全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5
──ヴンッッッ!!
異形の剣から放たれる破滅の球体。
それは魔王が“ヘカトンケイル”に向かって放った三回目の攻撃だった。
ヘカトン「ッッッギ!」
触れる物を悉く消滅させる魔王剣の攻撃。
それを避けることもなくヘカトンケイルは受け止めた。
空間がひしゃげ、数々の腕が現れその攻撃を打ち砕かんと攻撃する。
元スレ
魔王「世界征服、やめた」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338846241/
魔王「……」
七本。
それが、魔王剣の攻撃一回に対するヘカトンケイルの代償だった。
一回の攻撃を防ぐのに七本の腕をなくしている。
魔王「(参ったね……)」
現在、魔王の魔力で魔王剣を振れる回数は十三回。
それ以上の行使は今の魔王では力が足りない。
魔王「(ええと、七かけるの十三で……? あー、でも多分、足りないなあ……)」
ヘカトン「……どうした。お前の父親であれば一撃で二十の腕は持って行ったぞ」
魔王「む」
安っぽい挑発。
けれど、魔王の心を苛立たせるのには充分な台詞だった。
ヘカトンケイルは真っ向から魔王の攻撃を受けることを選択した。
今の魔王では、ヘカトンケイルの腕と本体を消し去る程の魔力を魔王剣に注入出来ない。
いずれはガス欠がおき、力果てる。
なくなった腕は時をかければまた復活する。
とても手堅い、確実な戦法だった。
魔王「……すぐにでも引き篭もってる腕を全て引きずり出してやる」
剣を握る手に力が入る。
全力だ。残り九回の攻撃を、全弾、全力で撃ち込んでやる。
魔力切れ? 削りきれない? そんなものは知らない。関係ない。
全力で粉砕してやる。
魔王「後悔しろ……」
完全に頭に血が上っていた。
魔王は慣れない多量の魔力行使により、テンションがハイに成りすぎ思考が常と違っていた。
ただただ力をぶつけるだけの真っ向勝負。
自身より力量のある魔物に対して、最もやってはならない戦術を取っていた。
魔王「血の一滴。肉の一片も残さず消し去ってやる……」
ヘカトン「力の使い方を知らぬ小娘が」
「うるさい!」と一喝。
魔王は魔力を魔王剣に食らわせ、再び標準をヘカトンケイルへと見定めた。
魔王「消、え……ちゃ────ええええええェェェェェ!!!!」
四球目。
必殺の魔球が“百腕魔王”の腕(かいな)を消し去りに直進した。
……。
…………。
………………
謁見の間から逃走して少しの時間が経った。
城内は見回りのスライム娘たちで溢れかえっており、身を隠すのも一苦労である。
デュラ「(頭の悪い魔物たちで助かった……)」
幾度か危ない場面もあったが、少しばかりの機転を利かせ回避した。
スライム娘たちは頭の程度が宜しくない。
中には知能の高い娘もおり、リーダー役として動いてはいるが殆どの娘は人間で言う小学校低学年程度の知能である。
注意を逸らし、包囲を突破するのは容易であった。
デュラ「(しかし、包囲を抜ける為とは言え下に潜りすぎたか……)」
気付けば頂上の謁見の間から随分と下に降ってしまった。
豪勢な作りだった上階と比べ、現在デュラハンが居る階は石畳のなんとも殺風景な廊下である。
──みつからないね。
──ねー。どうしよっか?
──がったいする?
──もうっ! いまがったいしてもしょうがないでしょっ!
──でも、もしみつかったらがったいしないとかてないよ?
──たしかにー。
デュラ「ッ!」
話し声が壁を反響し話し声がデュラハンの耳に入った。
正確な数はわからないが、結構な人数だ。
どこへ逃げるか周囲を見回す。
逃亡先は二箇所。
声が聞こえた方向と反対側の廊下。そしてもう一つは目の前にある石で出来た扉の部屋。
普通であれば部屋へ入る選択肢など考えられない。
行き止まりであろう個室に入り、取り囲まれたらそこで終了。
武器を持たないデュラハンは多少の抵抗は試みるも数の暴力で圧し潰されてしまう。
だと言うのに、デュラハンは石の扉へと足を伸ばし始めた。
デュラ「……」
理由はわからない。
けれど、この部屋へ入るべきだと本能が告げている。
集団の近づく気配が身近まで迫っていた。
時間がない。
デュラハンは己の本能を信じ、石で出来た特別性の扉を開いた。
──あっ、このへやどうする?
