678 : 構想は出来上がったから投下。[s... - 2012/08/09 22:35:25.15 k7QnKjUw0 365/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

陽が差し込まない薄暗い場所だった。

長年使われていない場所だったが埃臭くは無い。
魔法によって埃は清掃されているらしい。

紙風船が宙に浮かんでいた。

瞬間的に宙に留まった後、玩具は重力に従う。

やがて白い掌に降り落ちた。

渇いた音と共に、鮮やかで歪な球が再び打ち上がる。

それが数度繰り返された後、紙風船は白い少女の掌で静止した。

エルフ「学校にはちゃんと行かなきゃダメだよ。キツネちゃん」

女狐「……貴女にだけは絶対に言われたくないわ」

エルフの眼前にいる獣と化している妖狐が答えた。

五本の尾が静かに揺らめいている。


前スレ
ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」 【第一章】 【第二章】

元スレ
ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1340959852/


679 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:38:31.35 k7QnKjUw0 366/503

エルフ「どうして此処が分かったの?」

幼馴染「以前、貴女の服に糸屑が付着していたわ。
だいぶ昔に、人間が来ていた衣服と同じ素材の服を着るのが少しだけ流行ったでしょ。本当にすぐ廃れてしまったけれど」

少女は感嘆の声をあげて手を三回叩いた。

エルフ「それで、この遺棄された紡績工場に辿り着いたと。凄い推理力だね」

幼馴染「此処に辿り着くまでに同じような場所を十数軒回ったのだけれど」

エルフ「十時間も経たない内にそれだけ回るなんて凄い機動力だね。やっぱりキツネちゃんは凄いよ」

幼馴染「心にも無いことを言わないで。すぐに喋られなくしてあげる」

エルフ「……戦うつもりなの? 私たちは“友だち”なのに」

寂しそうな声音を出し、大袈裟に肩を落とした。

女狐「貴女が勝手にそう思ってるだけでしょう」

獣は冷ややかに言う。
それから鈍く光る牙を剥いた。

680 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:40:49.84 k7QnKjUw0 367/503

女狐「そもそもアタシの高祖母を昏睡状態にしておいてよく言うわ」

エルフ「あれ? バレちゃってた?」

彼女は戯けた声音で言う。

女狐「当たり前でしょ。ニュースになっていた海王の出現も、どうせ貴女の仕業なんでしょう?」

その言葉に、エルフは端正な顔をしかめた。

レヴィアタンの一件は彼女の予定外の事態だったからだ。

女狐「男に危害を加える虫はアタシが殺す……!」

彼女は脚を踏み出そうとして、己の身体が一切動かないことに気付く。

女狐「……!?」

口を開こうとするが、それも出来なくなっていた。

肉体が思考から乖離していた。


681 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:44:33.11 k7QnKjUw0 368/503

エルフ「物騒だなぁ。怖いから『束縛の呪』を使っちゃったよ」

彼女は柔和に微笑みながら言った。

紙風船を潰す。
これから妖狐が辿る姿を表しているようだった。

妖狐へと歩み寄る。
柔和な微笑みは既に酷薄な笑みへと変貌していた。

金色の獣の頭部を撫でる。
愛玩動物を可愛がる少女の手つきだった。

エルフ「こんな風に愛でられるのは嫌い?」

幼馴染「大嫌いよ!」

妖狐は纏っていた金色の膜を破り、彼女に飛びかかる。

エルフ「おっと」

しかし彼女は、涼しい顔で上体を横に動かして躱した。
それから魔法で、伸ばされた妖狐の右手を腐食させる。


682 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:46:41.84 k7QnKjUw0 369/503

幼馴染「ーーーーっ!?」

エルフ「同じ手をキツネさんにやられたんだよね。
凄く痛かった。治したけどね」

彼女は笑顔で言った。
それから、肘まで黒く変色した腕を見て愕然としている妖狐の右肩に手を置く。

黒ずんだ右腕が肩から落ちた。
出血はしていない。
断面は皮膚が捩じられて、雑巾を絞ったような状態になっていた。

エルフ「これで全身が腐ることはないよ。良かったね」

やはり笑顔で言った。

幼馴染「バケモノ……!」

激痛に顔をしかめながら、彼女はエルフを睨みつける。

エルフ「そうかな。あ、左腕に力を込めてた方が良いよ」


683 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:49:49.84 k7QnKjUw0 370/503

言い終わりもしないうちに、妖狐の右の大腿が、上向きの垂直に折れ曲がり、左の脛から下が炭化した。

大腿骨は肉と皮膚を突き破っていた。
黒々とした鮮血が溢れる。

焦げた左足からは饐えた臭いが広がっていく。
足首から下は身体から離れて床に転がっていた。

幼馴染「がっ……!?」

絶叫が建物中に響く。

支えを失った身体は前のめりに崩れ、彼女は全身を強かに打ちつけた。

その際の衝撃で、一瞬胸が詰まり叫びが中断するが、すぐさま叫喚が再び壁に反響した。

左脛の断面は高熱で肉が癒着し、大量の流血を防いでいた。

エルフ「防音の魔法を建物中にかけておいたから好きなだけ叫んで大丈夫だよ」

可愛らしい笑みを浮かべながら少女は言う。

それから、魔法で再び妖狐の身体を拘束した。


684 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:52:24.56 k7QnKjUw0 371/503

エルフ「『斬手の呪』」

己の指を刃物に変えて、エルフは彼女の筋の通った鼻をゆっくりと削ぎ落とした。

痛みを増加させる為に、あえて斬れ味を鈍らせていた。

エルフ「はい。好きなだけ叫んで」

少女は彼女の動きを封じる魔法を解いた。

妖狐は喉が張り裂けんばかりに声を上げた。
涙と鼻水で顔中が汚れていた。

ぼんやりと。
少女はその様を観察している。

エルフ「……キツネさんはもっと耐えたよ。
キツネちゃんと同じような状態にして、更に歯を全部折って、陰部と子宮をぐちゃぐちゃにしたんだから。あと耳と尻尾を千切ったっけ」

幼馴染「いやぁ……。おとこぉ……」

彼女は幼児のように泣いてかぶりを振って、懸想する者の名を口にした。

エルフ「あ、知らなかったのかな?
男君、アレとくっついちゃったよ。残念だったね」


685 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:55:48.05 k7QnKjUw0 372/503

彼女は目を見開く。
身体を蝕んでいる痛みさえ忘れたようだった。

エルフ「完全に心が折れちゃったかな。可愛い顔だね。鼻は無いけど」

エルフは彼女を慰撫する。

エルフ「可愛いなぁ。私がオスだったら何度も犯してたと思うよ。
キツネさんもだけど」

幼馴染「…………」

エルフ「そろそろ遊びもお終いで良いかな」

彼女は魔法を唱える。

エルフ「『征心の呪』」

翠色の瞳と伏せられた彼女の瞳が互いに見つめ合う。
それだけで心を支配できる魔法だ。

エルフはうつ伏せに倒れている妖狐に右手を差し伸ばす。

エルフ「“友だち”から“兵士”になっちゃったけど、よろしくね。キツネちゃん」

幼馴染「……ぉ」


686 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 22:57:59.49 k7QnKjUw0 373/503

エルフの身体が後方に吹き飛んだ。
壁に叩き付けられ、彼女の形の良い口から呻き声が漏れる。

彼女の尾に弾き飛ばされたのだ。

幼馴染「男。男。男。男。男。男。男。男。男。男。男」?

彼女は左腕だけで這いずる。
眼には狂気が宿っていた。

痛みに顔をしかめる少女は小さく舌打ちした。

エルフ「なんでキツネ共には『征心の呪』の効き目が弱いのかなぁ」

少女は苛立たしげに言い、妖狐の正面に転移して魔法を放った。

エルフ「『昏倒の呪』」

幼馴染「ーーーー」

妖狐は臥し、まったく動かなくなった。

687 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 23:00:23.77 k7QnKjUw0 374/503

エルフ「……良いや。『治癒の呪』」

妖狐の身体が急速に復元していく。
失われた手足と鼻までもが生えた。

エルフ「まあ、暫くおやすみなさい」

妖狐の身体が消える。
転移先の座標は彼女の自宅の玄関前にした。



再び独りになった彼女は、大きく溜息を吐いた。

エルフ「……男君か。アレが海王を倒せたのも、キツネちゃんに『征心の呪』が効かなかったのも、彼のせいか」

少女は紙風船を再び膨らませた。
軽く打ち上げる。
何度も。

紙風船は彼女の掌に弄ばれていた。


688 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 23:02:26.34 k7QnKjUw0 375/503




エルフ「……最後に試してみようかな」





689 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/09 23:05:45.97 k7QnKjUw0 376/503

投下終了です。
言ってることがが二転三転してすいません。
変な位置に出てくる『?』は文字化けです。

701 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:23:04.98 LGBDF+Yw0 377/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

城内の或る部屋には二人しか居なかった。

彼女は横たわり眠っている女性の額に手を載せている。

暫く静寂が流れた。

やがて、彼女の舌打ちがそれを破る。

四天王「……やはり私の実力では解呪できないか」

額から手を離し、苛立ちながら呟く。
自身の力量への憤りだった。

彼女よりも圧倒的に上の実力を持った魔法の使い手によって、女性は眠らされていた。
昨日の深夜のことだ。
もう半日前になる。

いつ頃に目覚めるのかも見当が付かない。
ただ相当な長期間であることは間違い無かった。

四天王「王殿、私が必ずお助けいたします」

安らかに眠っている女性にそう告げ、彼女は退室した。


702 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:28:31.63 LGBDF+Yw0 378/503

執務室の自分のデスクに腰掛け、彼女は眉間に手を当てる。

様々な後悔が浮かび上がるが、それらを心の底に押し込み、固く封をした。
やらなければいけないことは数多く有る。

彼女はデスクの上にある紙に眼を落とす。

証書だった。

それは魔王が有する全権限を彼女に委任することを証明していた。

現在、彼女は魔王の代理人だった。

そして、その権限にて政府の中枢機能を事実上停止させた。

不当な立法や行政、司法を防止する為だ。

しかし、この状態が長引けば世界中が混乱することになる。

一刻でも早急に、この事態を解決しなければならなかった。

703 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:33:20.01 LGBDF+Yw0 379/503

四天王「くそっ……。今は待つことしかできないか」

忌々しそうに彼女は呟き、眼を強く閉じる。

反政府活動を行う『何か』についての調査は、私財で雇った巨大犯罪組織である『商会』を用いて進めていた。
魔王は『商会』と懇意にしていたが、清廉潔白な性質の彼女は彼等を快く思っていなかった。

しかし、今は少しでも多くの助力が必要な状況だった。

また、深い繋がりを持たない存在は、内部の誰が洗脳されているかも判別し難い現在では重要だった。

地道な調査は彼等に任せ、彼女は城内で集まった情報を統合して繋辞することにした。

その為、動き出したいのを堪えて椅子に座っている。



唐突に彼女は眼を開ける。

不審な物音を耳にしたからだ。
床を打ち付ける音だった。

勢い良く立ち上がり、急いで部屋を後にする。

音が聞こえたのは食堂の方面だった。

704 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:36:03.76 LGBDF+Yw0 380/503




使用人である花人族の女性が倒れていた。

四天王「どうした!?」

彼女は花人に駆け寄ろうと、足を踏み出したところで身体の動きを止めた。

花人の身体が不自然に跳ね起きた。
糸で操られている人形のようだった。

ドライアド『どうも、初めまして。蛇神さん』

彼女は普段とは違う口調で喋る。

その眼は澱んでいた。

彼女はその眼に見憶えが有った。
春に魔王を襲撃した者と同じ瞳だった。

彼女は踏み出したままの足を戻し、不自然に留まっていた身体の体勢を整えた。


705 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:38:31.47 LGBDF+Yw0 381/503

四天王「……貴様が今次の一件の首謀者か?」

彼女は花人の奥に潜んでいるであろう何者かに尋ねる。

ドライアド『首謀者? ……ああ、うん。そうだね』

四天王「ふん。すぐに貴様を陰から引き摺り出し、陽光で灼いてやる」

彼女の威勢に、花人ーー性格にはその裏に居る者ーーは肩を竦めた。

ドライアド『凄い剣幕だね。私はただ“お遊び”を提案しに来ただけなのに』

四天王「……何だと?」

ドライアド『“隠れんぼ”だよ。今から真夜中までに私を見つけてね』

何者かは愉快そうに言う。

ドライアド『鬼人族長が“鬼”というのは皮肉っぽいね。
実際は蛇であるところが尚更』


706 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:41:06.52 LGBDF+Yw0 382/503

