遠慮は逆に失礼になるだろう。
 ならば頂こうじゃないか。
 思う存分、まどかの太ももを堪能するのだ。

「じゃあ失礼して-----」

 ほむらは、まどかの太ももに、そっと、頭を乗せた。

「-----」

 頭の中が真っ白になる。
 今の気持ちを、言葉にできない。
 まどかと出会えて、本当によかった。
 得も言われぬ感動が、そこにはあった。

 そうか。そうだったのだ。
 今日感じたまどかの違和感は、ちょっとした不自然さが目についてしまっただけなのだ。
 まどかの不自然な行動は、全てこの瞬間の為に行ったものなのだろう。
 はじめからこれが-----私を膝枕することが目的だったのだ。



230 : 1[saga] - 2011/10/30 12:13:34.84 vrMS+f+W0 178/370


 嬉しい。
 とても嬉しい。
 かつて無いほど、まどかが甘えさせてくれる。
 幸せは、ここにあったのだ。
 そう、まどかの膝の上に。

 ふと、ほむらはこの時間軸での出来事を振り返る。

 この時間軸は、まどかもさやかも契約していない。
 杏子、ゆま、マミとも協力体制にある。
 まどかを狙う織莉子とキリカは排除できた。
 一人、志筑仁美が被害を被っているが、その事以外はおおむね順調といるだろう。
 後は、杏子とゆまとマミと私でワルプルギスの夜を倒すだけだ。

 あとちょっとだ。あと一歩。あと少しで掴むことが出来る。
 まどかとの約束を守り通した、希望の夜明けを。
 数多の時間を遡行してまで行った、今までの努力は無駄ではなかったのだ。
 そう思うと、ほむらの目から涙が溢れる。


231 : 1[saga] - 2011/10/30 12:14:33.39 vrMS+f+W0 179/370



「……ほむらちゃん? 目、どうしたの?」

「な、なんでもないわ。ちょっとお腹いっぱいで眠くなっちゃったの。そうしたらあくびが……」

「そうなの? まだ時間あるし、しばらく寝てても大丈夫だよ。わたしが起こしてあげるから」

「ありがとう、まどか。お言葉に甘えて、少し寝させてもらうわ」

 そう言うと、ほむらは目をつぶった。
 眠くなったと言ったのは嘘だが、目を閉じると不思議と睡魔に襲われた。
 そして、そのまま眠りに落ちる。

 寝息を立てるほむらの頭を、まどかは優しく微笑みながら撫でる。

  タッ、タッ、タッ、タッ、タッ

 微かに足音が聞こえてきた。
 ほむらが眠りにつくのを見計らったように、誰かが屋上へ上がってきた。
 
「おっす、まどか」

「こんにちは、鹿目さん」

 まどかは声の方を向く。

「……さやかちゃん。マミさん」

 名を呼ばれた二人は、真剣な表情でまどかに歩み寄ってきた。



232 : 1[saga] - 2011/10/30 12:16:07.17 vrMS+f+W0 180/370


*


 ほむらは夢を見ていた。
 まるで童話の世界に迷い込んだかのような内容の夢でだった。
 その夢の中では、何故かほむらは城の王子様で、ガラスの靴の持ち主を探し回っていた。
 家々を訪ね回るが、靴に合う者は現れない。
 疲れたほむらは、これで最後にしようと考えながら、とある家の戸を開ける。
 すると、そこにはまどかがいた。
 灰を被ったみすぼらしい姿ではあったが、そんなことはどうでもよかった。
 どんな姿であろうと、まどかであることに変わりはない。
 ほむらは何故か確信していた。まどかこそが、この靴の持ち主だと。

 -----ああ、まどか。このガラスの靴を履いてみてくれないかしら。

 ほむらはまどかにせがむ。だが、

 -----ごめんなさい。私、舞踏会へ行くためのドレスを選んでいるの。

 と、取り合ってくれなかった。
 まどかはガラスの靴を、-----いや、ほむらを見てくれていなかった。
 可愛いドレスを次々と、これでもない、あれでもない、と言いながら体に合わせ、ドレスを選んでいた。
 いくらほむらが語りかけても、まどかは手を止めることはなかった
 ほむらが諦めて帰った後も、ずっとドレスを選んでいた。



233 : 1[saga] - 2011/10/30 12:16:52.32 vrMS+f+W0 181/370


*


「……らちゃん、起きて。ほむらちゃん」

 ほむらは、まどかに揺さぶられて目を覚ました。

「ん……あれ……? まど、か……」

 夢、か。
 変な夢を見たものだ。

「ほむらちゃん。そろそろ起きないと、お昼休み終わっちゃうよ」

 予鈴が屋上に鳴り響く。
 そこでようやく、ほむらは自分がまだ学校にいて、まどかの膝の上でぐっすり眠っていたことを思い出した。
 ほむらは跳ね起きる。
 屋上には、まどかとほむらの二人しかいなかった。

「ごめんなさい、すっかり眠ってしまったわね」

「ほむらちゃん、ぐっすりだったね。やっぱり疲れが溜まってたんだよ」

「そうだったみたいね」

「えへへ、私、少しは役に立てたのかな?」

「ええ。おかげで体も頭もスッキリよ。ありがとう、まどか」


234 : 1[saga] - 2011/10/30 12:17:31.23 vrMS+f+W0 182/370


 まどかが立ち上がる。

「そろそろ行こっか。早くしないと先生が来ちゃうよ」

「ええそうね。急ぎましょ」

 まどかとほむらは校舎の中へ入っていく。
 廊下の途中、

「あ、ほむらちゃん。今日の放課後、時間ある?見せたいものがあるんだ」

 前を歩いていたまどかはほむらに振り返り、そう言った。

「ええ、大丈夫だけど……見せたいものって?」

「それはその時までナイショだよ!」

 ほむらは考える。
 まどかは一体何を見せてくれるのだろうか。
 -----もしかしたら、見せたいものがあるというのは、ただの口実なのではないか。
 ひょっとして、どこかに連れて行く気ではないだろうか。
 例えば、-----そう、まどかの家に連れ込まれて、今日誰もいないんだ、なんて言いながら突如服を脱ぎ出したりしないだろうか。

 見てもらいたいものは、わたしだよ。何も着飾ってない姿を、ほむらちゃんだけに見てもらいたいんだ、なんて。
 もしそうなったなら、取るべき行動は一つしかないだろう。
 ……とりあえず、ゴムは使用した方がいいのだろうか?
 途中、どこか薬局もしくはコンビニによって、買うべきだろうか。

「てへへ、きっとほむらちゃん、驚くよ~」 

「そう。何を見せてくれるのか、楽しみにしているわ」


235 : 1[saga] - 2011/10/30 12:19:09.43 vrMS+f+W0 183/370


 その日の授業が終わり、放課後になった。

「ほむらちゃ~~ん! 早く行こうよ!」

「ええ、今行くわ」

 まどかはとても高揚しており、落ち着きが無い。
 まるで、新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。
 普段のまどかからは想像しにくい姿である。
 それほどまでに、まどかは用意した何かを、ほむらに見てもらいたいのだろう。