──げぇ。
──ここはだいじんさんのおへやだよ?
──かってにはいったらおこられるし……。
──だいじょうぶっしょー。
──いこいこー。
デュラ「……」
最悪の事態は防げた。
何故、この部屋に惹かれたのかはわからない。
しかし、直ぐに捕まってしまったのではその理由はわからないままである。
これで時間は稼げた。
あとはこの部屋を物色すれば──。
デュラ「こ……れは……?」
物色するまでもなく眼前に入ったもの。
それは、かなりの大きさを誇る大剣であった。
分厚く、大きく、大雑把。
一目で“魔剣”の類であることがわかる魔力を内包している。
外のスライム娘たちはこの部屋を「だいじんさんのおへや」と言っていた。
が、大臣が剣を振るうなど聞いたことがない。
デュラ「……」
どうでも良いことだった。
今、自身が必要としているのは武器。
その武器が目の前にあるのだからありがたく頂戴すれば良いのだ。
大剣は好みではないけれど、今はそのような贅沢を言う場面ではない。
デュラハンは無感情に立てかけられた大剣を手にした。
デュラ「────」
直後、流れ込んでくるイメージ。
この大剣を今まで有していた人物。
それは、かつて“デュラハン将軍”と呼ばれていた自分の前任者の遺物であった。
デュラ「そう言う……こと……」
さらに流れこむイメージ。
黒い狼、少女。
なるほどと、デュラハンは頷く。
この魔剣の真の主はデュラハンではなく、脳内にイメージとして流れ込んできた少女。
恐らくはデュラハンが魔剣の力に魅了され、どうにかして掠め盗ったのだろう。
奪った挙句、使いこなせていないのだから笑いが出る。
デュラ「この……剣なら……」
戦い方が頭に流れ込んでくる。
重かったはずの大剣は羽のように軽い。
主人を亡くし、行き場を失っていた魔剣が新たなる主を定めた。
不毛。
この戦いを表現するのならば、これ以上に的確な表現は見当たらなかった。
ただただお互いの作り出す無限とも呼べる駒をぶつけ合う。
進退せず、現状を維持するだけの戦が続いている。
積み重なるのはお互いの屍。
それだけが野原に積まれて行く。
ガーゴイル「(時間稼ぎ……? しかし……)」
先ほどの闖入者。
その正体はおおよその見当は付いている。
アンデッド族でリッチ以外に単独で行動し、それなりの実力を持つ魔物と言えば一種しか存在しない。
ガーゴイル「(デュラハン……)」
が。
ガーゴイルの知るデュラハンは既に消滅している。
彼の主である魔王が目の前で消し去ったのだから当然だ。
不相応に装備していた“魔剣”を回収し自室に補完しているのだから間違いない。
だとすれば、先ほどのデュラハンは新個体。
ガーゴイルの知らない魔物である。
ガーゴイル「(デュラハン将軍が没してからまだ日は浅い……この局面を変えるほどの力を持つはずが……)」
うう……。
うう……うう……。
そこいら中に討ち捨てられた亡骸たち。
その声が響き、辺りは怨念で渦巻いてる。
人間であればその邪気に当てられ直ぐに狂死するだろう。
あるいは腐臭を肺に入れ、内臓を腐らせ苦しみにのた打ち回り朽ち果てる。
それほど魔王城近辺の空気は淀んでいた。
リッチ「あの子は……上手いことやってるようだねえ……」
ひたすらに“生贄”を産み続けながらリッチが言葉をこぼした。
リッチが居座るその場所は既に死の沼地と化し、亡者が無限と湧き出ている。
リッチ「お気に入りをデュラハンにしたんだ……うっふふ。やはり性能ってのは大事だねえ……」
……。
…………。
………………
デュラハンの性能はその元となる人間の力量で大きく変わる。
性別が違えば、性格も違い、動き、力、思考能力。
その全てに違いが出てくる。
今回、デュラハンに使った素材はリッチのお気に入りであった。
人間であったころは強く美しい女性。
人間界では騎士と呼ばれ、姫とも呼ばれるほどの人物であることをリッチは知っている。
