57 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:25:43.49 La4hkDje0 1/67

その夜、わたしは自分の部屋の窓から、星を眺めていました。

もう春ですが、夜ともなると、まだ結構風が冷たいです。

える「はぁ……」

今日は色々なことがありました。

摩耶花さんに、好きな人の話をしました。

折木さんと、ちょっとした言い合いをしました。

少し……、たくさん、泣きました。

そして……、そして……。

いけませんいけません! あのことを思うと、どうしても顔がにやけてしまいます。

誰も、見ていませんよね……?


里志「昨日部室で何が起こったのか」 摩耶花「気になるわね」 の続きです。

元スレ
奉太郎「38度9分か……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1347361511/

58 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:26:56.84 La4hkDje0 2/67

わたしは、顔を横に振って、元の顔を取り戻します。

……だ、ダメです。にやけずにはいられないです。

……だって、だって折木さんが、わたしのことを好きだって……。

……わたしに、か、かの、彼女になって欲しいって……。

もっとも、そこに至るまでには、紆余曲折あったのですが……。

でも、もうそんなことは、どうでもいいんです。

改めて、わたしは折木さんのことが好きです。

わたしの胸の中には、折木さんへの想いが溢れて、穏やかで、幸せな気持ちでいっぱいでした。

今夜はよく眠れそうです。

える「おやすみなさい……」

わたしは、誰へともなく声を掛けると、布団をかぶりました。


59 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:27:48.46 La4hkDje0 3/67

夜。風呂から上がると、俺は自分の部屋で、今日のことを反芻していた。

今日、俺は千反田に自分の気持ちを伝え、千反田はそれを受け入れてくれた。

もっとも、最初に言ったのは千反田の方だったのだ。

俺の至らなさのせいで、千反田に言わせてしまった。

それを聞いて、俺だけ言わずにいることは出来なかった。

奉太郎「……彼女、か」

今日、俺と千反田の関係は、新たな局面を迎えた。

それはとりもなおさず、俺の省エネ生活に変化の節目が訪れている、ということでもあった。

今日の、千反田とのキス以来、俺を不思議な高翌揚感が包んでいる。

俺は、変わらなければならない。


60 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:28:36.22 La4hkDje0 4/67

奉太郎「ははっ」

変わる? 俺が?

そんなこと、出来るのだろうか。

この省エネ主義の権化たる、折木奉太郎が変わるだって?

だが千反田の為なら、あるいは、と思った。

こんな気持ちは、前にも感じたことがある。

そう、あれは千反田に傘を差した、生き雛まつりのときだったか……。

まぁ、焦る必要はないよな。必要とあらば、ゆっくりと変わっていけばいいんだ。

きっかけは訪れた。あとは俺と千反田次第だ。





喉が渇いたので、俺は何か飲み物を探しに、台所へ下りて行った。


61 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:29:42.19 La4hkDje0 5/67

次の日の朝、わたしは、いつもより少し早く登校して、正門前に立ちました。

もちろん、折木さんが来るのを待つためです。

特に用事があるわけではないのですが……。

一刻も早く、折木さんに会いたかったのです。

折木さんは、こういうこと嫌がるかな、とも思ったのですが、自分の気持ちを優先しちゃいました。

……少しくらいなら、許してくれますよね?





だんだんと、登校してくる生徒が増えてきました。

あっ、あれは摩耶花さんです。


62 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:30:47.37 La4hkDje0 6/67

摩耶花「おっはよー、ちーちゃん」

える「おはようございます、摩耶花さん」

摩耶花「ね、ね。昨日はあれから何か進展あった?」

える「ええ。そ、その……」

人目もあるので、言いよどんでしまいます。

摩耶花さんは、そんなわたしの様子で察してくれたのか。

摩耶花「うん。じゃ、また今度訊くから。絶対聞かせてよね!」

摩耶花さんには、昨日お世話になったので、是非お話ししたいです。あっ、もちろん福部さんにも。

える「はい、必ず」

摩耶花「折木の奴待ってるんでしょ。じゃあね!」

ズバリ言い当てられ、わたしは紅くなってしまいました。


63 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:31:37.77 La4hkDje0 7/67

始業10分前。折木さん、まだ来ません……。

もしかして、わたしより先に登校しているのでしょうか?

……いえ、今までの経験から言って、それは多分ないでしょう。

でも、もう来ていてもいい頃なんですが……。





始業5分前。流石にもう限界です。これ以上待っていたら、遅刻になってしまいます。

そう思って、靴箱に向かおうとしたとき、正門に向かって、走ってくる人影が見えました。

あれは……、福部さんです! 福部さんはわたしに気付くと、走るスピードをさらに上げました。


64 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:32:34.63 La4hkDje0 8/67

里志「おはよう、千反田さん。ハァ、ハァ、どうしたの? こんなところで。ハァ、ハァ……」

える「おはようございます、福部さん。その……」

福部さんは、ニンマリと笑みを浮かべると。

里志「ははあ、ホータローだね? あれ、まだ来てないの? 遅刻かな。しょうがないよね、ホータローもさ」

うう、福部さんまで……。

里志「さっ、千反田さん。僕たちまで遅刻しちゃ、シャレにならないよ」

そうでした。

える「急ぎましょう! 福部さん!」

こうしてわたしたちは、2年の教室へ走るのでした。


65 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:34:06.91 La4hkDje0 9/67

昼休み。わたしは、折木さんの教室を訪ねるべきか、少し悩んでいました。

あれから折木さん、学校へ来たのでしょうか? 気になります。

そうこうしていると、(千反田さん)。わたしを呼ぶ声が聴こえました。

教室の出入口を振り向くと、福部さんが立っていました。

える「どうしたんですか? 福部さん」

里志「うん、さっきホータローの教室に行って訊いてきたんだけどね。
  ホータロー、今日は病欠みたいなんだ。なんでも、風邪を引いたらしい」

える「まあ」


66 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:35:58.22 La4hkDje0 10/67

里志「うん、用事はそれだけなんだけどね。千反田さん、ホータローのこと気にしてたみたいだったから。

える「うう……」

わたしの顔は、紅く染まりました。

里志「アッハハ、ホータローも果報者だよね。こんなに千反田さんに想われてさ」

える「も、もう、福部さん!」

里志「うんうん、それじゃあね。千反田さんも風邪には気を付けてね」

える「あっ、あの、福部さん。ありがとうございました」

わたしはお辞儀をして、お礼を言いました。

福部さんは、手をヒラヒラさせて去っていきました。





それにしても風邪、ですか。折木さん、大丈夫でしょうか?