 校門を出たところで、まどかが何かに気づき、あ!、と声をあげて足を止めた。

「どうしよう……場所を考えてなかった……」

「場所?まどかの家が駄目なら、私のアパートでもいいわよ」

 ほむらの言葉に、まどかは首を傾げる。

「えっと……できれば広くて、人目につかないところがいいな」

 ほむらは驚愕した。
 まさか、野外プレイ?!
 まどかったら、外でするのが好きなのね!
 私としては、初めてはロマンチックな雰囲気の場所がよかったのだけれど……。
 でも、まどかとなら外ででも……。


236 : 1[saga] - 2011/10/30 12:20:05.57 vrMS+f+W0 184/370


「それなら、あっちの公園とかどうかしら。茂みがけっこう深いから、奥に入ってしまえば誰からも見られる心配は無いわ」

「茂み? うーん……。私としては、辺りに何も無い、開けた所がいいな」

 辺りに何も無い所?! ……そうよね。さすがまどか。
 野外プレイは開放感が醍醐味ですものね。こそこそ隠れてだなんて、意味が無い。
 見られても構わない、むしろ見せ付けるぐらいでなければならない。
 くっ! 自分の臆病さが嫌になるわ。まどかを見習って、もっといろいろとオープンにならなければ!

「そうねぇ……。学校の屋上はどうかしら。この時間なら誰もいないと思うわ」

「うーん、屋上かぁ……。確かにそこなら広いね。じゃあ一旦校舎の中に戻ろっか」

「ええ」

 ほむらとまどかは踵を返し、校舎へと戻り、屋上へとあがる。
 屋上へたどり着いた二人は、まず辺りを見渡した。
 やはりというべきか、屋上には二人の他に誰もいなかった。

「大丈夫そうだね。ここにしようかな」

 まどかはそう言いながら二歩、三歩と進むと、ほむらに振り返った。
 まどかは夕陽を背に、言った。

「でね、見てもらいたいものっていうのは、私のことなんだ」

 -----来たぁぁ!!!
 ほむらは心の中でそう叫んだ。
 テンションが一気に跳ね上がる。
 顔に出てしまいそうなのを、辛うじて抑え、表面上は冷静を装っていた。
 まどかにカッコ悪い姿を見せたくない、余裕を見せなければ。
 
「そう。それで、私はまどかのどこを見たらいいのかしら?」

 ほむらは、内心ソワソワしっぱなしであった。
 脱がせた方がいいのか、脱いだほうがいいのか、それとも-----

「あのね、ほむらちゃん。私、-----」

 ほむらは思考を中断し、まどかの言葉に耳を傾ける。

237 : 1[saga] - 2011/10/30 12:21:06.34 vrMS+f+W0 185/370






「-----キュゥべえと契約して、魔法少女になったんだ」





238 : 1[saga] - 2011/10/30 12:21:35.61 vrMS+f+W0 186/370


「…………え?」

 数秒ほど、ほむらは、まどかの言葉を理解するのが遅れた。
 全身から汗が吹き出る。
 まどかは何と言ったのだろう。魔法少女になったと言ったのか?
 そんな馬鹿な!!
 私と約束したじゃないか、絶対に契約しないって-----

 あっ! そうか、これはドッキリなんだ!
 そうか、そうか。ビックリした。とてもビックリした。すごくビックリした。
 今まで生きてきた中で、これほどまでに心臓が爆発しそうなくらい鼓動したことは、おそらくない。

 -----まどかが私のリアクションを待っている。何か言わなくては。

「ま、ま、まどかったら、契約しただなんて、じ、冗談が、きつ過ぎるわ、わよ……。
 ……はは……あはは……ははは」

 ほむらの口からは、乾いた笑い声しか出なかった。


239 : 1[saga] - 2011/10/30 12:22:25.13 vrMS+f+W0 187/370


 まどかは、そんなほむらの様子に気づくことなく、明るく楽しそうに喋る。

「ううん、冗談なんかじゃないよ。ほら、これが私のソウルジェム。
 あっ! これを見せたいもの、ってことにすればよかったね。てへへ」

「よ、よくできた、ニセモノ……でしょ? そうだと言って、まどか」

「む~、ほむらちゃん、意外と疑い深いね。これは、れっきとしたホンモノだよ。いっくよ~」

 まどかはその場でクルリと回る。
 一回転し終えると、まどかの装いが変わっていた。

「どう? 変じゃない?」

 手には弓。
 ピンクを基調としたドレス。
 胸元にはソウルジェム。
 ほむらの記憶にある、これまでの時間軸のまどかの魔法少女服と、寸毫の違いも見られない。
 本物だ。あれは間違いなく、本物のソウルジェムだ。
 それはつまり、まどかは、本当に契約してしまったということ。


240 : 1[saga] - 2011/10/30 12:23:50.03 vrMS+f+W0 188/370


 不意に、ほむらの脳裏に、この時間軸での出来事がフラッシュバックされる。

 魔女の結界を使った、呉キリカと美国織莉子の襲撃のこと。
 杏子とゆまが助けに来てくれたこと。
 まどかに契約しないよう、約束したこと。
 カラオケや映画の楽しかった夢のような時間のこと。
 みんなにワルプルギスの夜討伐のお願いをしたこと。
 再びまどかが襲われ、ゆまが全身怪我だらけになりながらも戦ったこと。
 絶対絶命だったまどかをさやかが命がけで救ったこと。
 呉キリカと美国織莉子をこの手で屠ったこと。

 ほむらは、これら全てが、水泡と帰したことを悟った。

 両手で包むように、自分の頭を抱える。

「……ぅううううう」

「……ほむらちゃん……?」

 まどかは、ようやくほむらの異変に気がついた。
 ほむらはまどかの呼びかけに応えない。
 ほむらは耐え切れない様子であり、頭を抱えた手へ更に力がこめられていた。
 血が出るのも構わず爪を立て、髪が乱れるほど横に振り、口からは-----