リッチは美しいものを好み、それと同じくらい憎んでもいた。
その愛憎の対象となった姫騎士は不幸としか言い様がない。
村にアンデッド族が襲ってくる。助けて欲しい。
このような内容の嘆願書がとある小国へと届き、彼女の目に入ることになる。
正義感の強い彼女は、屈強な兵を連れアンデッド族の討伐へと出立した。
その近辺に強力なアンデッドが出没すると言った情報は聞いたこともない。
どうせハグレの魔物が夜な夜な村を荒らしているのだろう。
彼女を含む、誰しもがそう考えていた。
けれど、村で待っていたのは“死”そのものだった。
──まっていたよお……。
考えられないほど桁違いの力を持つ魔物。
部隊は瞬く間に蹂躙され、残された彼女には凄惨な末路しか残されていない。
その身体には想像を絶するほどの苦痛と汚辱を与えられ──ゆっくりと首と胴体を切断された。
リッチ「ああ……やっぱり、綺麗だねえ……」
首が離れてもなお止まぬ汚辱。
それを見せ付けるかのように頭を持つリッチ。
リッチ「頭はあたしのコレクションにしようねえ……身体もちゃあんと、使ってあげるからねえ……」
頭だけになった姫騎士の最後の記憶。
それはアンデッド共に自身の身体が弄ばれる最悪の光景だった。
……。
…………。
………………
リッチ「良いよお……良い、良い……」
どんどんと怨嗟が紡がれていく戦場を遠めにリッチが呟く。
時間が経てば経つほど、自身に都合が良くなっていく。
デュラハンが期待通りに動けば城門を解き放ち、ガーゴイルへ斬りかかるだろう。
レベルは相応に上がっている。
ガーゴイルを打ち砕くのは無理としても、怯ませることは出来る。
その間、ゴーレムの召喚は止まる。
となれば亡者共の進軍は進み城内へアンデッドが湧き出ることになる。
リッチ「ふふっ……楽しくなってきたねえ……」
リッチは既に詰み将棋をしているかの如き、この戦を楽しんでいる。
切り札を持つ者の余裕。
それが表情に溢れていた。
……。
…………。
………………
──ッハァー……ハァー。
息が、呼吸が苦しい。
上手に出来ない。
魔王「ッハッハ……」
ヘカトンケイルに向けての攻撃は都合十回。
向こうさんが受けて立っているお陰で、一応全弾命中しているけれど……。
魔王「あと、何本だっけか……」
計算できない。
攻撃に夢中だったせいもあるけれど、わたしって算数とか苦手な方なんだよね。
掛けたり引いたりもう訳わかんない。
って今はそんなこと言ってる場合じゃない……。
魔王「ええと……一回で、だから……あー、でも多分まだ三十くらいはありそうだ……」
魔王剣が打てるのは良くてあと三回。
頭に血が上っていたせいでペース配分考えなかった……。
やばい。
限界来る前に限界来ちゃったかもわからない。
魔王「(どうしよ……)」
実を言うと今のわたし。
体中がボロボロだったりする。
腕の数が減っているとは言え、あいつは隙が出来るとわたしを殴ってくる。
まあ迂闊に間合いに入り込んじゃう自分が間抜けなんだろうけれど。
魔王としてそれなりの防御力。頑強さを誇っているつもりなんだけど……。
痛い。痛すぎるよ、あいつの攻撃。
魔王「(あー……これって勝てるのかな……)」
そんなことを内心で思っている時だった。
──おいおい。そんな弱気なことで魔王が勤まると思っているのか。
魔王「……!?」
突如入り込んでくる声。
聞いたこのない声質だった。
ヘカトンケイルが喋りかけて来たのかと一瞬疑ったが、そんな訳がない。
アレとは殆ど会話もせずに殺し合っている。
今さらあんな皮肉めいたこと……。
──きょろきょろするな。みっともない。
魔王「え、え」
──下だ。娘よ、お前が持つ手を見よ。
魔王「え」
と言われても。
わたしが装備しているのなんて“魔王剣”くらいな訳で……。
──我が名は“魔王剣”。欲する者に力を与える、魔の王の剣よ。
魔王「……」
喋り出した。