そのとき、わたしの頭に閃くものがありました。


67 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:38:00.98 La4hkDje0 11/67

ピピピピッ ピピピピッ

奉太郎「37度7分か……」

朝に比べれば、熱はだいぶ下がった。気分も、ずいぶん楽になった気がする。

とは言え、まだ結構あるな。まあ、寝ていれば、夜までには治りそうだ。

喉が渇いた。何か冷たいものを飲もうと、ベッドから這い出して、階下に下りる。

スポーツドリンクを飲みながら、時計を見る。

奉太郎「もう4時半か……」

さて、もう一眠りするか。と思ったところで、『ピンポーン』。玄関のチャイムが鳴った。

何だ? 客か?

今、家には俺しかいない。出ないわけにもいかないだろう。

俺は玄関に向かい、

奉太郎「はい、どちら様ですか?」

そう言いながら、迂闊にもドアを開けた。


68 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:40:21.82 La4hkDje0 12/67

一瞬状況が飲み込めなかった。

ドアを開けると、千反田が立っていたのだ。

ん? 何で千反田が俺の家にいるんだ?

千反田はペコリとお辞儀をすると、言った。

える「こんにちは、折木さん。お加減いかがですか?
  ちょっと心配だったので、お見舞いに伺いました」

奉太郎「ああ……」

そうか、見舞いに……。何だか嬉しかったが、そんなことはおくびにも出さない。

おっと、いかん。

奉太郎「そうだったか。まあ、せっかくだから上がっていってくれ。何も出せないけどな」

える「はい。それでは、少しお邪魔しますね」


69 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:42:10.51 La4hkDje0 13/67

とりあえず、千反田をリビングに招き入れる。

える「お家の方はいらっしゃらないんですか?」

奉太郎「姉貴は大学、親は仕事だ。さっきまでずっと寝てたところだ」

える「顔色は良さそうですね。……」

千反田の白い手が伸びてくる。不覚にもドキッとしてしまった。手はそのまま、俺の額に当てられた。

ひんやりして気持ちいい……。

える「……でもまだ少しありますね。安静にしていた方がいいでしょう」

奉太郎「少しくらい平気さ。これでも朝に比べれば、ずいぶん良くなったんだ」

える「でも、油断は大敵です。わたし、何かして上げられないかと思って来たんですけど……」

その気持ちだけでも嬉しい。もちろん口には出さなかったが。


70 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:44:02.48 La4hkDje0 14/67

える「そうです! 折木さん、お腹は空いていませんか?」

実は、朝から何も食べていないので、かなり空いている。だが……。

える「よろしければ、何かお作りします!」

近い、近いぞ千反田。風邪がうつったらどうするつもりだ。

俺は横を向いて咳払いし、言った。

奉太郎「実のところ、かなり空いているんだが……。その、いいのか?」

える「はい! そのために来たんですから!」

奉太郎「わかった。じゃあお願いする」

千反田は、パァッと顔を輝かせた。

俺は、簡単に食材や調理器具、食器の場所の説明をした。


71 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:46:09.24 La4hkDje0 15/67

える「それでは、折木さんはお布団で寝ていてください。出来上がったら、お持ちしますから」

奉太郎「ん、わかった」

それにしても、千反田はやたらと嬉しそうだ。

こちらとしても、千反田の機嫌がいいのなら、それに越したことはない。

俺は足取りも軽く、階段を上っていった。





ベッドに潜り込み、俺は少しまどろみながら、千反田のことを思っていた。

まさか千反田が、見舞いに来てくれるとは。おまけに飯まで作ってくれるなんて。

正直、ありがたさが身に染みる。彼女っていいものだ。

いや、千反田は彼女だからじゃなく、千反田だから見舞いに来てくれたのかも知れない。

同じ古典部仲間なのに、里志や伊原とはえらい違いだ。

もっとも里志が見舞いに来ても、あまり嬉しくはないな……。


72 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:48:13.81 La4hkDje0 16/67

トントントン……。

誰かが階段を上がってくる音が聞こえる……。

おっと。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

俺はベッドから抜け出して、部屋のドアを開ける。

奉太郎「千反田、こっちだ」

千反田は俺の姿を認めると、嬉しそうに駆け寄って……、は来なかった。

手にはお盆を持っている。駆けて来たら危ない。

える「失礼します……」

千反田は少し遠慮がちに、俺の部屋に入ってきた。


73 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:50:14.41 La4hkDje0 17/67

える「ここが折木さんのお部屋ですか……」

千反田は、物珍しそうにキョロキョロしている。

別に、見られて困るような物は置いていないが、あんまり見られると恥ずかしい。

奉太郎「な、なあ千反田……」

える「ああっ、すみません! ……えーと、お粥です。
  お供も3種作りましたので、お好みでどうぞ」

奉太郎「ああ……、それじゃあ」

早速手をつけようとすると。

える「あの……、よかったら、わたしが食べさせてあげましょうか?」

奉太郎「……」

それはつまり。

奉太郎「い、いや、いい。大丈夫だ。自分で食う。断固辞退する。い、いただきます!」

える「そうですか……」

千反田は少し残念そうだった。


74 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:52:45.85 La4hkDje0 18/67

