4 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:46:55 S6xZkawY0

必ず、あなたを救ってみせる――いつかの約束を思い出す。
古い記憶を見ていた。
かつてわたしが眼鏡を掛けていた頃の、奇跡という言葉に希望を抱き、ただ一途に彼女が幸せであることを祈った未来の出来事。
あの子の泣き声が、魂の宝石が黒く絶望する音が、今でも耳に残っている。
これは全ての発端。閉ざされた未来を捨て、わたしは時間遡行者という役目を自らに課し、彼女を救うためにあの一か月を何度も繰り返した。
何度も、何度も。

元スレ
キュゥべえ「おやすみ、ほむら」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1322448302/l50

5 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:47:45 S6xZkawY0

寂しかった、と言えば嘘になる。
今も寂しさを感じていた。
だから、これが夢であるとわかっていても、わたしは目を覚ましたくなかった。
彼女の顔を、もっと見ていたい。
例えこれが夢でも。

6 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:48:16 S6xZkawY0

ねえ、まどか。約束、したよね。
ごめんね。
あの子に逢えたら、謝りたい。わたしは約束を守れなかった。


8 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:50:13 S6xZkawY0

「なるほどね」
白い獣の皮を被った宇宙生物は、理解を得たように頷いた。

「君の話が本当なら、力を使い果たしたソウルジェムがなぜ消えてしまうのか、説明がつく」
可愛らしい外見とはそぐわない、小難しい言葉を使う。
わたしの肩に小さな前足でしがみついたまま、ふさふさの尻尾をぶるんと揺らした。
相変わらず、生意気なやつだと思う。



10 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:52:18 S6xZkawY0

「でも、納得はいかないね」
キュゥべえはわたしの心を覗きこむように言った。

「僕らには、それを確かめる手段がない。だから、その話が君の夢物語であるという可能性もありえる」
別に、理解して貰わなくても構わない。

11 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:53:19 S6xZkawY0

高層ビルの先端に腰掛けていたわたしたちの、会話は途切れ、辺りには風の音だけが聞こえる。
夜闇に輝く町の明かりが手に嵌めたソウルジェムを紫色に輝かせ、それがぼんやりと霞んで見えた。
図々しくも肩に昇ってきた白い温もりは、やれやれ、とでも言うように丸くなる。
頬を細い毛が掠めた。
少しこそばゆい。
わたしは手を伸ばし、もぞもぞと肩口で動くキュゥべえの頭を撫でた。

12 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:55:38 S6xZkawY0

無意識的な行為だった。わたしは自分の行動に驚く。
ほんの昔は、彼らインキュベーターは憎しみと嫌悪の対象だったことを今さらながら思い出した。
奇跡を目の前でちらつかせ悪魔の取引を持ちかける、あの子に危険を及ぼしたもの。
かつてのわたしの敵。
誰にも頼らないと決めていたあの頃は、こうして相容れぬもの同士が共存を選ぶなんて、思ってもいなかったのだけれど。
自然と頬が緩む。
なるほど、これは確かにあの子が望みそうな世界だ。
ほら、ただの夢物語なんかじゃない。
白いからだに触れている手を、キュゥべえは黙って受け入れていた。

14 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:57:12 S6xZkawY0

「僕を撫でるのは良いが、何か得るものがあるのかい? 単に冷えたからだを温めたいのであれば、抱きしめるなりすればいいのに」
世界が変わっても、あなたは相変わらずね。
お互いが距離を詰めただけで、本質的な部分が変わったわけではない。
元の世界と同じように、インキュベーターには感情はない。
いつも合理的に、物事に対して判断を下す。
人間の価値観は、インキュベーターたちには理解できない。
こいつらはそういう生き物だ。


15 : 以下、名無し... - 2011/11/28 11:58:18 S6xZkawY0

「ほむら?」
わたしは息を小さく吐いて、言った。
――折角の提案だけども、御断り。
いつもはこいつの言葉を聞くだけでもムッとしていたけれど、今日はなんだか愉快な気分だった。