あんまり唐突だったもので、わたしは一瞬かたまり──。
魔王「────ウガッッッッ!?」
そこへ、ヘカトンケイルからの痛烈な不意打ちが顔面を捉えた。
──ザンッ──ザンッ。
これで何度目かと笑いたくなるような衝撃が身体に走る。
まるで川に投げつけられた小石のように、わたしの身体は地に打ち付けられ跳ね回った。
勢いがなくなると、はしたなくゴロゴロとのた打ち回りやがて止まる。
服は泥だらけ。髪もくしゃくしゃ。
疲労と痛みが身体全体を包んでいる。
魔王「ぷふーっ……ごほっごほっ」
真正面からヘカトンケイルの拳を受けたんだ。
魔王だって鼻血くらい出るさ。
うう……。
苦しい。
──情けない……これが今の主(あるじ)か。
手から伝わる剣の声。
つか、なんで喋ってるんだろう。
──我は魔剣の王なるぞ。言葉の一つも喋れるに決まっておる。
魔王「……なんで今の今まで喋らなかったんだ」
なんか話し方が気に入らない。
使用者であるわたしより偉そうってどう言うことなんだろ、なんて思いつつぶっきらぼうに疑問を投げつけてみた。
──それはな、単純に主の魔力が低いからよ。
魔王「魔力が?」
おいおい。
わたしはこれでも魔王なわけですよ。
そんなわたしに対して、魔力が低いって。
どの口が言うんだろう。口なんて見当たらないけれど。
──供給される魔力が低すぎて、目覚めることもままならんかったわ。
魔王「へえ……」
ああ、なんかもうどうでも良くなってきた。
話しに付き合っても良いことなさそうだし。
今はヘカトンケイルをどうやって対処するか。
対処出来るんだろか……。
それを考えなきゃだってのに、ポッと出の人格に付き合ってる暇はないよ。
──おい、主よ。失礼なことを考えておっただろう。
魔王「む」
なにこいつ。
剣の癖してちょっと鋭い?
──今のままでは、無理だな。
魔王「……」
無理。って言った。
なにが、とは言わなかったけれど。
今、この剣は無理と言った。
わかってるよ。
なにが無理なのか。
そこまで頭が回らないほど、わたしの頭は幸せに出来てはいない。
──我を振れる回数は……ふむ。良くて後、三回。
ご名答。
そこまでわかるんだね。
わたしは無言のまま、剣の言葉に耳を傾けた。
──主よ、勝ちたいか。
魔王「……ああ」
小さく返答する。
負けたい訳がない。
──ならば、我の言葉に耳を傾けよ。我に力を預けよ。
魔王「……」
首を縦に振る。
アレに。ヘカトンケイルに勝てるのならば。
もう理由なんてどうだって良い。
今のわたしは、個としてヘカトンケイルに負けたくないと思っている。
思っていたよりもずっと負けず嫌いだったらしい。
悔しい、力が届かない。
勝ちたい。負けたくない。
本来の目的を忘れてしまうほどに、わたしは勝利を欲していた。
──ならば教えてやる。我の使い方をな。
魔王「ははっ、剣に剣の使い方を教わるだなんてね……宜しく頼むよ、魔王剣」
──“百腕魔王ヘカトンケイル”。寝覚めの相手に不足ないわ。
ふう。
と一息つく。
悠長にお喋りしていたけれど、時間的な余裕があるわけじゃない。
ヘカトンケイルは移動こそ俊敏な動きを見せる事はない。
しかし、ただジーッと突っ立っている訳でもなくゆっくりとわたしの元へと歩みを進めている。
馬鹿みたいに待ってれば簡単に止めを刺されるだろう。
──良し。ではまず……。
魔王「あー、ちょっと待って」
──……?
心機一転。
ここから反撃開始だ、の前に。
魔王「少しばかり、身なりがみすぼらしいからね」
長く伸ばした髪は泥だらけになり、まとまりがない。
正直に言って長髪は戦闘に向かないんだ。
バッサバッサと視界を横切ってうざったくすらある。
魔王「よいっしょ……と」
後ろに手を回して、一気に髪を纏め上げる。
そしてそのまま──。
──ザンッ。
バッサリ。
手刀でもって、わたしは自身の髪を切り取った。
魔王「ふう……サッパリした」
──良いのか……?