千反田のお粥は、たいそう美味いものだった。まさかお粥がこうも美味いとは。

千反田、侮り難し。流石農家の娘。

千反田は、さっきから俺の食べる様を、キラキラした瞳で見つめてくる。

奉太郎「……欲しいのか?」

える「いえ、そういう訳では」

俺は少し考えて、言った。

奉太郎「美味いよ。流石だな」

える「あ、ありがとうございます!」

千反田はホッとした表情を見せた。そういうことだったか。


75 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:54:57.60 La4hkDje0 19/67

奉太郎「ごちそうさま」

える「お粗末様でした。それじゃ、片付けてきますね」

奉太郎「ああ、そのままで構わないぞ?」

える「いいえ、そういうわけにはいきません。すぐ片付けてきますから」

そう言うと、千反田は食器を再びお盆に載せて、台所へ下りていった。





奉太郎「あーーー」

俺は伸びをした。退屈だ。千反田がいるのにいない時間がこうも退屈とは。

もはや俺は、千反田無しでは生きられない体になってしまったようだ。

などと、くだらないことを考えていると。

トントントン……。

お、来た来た。


76 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:56:56.69 La4hkDje0 20/67

カチャ……。

ドアが開き、千反田が少し控えめに顔を覗かせた。

える「折木さん、起きてます?」

奉太郎「ああ、起きてる。入れよ」

千反田は、部屋に入ってくると、ベッドの横にちょこんと腰掛けた。

える「折木さん……」

千反田が突然、神妙な面持ちになる。

なんだろう? 俺の背筋が自然と伸びる。

千反田は、そのまま顔を近づけてくる。おい、これは。

まさか。待て千反田。だが言葉が出ない。

その間にも千反田の顔はどんどん近づいてくる。

既に、千反田の狭いパーソナルスペースの内側に入っている。俺は反射的に目を閉じた。


77 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 21:58:55.58 La4hkDje0 21/67

次の瞬間。

額に冷たいものがピトッと触れた。

あ……、気持ちいい……。

える「うーん、やっぱりまだ少しありますね……」

千反田の声が、すぐ近くから聴こえる。

ほどなくして、千反田の額は、俺から離れていった。

奉太郎「あ……」

おっと。名残惜しさに、つい声が漏れてしまった。

える「では折木さん。熱が引くまで、安静にしていてくださいね」

奉太郎「あ、ああ」


78 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:00:54.44 La4hkDje0 22/67

千反田が首を傾げる。

える「今の折木さん、何だかずいぶん慌てていたように思います。どうしてですか?」

うっ、来たか。

奉太郎「ああ、時間も大分遅くなったな。そろそろ帰らないと、家の人が心配するんじゃないか」

える「話を逸らさないでください。どうしてですか? わたし、気になります」

奉太郎「気にするな。ちょっとした、若気の至りってやつだ」

える「若気の至り……。うーん……」

千反田は考え込んでいる。いいぞ。そのまま気付くな。―――だが。

千反田は、わかったと言うように、あっ、と顔を上げる。

そして、嬉しそうに言った。

える「もしかして……、キス、されるって思っちゃいました?」


79 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:02:55.30 La4hkDje0 23/67

ズバリ、言い当てられ、俺は顔が紅くなるのを感じた。くそー、千反田のくせに。

奉太郎「知らんっ。もう寝るっ」

俺は頭から布団を被った。千反田のクスクス笑う声が聞こえる。

える「あの、折木さん。……しますか?」

俺は飛び起きた。

奉太郎「何だって?」

える「ですから、その……、キス……、……しますか?」

今度は千反田が紅くなって俯いてしまう。

奉太郎「……いや、お前に風邪をうつすわけにはいかないしな」

える「少しくらいなら、大丈夫だと思います。それに……」

それに?

える「……それに、折木さんのなら、わたし、うつっても平気です……」

奉太郎「……」


80 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:04:54.93 La4hkDje0 24/67

こ、こいつは……。恥ずかしい台詞を臆面もなく……。俺の方が恥ずかしくなるじゃないか。

奉太郎「いや、やっぱり止めとこう。本当にうつしたくないんだ。
   俺が治ったら、その、しようか」

千反田は少し残念そうに笑った。

える「はい、お気遣いありがとうございます」





える「それじゃ、わたしそろそろ帰ります」

奉太郎「ああ、玄関まで送るよ」

える「そんな、折木さんは寝ていてください」

奉太郎「いや、送る。少しくらい大丈夫だ」

える「でも……」

押し問答の末、千反田が折れた。


81 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:06:54.16 La4hkDje0 25/67

える「それじゃ、お邪魔しました」

奉太郎「ああ、気を付けて帰れよ」

える「折木さんもお大事に。では、失礼します」

千反田が、玄関のドアから門のところまで歩いてゆく。

その後姿に、俺は声を掛けた。

奉太郎「千反田!」

千反田が振り向く。

奉太郎「今日は来てくれて助かった。その、嬉しかったよ。ありがとう」

千反田はにっこり微笑んだ。

える「はい、明日は学校で会えるといいですね」

夕日に照らされたその笑顔に、俺は見とれていた。


82 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:08:53.36 La4hkDje0 26/67

次の日。俺はいつもの道を、いつものように歩いていた。

風邪は完治した。これも千反田のおかげだろうか。

突然、何者かに背中を思いっきり叩かれる。こんなことをするのは……。

奉太郎「里志か……」

里志「おっはよー、ホータロー!」

奉太郎「おはよう。やけにテンションが高いな」

里志「昨日はお楽しみでしたねぇ!」

奉太郎「何だそれは」

里志「あれ、千反田さんがお見舞いに行かなかったかい?」

知っていたのか。と言おうとして、千反田なら、来る前に部室に顔を出して、断るくらいするだろう。

里志や伊原が知っていても、何の不思議もない。そう思った。


83 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:10:58.52 La4hkDje0 27/67

