「いいよ」
いとも簡単に頷かれた。
え、ちょっと待ってそれ。わたし、冗談なんですけど。ていうか本気?
困惑している私をよそに、彼女は「どうしたの?」と涼しい顔をして私の表情を覗きこんでくる。
「なによ。あまりに嬉しすぎて固まっちゃった?」
「あの、えっと」
言葉が見付からないままバカみたいに口をぱくぱくさせているうちに。
彼女は「かわいー」なんて笑いながら「帰るよ」
そう言ってあまりにも自然に手を繋いできたのだった。
元スレ
女「好きです。付き合ってください」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1342485790/
◆
……いったい、どうすれば良いのだろう。
「食べないの、ポッキー」
「あ、食べる」
「じゃ、はい。あーん」
あ、あーん?
ぎくっと身体が反応した。が、無意識に私の口は「あーん」と開いていて、彼女はそこに
嬉しそうにポッキーを挿し込む。
「おいしい……」
いやいや、そうじゃなくって!
もぐもぐしながら私はふるふると頭を振る。
無意識に相手の言うことに従ってしまうのは、私がまるでペットみたいだといわれる所以なのかもしれない。
「あ、あのー」
「うん?も一回いっとく?」
彼女はきょとんと読んでいた本から顔をあげ、言った。
私はまたも頷きそうになるが、「ええと、そうではなくって」なんてしどろもどろになりながらも首を横に振る。
「んじゃなに?」
「その……私たち、ほんとに付き合ってる、の?」
小さな声で、訊ねると。
彼女はさも当たり前でしょうというように、頷いた。
「だって、あんたが付き合ってくださいって言ったじゃない」なんて言葉をご丁寧に添えてくれながら。
そう、もちろんそのとおりだ。
昨日久し振りに放課後、彼女と二人きりで帰って。それでつい、勢いでというかなんというか。
じゃれついてる――そう、私はじゃれついてるつもりだったのだ。
「好きです、付き合ってください!」なんて言えば、彼女も乗ってくれると思っていた。
いや、確かに彼女は乗ってくれたのだけど。
……真面目な顔で「いいよ」と言われるなんて夢にも思わなくて。
だって、私たちは友達だ。
友達、それか親友。恋人になるなんて思いもしなかったし、私自身まったくといっていいほどそんなつもりはなかったのに。
「信じられないならポッキーゲームでもする?」
「へっ!?あの、はい!?」
「キスでもしたら信じてくれるかなって」
まるで恥ずかしげもなくそう言うものだから、私が彼女の分まで何倍にも赤くならなければいけなかった。
「ん」と一方を口にくわえて私に迫ってくるものだから、私はその顔のままでずざざざっと仰け反る。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!その、今はえーっと!」
「なによ。私はいつでもかまわないけど?」
「そ、そっちはそうかもしれないけど!私は心の準備というか!」
ふーん、と言いつつ彼女はしかたなさそうに身を引いて、かりかりポッキーを齧って。
私はほっと息を吐いた。
いつもと変わらない私の部屋。
本当なら、今日もいつもと変わらずここで彼女とバカ騒ぎする予定だった。
それがどうしてこんなにも気まずい(?)空間になっているのか。
彼女は普段どおりとかわらず本を読んでいるし、私がそれを邪魔しにかかれば
またいつものようにふざけられるだろうか。
ああ、だめだ。できない。
この子ってこんなに積極的だっけ、と思うほどには。
なんだか今日の彼女はいたずらでもしたら今直ぐにでも猛獣の目に――
パタン――
突然、彼女が本を閉じた。
びくっと身体を揺らしたのと同時に、目と目が合った。
彼女は、私が今まで友達になってきた中でもベスト3に入るくらいには可愛いと、思う。
かわいい、というよりもキレイとたとえたほうが適当かもしれない。
そんな彼女の、真っ黒い双眸が私をまっすぐに捉える。
「……え、えっと」
自然と、私の身体は強張ってしまう。
彼女の白くてきれいな指が、私に伸びてきて。
一瞬だけ、それが頬を掠めた。
わずかに触れた指の感触だけで、ようやく冷めかけていた私の顔はまた熱を発して。
彼女は「よいしょ」と立ち上がると、私を見下ろし言った。
「デート」
はい?と首を傾げると、彼女はなんだかむず痒そうな表情をしながら自分の頬に手をやって、
もう一度、言った。
「デートしよう」
―――――
―――――
外に出てみると、もう冬なのだ、としみじみ感じる。
それくらいには寒くなっていてふるりと震えると、彼女は「マフラー、使う?」
「え、いいよべつに」
「遠慮しなくていいよ」
そう言いながら、彼女は一人分にしてはいやに長いと思っていたマフラーの端を私に
巻いてこようとする。
「いやいやいやいや!」
「うん?」
「大丈夫ですから!」
これじゃあ本当のカップルみたいじゃない!