四天王「言われるまでも無い。
私はお前をすぐに見つけ出して断罪してやる」

ドライアド『そっか。因みに真夜中までに発見できなかった場合はベヒモスとジズで王都を壊滅させるから』

四天王「なーーーー」

彼女は眼を見開いて絶句する。
その様子を見て、相手は満足そうにうなずいた。

ドライアド『可愛い顔だね。驚いた顔って無防備で好きだな。
脆弱で強固な心の壁が消えた時だから』

四天王「……絶対にそんなことはさせない」

彼女は相手を強く睨み付けて言う。

ドライアド『……そういう眼は嫌いだな。何かの為に必死な眼は。
そもそも貴女が嫌いだけどね。
ナーガだか知らないけど、エルフじゃないのに魔法を使えるし。
品行方正で、謹厳実直で、忠君愛国をそのまま形にしたような性格で。
生物はそんなに綺麗ぶっちゃダメだと思うけど』

その言葉を彼女は鼻で笑う。

四天王「それは貴様が薄汚い低俗な心根の持ち主だからだろう。

707 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:44:04.00 LGBDF+Yw0 383/503

ドライアド『……そうかな。あ、それより最近魔法について新しいことが分かったんだ』

花人の奥に潜む者は一際明るい声を出す。

ドライアド『魔力の道筋を逆に辿ってみたんだけど』

四天王「……そのようなことができる程の天賦の才をどうして悪用するのだ」

ドライアド『話を逸らさないでよ。
それで、辿り着いた先は何処だと思う?』

彼女は暫く黙考して、やがて答える。

四天王「大地か」

ドライアド『正解だよ。凄いね。流石は蛇神だ』

褒めそやし、手を三回叩いた。

しかし、彼女は仏頂面だった。

蛇神。
蛇人族の特異体。
エルフ族を除いて現在唯一魔法を使える存在。


708 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:51:57.55 LGBDF+Yw0 384/503

ドライアド『力の源は大地の奥の奥に有るみたい。
そして私たちは自身を回路として、その力を魔法に変換して出力するみたい』

それを聞いた彼女は、僅かばかり納得したようにうなずくが、すぐに顔の険しさを増した。

四天王「だから何だというのだ。世界に選ばれた存在とでも言うのか? そうだとしたら、随分と傲慢だな」

何者かはつまらなそうな顔で舌を鳴らす。

ドライアド『そんなこと言ってないでしょ。全てが下らないとは思ってるけど。
……まあ、良いや。頑張って見つけてね』

糸が切れた操り人形のように、花人の身体が倒れた。

四天王「大丈夫か?」

彼女は駆け寄り、花人の華奢な体を揺する。

ドライアド「ん……」

彼女は眼を覚ました。
暫く惚けていたが、やがて上体を起こす。

ドライアド「ナーガ様……?」

彼女は無言でうなずく。

ドライアド「あら。私ったらいつの間にか眠ってしまったのですね」

自分の頬に手を当て、花人は言った。

四天王「いや違う」

ドライアド「よほど疲れているのでしょうか」

彼女は否定したが、花人の耳には届かなかったらしい。

四天王「違うと言っているだろう」

ドライアド「ということで暫しの間、またお休み致します」

四天王「おい、待て」

制止の声を聞かず、花人は彼女に身を任せて再び目を瞑った。

四天王「……花畑なのは毛髪だけにしてくれ」

彼女は呆れながら言った。


709 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:54:26.53 LGBDF+Yw0 385/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

総菜屋「いらっしゃい。……おう、エルフの嬢ちゃんかい。久しぶりだな」

声を掛けられ、彼女は犬人に頭を下げた。

ダークエルフ「どうも」

総菜屋「何だ? 右腕を骨折でもしたのか?」

ダークエルフ「まあ、そんなところだ。お陰で料理ができない」

店主はあからさまに気の毒そうな顔をする。

総菜屋「そりゃ、災難だったな」

ダークエルフ「労わりとして、弁当を無料に……」

総菜屋「そりゃ無理だ」

ダークエルフ「むぅ」

即答に、彼女は肩を竦めた。


710 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:56:02.31 LGBDF+Yw0 386/503

総菜屋「嬢ちゃん、変わったな」

店主は、彼女をしげしげと見て言う。

彼女は小首を傾げた。

ダークエルフ「そうだろうか?」

総菜屋「ああ。明るい顔になった。前よりずっと良い顔だ」

彼女は四月の初めを振り返る。
それから納得したようにうなずいた。

ダークエルフ「そうかもしれないな」

総菜屋「あれか。彼氏でもできたか」

ダークエルフ「ふふん、婚約者だ」

コボルトは驚嘆の声を上げた。


711 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 01:57:48.98 LGBDF+Yw0 387/503

総菜屋「そりゃスゲぇな。そんなにめでたい事が有ったなら弁当を無料にするのも吝かじゃないぜ」

ダークエルフ「本当か」

総菜屋「どうせ今日はもう閉店だしな」

ダークエルフ「何か用事か?」

総菜屋「副業の方をやってくるんだ。この店は赤字経営だしな」

ダークエルフ「……むぅ。やはりちゃんと代金を支払おう」

彼女はバツが悪そうな顔で財布を取り出そうとする。

しかし、店主はそれを止めた。

総菜屋「良いってことよ。持ってけ泥棒!」


712 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:01:13.02 LGBDF+Yw0 388/503

正午を過ぎてから半刻ほど経っていた。

彼女は帰路に着いていた。

早朝に退院したばかりで身体は本調子ではない。
養生の為に今日だけ学校を欠席した。

右腕はギプスで固定され、包帯を巻かれている。
暫くは市販の弁当が主食になりそうだ。

平日だけあって辺りは閑静だった。
彼女の軽快なメロディーの鼻唄がよく響いた。



やがてアパートに辿り着く。

ポケットに仕舞っていたキーを鍵穴に差し込み、施錠を外した。
ドアを押し開く。

現在の日常の一端だった。

エルフ「やっほう」

部屋の中では過去の日常、現在の非日常がくつろいでいた。


713 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:05:49.39 LGBDF+Yw0 389/503

白い少女は、赤い紐を両手の指に巻き付けている。

手を動かす度に紐が作り出す透明な図が移ろいでいく。

交互に重なり、その交差が形を生み出していく。

ダークエルフ「……何の用だ?」

エルフ「怖い眼だなぁ。そんな邪険に扱わなくても良いじゃない」

エルフは赤い紐に落としたまま言う。

ダークエルフ「お前みたいなバケモノを嫌うなという方が難しいだろう」

エルフ「黒い肌のお姉ちゃんにバケモノ扱いされたくないな」

彼女が吐き捨てるように告げた言葉に、エルフは美しい面を上げて微笑む。

彼女はこの芝居じみた少女の笑みが堪らなく不快だった。
媚び諂うようでいて、内実他人を見下しているような笑みが。

同時に、いつからこのような笑みを浮かべるようになったのか疑問に思い、考えた。
しかし答えは出なかった。


714 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:08:37.26 LGBDF+Yw0 390/503

エルフ「たまには姉妹で語り合おうよ。私たちは双子なんだよ?」

ダークエルフ「……殺そうとしたくせによく言えるな。
海王を仕向けたのはお前なのだろう?」

エルフ「そう。それなんだよね」

ダークエルフは不可解な顔をする。
妹が何を言おうとしているのか理解しあぐねたからだ。

エルフ「海王に止めを射したのはお姉ちゃんなんだってね。ビックリしちゃった」

ダークエルフ「……」

エルフ「やっぱり男君がお姉ちゃんを変えたんでしょ。恋人にまでなっちゃって」

ダークエルフ「……だから何だというのだ?」

彼女は要領を得ない彼女の言葉に苛立ちを覚え、声を低くして尋ねる。

715 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:10:56.00 LGBDF+Yw0 391/503




エルフ「男君、寝取っちゃった」




716 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:12:56.45 LGBDF+Yw0 392/503

彼女は息を呑んだ。
左手に持っていた弁当が落ちて耳障りな音を立てる。

エルフ「あはは、驚いた顔はお姉ちゃんが一番可愛いね」

ダークエルフ「……」

彼女の耳は笑い声を上手く感受することができず、彼女の眼は口許を歪める少女の輪郭を明瞭に捉えることができなかった。

エルフ「男君、中々逞しい身体をしてたよ」

ダークエルフ「……」

エルフ「気持ち良かったなぁ」

ダークエルフは無言でエルフに掴みかかる。

しかし、妹を掴む前に彼女の両腕が弾け飛んだ。

部屋中に血飛沫が飛散して、家具や床を汚す。

叫び声が喉から溢れ出そうになったが、自制とは別の抑止力がそれを堰き止めた。

身体の自由も奪われていた。

白い少女は、いつだって彼女から全てを奪っていく。


717 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:19:59.86 LGBDF+Yw0 393/503

エルフ「そのままで話を聴いてね。
私と“隠れんぼ”をしよう。鬼はお姉ちゃん。真夜中までに私を見つけてね。見つけられない場合は男君を消すから」

妹は回復の魔法で彼女の両腕を修復する。
右腕の元々の怪我も治療されていた。

エルフ「因みに男君には手を出して無いから安心してね」

エルフは赤い紐で、別の模様を作り出す。
空虚は紐という境界によって形を為す。
しかし、形はやはり空虚のままだった。


ふと。


エルフ「……世界にはたくさんの生き物がいるね。
……でも独りぼっちだ。どんな時も独りぼっちなんだよ」

少女は寂しそうな声音を出した。
心の隙間に吹く虚無の風が、少女の心の脆い箇所を揺さぶったのかもしれない。

エルフ「ーーーーだから、“証明”して。
愛は存在することを。全ては下らなく無いことを。孤独で無いことを。
私はそれを知りたい。決して私は“遠くない”と思わせて」

誠実な声音で、そして真摯な瞳で彼女に語りかける。

エルフ「その為なら世界だって壊すよ」

少女は姿を消す。

身体の自由を奪っていた魔法が解かれる。


こうして“隠れんぼ”が始まった。


718 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:22:06.56 LGBDF+Yw0 394/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

城内に鬼人の集団が押し掛けていた。

最も気温の高くなる時間帯だった。

四天王「……何の用だ?」

訪れた鬼人は全員が警察隊に所属している者たちだった。
見事に統率されており、等間隔に並び、皆一様に胸を張っている。

鬼人副族長「族長よ。先ずは謝罪致します」

集団を代表して、鬼人の副族長が一足前に出る。
その厳めしい顔が翳っていた。

彼はその巨大な上半身を垂直に折り曲げた。
他の者たちも間髪入れず同時に続いた。

鬼人副族長「申し訳有りません」

四天王「……一体何だ。ただでさえ様々な事柄が一遍に迫ってきて困惑しているのだ。簡潔に言ってくれ」


719 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:25:26.10 LGBDF+Yw0 395/503

鬼人副族長「我々は長に助力することが出来ません」

彼女は少し眼を大きくした。

四天王「……何故だ」

鬼人副族長「我々一同には奇妙な少女と対面した記憶が有るのです。そして、その前後の記憶が酷く曖昧模糊となっております」

四天王「なに?」

鬼人副族長「魔法による害を被った可能性が有ります。
おそらくは日頃から長に鍛えられていた為に魔法への耐性が他より高まり、記憶が若干残っているのではないかと」

彼女は腕を組んで俯く。整った顔は険しい。

警察機関も上層部が支配されており、上手く作用していなかった。
陸王と空王が王都を襲撃する可能性が有る以上、せめて気の置けない鬼人の力は不可欠だった。

鬼人副族長「共に戦えぬことはこの上なく悔やまれますが、敵の駒になることだけは絶対に避けねばなりません。
ですので、我々は昏睡状態にして貰うべく訪れたのです」


720 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:28:31.10 LGBDF+Yw0 396/503

四天王「……よく進言してくれた。誇り高い戦士が、傷も負わぬ内に戦線から退くことが、どれだけの恥辱かは痛い程に分かる」

しかし、彼女は面を上げて、鬼人たちを讃えた。

四天王「ところで、どのような少女だったのか憶えている者はいるか?」

彼女の質疑に、副族長は苦い顔をしながら応答した。

鬼人副族長「白いエルフの少女だったことは覚えているのですが、それ以上は全員……。申し訳有りません」

四天王「そうか……」

彼女は物憂げにうなずいた。
それから強い決意を湛えた瞳を鬼人たちに向ける。

四天王「お前たちの決意、無駄にはしない。安心して私に任せろ」

鬼人副族長「……長よ!?申し訳有りません……!」

大男は号泣する。
つられて他の鬼人たちも列を崩さないまま、咽び泣いた。

四天王「泣くな! 鬼人としての誇りを持て!」

彼女は年甲斐もなく泣き叫ぶ鬼人たちを叱咤する。

鬼人副族長「しかし……!」

四天王「お前たちの想いは受け取った。私が必ず全てを護る」

鬼人副族長「長よ! どうかご無事で!」

四天王「ああ」

彼女は強くうなずく。

「肌に傷を残したりしてはいけませんぞ!」

四天王「ああ。…………は?」


721 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:31:15.26 LGBDF+Yw0 397/503