奉太郎「ああ、来たな」

里志は一人でうんうん頷いている。

里志「そうだろうとも。で、何かあったかい?」

奉太郎「千反田が飯を作ってくれたな」

里志「そうかそうか。千反田さん、料理が上手いからね。いいなぁ」

俺は密かに笑う。こいつは俺から何を引き出したいのだろうか。





里志「ホータロー……。千反田さんは、ホータローのことが好きなんじゃないか、って思うよ」

奉太郎「そうかもな」

俺は曖昧な返事をする。こういう話をするってことは、こいつはまだ俺たちの事を知らないようだ。

まあ、いずれ話すこともあるだろう。今は多くを語らないことにした。


84 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:12:55.11 La4hkDje0 28/67

里志「ホータローは、彼女の気持ちに応える覚悟、あるのかい」

もちろんある。と言おうとして、俺は言葉を飲み込んだ。

果たして本当にそうなのだろうか。

確かに一昨日、俺は千反田と結ばれた。いい加減な気持ちで言ったつもりは毛頭ない。

あれは俺なりの精一杯だった。だが、俺は千反田に、自分の気持ちをぶつけただけではないのか。

なるほど千反田は俺の気持ちを受け入れてくれた。

だが俺は、真に千反田の気持ちを受け止めたと言えるのだろうか?

里志「あっ、あれ千反田さんじゃないか」

俺の考えは、里志の言葉にかき消されてしまった。

見ると正門のところに千反田が立っている。


85 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:14:53.47 La4hkDje0 29/67

里志「おっはよう! 千反田さん!」

里志が手を振る。

える「おはようございます、福部さん。折木さんも」

奉太郎「……朝の挨拶運動?」

える「違います。……折木さんを待っていたんです」

奉太郎「俺を?」

里志はニヤニヤしながら、『それじゃあ、僕は』と言って去ってしまった。

える「それはそうと、お加減はもう大丈夫ですか?」

奉太郎「ああ、おかげさまでもう何ともない。お前にもうつってないみたいで、よかった」

千反田は嬉しそうに笑った。


86 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:16:54.86 La4hkDje0 30/67

奉太郎「俺を待っていたって言ってたが、何か用だったか?」

える「いえ、用というのではないんです……。ただ……」

奉太郎「ただ?」

える「一刻も早く、折木さんにお会いしたかったんです……」

奉太郎「……」

こ、これはかなり恥ずかしいぞ。

誰かに聞かれていないだろうかと、周りを見回すが、俺たちに注意を払うそぶりの生徒はいない。

奉太郎「……とりあえず、行こうか」

える「はい」

俺と千反田は、並んで歩き出す。こうして俺たちは、短い距離ではあるが、一緒に登校した。

俺はといえば、千反田を抱きしめたくなる衝動を抑えるのに、必死だった。


87 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:18:54.28 La4hkDje0 31/67

放課後、古典部の部室に行くと、既に摩耶花さんが来ていました。

える「こんにちは、摩耶花さん」

摩耶花「あ、ちーちゃん」

摩耶花さんは、スケッチブックを開いて何か描いていたようですが、それを閉じると。

摩耶花「ね、ね、ちーちゃん。折木もいないことだしさ。折木とのこと聞かせてよ」

える「え、うーん、そうですねえ……」

摩耶花「えー、話してくれるって言ったじゃなーい」

える「ふふっ、そうですね。はい、……結論から言えば、わたしたち、お付き合いすることになりました」

摩耶花「ええぇーーー!? そ、それホント!?」

える「はい、恥ずかしながら。でも、摩耶花さんの言った通りでした」

摩耶花「そ、そりゃあ折木がちーちゃんのこと好きかも、とは言ったけど……。
   うわー、そこまで話が進んでるなんて、完全に予想外だわ」

そしてわたしは、一昨日のことから話し始めました。


88 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:20:54.80 La4hkDje0 32/67

摩耶花「……何よ、あいつ結局、ちーちゃんのこと泣かしてるんじゃない。
   まったく、あの朴念仁ときたら……」

える「いいんです、摩耶花さん。わたしも悪かったんです」

摩耶花「だとしても! いっぺん締めてやらないと気がすまないわ」

える「やめてください! 摩耶花さん! そんなことされたら、わたし……」

摩耶花「じょ、冗談だってば、ちーちゃん。わたしが言葉以外で折木を締め上げることなんてないから!」

える「はい……」

摩耶花「でも……」

摩耶花さんは、ふっと優しい顔になると、言いました

摩耶花「よかったね、ちーちゃん」

える「はいっ!」


89 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:22:54.97 La4hkDje0 33/67

ガラガラと戸が開きます。

里志「やあ、摩耶花、千反田さん。ご機嫌いかが?」

える「福部さん、こんにちは」

摩耶花「ふくちゃん! ちょっと聞いてよ」

摩耶花さんの剣幕に怯んだ様子で福部さんが答えます。

里志「な、何かな摩耶花……」

摩耶花「ちーちゃんと折木、付き合ってるって!」

福部さんは一瞬眼を見開くと、わたしと摩耶花さんの顔を、交互に見つめました。

里志「へぇ……、そりゃあたまげたなぁ。ふうん、ホータローがねえ。千反田さんとねえ……」

そう言いながらも、福部さんはあまり驚いた様子はありません。

里志「いや、ここ数日の千反田さんの、ホータローに対する態度は、何か違うなとは思ってたんだ。
  だけどそこまで二人の仲が進んでるとは、びっくりだよ。
  しかしホータローがねえ……。うん、こりゃめでたいなあ……」


90 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:24:54.04 La4hkDje0 34/67

摩耶花「こうなったら、何かお祝いしてあげなくちゃいけないかしらね」

える「そんな! お祝いなんて、大袈裟です! わたしは、お二人の言葉だけで十分です……」

里志「おめでとう、千反田さん。よかったね」

摩耶花「改めまして、おめでとう、ちーちゃん」

える「あ、ありがとうございます……」

改めて言われると、照れてしまいます。





それにしても、折木さんはまだでしょうか。毎日顔を出す方ではないので、絶対来るとは言えません。

来るならもう来ていてもいいはずです。

その、出来れば来て欲しいな、と。

わたしは心の中で、折木さんが来ることを願いました。


91 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:26:53.54 La4hkDje0 35/67

