1 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 20:56:56.91 ockcsqpo0 1/39

「このきんつば美味しぃねー」モグモグ

「和菓子に紅茶って意外と合いますねー」モグモグ

「うっ……」

「澪ちゃん、どうかした?」

「な、なんでもないよ」

「そう? それならいいけど」


この際だからはっきり言ってしまおう。
ムギは性格が悪い。
今だって、私にだけ苦い紅茶をいれておいて、白々しいやりとりをする。

二ヶ月ほど前、私は律に告白した。
しかしあっさり断られてしまった。
「澪のことは大切だと思ってるけど、女の子に恋愛感情は持てない」という簡潔な返答。


元スレ
澪「ムギなんて大嫌い」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1348660616/

3 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 20:58:02.47 ockcsqpo0 2/39

告白することを軽音部のみんなに伝えていたから、振られたことも周知の事実になってしまった。

そこまではいい。

だけどその一ヶ月後、律の机で自慰をしているのをムギに見られてしまったのだ。
それからというもの、私はムギの言いなりだ。

「いい加減にりっちゃんのことは諦めて私を見て」というのがムギの言い分だ。


自慰をしているのを見られた後、私は首根っこを捕まれ、ムギにキスされた。
ムギのことを恋愛対象として見たことはなかったけど、好きだと言われて悪い気はしなかった。

だけど、それからというもの、私が律のことを考えている度、意地悪をするようになった。
今回の紅茶だってそのひとつだ。

私が律を見てぼーっとしてたから、こんな苦い紅茶をいれたのだ。


5 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:04:07.14 ockcsqpo0 3/39

「じゃじゃーん。今日はもうひとつお菓子をもってきました?」

「なになにー?」

「とらやのどら焼きなの?」

あっ、私が前に食べたいって言ってやつだ……。

「……うん。皮がもっちりしてて、餡もしっかりしてて普通に美味いな」

「ええ、正統派どら焼きって感じがします」

「……美味しい」

このようにムギは私が食べたいといってものを学校に持ってくるようになった。
お客さんからもらったものではなく、自分で買ったものだろう。

正直、ちょっと嬉しい。

「なにこれおいし~。ムギちゃん大好き」

「///」

あっ、唯に大好きと言われて照れてる……。


6 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:05:15.16 ockcsqpo0 4/39

帰り道のこと。

「嫉妬してくれたの?」

「そんなんじゃない」

「なぁんだ……」

「でも不公平じゃないか」

「じゃあ、今度から唯ちゃんに『大好き』って言われても照れないようにするね」

「……」


なんだこれ。
これじゃあまるで私がムギに嫉妬してるみたいじゃないか。
……面白くない。



7 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:07:03.02 ockcsqpo0 5/39

「ごめんね」

「なんでムギが謝るんだ」

「なんとなく、かな」

「はぁ……」

「ねぇ、澪ちゃん。今日はどうする?」

最近、部活が終わってからムギと遊びに行く事が多い。
こうやってムギが誘ってくるからだけど、提案についつい乗ってしまう私もいる。

「今日は……」

財布の中にボーリングの半額券があるのを思い出す。
そういえばムギ、ボーリングやってみたいって言ってたっけ……。

「ボーリングなんてどうだ?」

「ボーリング!!?」

「うん。どうかな」

「行く行く! 澪ちゃん大好き!!」

「じゃあ行こうか」

「うんっ!」

8 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:09:06.76 ockcsqpo0 6/39

ムギは性格が悪い。その考えを訂正するつもりはない。
だけど、嫌いにはなれない。


ボーリング場はお客さんでいっぱいで、店員さんに20分待ってくださいと言われた。
だけど実際には40分も待つことになったんだ。
でも退屈はしなかった。ムギがいたおかげだ。

ムギはとても上手に私の話を聞いてくれる。
こういうところは律と全然違うんだ。
私は、律に対してなかなか素直になれないんだけど、ムギに対しては素直になれる。

梓や和と話してる時に近いかもしれない。
でも、それとも、少しだけ違う気がする。
梓や和は対等な友達って感じだけど、ムギはなんと言えばいいのかな……そう、ママみたいな感じがする。
何を話しても大丈夫、そんな気がするんだ。