「嫁入り前の長が消えない傷を負ったりしたら、先達に会わす顔が無い!」

「長の美貌は鬼人族の至宝だ! 失うわけにはいかないのだ!」

四天王「ちょっと待てお前たち」

「ちくしょう……! ナーガ様の盾になれねぇなんて……!」

「ナーガ様の役に立てねぇ俺なんて屑以下だ……!」

四天王「いや、おい」

「怪我をしたら『治癒の呪』を使うのですぞ!」

「掠り傷一つ残してはいけませぬ!」

四天王「おい」

「そもそもオレは長が前線に出ることに反対なんだ! 宝をわざわざ危険に晒す必要などない!」

「その宝を護れない状況に追い込まれた。まだまだ鍛錬が足りん。長の婿まではずっと遠い……」

四天王「…………」

彼女は無言で拳を握り、構えた。

鬼たちの慟哭はまだ続いている。

四天王「魔法拳『昏倒の呪』!」

やがて、鬼の数だけ打ち込まれた拳が静寂をもたらした。


722 : キンクリし過ぎ感も否めない。[s... - 2012/08/13 02:40:17.87 LGBDF+Yw0 398/503




非合法の組織『商会』の理事長が城を訪れたのは、それから数分経ってのことだった。

コボルト「酷いなこりゃ」

床で昏睡している鬼人たちを見て犬人は呟いた。

四天王「頼んでいた資料は?」

デスクに座っている彼女は、訪問した『商会』のまとめ役に訊ねる。

日陰者。
しかし今は同じものを護る為に協力している。

コボルト「ほらよ。全エルフ族の個人情報をリストアップした」

彼は分厚い紙の束をデスクの上に置いた。

四天王「ご苦労。報酬は後日に渡す」

彼は首を振った。

四天王「私の私財だ。遠慮することは無い」

コボルト「魔王様にはたくさんの恩があんだよ。この程度のはたらきじゃ返せないような恩がな。だから今回は無料だ」

四天王「しかし……」

犬人は肩を竦めた。

コボルト「アンタは律儀者だ。その真面目な気質じゃ、俺たちのことを快く思ってないだろうよ」

彼女は黙する。
それを見て犬人は笑った。

コボルト「否定しないところがまた良いな。アンタみたいな潔癖な奴が世界の上層部にいる内は安泰だよ」

言って、犬人は立ち上がる。

コボルト「仕事はこれで終わりかい?」

四天王「取り敢えずはな。また頼むかもしれない」

コボルト「あいよ。それも無料にしておくさ」

彼女は怪訝そうに犬人を見る。
あまりにも献身的だからだ。

コボルト「なに。魔王様への恩返しも有るが、アンタにも恩を売っておきたいのさ」

なにより、と彼は続ける。

コボルト「もうじき祭りだ。副業も本業も稼ぎ時なんだよ。中止させる訳にはいかないね」

四天王「……そうか。ならば甘えさせて貰おう」

威勢の良い返事をして、『商会』の理事長は部屋を後にした。



723 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:42:32.55 LGBDF+Yw0 399/503




彼女はリストに目を通していく。
一人につき十数枚にも及ぶ為、その枚数は何千も有った。

限られた時間では全てに眼を通すことができない為、彼女は仕分けをすることにした。

最初に男性と女性の二つ分けた。

それから女性を若年層と老年層に分ける。
相対年齢のちょうど中間辺りが区別の境界だった。

女性の若年層に犯人が潜んでいる可能性が高いと彼女は推理した。

鬼人の記憶、それから先ほどの対話時の言動と仕草の端々が女性的かつ幼かったことが判断材料だ。

尤も、演技の可能性も捨てきれない為に確信は無いが、優先的に目を通す理由としては充分だった。



百人程度の情報に目を通したところで若年女性の範囲が終了した。

一旦、背もたれに上体を預けてくつろぎ、閉じた両目を指で軽く押した。

それから再び背筋を伸ばし、資料の一つに手を伸ばした。

724 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:44:27.14 LGBDF+Yw0 400/503

或る少女の情報だった。

父は国家魔法士でエルフ族。
薬剤師の母もやはりエルフ族。
黒エルフの姉がいる。

珍しい家族構成だが、問題はそこでは無い。

書かれている略歴。
優秀で有りながら平凡。

ーーーーあまりに平凡過ぎた。

父母と姉の資料にも目を通す。

それから参考として他のエルフ族の親子も。

問題の家族の資料は整合性が取れていて、資料を見ることで家族の様子が想像できるような代物だった。

しかし、他の家族は整合性があまり取れていない。
個人に焦点を当てているのだから当然だ。

四天王「……出し抜こうとして失敗したか」

おそらくは調査に気付いていて、資料を改変したのだろう。
その結果、あまりに不自然な物が生まれてしまった。

この家族の誰かが、若しくは全員が犯人の可能性が極めて高かった。

彼女は立ち上がる。

やるべきことは決まった。



陽は傾き始めていた。


725 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 02:51:19.78 LGBDF+Yw0 401/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ダークエルフは頬を伝った汗を指で拭った。

時刻は夕方だ。

数時間を使って、王都立大学校や王都中の様々な公共施設、取り壊し予定の建物などを捜索したが、妹を見つけることができなかった。

後半は幼少の記憶を頼りに思い出の地を辿ったが、それも徒労に終わった。

その道中で、実妹及び両親と使用人との記憶が数多く喚起した。
あまり好ましい記憶では無かった。

しかし目的地に着くまでに、もう一度思い起こすことにした。
愛する者の為ならば、どんな苦行も厭わない所存だからだ。

独り遊びをする妹。

オモチャは同じ物を買ってもらった。

最初は黒エルフだからという理由で嫌われることは無かった。

双子の姉妹は同量の愛を享受し、相応の親睦とケンカを経て成長した。


726 : ねむねむ[saga] - 2012/08/13 02:57:07.53 LGBDF+Yw0 402/503

それが変わり始めたのは、中等学校に上がった頃のことだと彼女は記憶している。

いつまで経っても、彼女はまったく魔法が使えなかった。

彼女とは裏腹に、妹は一般のエルフと比べて並外れた才能を持っていた。

国家に奉ずる魔法士である父は、事あるごとに妹を贔屓するようになっていた。

ダークエルフ「……自分の境遇を想起してどうする。アイツを主点に置かなければ」

彼女は両手で頬を軽く叩き、思考をリセットしようとする。

妹について思索すると、やはり負の記憶が優先的に思い浮かんだ。

彼女にとって、妹は憎悪の対象だった。
魔法が使えないのは、産まれる前に妹が彼女の分の才能も奪ったからだと決めつけていた。

実際にそうだとしても、それは妹が関与するところでは無いことを彼女は知っているが、憎しみを抱かずにはいられなかった。

初等学校の時分までは仲の良い双子だった。

妹はどちらかというと内向的な性格であったと、彼女は思う。

独り遊びする彼女の姿が浮かんだ。
それと二人一緒に遊んだ光景も。

727 : 無理です。寝ます。また明日。[s... - 2012/08/13 03:01:24.78 LGBDF+Yw0 403/503

変貌を初めたのは、やはり中等学校に上がった頃だ。

彼女の魔法の実力は、エルフ族の中でも魔法の技量が高い者しか就けない国家魔法士の父をとうに超えていた。

しかし、妹はその才を他者の前で披露することは殆ど無かった。

唯一彼女を除いて。

全てを見下すような態度を取り始めたのもこの時期からだった。

彼女は、ふと疑問に思った。



アイツは本当に私を嫌っているのか?



彼女の歩みが止まった。
しばらく考える。
答えは出なかったが、再び足を前に向けた。

目的地はもうすぐだった。

何故、私に“証明”させようとするのか?

彼女は思考する。
答えを模索する。

嫌っているだけならば、殺せば良かった。
現に海王は彼女を殺す為の刺客だったのだろう。

しかし、今は彼女を試すような事をしている。

おそらく“隠れんぼ”自体に意味は無いと彼女は考えた。
何かしらの篩を兼ねた余興に過ぎないだろうと。

真の目的は、“証明”させること。
ダークエルフが“証明”することは、エルフにとって重要な意味が有ることなのだろう。

それが何なのかは幾ら考えても分からなかった。

734 : 投下します。[saga] - 2012/08/13 11:01:17.11 LGBDF+Yw0 404/503




彼女は生家の玄関前に立っていた。

空唾を呑み込む。

三ヶ月振りの実家の玄関は、彼女に疎外感を与えていた。
自身の帰る場所は此処では無いと告げているような気がした。

しかしそれは彼女の錯覚で、扉は変わらずに扉のはずだった。

普段ならば、この時間帯に居るのは使用人である小鬼の女性だけのはずだ。

両親は仕事で忙しく、家事などは全て使用人に任せている。

小鬼は彼女と妹に分け隔て無く接した。
彼女には魔法など関係の無いことだったからだ。

逡巡の後、彼女はドアノブを回した。
鍵は掛かっていない。

扉を押して中を窺う。

735 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:03:03.52 LGBDF+Yw0 405/503

ゴブリンが彼女の眼前に立っていた。

ダークエルフ「ひゃっ……。驚かせないでくれ」

彼女の小さな悲鳴にも、その後の親しげな声音で告げた言葉にも使用人は反応を示さなかった。

その眼は虚ろだった。

ダークエルフ「……どうしたんだ?」

使用人は彼女の声を意に介さず、居間へと姿を消した。

彼女は不穏を気取りつつも、後に続いて居間に行く。

父と母がソファーに座っていた。

ダークエルフ「……なんで」

おもむろに二人は立ち上がる。
不自然に首を曲げて、彼女に濁った瞳を向けた。

736 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:05:54.48 LGBDF+Yw0 406/503

「お帰り。ずっと待っていた」

抑揚の無い口調で彼は言った。

「顔が見れて嬉しいわ」

生気の無い口調で彼女は言った。

ダークエルフ「……」

彼女は困惑していた顔を引き締める。

この異常な光景が、妹の仕業であると感付いたからだ。

ダークエルフ「……エルフは居るのか?」

彼女は訊くが、誰も答えなかった。

「すまなかった。お前を追い出したことをずっと後悔していた。母さんも反対していたのに」

彼は仏頂面で涙を流す。

「ごめんね。私は母親なのに、最後まで味方になれなくて」

彼女は無表情で涙を流す。


737 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:08:28.93 LGBDF+Yw0 407/503

ダークエルフ「……ふざけろ」

彼女の顔は怒気を帯びる。

ダークエルフ「本当に何を考えているんだアイツは!」

使用人『あはは、何だと思う?』

右側の壁に立っていた小鬼が、いつもと異なった声を発した。

ダークエルフ「……エルフか。この魔法は何だ」

彼女の問いに、エルフの言葉を代弁する小鬼の口が素直に開いた。

使用人『自作した心を操る魔法だよ。“蠱惑の呪”を昇華したものなんだ』

彼女は怒気を強める。
険しい瞳で小鬼の奥にいる妹を睨んだ。


738 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:10:55.21 LGBDF+Yw0 408/503

ダークエルフ「父さんと母さんにこんなことをして何が目的だ」

小鬼は嘯くように首を傾げただけだった。

その為、彼女は自身の推測を前提にして話を進める。

ダークエルフ「私を動揺させたかったのかもしれないが、お前の考えた茶番では何も感じない。
父も母も私にこんな事を言うはずが無いからな」

使用人『そうかな。私は身体の自由を殆ど奪ったのと、感情を表出しやすくしたこと以外は何もしてないけど』

彼女は耳を疑う。

ダークエルフ「……二人共、本音なのか?」

使用人『そうなるね』

ダークエルフは顔を曇らせる。
複雑な心境だった。

彼女が負った心の傷は深く、容易に赦すことなどできなかった。

しかし同時に、心の底から滲み出て、胸を切なく圧迫する感情が有ることも確かだった。


739 : 800いかなそう[saga] - 2012/08/13 11:14:39.47 LGBDF+Yw0 409/503

ダークエルフ「……本当に目的はなんだ?」

か細い声で発せられた問いに、小鬼は肩を竦めて微笑んだ。

使用人『これは、嫌がらせだよ』

ダークエルフ「嫌がらせ……」

彼女は言葉を繰り返す。

使用人『お涙頂戴の和解を潰してあげたんだ。だって下らな過ぎて吐気がするじゃない』

妹は小鬼の声で嘲る。

ダークエルフ「……お前は、どうしてそんなに変わってしまったんだ」

長い間が空いて、答えが返ったきた。

使用人『大体は魔法のせいかな』

言い終えると同時に小鬼は床に倒れ込み、動かなくなった。
気絶したらしい。


740 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:16:17.41 LGBDF+Yw0 410/503