押し返すと、彼女は「残念」と言葉通りの表情をしながら白い息を吐いて。
じゃあこれ着てなよ、なんて。
「え、だってこれ」
「私はあんたが寒そうにしてるほうが寒いんだから。着といてよね」
彼女は着ていたコートを脱いで私の肩にかけて。
先行くよ、そう言いながら歩き出す。
その横顔がいつもと少し違って見えたのは、気のせいだろうか。
けれど彼女の温もりになんだか頭が沸騰してしまいそうになった私は、
そんなことを気にしている余裕もなかった。
……これじゃあ本当のカップルみたいじゃない。
うう、と私自身の思考にもやもやとした感覚を覚えながら、私は「待って!」と
彼女を追いかけた。
「もっとはっしれー」
振り向いた彼女の顔はもういつもどおりで。
「そっち止まれよ!」
「私も走れって?」
「いや待ってーっ!」
彼女に追いついた私の頭に触れる手も、普段と変わらずに。
「さすが私のペット」
「ぺ、ペットじゃないんだけど……」
「恋人」
うっ。
またもや耳まで真っ赤になって。私の中でおかしな感覚が走り抜けていった。
◆
普段と違わぬルートを辿りながら(たとえばお店を冷やかしたりゲームセンターをうろうろしてみたり)、
けれど私は色々と意識せざるをえなかった。
まずは彼女のコートのことがある。
これだけでなんだかいつもの彼女とは違う気がして、落ち着かない。
もっとも、私たちの関係自体がいつもと百八十度くらい変わっているのだけど。
そしてなにより。
やはり彼女の目が私をつかまえるたびに、ドキリと心臓が鳴ってしまうのだ。
ほら、今だって。
「なにか飲む?」
隣を歩いていたはずなのに、ふと気付いてみれば彼女の姿はなく、慌てて振り向いたら。
彼女は立ち止まっていて、傍にあった自販機を指して言った。
「寒いし」
「やっぱそっちも寒いんじゃ」
「寒くないけど飲みたいし」
慌ててコートを返そうとすると、彼女はさっきとは正反対のことを言いながらも
もう自販機に歩み寄って財布を開いている。
彼女が買ったのは缶コーヒーだった。
「あんたは?」
「あ、いいよ。自分で買う」
「えー」
えーってそんなふうに言われても。
なんというか、今彼女に借りを作るのは嫌だった。
ひょっとすると、どこか罪悪感のようなものを感じているのかもしれなかった。
もちろん彼女が本当に本気なのかは、わからないけれど。
自分でココアを購入して、私たちはなんとなく近くにあった公園のベンチに座った。
拳一つ分くらいの間を空けて。
「……」
「……」
しばらく二人とも無言だった。
私も、彼女も。
ちびちびと缶コーヒーを飲んでいる彼女を横目で盗み見る。
そういえば猫舌だっけ、なんてことを思い出して。
「……!」
ふいに、温かい感触。
ベンチの上に置いていた手。その小指に、彼女の小指がそっと絡んで。
今日の彼女からは到底想像もつかない、おずおずとした絡め方。
「ど、どうしたの?」
「ん」
なんでもない、と囁くような小さな声。
絡めた指先はそのままで。
このままじゃ、ほんとになっちゃう。
ふと、そう思った。
彼女の横顔が、私にそう思わせた。高鳴る心臓が、たぶん。
「……冗談」
ぴくっと彼女の身体が震えたのがわかった。
彼女と繋がった指先が、私にそれを伝えたから。
「……冗談、だった、から」
だから、なに?
そう言われるかもしれない。
ああ、そうじゃない。きっと、私はそういわれることを期待していた。
けど彼女はというと、俯かせていた顔をあげて、いつもみたいに少しだけ無愛想な笑顔を
貼り付けて、「知ってるよ」
そう言った。
やだなあ、あんた私が本気で言ってると思ってた?
思ってない、思ってないからね!
ほんとに?
ほんとだし!ていうか私こそそっちが本気で言ってるんじゃないかってハラハラしてたんだからね!
ドキドキしてたの間違いじゃない?
そ、そんなわけないじゃん!