「ああぁあああぁあああぁぁあぁぁああ!!」

 -----絶叫が吐き出された。


251 : 1[saga] - 2011/11/13 09:43:39.86 H8PIVQQB0 189/370


*


 約二時間前の昼休みの屋上にて-----

「おっす、まどか」

「こんにちは、鹿目さん」

 まどかとほむらの元に、さやかとマミが姿を現した。 
 さやかとマミはまどかに歩み寄る。
 そして、まどかの膝の上で寝ているほむらに気がつく。

「あら? 暁美さん、寝てるの?」

「うん。お腹いっぱいになって眠くなっちゃったんだって」

「へぇ、なんともぐっすり眠っちゃってますな。
 これなら、ちょっとやそっとじゃ目は覚めないね」

 さやかはほむらの頬を突っつく。
 ほむらは僅かに身をよじる。起きる様子は無い。

「……起きないね」

「きっと、まどかの膝が気持ちいいんだね」

「これなら、今でも大丈夫かな?」

「今がチャンスではあるわよね。
 計画よりだいぶ早いけど、まあ、いいんじゃないかしら」

 マミが校舎への出入り口の方を向く。

「キュゥべえ、出てきて頂戴」

「呼んだかい、マミ」

 キュゥべえの名を呼ぶと、校舎への出入り口の陰から、すぐさま姿を現した。

252 : 1[saga] - 2011/11/13 09:44:40.38 H8PIVQQB0 190/370


 まどかの表情が何かを決心した、真剣なものへと変わる。

「キュゥべえ。わたし、決めたよ。貴方と契約して、魔法少女になる」

 キュゥべえの尻尾が大きく振られる。

「まどか、よく決心してくれたね。さあ、キミは-----」

「ちょっと待って」

 キュゥべえの話に、さやかが割り込んだ。
 さやかに注目が集まる。

「今更なんだけど、ちょっと延期しない?」

 延期とはもちろん、まどかの契約のことだろう。
 マミはさやかに、どうして、と尋ねる。

「いや、さ。何か、このままだとほむらが可哀想だな、って思ったんだ。
 せっかく色々忠告やら護衛やらやってくれたのに、肝心な時に除け者にしてるみたいでさ」

「……やっぱ、そう思われちゃうかな?」

「少なくとも、私がほむらの立場なら絶対怒るね。
 一発引っ叩いて、ボロクソに文句言って、しばらく口きかないな」

253 : 1[saga] - 2011/11/13 09:45:29.62 H8PIVQQB0 191/370


「でも、それを見越しての、この計画でしょ?
 まず暁美さんの機嫌を取って、それから契約の話を切り出す、っていう」

「そうでしたね。ほむらってまどかに甘そうだし、機嫌しだいでは笑って許しそうだよね、って話でしたよね」

「そうよ。本来なら引き続き暁美さんに上機嫌になってもらう為に、放課後鹿目さんと一緒に喫茶店に行ったり、ゲームセンターへ行ったり、夕食も食べてもらう予定だったわ。
 でも、やっぱり、機嫌が良かったとしても、多少なりともは怒るでしょうね。
 だけど、その度合いは確実に違うはずよ。何もしないよりはいいわ。
 ……どうしたの、美樹さん。貴女もこの計画にノリノリだったじゃない」

「いやあ、いざ目の前となると、これで本当にいいのかな、って思っちゃったんです。
 軽く考えすぎてないか、何かを見落としてるんじゃないか、とか」

「考えすぎじゃない? -----というか、私達が議論しても仕方ないわよ。
 これは、鹿目さん自身が決めたことなんだから」

 そう。この計画は、まどかがさやかとマミに頼んで考えられたものであった。
 まどかは当初杏子とゆまにも連絡しようと考えていたが、二人はケータイを持たないため、連絡することが出来なかった。
 仕方なく二人を除いたまどか、さやか、マミが話し合い、この計画-----計画と呼べるほどのものでもないが-----を思いついたのだ。

254 : 1[saga] - 2011/11/13 09:46:29.02 H8PIVQQB0 192/370


「でもやっぱり、これは何だか卑怯な気がしますよ。
 せめて、ほむらに説明してからの方がいいんじゃないですかね?」

「ん……そう言われればそうかもね」

 マミの回答に、さやかの表情が緩む。

「ですよね!」

「だからその分、お詫びも豪華にしましょうか。ケーキもホール単位で食べさせてあげましょうよ。
 あっ! その時はまた、鹿目さんが食べさせてあげるといいかもしれないわね。
 暁美さん、その瞬間には絶対笑顔になってると思うわ」

 どうやら、マミに中止するという考えはないようだ。
 さやかはまどかに向き直る。

「……まどかはさ、本当にこれでいいの?」

 -----ほむらの意思を無視して。
 さやかは、言葉の端にそう含ませたつもりだった。

「うん。だってほむらちゃんが知ったら、絶対邪魔するでしょ?
 もしかしたら、キュゥべえを撃ったりとか、あるかもしれないね。
 寝てる今がチャンスだね!」

 だが、まどかは違う意味で捉えたようだ。


255 : 1[saga] - 2011/11/13 09:47:17.64 H8PIVQQB0 193/370


「……邪魔するって、そりゃあそうでしょうよ」

 さやかは思う。
 ほむらがキュゥべえを撃つ、か。確かにいざとなったら、そういう強硬手段をとりそうだ。
 だが、それは-----

「-----それは、まどかのことを思っての行動じゃん」

 ほむらが知ったら邪魔をする。
 さやかには、当たり前の事のように思えた。

 ほむらの取る行動は全て、まどかを契約させないようにという思想が透けて見えている。
 というか、その事に関しては、隠そうとしていない。
 明言すらしている。
 そんなほむらの気持ちを解っていながら、何故まどかは契約するのだろう?


256 : 1[saga] - 2011/11/13 09:48:00.83 H8PIVQQB0 194/370


「そういや、何で急に契約する気になったのさ」

 疑問に思ったときには既に、口から言葉が出ていた。

「急じゃないよ。前々から考えてたんだけど、なかなか言い出せなくって……」

 さやかはこれまでのまどかの行動を思い返す。
 確かに以前、まどかが何かを言いかけた時が数回あった。
 その際にはほむらも傍に居たから、きっと相談、もしくは意見を聞きたかったのかもしれない。
 -----ただの決意表明だったのかもしれないが。
 いずれにしても、もう遅い。

 キュゥべえがまどかの正面に立つ。

「さあ言ってごらん、鹿目まどか。
 血塗られた戦いの運命を受け入れる代価として、キミは何を望む?」

 まどかは一度大きく深呼吸する。そしてキュゥべえに向かって言った。

「わたしは-----」

257 : 1[saga] - 2011/11/13 09:49:10.65 H8PIVQQB0 195/370


*


「ああぁあああぁあああぁぁあぁぁああ!!」

 ほむらの叫び声が屋上に響き渡る。
 その様子を前に、まどかは、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
 何と声をかけていいのか、まるで分からない。
 この時のまどかには、ほむらが何故慟哭しているのか、理解できていなかったのだ。

「……ほむ、ら、ちゃん……?」

 まどかは無意識に、ほむらの名を小さく呟く。
 すると、ほむらにはそれが聞こえたようで、叫び声が止み、涙と鼻水でグシャグシャになった顔をまどかの方へと上げた。
 そしてまどかへと早足で歩み寄ると、ガシッ、と両肩を掴んだ。肩に、少し爪が食い込む。