彼女の父と母が不自然に立ち上がる。

眼窩からは涙が溢れ出していた。
瞳は相変わらず濁っている。

その手には刃物。
二本のカッター。

エルフの考えた余興らしい。

ダークエルフ「……っ!」

彼女は背を向けて玄関へと逃げようとする。
もう長居する必要が無かった。

しかし、その足が立ち止まる。

父と母が互いに、カッターで切り合いを始めたからだ。

鮮血が白い壁に飛び散る。

ダークエルフ「な……」


741 : タイム![saga] - 2012/08/13 11:18:47.72 LGBDF+Yw0 411/503

彼女が立ち止まると二人は切り合いを止めて、再び彼女に虚ろな目を向ける。

どうやら彼女が逃げようとすると、標的をお互いに変えるらしい。

ダークエルフ「下種が……!」

恐怖と怒りで凄まじい形相になりながら、彼女は二人を見据えたまま一歩だけ後退りする。

二人は切り合わなかった。
しかし、奇妙な足取りで確実に近づいて来る。

彼女は一気に数歩後ろに下がった。

二人は一度互いを切り合い、また歩み寄る。

ダークエルフ「っ……」

できる限りゆっくりと、そしてなるべく速く彼女は後退する。


742 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:54:58.02 LGBDF+Yw0 412/503

玄関先まで来た時、距離は腕二本程度だった。

彼女は大量の汗をかいている。
顎に溜まった数滴の雫が落ちた。

荒い呼吸をしながら、扉に貼り付き、ドアノブを手探りで見つけだそうと躍起になる。

熟知している扉にも関わらず、焦燥のあまり中々ノブを掴めなかった。

血塗れの両親はそれぞれ右手を振り上げる。
顔は未だ涙で濡れていた。

彼女はやっとドアノブを探り当て、施錠を外す。

途端に身体が支えを失った。

唐突にドアが開いたのだ。

彼女は後ろに倒れ込む。

両親は駆け寄りカッターを振り落とそうとする。


743 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 11:57:16.45 LGBDF+Yw0 413/503

しかし、彼女の身体は地に倒れ込むことは無く、カッターが何かを突き刺すことも無かった。

四天王「……状況がよく分からないな」

美しく凛々しい女が左腕で彼女の身体を支え、右手の指で二本のカッターを受け止めていた。

ダークエルフ「拳神様……」

茫然とするダークエルフに彼女は言う。

四天王「ナーガで良い。状況を簡潔に説明してくれ」

ダークエルフ「あ、えと、二人は両親で、私の妹に操られています」

四天王「なるほど。充分だ」

彼女はダークエルフを立たせ、拳を握った。

四天王「魔法拳『昏倒の呪』」

それから二人の額を軽く小突いた。

ナーガは意識を失った二人を抱きとめる。

四天王「……これで完全に正体を掴んだな。待っていろ」

彼女は此処にいない少女に向かって呟いた。

744 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:00:01.63 LGBDF+Yw0 414/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

「う……」

彼は覚醒した。

こめかみに手を当てる。
頭の中で、熱を帯びた鈍い痛みが蠢いていた。

薄暗い場所だった。
上方の小窓から射す外光が、現在が夕闇で有ることを示していた。

コンクリートの床が敷かれた広い部屋の隅には衣服の原料が廃棄されている。

彼は上体を起こした。

エルフ「起きたんだね」

少女が後ろから彼に抱きつく。
仄かな甘い匂いがした。

「っ!?」

彼は反射的にエルフを振り払おうとして、自身の身体が自身の意思から離反していることに気付く。

745 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:02:21.03 LGBDF+Yw0 415/503

エルフ「女の子を殴ったりしちゃダメだよ。
雄なんて雌に捕食されるくらいがちょうど良いしね」

抱きついたままの少女が言う。

エルフ「今から身体の自由を戻すけど、乱暴なことをしないでね」

彼は指先に意識を向ける。
人差し指が彼の意思通りに軽く跳ねた。

「……ダークの妹か」

彼は確認するように言った。
意識を失う寸前に彼女と自己紹介をし合っていた。

「これはどういうことだ?」

エルフ「誘拐、かな」

不穏な言葉に、彼は眉間に皺を寄せた。

「……取り敢えず離れてくれ」

エルフ「えー。結構心地良いからこのままじゃダメ?」

甘えた声で少女はせがむ。


746 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:04:03.53 LGBDF+Yw0 416/503

「他の男にやってくれ。俺にはダークがいるんだよ」

エルフは素直に離れた。

彼は振り向こうとして、

「ーーーーっ!?」

側頭部を硬い床に激しく打ち付けられた。

視界が黒くなり、強い衝撃で肺中の酸素が強制的に押し出される。
エルフはもう一度彼の頭を床に叩きつけた。

およそ少女の細腕からは考えられない力だった。
魔法によって肉体を強化しているらしい。

それを何度か繰り返す内に、彼の全身から力が抜けた。

エルフ「おっと。『治癒の呪』」

少女の唱えた魔法で、彼のひしゃげた頭蓋や脳内の組織が修復される。

エルフ「今は殺さないからね」

747 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:18:18.36 LGBDF+Yw0 417/503

頭部の損傷が回復した後も、彼は惚けたままだった。

少女は彼の耳裏の匂いを嗅ぐ。

エルフ「お日様で干して直ぐのシーツみたいな匂いがするね」

エルフは更に鼻を近づけた。

エルフ「好きだよ。この匂い」

言って、白い少女は彼の尖った黄褐色の耳に口付けをした。

「っ……」

そこでようやく彼は正気に戻る。

少女は啄むようなキスを数度繰り返した後、尖った耳の先端を咥えた。

「っ……。やめてくれ……」
?


748 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:20:17.49 LGBDF+Yw0 418/503

また瀕死まで暴力を振るわれるのを恐れたのか、彼は顔をしかめながらも弱々しい声でせがむ。

少女は懇願を黙殺して、小さな舌で丹念に耳をねぶる。

少女が口を離すと、透明な糸が引いた。

エルフ「気持ち良さそうな顔をしてるね。耳が感じるの?」

「そんなわけないだろ……」

彼は否定するが、エルフは微笑みを浮かべる。

エルフ「……ねぇ、私が恋人じゃダメなの??
外見はお姉ちゃんにそっくりだよ。
肌は白いしお姉ちゃんより華奢だけど、いっぱい尽くしてあげるよ」

少女の提案に、彼は顔を険しくした。
恐怖が幾分消えていた。

「俺はダークの外見だけが好きなんじゃない。
あいつの弱さも強さも、クールなところも少しアホで変態ところも、笑顔も泣き顔も好きなんだよ。お前じゃダメだ」


749 : 文字化けワロスwwww[saga... - 2012/08/13 12:25:41.48 LGBDF+Yw0 419/503

エルフ「……同じことをキツネちゃんに言えるの?
あんなに男君のことを慕っていたのに」

「……アイツを知ってるのか。
危害を加えたりしてないだろうな」

彼の強い眼光を放つ瞳を見て、少女は肩を竦めた。

エルフ「なに? キツネちゃんの事も好きなの?」

「恋愛感情なんかじゃない。家族みたいに大切な奴なんだよ」

少女は気の無い返事をする。

エルフ「それってキツネちゃんを悲しませる言葉だろうね」

「……そうかも、な」

彼は歯切れ悪く同意した。
それからかぶりを振った。

「そうだとしてもお前には関係無いだろ」


750 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:27:35.44 LGBDF+Yw0 420/503

エルフ「そうかな。まあ、キツネちゃんが目覚めたら伝えてあげるべきだね。あ、でもしばらくは精神がボロボロだろうから止めた方が良いかも」

「……何だと」

彼の吊り目が更に吊りあがる。
瞳を彩っていた恐怖の色が失せ、確固とした怒りが灯っている。

しかし、エルフは怯みもせず柔和に微笑んだ。

エルフ「キツネちゃんは私との遊びで疲れて眠り姫になってるよ。
王子様のキスで目覚めるのを待ってるけど、その王子様が役割を放棄してるからなぁ」

「ふざけるな!」

彼は激昂する。
獣になろうとして、再び肉体の自由が奪われていることを知覚した。

エルフ「……それにしても、双子って不思議だよね。
同じ細胞が分裂したのに別人なんだから。しかも白と黒」


751 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:29:38.23 LGBDF+Yw0 421/503

エルフは彼の顎に手を当てた。
そしてその翠の瞳で彼の瞳を見つめる。

エルフ「アレの“証明”は私の“証明”になる。私は“遠くない”ことのね」

白い少女は一度言葉を区切る。
それから彼を拘束していた魔法を解く。

エルフ「待ってる間、遊んでよっか。『征心の呪』」

彼の瞳が濁る。
虚ろな眼は、光を失ったかのように何も捉えていなかった。

エルフ「人形遊びをしよっか。背景も変えよう」

エルフは灰色の壁を薄いクリーム色に変える。
更に照明として明るい光球を天井に生み出した。
それから床に濃いブラウンのカーペットを敷く。

一変した広い室内で、二人は並んでカーペットに腰を下ろす。


752 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:34:14.59 LGBDF+Yw0 422/503

エルフ「キツネくん、キツネくん」

エルフは彼の呼称を変えた。

『何かな?』

彼の口が魔法の効力によって開かれた。

エルフ「周りの全てが遠いのはどうして?」

『全てが下らないからだよ。君自身もきっと』

それは自慰行為だった。

自身の望む言葉を他人の口で聴くこと。

自己存在の再認識。
精神の均衡維持。

彼女の精神は脆かった。
魔法によって傷は跡形も残らなかったが、自傷行為に及んだことも有るくらいに。


753 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:35:23.58 LGBDF+Yw0 423/503

エルフ「キツネくん、キツネくん」

白い少女は呼びかける。
親しみを込めて。

『何かな?』

傀儡は返事する。
笑顔と虚ろな瞳を以って。

エルフ「私は魔法の才能なんて要らなかったな」

『どうして?』

エルフ「そうすればアレと……お姉ちゃんと同じだったから。
お姉ちゃんにとって、世界は楽しいんだろうね」

『彼女だって苦しんでると思うよ』

エルフ「そうだね。でも、きっとお姉ちゃんの眼に映る世界は、私のものよりもずっと近いんだろうな」

『そうだね』


754 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:36:48.97 LGBDF+Yw0 424/503

少女は宙に視線を彷徨わせながら、過去を振り返る。

姉が輝いて見えた日々。

同時に生を受けた。

それにも関わらず、彼女はやはり姉で、自分はやはり妹だった。

姉は異色の肌をしていたが、それでも明るく笑っていた。

少女は昔から独り遊びをしていた。

姉が一緒に遊んでくれる事が凄く嬉しかった。

楽しかった。

そんな日が続けば良いと思っていた。


755 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:38:13.44 LGBDF+Yw0 425/503

エルフ「キツネくん、キツネくん」

白い少女は呼びかける。
感傷を込めて。

『何だい?』

傀儡は返事する。
変わらぬ表情を以って。

エルフ「どうして、どうしてこうなっちゃったのかな。
私は無力でも誰かの手を繋いでいたかった。孤独は嫌だよ」

白い少女は震えていた。

声も体も。

心も。

傀儡は少女の肩を抱き寄せた。


756 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:44:50.25 LGBDF+Yw0 426/503

エルフ「あったかいね」

しかし、少女の顔は晴れない。

エルフ「でも、やっぱり遠いよ。どんなオモチャも下らない。
どれだけ酷い事しても、どれだけ大それた事しても、享受する愛も、温もりも、痛みさえも、凄く遠いんだ。
全部遠過ぎて、自分の位置さえ分からなくなって……」

少女は涙を零す。
震えが増す。

それを魔法で無理やり落ち着けた。

エルフ「キツネくん、キツネくん」

少女は呼びかける。
期待を込めて。

『何だい?』

傀儡は返事する。
形だけの労りを以って。

エルフ「お姉ちゃんなら“証明”してくれるよね。
全てのモノが下らなくなんかないことを。私にも愛が有ることを」

『きっとね』

エルフ「……私にとって、魔法と自分の生命は同じなんだ」

『どういう意味か分からないな』

エルフ「魔法のせいで全てが狂ったのに、魔法に依存してるんだ。
生命が終わることに恐怖を感じながら、生命が終わること自体が希望なんだ」

『そうなんだ』


757 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:46:02.94 LGBDF+Yw0 427/503