いかんいかん。すっかり遅くなってしまった。

昨日までに提出する宿題があったのだが、休んだことですっかり忘れていた。

おかげで、今まで居残りをする羽目に陥っていたのだ。

俺は古典部の部室へ急いでいた。





……何を急いでいるんだ、俺は。

別に急ぎの用など、何もないはずだ。

やめた。ゆっくり行こう。俺のスタイルに合わない。

急いては事をし損じるとも言うしな。

だが、ゆっくり行くと決めたはずなのに、気持ちは何故か、先へ先へと行ってしまう。

俺は何を焦っているんだろう。

……いや、本当はわかっていた。


92 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:28:55.02 La4hkDje0 36/67

俺は千反田に、早く会いたいのだ。

だけどそのことに、何故か気後れを感じてしまっていた。

どうしてだろう。誰に遠慮することもないはずなのに。

今朝里志に言われたことが、尾を引いている。

俺に千反田の気持ちを受け止めることが出来るのだろうか。

千反田の気持ちを受け止めるとは、どういうことだろう。

具体的にどうすればいいんだろう。

そうこう考えているうちに、部室の前まで来てしまった。

ええい。考えても仕方ない。

俺は余計な考えを振り払うと、部室のドアを開けた。


93 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:30:52.49 La4hkDje0 37/67

千反田は、いた。

える「あ、折木さん」

千反田が嬉しそうに立ち上がる。

える「来てくれたんですね。今日はもう来ないかと思ってました」

奉太郎「ああ、来た」

える「あの、摩耶花さんと福部さんに、わたしたちのこと、お話ししました。よかったですよね?」

奉太郎「ん、ああ、まあいいんじゃないか」

そうか、話したのか……。いずれは知られてしまうことだ。

しかし今度会ったら何と言われるか……。

奉太郎「そういえば、里志と伊原は?」

える「お二人とも先ほどまでいらしたんですけど、ついさっき帰られました。
  何でも今日は、お二人で買い物に行くとかで……」

奉太郎「そうか」


94 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:32:53.68 La4hkDje0 38/67

える「……それで福部さんったら、可笑しいんですよ。摩耶花さんに……」

千反田は先ほどから、楽しそうに話しかけてくる。

だが俺は、相槌もそこそこに、半ば別のことを考えていた。

こうしていると、千反田は実に楽しそうだ。

相手が俺だからだと思いたい。

だが、伊原や里志に向けられる笑顔と、今の千反田の笑顔。何か違いはあるのだろうか?

と言うより、俺はこいつを心から楽しませることが出来るのだろうか。

俺は話題の多い方ではない。

千反田は、そのうち俺に愛想を尽かしてしまうのではないだろうか。

そう思うと、胸が苦しくなる。


95 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:34:53.73 La4hkDje0 39/67

える「折木さん?」

千反田が顔をズイッと近づけてくる。

奉太郎「な、何だ」

える「……どうかしましたか?」

奉太郎「えっ」

どうかしたかとは、どういうことだろう。俺は少し考えた。

奉太郎「どうとは、どういうことだ?」

える「……今日の折木さん、何だか変です。わたしに対して、素っ気ない感じがします。
  もしかして、何か考え事でもあるんじゃないですか?」

そこまで言われて、俺は気付いた。参ったな。態度に出ていたのか。

える「わたしでよければ、何かお力になれるかも知れません」


96 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:36:53.43 La4hkDje0 40/67

そうは言うが、一体どう言ったらいいものか。

奉太郎「あー、千反田。その、な……」

える「はい」

奉太郎「俺は……、何と言ったらいいのか……」

える「大丈夫ですよ。ゆっくり考えてください」

奉太郎「そうだな、俺は……、ぶっちゃけて言うと……」

える「言うと?」

奉太郎「千反田、お前とどう付き合っていいか、正直わからない」

える「……」

奉太郎「というより、どう向き合っていいか、わからない、と言った方が近いかな。
   お前が俺のことを好きだと言ってくれて、嬉しかった。
   それと、俺がお前を好きだって気持ちに、嘘偽りはない。これは確かなんだ。
   だが……」

そこで俺は一旦息を吐いた。


97 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:38:53.80 La4hkDje0 41/67

奉太郎「だけど、俺はお前の気持ちにどう向き合ったらいいか、わからない。
   どうやったらお前の気持ちに応えられるか、わからないんだ。
   俺はお前を、抱きしめたいと思う。キスしたいと思う。繋がりたいと思う。
   だけどそんなのは俺の勝手だ。
   自分の欲望を満たすだけじゃ、相手の気持ちに応えるなんて、遠く及ばない」

える「折木さん……」

奉太郎「千反田は昨日、俺の見舞いに来てくれた。飯を作ってくれた。
   嬉しかった。何より心が満たされる気がしたよ。
   気持ちに応えるって、ああいうのを言うんだろうな。
   だけど俺には、お前に同じ気持ちを味わわせてやれる自信がない。
   ……というか、その方法がわからないんだ。
   
   ……すまん千反田。俺には最初から、お前と向き合う真摯さが欠けていたのかも知れない。
   覚悟がなかったんだ。好きって気持ちだけじゃ、どうにもならないこともあるよな」

一気にまくし立てて、息が苦しい。俺は大きく深呼吸した。


98 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:40:52.86 La4hkDje0 42/67

える「折木さん、そんなこと考えてたんですか……」

千反田は、深く息を吐くと話し始めた。

える「いいえ、折木さんは誰よりも真摯な人です。わたし、正直言って感動で胸が震えてしまいました。
  この人は、そこまでわたしのことを考えてくれる。こんなにもわたしを思ってくれてるんだって。
  わたしこそ、自分のことしか考えてなかったって、思い知らされました。
  