魔王「ん? なにが?」
──乙女が長髪を切るなど……。
魔王「乙女って。わたしは魔王だよ?」
──……。
魔王「おかしなことを言う剣だね」
髪なんてまたいくらでも生えてくる。
それにわたしは昔っから長い髪の毛が鬱陶しかったのだ。
魔王「さあ、やっつけるよ」
──……面白い主だ。
ようし。
なんだか身体が軽くなった気がする。
魔王「反撃開始だ」
デュラ「……」
魔剣を手にしてから、どうにも身体の調子がおかしかった。
温もりを失ったはずの身体は火照り、熱を感じる。
なにものにも興味が湧かず、常に凍てついてたはずの感情が顔を出し始めていた。
──戦いたい。
デュラハンの心に芽生える感情。
敵、敵、敵。
敵と戦いたい。斬りたい。叩き潰したい。
首を切り落としたい。頭が欲しい。
欲しい欲しい。
デュラ「頭が……欲しい……」
デュラハンが手にした魔剣は持ち主に“狂化”を促す作用を持っていた。
幸か不幸か。魔剣に主と認められた時、その者は戦いの権化と化す。
手にすれば、己が理性は吹き飛びただただ戦いのみを糧とする。
大剣は重量をなくし、振るうほどに攻撃力を増していく。
敵を殲滅するか、己の行動不能を持ってでのみその戦闘衝動は霧散する。
使用者を死へと追いやる魔剣。
デュラハンが手にしたのはただの武器と呼ぶには余りにも禍々しい遺物であった。
デュラ「体が……軽い……」
まるで風そのものになったような感覚。
廊下を駆け抜けるその速度は、大剣を持つ身とは思えぬ程だった。
恐怖心はない。
例え、敵に発見されようが首を刎ねれば済むこと。
すでにデュラハンの思考回路は常とものと違っている。
スラ娘A「あわわっ! てっ、ててて、てきですー!!」
デュラ「……」
スラ娘B「わわわっ、きききちゃあ……!」
捕捉する二体の標的。
それは既に敵ですらなく、彼女にとって試し斬り以外のなにものでもなかった。
──パチャンッ! パチュンッ!
スラ娘A「ふぇ……?」
スラ娘B「ふぁ……?」
一陣の風が如く、不運にも立ちはだかったスライム娘の間を走り抜ける。
素早く、正確に二振り。
デュラハンの大剣はスライム娘の首を難無く通過していた。
デュラ「…………」
雑魚など歯牙にもかけず、走り去る。
強者とまみえるために。
すでに、リッチから受けている命など欠片ほども覚えてはいない。
今はただ、闘うためだけに彼女は駆けていた。
……。
…………。
………………
デュラハンが走り去った廊下。
そこには首が刎ねられた人型のなにかが二体、横たわっていた。
ゼリー状のそれらは、ふるふると意思があるかのようにふるえている。
──ぷるぷる。
──ぷるぷる。
ゆっくりと、頭部であったそれらが胴体へと元あった場所へと這いずりよる。
ゆっくり、ゆっくり。
時間をかけて、刎ねられた頭部は胴体へと帰還した。
スラ娘A「ふう……」
スラ娘B「ふぁー」
再生。
彼女たちの命を打撃や斬撃で奪うことは出来ない。
時間はかかるが、切り離された部分はもとあった場所へと接合する。
例え頭を完全に叩き潰されようと、彼女たちは死なない。
スライム族とはそう言った、ある意味で不死と呼ばれる種族の一翼を担っている。
スラ娘A「うっうぅぅ……」
スラ娘B「ふえぇ……こわっ、こわっがっだよう……」
スラ娘A「しんじゃうかとおもた……ぐすっ……」
泣きじゃくるスライム二匹。
けれど、再生した彼女等の身体には傷の一片も見当たることはなかった。
渦巻く怨念。
ひたすらに大きく膨れ上がったそれは、天候の変わりにくい地域である魔王城周辺すら暗いものへと変えていた。
うう……。
うう……。
亡者の鳴き声がそこかしこから漏れ出ている。
肉体を失った者たちの叫び声はすでに耳を劈くような悲鳴に成り代わっていた。
リッチ「頃合だねえ……」
手持ちのほとんどの亡者を召喚し終えたリッチ。
すでに魔力は枯渇しかかっていた。
リッチ「フフッ……フフッ……」
ゆったりと歩き出す。
ガーゴイルが待つ、怨嗟連なる戦場へと。
……。
…………。
………………
ガーゴイル「……止まった」
明らかに亡者の湧きが減ったことに気付く。
戦場ではすでに亡者よりもゴーレムの数が勝っていた。
ガーゴイル「……魔力切れか」
既にガーゴイルの魔力も切れ掛かっていた。
戦闘が始まってからお互いに召喚を行い続けている。
いくら低級の魔物とは言え、長時間に渡る魔物召喚。
魔力切れが起きてもなんら不思議はなかった。
“大臣”であるガーゴイルと“四王”の一角であるリッチだからこそこのような戦いになったとも言える。
ガーゴイル「だとすれば……」
これからは肉弾戦。
撤退も考えられるが、総力戦を仕掛けておきながらここで撤退する理由はない。
ならばリッチ自らが戦場に顔を出すことになる。
決着が近いことをガーゴイルは感じ取った。
ガーゴイル「謀叛の罪をわからせてやらねばな」
片手を大地に突き立て、ゆっくりと引き上げる。
大地から生まれ出でる三叉の槍。
ガーゴイルは槍を練成し、力強くそれを握り締めた。
……。
…………。
………………
──不味い。
不味い不味い不味い不味い。
やばい!