10 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:10:44.37 ockcsqpo0 7/39

「澪ちゃん?」

「……」

「澪ちゃん!!」

「ど、どうかした?」

「考え込んでたみたいだったから」

「ちょっと考え事をしてたんだ」

「そう。それならいいけど……」

「……律のことを考えてたとは思わないんだ?」

ちょっとだけムギに意地悪がしてみたくて、こんな言葉が飛び出した。
だけど、やっぱりムギは私より上手だった。

「う?ん。私のこと考えてたんじゃない?」

「えっ」

「そんな気がしたの~」


11 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:13:18.71 ockcsqpo0 8/39

「……実はそうなんだ」

「本当に私のこと考えてくれてたんだ」

「うん。ムギってママみたいだなって」

「お母さん? 私が?」

「うん。ムギにはなんでも話せる気がするんだ」

「……そっか」

「……ムギ?」

ちょっとムギが寂しそうな顔をした気がした。
理由を聞こうと思ったら、店員さんに遮られてしまった。
やっとレーンが空いたみたいだ。

12 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:15:56.37 ockcsqpo0 9/39

「ムギははじめてなんだよな。じゃあ、まずは私が投げるよ」

「澪ちゃんがんばって?」

「それっ」

投げたボールはピンに向かってまっすぐ向かっていき――ピンをなぎ倒した。

「一本だけ残っちゃった」

「じゃあ二投目」

「すごい、あたった!!」

「よしっ、スペアだ」

「スペア?」

「二回投げて全部のピンを倒すこと、一回で倒すと――」

「あっ、それ知ってる! ストライクね!!」

「うん、そうだよ」


13 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:17:22.52 ockcsqpo0 10/39

「次は私の番でいいのかな?」

「うん」

「えいっ」

ムギの投げたボールは勢い良く転がっていき、端っこのピンを倒した。

「これはどうなのかしら?」

「二本倒れたみたいだな。初めてならこんなもんじゃないか」

「そう? じゃあもう一回行くね」

「がんばれ」

「えいっ!!」

ボールは勢い良く転がっていった。……斜めに。
もちろんガーターになってしまう。

「澪ちゃん……」

「まぁ、初めてだからなぁ」

15 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:19:45.17 ockcsqpo0 11/39

「どうすればいいのかな」

「うーん。ちょっと私の投げ方を見てくれる?」

「うん」

私はボールを投げる。狙い通りの場所にボールは転がり、見事ストライクになった。

「凄い凄い!!」

「ああ、上手くいったよ。で、見ててくれた?」

「うん。投げる前に腕を後ろに大きく振ってたね」

「ちゃんと見ると、澪ちゃんすっごくかっこよかったよ」

「そ、そうかな」

「うん」

「じゃあ、見ててあげるからムギ、投げてみてよ」


17 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:21:09.13 ockcsqpo0 12/39

ムギは私の真似をして、大きく後ろに腕を振り上げてボールを投げた。
しかし、またガーター。

「……あれっ」

「うーん」

「やっぱりいきなり上手にはならないのかな」

「いや、ムギのフォームはまだ悪いところがあるんだ」

「えっ」

「手を振り上げる時、ボールが放たれてから当たるまでのコースを想像するんだ」

「ムギの場合、振り上げる線と、投げる線が一致してない」

私は説明した後、エア投球をしてみせた。
ムギも真似をする。

「こんな感じかな」

「うん。ムギは力が強いから、どうしても強引に手の力で投げにいっちゃうんだと思う」

「そうかも」

「そこをぐっと堪えると良くなると思うよ」

18 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:22:33.94 ockcsqpo0 13/39