  わたし、折木さんに告白されて、浮かれていました。それこそ折木さんしか見えなくなるくらいに。
  昨日お見舞いに伺ったのだって、決して折木さんの為じゃないんです。
  わたしが、したいことだったからしたんです」

奉太郎「千反田……」

える「でもね、折木さん。わたしは、折木さんがお見舞いが嬉しかったって言ってくれて、嬉しかったです。
  そういうものじゃないでしょうか。
  自分のためにしたことが、相手の感謝を呼んで、その気持ちが返ってくる。
  素敵なことだと思います」

ううむ……。


99 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:42:54.46 La4hkDje0 43/67

える「わたしは、折木さんが自分勝手だとか、相手のことを考えないとは、思いません。
  というか、折木さんはいつも他人のことばっかりです。
  もっと自分にわがままになってください。その方がわたしも嬉しいんですから」

奉太郎「……そんなもんかな」

千反田は俺の頭を胸に抱いた。何か柔らかいものが顔に当たる。

える「そんなもんです。
  わたしだって男の人とお付き合いするのは初めてですから、わからないことだらけです。
  でも、折木さんとなら、色々なことをしたいなって思えます。
  だから折木さんも……。わたしに色々求めて欲しいです。
  折木さんの気持ちが、わたしの心を満たすんです」

俺はしばらく、その甘い感触に浸っていた。


101 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:44:53.98 La4hkDje0 44/67

奉太郎「ふあ~あ」

俺は大きく伸びをすると、向かいに座る千反田に声を掛けた。

奉太郎「ありがとう、千反田。何だかすっきりしたよ。憑き物が落ちた感じだ」

える「よかったです。わたし、いつ別れ話を切り出されるかと、ドキドキしてました」

奉太郎「実際半分くらい、そのつもりだったけどな」

える「も、もうっ! 折木さん!」

奉太郎「許してくれ。それだけ思い詰めてたってことだ」

俺たちはお互い笑い合う。

奉太郎「さっきお前に言われたことだが、俺なりに善処してみるつもりだ。
   すぐには、結果は保証できないけど」

える「はいっ、十分です」

奉太郎「ときに千反田」

える「何ですか?」

奉太郎「キス、しようか」


102 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:47:00.47 La4hkDje0 45/67

える「え」

千反田の動きが止まる。

える「え、え、えええぇーーー!?」

千反田は真っ赤になってしまう。

なんだ、一昨日や昨日はそっちから提案してきたくせに。わからない奴だ。

奉太郎「嫌なら無理にとは言わん。ただ昨日約束したからな……」

える「え、あ、し、します、します。したいです!」

そうか、よかった。

奉太郎「千反田」

愛しい人の名前を呼ぶ。

える「あ、折木さん……」

俺は千反田の両肩に手を置き、千反田を引き寄せる。

そのまま俺と千反田の唇が触れ合った……。


103 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:48:53.38 La4hkDje0 46/67

俺は少し悪戯心を起こした。

ただ触れ合うだけのキスではつまらない。

有り体に言えば、千反田の口の中に、自分の舌を割り込ませたのだった。

える「! ん~っ、ん、~~~っ!」

千反田の驚きの声は、もちろん言葉にならない。

奉太郎「ん、むうん、ぴちゅ、ぺちゃ、んんっ」

千反田の拳が、俺の胸をポカポカ叩く。

俺は暴れる千反田の舌を、強引に自分の舌で押さえ込もうとする。

止めるわけにはいかない。こっちだって必死なのだ。

える「ん、ふ、んん~っ、ぴちゃ、ん、んん」

千反田がだんだんおとなしくなってきた。

やっと観念したか?


104 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:50:53.61 La4hkDje0 47/67

千反田の唾液は、ほのかに甘い味がした。

どちらのものとも知れない唾液が、二人の結合部の隙間から垂れていく。

そんなことが気にならないほど、俺は千反田の口内を舐めまわす行為に没頭していた。

美味しい。というか気持ちいい。キスがこんなに気持ちいいことだったなんて。

俺は千反田の上の歯茎を舐っていた。千反田はずいぶん歯並びがいいな。

千反田は、もう完全にされるがままになって、俺の行為を受け入れていた。

える「ん、ぱちゅっ、んちゅっ、んん、ぴちゅ」

だが流石に、疲れてきた。もういいだろうか?

名残惜しかったが、俺は千反田から唇を放した。

つーっと、二人の間に、糸が引いた。


105 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:52:57.68 La4hkDje0 48/67

える「あ……、折木……、さん……」

千反田は、ぽーっとした様子で俺を見つめている。大丈夫だろうか?

奉太郎「千反田大丈夫か。千反田? 千反田ーっ」

える「う……、うん……」

頬をペシペシ叩くが、芳しい反応はない。

俺はグデングデンになった千反田に肩を貸すと、椅子まで歩いていって座らせた。

少しやりすぎてしまったようだ。千反田には少々刺激が強すぎたかもしれない。

後で正気に戻ったら、ちょっと謝っておこう。





いつの間にか空には夕日が射している。

危うく破局を迎えそうになった(?)千反田と俺だが、今日は千反田に救われた。

俺は清々しい気分だった。これからの人生千反田に報いるためにも、頑張らなければ。

奉太郎「ははっ」

頑張るか……。実に俺らしくない言葉だ。だが今は。

少し。ほんの少しだけ、エネルギー消費の大きい人生に踏み出してみるのも悪くないかな、と思うのだった。


106 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 22:58:43.39 La4hkDje0 49/67

お終い

書き始めは大真面目だったのだが、なんだかバカバカしい話になってしまった気がする…
ともあれ、お付き合いありがとうございました

以下、ちょっとしたおまけあり

107 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:00:15.10 La4hkDje0 50/67

