結衣「あかり…?」
あかり「…………」
結衣「……ふふ」
結衣「寝ちゃった…か…」
眼下の街いっぱいに溶けた夕日のオレンジ
七森の街を望む小高い岡
寂しく据え付けられた古木のベンチ
こんな時期でも涼しい風が吹くところがあったんだ―
結衣「いい寄り道したかな……」
元スレ
結衣「いい風だな」あかり「……」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1344240664/
何にひきよせられるでもなくふとベンチを立って、柵に歩みを進める
一足一足砂利が乾いた音で散った
風が撫でた髪をかきあげて眺める七森の街
学校の広いグラウンドが目についた
ということはこっちにわたしの家が……
あった
京子の家があった…
あれがちなつちゃんの家…
それから…
それから…
あかりの家…
あかりの家…
……
あれ、だな
わたしがすぐ見つけられなかったことを知ったら、またあかりは怒りそう
お団子をぴょこぴょこさせて地団駄を踏む姿が目に浮かんで、ふと頬が緩んだ
まったく……
ずるいよなぁ
ベンチを振り返ると、きれいにひざに手を添えて眠るあかりが、何かの拍子にはたと倒れてしまいそうなあかりがいる
その様は、何かあまりにも頼りなく、夕日の彩りに溶けてふといなくなってしまいそうな気がして、側に戻った
結衣「……」
あかり「……」
結衣「あれ……」スッ
あかり「……す………ぅ…」
結衣「ん……」スッ
あかり「……すぅ……すぅ……」
耳をそばだてて聞いたあかりの寝息に、胸の下が満たされる
かよわい小さな身体
そよいだ前髪
夕刻に散ったオレンジの光のかけらに、やわらかく染まる頬
そのすべてがはかなげだけれど
あかりは、確かにわたしの隣にいるんだ
結衣「あかり……」
あかり「……すぅ……」
あかり「……ぷぅ……」
結衣「……」クスッ
近くの立木がさわさわと揺れた
もうひと月ちょっとかな?
あの日、幕を垂れるように降りつづく梅雨の雨
いつもどおりの四人の部室
京子は、ちなつちゃんは、いつものようにわたしに抱きついて
いつものようにはしゃいで、笑って
でもその日は、いつもどおりじゃない一瞬に、気付いちゃったんだ
困ったふうに笑い二人を諌めるあかりの顔の、つかの間の陰り
何かを自分に言い聞かせるように、中途半端に伸ばした手を引いたあかり
目の裏にありありと浮かぶその画は
今思い出してもちょっと息がつまる
あの日はちなつちゃんが用事で先に帰ったんだ
京子は……そう
京子は、ちなつちゃんと相合い傘したいがために、無理矢理くっついていっしょに帰っちゃったんだっけ
二人だけの部室は、突然声を失って
畳をじっと見つめる後ろで
屋根を打つ雨音だけが耳朶を打って
それで
それで……
あかり「あのね、結衣ちゃん…」
うつむいたあかりの肩が、いつもの何倍も小さく見えた
結衣「あ、あかり……?」
あかり「……ッ」
あかりの頬にぽろぽろと光がつたった
ぽたっ、と畳が音を立てた気がした
あかり「あかり……ね」
あかり「もう……」
あかり「わからないの…自分が、どうすればいいのか」
結衣「え……」
あかり「京子ちゃんはっ、結衣ちゃんに、素直に甘えられて…っ」ケホッ
途切れ途切れ、あかりは嗚咽に競り合うように言葉を絞った
あかり「ちなつちゃんはっ、結衣ちゃんにいつも積極的で…っ」ヒック
あかり「あかり、だけがっ……」ケホッ
あかり「結衣ちゃんに遠くてっ…!」
結衣「そ、そんなこと…っ」
あかり「だからって!」
あかり「今さら勇気を出すことも、できないよ…!」ケホッ
あかり「ちなつちゃんもっ、京子ちゃんも、大切な友達だから…っ」
あかり「抜け駆けなんて、裏切りなんて…出来ないからっ」ヒック
結衣「あかー
あかり「それでも!」
あかり「それでもあかりは、結衣ちゃんのことが好きなんだよぉ…っ!」ポロポロ
結衣「わたし、は……」
心臓が跳ね上がった
声が、出ない
あかり「……」グスッ
あかり「ごめんね…」
言い終わるより早く立ち上がったあかりは
ぶつけるように鞄を肩にかけて部屋を出ていく