「い、痛っ!」

 まどかが小さく悲鳴をあげるも、ほむらは掴む力を緩めない。

「ねえ、どうして?」

 ほむらはまどかの肩を揺さぶる。爪がさらに食い込んだ。

「どうして契約したのよ!! 絶対に契約しないって、私と約束したじゃない!!」

「い、痛いよ、ほむらちゃん……」


258 : 1[saga] - 2011/11/13 09:50:07.17 H8PIVQQB0 196/370


 まどかの顔が苦痛で歪む。

「ねえ何で?! 何でなの?!! 私のことがそんなに嫌いなの?!! ねえ、黙ってないで答えてよ!!」

 ほむらの揺さぶりが一層激しくなる。
 まどかは思わず、

「放して!!!」

 ほむらを突き飛ばした。
 ほむらは短い悲鳴と共に倒れ、そのままうずくまる。

「はぁ、はぁ、痛い……」

 肩から痛みが引かない。まどかは自分の肩を見る。
 ほむらの爪が食い込んでいる状態で押しのけた為、引っかき傷になってしまったようだ。袖で隠れて見えないが、少し血が滲んでいる。

 ほむらは身体を起こし、ペタンと座り込む。頭が垂れ、長い髪が顔を隠し、表情が見えない。
 そして、おもむろにソウルジェムを取り出すと、前に置いた。
 そのソウルジェムをよく見ると、黒い穢れが湧き出るように蓄積し、見る見るうちに光が失われてゆくのが分かる。
 あと十数秒ほどで、完全に濁りきるだろう。
 まどかは、ほむらの行為の意図が分からず、戸惑った。

「…………して」

「……え?」

259 : 1[saga] - 2011/11/13 09:51:05.99 H8PIVQQB0 197/370


「お願い……まどかの手で、私のソウルジェムを壊して……私、もう、耐えられないよぅ……」

 ほむらは涙声でそう言った。
 まどかは、どうしたらいいのか分からず、動けなかった。

「うああぁぁぁぁ……」

 まどかは動かないと判断したほむらは、涙を流しながら変身し、震える手で拳銃を取り出す。
 そして銃口を自分のソウルジェムに向けた。腕が震え、狙いが定まらない。
 ほむらが銃を取り出したことに驚き、まどかは叫ぶ。

「ほむらちゃん! やめて!!」

「ぁあぁあああ!!」

 ほむらは、拳銃の引き金を引いた。
 パンッ、と乾いた音が響く。

「ひっ!!」

 まどかは反射的に目をつぶってしまった。
 恐る恐る、ゆっくりと目を開ける。


260 : 1[saga] - 2011/11/13 09:52:04.17 H8PIVQQB0 198/370


「暁美さん!! 貴女、一体何をしているの!!」

 ほむらは、突如現れたマミによって、リボンで拘束されていた。
 特に腕が重点的にリボンで巻かれており、銃は地面へ向けられていた。

「は、放して……放してよぉ!」

 ほむらは拘束されているにも拘らず、腕力で無理やり銃口を上げる。そこへ、

「こんのぉぉ!!」

 さやかも突如現れ、全力で駆け寄ってくると、そのままほむらのソウルジェムをサッカーボールの如く蹴り飛ばした。
 ほむらのソウルジェムは屋上の柵を超え、校庭へと落ちていく。身体との距離が百メートルを超えた。
 同時にほむらの首筋に、マミによってマスケットの銃床が打ち込まれていた。

「あっ……」

 ほむらは意識を失い、全身から力が抜けた。腕がストンと落ち、手から銃が落ちる。

「大丈夫?! 怪我は無い?!」

 さやかはまどかに駆け寄り、そう聞いた。

261 : 1[saga] - 2011/11/13 09:53:11.48 H8PIVQQB0 199/370


「……うん……」

 まどかは小さく答えた。

 まどかは思った。
 何で、こんなことになってしまったのだろうか、と。
 こんなはずでは無かったのに。
 もちろん、呆れられるかもしれない、怒られるかもしれないとは思ってはいた。
 だが、最終的には笑って許してくれると思っていた。いや、思い込んでいた。

 そんな保障も確約もないのに、勝手に、ほむらはまどかのすることを何でも許してしまうだろうと思い込んでいた。
 ちょっと考えれば、そんなことはありえないと分かるはずなのに。

 軽率だった。
 計画が、完全に裏目に出た。
 ほむらの機嫌を上げておけば、契約のことを話してもそれほど怒らないだろうと考えていた。
 だが実際には、ほむらにとって最大振り幅の、極端から極端へ、天国から地獄へ、希望を見せてから絶望を叩きつける形になってしまっていた。
 マミの言ったとおり、確かに怒りの度合いは違った。
 ただし、最悪の方向で、だ。

262 : 1[saga] - 2011/11/13 09:54:03.90 H8PIVQQB0 200/370


「……ほむらをこのまま此処で寝かせておくのはマズくないですか?」

「そうねぇ……。とりあえず、暁美さんのアパートまで運んで、中で寝かせましょ。
 美樹さんはさっき蹴っ飛ばしたソウルジェムを取ってきてもらえるかしら。
 私達は先に向かっているわ。悪いけど、よろしくね」

「了解です。ああもう、思いっきり蹴るんじゃなかった……」

 さやかの提案を受け、マミがほむらの身体を背負う。
 さやかは踵を返し、校庭へと向かって走っていった。
 まどかとマミも、ほむらのアパートへと歩き出す。

「あ、あの……」

 まどかがおずおずと口を開く。

「どうして、マミさんとさやかちゃんが此処に……?」

 ほむらだけでなく、まどかにとっても、マミとさやかの登場は唐突で予想外であった。
 当初の計画ではまどかと二人きりにする予定であった。
 マミはまず、ばつが悪そうな表情で、ごめんなさいねと謝った。

「それはね、やっぱり心配になっちゃって。
 こっそり後をつけていたのよ。
 それが、こんなことになるなんて……」

 結果的には、マミとさやかのおかげで、錯乱するほむらを止めることが出来た。
 その為か、まどかは二人を非難することはなかった。

263 : 1[saga] - 2011/11/13 09:55:04.40 H8PIVQQB0 201/370


「ごめんなさい。正直、楽観視しすぎていたわ。
 まさか暁美さんがここまで取り乱すとは思わなくって……」

「いえ、マミさんは悪くないですよ。
 悪いのは、ほむらちゃんに何も言わずに契約した、私なんですから」

「でも、貴女の願いは-----」

「それでも、やっぱり一言でもいいから言うべきだったんです。
 私って、本当にバカ……。何でこんなことも分からなかったんだろ……」

「……もう過ぎてしまったことよ。あまり自分を追い詰めないで。これからどうするかを考えましょ。
 私も一緒に考えるわ。片棒を担いだ責任もあるし、ね」

「…………はい。お願い、します」

 まどかとマミは、ほむらのアパートへと着いた。
 カギをほむらのポケットから取り出し、開ける。


264 : 1[saga] - 2011/11/13 09:56:04.24 H8PIVQQB0 202/370


「相変わらず、殺風景な部屋ね」

 部屋の家具といえるものは、中央に鎮座するちゃぶ台のみだった。
 布団はすぐに見つかった。部屋の隅に畳まれてあった。
 まどかとマミは布団を広げ、そっと、ほむらをその上に寝かす。
 ここまで、ほむらは身動ぎひとつしなかった。

 まどかとマミは、死んでいるように眠るほむらに、不安を感じ出した。

「……ほむらちゃん、大丈夫、ですよね?」

「ええ、そこまで強打したつもりはないのだけれど……。
 それにしても、目が覚める気配が全然無いわね」

 二人はほむらをじっと見る。
 胸がまったく上下していない。
 二人はほむらへ耳を澄ませる。
 呻き声や寝言はおろか、呼吸音すら聞こえない。

 まさか、死んでる?