「えいっ!!」

ムギが投げる。
私の言ったことをきちんと守ったおかげで、フォームはとても綺麗だ。
ボールはほぼ真っすぐ進み、6本のピンを倒した。

「やったわ! 澪ちゃん! 沢山倒れた!!」

「あぁ、上手くいったな」

ムギは子供のようにはしゃぐ。
あまりにも純粋に喜んでくれるから、こっちまで楽しい気分になってしまう。

「じゃあ次は私の番だな……」

ムギに教えてる手前上手く投げたかったところだ。
だけど、リリースする瞬間手元が狂い、ボールはあらぬ方向へ……。

「ガーター……」

「ど、どんまいです!」

「はぁ……かっこわるい」

「だけど投げてる時の澪ちゃんはかっこいいよ」

ムギが必死にフォローしてくれる。
こういうとき、愛されてるなって感じる。
正直、悪い気はしない。


19 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:25:08.19 ockcsqpo0 14/39

それから色々あって帰り道のこと。

「あとちょっとで100点に届いたのに」

「でも初めてで92点なら凄いと思うよ」

「そうなの?」

「あぁ」

「そう言う澪ちゃんは122点もとっちゃったね」

「まぁまぁかな」

「師匠と呼ばせてください!!」

「大袈裟だよ。まぁムギは力が強いし、ちゃんと練習すればすぐに上手くなると思うよ」

「そうかな」

「そうだよ。また今度一緒にいこ」

「また今度、か……」

「ムギ?」


20 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:26:23.65 ockcsqpo0 15/39

「ねぇ澪ちゃん、今日何の日か知ってる?」

「えっ」

ムギの思わせぶりな態度に私は考えを巡らせる。
まさかムギの誕生日……はこの前過ぎたし、ムギと出会ってから一年……でもないし。
あっ……!

「気づいたみたいね」

「あぁ、ムギにキスされてから一ヶ月か」

「うん。私が無理やり澪ちゃんにキスしてから一ヶ月」

「もうそんなに経つんだな」

「私ね、決めてたの」

「何を?」

「一ヶ月頑張って澪ちゃんを振り向かせられなかったらすっぱり諦めようって」

「澪ちゃんを縛り続けるのはやめようって」


21 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:27:40.39 ockcsqpo0 16/39

「私ね、分からなくなっちゃったの」

「澪ちゃんは相変わらず部活の時間はりっちゃんのことばかり考えてるし」

「私のことは相変わらず恋愛対象外みたいだし」

「でも、私と遊んでるときの澪ちゃんは結構楽しそうだし」

「この恋をどうするべきなのか、自分じゃ分からないの」

「ムギ……」

「だから澪ちゃんに決めてもらいたいなって」

「このまま澪ちゃんのことを好きでいていいか、諦めるべきか」

「もちろん諦めたくなんてないけど……」

「澪ちゃんが諦めずにりっちゃんにアタックするつもりなら、私は邪魔になるだけだと思うから」

「……」

23 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:28:46.26 ockcsqpo0 17/39

ムギの告白に私はしばらく沈黙した。

ちょっと意外だった。
ムギはもっと恋愛に対して飄々としてて、不安や悩みとは無縁な存在だと思ってた。
彼女が私に弱みを見せたのはこれが初めてかもしれない。

私の言葉を怯えるような目で待ち続けるムギはとても小さく見えて、
ちょっとかわいいな、と思ってしまった。

私は勿体つけてから、こう言った。


「ムギにキスされてから面白くないことも沢山あった」

「……っ」



24 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:30:01.41 ockcsqpo0 18/39

「でもさ、面白くないことも沢山あるけど」

「それでも楽しいのほうが勝ってる」

「本当?」

「あぁ、本当だ」

「だからムギは……いや、私がこんなこと言うのも変か」

「うんう。言って欲しい」

「……そうだな。私のこと好きでいてくれていいよ」


その言葉を聞いてムギの顔がぱぁと明るくなった。
さっきまでの不安そうな顔はどこへやら。
満面の笑顔にかわってしまった。
そして一言。

「澪ちゃん、大好き!!」


この時私は、ムギと付き合ってしまうのも悪くないかもしれないと思っていた。
律は振り向いてくれそうにないし、ムギと一緒の時間はとても楽しかったから。
しかしそんな甘い考えは次の日の朝、粉々に砕かれることになる。
最低かつ最高の形で。