アラクネ「ちょっと……なに、あれ……」
私の眼前に広がる光景。
もうね、ぐっちゃぐちゃ。
敵の発見からこの状況が作られるのにそう大した時間はかからなかった。
デュラハンを発見。
何時の間にか見つけたであろう剣を装備しているけれど、問題はなし。
物理ではやられることのないスライム隊で圧死。
一番広い玄関。
つまり城門をくぐって直ぐの場所で撮りか囲めば楽勝。
なんて簡単なお仕事だろう。
とか思ってたんだけど……。
スキュラ「うわはー、ぐちゃぐちゃー……はっ! 掃除しな──もごっ!」
アラクネ「しっ。お黙りっ」
石柱の影に隠れ様子を伺い見ていた私。を押し退け遅れて来たスキュラが声を出そうとした。
ふう……幸いにも気付かれなかったみたい。
スキュラ「もごっー……ふごふごーっ」
手を離せとタコ足を器用に動かして抗議をしてくるけど、ごめんね。
今はそれどころじゃないのよ。
アラクネ「黙って。ちゃんと見て」
スキュラ「ふごー……」
私の声質がいつもと違うのかを感じ取ったようで大人しくしてくれた。
この子、馬鹿だけれどそう言うのを読み取る力はあるのよね。うん、さすが従者長。
……。
…………。
………………
──きゃーっ!
──ひいいっ!
──わーわー!
──こないでっ、こないでぇ!
広間にはスライム娘たちのパーツがそこかしこに飛び散っていた。
中央に陣取るデュラハン。
それを取り囲むように数多のスライム娘たちが包囲。
その絶対的な数の違いによってデュラハンを捕らえる。
これが当初の予定、作戦であった。
しかし、その目論見は見事に打ち砕かれ、広間は見るも無残な姿へと変貌している。
──パチュンパチュン!!
──パチャチャッ!!
大剣を振るごとに鳴り響く、水を打つかのような音。
デュラハンはまるで水風船を割るかのような手軽さでスライム娘たちを両断していった。
デュラ「……」
今の彼女にとって、これは戦闘ではない。
ただの駆除であり昂ぶりを感じない。
邪魔だから排除する。
それだけの行為だった。
面白くない、違う。つまらない。
こいつらじゃない。
フラストレーションが溜まる中、ただただ大剣を振り続けていた。
そんな惨状を目に、歯痒い思いを募らせる魔物が一匹。
アラクネだった。
アラクネ「……」
謁見の間でデュラハンと相対した時、確かにその強さは感じ取れた。
けれど、今目の前で大剣を振るっている魔物から感じる強さは桁が一つ違っている。
この短時間で大幅にレベルアップをしたとは思えない。
一足飛びで次元を超えてしまった。
例え本気になったスキュラと力を合わせたとしても、勝てるかどうか。
それ以前にスキュラがこと戦闘に関して本気を出すとは到底思えない時点で全てが妄想だった。
スキュラ「スラ……スラたち……」
アラクネ「残酷なようだけれど、死なないから大丈夫。と言うか、あの子たちに頑張って貰わないと……」
今出て行けば、確実に殺される。
アラクネとスキュラ。この二人が死ねば、命令系統が破綻する。
城内の守りは崩壊し、どうなるか想像もつかない。
スライム娘たちには悪いがアラクネにはこうすることしか出来なかった。
アラクネ「お願い……頑張って……」
──きゃーきゃーっ!