エルフ「どうして生きてるんだろうね。生命なんて要らなかったな」

傀儡は答えなかった。

エルフ「キツネくん、キツネくん」

彼女は呼びかける。
虚無を込めて。

『何だい?』

傀儡は返事する。
縛られた糸を以って。

エルフ「どうして生きてるんだろうね」

傀儡は答えなかった。

エルフ「キツネくん、キツネくん」

少女の中に答えが無かった。

それでも呼びかけた。


758 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:47:32.94 LGBDF+Yw0 428/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

二人は目的地に向かう道中、互いの経緯を話し合った。

辺りの闇が濃さを増していた。

小走りにも近い速度で二人は道を往く。

ダークエルフ「しかし良いのですか?」

ダークエルフは心配した面持ちで彼女に訊ねる。

四天王「何がだ?」

ダークエルフ「王城の使用人も操られているなら、魔王様を別の場所にお移しした方が危険が低いのでは?」

四天王「ああ。既に別の場所で保護して貰っている」

彼女は答え、逆に訊ねた。


759 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:49:35.58 LGBDF+Yw0 429/503

四天王「ところで、お前はどの程度の魔法の実力を有している?
お前の妹は稀代の実力者なのだから、お前も相当なのだろう?
戦力は把握しておきたい」

ダークエルフ「……零です」

四天王「ん?」

ダークエルフ「全く使えません……」

彼女は眼を逸らして答えた。

四天王「……そうか。それは珍しいな。……その、すまない」

彼女は神妙な顔で謝罪の言葉を口にした。

ダークエルフ「いえ、別に」

暫く沈黙が続いた。


760 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:51:51.44 LGBDF+Yw0 430/503

やがてナーガが口を開いた。

四天王「……今回の一件はエルフの戯れに過ぎないとお前は言ったな」

ダークエルフ「はい。おそらくは」

先刻、情報を交換した時にダークエルフは彼女にそう告げた。

四天王「どうしてそのように考える?」

ダークエルフ「調査資料が改竄されていることで、エルフが犯人であることを突き止めたと仰りましたよね」

彼女は肯く。

四天王「それがどうしたのだ?」

ダークエルフ「アイツはそのような悪手を打つ奴では有りません。
おそらくは私たちを誘導しているのだと思います」

ナーガの顔が曇る。

四天王「ミスリードということか?」

ダークエルフは首を振った。

ダークエルフ「そういう訳では無いと思います。
おそらくはヒントかと。アイツは妙なところでフェアな奴ですから」

761 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:55:04.80 LGBDF+Yw0 431/503

彼女は暫く押し黙り、やがて言う。

四天王「片割れの言葉だ。信憑性は有るな」

彼女の言葉に、ダークエルフは苦い顔で呟いた。

ダークエルフ「……私にはアイツの思考が分かりませんが」



目的地に着いた。

ダークエルフ「……此処が男の幼馴染の家か」

四天王「立ち止まってる暇は無い。何か手掛かりが有ると良いが」

彼女の許に連絡が入っていた。
魔王の玄孫が深い眠りに落ちたらしい。

魔王の血族であり、拐われた者の幼馴染であり、捜している少女と同級生であった彼女が昏睡状態になったのだ。

何かしらの手掛かりが有るだろうと彼女は判断した。


762 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:56:52.46 LGBDF+Yw0 432/503

彼女の母親に恭しく挨拶して、二人は彼女の部屋に入る。

母親は、彼女や魔王に似て端麗な容姿をしていた。
しかし今、その顔は不安でやつれていた。

幼馴染「……」

彼女は安らかな寝息を立てて眠っている。
傍目からは疲れて眠っているだけに見えた。

四天王「望みは薄いが……」

彼女は呟き、横たわっている少女の額に手を触れる。

魔法を解呪しようと試みているらしい。

四天王「……やはり無理か」

暫くして彼女は額から手を離した。

四天王「しょうがない。気は乗らないが、お部屋を物色してみるか」

ダークエルフ「……すまない。男の為なんだ」


763 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 12:58:35.59 LGBDF+Yw0 433/503





ダークエルフ(漁れば漁るほど男にまつわる物が出てくるな)

ダークエルフ(あ、男の小っちゃい頃の写真だ)

ダークエルフ(……可愛過ぎる)

ダークエルフ(照れたようにカメラを睨むところがまた素晴らしいな)

ダークエルフ(頼んだら複製してくれないだろうか)

ダークエルフ(……無理か)

四天王「ちゃんと探しているのか?」

ダークエルフ「あ、す、すいません」

ダークエルフ(しまった。もう四時間も無いのだった)

ダークエルフ(写真の男より、現実の男の方が大事だ)


764 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:00:14.84 LGBDF+Yw0 434/503

ダークエルフ(……あ、この写真の幼い男は満面の笑みだ)

ダークエルフ(かか、かわい、可愛い……!)

ダークエルフ(抱き締めてモフモフしたい!)

四天王「……時間が無いのだが」

ダークエルフ「あ、すす、すいません!」

ダークエルフ(わ、私は悪くない)

ダークエルフ(幼年期の男が可愛い過ぎるからダメなんだ)

ダークエルフ(……しかし、幼馴染というのは羨ましい立ち位置だな)

ダークエルフ(小さい頃の写真を合法的に入手できるのだから)


765 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:05:02.16 LGBDF+Yw0 435/503

四天王「出てくるのは同じ少年の写真ばかりだな。こんなメモも見つけたが……」

『男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男男好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き』

ダークエルフ(こわっ)

ダークエルフ(どうして赤ペンで書き殴っているのだ……)

四天王「……暗号か?」

ダークエルフ(違うと思う)

ダークエルフ(……しかし、これだけ写真が有るのだ)

ダークエルフ(一枚くらい盗ってもバレないのでは……?)

ダークエルフ(い、いやダメだ! バレたら今度こそ殺される!)

ダークエルフ(我慢するか)


766 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:08:02.85 LGBDF+Yw0 436/503

四天王「くそっ、手掛かり無しか……」

ダークエルフ(……冗談抜きに大変な状況だ)

ダークエルフ(ベヒモスとジズが王都に侵攻したら、どれだけの犠牲者が出るだろうか)

ダークエルフ(何より男が……! うう……)

ダークエルフ(ーーーーん?)

ダークエルフ(彼女のミュージックプレイヤーだ)

ダークエルフ(改造されている。これで以前に男を盗聴していたのか?)

ダークエルフ(……まだ残ってたりしないかな)

ダークエルフ(当たり前だが、妖狐族用のイヤホンしか無いな。
しかし、スピーカーも付いてるようだ)

ダークエルフ(スイッチは何処なのだろう?)


767 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:38:35.15 LGBDF+Yw0 437/503




ダークエルフ(……しまった。何か物音が流れ始めた)

四天王「ん?」

ダークエルフ(間違えてスイッチを押してしまったのか?
ど、どうやったら止まるのだろう?)

『万が一の為にバケモノの所在を掴む為の手掛かりを残しておくわ』

ダークエルフ「え……」

『バケモノの服に付着した糸屑から、次に上げていく場所の何処かに彼女は居るはず』

四天王「……よくやった。ダークエルフ」

ダークエルフ「あ、あはは。それ程でも」

768 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:40:15.80 LGBDF+Yw0 438/503

ダークエルフ(しかし、音声を残すとは周到だな)

ダークエルフ(妖狐族の秀才らしいし、流石と言ったところか)

『……以上よ』

四天王「直ぐに調査させなければ」

ダークエルフ(これで一気に近付いたな)

ダークエルフ(男。待っていてくれ)

『もしもこれを聴いた者がいるのなら、アタシは無事では無く、誰かがアタシの部屋に居るはずね』

ダークエルフ(その通りだな)

『もしも、部屋の物を持ち去ったりしたら殺すから。死んでいても呪い殺すから』

ダークエルフ「……本気の口調だ」

四天王「そうだな」

769 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:42:27.15 LGBDF+Yw0 439/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

彼は暗闇の中、足音を忍ばせて廊下を歩いていた。
学び舎の長い廊下だ。

やがて保健室の前で立ち止まる。
音を完全に殺しながら盗んだ鍵で施錠を外し、戸を引いた。

本来は闇に生きる種族である彼にとって、この程度は造作ないことだった。

室内は暗かったが、彼は躊躇わずに足を踏み出す。
躊躇わない理由は二つあった。

一つは夜目が利くこと。

もう一つはーーーー

彼はカーテンに囲まれたベッドに辿り着いた。

やはり音を立てずにカーテンを開ける。

暗闇の中でも分かるほど、美しい女性が簡素なベッドで眠っていた。

770 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:45:06.95 LGBDF+Yw0 440/503

全魔族の頂に立つ者だった。

彼は手に握りしめていたモノを彼女に向けた。

しかし、それ以上彼女に近付くことができなかった。

歴史教師「そこまでです」

物陰に潜んでいたラミアが、自身の尾を彼の身体に固く巻き付けたからだ。

扉が開き、照明のスイッチを入れる小気味の好い音が響く。

生物教師「がはは、魔王様を襲撃するとは骨の有る奴だな」

鬼人が笑う。
眠っている王の手前、声量をだいぶ落としていた。


771 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:47:55.62 LGBDF+Yw0 441/503

ヴァンパイア『ちぇ、失敗しちゃったか。暇だからキツネさんに悪戯してやろうと思ったのに』

吸血鬼が言う。
全身をきつく絞めつけられながらも平然とした面持ちだ。
その眼は澱んでいる。

手に握られていたモノが落ちて、軽い音を立てた。

油性ペンだった。

歴史教師「どうして君が……」

茫然とした顔で彼女は言葉を発した。

生物教師「同族の奴が言っていたが、操る魔法を使える存在が王都内で暴れているらしい。
ヴァンパイアもそれを被っちまったんだろ」

ヴァンパイア『そういうこと。今は体を拝借してるだけだよ。合宿の時に因子を埋め込んだんだ』

歴史教師「……もしかして、覗きをしたのも」

772 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:50:04.95 LGBDF+Yw0 442/503

ヴァンパイア『あはは、操られて、だよ』

歴史教師「そんな……」

ヴァンパイア『でも、私は彼が欲求を遵守して行動するようにしただけだから』

生物教師「そりゃまあ、この時期の男子が惹かれてる女の裸を見たいのは当たり前だわな」

歴史教師「と、とにかくヴァンパイア君の身体を返してください」

彼女は吸血鬼を睨みつけながら言った。

吸血鬼は意地の悪い顔になる。
口許を吊り上げることで発達した犬歯が露わになった。

ヴァンパイア『そんな風に言われると返す気が失せるなぁ』

歴史教師「返してください!」


773 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:53:59.95 LGBDF+Yw0 443/503

生物教師「絞め落とせ。おそらく気絶してる間は大丈夫だろ。勘だが」

吸血鬼は感嘆の声を漏らす。

ヴァンパイア『警察隊の人たちもだけど、鬼人族の勘は冴えてるね』

生物教師「生まれながらの戦士だからな」

中々気絶しない彼を見てらラミアは絞める力を強めた。

ヴァンパイア『悪戯は失敗したけど良いや。本命のお遊びはこれから重要な局面を迎えるしね』

やがて、吸血鬼の全身が弛緩する。

ラミアは尾に込めていた力を緩め、代わりに両腕で彼の身体を支えた。

歴史教師「ヴァンパイア君……」

生物教師「幸せそうな顔で気絶してんな」

774 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:56:22.41 LGBDF+Yw0 444/503

数学教師「さっきから騒いで、どうした?」

牛面の大男が暢気な声をあげて入室する。

地理教師「魔王様の警護なんて職務に有りませんよ。はい。
あまりの緊張でお腹が緩いです。はい」

デュラハンが腕に頭を抱えながらミノタウロスに続いた。

化学教師「校長先生もこんな重大な事を安請け合いしないで欲しいですよね」

語学教師「まあ、魔族として魔王様と同室できるのはこの上なく誇らしいことだけどね」

ハーピーとトロールも入室する。
巨人は若干屈んで戸をくぐった。

地理教師「ヴァンパイア君じゃないですか。はい。どうして此処に? はい」

生物教師「色々有ってな。後で自宅まで送ってやれ」

デュラハンは釈然としない顔ながらも親指を立てた。
首の無い彼ら特有の肯定の仕草だった。


775 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 13:59:12.34 LGBDF+Yw0 445/503