25 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:31:36.62 ockcsqpo0 19/39

発端は下駄箱。
登校中に偶然ムギと出会った私は、一緒に学校に来たんだ。
そして、私の下駄箱から一通の手紙が見つかった。
ただのファンレターだと思ったんだ。
だから、ムギが読みたいと言ったので、読ませてあげることにした。

ムギは最初楽しそうな顔で封を開いたけど、だんだん顔から感情が消えていったんだ。
「澪ちゃん、これ」と言って私に手紙を返してくれたときには、真っ青な顔をしていた。

文面はとても簡潔。



「放課後、屋上で待ってる。律」





28 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:42:15.53 ockcsqpo0 20/39

私は授業中しきりに律とムギの様子を確認した。

律は平常運転だ。

ムギはほとんど感情を表に出さない。
たぶん意図的に隠しているのだろう。

律の呼び出しについて、私は様々な可能性を考えた。
悩みの相談だとか、そういう可能性も捨て切れない。

でも、普通に考えれば、ごく普通に考えれば、告白だと思う。

告白されたことで、恋愛対象じゃなかった人が恋愛対象になる。
少女漫画によくある展開。

最近の律を思い出す。
そんな素振りなんて全く見せたことなかったのに……。
必死に私に対する感情を押し殺している律を想像すると、ますます律のことが愛おしくなった。

でも、律の告白を受ける前に私はやらなきゃいけないことがある。
だから放課後、律に会う前にムギを部室に呼び出した。


30 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:43:48.13 ockcsqpo0 21/39

部室につくと、扉が半開きだった。

中にはムギがいた。

自慰をしていた。















いつも梓が座っている椅子で。




33 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:45:27.67 ockcsqpo0 22/39

わけがわからなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃになった。
なんでムギが梓の席で自慰をしてるんだ。
たまたま? そんなわけない!!

気づけば私は屋上へ走り出していた。

屋上の扉を開く直前、やっと私は冷静になった。
あの自慰は私に見せるためのものだったんじゃないか。
自分が本当に好きなのは梓だから、遠慮無く律のところへ行っていいと。
そう伝えたいんじゃないか、って。

ふざけるな!!
だったら昨日のあれは何だったんだ!
ムギが私のことを好きなのはバレバレなんだ!
今までのは全部私を慰めるためのものだったって言うのか!!

そんなのあり得るわけない!!

律と結ばれたとしても、後からムギにはキツく文句を言ってやろう。
そう決意して扉を開いた。



34 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:46:32.60 ockcsqpo0 23/39

「きたか……」

「どうしたんだ、律。こんなところに呼び出して」

「あぁ、うん、それなんだが……」

「何か言い難いことなのか?」

「まぁ、そうだ……」

「……」

「澪……ごめん!!」

「なんで謝るんだ」

「澪に頼まれてたじゃん」

「えっと……」

36 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:47:49.28 ockcsqpo0 24/39

「クリーニングボンバーのコンサートチケットだよ」

「私の伯父さんが関係者だから、チケットとってくれって頼んでただろ」

「……」

「それなんだけどさ、確かにチケットは取れたんだ」

「だけど、知り合いの子がチケット代の10倍出すって言うから、転売しちゃった」テヘ

「……」

「あの、澪さん?」

「怒っていらっしゃいますか?」

「えっと……本当にごめん! ラーメン奢るから許してくれ!!」

「律の大馬鹿!!!!!!」


私は助走をつけて思い切り律を引っ叩いた。
手加減なんて、もちろんしない。

地面に這いつくばった律を放って、私は駈け出した。
ムギのところへ。



38 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:48:53.32 ockcsqpo0 25/39