──ひいいいっ!
──…………。
──……。
やがて消える悲鳴。
一方的な惨殺は終幕を迎えた。
デュラ「……」
強者を。戦いを。
欲しい欲しい欲しい。
魔剣から送られる衝動。
デュラハンはその衝動に突き動かされるまま、敵を求め広間を後にしようとした。
デュラ「……ッ!」
直後、感じ取るいくつもの気配。
大量のなにかが蠢くような、気持ちの悪いものだった。
──ぷるぷる。
──ぷるぷるぷるぷる。
──ぷるぷるぷるぷるぷるぷる。
デュラ「……」
先ほど斬り殺した者たちの死骸。
彼女にはそうとしか写らない肉片が蠢いている。
それらはゆっくりと移動し、重なり、やがて一つの塊となった。
──スライム集合体。
雌のスライム娘たちが合体した姿であり、人間界ではその大きさから“クイーンスライム”と呼ばれることもある。
脆いとされるスライムの性質は硬質ゴムのように頑丈にしなやかに変質し、魔物としてのレベルも大幅に向上している。
デュラ「……フフッ」
小さく笑う。
この日はじめて、魔剣を手にしたデュラハンの前に“敵”として現れた魔物。
それに対し歓喜の感情が彼女を打ち奮わせた。
──ズチャ。ズチャ。
魔王城近辺の草原は亡者共の血や臓物。
すでに腐りきっていた体の腐敗臭などで、酷い匂いが散らばっている。
大地もそうだった。
砕けたゴーレムの破片に混じり、腐った液体が絡みつき血沼と化している。
リッチはその草原を愉快そうに歩いていた。
リッチ「……」
ぬちゃぬちゃと足に纏わり付く汚泥。
肉の無い身を通り抜けていく腐臭。
全てがリッチにとって心地の良いものだった。
リッチ「さあ、仕上げだねえ……」
やがて見えてくる城門。
そこには門番であるガーゴイルが待ち受けていた。
ガーゴイルは三叉の槍を手にし、手持ちのゴーレムを全て後方へ配置している。
既にリッチとガーゴイルを隔てている物は距離だけだった。
ガーゴイル「こうして顔を付き合わせるのはどれ程ぶりになるか……」
リッチ「あの小娘が魔王に就任して以来、だねえ」
ガーゴイル「……」
小娘。
これは魔王を不機嫌にさせるワードであり、同時に彼女へと忠誠を誓うガーゴイルの機嫌も損ねる言葉であった。
リッチ「おやおや。そんなに顔をしかめるもんじゃあないよ」
機嫌が悪くなったガーゴイルを見てまた愉快になる。
全てが楽しくて仕方がなかった。
ガーゴイル「もう魔力も感じ取れぬ。まだ続けるのか」
リッチ「……フフッ」
自然に笑みがこぼれる。
なるほど、なるほど、と。
魔力がつきた。
確かに、召喚に魔力を割いたせいでほとんどの魔力を消費してしまった。
残された魔力は雀の涙ほどで、とうてい戦闘を行えるほどではない。
ガーゴイルの言っていることは正しかった。
ガーゴイル「まだ笑うか」
違和感を覚える。
魔力が底を付き、手ごまも使い果たしている。
城内を騒がす魔物が戦局を引っくり返せるはずもない。
リッチの余裕は一体。
ガーゴイルは薄気味悪い、嫌な感覚が拭えないでいた。
リッチ「そりゃあ、ねえ……」
突然、草原に風が吹いた。
次第に風が強くなり、その風はどう言う訳かリッチに取り巻いている。
ガーゴイル「……ッ」
どす黒い、とても通常の風とは違う風だった。
リッチ「フフッ……! フフッ……!」
風が強まり、リッチの纏っていたフードが剥がれて行く。
その身体は貧相極まりない、骸骨そのもの。
ただただ、骸骨のそれだった。
ガーゴイル「ヌアァァッ!」
ただ黙って立って見過ごす理由はない。
ガーゴイルは手に持っていた槍を構え、リッチへと向かい思い切りそれを投擲した。
風を切り裂き突進する槍。
その速さは凄まじく一瞬で距離を殺し標的の頭部へと飛来する。
ガーゴイル「ッ……」
やはり。
と、そう言った感想が心の内にあった。
槍はリッチに届くことはなく、風に当ると同時に腐敗しボロボロと消えてなくなった。