数学教師「どうでも良いけどさ。勇者合宿の賞品が酷いな」

化学教師「ああ……。まあ、全員に渡すのは納得ですけどね」

生物教師「校長がアホだから酷いのはしょうがないだろ」

地理教師「口は謹んでください。はい。賞品が酷いのは同意ですが。はい」

語学教師「確かに酷い」

不意に全員の顔が曇る。

歴史教師「……地震?」

建物が微かに揺れた。

語学教師「非常に珍しいな」

地理教師「……この揺れ方は地震じゃないですよ。はい」

断続的に地面が揺れていた。
微弱ながらも確かに。

生物教師「……これは。嘘だろ……」

鬼人は鬼気迫った顔になる。

冷や汗が厳めしい顔を伝う。

揺れ方に憶えが有った。


776 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 14:02:18.68 LGBDF+Yw0 446/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

四天王「まだ真夜中では無いだろう……!」

全力で駆けながら、彼女は歯軋りする。

犯人の所在は『商会』に調査させた。

結果、一箇所だけ調査員が戻らない場所が有った。

取り壊し予定の紡績工場だった。
ダークエルフが其処に向かった。

彼女も向かうはずだったが、現在彼女は王都近くの森へと全力で疾走している。

震動の許へと。

四天王「……ベヒモスに単独で勝つのは厳しいが、やるしか無い」

瞳に決意を湛え、彼女は猛烈な速度で地を蹴り続ける。
魔法によってその肉体は強化されていた。

四天王「……っ!」


777 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 14:04:49.09 LGBDF+Yw0 447/503

空を切る音が近付いてくるのを耳にして、彼女は横に大きく跳んだ。

次の瞬間には、彼女が直前までいた地表が大きく抉られていた。

彼女の眼が巨大な怪鳥を捉える。

怪鳥は、彼女の数十倍も有る全長をして、暗闇の中でも識別できるほど鮮やかな真紅の羽毛で全身を覆っていた。

身体に不釣り合いな細い三本の脚で立ち、煌めく黄金の瞳で彼女を見据えている。

その眼が濁っているのかは、彼女には判別できなかった。
対峙するのは初めてだからだ。

四天王「ジズか……!」

天空の覇者が彼女の眼前にいた。


778 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 14:08:03.41 LGBDF+Yw0 448/503

彼女は臨戦体勢を取る。

陸王が近付いてくる為、時間は無い。
しかし、彼女は焦らずに空王の隙を探す。

一際大きい地面の揺れで、空王が姿勢を僅かに崩した。

彼女は機を逃さなかった。
一気に距離を縮め、勝負を分かつ拳を振るう。

しかし、その拳は大気を穿っただけだった。

四天王「っ!?」

空王は後ろに小さく跳躍していた。
細く頼りなげな脚は、実際のところは強靭だった。

そして、通常の獣には無い高次の狡猾さを具有していた。

空王は短く啼いて、弓形に反った獰悪な嘴で彼女を啄もうとする。


779 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 14:09:43.25 LGBDF+Yw0 449/503

しかし空王は侮っていた。

彼女を。

彼女の拳を。

嘴は彼女の両腕でいなされた。

空王の身体がよろめく。

拳には既に意識を刈り取る魔法が込められていた。

四天王「流石に触れただけでは効き目が薄いか。……だが充分だ」

魔法拳は打撃の衝撃によって、込められた魔法を射出する威力も高まる。

世界で唯一、彼女のみが扱える戦闘様式。


780 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 14:16:39.17 LGBDF+Yw0 450/503

彼女は再び拳を固く握る。

そして、無防備な空王の巨大な頭部に必殺の一撃を放った。

四天王「魔法拳『爆砕の呪』!」

空王の頭部で、前方への方向性を備えた爆発が起きる。

頭部は肉片と脳漿を彼女の正面一帯に飛散させて消失した。

四天王「所詮は空の王。陸上ではベヒモスに劣る。
陸王の甲殻はあまりに肥厚で魔法が通らないからな」

呟き、当の陸王の許へと再び向かおうとする。

しかし、真逆の方向に飛び跳ねた。

四天王「ぐっ……!」

背中の肉が深く抉られている。
上空から急襲されたのだ。


781 : キングクリムゾン![] - 2012/08/13 14:20:05.23 LGBDF+Yw0 451/503

もう一匹の空王が舞い降りた。

獲物を狩った直後の獣が無防備であることを知っていたらしい。

好機と見たのか、積極的に啄もうとする。

彼女は避けるので精一杯だった。
背中の痛みが彼女の極限まで研ぎ澄まされた集中力を阻害することは無かったが、それでも彼女の動きを鈍らせる。

捌き、受け流し、反撃の機会を探る。

鬼の長として、不意討ち程度で敗北するわけにはいかなかった。

獰猛な獣に、それ以上に獰猛な瞳を向ける。

熾烈な攻防を繰り広げた。



彼女は肩で息をする。

純粋な攻防でジズに勝利した。

しかし負傷も多く、右腕は辛うじて繋がっている状況だった。

地面の揺れが大きい。
陸王が相当近くまで接近しているらしい。


784 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 17:18:26.47 LGBDF+Yw0 452/503

不審なことに気付き、彼女は顔を上げた。

巨山を思わせる獣がいた。

辺りが暗い為に彼女からは判別できなかったが、おそらく黒曜石のような黒光りする甲殻に身を包んでいるはずだ。
そして、頭部に生えた雄々しい角が威厳を湛えているはずだ。

しかし彼女にとって、そのような事はどうでも良かった。

重要なのは足音と地面の震動だ。

四天王「……私の判断ミスだ。民を避難させるべきだった」

茫然と言った。

陸王一頭だけならば、単身でも勝機が有ると思っていた。
故に、無闇な混乱や犯人捜索を円滑に進める為にこの一件を伏せていた。

基本にして大きな過失だった。

敵の戦力を見誤った。


785 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 17:25:15.45 LGBDF+Yw0 453/503

足音は複数有った。震動も。

陸王は五頭いた。
王都を蹂躙するには充分過ぎる数だった。

絶望しながらも、彼女は覚束ない足取りで前進する。

四天王「私が止めなければ……。私の力は護る為に有るのだ……」

負傷を治すことも忘れ、彼女は陸王へと歩み寄っていく。

四天王「護る……。私が……。護るんだ……。私が……!」

勝機は微塵も見出せなかった。
彼女は泣きながら、それでも前に進む。

一際大きな震動で、彼女の足が縺れた。

倒れる。


起き上がれなかった。

786 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 17:26:44.70 LGBDF+Yw0 454/503

足音は複数有った。震動も。

陸王は五頭いた。
王都を蹂躙するには充分過ぎる数だった。

絶望しながらも、彼女は覚束ない足取りで前進する。

四天王「私が止めなければ……。私の力は護る為に有るのだ……」

負傷を治すことも忘れ、彼女は陸王へと歩み寄っていく。

四天王「護る……。私が……。護るんだ……。私が……!」

勝機は微塵も見出せなかった。
彼女は泣きながら、それでも前に進む。

一際大きな震動で、彼女の足が縺れた。

倒れる。

起き上がれなかった。

787 : 連投ごめんね![saga] - 2012/08/13 17:34:16.15 LGBDF+Yw0 455/503

折れてしまっていた。
不甲斐なさに涙が止まらなかった。

四天王「私は……」



鬼人「おいおい、拳神様よ。寝るには場所が悪いぜ」


背中に大弓を担いだ偉丈夫が彼女の左腕を掴み立ち上がらせる。

その行為だけで、折れた心を簡単に直した。

「酷い怪我ですぞ。副族長の慌てる姿が眼に浮かびますな」

「ははっ、違いねぇや」

四天王「どうして……」

各々の得物を携えた鬼人が十数人、彼女の後ろに立っていた。
警察隊以外の職務に就いている者たちだった。

「むしろ、どうして頼ってくれなかったのですか?」

「まったくだ」

「この身、ナーガ様の為に尽くすことを幼少より誓っていた」

鬼人「そういうこった。狩猟といこうぜ」


788 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 17:36:47.77 LGBDF+Yw0 456/503

四天王「……有り難う」

彼女は再び瞳に強い決意を宿らせる。

しかし、どう足掻いても陸王を五頭も撃退するのは不可能だった。

四天王「……すまない。ベヒモスの足止めを頼む」

鬼人「打開策が有るのか?」

四天王「まあな。頼めるか?」

鬼人たちは豪快に笑いながら肯いた。

「族長の命令は絶対遵守に決まってるだろ」

「その通りだとも」

四天王「……頼んだぞ」

789 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 17:40:34.58 LGBDF+Yw0 457/503

彼女は負傷をある程度治し、鬼人たちの肉体に強化の魔法を施す。

鬼人「……こういうのは鬼人としての誇りが傷付くんだがな」

四天王「誇り高く生きるのは素晴らしい。だが誇りの為に死ぬな」

「耳タコです」

「同感だ! ぐはは!」

四天王「……死ぬなよ。別れは哀しいからな」

彼女はそう言い残し、全速力で王都に引き返す。

残された鬼人たちは武器を強く握り締めた。

鬼人「さて。哀しませるわけにはいかねぇな」

「あたりめぇだろ」

鬼たちは歯を剥き出しにして笑う。

鬼人「鍛錬を怠ってたアホはいないよな」

「当然。生まれながらの戦士だぞ」

「俺は企業戦士として昼も戦ってきたけどな」

「オレもだっての」

鬼人「がはは! 後で飲みにいくか! 生きてたらな!」

威勢の良い返事と共に、鬼人たちは果敢に巨大な獣へと突撃していった。

790 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:08:03.82 LGBDF+Yw0 458/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ダークエルフは妹と対峙している。

鮮やかに模様替えされた廃工場内だ。

鮮烈な光を放つ照明が、黒と白を明確に区分している。

先程から地面が揺れ始めていた。

ダークエルフ「まだ制限時刻を過ぎていないだろう」

彼女は険しい顔をして、刺々しい口調で言う。

エルフ「良いんだよ。最初からこういう予定だったの。
ヘビさんを奔走させて最後には絶望して死んでもらうっていうね。
むしろお姉ちゃんが予定外だったんだよ」

少女は穏和に微笑みながら、柔らかい口調で言った。

少女の後ろには虚ろな眼をした妖狐がいた。

791 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:09:40.43 LGBDF+Yw0 459/503

ダークエルフ「……約束だ。男を返せ」

エルフ「あれ? 私は間に合えば男君を返すなんて言ってないけど」

ダークエルフ「ふざけろ!」

声を荒くする彼女を見て、エルフは愉快そうに息を漏らした。

エルフ「ここからが本番だよ。“証明”して。身を以ってね」

少女の言葉を継ぐように彼は動き出す。

ダークエルフ「男……」

緩慢に迫ってくる彼に呼びかけるが、反応は無かった。

ダークエルフ「眼を覚ましてくれ……」

悲愴な声を出すが、やはり反応を示さない。


792 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:10:56.97 LGBDF+Yw0 460/503

彼は彼女の首を絞める。

柔らかい首筋に彼の指が沈んだ。

気道が圧迫され彼女の顔が赤味を増す。

呻き声が漏れた。

膝がカーペットに着く。

彼は彼女を押し倒し、馬乗りになる。
照明を背にした彼の顔に、濃い陰影が落ちる。

白い少女は無表情で二人を見つめていた。

彼は掌全体で彼女の生命線を塞ごうとする。

彼女は抵抗しなかった。

ただ、涙を零すだけだった。

793 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:12:31.90 LGBDF+Yw0 461/503

ふと。

手の力が緩んだ。

彼女は数度咳き込む。

「……」

虚ろな眼は彼女を見据えている。

その双の眼窩から雫が伝った。

何粒も。

何粒も。

泣いている彼女が、彼の頬を伝う雫を細指で拭った。

雫は止め処無く溢れ出す。

彼女の指先はそれを払う。

何度も。

何度も。

794 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:14:18.54 LGBDF+Yw0 462/503

彼の澱んだ瞳が微かに動いた。

彼女の左手を見ていた。

彼女の手首を見ていた。

彼女の傷痕を見ていた。

「……ダーク」

彼の眼が輝きを取り戻した。

両手を彼女の細首から離す。

そして、上体を丸めて彼女に口付けした。

それから横に倒れる。

彼女は起き上がり、彼の肩を揺らすが反応は無い。

意識を失ったらしい。


795 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:17:06.74 LGBDF+Yw0 463/503

エルフ「……あはは、『征心の呪』を解いちゃったみたいだね」

少女は可憐な笑い声を出す。

手を三回叩いた。

何度もうなずく。

それから、


エルフ「ふざけるな! こんな茶番が見たいんじゃない!」


喉が張り裂けんばかりに怒鳴った。

エルフ「くだらない! 望んでない! こんなの望んでない! 違う! 違うんだよ!」

修羅が吼える。

痛哭だった。

エルフ「全部全部くだらない! 遠いよ! 遠いままだ! 違うんだよ! お前らは何処にいるんだよ! 私は何処にいるんだよ!」

修羅が叫び終えた後には、白い少女の荒い息遣い以外の音が絶えていた。


796 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:20:46.65 LGBDF+Yw0 464/503