__
___

「私をダシにするのやめてください。不愉快です」

「ごめんなさい。でも他に思いつかなかったの」

「はぁ……。素直になればいいじゃないですか」

「それは無理」

「どうしてですか?」

「澪ちゃんはずっとりっちゃんのことが好きだったの」

「子供の頃からずっと……」

「ずっとずっと想い続けてきたの」

「だから、その恋がやっと実を結ぶ時がきたんだから」

「私がそれを邪魔をしちゃ駄目」

「それは本音ですか?」

「……え」

40 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:50:42.03 ockcsqpo0 26/39

「本音なのか、と聞いているんです」

「本当は澪先輩に振られるのが嫌なだけじゃないんですか?」

「単に振られるのが怖くて、逃げ出してきただけじゃないんですか」

「……」

「ムギ先輩が身を引く理由なんてないんです」

「澪先輩が律先輩を選べばムギ先輩は振られるだけです」

「たとえ、どれだけ愛していると嘆いたところで」

「……」

「それに、思うんです」

「出会いが遅かったから」

「それだけの理由で諦めなきゃならないなんて、そんなのあんまりだと思います」

「ムギ先輩の本当の気持ち、澪先輩にちゃんと伝えるべきです」



41 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:51:46.29 ockcsqpo0 27/39

「私だって知ってます」

「ムギ先輩だってずっと澪先輩のこと好きだったはずです」

「いつだって目で追いかけてたじゃないですか」

「澪先輩が楽しそうにしてると、本当に嬉しそうにしてたじゃないですか」

「だから、ちゃんと澪先輩と向きあってください」

「……」

「……」

「梓ちゃんに何がわかるの?」

「わかっちゃうんです」

「ずっと見てましたから」

「えっ」

「役者が来たみたいです。私はもう行きます。ご武運を」

「ム、ムギ……と梓!?」

「……失礼します」

「あ、梓ちゃん!!」

42 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:52:50.71 ockcsqpo0 28/39

__
___


「廊下で聞き耳立ててるなんて、趣味が悪いね」

「べ、別に聞くつもりはなかったんだよ。本当だよ」

「怒ってないからいいよ」

「……うん」

「じゃあ帰ろっか」

「でもさ、良かったの?」

「なんのこと?」

「琴吹先輩のこと」

「さては純、私がムギ先輩のこと好きだと思ってる?」

「へっ、違うの?」


43 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:54:01.01 ockcsqpo0 29/39

「あぁ言っておけば、ムギ先輩も後戻りできなくなるでしょ」

「えっ、じゃあ別に好きじゃないの?」

「さっ、そろそろ帰ろ」

「……うん」

(ムギ先輩、澪先輩、頑張ってください。律先輩は……別にいいか)


「あっ、そうだ!!」

「と、突然どうしたの?」

「帰る前に屋上寄っていいかな」

「いいけど、何の用なのさ」

「犠牲になった人がいると思うんだ」

「犠牲?」

「律先輩は犠牲になったのだ……」


44 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:55:55.81 ockcsqpo0 30/39

__
___

部室の前に鈴木さんがいたけど、構わず扉を開いた。
扉を開けると、ムギと梓がいた。

梓は「失礼します」と言って部室から出ていった。
私とムギの二人だけになった。


「澪ちゃん、どうだった?」

ムギが平静を装って言った。
だけど声は震えてるし、顔は真っ赤だ。

「どうだったと思う?」

「え、えっと」

ムギはとても困った顔をしてる。

私はそんなムギを放って、梓の席に近寄る。
触ってみると、ほんの少し濡れていた。

「あれっ、この椅子……」


46 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:57:06.02 ockcsqpo0 31/39

傷のつきかたでわかる。
いつも梓が座っている場所にあった椅子は、私の椅子だった。
私の椅子と梓の椅子の位置を入れ替えたのだろう。

「入れ替わってるな」

ムギが明らかに動揺した。
ちょっと瞳が潤んでいる。

「そ、そんなこと知らなかったから」

「梓ちゃんの椅子だと思ってオナニーしてたんだから」

「オナニー? なんのこと?」

「あっ……」

ムギの目を私が真っ直ぐ見つめると、ムギは目をそらした。
ずっと見ていると、今度は涙が流れ始めた。

「ひっく……ぐすっひぐっ」

顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくるムギはかわいそうで、とてもかわいく見えた。


47 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:58:10.89 ockcsqpo0 32/39