 二人は同時にそう思った。

265 : 1[saga] - 2011/11/13 09:57:05.66 H8PIVQQB0 203/370


「ちょっと失礼……」

 マミはほむらの脈を測ろうと、手首に手を伸ばす。
 その時、

「遅くなりましたーー!!」

 さやかがドアを勢いよく開けて入ってきた。
 バタンッ!、と少し近所迷惑な騒音に、二人は思わずドアの方へ振り返った。

「いやぁ~、広い校庭に落ちていったから、探すのに苦労しましたよ~。
 まあ、やったのは私なんですけどね。 ははっ」

 そう言いながら、ヅカヅカとさやかは部屋に上がり、ほむらの傍らまで来ると、その手にソウルジェムを握らせる。
 次の瞬間、

「ッあ!! がはっ! げほっ!」

「おわあ!!」

 ほむらが跳ね起き、それに驚いたさやかが尻餅をついた。

「きゅ、急に起きないでよ! ビックリしたなぁ、もう……」


266 : 1[saga] - 2011/11/13 09:58:04.25 H8PIVQQB0 204/370


 さやかの非難の言葉も意に介さず、ほむらはまどかの姿を見るや、まどかの肩をつかむ。

「ま、ま、まどか、そ、その、け、け、け、けい、けいや、-----」

「うん。したよ。
 ごめんね、ほむらちゃんに何の相談もなくて……」

「…………そう……。夢、じゃなかったのね……」

 試しにほむらは自分の頬を抓ってみた。
 痛い。
 夢じゃない。
 紛れも無い現実だ。

 ほむらは思った。
 これは、罰だ。
 もし神様がいるとしたら、目的を達成していないのにもかかわらずに油断した、私に与えた罰だ。
 畜生! 私は、何て無様なんだ。
 これは完全な、私の不注意だ。
 こんな様では、今まで出会った、さまざまな時間軸のまどかに申し訳が立たないではないか。


267 : 1[saga] - 2011/11/13 09:59:08.86 H8PIVQQB0 205/370


 ほむらは三人に頭を下げた。

「ごめんなさい。突然のことで、ちょっと取り乱してしまったわ。
 ……少し、私に時間を頂戴。気持ちを整理したいの……」

 三人はそれぞれ顔を見合わせ、行きましょう、と目配した。
 部屋を出る間際、マミがほむらに言った。

「私達の軽率な考えで、貴女の気持ちを踏みにじってしまったわね。
 本当に、ごめんなさい。
 でも、これだけは信じて。
 鹿目さんは、貴女のことを嫌っているわけでも、嫌がらせしたかったわけでも、軽い気持ちで契約したわけでもない、って事を-----」

「ええ、分かってるわ」

「……それじゃあ、また明日」

 ゆっくり、静かに玄関のドアが閉められた。
 部屋に一人きりになったほむらは、深いため息をつきながら、ちゃぶ台の前に座った。
 ちゃぶ台に肘をつき、両手で頭を抱える。
 はああぁぁぁ、と深いため息が、また出た。


268 : 1[saga] - 2011/11/13 10:00:03.49 H8PIVQQB0 206/370


 ほむらは考える。

 どうする?
 もうこの時間軸は諦めて、次に備えたほうがいいのでは?
 だけど、こんな好条件の時間軸、そうそうないだろう。破棄するには時期尚早か?
 だけど、いくら好条件でも、肝心のまどかとの約束が守れていない。それでは意味がない。
 だけど、まどかが幸せならそれでいい。このままでも良いのでは?
 だけど、それは今だけだ。やがては理想と現実のギャップに絶望し、魔女になる。人に迷惑をかけること、それはまどかの望むところではないはず。
 だけど、それを私がフォローして魔女化を防いでいけば-----
 だけど、-----
 だけど、-----

 どれだけ考えても、思考がループする。
 気がつけば、いつの間にか夜が開け、朝日が昇っていた。

 結局、いくら考えても、結論は出なかった。


287 : 1[saga] - 2011/11/20 10:42:02.60 uM86iaGn0 207/370


*


 ほむらが教室に入ると、すでにまどかは席についていた。

「ほむらちゃん、おっはよ~」

「おはよう、まどか」

 ほむらがカバンを自分の席に置く。その直後、まどかが話しかけてきた。

「ねえ、ほむらちゃん。今日も天気いいし、お昼は屋上に行こうよ」

「……ごめんなさい。
 今日はお弁当も何も持ってきてないの。
 購買で買わなきゃいけないし、時間掛かると思うから、先に食べてて頂戴」

「えっ?……そう、なの……うん、分かった。また今度、一緒に食べよ?」

「ええ、明日は必ずお弁当を用意するわ」

 離れたところから二人の会話を聞いていたさやかは、驚いた。
 ほむらがまどかの誘いを断るとは。
 もしや、これは天変地異の前触れ?!
 明日は地震か台風か大洪水か!!