リッチ「フフッ……。そう水を差すもんじゃあ、ないよ」
風の向こうから愉快そうな声が聞こえた。
リッチを取り巻く風はさらに強く、色濃くなっている。
リッチ「魔力がない……そうだねえ、今のままじゃないねえ……」
草原を取り囲む淀んだ空気。腐臭。怨念。呻き声。
その全てが風にのり、リッチを取り囲んでいる。
リッチ「フフッ……フフッ……」
それは、アンデッド“リッチ”の持つ能力であった。
世にある“負”のエネルギー。およそ人が忌み嫌う感情、事象。
全ての“負”に位置するエネルギーをそのまま“魔力”として受給する。
用意した亡者たち。同族である、我が子と呼べるアンデッド族。
その全てが、リッチにとっては生贄であった。
万を越える生贄。
祭壇場と化した草原。
集められた負のエネルギーが“呪い”としてリッチへと降りかかる。
規格外。
アンデッドと言う種族そのものを利用した、常識を遥かに超える呪術であった。
ガーゴイル「貴様ッッ……!!」
リッチ「……」
嵐のような強大な呪い。
その全てが魔力へと変換され、リッチへと吸収されていく。
リッチ「あ゜っ、あ゜っ……」
身体が変質していく。
空洞だった体に内臓が、筋肉が。
リッチ「う゜っ……あ゜あ゜あ゜あ゜!!」
──受肉の始まりだった。
みるみる内に肉へと覆われていく体。
肉が付き皮膚が出来る。
双眸に眼球が生まれ、顔面も骸骨のそれでなくなっていく。
アンデッド特有の腐った体ではなく、まるで魔人族のように張りと艶がある肌。
長く伸びる髪。
整えられた黒髪は、リッチが生前に蓄えていたものだった。
リッチ「…………ふふっ」
艶めく微笑を浮かべる。
その凹凸のはっきりした身体は女性のそれであり、これこそがリッチへと成る前の彼女の姿であった。
ガーゴイル「……」
リッチ「ああ、なんて気分が良いのかしら」
肉のない骸骨から発せられる声とは違う。
声帯を振るわせた声。
アンデッド族の面影は一切見当たらない。
ガーゴイルの前に立つ女は、とても数分前まで“死王”と恐れられた魔物ではなかった。
リッチ「うん? どうしたの……? 石像のくせに、私の姿を見て昂ぶったのかしら」
クスクスと口に手を添え上品に笑って見せた。
その態度には明らかな余裕が見て取れる。
ガーゴイル「貴様……貴様は……自分以外のアンデッド族を全て……」
リッチ「そうよ。食べたわ、全部ね」
悪びれる様子もなく言い放つ。
リッチ「大丈夫。また作れば良いんだから」
ガーゴイル「……」
沸々と湧き上がる激情。
部下を、子らを、同胞を駒としか見ていない。
今すぐにでも目の前の女をこの手で縊り殺したい。
そんなガーゴイルの衝動を止めるもの、それはリッチの手に入れた魔力だった。
突き刺さるような魔力。
その高は、彼が忠誠を誓う魔王のそれに近しい強さであった。
ガーゴイル「(まさか、これ程とは……)」
桁違いの魔力量。
言わば今のリッチはアンデッドと言う一種族の集合体。
アンデッドとはリッチであり、リッチとはアンデッド。
単一種族と呼べる存在に昇華している。
リッチ「ねえ。力の差は、わかるよね……?」
ガーゴイル「……」
リッチ「残念だけどこの姿もずっとって訳じゃないの。さっさと用事を済ませたいんだけど」
ガーゴイル「ならば、その時間とやらを稼がせて貰おうか……」
自分では勝てない。
であれば、一時でも長く時間を稼がねばならない。
自身が信じる存在。
魔王が帰還するまでの時を。
リッチ「この身体で闘うのは初めてだから、手加減は出来ないからね……」
リッチの両眼が赤い光を帯びた。
絶望的な力の差。
ガーゴイルとリッチの戦いは終焉へと向かっていた。
※全12回。 関連記事: 魔王「わたし、もうやめた」 1 2 3 4 5 6 7 魔王「世界征服、やめた」 1 2 3 4 5