ムギは意外と不器用だ。
器用に立ち回ろうとするんだけど、それが時々空回りする。
そんなムギがとても可愛いことに私は気づいてしまった。


「私にはわかってる」

「ぐすっ……ぐすっ……」

「ムギは私が好きなんだ」

「ぐすっ……ひぐっ……」

相変わらず泣いてばかりで私と目を合わそうとしないムギ。
そんなムギの首筋を捕まえて、私は無理やりキスをした。
目は見開いたまま。
やっとムギと目があった。

「……!」

私はキスを解いて、ムギに語りかける。

「そして私もムギが好きだ」

「……そんなの嘘」

「嘘じゃない。昨日からムギがかわいくみえるんだ」


48 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 21:59:37.26 ockcsqpo0 33/39

「だって、そんな都合のいいこと」

「見えるんだから仕方ないだろ」

「……でもりっちゃんは?」

「あぁ、それか」

「……?」

「コンサートのチケットの話だった」

「えっ」

「頼んでおいたコンサートのチケットを転売したらしい」

「りっちゃんの馬鹿」

「あぁ、大馬鹿だ」

「澪ちゃんがかわいそう」

「それはどうだろう」

私はもう一度ムギにキスをした。
ムギは目を閉じていたけど、私は開いたままだった。
閉じた目の両端から涙が一筋流れた。

綺麗だな、と思った。

49 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 22:00:41.81 ockcsqpo0 34/39

__
___

「このバターケーキちょっとしつこいね」

「ええ、紅茶よりも珈琲が合いそうな感じです」

「要らないなら私にくれ」

「えっ、それは嫌かな」

「バターケーキは私の大好物なんだ。ムギありがとう」

「それなら私も分も食べる?」

「おおっ、ムギ、ありがとう、大好きだ!!」

「///」

あっ、律に大好きと言われて照れてる……。


50 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 22:02:39.59 ockcsqpo0 35/39

帰り道のこと。

「嫉妬してくれたの?」

「うん」

「えっ、澪ちゃん」

「私以外に照れないで欲しい」

「そ、そんなの」

ムギは真っ赤になってしまった。
ほんのちょっと困った顔をして、照れているムギはとてもかわいい。

「あっ、そうだ。今日はムギの家に行きたいな」

「え、えっと。私の家?」

「うん。ここらへんで二人の間の不公平な部分を解消しておきたいと思って」

「不公平?」

「私だけ自慰を見られちゃったのは不公平だと思うんだ」

「み、澪ちゃん」

51 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 22:03:46.09 ockcsqpo0 36/39

私の言っていることの意味がわかり、ムギは真っ赤になった。
あっ、ちょっと泣きそうだ。

「ムギ」

「……なぁに?」

「大嫌い!」

とてもいい笑顔でこう言ってやった。
ムギは笑って私をポカっと殴った。
相当手加減してるんだろうけど、ムギの馬鹿力から繰り出される一撃はそれなりに痛かった。

「痛い……」

やっぱりムギに対しては引くより押したほうがいいみたいだ。
だからもう一言。

「ムギ」

「今度はなぁに、澪ちゃん」

「大好き!!」

ムギはやっぱり真っ赤になった。


おしまいっ!

56 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 22:09:06.77 GtuvYttl0 37/39

おつおつ
面白かった

57 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/09/26 22:16:21.62 i/P6Rq1g0 38/39

なかなかシュールだった乙

58 : ビチグソウンコ大便之助 ◆9Ce... - 2012/09/26 22:17:06.95 OlFwviV70 39/39

乙りんこ
なかなかカオスなのにうまくまとめられてていいっすな

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