288 : 1[saga] - 2011/11/20 10:43:08.68 uM86iaGn0 208/370


 一時間目が終わり、休み時間になると、

「ほむらちゃん!」

 ほむらへまどかが話しかけてきた。

「次は移動教室だよ、一緒に行こうよ」

「ええ……」

 まどかは、ほむらの身の入っていない返事に、大丈夫?と返した。

「もし調子悪いんだったら、保健室に-----」

「いえ、大丈夫よ。心配いらないわ」

 ほむらは口ではそう言ったが、その動きは明らかに体調が悪そうだった。

「……ならいいんだけど……」

 だがまどかは、それについての追求を避けた。

「…………」

 その様子を、さやかは黙って見ていた。

289 : 1[saga] - 2011/11/20 10:44:04.70 uM86iaGn0 209/370


 二時間目が終わり、休み時間になると、

「ほ~むらちゃん!」

 ポンッと、まどかがほむらの肩を叩いた。
 そしてそのまま肩揉みを始める。

「何か今日は元気ないね。今日も私が肩を揉んであげるよ!」

 そう言うと、まどかの手に力がこめられ、肩を揉みほぐしだした。
 だが、その手をほむらは優しく掴む。

「気持ちはありがたいのだけれど、遠慮しておくわ。
 その、実は、少し寝不足なだけなの。
 だから、この休み時間は少し寝かせてもらえると助かるわ」

「……うん」

 ほむらは机で腕を枕に臥しだした。

「…………」

 その様子を、さやかは怪訝そうな表情で見ていた。


290 : 1[saga] - 2011/11/20 10:45:02.98 uM86iaGn0 210/370


 三時間目が終わり、休み時間になると、

「ほむらちゃ~ん!」

 席を立つほむらの後を、まどかがついてきた。

「ほむらちゃん、どこに行くの?」

「ええ、ちょっと保健室に」

「あ! それなら私が一緒に-----」

「いえ、一人で大丈夫よ。保健室の場所は分かっているわ。
 それに、ちょっと薬を貰うだけの、大したことのない用事ですもの」

「…………」

「じゃあ行ってくるわね」

 そう言い残して、ほむらは教室を出た。
 授業開始のチャイムが鳴るまで、ほむらは戻ってこなかった。

291 : 1[saga] - 2011/11/20 10:46:09.13 uM86iaGn0 211/370


 そして昼休みになった。
 屋上にてまどか、さやか、マミが集まって話し合う。
 内容はほむらについてだ。

「何だか、ほむらちゃんに避けられているような気がする」

 まどかはそう話を切り出した。

「あー、それは私も思った。昨日とは反応が真逆だもんね」

「……やっぱり、昨日のこと、かな?」

 さやかとマミの箸が、止まった。

「……きっと、そうなのでしょうね。
 昨日の取り乱し様からして、鹿目さんに対する入れ込みようは相当なもののようだし。
 今までの苦労が水の泡になった、と考えていても不思議じゃないわ」

「確かに。まどかの契約には断固反対!ってカンジでしたね」

292 : 1[saga] - 2011/11/20 10:47:04.00 uM86iaGn0 212/370


 マミとさやかの発言に、まどかは項垂れる。

「ああ、まどかが悪いって言ってるんじゃなくって、ほむらはさ、なんていうか-----過保護なんだよね」

「確かに。友達を危険に晒したくない、というのは分かるけど、ちょっとやりすぎ感があるわね。
 普通なら、『契約したら危険よ、それでもいいの?』って聞いて終わりじゃない?
 だって、魔法少女の危険性を十分に説明して、それでもなお魔法少女になりたいと思ったのなら、それを他人が止めるのは筋違いよね。
 それが、『絶対に契約しないと約束して』ですもの。
 鹿目さんが大切なのは分かるけど、人生を大きく変える大切な選択を、他人が勝手に決めてはいけないわ」

 マミはまどかの目を見て言う。

「鹿目さんはもっと堂々としてていいと思うわ。自分の選択に自信を持ちなさい。
 後悔なんて以ての外。
 それこそ暁美さんの努力が無駄になってしまうわ」

 マミの言葉に、まどかは、はっ、とする。

「そう、ですよね……。
 そう。そうだ。私は自分の意思で、この道を行くって決めたんだった。
 例えどんな危険が待っていても、私は突き進みます!」

293 : 1[saga] - 2011/11/20 10:48:02.65 uM86iaGn0 213/370


「危険、かぁ」

 さやかは箸を止めて考えだす。そして浮かんだ疑問を、マミに尋ねる。

「そういえば、ほむらはたしか、契約したら血生臭い世界が待っている、まどかに人殺しをさせたくない、って言ってましたよね?
 その辺、実際はどうなんですか?
 やっぱりマミさんも、その……襲ってきた魔法少女を……」

 さやかは聞きにくそうに言った。歯切れは悪かったが、マミは、さやかが何を聞きたいのか、理解できていた。

「確かに暁美さんの言ったとおり、魔法少女の仕事は危険がいっぱいだし、他の魔法少女の攻撃を受けることもあるわ。
 でも、魔女は気を引き締めて掛かれば勝てない相手ではないし、他の魔法少女との戦いは-----そもそも、二人が想像してるほど、頻繁には起こらないわ」

「でも、あのキリカだかオリコだかいう奴にいきなり襲われましたけど?」

「あれらは、私に言わせれば、イレギュラーな出来事よ。
 ほとんどの魔法少女は余計な衝突と魔力の消費を避けるため、自分の縄張りを出ることは無いわ」

「そうなんですか?」

「ええ。だって、割に合わないもの。
 他の魔法少女を倒して無闇に縄張りを広げても、今度は自分が狙われるだけよ。
 魔女を狩るチャンスも増えるけど、それ以上に縄張りを狙われる危険性が跳ね上がる。
 そんなことになったら、やらないといけない事柄が一気に増えて、すぐ力尽きちゃうわ。リスクが高すぎるわよ。
 ハイリスク、ローリターンじゃあ、やる意味は無いって皆思ってるはずよ」


294 : 1[saga] - 2011/11/20 10:49:04.86 uM86iaGn0 214/370


「……じゃあ、基本的には魔女をうまく倒すことだけ考えればいい、ってことですよね?」

「まったく考えなくていいわけではないけれど、基本的にはそうね。……急にどうしたの?」

「いやあ、まどかがうまく魔女を倒せるようになれば、ほむらも安心するんじゃないかな、って思ったんです」

「私が魔女を倒せたら、ほむらちゃんが安心する?」

「そう! こう、カッコ良く、魔女をズバババーンと倒せば、ほむらもまどかのことを一人前と認めるんじゃないかな」

「ほむらちゃんに、認められる?」

 まどかは自分が魔女を倒す姿を想像する。
 そしてほむらに「凄いわまどか!」と褒められる場面を思い描く。
 僅かにだが、まどかの表情が緩んだ。
 マミはしばらく思案した後、

「……いいかも知れないわね」

 と言った。

「放課後、暁美さんを誘って、一緒にパトロールに行きましょう。
 きっと、鹿目さんが怪我しないか、うまくやっていけるのか、すごく心配しているのよ。
 鹿目さんの勇姿を見せて、安心させてあげましょ?」