おまけ

える「わたし、もうお嫁に行けまひぇん……」ビエーン

奉太郎(お嫁に行けないなら、婿を取ればいいじゃない。……とは言えないな)

奉太郎「なに、千反田なら、いくらでも嫁の貰い手は見つかるさ」

える「いやです」グスッ

奉太郎「え?」キョトン

える「折木さんじゃなきゃ、いやです」キラキラ

奉太郎「そ、それは光栄だ……」タジタジ

える「というわけで折木さんっ! 責任とってくださいね!」ギュッ

奉太郎「……///」


108 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:01:32.00 La4hkDje0 51/67

おまけ2

次の日―――

摩耶花「床に何か垂れてる」

摩耶花「こ、これはまさかえっちなお汁!?(注:よだれです)」カアア

摩耶花「じゃ、じゃあちーちゃんと折木、あの後……」モジモジ

里志「やあ摩耶花。どうしたの?」ガラッ

摩耶花「あっ、ふくちゃん! 実はこれこれしかじかの……」

里志「かくかくうまうまというわけか。へえぇ、やるねえ、ホータローも」

摩耶花「ねえ、ふくちゃん……。わたしたちも……///」シナッ

里志「まっ、摩耶花!? ここじゃまずい。そうだ! 今日は総務委員の仕事が……」

摩耶花「ふくちゃんってば、そうやっていっつも大事なときにはぐらかすんだから……」ウルッ

里志「ゴメン、摩耶花……。データベースは結論を出せないんだー!」ダダッ

摩耶花「ふくちゃん……」


109 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:02:22.88 La4hkDje0 52/67

おまけ3

える「折木さん。一緒に帰りましょう」

奉太郎「ああ、そうだな」

とは言っても、俺の家と千反田の家は、基本的に正反対の方向だ。

学校を出て、ちょっと歩いたらもう別れなければならない。

それでも。いや、だからこそ少しでも一緒にいたい。

俺と千反田は、連れ立って部室を後にする。

奉太郎「……」

える「……」

何だろう。話したいことはいくらでもあるはずなのに、何故か言葉が出てこない。

それは千反田も同じようだった。

千反田とふたり、夕焼けに染まる校舎を歩いてゆく。

今日も夕焼けは綺麗だった。


110 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:03:18.22 La4hkDje0 53/67

わたしと折木さんは、並んで歩きながら、昇降口に向かっていました。

折木さんは何も喋りません。わたしもつい、無言になってしまいます。

でも。

こうして歩くのも、何だか良いものです。言葉じゃなく、通じ合ってる気がして。

える「ふふっ」

奉太郎「どうした?」

える「こうしてると、何だか恋人同士みたいだなって」

奉太郎「……みたいじゃなく、実際そうだろ」

当たり前の反応かも知れませんが、わたしには嬉しい言葉でした。

える「はいっ」

笑顔で応えると、折木さんは向こうを向いてしまいました。

照れているようでした。照れる折木さんは、何だか可愛いです。

でも……。

何か足りないような気がしました。なんでしょう?


111 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:04:18.83 La4hkDje0 54/67

自分で言ったことなのに、照れてしまう。

それもこれも、千反田の笑顔のせいだ。

千反田の笑顔は、俺には眩しかった。

時折眩しすぎて、眼が眩みそうになる。

だが、それは決して不快なものではなく、むしろ心地よかった。

それでも俺のキャパシティに収まり切らないときは、こうして顔を背けてしまう。

悪い癖だ。

いつか千反田の笑顔を、正面から受け止められる男になりたい。いや、ならなければならない。

そう思いながらも、今はそっと顔を背けてしまう俺だった。


112 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:05:33.79 La4hkDje0 55/67

わかりました!

手です!

恋人同士なら、手を繋ぐものです。腕を組むのでもいいのですが……。

わたしはチラッと折木さんの手を見やります。

わたしのものより、大きな手。

男の人の手でした。

その手にわたしの手が包まれたら、と思うだけでドキドキしてしまいます。

でも……。

わたしの方から手を伸ばすのは、何だか躊躇われました。

わたしが女だから、というのを気にしているわけではありません。

ただ、折木さんの方から握って欲しい。そう思いました。

気付いてください。折木さん!

そうこう念じているうちに、昇降口に着いてしまいました。


113 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:06:21.08 La4hkDje0 56/67

俺と千反田は昇降口に到着した。

千反田とは、最もクラスが離れている。当然下駄箱も遠く離れていた。

ここで一旦別れなければならない。

千反田を見ると、彼女はどこか悲しげな眼を俺に向けた。

そんな顔をするな。何もここで今日は別れるわけじゃない。

奉太郎「じゃ、後でな」

える「はい……」

自惚れかも知れないが、声も悲しそうだった。

俺は後ろ髪を引かれる思いで、自分のクラスの下駄箱へと向かった。

ふう。

気にしているのは、俺の方かもな……。


114 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:07:25.80 La4hkDje0 57/67

折木さんの後姿を見送って、わたしは自分の靴箱へと向かいます。

結局校舎内では、手を繋ぐことは出来ませんでした。

ここから正門まで歩いて、そこからもう少し行けば、折木さんとはお別れです。

える「はぁ……」

わたしは靴箱から靴を取り出しながら、溜め息を吐きました。

元々折木さんは、こういうことに聡いほうではないと思います。

ですが……。

わたしは折木さんに言いました。わたしのことをもっと求めて欲しいと。

折木さんは、わたしと手を繋ぎたくないのでしょうか?