やがて、黒い少女が言った。

ダークエルフ「ーーーーなんだ。お前がどんな事を考えてるのか謎だったが、簡単な事だったんだな」

その顔は柔和に微笑んでいた。

エルフ「……はあ?」

ダークエルフ「世界で自分だけが孤独だなんて考えていたんだろう? それで色々悩んでしまって、生きる理由なんて永遠の謎についても考えてしまうんだろう?」

彼女は穏和な口調で語りかける。

ダークエルフ「ごめんな。すぐに気付いてあげられなくて。私は姉なのに」

エルフ「……勝手なことを言うな!」

白い少女は顔を歪めて叫ぶ。

ダークエルフ「エルフ。誰だって孤独では無いんだ。
だから、深く考えるな。心から笑え。それで充分だ」

797 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:23:37.70 LGBDF+Yw0 465/503

白い少女は口を噤んだ。

それから獣の咆哮に似た笑い声を上げた。

エルフ「そんな言葉は響かないよ! 言葉では遠いんだ!
その表情じゃ、その声音じゃ、お姉ちゃんじゃ遠いんだよ!」

白い少女は泣いていた。
それでも笑っていた。
全てを見下して笑っていた。

黒い少女は悲しい顔をしていた。
妹の心に届くものが自分の中に無かった。
それでも救いたかった。

エルフ「こんな世界は壊れてしまえば良いんだ!」



四天王「騒がしいな」



ダークエルフ「……拳神様」

四天王「ナーガで良いと言ったろう。独りでは何も護れない私に、そのような大層な称号は似合わない」

798 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:27:33.05 LGBDF+Yw0 466/503

エルフ「……あはは。ベヒモスの行進を止めなくて良いの?
それとも数の多さに驚いて逃げて来ちゃった?」

四天王「貴様を倒せば解決する話だろう」

彼女は涼しい顔で言った。
声音は自信に満ちていた。

エルフ「私に勝てる訳ないでしょ」

四天王「乳臭い稚児が驕るな」

言って、彼女はエルフに向かって走る。
その拳を握り締めて。

エルフ「『束縛の呪』」

四天王「っ……」

彼女の肉体が不安定な体勢で固まった。

少女は口角を吊り上げるが、すぐに驚愕で目を剥いた。


799 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:29:46.01 LGBDF+Yw0 467/503

無理やりの一歩が踏み出された。

彼女の身体が負荷の為に軋む。
至る箇所で内出血を起こしていた。

それでも進む。

エルフ「なんで動けるの……」

少女は酷く戸惑う。

四天王「耐性が有るからな」

実際はそれだけでは少女の極めて強力な拘束魔法を凌駕できない。

彼女の極限まで錬磨された肉体と精神を以って初めて為せる事だった。

彼女は何歩か進み、ついには平常と変わらない速さで再び走り始める。

800 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:32:07.89 LGBDF+Yw0 468/503

エルフ「っ……。『昏倒の呪』!」

四天王「ーーーーっ!!」

彼女は一瞬よろめくが、それでも気絶しない。

護る為ならば、彼女は幾らでも強くなれた。

エルフ「なんで……! なんで……!」

エルフは幼い子どものように大きくかぶりを振って泣く。
恐怖で思考が停止していた。

四天王「……悪い子どもにお仕置きだ」

彼女は指が皮膚に食い込んで血塗れになった拳を振り上げた。

振り下ろせばエルフの華奢な肉体を破壊できる位置にいた。

エルフ「て、転移の……」


801 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:34:02.52 LGBDF+Yw0 469/503

四天王「魔法拳!!」

少女が転移魔法を唱えるよりも先に、彼女の拳が白い頬を打ち抜いた。

エルフ「ーーーーっ」

強烈な打撃音と共に、少女の身体が浮き上がって吹き飛ぶ。

やがて、壁に衝突して地に落ちた。

ダークエルフ「エルフ……!」

彼女は殴り飛ばされた妹に駆け寄る。

四天王「……そいつの身を心配するか」

ダークエルフ「当たり前だ! 愚か者でも大切な私の妹だ!」

四天王「……そうか。良い事だな」

彼女は膝を突きそうになるが、辛うじて堪える。
まだやるべき事が有った。

802 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:39:53.25 LGBDF+Yw0 470/503

ダークエルフ「エルフ! 大丈夫か!」

彼女は妹の身体を揺する。

少女の頬は深く陥没して、首が酷く捻じれていた。

辛うじて脈は有るが、瀕死の重体だった。

四天王「そいつを連れていく。
取り敢えずベヒモスを何とかしてもらわなければいけない」

ダークエルフ「無茶を言うな! すぐに治療しなければ死んでしまう!」

彼女は眼に涙を溜めながら叫んだ。

四天王「問題ない」

彼女は自身に治癒の魔法を駆けながら言った。

ダークエルフ「何をーーーー」


803 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 18:41:35.48 LGBDF+Yw0 471/503

更に反論しようとして、彼女は口を噤む。

少女の負傷が治りつつ有った。

四天王「先程の魔法拳は『治癒の呪』だ。
後進に稽古をつける際によく使う」

言いながら、彼女は負傷が殆ど癒えた少女の細腕を掴んだ。
それから何かを思い出した顔になる。

四天王「……ああ、そうだ。言い忘れていた」

彼女は気絶している少女に告げる。

四天王「みーつけた」



長い“隠れんぼ”が終わった。

804 : そこそこ長いエピローグに入ります... - 2012/08/13 19:05:27.88 LGBDF+Yw0 472/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

ーーーー火曜日・通学路ーーー


ダークエルフ「おはよう」

「ん、おはよう。昨日はお疲れ」

ダークエルフ「ああ」

ダークエルフ(本当に疲れた。今日が普通に学校というのが尚更)

「心配かけてすまなかった」

ダークエルフ「いや。……あ」

「ん、どうした?」

ダークエルフ「その、昨夜の事、憶えてるか……?」

「お前の妹と言葉を交わしたことしか憶えて無いな」

ダークエルフ「そ、そうか」

ダークエルフ(初めてのチューだったんだが……)

ダークエルフ(ううっ……)

「……冗談だ。ちゃんと憶えてる」

ダークエルフ「え……」

「あー、良いから学校行くぞ」

ダークエルフ「う、うん」


805 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:07:57.57 LGBDF+Yw0 473/503

ーーーー昼休み・教室ーーーー


「お前ら、口が異常に軽いな……」

オーク「いや、ヴァンパイア君だからね。広めたの」

ヴァンパイア「どうせ、遅かれ早かれ知れ渡るんだから良いだろ。黙ってろとも言われて無いしな」

サキュバス「昨日は二人一緒に休んだから色々な憶測が広まったわね」

ウンディーネ「まあ、しょうがないよねー」

ダークエルフ(昨日の一件は伏せられているのか)

オーク「しかし、昨日の地震は気味が悪かったね」

サキュバス「確かにね。何だったのかしら」

ヴァンパイア「俺は昨夜の記憶が無いんだぜ。何でも学校で寝ちゃったらしんだぜ」

ウンディーネ「アホだねー」

ダークエルフ(……黙っていた方が良いのだろうな)

806 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:09:30.60 LGBDF+Yw0 474/503

ヴァンパイア「あ、次の時間は自習なんだぜ。嬉しいんだぜ」

「次は生物だったか」

オーク「先生が昨日から入院してるらしいよ。すぐに退院らしいけど」

「ダークと同じか」

サキュバス「ちゃんと自習しなさいよ」

ヴァンパイア「うぇー……」

ウンディーネ「うぇー……」

オーク「ウンディーネさんまで」

ウンディーネ「話しかけんな豚。さっさと屠殺されろ」

オーク「ぶ、ぶひぃ……」

サキュバス「やめなさい」

ウンディーネ「ぶーぶー」

サキュバス「やめなさいって」

ダークエルフ「今のは違うんじゃ……」

807 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:12:37.53 LGBDF+Yw0 475/503

ーーーー教室・HRーーーー


地理教師「以上で連絡は終わりです。はい。
ただ、最後に渡す物が有ります。はい。
勇者合宿の賞品です。はい。学年全体に配布される事になって、追加発注の為に遅延していたんです。はい」

ヴァンパイア「何なのか気になるんだぜ」

ウンディーネ「だねー」

地理教師「……こちらです。はい……」

「うわ……」

ダークエルフ「え、えー」

サキュバス「……何なのこれ?」

地理教師「校長の肖像画が刺繍されたタペストリーです。はい」

ヴァンパイア「なんと」

ウンディーネ「あはは……」

オーク「……よし、皆。言いたい事は同じだよね。せーの」


『いらねぇぇえええええええええええ!!』

808 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:14:38.44 LGBDF+Yw0 476/503

ーーーー放課後・プールーーーー


ヴァンパイア「あー、見学は暇なんだぜ」

歴史教師「別に帰っても構いませんよ」

ヴァンパイア「いや、ラミア先生といたいから帰りはしないんだぜ」

歴史教師「そ、そうですか……」

ヴァンパイア「でもどうせならカッコ良いところを見せたいんだぜ!」

歴史教師「……充分カッコ良いですけどね」

ヴァンパイア「ん?」

歴史教師「な、何でも有りません」

ヴァンパイア「いや、聞こえてはいたんだぜ。具体的にぎゃああぁああああ! 絞まるぅうううう!」

歴史教師「忘れてください! 今すぐ!」


809 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:16:14.13 LGBDF+Yw0 477/503

ヴァンパイア「い、痛いけど気持ちいい! あ、愛を感じるんだぜ!」

歴史教師「……まったく! いつも君は……!」

ヴァンパイア「わ、湧き上がるリビドー! ゆ、歪む理非の道! つ、つまり、愛と理非道!がああぁぁああああ!」

歴史教師「冗談なのか、本気なのかハッキリさせてください!」

ヴァンパイア「はぎいぃぃいいいいいいい! かひゅっ……」

歴史教師「私は……! ああ、もう!」

ヴァンパイア「ーーーー」

歴史教師「も、もし本気なら誠意を見せてください!」

「先生。ヴァンパイアのクソ野郎が逝ってます」


810 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:18:22.93 LGBDF+Yw0 478/503

ーーーー放課後・地理学習室ーーーー


オーク「今日の夜、龍神楽の練習会が有るそうなんだ。
誰か一緒に行ける人いない?」

サキュバス「私は無理ね。今日は姉さんと外食に行くから」

ウンディーネ「サキュたんのお姉さん!? 会いたい会いたい! ご挨拶しなきゃ!」

サキュバス「病院で会ってるけどね」

オーク「……ああ! ダークさんのお見舞いに行った時に見かけた淫魔の看護師さんか!」

ウンディーネ「ううー! サキュたんと同じ遺伝子を持つ人に気づかなかったなんて一生の不覚だー!」

サキュバス「頭を机に叩きつけるのはやめなさい」

オーク「そっか。家族の時間は大切にしないとダメだもんね。
ウンディーネさんは?」

ウンディーネ「誰が豚と二人で行くか。あ、一人と一匹か。ゴメン」

オーク「ぶ、ぶひぃ……」

サキュバス「ちょっと」

ウンディーネ「実際、今日は無理。家の都合が有るからねー」

オーク「そっか。じゃあ僕一人か」

サキュバス「ごめんなさい」

オーク「謝る必要なんて無いよ」

ウンディーネ「……豚なのに爽やか系なのが腹立つなー」

811 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:19:47.27 LGBDF+Yw0 479/503

ーーーー火曜日・夕暮れ・幼馴染の家のベランダーーーー


幼馴染「……」

魔王「夕陽が綺麗だね」

幼馴染「……働かなくて良いの?」

魔王「良いの良いの。働き過ぎは毒だからね」

幼馴染「……あっそ」

魔王「いやー、目覚めたらあの白ちゃんがいたからさ、また襲いに来たのかと思って四肢を千切っちゃったよ」

幼馴染「……それはやり過ぎよ。アタシも片腕を飛ばしたけど」

魔王「やっぱり同じ血が流れてるね」

幼馴染「……そうね」

812 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:20:37.62 LGBDF+Yw0 480/503

魔王「……男ちゃんに振られちゃったんだって?」

幼馴染「……だいぶ前の話よ。今回で完全に息の根を止められたけれど」

魔王「……失恋かー」

幼馴染「そうね」

魔王「あまり堪えて無さそうだね」

幼馴染「そうでも無いわよ。実感が無いだけ」

魔王「そっか」

幼馴染「はあ……」

魔王「……」

幼馴染「……」


813 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:22:18.40 LGBDF+Yw0 481/503