「……はい!!」

 まどかに、笑顔が戻った。

295 : 1[saga] - 2011/11/20 10:50:09.85 uM86iaGn0 215/370


*


「……魔女狩り訓練ツアー?」

 放課後、校門前でマミに捉まったほむらは、突然の提案に素っ頓狂な声をあげた。

「そうよ。ほら、鹿目さんが契約して魔法少女になったじゃない?」

 ほむらはあからさまに顔を顰める。
 マミはそれを気にする様子無く、話を続ける。

「まだ魔法の使い方とか、魔女の倒し方とか、よく分からないと思うのよ。
 だから-----」

「私達が一緒に行って、手取り足取り教えてあげよう、ってわけ?」

「そうよ」

「悪いけど、私は-----」

 そんなもの、行かないわ。
 そう言いかけて、少し思案した後、言葉を飲み込んだ。


296 : 1[saga] - 2011/11/20 10:51:11.82 uM86iaGn0 216/370


「いえ、やはり私も参加するわ」

 その言葉に、マミは若干驚いたような表情になった。

「……なによ、私が断ると思ってたの?」

「正直に言うと、そう思ってたわ」

「なら、なんで誘うのよ……」

「あら、意外に呑み込みが悪いのね。
 ここは、『たとえ断っても、強引に連れて行く手段が用意されているのでは?』と推理する場面でしょ?」

 そう言うと、マミはほむらの後ろを指差す。
 ほむらが振り向くとそこには、荒縄を持つさやかと、一回結んで瘤をつくったスカーフを持つまどかがいた。

「ちゃんと貴女の嗜好に合わせたかったのだけれど、さすがにボールギャグは用意できなかったわ」

「貴女は、私を一体何だと思っているのよ……」

 ほむらは、とても深いため息をついた。


297 : 1[saga] - 2011/11/20 10:52:06.22 uM86iaGn0 217/370


*


 人気の無い細い路地裏を、マミ、まどか、さやか、ほむらが歩いていた。
 先頭を歩くまどかの手には、ソウルジェムが乗せられている。

 数分前のこと。
 街中で魔女を捜し歩いていると、微かにソウルジェムが反応した。
 その反応に従い、魔女の魔力を辿ってみれば、いつの間にか路地へと入り込んでいた。
 順調に辿れているのだろう。歩くほどに反応が強くなっていく。
 そのたびに、まどかの緊張が高まっていく。

「鹿目さん、もっと肩の力を抜いて。
 そんなガチガチじゃあ、うまく体が動かないわよ」

「は、はい!」

 そう返事をしたまどかの目の前には、結界があった。
 魔女のものか、使い魔のものか-----

「結界が不安定ね。おそらくこれは使い魔のものでしょう」

「まあ、初心者のまどかには、ちょうどいい練習相手なんじゃない?」

「そうだね。いきなり魔女相手は、ちょっと怖いし……」

「…………」


298 : 1[saga] - 2011/11/20 10:53:11.04 uM86iaGn0 218/370


 ほむらは、じっとまどかを見つめ、観察していた。
 ほむらは時間を巻き戻してやり直すかどうか、まだ明確な答えが出せずにいた。
 この茶番狂言のようなツアーに参加したのも、その答えを出す為の参考になれば、と考えてのことだった。

 まず知りたいのは、まどかの契約の内容だ。
 何を望み、何を願い、何を叶えたか。
 これが分かれば、恒久的に魔女化を防げるかもしれない。

 次に、この契約が衝動的なものなのか、長い思案の末にたどり着いた答えなのかだ。
 深く考えずに一時の感情に流された、もしくはキュゥべえに騙された結果なのか。
 はたまた、熟考の末、終わりのない戦いの日々と引き換えにしてもいいと思える、何かを欲したのか。
 前者は論外だ。
 後者なら、まだ希望はある。その何かを糧に、この先やっていける可能性はある。



299 : 1[saga] - 2011/11/20 10:54:11.01 uM86iaGn0 219/370


「……ほむら、どうかした?」

 不意に、さやかの声で現実に引き戻された。

「な、何でもないわ。少し考え事をしていたの」

「……ふーん」

 さやかは、ほむらの回答に、一応の納得を見せる。

「あ! ほら、使い魔よ!」

 マミが突然声をあげて上方を指差す。
 その方向には、まるで子供の落書きのような姿の使い魔がいた。
 辺りに他の使い魔の姿は見えない。
 一匹だけだった。

「よーし!」

 まどかは変身すると、弓を構え、弦を引き、狙いを定め、撃ち放った。


300 : 1[saga] - 2011/11/20 10:55:08.09 uM86iaGn0 220/370


 放たれた矢は、精確に使い魔を射抜き、その背後の壁を抜け、空に漂う雲に大穴を開け、遥か彼方へと消えていった。
 ふっ、と結界が消滅する。

「やったあ! 一撃で倒せた!」

「おおっ! やるじゃんまどか!」

「凄いわ、鹿目さん!初めてとは思えないわ!」

「てへへ!」

 さやかとマミは、まどかを褒める。
 まどかは嬉しそうだ。
 まどかはちらっ、とほむらの様子を見る。
 それに気づいたほむらは、笑顔を形作る。

「ええ、凄いわまどか。
 まどかの力なら、どんな魔女だろうと退治出来るでしょうね」

「ありがとう、ほむらちゃん!
 これなら-----私の力なら、どんな敵が襲い掛かってきても大丈夫だよね!」


301 : 1[saga] - 2011/11/20 10:56:05.21 uM86iaGn0 221/370


 ほむらの目が細められ、笑みが深くなった。

「そうね。まどかの力なら、倒せない魔女も魔法少女もいないでしょうね。
 ……もう、私が傍に居てまどかを守る必要は無くなってしまったようね」

 マミはそれを、ほむらにまどかを認めさせることができたと受け取り、笑みがこぼれた。
 さやかも表情こそ笑っているものの、

「……ん~……」

 ほむらの様子を見て、何かを考えている。
 どうやら、ほむらの現在の心境を察したようだ。

「それじゃあ次に行きましょうか」

「はい!」

 マミが歩き出し、まどかがそれに続く。
 ほむらが動き出すと、さやかはその背後を追った。


302 : 1[saga] - 2011/11/20 10:57:02.68 uM86iaGn0 222/370


*

 その後もしばらく探し回るも、ソウルジェムに反応は無く、結局その日は解散となった。
 マミと別れ、さやかを見送ると、ほむらとまどかの二人きりになる。

「嬉しそうね」

 ほむらはそう言った。
 使い魔を倒して現在までの間、まどかは終始にこやかな笑顔を絶やさなかった。

「てへへ! やっぱ、顔に出ちゃってる?」

「ええ。もう、嬉しいという感情が溢れ出るかのようよ」

 まどかは照れつつも、笑顔は絶えない。

「ねぇ、まどか-----」

 ほむらは尋ねる。
 これだけは、どうしても聞いておきたい。
 自然と表情が真剣なものに変わる。

「-----契約の時、何て願ったの?」

「そ、それは…………」

 まどかは下を向き、言いよどんだ。

303 : 1[saga] - 2011/11/20 10:58:07.22 uM86iaGn0 223/370


「ごめん……。ちょっと、これは言えないや……。
 その、あんまり人に言えるほど立派な願い事じゃなくってさ……」

「……でも、マミは、軽い気持ちで契約したわけじゃない、と言っていたわ。
 何か、どうしても叶えたいことがあった訳ではなかったの?」

 まどかの視線が泳ぐ。
 ほむらと目を合わせようとしない。
 何かを隠しているのか。それとも、ほむらに怒られると思っているのか。

「…………私はただ、魔法少女になりたかったの。
 なって、この街の皆のために戦いたかった。この街の皆のことを守りたかった。
 魔女や悪い魔法少女によって、理不尽に、不条理に、虫みたいに、人が殺されることが嫌だったの。
 私の力があれば、阻止できる。守ることができる。絶対に悲劇を起こさせない。
 それが、私の願い。
 ただ、それだけなの。だから、その……契約時の願いは……」