……ふーん。じゃあさ、そんな顔しないでよね。
言われて、気付いた。
自分でも知らないうちに熱くなっていて、頭も、身体も、目頭も。
私は、なぜか泣きそうになっていた。
けど――
「……そっちだって、人のこと言えないんじゃないの?」
そう言ってやると、彼女ははじめて。
本当にはじめて、明らかな動揺の表情を見せた。
今まで一緒にいても、こんなふうにはっきりと表情を動かすことのない彼女の
めったに見れない姿を見て、私は「いいよ」と言われたとき以上に固まった。
「……っ」
彼女の手が、私の頬に触れた。
さっきみたいに一瞬じゃない。彼女の意思で、はっきりと。
「ちょっ……」
そのまま強引に引き寄せられると――
突然目の前が真っ暗になった。
気が付くと、彼女は離れていて。
けれど確かに、私の唇には彼女のそれの感触が、その温もりが、残っていて。
なにも言えずにいると、彼女も赤い顔をしたまま。
顔を俯かせた。
それからぐっと残っていた缶コーヒーを、猫舌のくせに一気に飲み干して、「あんたのこと、好きなのよ」
私にしか聞こえない声で。
私だけしか、ひょっとすると、私にも聞こえてはいけないというような、そんな声で。
「え……?」
「ほんとは、ちょっと期待してたよ。まあでも、あんたのことだから冗談だろうって、わかってたけど」
わかってた、はずなのになあ。ちょっとショック、かも。
最後の言葉はもうすっかり濡れていて。
「バカみたい」
彼女はそう言って笑った。
―――――
―――――
それから、彼女と私の距離は一気に遠ざかった。
もう、友達にも戻れないかもしれない。
だって。
「あんたのこと、好きなのよ」
あんなふうに言われてしまえば。
恋人か、他人か。
そのどちらかを選ばなければならないのだ。
でも――
私たちは女の子同士。恋人になるなんて、そんなおかしい話、あるはずもなくて。
彼女といなくなって、その時間が長くなるほどに私の気持ちは次第に下へ下へと
向かっていった。
落ち込んでいた。
というよりも、塞ぎこんでいたに近いのかもしれない。
けれどそれ以上に、彼女のほうがきっと、ひどかった。
学校にも来ない、連絡もない、メールアドレスまでかえられてしまった。
それだからよけいに、どうする手立てもなくって。
いっそこのまま卒業してしまえば。
そう思った。
それでも。
彼女といなくなって、その時間が長くなるほどに私の中の彼女に会いたいという気持ちは
募っていくばかりで。
友達として、なのか。
それとも、彼女と同じ「好き」という、その感情なのか。
私にはよくわからない。
わからないからこそ動けなくて、ただもう。
我慢できなくなってご主人様のもとに駆けていってしまうのは、私がまるでペットみたいだといわれる所以なのかもしれない。
彼女といなくなって、一週間。
普段ならなんとも感じないのに、こんなにも彼女に会いたいと思ってしまうのは、
これがなんであれ、私だって。
私だって。
電車を乗り継いで、バスを降り。
遠い彼女の家へと走った。
チャイムを鳴らした。
返事はなかった。
携帯番号をコール。
誰も出ない。
だったら。
「好きです。付き合ってください!」
彼女のいる場所に向かって、思い切り叫んでやった。
ご近所迷惑なんてそんなの知らない。だってペットは吼えるものじゃない。
ペットじゃなくって、恋人になるために、だけど。
一瞬、周囲に沈黙が訪れた後。
二階の、彼女の部屋の窓が音高く開いた。
そして彼女が叫ぶ。
「……ばか、なに言ってんの!」
久し振りに見た彼女は、相変わらずきれいだと思った。
私は笑うと、「よくわかんないけど、私だってそっちのこと好きなのに変わりないよ」
「そんなの……」
「好きだよ」
困惑したような彼女にさらに言葉を重ねる。
これがなんであれ、私だって彼女のことが好きなのだ。それはなにより確かなこと。
「手繋ぐよ!?」
「うん」
「抱き締めるよ!?」
「うん」
「ちゅーしちゃうよ!?」
「うん!」
「飛び降りるよ!」
「それはやめて!」
私が慌てると、彼女は笑った。
それを見て、私も安堵して。そしてその笑顔が、私はやっぱり好きなのだと感じて、笑った。
「ばか!」
「ごめんね!」
「今からしようか!」
「なにを!?」
「大切な儀式!」
今はまだ、これが彼女と同じ気持ちなのかどうかはわからない。
けれど。
彼女と一緒にいたいことは、確かなのだから。
「その前に、抱き締めさせて!」
終わり
47 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2012/07/17 11:54:55.50 jm6hPm2Z0 30/30勢いで書くものじゃない
ここまで見てくださった方ありがとうございました
それではまた
いいぞもっとやr・・・ってください
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