魔王「……諦めるの?」

幼馴染「無理」

魔王「……そっか」

幼馴染「……」

魔王「まあ、待てば良いんじゃない?」

幼馴染「え?」

魔王「妖狐族は長命だしね。幾らでも機会は有るよ。
好きなら千年でも待てるでしょ。待てないなら新しい人を探せば良いし」

幼馴染「……むしろ奪い取ってしまえば良いじゃない」

魔王「多分そういうのは失敗すると思うな」

幼馴染「……まあ、年寄りの話は聴くものね」

魔王「なんだと、こんにゃろー」

幼馴染「ふふ……」

魔王「……あはは」


814 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:25:44.78 LGBDF+Yw0 482/503

ーーーー火曜日・宵・魔王城・執務(休憩)室ーーーー


四天王「勝手に外出なさられると困ります」

魔王「大事な孫の心のケアをしてきたんだから赦して」

四天王「……せめて、仰ってからになさってください」

魔王「ごめんごめん。
それにしてもお疲れ様。大変だったでしょ」

四天王「……多くの者が生命をかけて造り上げた世界です。
護る為ならば骨を粉にし、身を砕くことも厭いません」

魔王「……そっか。よし! 次の魔王は頼むね」

四天王「縁起でも無いことを仰らないでください」

魔王「それもそうだね。ところで白ちゃんは?」

四天王「白? ……ああ、あのエルフなら帰らせました。混乱もだいぶ復旧させましたし、今日はもう魔法が使えないようでしたので」

魔王「うわー、そんなに酷使するなんて鬼だね。蛇だけど」

四天王「そのような言葉は聞き飽きました。
それに、魔王様が重傷を負わせになったのも大きな要因です」

魔王「むむ。ところで、送ってあげなくて良いの?
祭りも近いし、色々と治安が悪化してそうだけど」

四天王「確かに。まあ、大通りを歩けば大丈夫でしょう」


815 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:26:49.25 LGBDF+Yw0 483/503

魔王「そっか。しかし、そろそろ本気で考えないとね」

四天王「何をでしょうか」

魔王「ナーちゃんの婿探し」

四天王「……はい?」

魔王「いつまでも生娘だから、ナーちゃんは堅物なんだよ。
男を知るべきだよ。うん」

四天王「なっ……!」

ドライアド「魔王様、ナーガ様。ご飯ですよー」

魔王「わーい!」

四天王「……はあ」


816 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:35:26.18 LGBDF+Yw0 484/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー

エルフは疲れた顔でひっそりとした夜道を歩いている。

雑踏を歩くと、頭が狂いそうになる為、細路地を通ることにした。

魔法をあまりに酷使した為、転移魔法が使用できない状態にあった。

エルフ「……魔法が使えない私なんて、存在価値無しだね」

彼女は自嘲的に呟いた。

魔法が使えない今、彼女は少しだけ世界に近付いた気がした。

エルフ「……でも、ずっと遠い」

彼女は自分の位置が分からなかった。
夜道を歩いてる事がその感覚に拍車をかける。

817 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:37:58.95 LGBDF+Yw0 485/503

目に入る光景も、街のにおいも、耳に侵入する音も、足裏の感触も、全てが偽りのような気がしていた。

自分が何なのかも分からなくなって、粒子の海を歩く。

歩いているのかも分からなくなりつつあった。

やがて何かに衝突した。

感覚が正常に戻る。

「いてぇな」
「ちゃんと前見て歩けよ」
「お、エルフ族じゃね」

三人の魔族の男だった。

いずれも各々の身体の一部を自然とは違う色に脱色して、鼻や唇に装飾品を着けている。

「うお、まじか」
「ふうん……」
「カワイイな」

男たちは下卑た笑みを浮かべ、下卑た視線を彼女の全身に這わせる。


818 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:39:30.36 LGBDF+Yw0 486/503

エルフ「……すいませんでした」

頭を下げ、彼女は彼らの横を通り抜けようとする。

「待てよ。謝るくらいなら遊ぼうぜ」

男の一人がその手を掴んだ。

エルフ「……離して」

その手を振り払おうとするが、力強く握られている為に不可能だった。

「大丈夫だって。ちょっと××××するだけだから」
「ぎゃはははは! 直接過ぎだろ! 強え!」

エルフ「いや……」

彼女は必死に逃げようとする。


819 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:41:10.34 LGBDF+Yw0 487/503

「ちっ、うぜぇな」

エルフ「ーーーーっ」

腹を強かに殴られて、彼女はうずくまる。

「さあて。何処ですっかな」
「他の奴らも呼ぶかあ?」
「だな。皆でマワすか」

エルフ(……そっか。こんな怖い思いをキツネちゃんやキツネさんにさせてたんだ)

「いつもの溜まり場で良いんでね?」
「俺、最初ね」
「バカヤロッ、じゃんけんだろ」
「とりま、場所変えんべ」

男が彼女の手を乱暴に引いた。

エルフ(……あはは。もう、どうでも良いや……)

彼女は諦観して、抵抗を止めた。

820 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:45:41.58 LGBDF+Yw0 488/503




オーク「何をしているんだい?」



通りがかったオークが彼らに声をかけた。

「あ? 何だよ豚」
「てめぇにはカンケー無いだろ。失せろ」

オーク「その娘、泣いてるじゃないか」

「何なの? 王子様気取りですか? 豚のくせに」
「ぎゃはは! ボコられたくなかったら失せろや!」

しかし、彼は眉一つ動かさずに彼らを見据えていた。

「何なんだよ! くそがっ!」

勝手に腹を立てた男の一人が彼を殴る。

オーク「いたっ!」

彼は痛みに顔をしかめる。


821 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:49:49.87 LGBDF+Yw0 489/503

それを見てもう一人が便乗した。

二人がかりで彼に暴力を振るう。

エルフ「……やめてよ!」

「うぜぇな! 黙ってろ!」

彼女の腕を掴んでいる男がもう一度彼女の腹を殴った。

彼女は顔をしかめて、地面に膝を着けた。

オーク「……おい」

彼は殴りかかってきた男二人の頭を鷲掴みにした。

オーク「そういうのは最低だよ」

そして、互いの頭を激しく叩き合わせた。


822 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:52:02.51 LGBDF+Yw0 490/503

「ーーーーっ」
「ーーーーッ」

もう一度。

彼は完全に失神した二人を後ろ手に放った。

「ひっ……」

男は急に狼狽える。
独りでは何もできない小心者だった。

オークは男に迫る。

「す、すいません!」

オーク「謝ってすむなら戦争なんて起きないんだよ!」

彼は男の鳩尾を全力で蹴り上げる。

男の身体は地面を数度跳ねて、やがて静止した。

823 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:53:26.41 LGBDF+Yw0 491/503

オーク「大丈夫かい?」

茫然としている彼女に、無骨な手が差し伸べられた。

エルフ「あ……」

圧倒的な存在感。

近かった。

近くて、近くて、あまりに近過ぎて、全ての言葉が消え失せた。

言葉も要らぬ距離だった。

疑問も、虚無も、感傷も、孤独も、恐怖も消え失せた。

考える必要も無かった。

唯一の感情表現は、その手を掴むことだけだった。

この瞬間の為に自分は生きていたとさえ、彼女は思った。

824 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:54:30.67 LGBDF+Yw0 492/503

オーク「立てるかい?」

エルフ「あ、ははは、はい!」

上ずった声を出しながら、彼女は勢い良く立ち上がる。

オーク「家の近くまで送ってくよ」

エルフ「いい、いえ! わわ、悪いでしゅから!」

オーク「……まだ落ちついて無いみたいだし送るよ。
この時期は柄が悪いのが増えるしね」

エルフ「すす、すいません!」

彼女は何度も頭を下げる。

オークは優しい声で静止を促した。

827 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 19:59:53.88 LGBDF+Yw0 493/503

ーーーーーー
ーーーー
ーー


オーク「ダークさんの妹なんだ。というよりダークさん双子だったんだ」

エルフ「は、はい」

オーク「確かに似てるね。すぐ気付かなかったのが不思議だ」

エルフ「は、はい」

オーク「もしかして、王都立に通ってるの?」

エルフ「は、はい」

オーク「凄いなぁ」

エルフ「そそ、そんな事無いですよ!」

オーク「でも王都立は夏休みとか無いんでしょ?」

エルフ「は、はい」

オーク「祭りも行けないのかぁ。次世代の偉い人たちが庶民たちの親しむ文化を知らなくて良いのかな」

エルフ「そそ、そうですね」

オーク「さっきまで、龍神楽の練習を見てきたけど、凄かったよ。洗練されていてさ。
あれを見ないなんて勿体無いよ」

エルフ「わ、私も、み、見たいです。だだだ、だ、だから、そそ、その……」

オーク「うん?」

エルフ「いいいい、い、一緒に行きませんか!?」

オーク「良いけど、学校があるんじゃ……」

エルフ「な、何とかしますっ!!」

オーク「そ、そう」

エルフ「あ、こ、この辺りで大丈夫です」

オーク「そう? 次からは明るい道を通るようにね」

エルフ「は、はい。あ、ありがとうございました!」

オーク「うん。じゃあね」

エルフ「さ、さようなら!」



エルフ「……オークさん、か」


828 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:05:44.56 LGBDF+Yw0 494/503

ーーーー日曜日・男の部屋ーーーー


ダークエルフ「ど、どうだ?」

「美味いぞ。本当に上達したな」

ダークエルフ「そ、そうか。良かった」

「ハンバーグとか結構久し振りに食べるな」

ダークエルフ「そうか。とにかく美味しいなら良かった」

「うん。よしよし」

ダークエルフ「あう……」

ダークエルフ(男の手は温かくて心がポカポカするな)

ダークエルフ(ずっと撫でて欲しいくらいだ)

829 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:11:39.31 LGBDF+Yw0 495/503

「……ところで、お前の妹の事なんだが」

ダークエルフ「……ああ」

「どうして急に転校してきたんだ?」

ダークエルフ「転校してきた日に訊いたんだが……」

「答えは?」

ダークエルフ「一目惚れだそうだ。オークに」

「……なに?」

ダークエルフ「何でも悪漢に襲われているところに颯爽と現れて、助けてもらったそうだ」

「あー、流石オークだな」

ダークエルフ「うん。特に魔法も使ってないらしい。
巨大な権力の援助を受けたそうだが」

「……あー。なんか交換条件でも取り付けたんだろうな」

830 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:13:48.17 LGBDF+Yw0 496/503

ダークエルフ「……ところで、大事な話が有るんだが」

「ん、何だ?」

ダークエルフ「実家に戻ることになった」

「……え」

ダークエルフ「色々あって両親、妹と和解したんだ。
それで、もう一度やり直そうということになった」

「……そうか。いや、良いことだな。俺も親と話し合わないと」

ダークエルフ「……」

「……ああ、くそ。別に会えなくなるわけでも無いし、学校でも会うのに、なんでこんなに寂しいんだよ」

ダークエルフ「……私もだ」


831 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:15:52.65 LGBDF+Yw0 497/503

「……まあ、いつかは一緒に暮らす予定なんだから問題無いだろ。それに、その内慣れるはずだ」

ダークエルフ「そ、そうだな。あ。今度、両親に男を紹介しても良いか?」

「えーと。いや、良いんだけど、作法とか全く分からない」

ダークエルフ「何とかなるさ。多分」

「ま、まあ、今度な」

ダークエルフ「男のご両親にも挨拶しなければ」

「あー、俺が最初に説得しておかないとキツそうだな」

ダークエルフ「……やはり純種主義の家系なのか?」

「まあな。まあ、説得するよ。その前に親父と和解しないとな」


832 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:17:24.97 LGBDF+Yw0 498/503

ダークエルフ「やることは、たくさん有るな」

「そうだな。大忙しだ」

ダークエルフ「少しずつ進んでいこう」

「ああ。時間は有るさ」

ダークエルフ「ーーそれで、引っ越す前にお願いが有るんだ」

「ん、何だ?」

833 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:22:10.29 LGBDF+Yw0 499/503




ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」




834 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:23:29.17 LGBDF+Yw0 500/503




「…………」




835 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:23:59.99 LGBDF+Yw0 501/503




「良いぞ」




836 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:24:48.53 LGBDF+Yw0 502/503

ダークエルフ「尻尾モフモフモフモフモフモフモフモフ」


「ちょっ、食べ終えてからにしてくれ」


ダークエルフ「二本の尻尾モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ」


「ま、待ってくれ!」


ダークエルフ「モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ」



「たすけてー!!」

837 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/08/13 20:25:52.83 LGBDF+Yw0 503/503


おしまい!



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