畳がにぶく震えた
去っていくあかりの背中がコマ送りで眼に映った
かんっ、と打ち付けられた戸の音が
くぐもった頭の中を一掃する
結衣「……ッ」
部室の戸も玄関の戸も開け放って
傘だけを無造作に引っ掴んで
親指の付け根を地面に叩きつけて走った
雨が強い
考えもしなかった
あかりが……
腕は夢中で中空を斬った
濡れた袖が重かった
傘をさす意味のないことを知って投げ捨てた
結衣「でも……」
躊躇無く水たまりを突っ切った
花の頭まで泥水が跳ねた
まぶたに垂れるしずくで視界がぼやける
足早に揺れる赤い傘
結衣「あかっ…!あかりっ!」ケホッ
一瞬止まった傘は、また駆けてゆく
結衣「はぁ…っ…あかりっ!!」
すぐそこまで迫った傘は、躊躇いがちに振り返って、あかりがこちらを見やる
小さな目が見開いた
あかり「結衣ちゃん……!」
あかり「ずぶ濡ー
結衣「いいんだ!」
あかり「え……」ビクッ
結衣「いいんだ…こんなの…」
濡れた袖で顔を拭ってあかりを見据える
ぼやけた視界でも分かるーまだ途切れていない、涙の筋が
降り疲れた重い腕に、ある限りの力を込めて、あかりを抱き寄せた
傘が翻ってゆっくりと落ちた
路傍の紫陽花がゆれた
あかり「結衣…ちゃん…」
走りながら気付いたんだ
こんなのあまりにも「理不尽」だって
誰かのために、心から泣いたり笑ったりできるあかりが
どうしてひとりで悲しみを胸に秘めなきゃならないんだ
どうしてあかりが、わたしのせいで悲しまなきゃいけないんだよ
わたしにとってのあかりは、誰よりも優しく、近く寄り添ってくれるのに
あかりにとってのわたしが、誰よりも遠いだなんて、あっちゃいけない
わたしの大切なあかりが、わたしのせいで傷つくなんて
わたしは船見結衣を絶対にゆるさない
だからー
結衣「わたしはずっとあかりの側にいる!」
結衣「あかりがわたしから遠いのなら!」
結衣「わたしがあかりの側に行く!」
喉の奥が熱かった
温かいものが頬を流れた
泣いていた
あかり「結衣ちゃん……あり…がとう…」
あかりのふり絞ったかすれた声が、胸がつぶれるほどに切なかった
あかりの鼓動を胸に感じた
あかりー
夕日は遠くの峰に身をひそめ
空と雲に散った残り香で、七森の街は紅く染まった
結衣「……」
あかり「…すぅ…」
結衣「……あっかりーん」ポソ
あかり「……」
あかり「…は…ぁい……」
結衣「ふふ…」
そっとあかりの左肩を抱き寄せた
もう片方の手で、かわいらしく重ねられたあかりの手を包んで
訳もなく涙腺が熱を帯びた
しあわせ、だ
あかり「ん……」
あかり「ん……?」
結衣「おはよ」
あかり「あ、寝ちゃってたんだ……」
寝ぼけまなこがうつらうつら宙を泳いでいる
あかり「ほぁ、ごめんね結衣ちゃん…せっかく一緒に…」
結衣「いいよ、良い時間がすごせたから」ニコッ
あかり「…?」
あかり「ふふ、じゃああかりも嬉しい」ニコ
あかり「……!?」
あかり「はわわわっ///」
結衣「?」
あかり「結衣ちゃん…こっ、これ…」
あかり「手とか…肩とか…///」
結衣「ああ、あかりを見てたらさ、抱きつきたくなっちゃった」
あかり「う、嬉しいけど……こんなの…」
あかり「今までしたこと、ないし…」
あかり「はっ、恥ず…」
あかり「か…しい…し」
潤んだ瞳が、行き先を決めあぐねて地面だけを見つめている
横顔に咲いた紅葉色のほほが、悪戯ごころをそそった
結衣「いーのっ」
あかりの頬に指を沈めて、ぷにぷにとあかりを感じた
あかり「ゆ、ゆいひゃん!?」
結衣「だってあかりは」
結衣「誰よりもわたしの側に、いてほしいんだ」
あかり「……うんっ!」
空はうっすらと紺を帯びるころ
\オッワリーン/
54 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/08/06 19:25:24.06 kU9QYZgo0 20/20
保守してくれた方読んでくれた方、ありがとうございました。
初投稿で改行制限のあることも知らなかった情弱です。半年ROMってきます。
それでは\アッカリーン/