17 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:00:11 S6xZkawY0

ねえ、キュゥべえ。
わたしは手を止める。
「なんだい?」
あなたって、見た目もそうだけど、全然可愛くないわね。
そう、くすくす笑う私をちらりと見て、わけがわからないよ、とキュゥべえは尻尾を振る。

18 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:02:21 S6xZkawY0




ほんの前のことだけれども、わたしはそれが遠い昔に起こったような気がしてならない。
夢や希望を否定され、絶望に身を染めた魔法少女たちは、たった一人の、心の優しい女の子の願いによって救われた。
悲しみも、憎しみも、怒りも、無くなったわけではないけれども。
今わたしのいる世界は、かつてあの子が命をかけて守ろうとした世界で、そして彼女はいつでも見守ってくれている。

だからわたしは。

20 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:04:35 S6xZkawY0




「暁美さん、少しは休んだらどう?」
わたしは首を振った。
手に持っていた弓に矢をつがえ、弦を引き絞る。
魔獣の首を狙った。
狙いを風に乗せ、軌道を計算し、ここだというところで一気に手の力を弛める。
空を切り裂く音。
紫色の光が爆ぜ、魔獣の首筋に細く細く収束していく。
命中。
まだだ。
再び弦を引き絞る。第二波、第三波。巴マミもわたしにも余裕はあるけれど、手を休める理由もない。
「飛ばしすぎなんじゃあ、」
側で戦いの成り行きを見守っていた杏子の声を耳にした瞬間。
ふと、視界が揺らいだ。
ふわふわと、意識だけが剥離して宙を彷徨うような。
からだが傾くのがわかる。
おい、と焦ったような声が聞こえる。
目が見えない。
暗転。

21 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:06:12 S6xZkawY0

「大丈夫?」
何かに体を受け止められた。
「ほむら、お前どうしたんだ?」
一瞬何が起きたのかよくわからず、わたしは答えるべき言葉を探した。
だんだんぼやけていた目も元に戻ってきて、からだに巻き付いているものが黄色いリボンであることがわかった。
――ああ、そういえば昔、こんな風に、巴マミに縛られたことがあったっけ。
「暁美さん?」
ごめんなさい、ぼうっとして。
なんだか回らない頭で、なんとか返事をすることができた。
気の抜けた声しか出なかった。
動かしたくても、下を向いた頭を上げることはできない。
だらりとリボンに縛られたまま、わたしは意識だけが曖昧になった状態で。
心配したようにわたしの名を呼ぶ二人の声だけは、はっきりと聞こえる。
あれ、わたしの体、どうしちゃったんだろう。

22 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:09:29 S6xZkawY0

手に何かを握りしめていることに気がついた。
さきほど、魔獣を葬った弓だった。
わたしはやるべきことを思いだした。
魔獣。
――戦わなければ。
「おい、何する気だ!?」
巻き付いていたリボンをむりやり解き、目の前の杏子の体を押し除ける。
身体の感覚はすっかり元に戻っていた。
闇に目を凝らし、耳を良く済ませ、薄くも未だ漂う瘴気の中に魔獣の影を探す。
「暁美さん、何をしてるの!?」
あなたこそ何をしているの?
はやく魔獣を、狩らなくては。
「さっきの攻撃でこの辺りのは全部倒したわよ!?」
――でも、魔獣が消えたわけではない。
ここじゃない、どこかの場所に、やつらは必ずいる。
わたしはそれを狩りに行かなくてはならない。
邪魔しないで。

25 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:12:54 S6xZkawY0

「正気かてめえ……」
いつか聞いたような杏子の言葉を耳にした。
あれは、美樹さやかを見捨てようとした時だったか。
一瞬、懐かしい、と思う。
わたしはそれを無視して、背中に翼を広げ、空へ飛び立とうと脚に力を入れる。
リボンがそれの、邪魔をする。
巴マミ。
放して。邪魔を。
放すわけないでしょう、と彼女は言った。
脚をきつく捕らえられてしまったから一歩も動かすことができない。
かと言って、彼女を睨む気にもなれなかった。
ぼうっと、巴マミの顔を眺めていた。
「おいほむら、お前最近、おかしいぞ」
わたしは。
戦い続けないと。
また、眩暈がした。
今度は強く、抗えずに、わたしの意識は闇に落ちる。
最後の抵抗も空しく、からだが弛緩し、今度は膝から崩れ落ちるのを感じた。
再び、暗転する。