304 : 1[saga] - 2011/11/20 10:59:06.10 uM86iaGn0 224/370


 言いづらそうにするまどかを見かねて、ほむらが口を挟む。

「つまり、願いごとを叶えてもらう為に魔法少女になった、のではなく、魔法少女になる為に願い事を叶えたのね」

「……うん」

「そう、わかったわ」

 ほむらはそれ以上追求しなかった。
 ここまで聞いた限り、まともな願いごとはしていないだろうと思ったのだ。
 下手すると、「ケーキ二日分ちょーだい!」などと願った可能性すらある。
 
 ほむらは交差点で足を止めた。
 帰宅するには、まどかとはここから別方向になる。
 ほむらが止まったのを見て、まどかも足を止める。

「まどか。最後にもう一つだけ聞かせてちょうだい」

「うん、何かな?」

 ほむらはさっきまでの真剣な表情を崩し、柔らかな笑顔をまどかに向けて尋ねる。

「貴女、今、幸せ?」

305 : 1[saga] - 2011/11/20 11:00:06.00 uM86iaGn0 225/370


「うん!」

 まどかは即答した。本当にそう思っているのだろう。表情も若干緩んでいる。

「だって、私のする事が街の平和に繋がるんだよ。
 こんな私だって人の役に立つことができるんだ、って思ったら、何だか凄く嬉しくなってきちゃった。
 今までの、何も出来なかった自分が嘘みたい」

 一瞬、ほむらは少し寂しそうな表情になった。
 だがそれはすぐに消え、まどかに気づかれることはなかった。

「そう、まどかは幸せなのね。それならよかった」

 -----幸せ、か。
 それが聞ければもう十分だ。
 やり直すかどうか、私の意志は決まった。
 あとは、ワルプルギスの夜の対処だけ。
 それが終われば、私の役目も終わりだ。

「じゃあ私、こっちだから。また明日」

 そう言うと、ほむらはまどかに背を向けて歩き出す。

「あっ! ほむらちゃん、ちょっと待って!」

「何かしら?」


306 : 1[saga] - 2011/11/20 11:01:10.97 uM86iaGn0 226/370


「あのさ、もう一度皆で集まろうよ。
 ほら、そろそろワルプルギスの夜の対策について話し合わないと。
 私も入れて魔法少女は五人になるから、これならワルプルギスの夜がどんなに強くても絶対に勝てるよ!!」

「……ええ、そうね。
 全員に声をかけて、もう一度集まりましょうか。
 頼りにしてるわよ、まどか」

「てへへ! 任せてよ!」

 まどかは手を振り、ほむらを見送る。

「じゃあね~! バイバ~イ!」

 ほむらの姿が見えなくなると、まどかは辺りを見渡す。
 誰も居ないことを確認すると、その場で変身した。
 魔法の練習の為、跳んで帰ろうと思いたったのだ。
 まどかは足に魔力と力を込めて走り出し、大きく跳んだ。

 まどかは、まるで羽が生えたかのような軽やかさで跳んでいった。


307 : 1[saga] - 2011/11/20 11:02:03.86 uM86iaGn0 227/370


*

 翌日の学校にて、

「ほむら。次の休み時間ちょっと話があるんだけど、いい?」

「……? ええ、いいわよ」

 ほむらはさやかに呼び出され、一緒に校舎裏へ向かった。
 道中、さやかは真剣な表情であった。どうやら真面目な話らしい。

「悪いね、こんなところに呼び出しちゃって。
 流石に教室では聞けないことでさ」

「構わないわ」

 ほむらはそう言った。
 教室では聞けないこと。
 おそらく、魔法少女に関する事柄だろう。

「それで、用件は?」

「……あのさ、まどかの事なんだけど」

「まどかの?」


308 : 1[saga] - 2011/11/20 11:03:05.38 uM86iaGn0 228/370


「そう。ほら、まどかが契約して魔法少女になったじゃない?」

 ほむらはあからさまに顔を顰める。
 さやかはそれを指摘する。

「ほら、その顔だよ。その、いかにも不愉快極まりない、って言いたげな顔。
 それを見るたび思うんだけどさ、アンタ、まどかが約束破ったのがそんなに許せないの?」

 ほむらは答えない。
 さやかはそれを肯定と取った。

「いや、そりゃあ私だって約束破るのはどうかとは思うよ。
 でもさ、結果だけ見れば、ほむらがご執心のワルプルギスの夜に対する、大幅な戦力増強だよ?
 その魔女はメチャクチャ強いんでしょ?
 だったら、この際手段は選ばず、目標を達成することだけを考えようよ。
 もし、まどかが契約しないでほむら達が魔女に負けちゃったら、何の意味も無いでしょ?
 ……なっちゃったもんは、もうしょうがないって」

 ほむらは何も答えない。

「まどかはさ、街の平和を守ることが『良い事』で、何もせず見てることが『悪い事』だ、と考えてるんだと私は思うんだ。
 だから-----」


309 : 1[saga] - 2011/11/20 11:04:05.75 uM86iaGn0 229/370


「だから、まどかを許してやってくれってこと?」

 ほむらが口を開いた。
 ようやく会話になりそうで、さやかは少しほっとする。

「さやか、貴女はいくつか勘違いしている。
 まず、許すも何も、私はまどかのことを怒ってなどいないわ」

「でもアンタは、まどかのしたことは『悪い事』だと思ってるんでしょ?」

「ええそうよ。当然でしょ。
 私にとって約束とは、命を賭してでも絶対に守らなければいけないものなの。それを反故にされたのよ。
 でも、それ以上に許せないのは、私自身に対してよ。
 私がもっとしっかりしていれば、まどかが契約する理由はなかった。
 契約してしまったということは、結局、私はまどかの信頼を得るに至らなかったわけだもの」

「ちょっ、そんなこと-----」

「そして貴女はさっき『良い事』、『悪い事』と言ったけど、正直に言ってしまえば、そんなことはどうでもいいの」

「どうでもいいって……」

「ん、ちょっと言葉が足りなかったわね。
 それを議論しても、答えは出ないという意味よ。
 何が良い事で、何が悪い事か。
 そんなものは結局、当人の感性の問題なの。
 例えば私の、命を懸けてでも約束を守る、という考えは貴女には理解しがたいでしょう?」

「…………」

「まどかは、私との約束を破ってでも街を守ること、これを『良い事』と判断し、そして私は『悪い事』と判断した。
 それだけのことよ。
 さやか、貴女はどっち?」

「…………」

 ほむらの問いに、さやかは答えられなかった。


【後編】 に続く。

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