そうは思いたくないです。

折木さんのことですから、単にそんなこと思いも付かないだけなのでしょう。

でも……。

わたしは首を横に振って、その考えを振り払いました。

折木さんとは、先は長いのです。焦ることはありません。

わたしは、昇降口の前に立つ折木さんのところへ、駆け寄っていきました。


115 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:08:25.66 La4hkDje0 58/67

俺に少し遅れること、千反田がやってきた。

奉太郎「それじゃあ行くか」

える「はいっ」

その顔には、さっきの翳りは感じられない。

こいつはそんなに俺と一緒にいたいのか。

自惚れかも知れないが、何だか胸が熱くなる。

もちろん俺も、可能な限り千反田と一緒にいたい。

そうして俺たちは、正門に向かって歩き出す。

俺は千反田を抱き締めたい衝動に駆られていた。

だが、公衆の面前でそれは憚られる。

第一それでは歩けない。

それでも俺は、もっと千反田を感じたかった。

ふと、千反田の方を見る。千反田は鼻歌を歌っている。

手はブラブラさせている

俺より小さな手。柔らかそうな手。


116 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:09:18.18 La4hkDje0 59/67

奉太郎「そうか……、手か……」

折木さんが何か呟きました。

える「えっ? 何ですか?」

奉太郎「いや、何でもない……」

える「そうですか。わたし、自転車取ってきますね」

奉太郎「あ、ああ、じゃあここで待ってる」

える「はい、じゃあ行ってきます」

あまり待たせては悪いので、わたしは小走りで、駐輪場へ駆けていきました。

自転車を押していては、手を繋ぐことは出来ません。

残念ですが、手を繋ぐのは明日以降に持ち越しです。

わたしは鍵を解除すると、自転車を押して、折木さんのところへ戻っていきました。


117 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:10:19.97 La4hkDje0 60/67

失念していた。千反田は自転車通学だった。

これでは手は繋げない。もっと早く気付くべきだった。

千反田が自転車を押して、こちらに駆けてくる。

転ぶなよ、と内心念じる。

あっ、躓いた。だが自転車を押してるおかげで転ばずに済む。

える「ハァ、ハァ、恥ずかしいところを見られちゃいました……」

奉太郎「転ばなくて良かったよ。じゃあ行こう」

俺と千反田は、再び並んで歩き出した。

やっぱり俺たちは何も喋らなかった。

千反田の方を見る。

顔が紅く見えるのは、夕日だけのせいではないだろう。

そんな千反田に俺は……。


118 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:11:33.61 La4hkDje0 61/67

える「あっ……」

自転車のグリップを握るわたしの手に、何か温かくて大きいものが被さってきました。

それは折木さんの手でした。

驚いて、折木さんの方を見ます。

折木さんもこちらを見ていましたが、その顔はいつものぶっきらぼうな表情のままでした。

わたしの思いが通じたのでしょうか。わたしは嬉しくなって、笑顔を返しました。

あ。折木さん、そっぽを向いてしまいました。照れているようです。

うふふ、やっぱり照れる折木さんは可愛いです。

手を握り返せないのが、残念ですけれど。

でも今日はこれで十分な気がします。

何より、折木さんの方から手を握ってきてくれたことが嬉しくて、わたしの心は満たされるのでした。


119 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:12:34.29 La4hkDje0 62/67

千反田の手は、思ったとおり柔らかかった。

そして少しひんやりした。

千反田と繋がっている部分から、彼女への思いが湧いてくる気がした。

もう正門は過ぎてしまった。

ふたりの残りの距離は、どんどん縮んでいく。

気のせいかもしれないが、少し胸が苦しい。

こんな思いをするくらいなら、手など握らなければよかったとよほど思う。

……だが、それじゃいけないんだろうな。

千反田とは、明日も明後日も会える。

休みの日だって、会おうと思えば会えない距離では全然ない。

今生の別れではないというのに、何をそんなに嘆く必要がある?

そしてついにその時は来た。


120 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:13:36.66 La4hkDje0 63/67

いよいよ別れ道です。いえ、分かれ道、ですね。縁起でもないです。

わたしたちは立ち止まりましたが、折木さんの手はわたしの手に置かれたままです。

わたしは声を振り絞りました。

える「それじゃ、折木さん……。また明日」

奉太郎「ああ、そうだな……」

そう言う折木さんの手は、まだわたしの手の上に置かれたままでした。

える「あの、折木さん……」

奉太郎「あ、ああ、すまん」

折木さんの手が離れていきます。何だか悲しくなってしまいます。

える「あの、折木さん?」

奉太郎「どうした」

わたしは指先で、折木さんを招き寄せます。

奉太郎「?」

も、もうちょっと近くに……。

奉太郎「なんだ?」

今です!


121 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:14:28.11 La4hkDje0 64/67

奉太郎「!」

なんだ? 何が起こった?

俺の唇に柔らかいものが触れた。

今のは、キス、か……?

千反田は慌てた様子で自転車に跨ると、

える「さようなら、折木さん。また明日……、です」

急いで去っていってしまった。

俺はポカーンとして、千反田を見送る。

奉太郎「あ……」

俺はなんだか、可笑しくなってきた。

奉太郎「ふっ、くっくっくっ……」

ダメだ、笑いが止まらない。

奉太郎「あっ、はっはっはっはっはっ……」

俺は笑いながら、いつまでも千反田の後ろ姿を見送っていた。


122 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:15:34.10 La4hkDje0 65/67

うう……。

わたしは、急いで自転車を走らせます。

折木さんに、不意打ちのキスをしてしまいました。

自分でしたことなのに、顔から火が出そうです。

折木さん、どう思ったでしょう?

後ろを振り向く気には、なれませんでした。

でも……。

える「うふふ」

わたしは笑いました。

明日への活力が、充填されたような気がします。

える「ありがとう、折木さん」

わたしは夕暮れの中、家に向かって元気よく自転車を漕いでいきました。

123 : ◆axh.jP1Twpjg[] - 2012/09/11 23:20:19.88 La4hkDje0 66/67

今度こそ、お終い

以上、駄文に付き合ってくださり、ありがとうございました

氷菓もいよいよ残すところ来週のみです
家はBS11なのでまだあと二話ありますが

また何か書けるといいな

124 : ◆Oe72InN3/k[] - 2012/09/11 23:31:51.36 MkGkV/2s0 67/67

乙です。

次回作も、楽しみにしています。

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