26 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:16:00 S6xZkawY0





まどか。ごめんね。
あの日に交わした約束を、わたしは今でも忘れることはない。
それに。
何度だって後悔した。
もっと、やりかたがあったんじゃないか。別の方法があったんじゃないか。
わたしが美樹さやかに、巴マミに、佐倉杏子に、うまく伝えることができたなら。
誰もが未来を信じ、受け止めることができるように説得できていたならば。

27 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:16:39 S6xZkawY0

ワルプルギスの夜を倒すことができていれば。
あの子にこんな運命を押しつけるなんて、なかったのに。
あの子は鹿目まどかのままで、笑っていられたはずなのに。

29 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:20:04 S6xZkawY0






夢を見ていたようだ。
目が覚めると、白いぬくもりが、わたしに寄り添うように丸くなっていた。
わたしは手さぐりで、キュゥべえの体を探し出し、抱き寄せた。
思うように腕に力は入らなかった。
寒い。

32 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:22:14 S6xZkawY0

暖かい。
憎たらしいやつなのに、今はその温もりがありがたかった。
「暁美ほむら」
わたしを呼ぶ声に、今は何も見えなくなってしまったけれど、顔を向ける。
「ほむら、ボクはこっちだよ」
キュゥべえの声が色々な方向から聞こえ、わたしは混乱する。
確か、今は腕の中にいるはずなのに。
検討違いのところを向いていたらしい。
もう、自分がどこに倒れて、どちらを向いて、どこを見ているのかさえ、わからなくなっていた。
耳もおかしくなっている。

33 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:23:13 S6xZkawY0

君の体も、限界だね――どこからか響くキュゥべえの声がそんなことを言った。

34 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:25:40 S6xZkawY0

君は、自分の体を無下にしすぎたのさ。
君の肉体は、現代の医学ではとても修復できないほどのダメージを負ってしまっている。
十分な回復もせずに魔獣を狩り続けるなんて、どうかしてるよ。
「魔法でなんとかすることはできるが……君のソウルジェムは、もう」
グリーフシードは?

「巴マミも佐倉杏子もとっくの昔に消えて、今、この町にいる魔法少女は君だけなんだろう? 君はグリーフシードを持っているかい?」

35 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:26:49 S6xZkawY0

……わたしは、戦い続けなきゃ。
あの子の守った、世界を守るために。
「どうやって守るんだい? もうソウルジェムの穢れを取り除くことはできないんだろう?」
立ち上がろうと、脚に入れていた力が抜け、わたしは大人しく地面に身を預ける。

37 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:28:43 S6xZkawY0

そうね。
「暁美ほむら、もう休みなよ。君は良く頑張った」
いつもは癪に障る言葉だけれど、なんだか優しく、心に染みわたる。
ねえ、インキュベータ―。
「なんだい?」
言葉を喋るのも辛くなってきた。
あなた、よく見なくても、可愛くないわね。
しばらくの沈黙の後、キュゥべえは単調な言葉で言った。

38 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:31:35 S6xZkawY0

「おおきなお世話さ――人間なら、きっとこういうだろうね」
眠気が襲う。
瞼が閉じる。
キュゥべえの言うとおり、ここら辺でいったん休んでみるのも悪くないのかもしれない。
一応、お礼を言っておくわ。
ありがとう。
どういたしまして。
目が覚めたら、この町を出て、今度は遠い地で魔獣狩りをしようかな。
キュゥべえも連れて。
キュゥべえ、あったかい。
「一応、僕のこの体を動かすのにも、エネルギーを使っているからね」
眠くなって、きたわ。
わたし、少しだけ、寝るね。

39 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:32:25 S6xZkawY0


「疲れたろう、ゆっくりとお休み、ほむら」

うん。おやすみ。


深い深い、眠りへ。

40 : 以下、名無し... - 2011/11/28 12:33:19 S6xZkawY0

おしまい。

読んでくれてありがとう。

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